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ドラゴンに首ったけ 番外1

おまけ劇場その1 『使い魔フレイムの憂鬱』









タバサが王宮から竜の巣討伐を命じられて、何とかシルフィードを置いていこうと四苦八苦していたころ。実は、彼女の親友も旅立ちの準備を整えていたりしていた。


「さて、フレイム、忘れ物はないかしら?」


そう、微熱のキュルケこと、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーその人である。
手に持った小型のピッケル、ロープ、ランタンに携帯できる食料などや大きな袋を、一つ一つ丈夫そうなバッグに詰め込んでいる彼女の横では、微妙にあきれたような表情をした彼女の使い魔が控えていた。
タバサの使い魔と違ってごくごくまっとうな、正統派な使い魔である火蜥蜴のフレイムは喋れないため彼女の行動に対して人間の言語で異を唱えることはなかったが、喋れたらきっと、こういっただろう。つまり、無駄な好奇心はその身を滅ぼすぞ、と。


タバサが母を救うため命がけで竜の巣を攻略しようとしていたその一方で、詳細は語ってもらえなかったが何処かにタバサが出かけるのだ、ということを理解したキュルケは、その普段一緒に行動している彼女と分かれることで余った時間で、暇つぶしに最近話題の竜の巣とやらを見に行こうと計画していた。
正直言ってトライアングルメイジの彼女にとって今の段階での学校の授業はあまりに簡単だし、かといってそろそろ学園の男漁りにも飽きたからだ。

その点、今話題の竜の巣は彼女の好きなお宝が眠っているとのもっぱらの噂である。嘘だったとしても、自分と同じような噂に乗せられた連中の中にはいい男もいるかもしれないし、暇つぶしにはちょうどいい。
そう、好奇心が強く、感情に従うことを是とし、そして何より活動的な彼女は、暇をもてあますぐらいならと一人で竜の巣攻略を目指そうとしていたのだ。

タバサのお家の事情をそれなりに知ることになったキュルケだったが、タバサが北花壇の騎士として命じられたことは水の精霊を治めることだけではなく、その直後にすぐさま別の任務を命じられるほど彼女が苛酷な環境にいるとまでは想像できなかったがために、タバサが命がけで攻略しようとしている場所を、たまたま暇つぶしで一人で訪れることとなってしまったキュルケだった。

そしてそれに、無理やりついていかされることとなるフレイム。
彼は基本的に衣住食が得られるからキュルケと行動を共にしているので、館の中で今まで暮らしてきた野生状態と比べれば圧倒的にのんべんだらりと暮らしていられる現在の環境になんら不満を抱いていないのだ。
自由奔放なキュルケに比べて、性格的にはわりと落ち着きのある彼は、シルフィードと使い魔の立場を交換すれば性格的には主と一致したかもしれない。


「よし、こんなもんでしょ。それじゃ、いくわよ、フレイム」
『っ!』


そんなフレイムの嫌そうな視線にも気付かず、背中にどさっと洞窟攻略用の道具の袋を置くキュルケ。
難燃性の素材で出来ているため火蜥蜴の背に乗せても燃えることはなかったが、正直言ってトカゲそのもののその背中は身体構造上何かを載せて運ぶことには向いていないため、思わず息が詰まってしまう。思わず恨みがましい目で自らの主を見てしまうフレイム。
が、目くるめく宝探しに完全にその心がいってしまっているらしいキュルケはそのフレイムの抗議の視線にまったく気付かず、さっさと部屋を出て行ってしまった。

後に残されたフレイムは仕方がなく自由奔放な主に対するため息を一つ吐いただけで、重たい荷物を背負ったまま彼女の後についていくことにした。






馬車を貸しきって、数日間かけてキュルケは竜の巣の前へとついた。でかいくせに移動系の能力を持っていないフレイム(それがために数々のお話ではいつも置いてけぼりにされている)を連れて行くのはそれなりに大変だったのだが、彼のその大きさを自身のメイジの能力の証明と思っているキュルケは文句一つ言わずに、大き目の、彼が乗れるサイズの馬車を用意していた。
タバサのシルフィードがいればもっと楽だったのに、とは思うが、まあいないのは仕方があるまいし、そもそもフレイムをシルフィードが乗せるのかは微妙なところが有る。そのシルフィードと彼女の主がすでに捕まっているなどということは、全くもって彼女の想定の範疇外のことだった。


「何っていうか、むさくるしいわねえ……」
『…………』


竜の巣前についたキュルケの第一声。
あたりにたむろっていた、自分と目的を同じとするはずの冒険者達を見ての台詞である。
喋れないがために口には出していないが、フレイムも同意見のようだ。

まあ、彼女の言葉にも一理ある。
竜の巣前に光景。
男、男、男。数十人の男ばっかりがそこではたむろしていた。いや、男を肉と言い換えてもいいかもしれない。

最近導入されたベトで足止めした上で魔法障壁持ちの魔物をぶつけるというブラッドらの策略、「メイジフルボッコ作戦」によって名を上げようとして挑んできた貴族の次男、三男坊などがあらかた駆逐されたため、現在竜の巣を攻略しようとしている連中はワルドのような少数の例外を除いて、大概が魔法の使えない平民だ。
さらにいうなら、竜の巣にはお宝が眠っている、との噂を聞いて、一攫千金を夢見て反射的に飛び出してきただけあって、騎士や軍人などは少なく、ほとんど定職についていない連中ばっかりだ。

すなわち、精神力の消費によって物理的破壊をもたらすことを得手とする者たちではなく、己が肉体を持って破壊を生み出すことを術とした、しかも今までろくに世に出ることすら出来なかった、二流の筋肉馬鹿ばっかりがここ竜の巣前には今、集まっていた。


突如供もつけずにたった一人であらわれた、露出の激しい褐色の美女に一気にそのむさくるしい連中の下卑た視線が集中するが、彼女はそれを気にもしない。ここにいるような連中は正直彼女の、微熱のキュルケの美学にはそぐわないからだ。

別段キュルケは汗の匂いのする男は嫌いではない。
確かに普段は、なよなよとした美しい貴族の男を相手にしているが、だからといってヘラクレスのような、一切の無駄を省いた鍛えられた体に宿る美を拒むほど偏った価値観を持っていないと自負している。だが、ここにいる男達は、彼女が最低限求める基準に欠けていた。

じろじろと自分の胸元やあらわな太もも付近に露骨な視線を向けてくるにもかかわらず、その魔法学園の服装と、隣に佇む一級品の風格をもった火蜥蜴によって彼女をメイジと理解しているのか、こちらに向かって言葉を向けることはなく、それどころかこっちが視線をやると目を逸らす始末。


「はあ…………いくわよ、フレイム」


ここで自分がメイジということを気にもせず、口説いてくるようなら見所もあるものを、とため息を吐くキュルケ。

ここにいるような男でも、乱暴に、粗野に、しかし情熱を持って口説きかけてくるならたとえその者が平民であってもベッドを共にすることに嫌は無いキュルケだったが、こんな根性もない男達とは会話するのも嫌だった。
それとも、この美貌にはその価値がないとでも言うのだろうか、とも思う。だったらなおさらお断りだ。ゲルマニアの、それも超一級の女の価値がわからぬ蛮族など、相手をする気も起こらない。

一方的な、しかし確固たるものを持つキュルケの価値観からすれば、ここにいる男達は失格だった。
そのため、キュルケは彼らと一瞬たりとも同じ空気を吸うのも嫌だとばかりに、さっさと一人っきりで竜の巣に入っていった。

後には、いきなり現れてさらにほとんど準備も情報収集もしないでさっさと巣に入っていった少女に、あっけに取られる冒険者らの集団があった。






「……なかなか面白いわね」


洞窟に入ってすぐ、キュルケは先ほどの不機嫌などまるで感じないふうに上機嫌で笑っていた。主の機嫌が直ったことを受けて、どことなくフレイムもうれしそうだ。
まずはいろいろ試してみよう、と杖を振って生み出した火球が、壁に押し当てたとたんに消え去ったからだ。


「へえ……随分強力な固定化がかけられているのね」


フレイムが爪で軽く表面をなぞってみても、脆そうな単なる土壁のように見える側壁からは全く土がこぼれないのを見て、キュルケはそう呟く。自身の火球もフレイムの鋭い爪も防ぐ固定化が掛けられている、という事実は興味深い。

確かにそれほど力を裂いて生み出したわけではないが、そんじょそこらのメイジに劣るつもりはないこのキュルケの炎をまったく無傷で防いだのだ。そのレベルの高さが窺える、とキュルケは満足そうに頷く。本気を出せば破壊できる自信はあるものの、ここが自身が出向くにふさわしいレベルの高い楽しい冒険場所だとこれだけで確信したからだ。

実際にはここハルケギニアに勝るとも劣らぬ世界における、最上級の魔法攻撃すら防ぐ、それこそ竜や上位魔族、神族以外では破壊できないほどの防御が巣全体に施されている。そのため、彼女が全力を出しても巣には傷一つつけられないのであるが、そんなこととも知らぬキュルケは、ここの防備に満足して、さっさと見切りをつけて帰ることもなく、たいまつ代わりのフレイムを先頭に立てて、進むことにする。


こつ、こつ、こつ、と洞窟の中にキュルケの低めのヒールから奏でられる足音だけがこだまする(フレイムは足音なんて立てない)。
はっきりいって、有能な使い魔がいるとはいえ竜の巣にたった一人で進入するなんて半分ぐらいの確率で殺されると思っても間違いではない。故に自殺行為以外の何者でもないのだが、そういった元の世界であればごくごく当たり前の竜の巣に関する知識すら、今のハルケギニア人にはない。
そのため、他の侵入者と時期を合わせて進入することもなく、たった一人でキュルケは先に進んでいった。
それがどれほど危険な行為か、ということを自覚していなかったがために、その表情は気楽そのものだった。とある事情を知っているが故にそれを過信し、有る意味キュルケはここが人類と敵対する凶悪な竜の巣である、という実感もないままに油断していた。


周囲に備え付けられた燭台に宿った火と、フレイムの尻尾の炎だけが照らす道をしばらく進んだところで、キュルケはあるものを見つけた。


「え? まさか、いきなり!?」


そう、宝箱である。入り口にいきなり宝箱があるのがちょっと変わっているが、これも竜のやり方である。最初はゴミのようなものが、そして進めば進むほど価値のあるものが見つかる宝箱は、体力や魔法を使う力がなくなってきたにもかかわらず、後ちょっと、後ちょっとだけ進もうとさせるという効果を持ち、場合によっては下手な罠よりよっぽど冒険者達の判断能力を奪うのだ。

もっとも、今の段階にブラッドたちが設置した宝箱は、最初の開店セールみたいなもので客寄せの一環としての側面が大きかったため、後に彼女が何回もはずれをつかまされるもののとは違い、さほど意地の悪いものではなかった。入り口にあるほとんど平民でも見つけられるようなこれですら、せいぜい二十個につき十八個が残念賞じみたちょっとしたもの、そして一個が爆弾、さらに残る一個にそこそこいいものが入っている程度の本当に客寄せだけを目的としたものだった。
これだけを目当てに竜の巣に入ってすぐ帰ることが出来るほど高価ではないものの、後々もっと進んだ場所での釣果を期待させることで進行に際して絶対必須な冷静なる判断能力を奪う、そんな効果を持つのだ。


そうとも知らないキュルケは、ここまで堂々とおかれていると少し怪しいな、と思いながらも、元々の目的である宝がすぐそこにあっては、ちょっと拍子抜けしながらも開けない、という選択肢など取れるはずもなかった。


「罠がありそうな気はするけど……ここで見逃すわけなんて出来るわけないわよね」


かつてこの巣に挑んだヴァリエール夫妻同様、罠を解除する技術などまったく持たないキュルケであったが、彼らであればとったであろう最も良い解決策である無視という選択肢を意図的に無視して好奇心の赴くままに、それでもできる限り慎重に箱を開けていった。
罠解除の方法など基礎も知らぬキュルケが取った慎重に開ける、という選択肢はせいぜい走りながらニトロのビンを開けない、程度の危険性の軽減にしかなっていないのだが、それすら彼女は知る由もない。



元々、彼女には危機感が薄い。竜の巣に挑むというのに、さほど危機感を持っていないのだ。と、いうのも、彼女は知っていたからだ。

竜につかまったとしても、大抵の場合はすぐに殺されることはない。魔物に殺されないように気をつければ、罠はほとんど死なないような、捕獲を目的としたものであり、それによってつかまったとしても、大概は身代金さえ払えば開放してもらえるらしい。払えなかったときは、女なら犯され、男なら殺されるかもしれないが、という噂を。
そしてそれは、何よりも金銭の欲しいブラッドらが自ら流した噂だけあって、正確なものだった。

ゆえに、宝を探しに来てはいても、その目的はスリルとロマンであり、そこそこ金は持っていて最悪身代金を支払うことも可能なキュルケは、万が一の場合はつかまっても何とかなる、とばかりにほとんどこの場所を危ないと思っていなかった。だからこそ、たった一人で現れたのだ。
父と母より甘やかされているといえるほど溺愛されている彼女は、無理してあのちょっとした庭付きの家が買えてしまうほどの値段がするシュペー卿の剣を買う、などということさえしなければ、日々の小遣いのみならず、ちょっと大きな買い物にすら困ることはないのだ。最悪、結構な美形をしているらしい竜に犯されるのも一興か、などと思っているならなおさらだった。
結構彼女は理性的でありながら楽観主義者であり、能天気なほうである。

だから、キュルケは慎重に開いたとはいえ罠があるかどうか調べるにはあまりにあっさりと宝箱を開けたのだが、元々今の段階ではあまり罠宝箱はないことに加えて、彼女自身の運の良さも会ったらしい。


「あ、これって、ギュンギュスカーの商品じゃない!」


二十分の一の確率の、そこそこいい品物に当たっていた。
紙袋に包まれて入っていたのは、クーを通じてこの世界に入ってきたギュンギュスカー商会の商品、最近王都での流行の最先端、ブラジャーだった。
なぜかメイドはいても、ブラはないファンタジー世界なハルケギニア(まあ、地球の歴史を念頭に置いて考えればそうおかしなことでもないのだが)。そこにクーたちが持ち込んだこの品は、最初はいろいろと広がるまでそれなりに問題が生じたのだが、今では女性が運動する際のお供のみならず、エロい夜の小道具の一環として、大流行しているのだ。
流行に敏感なキュルケ自身も、今まで何本か購入していたそれだったが、それにしては今までに見たことないものだった。どうも、最新作のようである。


「しかも、これ、王都にもまだ入っていないデザインじゃない! うわ、素敵っ…… 」


大喜びするキュルケ。胸に当ててみると、なぜかサイズもぴったりだ。
基本的にここから売り出されているため原価などあってないようなものであり、それゆえにここに入れてもあんまりブラッドたちの懐は痛まない景品だったが、キュルケにとっては非常にうれしいものだった。
これがもし入り口にたむろっていたような筋肉の固まりらが見つけた場合のことをこれを入れた連中は考えなかったのだろうか、という疑問すら考え付かず、キュルケはただただ喜んでいた。
そして、案の定入っていたものが食べ物ではなかったことでひそかにおすそ分けを期待していたフレイムは不貞腐れていた。




「あ、いらっしゃいませー」「ませー」
「え?」


想いもよらぬ収穫に、ルンルン気分で進んでいたキュルケ。その彼女は、やはり異常に運が良かったらしい。宝箱の置いてあった部屋から繋がる三つの扉の内、数日前、タバサとそのおまけが血みどろの戦闘を行って突破することとなった正面の扉を通らず、もっとも身体的に安全なルートである、右の扉を開けたのだ。

そこからしばらく進んでいった先にあったのは、露天のような、店のような、中途半端な建物だった。
こんなところに店があるのも奇妙ながら、さらに奇妙なことがある。その中から声がするのだが、店員っぽい姿はいっさい見えないのだ。誰もいない建物の中から突如声が聞こえる―――しかも山彦っぽく語尾を繰り返している―――だけだ。

突然現れた竜の巣という危険地帯には明らかに場違いな無人の店と、その中から聞こえる主なき声。
事情を知っていれば当然なのだが、まったく知らない初見のものには有る意味、心霊現象にしか見えない。

その突然の超常現象に身構えるキュルケだったが、彼女はこういったことが苦手な親友とは異なり、割と平気なタイプだった。そのため、いったんは身構えたものの、すぐさまスタスタと店に近づいていく。
並べられている商品が見える位置まで近づいて、キュルケもようやく気付いた。店員の背が異常に低いから、遠目からではカウンターに隠れて見えなかっただけだ、と。


「あら、あなたみたいな子供が店員なの?」
「うん」
「うんっ!」


見たところ、十歳前後の男女の子供が二人だけだ。別段、この年齢で働いているのがおかしい、というわけではない。平成の日本じゃあるまいし、この世界においてはこのぐらいの年齢であれば立派な労働力だ。別段珍しくもない。

だが、子供だけしかいないとなると、話は別だ。子供なんぞが店員であれば舐められて、ろくな値段で物を売ることが出来ない、ということまで庶民の生活について理解が及んでいるキュルケではないが、それでもこの子達だけ、というのは珍しい部類だということは理解していた。

と、そこまで考えて、ここが竜の巣だ、ということに気付いてあわてて彼らに話を聞いてみる。こんな子供二人だけでは、オーガとかもいるとかいう噂のこの場所では危険すぎやしないか、と。
見ず知らずの他人、しかも平民と思しき子供であろうと、好き好んで見捨てるわけではない程度の倫理観は、ある程度の弱肉強食を国是としている国民性の生粋のゲルマニア人であるキュルケでも持ち合わせている。助けられる余裕があるなら、助けるべきだ、と。


「こんなところで子供だけでいて、魔物とかに襲われないの?」
「大丈夫、ここには何でか知らないけど、来ないですから」「来ないからー」


が、返ってきた返事は明るいものだ。何度も聞かれていることなのだろう、まるでマニュアルでもあるかのようにすぐに返事が返ってきたことで、本当にここは安全なのだろう、と思ったキュルケは安堵し、彼らに対する干渉をやめることにした。
進んで見捨てはしない。だが、だからといって無制限に他人に情を掛けられるほど、ここハルケギニア世界はやさしい世界ではないのだから。
そのため、彼らに対する好奇心を満たすことを優先させた。


「それで? ここでは何を売ってるの?」
「えっとねえ、矢とか、鈴とか、紅茶とか、ワッフルとか売ってます」
「焼肉とかもあるよ?」
『……!』(じゅるり)
「……また、随分幅広いラインナップねえ」


言われれば、なにやらうまそうな匂いすらしている。隣を見ると、フレイムがよだれをたらしている。まあ、使い魔が衣住食を対価に使役されている以上、一番の楽しみは食べることなのだから有る程度は仕方ないのであるが。
行儀が悪いので彼の頭をぺしっと軽くたたいてから撫でて、しつけをしながら、あきれたようにその扱っている商品の節操のなさに対する感想を述べるキュルケ。並べられている商品も、よくわからない野菜から、水の秘薬まで、多種多様なものだ。
市などではこういったよろず取り扱いみたいな商品の取り扱いをする露天商など珍しくもないのであるが、こんな風に店を構えて、しかもこんな危険地帯で、となると些か異常だ。
だが、次に述べた子供達の声がその疑問を氷解させた。と、いうよりそんなこと気にしていられなくなった。


「『ゆりかごから死後の世界の安寧まで、ありとあらゆるものを扱うギュンギュスカー商会』ですから」「ですからー!」


カンペっぽいものを読んでつっかえつっかえではあるが、言う少年と、その少年の言葉の最後を繰り返す少女の声に、キュルケは度肝を抜かれた。
平民であるはずの少年が文字を読んでいたことに対する疑問すら放置して、勢い込んで彼に尋ねる。まさかこんなところでまたもやその名前を聞くとは思っても見なかった。


「ギュンギュスカーっ!? ここ、ギュンギュスカーの支店なの?」
「ねーちゃんはそう言ってたですよ?」
「そーそー」
「…………なんで王都にも直営店がないのに、こんなところに店を出しているのかしら」
「?」
「あー、ごめんなさい、そんなことあなたたちに言ってもわからないわよね」


見知ったブランドの名前を聞いて思わず問い詰めてしまうキュルケだが、このぐらいの年頃の子供にわかるはずもない。首をひねられて苦笑いするだけだ。

ここが本当にギュンギュスカーの支店ならば、わからないでもない、と先ほどまでの疑問に対して考え込む。ここ最近急激に伸びてきているブランドだ。それも、今まで考えられなかった商品を送り出すことで、その勢力をぐんぐん拡大している。
並みの商店では考えられぬことをやっても、おかしくない、と思わせるほど、ここ最近であっという間にその名が王都に広まった。あの商魂たくましい商店なら、こんなところにも店を出すかもしれない、とキュルケが思ってしまうほどに。

現代日本でならばさておき、流通の発達していないこの世界においてはいくら売る商品など商会からいくらでも取引できるという特殊な仕入れ形式を持つ個人商店を経営しても、コストがかかりすぎるため利益は少ないのだが、まあやらないよりかはましかとせめてもの赤字を埋めるためにクーが行っていたことだったが、意外なところで効果を及ぼしていた。


「ねえ、ギュンギュスカーの店なら、イクードって香水、置いてるかしら?」
「えっと…………これですか?」


確認のため自らの知る入手が若干難しいギュンギュスカーブランドの香水の名を上げてみると、あっという間に用意された。頼むと、少年が蓋を開けてこちらに匂いを放ってくれた。瓶から手を離さないのは、盗難防止のためか、と納得しながら、その覚えの有る匂いに、この子達の言っていることが真実である、ということを確信する。実際、キュルケは知らないがこの商店はそれなりの防犯設備を整えている。

値段を聞くと、安い。安いといってもモンモランシーが個人的趣味で作っているものとは比べ物にならない額だが、少なくとも王都で流通しているのを買うよりもニ、三割は安い。直営店だからだろうか。
ここが本当にギュンギュスカーの店なら魔物よけの匂いみたいなのを作ってもおかしくないかもしれない、と先ほどの子供達の安全を歌う言葉が本当だと思い込むキュルケ。

流石に、いかにいろんな証拠がそろっていても、実際にはギュンギュスカー商会自体が竜側、などという突拍子のないことまでは考え付かなかった。破壊活動を行っている竜と、生産活動を行っている商会のイメージは容易に結びつくものではなかったのだ。
そのため、買い物好きもあってキュルケはなんら警戒心を見せずに、普通に店の品の物色を始めた。





「ありがとうございましたー」「ましたー」
「また、帰りにでも寄らせてもらうわ」
「はーい、お待ちしてまーす」


とりあえず、今は先に進んでみることが優先なので、帰りにでもいろいろ買っていこう、と思ったキュルケはとりあえずフレイムが匂いにつられてずっと物欲しそうにしていた猪の焼肉だけ買い与えて、先に進むことにした。





その数分後。


「き、きゃ~~~! フ、フレイム、何とかしてぇ!!」


進んでいった先で、キュルケは実に厭らしい感じに粘液にまみれていた。

次の部屋は、迎撃部屋だった。そのためキュルケは、扉を開けた瞬間に襲撃を受けた……天井から、べちゃり、と落ちてきたベトに。
基本的にベトは攻撃力、防御力共に皆無に近いのだが、「メイジフルボッコ大作戦」の一環としてそれなりの行動パターンを植えつけられていたこのベトが、まず真っ先にキュルケの手から杖を奪い取ったことにより、キュルケは何も出来なくなってしまっていた。
魔法が使えなければキュルケ、単なる色っぽいねーちゃんであるし。

が、かといって助けを求められたフレイムにしてもどうしようもなかった。トカゲである彼は、基本的に細かい作業を不得手としている。腕力はうなるほどあっても、その短い手ではキュルケの体に張り付いているベトを引き剥がすことも出来ない。
そりゃキュルケごと焼き尽くすことが許されるなら一息ですむのだが、そういうわけにもいくまい。


わたわたとあわてながら、こっちに近づいてくるイモモをその剛力で牽制するのが精一杯だった。
そんなことをしている間にも、キュルケのピンチは続いていく。命の危険とかそういう方向性ではなく、性的な意味で、だ。

普段の服装の露出の多さが災いしてか、ベトはどんどんキュルケの服の下にもぐりこんでいく。どうも、基本的に暗いところが好きな個体だったらしい。胸の谷間から、スカートの陰まで、どんどんと入り込もうとしてくるベトが不定形なこともあって、キュルケの必死の抵抗もあまり意味を成さず、どんどん彼女の体がエロっちい感じになってくる。
あ……今度は、服が溶かされ始めた。


『…!?』
「フレイム、早く助けなさいよ~~あ、いやん、そっちは、ダメ~~っ!」


目の前で突如始まった触手・粘液祭りに混乱するだけしたフレイムは、ようやく自分の背中にくくりつけられていた荷物の存在に気付いた。先ほどからずっと自身の背中を圧迫するそれに思いをやれないほど、唐突な主のピンチに混乱していたのだ。

が、それに気付いてからの行動は、爬虫類の割には早かった。
魔法障壁でほとんど弾き飛ばされるとはいえ、やらないよりかはましかとイモモ相手に牽制代わりに炎のブレスを吐きながら、尻尾の炎で燃やしてしまわないようにしながら慎重に荷物を探り、ようやく目的のものを探り出す。
そしてそれを、ベトに襲われて『褐色美女、スライム地獄の変』みたいになっているキュルケに見えるよう高々と掲げる。


『……!』
「そ、それよ、早く渡してっ!」


フレイムの持ち出したもの、こんなこともあろうかと荷物に突っ込んでおいた予備の杖を見て目を輝かせるキュルケ。いくら貞操観念の薄い彼女と言えど、流石にいきなりこんな不定形なもののお相手は遠慮願いたかった。
そのため、懇親の力を振り絞ってベトの高速から腕一本だけ抜け出して、フレイムが尻尾に巻いて差し出した杖を(いつもは自慢なヒトカゲっぽく燃えているフレイムの尻尾の火を邪魔に思いながらも)何とか手に取ることに成功した。


「このぉ、燃え尽きなさい!」


杖さえ手元にあれば、こっちのものだ。
キュルケは呪文を唱えて、魔法を発現させる。

彼女は微熱のキュルケ、火のトライアングルメイジだ。こと火のこととなると、点けるも消すも、自由自在。
自身の全身に向かって魔法をまるで炎のシャワーのように浴びせかけ、そのくせ自身の体には火傷一つ、いや、髪一本すら焦がすことなくその身にまとわりついていたベトを燃やそうとする。防御力の低いベトはそれに一瞬たりとも堪えることも出来ずに、悲鳴も無しにあっというまに燃え尽きた。ついでに服のベトの染み込んだ部分もことごとく燃え尽きたが。


「……見せるのはいいけど、見られるのは嫌ね」


あくまで魅せるために露出を多くしているだけで、見られることでマゾヒスティックな快感を得る趣味を持たないキュルケが、衣服のベトの染み付いた部分のところどころを燃し尽くして剥落した半裸の状態でそう呟いたころには、フレイムもイモモの撃退に成功していた。
ブレスは魔法に属するのか、ほとんど効果をなしていなかったが、腕力自体はオーガ鬼をも凌駕するフレイムのほうが勝っていたらしい。悲鳴を上げて逃げていくイモ虫のような背中がキュルケにも見えた。


「とりあえず、ありがとね、フレイム。帰りにまたお肉買ってあげるわ」
『………っ!!』


自分を助けてくれたフレイムにお礼を言って、改めて杖を振るって魔法を行使する。さっきの肉がやたらとおいしかったらしいフレイムは、その言葉を聞いて急に瞳を輝かせた。
まあ、毛色のいいお貴族様ばっかりが集まっている魔法学園で、結構独特の臭みがある猪の肉が出るわけはないから、珍しかったのだろう。

自身を包むかのように炎が再び巻き起こり、まだキュルケの体に僅かに付着していたベトの残りや汚れなどを残さず焼き尽くす。体や、本来は衣服にも一切の熱を伝わらせずに、汚れだけを燃やし尽くす、彼女が考案したオリジナルスペル『浄化の炎』だ。燃えるときにたんぱく質が燃えるような嫌な匂いが残ることだけが玉に瑕だが、野外プレイのときなど後始末のことを考えなくてもいいので重宝している。


一瞬全裸になってしまうが、どの道ここには今はフレイムしかいやしないと、今回はもう一度この服を着れるような状態じゃないので服もまとめて燃やし尽くす。無論、変えの服ぐらいは持ってきている。
こうしてキュルケは、何とか竜の巣での初戦闘を乗り切ることが出来た……お気に入りの服一式と引き換えに。



「はあ、でもびっくりしたわ。あーあ、もう、せっかくお気に入りの下着履いてきてたっていうのに台無しじゃない……まあ、いっか。次いくわよ」
『……っ!』


着替えた後にしゅっしゅー、と匂いを消すために香水を体に降りかけながらもそんな全然反省のないことをしれっと言うキュルケ。
あんな目にあって感想それだけかい、とフレイムに口が聞ければ突っ込んでいたであろう。彼にしてみれば帰りの肉の確保も出来たことだし、そろそろ危ないことに首突っ込むのはやめて帰ろーぜ、という気分だったのだが、キュルケはどうやらまだまだ進むつもりらしい。
しり込みするフレイムに気付いたのか、キュルケが発破を掛ける。


「さあ、フレイム! 今ので結局プラマイゼロになっちゃったから、何かいいもの見つけるまでは、帰らないからね!」
『……(はぁ)』


ため息を吐くフレイムを尻目にキュルケはまた進んでいった。
気の向かわなさそーに彼女についていくフレイム。いい加減帰ったほうがいいと思うのだが、主の言うことには逆らえない。しぶしぶたいまつ代わりにされるしかなかった。

そして、その嫌な予感は見事に当たり、そのすぐ後に。


「きゃーーーー!! 何なのよ、これぇ」


上から突如落ちてきた檻によって、二人まとめて捕獲された。
竜しか壊せないダンジョンに仕掛けられた罠は、やっぱり人間や使い魔風情では破壊できるはずもなく、罠対策などろくにしていないキュルケがよけれるわけもなく、彼女の親友と同じようにつかまることとなった。

背後からの不意打ちにいきなりの奇襲、仕掛け扉や飛び出す矢と、ありとあらゆるいやらしい仕掛け満載の竜の巣を攻略すると意気込むくせに、慎重よりも大胆さをモットーとする彼女は、タバサ以上に致命的にこういったダンジョンに一人で潜るには向いていなかった。
こうして、キュルケの第一回竜の巣攻略計画は見事なまでの失敗に終わった。


「うっ…………ふぅ」
「御主人様、今回の侵入者と捕虜の内訳です」
「あ~、適当に身代金とって開放しておけ」
「……では、そのようにしますけど、とりあえずそんな格好でこっちを向かないで下さい。妊娠しちゃうじゃないですか」
「おいっ!」


もっとも、タバサよりも圧倒的に運とめぐり合わせのいい彼女は、命の危険に遭遇することはなく、クーの報告を聞いたときのブラッドがフェイらと一通りいちゃついた後だったので、一度出した直後に男がすべからくそうなる賢者タイムに入っていたこともあって、あっさり身代金だけで開放されたが。





「とりあえず……今回は、ちょっとだけ準備が足りなかったみたいね。勉強になったわ」
『…………』
「次こそは、きっちりと慎重に進んでいこっと。ね、フレイム」
『…………』


(メイド19号のペット用料理の実験体にされてたから)毒とみまごうばかりの飯しか出てこない上に、かび臭い空気の漂う牢屋っぽいところから開放されて、ようやく再会するとすぐに語りかけてくる主に対して、本来であればルーンの効果によって主とは意思疎通が出来るはずのフレイムは黙り込んでいた。
それを気にも留めず、キュルケはいろいろとフレイムに声を掛けるが、その一切にフレイムは答えない。


「………………ああん、もう、そんな目で見ないでよっ! ちゃんと後でお肉も買ってあげるから!? ね?」


やがてじれたように、抱きついてごまかそうとしてくる主。
ぎゅっと、その鱗に包まれた自分に比べてあまりにどこもかしこもやわらかすぎる豊満な体に抱きしめられながら、再びフレイムはため息を一つ吐いた。
どうにも主が懲りている様子がない以上、フレイムの受難はまだまだ続きそうであるのだから。


人が強き者を討つ日はまだまだ遠かった。




昨日の竜の巣。


「御主人様。また、韻竜っていうのっぽいのを捕まえたんですが……」
「なんか問題でもあったのか?」
「なぜか今度の人は、全く喋ってくれないんですよ。ほら……」
『…………』
「……こいつ、そもそも竜じゃなくないか?」
「…………え?」
『…………』



その37へ

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正直、ギュンギュスカー商会を疑う人間がいないことに、不思議と思えて仕方がない。
ハルケギニアの貴族って六千年前からずっと魔法ばかり頼ってきたから、頭回らなくなったのかな?

しかし、フレイムは「ペット用料理の実験体」より、料理の材料にされそうな気がするけど。
気の毒に見えて、実は本当に運がよかった、ですね。

No title

キュルケは夜の生活練習の相手にされたらブラッド側にころっときそうだな
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基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


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そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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