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梟森2

八年前




     めら……めらめら…めらめら
            ぱちぱちぱち
 音に直すとそんな感じとしか言いようのない光景の前で、月光は佇んでいた。

ここは、「元」甲賀の里。
つい先ほど、月光率いる伊賀忍軍の強襲に会い、壊滅した忍びの里だ。
「甲賀者に不穏な動きがある」と主に報告したのは月光の手のものであるし、その主から、「ならば甲賀の里を潰せ」との命を受けたのも月光だった。
 つまり、この目の前の惨状、女子供にいたるまでの甲賀の里の住人皆殺しは月光によるものといっても過言ではない。にもかかわらず、月光は部下の仕事の確認のために来たこの元甲賀の里の惨状を見ても、眉ひとつ動かすことはなかった。

自ら手を下していないからこの光景になんら感慨を持っていないのではない。
 織田家直属伊賀忍軍頭領である月光は、欺き、欺かれ、騙し、騙され、殺し、殺される忍びの性として、この惨状自体に対してはなんらの感慨を持っておらず、ただ命じられた事を果たしただけだという事だけがその胸のうちにあった。
 好んで殺戮を繰り返しているわけではないが、死は常に忍びから近いところにあるからだ。それに、甲賀をそのままにしておいては伊賀に対等なる立場として、いつ信長に人別帳を書かされるやも知れないという恐れもあった。

 そんな、何の色も見せない表情で部下からの報告を待っていた月光が、ふっと、視線を上げ、腕を一閃する。振るわれた両腕に握られていたのは、少し大振りの苦無だった。そして、その一閃にしたがって、月光に向かって飛んできていた多数の八方手裏剣が一瞬ではじけ飛ぶ。弾かれ、地面に刺さった手裏剣はぬらぬらと何らかの液体にまみれている。おそらく毒であろう。
 そちらには一瞥もくれず、真っ先に手裏剣が飛んできたほうを見つめた月光の目線の先には、煤に汚れてはいるものの、この伊賀忍軍のほぼ全軍を投入した攻勢を受けても、未だ月光の前に五体満足な姿をさらしている一人の忍びがいた。


「やはりあなたは残ったか、逃げ弾正」


 甲賀忍軍上忍高坂義風。
特に諜報活動を得意としており、今まで何度も伊賀忍たちに忍務中に捕捉されたにもかかわらず、ことごとく無傷で逃げおおせたという伊賀忍軍の宿敵の一人が、そこにはいた。どうやら炎により崩れ落ちていた家屋の下にもぐりこんで隠れていたらしい。
 月光が部下と離れ、信長に直の報告を行うために検分に足を運んだこのときまで、じっと身を潜め、我慢を重ねて、いざ好機と見るや否や即座に襲ってきたのだろう。


「里の位置がばれた時点で確かに私達の負けですがね~。……せめて、一矢は報いさせてもらいますよ~」
「………」
「逃げようかとも思ったんですが、駄目でした。やっぱり私は思い知らさなきゃいけないんですよ~。………私の弟たちに手を出したらどうなるのかをっ!」


 口調はあくまで軽く、しかし、その瞳に残る憎悪は忍びといえど隠しきれずにそう一声かけると、里の無念を晴らしに来たとその意志の弱い者であれば意識すら失いかねない眼光と共に高坂は月光の、伊賀頭領の死を訴えかける。
 ここで高坂が月光を殺す事には何の意味もない。そもそも月光や高坂ほどの腕利きばかりではないにしても、今のこの場には数十人、数百人単位で伊賀忍軍が投入されているのだ。今は一時的に月光がひとりとなっているが、戦闘なぞを行っていれば即座に他の忍びが駆けつけるはずである。まず実行自体が不可能であろうが、万が一可能だったとしてもその意味の無さは同じである。伊賀忍軍は頭領を失ったという事で一時的には混乱するかもしれないが、すぐに別のものが次の頭領の座に着くだけである。組織としての伊賀が甲賀のようにつぶれる事はない。
そのくらいのこと、もはや忍びとしては熟練の域に達している高坂が気付かないはずがなかった。

それでも、平時において同盟を組んで共同で忍務にあたった事もありながら、徐々に甲賀が力をつけてきて独自で織田以外の大名と手を組めるほどの脅威に達したと見るや否や、何の躊躇もなく皆殺しにするように命じた織田信長と、その命を忠実に履行する伊賀忍軍頭領月光の裏切りが高坂には許せなかったのだろう。
忍びといっても人の子。いかに鍛錬を重ね、経験をつみ、刃の下に心を押し隠していても、自らの人生と、その成果である幼子まで消し去ろうとする敵を見て、生き延びて来るか来ないかわからない復讐の機会や新たな人生を歩むよりも、刺し違えてもこの傲慢な上位者達に一鞭当てる気なのだ。
相手を欺き、相手に欺かれ、騙し、騙され、虚言を吐き、戯言に交えて真実を語る。そんな忍びであっても、「憎悪」という感情までは消しきれない。
そんな姿に、忍びとて武士と同じ人であるにもかかわらず、常に織田家中において武士の下として無条件に武門の影となることを強いられている自分たちの行為の理不尽さを思い至らせられる月光。
それでも、月光は伊賀忍軍を治める長として、その不条理をたたきつけてくる高坂に敗れてやるわけには行かなかった。

自らの正面でわざわざ恨み言を言う陰で、気配を消して月光の死角に回ってから腰溜めに忍者刀を構えて二人の高坂の分身が無言で突っ込んでくる。それを当然のように察知して空中に跳躍してかわす月光。
空中で身動きが取れない月光に向かって、言葉を交わしていた本体は再び毒を塗った八方手裏剣を投げてくるが、それすらも月光は未だ崩れ落ちぬ廃屋の大黒柱に縄を巻きつけて自らをそちらの方向へと引っ張る事でかわす。

「……………」
「……………」

お互いに無言。
「逃げ弾正」の名に恥じぬ俊敏さでもって月光を高坂は追う。お返しとばかりに何十の単位で投げられた苦無の雨を、一瞬で出した懐の巻物でもって火遁を起こしてその爆炎で弾き飛ばし、炎の玉で再び月光を攻撃する。
その炎を切り裂いたのは月光の忍刀。後に見当かなみが持つようになる人切り刀のように切れ味のみにその全てをかけたような一級品のものではなく、その刀は単に伊賀忍であれば誰でも持っているようなものに過ぎない。
だが、この月光の忍刀は鉄を精製する時点で毒草やある種の鉱石を混ぜて作ってある。無論、不純物が混じっているため鉄の純度は落ちるため粘りのある地金にはならず、日本刀独自の特性である「折れず曲がらずよく切れる」は完璧にはいっていないが、そんなディメリットを上回るかすり傷すらも致命傷に変えるという特性を持っている。その刀を持って今度は剣戟に移る。
それに応じて、ありったけの棒手裏剣を投げる傍ら自らも持つ忍刀に気力を込め、一撃でその首元を切り裂こうと突進をかけ、技を放つ高坂。


お互い忍者技能Lv2を持ち、才能限界も常人とは比べ物にならないほど高い二人の戦いは、一瞬のようで、意外と長く続いた。気力体力ともに十分な上に直接戦闘を得意とする戦忍びであり、高坂以上の若さも武器となる月光と、直接の戦闘よりも影からの暗殺や諜報、配下の指揮を得意としているが、現在レベル自体は月光を上回り、一族郎党を皆殺しにされた執念で必死に月光に喰らいつく高坂。
それなりに拮抗していた戦いが続き、それでも高坂が疑問に思うほど回りに伊賀忍は現れない。

そんな二人の戦いは、ほんの一瞬の隙によってごくごくあっさりと勝負の明暗が分かれた。再び必殺の一撃を放とうとする二人のちょうど中間付近にあった燃え続ける家の中において、突然赤子の泣き声がしたのだ。今まで眠っていたのか、気を失っていたのかは知れないが、おそらく高坂以外の甲賀の唯一の今の里の生き残りであろう。
今にも崩れ落ちそうな場所に自分以外の甲賀者がいるということで、一瞬だけ高坂は意識を眼前の月光から逸らしてしまった。拮抗していた勝負はたったそれだけであっさりと勝負をつけてしまった。その一瞬で月光は、深手ではないものの決してそのまま武器を握れるほど浅くはないほどの傷を高坂の両腕の二の腕の辺りに刻み付けた。

 と、同時にその赤子の声に触発されたのか四方に散らばっていた伊賀忍がこちらに向かいつつある事を高坂はその気配で知った。
もはや勝敗はついた。このまま、相打ち覚悟で月光に挑み続けたところで、この状態ではもはや傷一つつけることもできはしないだろう。なす術も無く殴殺されるだけである。


「くっ………………」


 そう、悔しげに一言漏らした高坂は月光に背を向け、そのまま遁走に向かった。
 一瞬だけ追うかと思った月光だったが、その高坂と入れ替わるように部下が集まったのを見て、部下達に任せる事にした。足に傷を負わせていないため、追いに向かわせた者達だけで「逃げ弾正」を捕捉できるかどうかはわからないが、逃げ切られるならば逃げられてもかまわない。あの人数が突破されるのであれば、月光一人が追撃に加わったところでさしたる変わりはないし、あの傷ではもはや忍びとして再起する事は不可能であろうと思ったからだ。

 それよりも、信長に対する報告のほうを優先しなければ、と思っていたところ、部下のくのいちの一人が先ほどの勝負を決めるきっかけとなった赤子を持って近寄ってきた。親兄弟を皆殺しにされたということがわかっているわけでもあるまいが、それにしても良く泣く赤子である。
 そんな様に同情でもかったのか、手を下す事を迷っているかのように見えるその下忍を無言のうちに鋭い眼光でにらみつける月光。主に皆殺しにせよ、と命じられた以上は下らぬ感傷に浸るべきではないと、その目のうちでそのくのいちに語りかける。

 だが、どうやら忍務経験の浅い下忍だったようで、頭領である月光の顔を直々に見たことで動揺してしまい、手が震えて赤子を取り落としそうになるほどで、赤子に刃を突きつけることなぞもはやできそうになかった。
 自らの里にもこのようなものがいるのかということで自分の指導力不足を痛感してため息を一つ吐いた月光は、自ら手を下すべくその赤子をくのいちの手から奪い取る。

 その瞬間、今まで泣きに泣いていた赤子の泣き声がぴたりと止まった。思わず子育て経験のある忍びたちの目が見開き、月光の方に集中する。一度でも泣き止まぬ赤子をあやした経験した事があるものならばこそわかる驚愕だった。
 月光にとってもそれは同じだった。子こそ持たないものの、小さい頃から里で育った月光は年少のものの面倒をみる事もそれなりにあったのだが、ここまであっさりと泣き止む赤子はみたことがなかった。思わず戦闘後の高揚もあって、忍びにしては意味もない好奇心が生まれる。
 泣きやんだ赤子を他の忍びに渡すと、これまた再び大音量でわめき始めた。手元に戻すと、泣き止み、それどころかこちらに向かって笑い声まで上げ始める始末。いろいろやってみても、この赤子は月光の手元から離れた瞬間に泣き、胸元に戻ってくると泣き止む。
この怪現象に思わず月光は遠い目をして、「元」甲賀の里全体を見渡してしまう。目にはいるのは未だくすぶる焼け跡と、もともとは人が使っていたであろう日用品の名残と、部下達が片付けた死体がこぼした血の痕だけだった。

忍務はひとまず終わりといっていいだろう。後は、この赤子の始末さえつけてしまえば全てが終わる。にもかかわらず、何故か月光は太刀を振り下ろす気にはならなかった。
 そうこうしているうちに高坂を追っていた部下達が戻ってきて、月光の胸のうちに何故赤子が、という驚愕の目線を向けながらも、高坂を取り逃がしてしまったと報告を行った。



忍務は「甲賀の里の壊滅」。その命は、今こうして焼け落ちた里を見ても成されたといっていいだろう。
そして、里は壊滅させたものの一人の甲賀忍びを逃がしてしまった。そういった意味では完全に遂行できたということはできないかもしれない。そして、忍務で出かけてここにはいなかった甲賀忍たちもおそらく各地に散らばっているであろう以上、高坂一人だけの問題でもない。


     ならば、この赤子を殺めたところで、どの道任務の完全遂行は成されない。



「お館様に報告に行くぞ」


 その胸のうちで正確にはどういった心理が働いたのか誰にも、ひょっとすると月光自身にも理解できなかったが、月光は胸のうちに赤子を抱いたまま忍務終了の命を出して、伊賀忍軍の撤収を行った。今まで見たことのない月光のそのような言動に年配の忍びが目をむくが、忍者の世界では頭領の命は絶対である。そこには疑問すら差し挟んではならない。
 月光自体も何故そのような命を出したのか疑問に思いながら帰路に着いた。両腕に抱いたこの赤子の温もりは冷徹でなければならないはずの忍びをもってしても暖かい、と感じながら。





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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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