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鬼畜ま!3

三話
 道から少し外れた街灯の光だけが差し込む薄暗い校庭に作られた即席の決闘場とも言える場所において、学園内で勤務している半数ぐらいの魔法教師を観客としながらも、ランスは不満だった。


(……女がいねえ……)


 さもあらん、基本的に自らの筋力を魔力で強化することで、戦闘を行う魔法剣士タイプの人間でなければ、明らかに剣士といった格好をしたランスを抑えるために無駄な被害が出ると考えられたのだ。
 後衛を専門とするという意味での魔法使いは、基本的に拠点防衛や制圧戦では力を発揮するものの、敵味方入り混じる乱戦となっては同士討ちの危機もあってその力の半分も発揮できない。


 そして、筋力の量と戦闘力がある程度比例する魔法剣士や前衛型の従者には、当然男性の方が多かった。
 無論女性もいることにはいるのだが、そういった女性は基本的にウエイトトレーニング等で筋力を増す鍛錬もしているため、ランスのめがねにかなうような「女」を感じさせるような魔法剣士はあまりいない。

 そして、その数少ない女性らしい体格と容姿を持った刀子のような魔法剣士は主に力より技に重点を置いているため無理に押さえつけることには向いておらず、学園内のどこからでも視認しやすい校庭という場所を戦場に選んでしまったために張った人払いの結界のほころびをフォローするために、学園各所の監視の方に回っている。

 さらに、一応約束通り、魔法教師以外の存在である従者はここには存在しない。
 余計なことをしてわざわざ相手に大義名分を与えることは無いし、従者無しでも十分だと思われたからだ。いつの世も、魔法使いの天敵は戦士であり、その戦士を殺すのもまた魔法使いなのだから。


 また、これとは別の理由で、かなり弱っているとはいえ、いちおう現学内最強の存在であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも来ていない。
 一応呼んだのだが、吸血鬼の癖にどうやら眠っていた様で中途半端な時間に就寝からたたき起こされたことでえらく機嫌が悪かったため、怒鳴って断られた。
 まあ、満月でも無い今宵に無理に呼び出したとしてもさして役に立たないだろうと思って、近右衛門もさほど熱心には勧誘しなかったのだが。


 主に後衛となる魔法使いの方は、ある程度の距離からランスのほうを見ている。
 剣士の前に護衛も配置せずに魔法使いを放置するほど愚かな事は無い。
 そのため、絶対に手の届かないであろう、校舎の屋上などから狙撃できるように配置されている。

 ちなみにそれに気づいているランスからしてみれば、よもや自分が危険人物扱いされて監視されているなどとは夢にも思っていないので、彼らは観客ではなくなぜか潜んで英雄である自分を狙っている敵である。
 基本的にあまり奥の奥まで考えて発言する性格ではないため、自分が危険人物扱いされているなどあまり思っていないランスは、仕掛けてきたら即殲滅対象がまさかこの学園の魔法教師であるとは思っていない。

 これらが合わさった結果の、女性らしい魔法教師がこの場にいないということは、本来であればここであっさりと勝つ→異世界の女めろめろ→俺様ウハウハ、といった図式を脳内に描いていたランスにとっては不本意極まりない。これが目的で即座にあの場で叩き斬らないで男なんぞに戦いを吹っかけたというのに。
 この憤りは相手の男にぶつけてやる、と固く誓ってランスはタカミチの方を見た。



 ポケットに手を入れながら、こちらを見ているタカミチを見て、ランスは始めて相手を対戦相手として観察する。


(この世界は魔法が基本だって爺が言っていたから、多分あいつも魔法使い。が、杖とか持ってねえし、シィルよりも運動神経は高そうだ。つまり、ランちゃんみたいな魔法戦士みたいだと、俺様の七色の頭脳が告げている。魔法戦士は中途半端なやつが多いんだが、ここでわざわざ俺様に挑んでくるってことは、それなりに自信があるんだろ。ガンジーの親父みたいなやつもいるしな。
 とりあえず見た感じ武器も持っていねえようだし、距離をとって様子を見てみてなんか強そうな魔法をだらだらと唱えそうだったら距離を詰めるか。がはは、やはり俺様は天才だ)



 こうしてランスの一応の方針が決まったあたりで、周囲の状況を確認した近右衛門が少々離れた位置にある街灯の光源から伸びた光によってランスが地面に影を映しこませるのと等間隔にタカミチが立つのを互いに確認して、開始の合図を告げる。


「それではみなも集まったようじゃし、始めるとするか…………始めっ!」


 近右衛門の号令とともに、タカミチが何かを小さく口元を動かしているのがランスの視力では見て取れた。


(やっぱただの魔法使いか)


 そう思ってランスはこの世界の魔法使いというものを知るために、様子見もかねてゆっくり目に距離を詰める。



 が、すべて進みきる前に、ランスのほうに魔法が向かってくるのではなく、タカミチの方に変化が現れた。
 全身をなんだか白いもやのようなもので覆っており、一気に肉体の発する力が増したようにランスには感じられた。
 これは魔力で持って肉体を強化する高等魔法「戦いの歌」であるが、ランスの世界にはこのような魔法の使い方は基本的に存在しないため、なんだかさっぱりわからない。


(なんだ? 攻撃付与か?)


 そう頭の中で考えた次の瞬間、タカミチが超高速でポケットから握りこぶしを出し、すぐに元に戻したのがランスには見えた。
 いぶかしげに思うまもなく、ランスの目の前に一塊の衝撃波、タカミチの得意技である、「居合い拳」が接近する。


 無論牽制だ。


 ランスの力量を見るのが目的なのだから、これをかわすのか、防ぐのか、相殺するのか。
 それによってタカミチは次に移る行動を変えるつもりだった。
 


 ランスは突然現れた風切音と空気の歪みに気負うことも無く、「居合い拳」によって作り出された衝撃波をカオスで切り裂く。
 彼の世界ではさまざまな武器を持つモンスターの新種が次々生まれているため、盾で防ぐにせよ、剣で捌くにせよ、どのような攻撃手段が唐突に接近してきたとしてもある程度反射的に対応できるようになっているし、そうでなければいつかは死んでいる。


 しかし、そうとは知らないタカミチは、ほとんどの人間であれば何をやったのかさえ理解出来ない速度で迫る居合い拳を完全に視認しているということで、相手がただの馬鹿では無いと知っていっそう警戒を強める。


 ならば手加減は無用。今度は全力で居合い拳を放つ。そう思って一気に力を拳に溜め込む。
 防ぐというのであれば、防ぎきれない数を放ってやればいい。

 弾切れ?
 魔力切れ? 

 そんなことはありえない。すべての魔力を身体強化のみに費やせる彼にとって、0.4気圧以上の大気は無限とも言える弾倉なのだから。

 しかし、戦闘態勢をいっそう強めたタカミチとは正反対に、何か違和感を受けたのかランスは剣を下ろして盾を構えてしまう。
 無論、そんな隙を見逃すタカミチでは無く、即座に居合い拳が飛ぶ。



ぐわぁん



 そんな鋼を拳で叩く音がし、ランスは立ち止まった。
 一発目は盾を固定するグリップを握った右手を振るい、盾で弾き飛ばすように防いだものの、間髪なく打ち出される空気の弾丸のすべてを防げているわけもなく、盾から外れた物が続けて二発、三発と次々とランスの体に直撃する。
 しかし、ランスは何の行動にも移らない。

 一発目は不意打ちともいえるため避けないことは解るにせよ、最初の攻撃をいともたやすく切り裂いたランスが、続いての攻撃は軽く鎧で捌くだけであたるに任せ、何の反応も見せないことを不審に思ったタカミチは、戦闘体制のままいったん手を止める。
…………そして、タカミチは気付いた。気付かされた。

 まったく効いていないのだ。




(なんだこりゃ?)


 一方のランスは、しばらく考えてようやくこれがタカミチの全力攻撃であったことに気がついた。
 ダメージはほとんどない。音こそ派手だが、別に痛くも痒くもない。
 このくらいの痛みはダンジョンにもぐっていればそれこそ日常茶飯事であり、別に鎧なしでも耐えられる。
 牽制にしても間髪無く数百発直撃するならばさておき、これを数発受けたところで、体勢すら崩さないため、まさかこれが相手の全力攻撃であるとは思わなかったのだ。
 それなりに早いが、ほとんどダメージを与えられない以上何の意味もない。
 はっきり言って、神風の弓矢の方がよっぽど痛い。
 こんな程度で世界最強の俺様に挑んでくるとは一体どういうつもりだ、という馬鹿を見る目でタカミチを見る。





 一方のタカミチの驚きは、ランスの比ではなかった。
 自分の攻撃を相手が屁とも思っていないことにようやく気づいたのである。
 戦闘中であるため表情には出さなかったものの、自分の得意技の「居合い拳」を受けて平然としていることに内心は大きく驚いていた。


 確かに、居合い拳はさほど殺傷能力の高い技ではない。
 魔力で加速しているとはいえ、基本的には高速で抜き放つ拳によって相手に拳圧と言ういわば空気の塊をぶつける技のため、拳などという形状の曖昧なものから放出されている分、威力は拡散されている。
 この技一発で確実に相手を仕留めるには、一度に動かせる大気の量を増やし、威力をもっと圧縮集中させる方法を編み出し、一撃に持たせる殺傷力をさらに高めないと駄目であろう。そういった意味ではタカミチは、いや、この居合い拳という技術自体がまだまだ未完成品であるといえよう。

 しかし、魔法剣士として遠距離から打撃で自由に攻撃できるということは、従者による防御と魔法使いによる攻撃を基本とする現在の直接戦闘においてかなりのアドバンテージを使い手に与えることとなる。
 何といっても、相手に魔法詠唱する暇すら与えずに、近づかなければ攻撃手段を持たない前衛を一方的に打ち倒し、肉体的耐性に欠ける後衛にむかって間髪無く物理攻撃を加えることが出来るのだ。
 通常の魔法使い―――たとえばネギ―――であれば、これともうひとつの技によって、相手に反撃すら許さずたやすく打ち倒せる。

 前衛並みの攻撃速度を持っていながら、後衛並の攻撃範囲を誇るタカミチによる攻撃。ありとあらゆる魔法攻撃を「ずらす」ことで防ぎ、その詠唱の隙に必殺の一撃を叩き込む戦闘スタイル。
 才能に恵まれたネギとは正反対の、魔法詠唱すら出来ないという落ちこぼれのタカミチが、魔法界の格付けにおいて「AA+」の戦闘能力を持っているといわれるほどになった、死にもの狂いの修業で得た修行の結晶である技だ。
たとえどんな魔法使いに対してでも、仮に優位に立ち回れないとしてもそれなりに対抗できるこの力こそが、今までの努力の結果としてタカミチを支えている。この世界の魔法使いであれば、たとえあの名高きサウザンド=マスターであろうと、早々やすやすとはタカミチを倒すことは出来ないであろうとまで言われるほどの修練の末の技だった。







 しかし、ここで世界の壁が立ちふさがる。






 ランス 達が来た世界は、一般には知られていないがルドラサウムという創造神によって、大陸そのものが形作られており、そこに住まうものである神々や生物ですらその創造神によって進化論など無視してある意味直接的に生み出されているものである。
 その創造神ルドラサウムは世界においてまさに絶対的ともいえる力を持つが、性格は幼児的で我侭であり、混乱や他人の負の感情を好むといった性質を持つ。そういった存在であるルドラサウムにとって、大陸での人の生死、国家の興亡治乱も退屈凌ぎの余興に過ぎない。
 そのため、ランスたちの世界はルドラサウムを楽しませるために常に争いは絶えず、その争いを彩るランスたち人間よりはるかに強力な存在である魔王や魔人といった生き物が常に存在している。

 無論、魔王や魔人が人間に直接危害を加えるということは、ここ1000年ほどの間はそれほど大規模ではなかったが、モンスターといった一般の人間よりもはるかに強力な身体能力をもった存在は、大陸のあちこちにいまだ存在しており、その種類も年々増加しているといった事情がある。

 そこにはきゃんきゃんや防軍師といった単体であれば一般人でもたやすく倒せるような存在から、音速を超える速度で各種特殊効果を併せ持つ矢を幾種も使い分けて放つ神風、岩をも砕く強大な雷を自由自在に操る雷太鼓など多種多様な生き物が存在する。
 そして、中には拠点防衛の要として体そのものが超高温の岩石で形作られているストーンガーディアン、触れることすら許さぬ絶大なる回避力と大木を一撃でぶち抜く剛拳を持つバルキリー、衝撃のほとんどを吸収する強靭で柔軟な筋肉と矢はおろか銃弾をも通さぬ鋼鉄の鱗を併せ持ったドラゴンナイト、全身を弾丸をもはじく重装甲で覆った上で並みの兵士など一撃でなぎ払う剛剣を振るうサイクロナイトなどの人知を超えた化け物まで人類の脅威として存在している。

 そういったものの進入を防ぐため大概の町は大きな塀で囲われているし、万が一の侵入に備えて市民兵が配備されることとなっており、有事の際には数百人単位で招集される。
 つまり、逆に言えばランスたちの世界とは、一体で武器を持った一般人何百人と普通に戦うことの出来る生物がごくごく当たり前に存在する世界なのだ。

 そして、これらモンスターが跳梁跋扈する街道を移動する場合は、魔物たちを防ぐために特別な存在が雇われることが多い。



 それが冒険者と呼ばれる人間である。



 ランスのいた世界特有のもので、レベルアップという現象がある。
 これは、何か生き物を殺すことにより、経験値という形で本来であればルドラサウムに還元されるはずの魂の一部を自らの体内に取り込み、一定値を超えることで自分の身体能力そのものをあげることが出来るという現象である。

 簡単に言えば、ネギやタカミチのいる世界においては、100メートル走のタイムを縮めるには、鍛える事によって筋力を上げたり、フォームなどを研究することによってしか基本的には方法は無い。
 そして、その例外として戦闘においてはこの身体能力を高めるために、魔力や気が使われるのである。
 しかし、ルドラサウムが作ったこのシステムであれば、同じ筋力をもってしても、それによって生じる力そのものが上がるため、生き物を殺すだけで気や魔力を使わずとも速度が上がるというものである。

 このシステムを利用して、通常の人間をはるかに超えたモンスター達を倒すことが出来る身体能力を手に入れて、「ギルド」という組織に所属する者たちの総称を、冒険者という。


 そして、ランスはその一般人から見れば人間離れしたものの総称である冒険者の中でも、真のトップに立てるほどの実力を持っている。
 「キースギルドの鬼畜戦士」といえば、優秀な魔法使いを従えながら大国の将軍をも超える戦闘能力を持ち、いかなるトラブルであろうとも、高額な報酬と多大な人的被害(主に女性)と引き換えに必ず解決してくれると自由都市周辺やリーザス領内では悪名交じりで有名な存在だった。
二代に渡って人類最強の名を欲しいままにしたヘルマン帝国将軍フレッチャー=モーデル、トーマ=リプトンを続けて破り、一国の王に公然と歯向かい、魔人すらも倒した文字通りの現人類最強の男であると。地元のヤクザも避けて通る、人間兵器といっても過言ではない最強の冒険者だ。はっきり言ってちょっとした村や町なら一人で、いやひょっとすると一撃で堕とせる。


 それには、ランスの生まれが関係していたという事情もある。
 物心ついた頃には孤児であり、幼きころに心許せる唯一の者すら冒険で失ったランスにとって、自分を証明するものは力しかなかった。
 結果、ギルドに所属してからは進んで高額で危険な依頼を受け、一日何十匹ものモンスターや場合によっては人間を殺しながら依頼を達成し、得た金で豪遊し、サボったことによってレベルが下がれば、さらに依頼を受けるといった荒んだ生活。
 シィルが来るまで、いや来てからも延々とそんな生活をしていたランスは、タカミチ達の世界の誰よりも実戦経験が多く、奪った命もそれに比例して多い。
 結果、彼の身体能力は一般人の比では無い。


 そして現在、ゼス崩壊事件、第四次Japan戦乱、まにょ空間でのバトルとずっと戦い続けていたランスの攻撃は、一般兵士など剣風だけで文字通り紙のようになぎ倒し、岩石で出来たストーンガーディアンをたやすく両断し、分厚い鱗を持つドラゴンナイトを一瞬で貫く。
 彼は格闘家や忍者ではなく戦士なので、神風の矢やバルキリーの一撃、雷太鼓の雷をかわすことはあまり出来ないが、受けることを前提とした彼の体はそれらがあたったところで一発や二発ではどうということもない耐久力と防御力を持っている。


 近右衛門が思ったとおりランスは気も魔力も身体強化に使えないが、絶対的な力、速度、肉体が持つ強度そのものがタカミチ達の世界の人間と根本的に異なっているのだ。




 そのランスにとっていかに強力無比と謳われる技であっても、あくまでこの世界の魔力によって体を強化した魔法使いや従者の肉体の強度を前提としたタカミチの居合い拳による攻撃は、明らかに「軽すぎる」のである。


 タカミチがこの世界の魔法使いとして、もっとランスにとっての予想外となりやすいごくオーソドックスに努力をしてきたのならば、まだ何とかなったのかもしれない。
 すなわち、ルドラサウムによって傷つけることだけに特化したランスの世界の魔法とは異なり、多種多様の効果を持つこの世界の魔法であれば、鋼鉄をも超える強度であるランスの体に衝撃とは別種の方法でダメージを与えることは出来たかもしれない。
 また、石化させる、眠らせるなどといったランスが受けたことのない効果を持つ魔法であれば抵抗すら許さずたやすく勝利することも可能だったかもしれない。


 しかし、タカミチは少年時代にはマギステル・マギを目指したものの、呪文詠唱ができないという己の体質のために、教師のほかは主に道を外れた魔法使いを討つことを仕事としている。

 そのため、多種多様な生態を持つ魔物たちに対する技術ではなく、対魔法使い用の技術を主に磨いてきた。
 無論、並々ならぬ努力によって編みこまれてきた体術と、「戦いの歌」の組み合わせはどんな相手にもある程度は有効に働くが、逆に言えばタカミチはそれ以外の戦闘で使用できるような補助魔術はほとんど習得していない。



 すなわちこの事実が意味する事は、わずかな付加効果すら付け加えられないタカミチの「居合い拳」ではランスにまともなダメージを一切与えられないということだった。




 その事実に遅まきながら気付いたタカミチが、ならば次の一手をということで体内で気と魔力の合一をしようとする前に、待っているのに飽きたランスが前進を再開してしまった。
 先ほどの様子見の駆け足ではなく、今度は全速力で。

 その卓越した脚力で、瞬動並みの速度を出して一歩分で数メートルは軽く進み、10メートルほどあった間合いをあっという間に詰めてランスは剣を振るう。
 その加速は、仙術の一種である瞬動のように師から弟子への長年の経験の積み重ねによる技巧的洗練ではなく、ただ常軌を逸した脚力が無造作に地面を蹴ることによって生み出された異常な加速であった。

 コンマ数秒とはいえ自らの技をあっけなく破られたことによって呆けており、次の対応を思考していたタカミチが気付いたときには、瞬動を使って間合いを広げることすら、ましてや咸卦法を発動させることなど到底困難な距離にランスの斬撃があった。

 それはタカミチが何度か仕事を共にすることで見たことがある、神鳴流の剣士の流れるような華麗な一撃とはまったく異なった、粗野で力任せな一撃だった。
 しかし、レベルアップによってこの世界にとっては異常なほど強化されたランスの筋力で振るわれたそれは、全身を強化する「戦いの歌」によって視神経や伝達神経までも強化されていなければその影を視認することすら不可能な速度で振るわれていた。


「くっ」


 神鳴流の剣士の使用しているような日本刀を使った流麗な一撃であれば、相手の刀が気で強化されていたとしても、居合い拳を使っても破れないよう対衝撃・対刃・対弾の特殊素材で出来ているスーツと自身の肉体に「闘いの歌」をかけていることで耐え切れたかもしれない。
 しかし、ランスの使用しているような大剣の質量をあの速度で受けてまで衝撃を殺しきる自信はタカミチには無かった。
 そのため、その場にしゃがみこむようにしてかわす。

 それに対してランスは、今の斬撃による大剣の慣性を己の筋力のみで一瞬で殺して、即座に直角に剣を振り下ろし、真下のタカミチに叩きつける。
 タカミチがその場を飛びのいてかわしたことで魔剣カオスはかろうじて外れるが、今度は途中で止められることなく振り下ろされた一撃は、大地に衝突し小規模なクレーターと土煙を作り上げた。
 巻き上がった地面の欠片が進行の邪魔をするものの、その煙を縫うようにタカミチは前進し、ランスが剣を振り上げる前にその顎にこぶしを叩きつける。


 しかし、顎を動かすことによりランスの脳を揺らして脳震盪を狙った一撃は、クリーンヒットしたにもかかわらず、信じられないことにランスの顎を微動だにさせることは出来なかった。
 むしろ、この程度の打撃なぞ盾で受けることも面倒くさいとばかりにわざと当てさせたようで、逆に顎によってこぶしを受け止められているような形になって硬直しているタカミチの体に、諸刃作りの剣という特性を生かした振り上げがそのまま斬撃になっているランスの下段からの一撃が迫る。

 それをかろうじてサイドステップすることでかわし、再びこぶしを、今度は顔面を狙って放ったがこれはきれいにスウェーバックしてかわされる。
 と、同時に、かわし辛い横一文字に切り裂く一撃が来たことを、強化した聴覚の捉える風切り音と触覚による空気の流れで感じて、あわてて背をそらしてバックステップを行い距離をとる。


 しかし、タカミチが距離を取ろうとして下がったのとほぼ同時にそのタカミチを追って地を蹴っていたランスはカオスを矢のような勢いで突き出す。
 タカミチの頭を目掛けて。
手加減なぞ微塵も感じさせずに。


「つっ!」


 突きという攻撃の性質上、あまり空気の揺らぎを感じられなかったタカミチは、己の視覚のみを頼りに側転のような体捌きで躱す。動体視力ぎりぎりの攻撃を集中し続けて見切ることによって、魔法で重点的に、不自然に、強化して酷使し続けている眼球の奥に鈍痛が走るのがわかった。
 瞬動を使って逃げる間もない追撃だった。


 だが、まだ終わらない。


 ランスはタカミチにさらに詰め寄り、擦り上げで二撃目を放つ。
 2歩下がってやり過ごすタカミチ。
 それをおおきく一歩進んで追ってくると同時に逆袈裟に切り下ろされたランスの一撃が途中で軌道を変え、横一文字に初撃を真横に避けたタカミチの胴を切り裂こうとする。
 背を見せる形になったものの、半回転してタカミチは大地に手を着け直撃を免れる。それに続けて不意をつく形で再び背を見せ、タカミチは裏拳を振るうもののこれはランスがごく僅かに顔を傾けられることであっさりと回避されてしまう。


 やはりタカミチの技術は、前衛の従者の合間を縫って後衛である魔法使いを狙うことを対象として鍛え上げられている。
 その中距離を基礎とした攻撃方法は、たった一人で武装した戦士と至近距離で向かいあった際には、ほとんど本領を発揮できない。

 加えて、ランスの得物が130センチ超のバスタードソード型である魔剣カオスであること、重要な急所は頭部以外全てをプレートメイルで覆っていることも、タカミチの戦闘法との相性の悪さに拍車をかける。
 タカミチのこぶしは居合い拳を使わなければ、せいぜい届いて腕の長さ分。
 有効範囲があまりにも違いすぎ、また威力も違いすぎる。
 いくら拳を魔力で強化してあるとはいえ、あのサイズの大剣の重量は拳では受けることも捌くことも不可能だ。

 それに合わされるのはひたすら真っ直ぐで、鋭く、迷いの無い剣尖。
 何百何千もの命を奪った末にさらに練磨された、その行動によって誰かの生命の灯が刈り取られるという事実に何の躊躇いも持たない純粋な剣気の篭められた攻撃。
 攻撃自体は基本的に直線なため単調で読み易いといえるのだが、速さと威力がそれを補って余りある一撃に仕立て上げていた。


 そして、こちらの攻撃はというと、相手はあれほどの剣の腕を見せながらもこちらを完全に舐め切っているのか、なぜかほとんど回避はせず、盾または鎧で受け止めるだけなので、攻撃を当てるだけならばさほど難しくは無い。もしくは防具で弾く事を前提とした技術に重点を置いて鍛錬を重ねているのだろう。
その技術は、致命傷だけは防ぐという事ならばともかく速度を生かした戦法を得意とするタカミチにとって見ればゆっくりすぎる技術であるといえる。当てるだけならば容易といえるものだった。

回避よりも防御を前提とした構え。しかし、だからこそタカミチにはやりにくい相手だった。
鎧を渾身の力で突いたとしてもこれほどの相手が身にまとった状態で、あの詳細不明の金属で出来た鎧を一撃で完全に砕けるほどの威力はタカミチの打撃には無い。
 先ほど遠距離ではほとんど効果が無かったが、即座に出せる技の中でも威力が高い居合い拳を、この体術に加えてピンポイントに急所に当てることが出来ればあるいは、と思わないことも無いが、居合い拳は一直線にしか進めない上に、初速を得るのに腕を思いっきり振れる程度の距離が必要であるため、お互いの息遣いすら感じられるような近距離ではこの男よりも圧倒的な速度で持って手数で押し切れる、とは思えなかった。


 ならば、切り札の方をと思うが、これほどの連撃では瞬動を使って間合いを開けることも出来ないし、そもそも間合いをあけたとしても咸卦法ができるほど時間をくれるとも思えない。
 気というものには呼吸を整えることが少なからず関係しているし、かなり扱うのが不安定な咸卦法を発動させるには、それなりの時間が必要だからだ。


つまり、タカミチにとってこの状況は極めて不味い状態だ。


 それでも、タカミチは、跳ね、伏せ、仰け反り、屈むことでその身に一撃も許さず戦い続ける。



 ランスの剣には「剣術」のような洗練された、伝統に基づいた無駄を極限まで省いた事による速度があるわけではない。また、わかっていても避けられないというほどの人間の生態学的弱点を突いた「技術」的鍛錬があるわけでもない。そのため、何とか今までの経験を総動員して身体能力的に劣るタカミチでもかわす事が可能となっている。
それどころか剣を習ったことがあるのかさえ怪しいような、体重すら乗っていない手首を返しただけの手打ちの一撃であることすらある。
 そもそも本来の地球上の物理法則では、あのくらいの質量の大剣を身長175センチ前後、体重70キロぐらいであろう体からひねり出される筋力で、気も魔力も無しにあんな常識外れの速度で振るえるはずが無い。
 そのためなのか、現在の剣による戦闘方法のセオリーを完全に無視した邪道としか言いようのない剣だ。




 しかし―――その剣は、間違いなく誰かを殺せるだけの威力を持っていた。

 そのすべての一撃が、喉を、頭部を、心臓を、確実にタカミチの命を狙ってくる。
 手加減などまるでされていない、試合だということへの考慮などまるでない。
完全に相手の命だけを狙った邪悪なる難剣卑剣。

自身の絶大なる耐久力への自信の表れなのか防御をまったく考えないことで、全ての力を攻撃に注ぎ込んでいる。
子供の頃から負け無しのチャンバラの達人が、何万人も人を切ればこの男のような剣になるかもしれない。

 創造神の作ったシステムを利用して、億の魂の欠片を万匹の生物が奪い、その生物をまとめて千頭の獣達が喰らう。その獣達を殺してレベルアップした百組の人間を、僅か十機で殺した魔法兵器をたった一人で破壊する事が出来る将軍が存在する世界。
 そして、その将軍すら足元に下す事を可能とした一人の英雄のみが持つ力。
 そんな、何千、何万、何億もの命を一箇所に住まわせ、喰らって喰われて、奪って奪われてという過程を経て魂の収束を繰り返す蠱毒の壺の中で生まれた、人をも超えた史上最悪最強の化け物のみが手に入れることが出来る、ランスの剣はまさにそんな剣だった。


 剣ではなく、魔法を主に相手にしてきたタカミチにとって、今まで見てきた魔法使いの従者が使うような呪文詠唱のための時間稼ぎを目的とした剣とはまったく逆ベクトルでありながら、尋常で無い冴えを見せるランスの剣技は通常よりはるかに早いペースで体力を奪い、困憊させる。





 長期戦になれば不利になると思ったタカミチは、ランスの攻撃の合間に出来るわずかな隙を突いて何とか次の一撃を繰り出そうとする。

 狙いは……喉!


 気道を狙い、呼吸を乱すことのみを狙った一撃。のど仏は身体構造上地球上の人類には鍛えられない場所なので、ひょっとするとこの化け物にも効果があるかもしれないと思ったからだ。その隙に間合いを取って咸卦法を発動させれば、まだましになるかもしれないという狙い。
 もはや、頼る物は自らの魔法使いとしての人生の集大成である咸卦法しかない。


「ふんっ」
「っ!!」


 足元の近くから切り上げたランスの斬撃は、今回もタカミチの髪とその進路上にあった左腕のスーツの生地を数本切り裂くことだけしか出来なかった。
 そしてそのまま剣の進む先がランスの頭上に向かって、上段の構えに近い形となっていくのを見て、タカミチは一瞬の勝機を見出した。
 耐刃素材で出来ているはずのスーツをあっさり切り裂き、かすっただけでも左腕が痺れてくるほどの一撃に思考の片隅で驚きを受けながらも、タカミチはそのままランスの懐に飛び込み、狙いを定める呼吸すら置かず体に染み付いた訓練の成果のみでランスの喉元に向かってアッパー気味の一撃を繰り出す。

 拳の先端は、一直線にランスの喉へと向かい……急遽、危機を感じて脳が命令を下す前に方向転換する。


 足下から迫る何かを感じたタカミチは、とっさの判断で攻撃を諦め痺れが残る左腕も無理矢理動かしてひじを叩き込んだ上で、右手にもありったけの魔力を添えて、アッパーを方向転換させ、自らの胸の前へと叩き落す。
 その判断は功を奏し、タカミチの身を救うこととなった。


「ちぃ、外れか」
「……」


 次の瞬間、人間の手が発した物とは思えないほどの衝撃音が降下地点に散った。一切の音が消えて二人の動作もそこで停止する。
 タカミチの両の腕で必死に支え続けられる均衡の先には、タカミチの顔面を目掛けて放たれたランスのつま先があった。

 この男にとって武器は、目立ちまくるその黒の大剣だけではなかったのだ。ランスの桁はずれた身体能力からすれば、単なる拳、単なる蹴りですら一般人にとって回避不能、一撃必殺の武器となることもまた、脅威。
 タカミチが「戦いの歌」による人を超越した身体強化の効果時間内であっても、この化け物からの金属製の具足による一撃はそれだけで十分凶器足り得たのであり、わざと上段に剣を構えて見せたのはさそいだったのだろう。


「フン、お前、それなりにやるな」


 必殺のはずの一撃を受け止められて、それでも不敵に笑う声を耳にして、タカミチは思わず内心罵声を放つ。


(………化け物め!!) 



相手を試す気だった自分とは違う。この男は、戦いを心底楽しんでいる。こちらも殺す気でやらなければ、なすすべも無く殺される
 じわりと額に浮かぶ汗。しかし、それを拭うことすら出来ない。


 しばしの力比べののち、ひじと右手で相手の馬鹿力を支えるという不安定なバランスに力をかけ続ける事に耐え切れなくなってきたタカミチが軸をずらして受け流そうとする直前に、さらに力が篭る。
タカミチの持つような完成された技術ではないものの、そこには間違いなく相手との読みあいを含んだ―――対人戦にしかない筈の駆け引きが存在していた。

 この勢いで金属製のブーツのつま先に蹴られれば、たとえ全身の強化を一点の防御に回したとしてもおそらく一瞬動きが止まる。
 この男、ランスを相手にそれは致命的な隙となる。

 だが、そんなちゃちい隙を作ることなど端から目的としていないように、殺意をこめた獲物の喉元を狙う肉食獣の牙は一撃必殺となりえるタカミチへ再び力ずくのみで一直線に向かう。


「くそっ」


それでもなおそのランスの動きに乗じて逃げおうせたのは、さすがタカミチといったところだろうか。

 しかし、それすらあっさりと対応して、ランスはその間合いを瞬時に詰めて再び大剣を構えたと見えた瞬間振り下ろす。
 何とか腕を弾いて軌道を僅かにずらす事で防いだタカミチを、今度はマントを翻して背面を見せたランスの回し蹴りが襲う。
しのいでも、かわしても、防いでも、まだまだ攻撃は、終わらない。


 そういった、タカミチにとってのぎりぎりの、ランスにとってはほんのお遊びの攻防が続く。
 防御することがほぼ不可能なランスの一撃は、仮に一発でも当たれば大きな衝撃を受ける上に体勢が崩れたところからそのままラッシュで追い込まれるであろうためタカミチは必死でかわすが、切り返すたびに速度が上がるランスの攻撃にだんだん捌くのがきつくなってくる。
 直撃するよりもましとはいえ、回避するのにも体力と精神力を消費する上に、すべてのタカミチの攻撃がランスに効かない以上、ジリ貧になるのは目に見えている。
 ましてや、相手にはまったく疲れによる衰えというものが感じられないのだ。





 そしてその逆に、ついにタカミチにはだんだん疲れというものが見えてきた。


 もっとも、それは肉体の疲れではない。
 武器の違いという疲れを促進させる事実はあるものの、ランスが剣を持っていることは責めるべきことではないとタカミチは思っている。
 戦いという手段をとると決めたときに、自分は拳を、ランスという男は剣を選んだのだ。
 そのため、剣と拳という間合いによる差でこちらが不利になったとしても、それはこちらの未熟に寄るものだろう。そして、そういったことも想定して修行しているため、まだスタミナには多少だが余裕がある。



 しかし、この大気を切り裂く剣閃の速度は何だ。この大地を震わす一撃の重さは何だ。



 感じてきたのは、心の疲れ。

 タカミチは、今でこそ一流の魔法使いとして名が通っているものの、決してネギのように才能に恵まれていたわけではないため、最初からこれほどの力を持っていたのではなかった。
 また、この学園に所属する一部の生徒のように、身体能力が生まれつき常人をはるかに超える者などではなかったし、近衛木乃香やナギ=スプリングフィールドのように現存するほぼ全ての魔法を行使可能とするほどの桁外れた魔力もなかった。
 それどころか、生まれつき魔法詠唱ができないという、魔法使いとして致命的な弱点すら負っていた。そしてそれらすべてを、努力というあまりにも脆弱な剣のみで跳ね返してきたのだ。


 魔法を唱えられない魔法使いなんて魔法界において何の役に立とうか。自分の体質と言う事実を知ったとき、もはやマギステル=マギになるという未来が完全に閉ざされたという絶望を、タカミチは本人の落ち度とは何の関係のない部分で突きつけられた。
何度も魔法使いを止めようと思い、それでも思いを諦めきれず、入学試験においても本当にぎりぎりの成績で魔法学校に入った。
しかし、やはり生来の才能の無さはいかんともしがたく、生徒からも教師からも有形無形に蔑みを受け、落ちこぼれと言われ続けてきた。魔法学校では入学したての後輩ですら行える事がタカミチにはできず、その穴を埋めるために必死で学んだ魔法学においても、魔法による記憶力等の補助を受けられないタカミチは、他の魔法使いの卵たちに一歩も二歩も遅れを取っていた。格闘技術のみは何とかなってきたが、どのみち魔力による補助が受けられないならば、単なる人間が行っていることとなんら代わりなどない。
どれほど思いを込めて呪文を唱えようと魔法は発動する気配すら見せず、自らの魔力は世界に干渉しようとしない。そんな自分の情けなさに一人悔し涙を流した事も一度や二度ではなかった。

 しかし、そんなある時転機が訪れた。

あまりの魔力と才能のなさに腐りかけていた自分を不憫と思ってか、あのサウザンドマスターの戦友であるガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが師事を許してくれたのだった。あの超一流の魔法使いが、だ!
 そのときの歓喜は、決して才能にあふれているものにはわからないだろうとタカミチは今も確信している。


 それからのタカミチは、生前の師が述べた「努力によってこそ魔法は成る」というその言葉を胸に、よりどころとして生きてきた。
 努力によってこそ、才能を打破できると思っていた。
 常に努力を欠かさなかった、欠かせなかった。
 才能のなさゆえに人より努力をしなければならないということに不満を持ったことは無かった。
 そのためならば、友人達と同じ時を過ごす事すら捨て、ただ一人、数年間時の流れの異なる異界空間で修行などを行った事も後悔していなかった。

 別に世界最強にあこがれていたわけではない。そんなおこがましいことなどもはや夢に見ることも出来ないということは自らの才能を思い知った今、十分理解している、悟っている。
 ただ、自らを絶望の中から拾い上げてくれた尊敬できる師の背中に付いて行くことが出来る力が欲しいと、それだけならば非才なるこの身でも死に物狂いの努力と引き換えできっと叶うと、そう、思っていた。




 その思いが、届かない。



 今は亡き師のあの大きな背にたどり着くまでに立ちふさがった、10以上若いと思われる男に阻まれている。
 自分はもう何十年も実戦と修練を積んできたというのに………傷一つつけることが出来ない。

 師に出会ってから初めて教えられた訓練法によって少しずつだが確実に上達を感じた瞬間の歓喜も、「居合い拳」という技を身につけて初めてまともに悪の魔法使いと戦えた瞬間の感動も、何度も制御に失敗して暴発を起こし大地に叩き付けられながらようやく身につけた咸卦法で始めて感じた未来も、すべて。
 この目の前の男を打ち破るための力にはなってくれないというのか。技を持たず、相手を見切る鍛錬もなさず、こちらを嘗めきっている性根しか持たない男にまったく歯が立たないという悪夢を振り払うための力にならないのか………


 まだこの男が、一度だけ見たことがある神鳴流の師範のように、自らの努力によって獲得した力を振るって相対しているのであれば、自分の努力が足りない、相手の自分以上の努力の集積に負けたのだという事で悔しさはあったとしても、納得はできた。

 しかし、この男は違う。
 断じて、自分の努力の延長線上にこの男の力は無い。どれほどあがいたとしても、タカミチが手に入れるどころか足元にすら及べない才能の土台の元に、その力は成り立っている。生来の才能が大部分を左右する魔法使いですら無いにもかかわらず。





結局、この世は「格」が、「才能」がすべてだとでもいうのか!
凡人はどれほど努力を重ねたとしても本物の天才の前には抵抗すら許されず敗れ去るしか無いというのか!


 それは嫉妬交じりの憎悪だった。

 初めてサウザンドマスターの息子である天才少年ネギのことを知ったときにもほんの僅かに浮かび上がってきた、偉大なる大魔法使いガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの弟子として絶対に思ってはいけないはずの感情が止めようもなく浮かんでくる。
 だが、自己の信念の否定であり、普段は決して他者にも自分にも感じさせない心の澱みをどれほど打ち消そうとしても、この圧倒的なまでの剣の前ではある一つの事実を肯定せざるを得ない。

 魔法は、戦いは、才能なのか?

 自分の心が折れそうになるのを明確に感じながらも、それでもタカミチは今まで培ってきた誇りをかけて夢を追って戦い続けた。




 特殊な歩法でもってして、距離を惑わし、拍子を狂わせ、その隙に人体急所にヘビー級ボクサーすらあっさりと凌駕する重くて早い一撃を叩き込む。
 側転する際に大地より握りこんだ砂を相手の顔にたたきつけ、繰り出されてきた剣を一瞬の隙をついて相手の腕に一撃を当てる事でずらして防ぎ、柄で殴りつけてきた相手の拳を鉄板を仕込んだ靴の踵でかろうじて受け止める。
 すぐさま切り返してきた剣による一撃を、ぎりぎりの回避動作で何とか薄皮一枚をきらせるだけに留める。

 今まで学び、身につけてきた技術を総動員して、タカミチは何とか勝負を持続させる。しかし、それは敗北までの時間をいたずらに引き延ばしているだけだ、ということはほかならぬタカミチが一番理解していた。
信念や根性では絶対に越えられない壁がそこにはあった。
その事実が一層タカミチを追い詰める。



 そして、幸か不幸かタカミチの精神の限界が来る前にその剣と拳との応酬が終わりのときを迎えた。


「ええい、よわっちい癖にかなみみたいにちょこまかと。避けんとさっさと当たらんかーーー!!」


 もう少しでかわしきれなくなるというところでランスがじれたのか、跳び下がりながら無茶を叫ぶ。タカミチにしてみれば始めの衝撃から立ち直って初めて相手が見せた明確な隙だった。
 今だ、と体内で気を練り上げるために呼吸を整えようとしたが、その前に絶望的な速度の差でランスが行動を起こした。一瞬の隙を突いての行動すら、遅れて行った相手の行動に追いつけない。

 ランスが何かを投げるようなフォームで右手を振りながら、叫ぶ。
 ランスはほんの少しすら息が乱れていなかったため、咸卦法を扱うために呼吸を整えなければならなかったタカミチよりも初動が早くなったのだ。
 そして、それによってできた一瞬の差によって、さらに絶望がタカミチを襲うことになる。


「くらえ、『電磁結界』!!」
「(魔法までっ!!)」


 バチバチとした電気を帯びているであろう青い球体が、ランスの手からタカミチに向かって飛ぶ。
 魔力の流動をほとんど感知させず、目の前の男が魔法のようなものを無詠唱で発動させたことで、タカミチはどれだけ隠し弾を持っているんだと警戒したが、その電磁結界と呼ばれた魔法は魔法の射手程の速度も無くせいぜいごく普通の中学生の投げるソフトボールぐらいであったため、全身が強化されているタカミチには居合い拳で撃墜する程度の余裕はあった。

 が、今まで恐ろしいほどの剣の腕を見せたランスという男が止めとして放った未知の魔法である以上、何らかの特殊な能力を持っているであろうため受けるのは危険だと判断したタカミチは、いったん咸卦法の前動作をやめ、その軟球ぐらいの大きさの球体をサイドステップでかわす。
 かわした瞬間、さらに憎悪にも似た思いが胸をよぎる。

 この男は、卓越した剣技の才能のみならず、自らが手に入れられなかった魔法の才すら持っている。

 ネギという子供を含む大勢の人が見ている以上はそういったことを態度に表すことは「大人」として絶対にできないことではあったが、そういった感情をまったく持たないでいられるほど、タカミチはネギや明日菜が思っているほど聖人君子ではなかった。
 その思いが殺気となって強く握り締めた拳の中に篭る。


 だが、その才能あふれた男が放った魔法については、自らの鍛錬によってかわす事ができたことが、タカミチに力を与えた。
 相手が魔法を放った後少々硬直しているのを見たタカミチは、そのまま一気に間合いを詰め、無防備な相手の急所に拳を叩きこんでやろうとした。かなわないまでもせめて一矢は報いてやろうと自分の魔力を可能な限り拳に集める。

 しかし、向かってくるタカミチを見たランスが余裕たっぷりに、にやりと口元を歪めているのが目に入ったのと同時に、よけたはずの光球が軌道を歪めてタカミチの眼前に現れたと同時に弾け、派手な音と光が炸裂する。
 そこには先ほどの球体が破裂し、何十本もの電撃の触手を辺り一帯に振り回していた。

 かわせなかった!

 タカミチは当然知らないが、魔法技能を持たないランスの使用できる数少ない魔法の一つ、雷系広域破壊魔法『電磁結界』だった。中央の光球に封じ込められていた電撃が、解放と同時に高電圧、高電流の何本もの触手を作り出し、広範囲をなぎ払う。


 しかし、魔法技能を持たないランスが放った一撃には、さほど威力は無いためあっさりタカミチは抵抗(レジスト)に成功し、まったくダメージは無い。
 そもそも世界最高クラスの放つ魔法の射手であっても一、二本であれば余裕で常時展開の魔法結界だけで抵抗できるタカミチにとって、たとえ伝説の武具であるカオスの補助が有ったとしても魔法技能を持たないランスごときの魔法力で放った電磁結界はあまりに弱すぎた。

 相手の魔法が追尾するという驚愕は、自らの努力の結果である魔法障壁が完全に無効化したという事実で押さえ込むことができた。
まだだ、まだいける。
 自らの咸卦法に比べてあまりに拙いその魔法を見て、魔法においては才能を努力が凌駕したのだから、決して努力が劣るものではないとタカミチは自らに言い聞かせた。


 が、その思いは数瞬後に裏切られる。いくら防御に成功したとはいえ、まったくの未知の魔法という優位な点があった以上、ランスの狙いからタカミチが逃れることは出来なかった。


「くうっ(こんな単純な手に!!)」
「がはははは、ちゃ~んすっ!」


その直撃を受けて初めてタカミチはランスの狙いと自らの失策を悟る。
 『電磁結界』という魔法にとって、一番の利点は広域に対する雷系魔法攻撃ができることであるが、それ以外にもいくつか利点がある。
 そのうちの一つがタカミチに牙をむいていたのだ。

 それは、『光』

 光属性の魔法の射手のように一点に集中した形ではなく、単なる電撃の触手を振り回すという『電磁結界』の性質により空中に一気に大量の電気が放電されたため、闇の中目を眩ますようなまばゆい光が生まれたのだ。

 いくら学園内とはいえ、今は夜分遅く。
 校庭の中央には、わずかにまわりに立つ街灯の光しか届いておらず、少々薄暗かった。近右衛門は学園内において目立つ可能性がすこしでも低くなるようわざと照明はつけていなかったのだが、それが災いした。
 タカミチは知らないが、普段このような状態であればランスはシィルに「見える見える」の魔法によるミニ太陽の明かりを浮かべさせるはずだった。それをわざとさせなかったことがこの状況で生きたのだ。
 そのため、唐突に近距離で炸裂した『電磁結界』は、その性質を知らなかったタカミチには回避不能の罠と化し、一応対閃光仕様も行ってある眼鏡の幅が狭かったことも災いして、その視界をごくわずかな時間ではあるが完全に眩ませた。未知の魔法をかわせたと思ってしまった事による警戒の緩みから、視神経すら強化する戦いの歌の弱点をつかれたということだろう。
 そのことが意味するのは、あの魔法はタカミチに僅かなダメージすら与えられない単なる出来損ないではなかったということだった。


 無論、自分の放った『電磁結界』の性質をよく知っているランスは、強烈な閃光を放つ女の子モンスターのパルッコなどと戦闘を繰り返してきたということもあって閃光に対する耐性もかなりある。
 それに加えて自然と体で覚えた夜間戦闘における閃光への対処、片目を閉じておくことによって左目を閃光による焼きつきから守っており、それによって出来た視界の差によってタカミチからアドバンテージを奪い取った。

 そして、この「試合」において一瞬の勝機を必死で探り続けていたタカミチとは異なり、ランスは一瞬さえ稼げればこのそろそろ飽きてきた「お遊び」を確実に終わらせる自信があった。


 その一瞬の差によってランスによる必殺の一撃が発動した。



 タンッという何かを蹴る様な軽い音がする。



 目が見えないタカミチは、かろうじて空気の流れから判断し、ランスが飛び上がったことを感じて間に合わないと思いながらも上方に対する防御を固める。
 しかし、その防御が完成してもタカミチが思っていたような頭部に対する殴り付けはまだ無かった。
 1.3秒後、眼球に強引に魔力を通わせ、焼きついた状態の網膜を無理矢理活性化させることで、ようやく視力を戻すことに成功したタカミチが見たものは、想定をはるかに超える高度を持った、2メートルはあるだろう高さに足元があるランスの跳躍だった。



「くらえっ! ラーーーーンス、アタッーーーーーク!!!!」



 ジャンプ+身長+腕の長さ+カオスの長さによって、地上4メートル以上の高さにある魔剣カオスからの一撃。


 しかし、その高さ以上にタカミチを驚かせたのはその魔剣に込められている気の量だった。
 あの一瞬で込めたとは信じられない、自分の切り札の豪殺居合い拳と比べても明らかに桁が違う気の総量に、今までまったく気によって身体強化を行わなかったのはこれのための布石だったのか、といまさらながら相手が気を使えないと頭から思い込んでいたことに歯噛みする。


 無論、布石だと思ったのは誤解であり、実際にランスには闘気を身体強化に使用するという発想そのものが無い。
元々闘気による身体強化などしなくてもレベルアップによる身体能力の上昇で十分モンスター等には対抗できたということもある。
 しかし、それ以上に「殺られる前に、殺れ」という世界に生き抜いてきた世界最強の冒険者ランスにとっての、文字通りの必殺技「必ず殺す技」がランスアタックだ。
 実際、元魔王や魔人や闘神、ガンジー、リックといった同じく常人では無い化け物達以外ではその一撃のみでことごとく葬り去っている。
 すべてのものを剣に込めた全力の闘気によって吹き飛ばす、回避も防御も許さない絶大なる剛の一撃。

 そういう戦い方を常にしていたため、普段の戦闘に闘気を使うなど考えもしなかったのだが、タカミチのように気や魔力によって身体強化しなければ戦えない戦闘法を持つ世界のものにとっては、身体強化のすべてを失って攻撃にかけるほとんど諸刃の剣、最後の大博打のような戦法であり、想像すらしなかった物だ。




 そして、そのランスの技の発動を見て、歴戦の勇士であるタカミチは一瞬で理解する。


 このままでは防ぎきれない。


 初見の技にもかかわらず経験によってそのヤバさを感じ取ったタカミチは、防御の構えを解除して全力で回避を試みたため何とか直撃だけは防ぐことは出来た。
 しかし、あらかじめよけられる事も技の想定の一つであったランスによる高度4メートルから放たれた一撃は、大地を穿ち、その闘気が大地において直径10メートルほどの爆発を起こした。

 目が追いつけても、見切れても、例え防いだとしてもその剣にこめられた恐ろしいほどの闘気の総量による爆発によって、受けたものをことごとく打ち壊す破壊の一撃。
 戦場において雑兵であれば何百人もを一撃でなぎ倒すそれをその身ひとつで受ける羽目になったタカミチは、自分の体がこのランスと言う異世界の男の放った一撃に飲み込まれていくのをスローモーションのように感じていた。
 

 意識を失う最後の瞬間にタカミチの脳裏に写ったのは、自らが持たない物を存分に行使する憎い男の最後の技ではなく、「あなたと同じ技を身に着けることが出来た」と自分が伝えたときに今は亡き師が見せた男くさい笑みだった。




                ちくしょう




 こうして、高畑・T・タカミチは、自ら学んだ魔法技術の半分も出しきれず、しかし全力をもってして、その頬を伝う雫の蒸発と共に敗北した。








 ランスアタックによって生まれた凄まじい轟音と降り注ぐ土砂が、周りに観戦していながらあまりの一方的な展開に硬直していた魔法教師達の戦意までも削いでいく。
 大きく跳ねて地面に転がるタカミチだが、あれほどの衝撃のほぼ中心地にいたにもかかわらず奇跡的にも死んではいないようだ。
 どうやら最後のインパクトの瞬間、魔力を体内から無理やり一気に引き出すことによって「戦いの歌」の出力を瞬間的に最大にして耐え切ったようだ。
 呪文を通して魔力を外に出すことが苦手なため、体内での魔力と気の取り扱いに習熟しているタカミチだからこそ、瞬時に行うことが可能だった防御方法だった。


 しかし、その姿はまさにぼろ雑巾のようで、誰が見ても戦闘続行は不可能だ。
 戦闘終了を確信した何人もの魔法教師が駆け寄る。
 とりあえず息はしていることに安堵の声が上がり、すぐさま治癒魔法をかけようとするが、かなりの重症のためあまり効果が得られない事により、思わず息をのむ。


 そんな中、一人空気の読めない(読まない)鬼畜戦士による勝利の雄たけびが上がった。


「がーはっはっは。やはり正義は勝つのだ」


 ランスの高笑いを耳に、魔法教師の中でも最上位に位置する使い手であるタカミチがほとんど傷一つつけることができずに敗れたことに近右衛門と、そばで見ていたネギ、そして周囲を囲っていた魔法教師の面々は恐怖を隠し切ることが出来なかった。


 最後にこの「遊び場」で上がった高笑いは、努力一筋でここまで上り詰めたタカミチではなく、間違いなく異世界の神に最も愛された百万殺しの英雄の烈笑だった。

Comment

No title

流石ランス!そこに痺れるあこがれるぅぅぅ

こんなクロス作品を読んでみたかった…

ランスの俺様的な性格がよく出て、とても読み応えがあります。

ネギまのベルにあったやつの再構成ですよね?
こうしてまた見れるとは思わなかったです!
昔の保存しといたのは何度も見直してましたが、まさかの

あ・て・な 新登場!!

続き期待してます。

ネギま世界でも、ランスらしい行動や態度で動いて欲しいです。
変に丸くならずにw
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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