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ドラゴンに首ったけ37

その37







自分が切り飛ばした腕の一本が、振られていた勢いのままにこちらに飛んでくる。持っているものは単なる杖だとはいえ、それでも成人男性の腕一本だ。それなりの重量を持つであろうそれを頭突きの一発で弾き飛ばし、次に遠距離から放たれた炎の魔法をデルフに吸収させる。
それと同時に遠距離から放たれていた数十本の矢がこちらの体を穿とうと迫ってくるが、ルーンの補正によってサイトは瞬時にその軌道を読んで、最小限の動きでかわす。何箇所か、体の皮膚の浅いところを切り裂き、えぐっていかれたが、致命傷だけは避けられた。自らと矢の射手との延長線上にいた敵が、自分のかわした矢をよけ切れず、悲鳴を上げて倒れるのを戦場の空気の流れと音で確認しながら、自分を狙った射手をにらみつける。
あわてて次の矢を放とうと相手が装填しようとするが、サイトはそれを許さずに一気に距離を詰める。
一対万という通常ならばありえない現象は、結果として同士討ちを恐れたほとんどの兵の無力化に成功していた。他の射手はサイトの動きを阻めない。その奇妙極まりない現象の帰結として、弓手とメイジの混成軍の部隊の真ん中に突入することに成功したサイトはその規模から考えれば考えられないほどの少数―――それでも、たった一人のサイトにしてみればあまりに多すぎる数だが―――を相手にするだけで進軍の停滞をもたらしていた。
相手の恐怖に彩られた目を見ながらも何の感慨も持たずにその首元に文字通りきり飛ばす勢いでデルフを振るい、握っている手からいやな感触とぬるっとした温度を持つ液体を浴びて………


「うわあああーーー!!」


そして、悲鳴を上げてサイトは寝台から飛び起きた。
転がり落ちるような勢いで寝台を抜け出し、壁に背を向けて座り込み、手で目の辺りを押さえる。荒い息だけが響く室内に、二重の月光が窓から射し込む。
時刻は深夜。丑三つ時といってもいいだろう。基本的に電気文明がないハルケギニアではほぼ全員寝ている時間に、サイトの呼吸困難になりそうなほどの動揺だけが冷たい空気を割って部屋全体に伝わってくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ…」


徐々に呼吸が落ち着いてくるが、サイトはその場から動かない。先ほどまでの視界を覆う光景が夢だということをサイトは理解しているだろうが、それにもかかわらず瞳を覆う手の隙間からこぼれる何かによってわずかに月光が反射しているのが、この部屋にいたもう一人にだけはわかった。
その一人は、遠慮がちにサイトに声をかける。力強く、心からの信頼を込めて。


『落ち着いたかい、相棒』
「っ! ……ああ、デルフか…悪いな、起こしちまって」
『なあに、どうせこんな体じゃ寝れやしねえから、気にスンナ』


唐突に第三者の声が響いたことでサイトが怯えまじりの警戒に身を硬くするが、すぐにそれが自分の唯一無二の相棒の声だと理解し、もう一度座りなおす。そんなサイトの、歴戦の勇士にして伝説の使い魔らしからぬ態度を見ても、デルフは何も言わない。何も聞かない。
ただ、普段どおりの会話を続けるだけだ。
濡れた瞳を乱暴に手のひらでぬぐって明るくデルフに対して謝罪したサイトだったが、それ以上何も言えずに黙り込む。デルフもしゃべらないので、その部屋に再び沈黙が戻る。

サイトは、ひたすら己の手のひらを見つめていた。
デルフは、それが何に起因することなのかある程度推察がついていたとしても何もいえなかった。
そう、『武器である』デルフリンガーは、何もいえないのだ。




しばしの間、その居心地の悪い沈黙が続いた後………唐突にサイトが、瞬時に戦士の顔に戻ったサイトは、デルフのほうへと走りこみ、剣を抜いて息を凝らす。
廊下を歩く人の足音を感知したのだ。その足音は、サイトの部屋の前で止まり、そのままこちらの息を窺うかのようにしばらく何のアクションも起こさなかった。
サイトはこちらも息を殺しながらも扉越しにしばらく相手の呼吸を掴もうとして、それがイマイチ功を奏さないことに胸のうちでひそかに舌打ちしたあとで、ようやく誰何した。


「誰だ!」
『こ、こんな夜中にごめんなさい』
「ルイズ?」


そのサイトの厳しい声に怯えたのか、少し緊張を含んでドア越しに聞こえる少しくぐもった声は間違いなくルイズのものであった。彼がルイズの声を聞き間違えるはずがない。
が、しかし、学園にいるとき同様サイトとは別の部屋―――ここ、タルブ村村長の持つ離れの小屋の部屋で自分とは別に就寝についていたはずのルイズが、何故このような場所にいるのだ、という疑問が声に出た。ちなみに、ここにいなければならないもうひとりの同行者、マリコルヌは謝罪に行った際にシエスタの父に気に入られたようでその後に起こった宴会でべろんべろんに酔っ払い、そのままシエスタ宅で泊めてもらっていており、ワルドも今日は帰ってこないらしいため、現在この離れにいるのは二人だけだった。
あわててドアの前へと向かい、それでもデルフは放さずに、サイトはゆっくりと扉を開けた。


「ちょっと、何かの声が聞こえたから……」
「ご、ごめん、起こしちまったか?」
「いいの。私も眠れなかったからちょうどいいわ」


扉の前にいたのはやはりルイズであった。久々にみる寝巻き代わりの絹製のサテンのロングキャミソールというかスリップ姿で透けて見える肌の白さを思わず眩しいものでもみるかのような視線で見てしまうサイト。
そんなサイトの視線に気づいたのか、わずかばかりの警戒心をその手の動きに示しながら、わずかに体を隠してルイズはゆっくりとサイトに誘われ、部屋に入る。
もともと単なる使われていなかった離れを昨今の訪問者の急増に伴って急遽回収した臨時の宿泊施設らしく、本来であれば大貴族の娘であるルイズが泊まるようなものではなく、部屋の広さも学園の部屋ほどもないためどこに行こうかとルイズは視線をさまよわせた挙句に、ベッドに座り込んだ。

サイトもどこに行こうか、と思っていろいろと思案をするが、ビジネスホテル並みの広さしかないこの部屋にそれほどまで選択肢があるはずもなく、仕方がなくベッドのルイズとちょっとはなれた場所に座り込む。

両者、少し無言が続く。
サイトは何を言っていいのやら、というおろおろとしたもので声を出せなかったし、ルイズはルイズでどのような形で言えばいいのか、ということで次の発言がすぐには思いつかなかったからだ。だが、それは長くは続かなかった。
ルイズが思い切ってサイトに向かって語りかけることで、その沈黙は破られた。


「そ、その……私はあんたの主人だから、悩みがあるならそれを解決する義務があると思うの!」
「っ!!」


サイトが悲鳴を上げて飛び起きた原因もなんとなくではあるが悩みによるものだとわかっていると暗に示す台詞にサイトの息が詰まる。聞きようによっては義務感だけでやっているようにも聞こえるその言い草だが、それがルイズの照れ隠しであることがわからぬほどサイトは愚かではない。要は、彼女はこんな夜中にもかかわらず、己のパートナーが心配でわざわざ起きて訪ねてきてくれたのだ。
その意味がわかって一気に硬直するサイトを見て、ルイズはいきなりこんなずうずうしいこといって失敗したかしら、とか思って後悔していた。







「夢を…見るんだ……ここに来る前の」
「…………」


ゆっくりとサイトが、胸のうちを語り始める。それは、一見なんら関係のない、タルブ村に来る前の馬車においてルイズにむかって語ったかつての世界の光景のような話であったが、ルイズは黙って聞き続けた。
その会話がこの悪夢を呼び起こすきっかけになった、ということをサイトも知らずに語りだした。


「俺のいた日本って国はさ、すごく平和で。それこそ、国に人を殺すことを職業とする人間なんて、いやしないほどな」


軍人や騎士、それに傭兵なんてありえない、とサイトは続ける。
確かに、日本において公式にはそんな人間など存在しない。

それを表すかのように、サイトも幼いころから、人を傷つけてはいけない、人の嫌がることをしてはいけないという教育を受けてきた。
それは確かに、日本が世界すべてを巻き込む戦争に負けた反動として、一種のアレルギーのように武力を否定し続けた、という面もあるのかもしれない。だが、理想として誰も死ぬことはなく、誰も殺さないで生きていける社会というのは肯定されるべきであろう。

だから、ルイズも想像しか出来ないその国に対して好意的な反応を返した。


「……素敵なところね」
「だろ。それどころか、俺にとっては……普段食ってる肉や魚ですら、何かを殺すことによって得られるものじゃなくて、金を出せば買えるものだったんだ。それぐらい、日本って国は、生き物が死ぬってことが極端なぐらい遠ざけられてる国なんだ」
「ふふ、貴族の私よりも世間知らずなんじゃない?」
「ああ、そうかもな。だから、こっちに来たときキュルケやタバサが亜人を何のためらいもなく殺したり、戦争があったり、それこそシエスタが鳥をあっさり捌いたりすることすら、すごくびっくりしたんだ」


現実のそれが絶対にいいことなのか、それとも何か致命的に悪いことがあるのかはわからない。
カエルの解剖を残酷だから、といって執り行わない学校があるように、魚が気持ち悪いといって三枚に捌けない少女がいるように、精肉所に勤めたはいいが吐き気が止まらず一日でやめる人間がいるように、サイトはまったくこのハルケギニアに来るまで生き物を殺すことなどなかった。
こちらの世界のように殺さなければこちらが殺される野獣も、人間同士の戦争も日本人であるサイトからは遠いところにあったのだ。

そんなことを言いながら、かつてのふるさとの様子を懐かしげに語るサイトを見て、なんとなくサイトの悩みをホームシックのようなものではないか、とルイズは推察した。ルイズ自身も魚を捌くことはないにしても、彼女も死が身近にある世界の住人なのだから、その推察も無理はないだろう。

だが、ことはルイズが思う以上に深刻だった。


「でも、俺は……人を殺した」


続いたのは重い、重い告白だった。
思わずルイズも息を呑む。


「この手で確かに命を終わらせた。それも一人や二人じゃねえ! 何十人、何百人もだ!!」
「サイト……」
「俺が、殺したんだ! 首を切って、喉をえぐって、心臓を潰して!! そりゃ、夢に出るぐらい恨まれてるのはわかってる! でも、でも!」


自分でしゃべっているうちにだんだん興奮してきたのか、サイトの声が大きくなって内容が支離滅裂になってくるが、それをルイズは止めることが出来なかった。
それはルイズも聞いたことぐらいはある、いわゆる初陣に出たメイジと同じ症状だ。今まで人を殺したことがない戦士が、はじめに一度はかかる発作のようなものだ。

だが、今まで日常において人が死ぬ環境におり、人を殺す訓練と覚悟をしてきたこの世界の兵士のものとは異なり、サイトはほんのちょっと前まではただの高校生だったのだ。それこそ、比喩ではなしに虫も殺せぬ少年だったサイトが、ほんの数ヶ月で人を殺した、殺さざるをえないことになったのは、サイトの精神に尋常ではないほどの負担をかけていた。
そのことが、かつての世界のことを思い出しながらルイズに語ったことで「夢」という形で表面に出た。

そう、サイトは優しすぎる。

人が傷つくのを見るのが嫌だから、一介の高校生が得るには強大すぎる力を得ていながら、それに驕らず、その力を積極的に振るおうともしなかった。
彼女達を傷つけるのがいやだったから、自分が傷つくことを避けるという意味も多分にあったが、それ以上にいつかは日本に帰りたいと思っている自分によって相手の心を致命的に傷つけないためにルイズやシエスタの気持ちにも答えない。答えられない。
優柔不断、日和見な態度でどうしようもなくなったときだけに決断を行ってきたのだ………解決できないなら遠ざけるしかないではないか。

それをサイトの説明以上に雰囲気で感じ取ったルイズは、何もいうことが出来なかった。
平和な世界に生き、人を殺すこともなく死んでいけたはずの彼を呼んだだけでなく、その彼の手を汚させることとなったのは、おそらく紛れもなく『ルイズ』のせいなのだから。



だから………


「俺は! 自分のエゴのために! 人を!」


ぎゅっ


感情が高まりすぎたのか、己を許せないという感情が表面に出たのか、その怒りを壁にでもたたきつけようと立ち上がり、こぶしを振りかぶったサイトを、ルイズは背中からぎゅっと抱きしめた。身長差があるため背中というよりも腰に抱きついているような感じであるが、その体温はしっかりとサイトに伝わってくる。
ルイズの思いもよらぬ行動にサイトは思わず固まってしまう。そのままの体勢で、ルイズはさらにサイトの思いもよらぬことを言い出した。

自らの胸の内を苛む思いを必死に押し殺して。


「サイト。あんたは悪くないわ」
「でも、俺は!」
「……あんたは私の、『ルイズ』の使い魔でしょ? だったら、使い魔の不始末は主である私の責任よ。王国法でもそうなってるはずだわ」


たしかにトリステイン王国の法律では、コントラクト・サーヴァントを終え、使い魔契約を結んだ生き物が巻き起こした損害はその主であるメイジが負うこととなっている。
いわば、使い魔は道具だ。それがどのような能力を持っていようと、関係がない。いかに使うか、ということが大事であり、それを決めるのは主であるメイジなのだから。


「ルイズ……」
「だから、あんたに人を殺させたのは『私』よ。あんたじゃない。殺した人に怨まれるのは私だし、怒りをぶつけるのも自分にじゃない。あんたの主である私によ」


だが、この世界に来る前にサイトが起こしたことに関しては、ここの世界のルイズには責任がないはずである。
それにもかかわらず、ルイズは意図的に、かつてのサイトの主、「未来の自分」と己を同一視させるようにサイトに語りかける。今までの会話でサイトが「彼女」をどれほど大切に思っているかわかった上で。

それは、このままでは壊れてしまいそうな繊細で、幼い少年の数奇な運命の引き金を引いたことへの責任感だろうか。
それとも、初めて己に従ってくれ、力をくれた使い魔への感謝と責任感だろうか。
あるいは、それは己が初めに召喚した竜によって出た多数の被害への贖罪として、たとえ理不尽な理由によるものだとしても誰かに罰を与えて欲しかったのだろうか。

それらすべての理由が交じり合って、ルイズ自身にも理解できない衝動へと代わる。
ルイズはこの少年をほうっておくことなんて出来なかった。
あえて言うなら、同情、というのが一番すっきりする理由かもしれない。


彼は自分の写し身だ。
竜という思い通りにならない力を与えられ、それを振るわされたこちらの世界の自分と。
周囲から勝手な期待をかけられ、それに答えなければならないとはわかっていてもその期待に耐えられなくなって潰れそうになっていた自分と。

主を知るには使い魔を見ろ、という格言もある。
きっと、竜に逃げられて心がずたぼろになった自分の思いに、この世で誰よりも繊細でありながら一人大軍に挑みも身も心もすり減らし続けた彼が共鳴したのだ。だから、世界で一番ルイズに近いものとしてこんなやさしくもよわっちい彼が召喚されたのだろう。
そこまで考えて、ルイズはいっそうある決心を強くする。

そう、今の彼は自分の使い魔なのだ。
断じて彼に触れられない、声もかけられない『未来の私』のものなんかではない。

そんな、一番大変なときにサイトのそばにいられない者など主たる資格をもはや失っているといってもいいのだ。

たとえ未来の自分であろうと、彼は、サイトは渡さない。
否、渡してなるものか。


「恨むんだったらこの私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを恨みなさい」


だからルイズは、慣れぬことながら自らの罪に潰されそうになっているサイトを全力で救おうとしていた。
魔法が使えないで落ち込んでいたときにいつもそばにいて、抱きしめてくれた姉のカトレアのようにサイトの背に腕を回し、その体温が伝わるように今度は正面からぎゅっと抱きしめる。
傷の舐めあいのようでありながら、それでも確かにそのルイズの心はサイトに伝わった。

あのルイズとここにいる彼女は確かに別人だとサイトはわかっていたはずなのに、その伝わってくる体温がそれを忘れさせる。
会えなくなり、いつしか彼女とここにいるルイズの違いに対してもそう感じることを忘れていっていたサイト。

心が折れそうになるほど弱っていたサイトの心に、「今」のルイズという存在が、ストン、と落ちてきた。自らの主としての存在感と同時に、怒りの捌け口としても。


「……なんで……なんでなんだ! 何で俺が殺さなきゃならなかったんだ、ルイズ!」


だから彼は、泣き声交じりの恨み言を思いっきりルイズに叩きつけた。
今まで彼女に対して感じていた遠慮を取っ払って、自らの主に容赦なく自らの身に落ちるはずだった断罪の雷を落とした。


「……ごめん」
「何で俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ! 答えろよ!!」
「私のせいだわ。許して、サイト」
「なんで、なんで!! 殺したくなんてなかった、殺したくなんてないのに!」


ルイズにしがみつくような体勢になるほど地面に向かって崩れ落ちそうなぐらいに、涙を流しながら贖罪と罵倒の言葉を投げてくるサイトを、ルイズはゆっくりと、しっかりと受け止めながら声をかけていく。
どれほど怒りのぶつけようを見つけようと、『最愛の少女』であるルイズを傷つけることだけは良しとしなかったサイトに直接的な危害を加えられることこそなかったが、言葉の刃は幾度となくルイズに振るわれたが、ルイズは最後までサイトを抱きしめたまま放すことはなかった。


彼女は紛れもなく貴族であり、主であったのだから。



やがて、サイトが泣きつかれてその場に崩れるように眠ってしまうまで、しっかりとその手はサイトを包み込んでいた。








「主として、きっとあなたを守って見せる、と思っているのにね……」


サイトをベッドに寝かしつけ、その体にゆっくりと毛布をかけていきながら、ルイズは呟く。
自分に対していろいろな知識を与えてくれ、その体に秘められた卓越した戦闘能力とは裏腹に、自分の前で子供のような姿をさらしたサイトに、ルイズは確かに愛しさを感じていた。

それは、男女のものというよりもむしろ母親が息子に向けるようなもの、飼い主がペットに与えるようなものでもあったのかもしれないが、だからといって異性としての感情がまったくなかった、といえば嘘になってしまう。むしろ最近ではそっちの比重のほうが大きくなっているかもしれない。


とにかくルイズは、このどこか自分と似ている使い魔のことをいつの間にか愛しく思うようになっていた。

最初は確かに警戒していた。
しかし、喉元を過ぎるかのようにそれらの時期が過ぎれば、自らを優しく導き、身を挺して守り、そしてどこかのんきで間抜けなところもある完璧過ぎない手の届く存在として、ルイズはサイトのことをどこか眩しい存在と思うように。

今日、彼が自らに弱みをさらしてくれたことでさらにその気持ちは高まっていった。おそらくそれは、あちらの世界のルイズがただの平民としてではなく優秀な使い魔としてサイトを召喚したとき、またはこちらの世界のルイズがブラッドをきちんと使役できたときに抱くような気持ちだろう。
その小さな手が、己より大きな、それでもまだ少年そのもののサイトの髪を優しくなでていく。それに呼応して、断じて未来の自分なんかに彼を渡すものか、という独占欲にも似た感情が胸のうちにじわっとゆっくりと、しかし確実に広がっていくのが自身でもわかる。

だが、それでも。


「……ごめんなさい、サイト。私はまだワルド様を疑いきれないの」


何のきっかけもなく幼いころから家族と並んで唯一といっていいほど『ゼロ』の自分を認めてくれていた王子様を頭から疑い、決別を叫べるほどルイズは大人ではなかった。
ほぼ百パーセント黒であろうということがわかっていても、かつての婚約者のくれたやさしさが、思い出が、ルイズの心を揺らし続ける。本当にワルドは自分の味方であり、サイトがいうのはあくまでもとの世界での話のことではないのか、という考えが拭えない。

だから、ワルドのことを悪く言うサイトについても、ほんのひと欠片だけの不信がなくならない。
ありえない、ルイズのためにすべてを捧げ、このようにその身を削りその心を砕いてきた彼が徹底的にルイズの味方であることは明らかなのに、その言に従えない自分もほんの僅かではあるが存在するのだ。


ブラッドという自らが呼んだ使い魔に裏切られたルイズは、どうしても完全にサイトを信じるまであと一歩だけが踏み出せないのだ、ワルドに決別を言い渡せないのだ。

ある意味彼女はわがままだった。
サイトという少年を保持したまま、ワルドも手放したくない。かつてシエスタに迫られていながらルイズへの心を保ち続けていたサイトのように。


だから……


「次の夜は、あなたが私に勇気を頂戴ね」


そう、一言だけ残してルイズは母のようにサイトの頬に口付けしたあと、サイトに背を向け、今晩は部屋から出て行くことにした。


その後姿を、雰囲気に取り残されて一言も喋れなくなっていたデルフだけが見ていた。



その38へ

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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