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鬼畜ま!1

一話
「ふむ、どうにか終わりそうか」


 その日、関東魔法協会の長である近衛近右衛門はようやく仕事が終わりそうなめどが立ち、家に帰ることができそうであった。
 この日は学園においては魔法関係の問題は起きなかったのであるが、通常の学園の事務手続きのほかにも協会の長である以上さまざまな仕事が近右衛門の部屋には日々舞い込んでくる。 
 それらをすべて行っていると、終わった頃には空が白んでいると言うことも珍しくはないのだが、その日は何とか今日中に終わりそうであったため、もう少し気合を入れるかと思って執務机に向かった瞬間……爆音が頭上で鳴り響いた。





「な、なんじゃ?」


 いきなり衝撃と轟音が頭上から襲い掛かってきたのだ。
 幸いなことに、関東魔法協会の長でもある近右衛門の部屋は、要人警護という目的のため、すべての方向に魔法によって強固な障壁が張られている。
 そのため、かなりの速度でぶつかった何かによる衝撃波等を受けても、学園長室が瓦礫の山と化すことは無かったのだが、逆に言えばその張り巡らされた障壁を突き破ってまで衝撃が襲ってきたということでもある。

 障壁をもってしても防ぐことが出来なかった「何か」は、現在天井を突き破って学園長室に突入しており、それとともに天井裏に溜まっていたと見られる大量の埃が巻き上がっている。
 思わず目を細めてみると、埃の向こうに見える影からはどうやら人間のようだが……



「がーー何なんだこのうっとうしい煙はーーー!! 何とかしろ、シィル!!」
「コホンッ、コホン。そんなこといわれても……何も見えないですーー」
「うだうだ言うなーー俺様がやれといったら3秒でやらんか!」
「あれれ、あれれれ、何も見えないれす~」



     ボコッ

 効果音と会話から察すると、どうやら男の声の方が少女の声の片方を殴ったようだ。


「あいたたたた」
『重い、重い。どいてくれんか、ランス! シィルちゃんならともかく、男の尻にしかれるなんてわしの心のちんちんが』
「うるさい!! だまれ、カオス!」
「くしゅん、くしゅん……窓を、窓を……」
「ごほん、ごほんれす。きっとここには小麦粉さんが住んでいたのれす」



 大騒ぎである。


 ここは近右衛門の部屋であるので、アポをとっていない以上この人物たちは侵入者であり、普通に考えれば長である自分を狙った刺客であると考えるべきなのだが……


「そうだ、シィル。魔法で何とかしろ! 火爆破かなんかで吹き飛ばせ」
「無茶ですよ、ランス様。こんな狭そうな場所では……」
『そうじゃぞ、ランス。わしが今探ったがそう広い場所ではない。こんなところで魔法なんか使ったら、わしらにまで被害が』
「だったらなんとかせんかーーー!! 」
「じゃああてながやるれす。えい、ギガロケットボウ!」
「やめんかあてなーーー!!」


 いきなりターゲットの前で阿鼻叫喚の大混乱を演じる刺客など世界中のどこを探しても存在しないだろう。
 とりあえず、端々から聞こえる言葉からあちらも望んでいるようだし、このままでは自分も煙いのでため息をひとつ吐きながら相手に聞こえない程度の呪文詠唱をし、室内の煙を魔法で除去する。



「お、煙が晴れた。よくやったシィル、特別にほめてやる」
「え、え、え? あ、ありがとうございます、ランス様。でも、私は何もしていないんですが」
「きっとあてなのおかげれす。……むん? ご主人様、なんだか生き物のにおいがするれす」
『……本当じゃ。おいランス、何かあっちにいるぞ』
「あん、なんだと?」


 ようやくこちらに気がついたようである。
 先ほど聞こえた声では四人であったと思ったのだが、どういったわけか男一人少女二人の姿しか見えない。

 一人は透明人間だとでも言うのだろうか。

 視認できる男の方に視線をやってみるが、すでに立ち上がっていた男の臀部には当然ながら人間がくっついているということはなかった。
 まあ、それはさておき刺客ではないようだが、アポイトメントは入っていない以上、侵入者であることは事実なので、相手の服装等を注意深く観察してみると…………やはり刺客か?


 男一人少女二人という構成だけ見るとこの学校の職員であるタカミチ教諭と孫の木乃香、そしてその親友の神楽坂明日菜もそうであるため、これを持って刺客と判断するなどということは無いが、この眼前の連中は刺客で無いならば何といえばいいのだろうか?


 まず、それぞれの服装が尋常ではない。

 男のほうは、緑色のズボンに緑色のシャツという、正直色彩センスを疑うような配色だが、問題なのはそこではない。
 頭部こそ覆っていないものの、サーコートを着ていないため丸見えになっている鈍く輝く金属製の鎧に籠手、具足とでも呼ぶべきな金属製のブーツ、濃緑のマントなど、フルプレートのように全身をがっちりと覆っているわけではないが、動きやすく、戦いやすい完全装備と言ってもいいだろう。
 それに加え、篭手と共に可動式の盾を右腕にバンドで固定しており、真っ黒な刀身に趣味の悪い目のような模様を柄の部分に描いた大剣を、赤い宝玉をはめ込んだ篭手をつけた左手に抜き身で持っている。

 どっからどう見ても完全無欠に危険人物である。


 そして、少女達のほうにはそれほど武装と呼べるほどのものは無く、男に比べれば物騒ではないものの、違った意味でそれぞれアブナイ格好をしている。

 片方は武器といえるようなものは、大きな水晶のようなものを先端につけた杖だけなのだが、上半身は体のラインがはっきりと出る胸のすぐ下ぐらいまでしかない厚手のシャツに、金糸で縁取られたケープのようなものを羽織っている。
 決してずば抜けた巨乳というほど大きいわけではないが、アンダーが驚くほどほっそりとしているせいであろうか、その小さなシャツからあふれんばかりの豊かな胸元には、紐につながれた小さな巾着となぜか巨大な魔法瓶が鎮座している。
 巾着はさておき魔法瓶はファッションにしては無骨すぎるように思えるのだが、何か意味があるのだろうか。

 まあ、ここまでは年頃の娘にしては少々はしたないとご年配の方々が顔をしかめる部分もあるかもしれないがまだ良い。
 というより、ご年配であるはずの近右衛門だが、まだまだ若いものには負けんと自負しており、こんな状態で無ければ眼福な光景に目じりが下がったかもしれない。

 しかし、その下はというと、側面から見る視線だけはかろうじてカバーしているものの、真正面、真後ろからは遮るものは一枚の四角い布のみであり、その奥から下着のような水着のような形状のものが容易に覗けてしまう。
 というかはっきり言ってしまおう。

 パンツ(のようなもの)丸見えだ。

 そのむちむちとした膝枕でもしてもらうと気持ちよさそうな太ももはすべてさらけ出されており、夏にはまだかなり早いこと、ましてや今が深夜に近い時間帯であることを考慮すると、さぞや寒いだろうと思われる。


 もう一方の栗色の髪の毛をした少女は、肩から胸元に掛けて全面その健康的な肌が露出しているチューブトップのような上着に、ふわっと広がったミニのフレアスカートを身に着けている。少しかがめば下着が丸見えになるだろう。
 上下ともに生地は真っ青な原色そのままの色であり、もう片方の少女と同じぐらい露出の激しい格好だ。
 むき出しになった太ももには、なぜか大きく「2」のマークのタトゥーが入っている。


 正直、三人全員が普段着と思えない格好だった。
 …………全身鎧の男と露出の激しい二人の少女。
 刺客にしても、泥棒にしても、訪問客にしても怪しすぎる。



 あちらも近右衛門に気がついてからしばらく観察していたようであり、男のほうがじろじろと値踏みするようにこちらを眺めていた。
とりあえずお互い観察も終わったようであるので、近右衛門が声をかけようとすると……


「のう、お「見たことの無いモンスターがいるぞ、シィル。あっちに行く前にあんなのいたか?」……は?」
「い、いえ、先ほどこちらに何かを話そうとしていたようですし、モンスターではないのではないでしょうか?」
「なにを言っている、やっと解呪の洞窟に戻って来れたんだぞ。こんな寂れたダンジョンにモンスター以外がいるわけ無いだろ。あの頭の長さから言ってアカメの変種だな。ひょっとするとボスモンスターかもしれん」
「それはそうかもしれませんが……」
「あれれれれ? 人間のようなにおいがするんれすが、モンスターなんれすか?」
「そうだ。きゃんきゃんですら、「遊んで~遊んで~」くらい言うだろうが。新種のモンスターなら人間の振りくらい出来て当然だ。名前はきっと長老アカメDXだな」
「見た目からすると、ひょっとしたら3Gさんのような妖怪かもしれませんよ」
「むがーー!! どうして俺様の前にはこんな爺妖怪しか出てこんのだ、シィル!」


……いきなり魔物や妖怪扱いされた。


 確かに近右衛門は少々人とは変わっているというか、頭が長いとよく思われる。自分でもほんのちょっとだけそうかな、と思う事もある。
 しかし、ここまで本人を目の前にして、遠慮のかけらも無く言ってくる輩は流石にいなかった。少し傷つく。




 こちらの外見についていってきた相手の、今度は装備ではなく顔などに近右衛門は注目する。
 男のほうは、二十歳を越えたか越えないかぐらいだろうか。
 身長は175センチほどだが、鎧という常識はずれのものを装着していても、違和感を覚えさせないほどきちんとした体格をしている。

 ライオンとチーターの筋肉のつき方が異なるように、近右衛門程の歴戦の戦士となるとその筋肉の分布や骨格などの体つきからどこを重点的に鍛えているかを見分け、それによってある程度まで戦闘スタイルを推し量ることが可能であるが、この男の戦闘法はその近右衛門の眼力をしてもイマイチよくわからない。
 ともすれば、痩せ形さえ見える身体だが、単純に膨らましただけの筋肉質タイプにはない、鋼を捩り合わせたような内に秘めた膂力を感じさせる圧迫感がある。が、かといってボクサーのように引き締まりすぎともいえるほど筋肉が少ない、限界まで絞られているというわけでもない。
 どちらかというと、戦いながらも魅せる筋肉に近いと感じ、おそらくいまだ自らのスタイルを試行錯誤しながらさらなる高みを目指しているのでは、と推測する。剣舞などを見せて興行を行っているといわれても納得したかもしれない。

 おそらく、超一流のすでに完成しきったマギステル・マギのような存在ではなく、古の日本に存在したという武芸者の道を行っている修行中の者であろう。

 しかし、わずかに見える鎧やところどころ血のにじんだ服から露出した部分に刻み込まれた傷跡は、新しいものから癒え掛けたものまであり、その凄みを倍増させており、単なるお座敷剣法の使い手ではなくそれなりに実践も潜り抜けていると無言で語っていた。
 単なるコスプレした頭のおかしい人間というわけではなく、きちんとこの装備を現役で使いこなし、つい先ほどまで戦っていた達人であるということが、かつての大戦をこえた戦士の一人である近右衛門にはわかった。



 顔はというと、これは評価が難しい。
 黙っていれば二枚目の美男子なのだが、凶悪な目つきと大きく動く口により、見た目の良さからかもし出されるはずの雰囲気もぶち壊しであり、美形という言葉を使用しづらくしている。

 しかし、丸っきりの悪人というには表情に邪気や卑屈さというものが現れていない。
 どうみても堅気の人間には見えないのと同時に、まとう雰囲気には決して爛れた悪に染まったいやらしさはなく、ちんぴらやごろつきというよりは旧い時代の豪胆な戦士……いや、仁義を持った傭兵と言ったイメージがある。しかしそのイメージすらも、ともすれば無邪気にも見える表情がその印象の均衡を崩し、断言を難しくしている。

 無論、相手の顔だけで相手の性格というものを判断することが出来ないことはわかっているものの、顔のつくりとは人格を判断する一要素となることは否定できないと近右衛門は思っている。
 それでも、評価を行うことがなかなか難しい人物に思えた。


 少女のほうは二人とも、これはもう、誰が見ても善人だ。

 シィルと呼ばれていた少女は、そろそろ少女という言葉を使いづらくなってきている年齢に見受けられるが、この年頃の少女にしては意外なまでに化粧気は薄い。が、その割には肌は美白を誇り、目鼻のラインもしっかりしている。まつげだって長い。
 ふわっと流した髪は後ろで止められており、それほど凝った髪型でもないにもかかわらず、彼女の魅力を最大限に発揮していた。
 この国の同年代のものよりも苦労や様々な人生経験を重ねてきたことが、その柔らかな光を放つ瞳と顎のラインから芯の強さとともに感じられる。
 先ほど言ったことと矛盾するかもしれないが、その無垢な顔には、けっして悪事は行えないだろうということが朱線で書かれているかのようだった。
 どこか孫の木乃香の印象と似ている。

 その服装から容易に解るとおり、かなりのプロポーションをしていることとあいまって、十人中8、9人は美人というか、そうでなくても可愛いというであろう。
 しかし、温室で育った薔薇のようなこのかとは異なり、野に咲く薔薇のようなキレのある美しさだ。露出している筋肉も、鍛え上げられているとまではいえないまでも、たるみは一切見られない。
 おそらく先ほどの男ほどではないにせよ、それなりに優れた運動神経を持っているのだろう。


 もう一人、あてなと呼ばれていたのだろう少女はまさに天真爛漫という言葉を体現しているかのような少女だった。
 栗色の長い髪は二つに両側に金属製の髪留めでまとめられている。
 一本一本が細くしなやかな栗色の髪は、この国の少女にはよくある色合いだが、その色艶は染められた痛んだ髪ではなく幼い子供のような艶のあるふわっとした髪質を感じさせる。
 星の入っているような瞳は一歩間違えばアホと呼ばれてしまうだろうが、それを言われてもきっと口元の微笑みは消えないだろう。
 細い肢体を活発に動かしながら男の周りを人工衛星のようにふらふら回っている。
 ずいぶんとメリハリの聞いた体型をしているもののその幼そうな顔つきとあいまって外見は13,4歳程度に見えるが外国人のようであるし、耳元の丸いイアリングを揺らしながら楽しそうにふらふらしている幼そうな言動からして、もっと実年齢は若いのかもしれない。

 どちらにしても、人を傷つけることを快楽とする人間のようには到底見えないし、彼女のような小柄な人間ではどの道やろうとしても不可能だろう。


結論:三人とも、完全な悪人ではない。しかし、少女二人はともかく、男のほうは決して善人ともいえない。




「あー君たち、とりあえずわしは人間じゃ。君らが誰であれ、とりあえず座ってお茶でも飲まんかね」


 まあ、近頃の若者は礼儀を知らないと聞くし、まずはこちらが下手に出てみて様子を伺ってみるべきだろう。
 この身はただの無力な老人ではなく、関東における魔法使いを統べる長なのだから。




「お茶だと? こんなダンジョンの中で、モンスターみたいな爺となんでお茶なんか飲まなきゃならんのだ」


 しかし、相手はこちらの気遣いなどまったく気にせずにずけずけといってくる。
 ここまで言われるとむしろ清々しいまでの、心遣いの無さだ。

 だがまあ、相手は凶器を持っていることだし、ただでさえ先ほどの落下で痛んでいるこの部屋で暴れられるわけにもいかないため、どうやって席に着かせようかと思案しているところ、桃色の少女(言い忘れていたが片方の少女の髪は見事なまでのピンク色である)が男に向かっておずおずと切り出した。


「……あの、ランス様。とりあえず用事も終わりましたし、この方もせっかくこうおっしゃって下さっているんですから、お茶に御呼ばれしませんか? お帰り盆栽も先ほどの衝撃で枝が全て折れてしまったので、しばらくはハンナの町に帰れませんし」
「ぶ~ん、ぶ~ん、あてなも何か飲みたいれす」
「ちっ、しょうがねえなあ……よし、爺。史上最高の英雄である俺様と一緒に同席することを許す。老い先短い身だろうから、冥土への土産話にするがいい。がはははははは」


 そういうと、男はどっかりとソファに腰を下ろした。
 なぜ、それだけでこれほどまでに偉そうに出来るのかはわからないが、自分が世界で一番だと思うということは若い頃誰もが一度は通る道だと思い、ここは何も言わないことにした。
 それに、この男の言動は、その邪気の無い一種子供めいた表情から不思議とそれほど不快感を呼び起こさない。
 
 その両脇にちょこんと少女達が座る。



「ふむ、ありがとう。紅茶でいいかね?」
「あ、お願いします」
「あてなはお水がいいれす」
「いやだ、ピンクウニューンが良いぞ」
「ピンクウニューン?」


 聴いたことの無い単語が出てきた。
 話の流れからすると飲み物なのだろうが、残念ながら近右衛門はあまり清涼飲料水などは好まないし、来客の中でもそのようなものを好みそうなのは、せいぜい孫の友人兼近右衛門の被保護者である神楽坂明日菜ぐらいであろうため、用意していない。

 オレンジジュースならあるのだが。

 近右衛門の表情から少女のほうは察したのか、男のほうに話しかける。


「ランス様、ダンジョンの奥なんかにピンクウニューンなんか持ってきたら腐っちゃいますよ。ここは紅茶をお願いしませんか? 」
「ち、しかたがねえな。紅茶で我慢してやるから、ありがたく思え」
「お水、お水れす」
「ほっほっほ、ありがとう」



 これでようやく話に持っていける。とりあえず今は深夜なので、近右衛門は自分の手で紅茶を三人分とミネラルウォーターを来客用のカップに入れる。
 その途中で少女の一人が男に命じられて、いきなり物質調査など呟いていたが、なんだったのだろうか。

 まあ、それはさておき、騒がしそうなランスというらしい男の声をこれ以上夜中に響かせないために、ランスたちの直撃で停止していた障壁を再度起動させる。
 ……もうこれ以上厄介ごとを増やさないよう先ほど以上の強度で。
 入れ終わった紅茶等を三人の前に出すと、突然もう一人の声が響き渡った。


『ワシは? ワシは?』


 ……気のせいだろうか、近右衛門がソファに座る前に男が右側の腰につけた鞘に納めた剣がしゃべったような気がしたのは。

 だが、男はそれを否定するかのごとく、鞘ごと大剣を手に持つと、その剣に罵声を浴びせかけながら思いっきり地面に叩きつけた。
 絨毯敷きの床にもかかわらず、それなりの音がするのを追いかけるようにその剣から内容はともかく声質は老人と壮年の間くらいの深みのかかった男の声が聞こえてきた。


「うるさいぞ、このバカオス! 大体剣のお前がどうやって飲むって言うんだ!」
『うぎゃ! もうちょっと年寄りは労わるもんだぞい』


 ……とりあえず、男たちの素性を聞いてから考えることにしよう。
 先ほどからの会話で大体解っているものの、一応基本である名前から聞いてみることにした。


「……さて、君たちの名前を聞いてよいかね。ああ、わしはここの学園長を勤めておる近衛近右衛門じゃ」
「めんどくさいから嫌だ」
「ラ、ランス様! え、え~と、この方はランス様です。私はランス様の助手(ぽかり)しくしく……奴隷のシィル=プラインですぅ」
「むん、ご主人様のもの、あてな2号れす」
『わしを知らんとは最近の若いもんはまったく……わしってひょっとして、マイナー? わしこそが魔人を傷つけられる伝説の武器の一振り、魔剣カオスじゃ』


 それぞれ良くぞこれほどまでと思うくらい予想外の珍答だった。
 名前を言うのが面倒だというのや伝説の魔剣という自称もそうだが、このご時世に奴隷や所有物とは。
 道理であのような寒そうな格好をしているわけだ。しかし、それにしては二人とも随分いい生地を使っているようだが……


 まあ、今聞きたいのは彼女達の身の上ではない。冷たいようだが、まずは学園の安全が第一だ。
 そのためには、この麻帆良学園にどうやって、何が目的で進入してきたのかを聞き出さなければなるまい。かの吸血鬼が張った結界がある以上、このようなあからさまに武装した連中がその中核であるこの学園長室に侵入してくることなぞ通常不可能なのだから。

 本来であれば誘導尋問のように直接聞いていると言うことを相手に感じさせないほうが相手の警戒を買わないのであろうが、そういった小細工をするまでもなくおそらくあっさり答えるだろうと近右衛門は長年の経験からこの短いやり取りで見抜いていた。それとともにひとつのいやな予感もびんびんと来ていたが。


「ふむ、それでランス君とやら。どうしてこのような場所にやってきたのだね?」
「あん? そうか、ふっふっふ、聞いて驚け。爺なんぞが知っているはずはないが、このダンジョンには解呪の泉というものがあって、そこに入ればどんな呪いだって消えるのだ! がはははははは」
「? さきほどから言っているが、ダンジョンというのはどういうことじゃね? ここは麻帆良学園の敷地内なのだが」


 解呪の泉なんてものは聞いたことが無い。
 そのようなものがあれば、学園長である自分に報告がこないはずが無いし、この敷地内にはダンジョンといえるようなものは、図書館島ぐらいではないだろうか?

 あそこの水にはそのような特性は無かったと思うし、第一そのようなものがこの学園内にあればあの呪い(?)によってこの学園内に閉じ込められているエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが発見しないはずがない。


「ダンジョンってここがそうに決まってるだろ、ボケてるのか。爺」
「ここは学園内の一角にある、学園長室じゃが……?」
「学園長室? だからここは解呪の洞窟だって言ってんだろうが。まったくボケ爺はバレス一人で十分だ」
「あ、虫さんれす。虫さん虫さん、どこ行くの?」
「だめよあてなちゃん、今ランス様がお話中なんだから」


 さっきから、話がかみ合っていないような気がする。少々順を追ってたどってみよう。
 ひょっとしたら自分が間違っておるのかも知れない。


 そう近右衛門が思っていると少女―――――先ほどシィルと名乗ったの方―――――が、あてなと呼ばれていた少女をなだめ終わって男に向かって話しかけた。


「あの~ランス様、あそこに窓みたいのがありますよ。ひょっとしてここは……」
「窓? がはは、こんな地中に窓なんて作るなんて物好きな爺だな。何が見えるんだ?」
「むむ、きっと窓一面にみみずさんやおけらさんやあめんぼさんがいるれす」
「気持ちの悪いことを言うな!」


 そういってランスは窓のほうへと大股で歩いていった。
 ……ランスの歩き方は、決して剣道のすり足のように流れるような、腰の高さが数ミリしか動かないようなものではなかった。
 むしろ、歩法のほの字も無い正反対の乱雑そのものといっていい歩き方だった。

 しかし、そんな乱雑な歩き方にもかかわらず、重心は決して揺らいでおらず、金属製と思われる具足からは物音一つ立っていない。
 その物慣れた歩き方は、まるで肉食獣が威圧しながら歩いているような印象を受けた。
 万が一戦うことになったとしても、平和な時代が続いたため自分の魔法の腕前は落ちている以上、この間合いでは確実に呪文詠唱によって致命傷を与える前に、自分が倒れる羽目になるだろう。
 あの歩法ひとつとっても、断じて素人ではありえないということを改めて感じる羽目となった。

 だが、同時に準備万端――――――たとえば学園内の魔法教師の幾人かで組んで当たるなど――――――であれば決して倒せないというわけでもないとその魔力や気の波動を常人並みにしか感じられない体躯から推察する。
 この老いた身体でも、後3メートルほど間合いをしっかり取れれば確実に倒せる自信がある。
 彼は常識はずれの化け物などではなく、あくまで達人なのだから。


 と、思考の海に入っていると、


「何じゃこりゃー!!」
「多分、外です」
『外じゃのう』
「あれ、あれれれれ? どうして地面じゃないんれすか? あ、大きな木れす」

 
 近右衛門の言動からうすうす気がついていたであろうシィルとカオスがやはり、といった感じでつぶやき、あてなは単に何も考えていないためすぐに他の対象に興味が移った中、ランスひとりが己の認識と違う世界への戸惑いを叫びに変えていた。








「ふむ、要するに、君たちは解呪の洞窟というところにいたと。その途中で異空間に呼び出されて、戦っていた。そして、その戦いもひと段落して、そこから帰るために転送してもらったところだったと」
「はい、それなのに、こちらの世界に来てしまいました。私たちを異空間に呼んだ人―――ナナスさんという方ですが―――が言うには、その異空間から帰る際には、来た場所に、来たときと同じ時間軸で帰れるはずだったのですが……」
「むかむか、全然関係ないところに飛ばしやがった、あの銀髪のひょろひょろ。今度あったら、俺様に嘘をついた罪で石を抱かしてティティ湖に沈めてやる!」
「ほえ? ここはどこなんれすか? ご主人様と一緒におうちに帰るんじゃなかったんれすか」


 ランスがここは自分の世界ではないということを理解したあと、近右衛門は彼らと大雑把な情報交換をおこなっていた。
 大体の大雑把な経緯を近右衛門がすべて聞き終わった頃には日付が完全に変わっていた。

 ランスとシィル、あてな、そしてランスの帯剣である意思のある剣カオスは、この世界とは別の世界、いわゆる異世界からきたということらしい(過去の時代というわけでもなく、世界そのものが違っているらしい。例えばランスの世界では大陸が平らで、大きなトカゲなどが大地を支えているらしい)。
 信じがたい話ではあるものの、実際に魔法という知らない人間からみればなんともファンタジーな力の持ち主である近右衛門の脳内では、ありえないことではない、とはじき出された。
要するに、こことは違う星から転移魔法を使ってこの世界に来たと考えれば、天文学的確率ではあるものの可能性がまったくゼロというわけでは無い。術者の魔力さえあれば距離の問題は何とかなるからだ。
 実際に彼らの服装を見れば、どうみても現代の人間には見えないし、今のところ細かなところでも三人間の言動に矛盾はなかった。


 まったく、今日は早めに帰れるはずだったのにとため息をつくが、早めに帰った後で落下されてきてもさらに面倒なことになると思い直し、今一番の疑問を聞くことにした。


「そして、ランス君たちはこの後どうするつもりだね?」
「そんなもん、アイスにある家に帰るに決まってんだろうが」
「いつもはずっとあてながひとりでお留守番してるれす。シィルちゃんばっかりずるいれす」
「……どうやってじゃね? 何か帰る方法にあてでもあるのかね」
『そうだぞ、心の友よ。流石にワシが1000年生きているといっても、異世界に行ったのはこないだが始めてじゃぞい』


 その言葉に押し黙るランス。どうやら何も考えていなかったようである。
 しかし、自信満々で言い切ってしまった手前、帰れないというにはプライドが邪魔をするらしい。
 その葛藤に気がついたのか、シィルが助け舟を出した。


「ランス様、帰る前にここの世界も見ていきませんか? 私たちの見たことが無いようなものもたくさんあるみたいですし」
「……そうだな、別にアイスの町に帰ってもキースのヤロウにくだらない仕事を押し付けられるだけだからな。ここの所戦争ばっかりで飽きたし、ここでしばらく骨休めをするのも悪くないだろ」
「わーいわーい、ご主人様と遊ぶれす~~」


 その言葉に驚いたのが近右衛門である。
 帰る方法があるかどうかはともかく、方針としてはすぐに帰ってもらうつもりだったものが、この世界にとどまるというのだ。

 ほんの短い付き合いではあるが、近右衛門はある程度3人の性格を理解していた。
 シィル一人であるならば、何の問題も無い。
 彼女であれば、さほど問題を起こすことなくこの世界に順応していってくれるだろうから、別にこの麻帆良学園で面倒を見てもかまわないとすら思っている。
 あてなとて文化の違いにて少々問題は起こるかもしれないが、それほど致命的な騒ぎを起こすことは無いだろう。


 だが、ランスはまずい。


 彼がどれほどの実力を持っているのかは知らないが、鎧のつくりなどから見てもこちらで言うところの中世あたりの人間であろう(まあ、あちらの世界がこちらと同様の経路で文明の進歩を行っていると仮定した場合は、ではあるが)。
 その時代において最強であった人間が、この時代においても最強であると言い切れるわけが無い。

 いくら剣術の達人であろうと、気も扱えない人間はたった一発の銃弾の前にすら無力だ。万の軍勢を支配した稀代の英雄であるチンギス=ハンやアレクサンダー大王であろうと、現代においてはたったミサイル一発に敗れ去る事になるように、時代によって物理的な強さという物の差はあまりにもあっさりと開いてしまう。選定の剣を抜いた英雄であろうと、この時代においては単なるちょっと腕の立つニートに過ぎない。
 そういったことを理解してくれているのであればかまわないが、見ず知らずの相手に対してこのような態度をとる以上、おそらくそこまで理解していないであろう。
 近右衛門に対する態度と同様のものを周りに対してとっているならば、この男は必ずこの学園に必要の無い火種を持ち込むこととなる。


 どうやって彼がこの学園に害を及ぼさないように説得、または排除をするかを考えていると、ノックの時間すらもどかしいとばかりに、大きな音を立てて扉が開いた。

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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