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ドラゴンに首ったけ36

その36





からころと音を立てる車輪が響く馬車の中、ルイズとサイト、そしてワルドが会話している。といっても、話しているのはワルドとルイズだけで、サイトは頬杖を突いて退屈そうに窓を眺めていた。
ちなみに、マリコルヌはまだ御者を押し付けられている。土くれのフーケを撃退したサイトと王宮直属の騎士であるワルドにびびって自分から進んでのことではあるのだが。


久々に会う婚約者のワルドと親しげに会話しながら、しかしそれでも何処か上の空でルイズは、不機嫌そうにそっぽを向きながらそれでも会話に加わってこないサイトを心配そうに見つめていた。先ほどの戦いを終えたサイトが心配だったからだ。

視線の先には、年相応の幼い顔がのぞいている。
たった数瞬前にはあれほどの巨大ゴーレムをたやすく切り崩すほどの超絶的な技量の剣士の力を持っているにもかかわらず、今ここに見える姿はまるでただの少年のようで。
周囲を波に流された砂の城のように、今にも壊れそうな危うさをルイズに感じさせる。
そのアンバランスさが竜に切り裂かれたずたぼろのルイズの心を、婚約者の賛辞以上にひきつける。


(………サイト……)


誇ってもいいのだ。
驕ってもいいのだ。

たとえ平民といえど、力は力だ。
超常の力を持って平民達の上位に位置するメイジといえど、それを超える力の持ち主に無条件で敬意を払われるわけがない、と「今の」ルイズは思っている―――何せ、これ以上ないほどの前例があるのだから。

よって、それほどの力を持ち、しかもそれが若い男の子となれば、かつての鼻持ちならないメイジの代表のようだったギーシュなどとは比べ物にもならないほど増長していて当然であるはずだろう。大多数のメイジが平民を見下すように。

そして、サイトがそう出たとしてもルイズは表立ってそれに逆らうつもりなどなかった。誇りを売るつもりはないものの、ある程度であれば対等に―――又はそれ以上に―――付き合ってきたのだし、これからだってそのつもりだった。まだ虚無の力は使うな、といったサイトの言葉に従っているように。



無論、見た目は平民でしかないサイトがそんな態度に出れば多少物の道理がわからぬ者もでてくるだろうが、そんなものなど物の数ではない。
その力で踏みにじればいいではないか、あの竜のように。

唯一無二の友である剣は魔法殺しの魔剣、その身に刻まれしは伝説の使い魔のルーン。
どんなメイジだってメイジである以上サイトには敵いなどしない。先の戦闘だって、本気を出せばフーケをあっさりと―――それこそワルドごと―――両断することすら可能だったはずだ。
自身が最強と信じ、ある種の理想のメイジである母ですら、サイトの前に立ちふさがって無事でいられるビジョンを思い描けないほどルイズはサイトの強さを認めていた。

にもかかわらず、何故この少年は自分に従っているのだろう、そして、何を恐れているのだろう、ということを改めてサイトの力をはっきりと見せ付けられたルイズは考えさせられた。
そう、サイトの技には、太刀筋に自信が、足運びに経験が、はっきりと映り込んでいる。にもかかわらず、一体何におびえているのか。

剣に関してはほとんど素人同然だったルイズにもわかった。武器を扱わせれば無双を誇るガンダールヴのルーンによってサイトは完全にデルフを扱えるはずにもかかわらず、サイトの剣にはおびえがある。
他者を傷つけること、その命を奪うかもしれない、ということを異常というほどに恐れていることがその剣筋には如実に現れている。道中に出た魔物に対してはアレほどまで完全な勝利を収めたのに、フーケを逃がしてしまったように人間相手には何処か遠慮がある。
だからこそ、自分の隣にいる婚約者もアレほどまでの力を見せたサイトを完全に無視して無警戒でこちらに話しかけてくれるのだろう。

いまだ虚無の力を発動させていないルイズにとって、この自身よりもはるかに強い使い魔が何故何かに怯えるように剣を振るい、何故『ゼロ』である自分に仕えているのかがまったくわからなかった。
だから、ルイズは婚約者と近況を楽しげに語り合いながらも、メランコリーのため息をひとつ馬車の中に落とした。






いつまで考えていても答えが出ないので、やがてルイズはそのことを一時的に棚上げすることにした。嫌なことを脳裏から一時的に―――あくまで一時的にだ―――シャットダウンするのは貴族のたしなみのひとつであるし、ルイズは小さいころからゼロと蔑まれてきた影響でそれがなおさら得意だ。
そのため、一時的にサイトのことを脳裏から追い払って、先ほどから自分に語りかけてくれている青年にしっかりと心の底から向き直った。


「ワルド様は領土にはお戻りになられないのですか?」
「ははは、下っ端子爵が名誉あるお役目をいただいたのだ。早々帰ってもられんよ」
「まあ、そういうものなのですか」


ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
父の冗談交じりの約束とはいえ、自分の婚約者。
幼いころより「ゼロ」の自分を決してけなさなかった人の一人。それどころか、ちい姉さまと同じく数少ないありのままの自分を認めてくれていた人。
力あり、気品あり、身分あり(爵位ではなく、王宮で隊長位を務めている、という意味で、だ)。悩んでいるときは助言を、落ち込んでいたときは励ましを、喜んでいるときは共感を。年齢がそこそこ離れている以上、ずっと一緒に時を過ごしたというほどではないが、

まさにトリステイン貴族の結晶のような私の王子様。


久々の、それも戦場にて助けられたという感動的な再開といってもいいシチュエーションにもかかわらず、ルイズは以前のように恋で胸が震えないことを冷静に驚いていた。

無論、彼を慕う気持ちは変わらない。
厳格でそのくせちょっとだけやさしさの足りない父の変わりに、能力も美貌もあるのに自分には何処か厳しい姉の変わりに、影に日向にと自分を守ってくれたのは間違いなく彼だったのだから。小さいころに自らが言い、それが自分の未来だと思っていた「ワルド様のお嫁さんになる」という言葉を思い浮かべて、幸福感に満たされることも少なくない。

だけど、彼に対する親愛とも敬愛とも、恋慕ともわからぬ愛情がたとえ僅かであろうと揺らいだのは間違いない事実だ。


『あいつは、裏切り者だ』


耳に残るは呪いの言葉の一片。
未来という名の絶望は、己の使い魔の口を借りて少女時代の絶対の味方への不信を植え付けた。

それは彼と長年培ってきた信頼を考えるととても小さなもので、だけど無視できないほど大きなもので。
棘のようにルイズの心に刺さったその予言のひとつが、いつまでも抜け落ちない。しかし、だからといってその予言を信じきることも今までの信頼を考えるとできはしない。


(私は、悪い女ね)


ワルドを信じきることも、サイトを疑いきることもできないルイズは、二人の男の狭間で揺れ動いていた。







「ふえええええええ。すごいのね、広いのね」
「では、こちらで少々お待ちください」


何とか牢屋から発掘されたシルフィードは、目が覚めてからしばらくは現状が理解できずに大混乱していたが、今はそれも納まり人型をとっておとなしくメイドの後をついていっていた。だが、それによって案内された部屋を見て驚きは隠せなかった。

とりあえず、広いのだ。シルフィが竜の姿をとったとしても十分は入れるぐらいの大きさをその部屋を持っていた。彼女には理解できないが、その部屋に置かれている調度品の一つ一つも、シルフィが行ったことがある唯一のこういった部屋であるタバサの実家にあるものなどとは比べ物にならないほどの上質なものである。


「すごいすごいすごいのね~~ブラッド様ってすごい竜なのね。ああ、お姉さまも一緒にいられればよかったのに」


そう、ここは竜の巣にある応接室。
侵入者であり、つい先ほどまで捕虜であったシルフィはなぜか今では客人として扱われていた……主であるお姉さまを捕虜にしたままで。






「結局、どうなっているんだ?」
「彼女は風韻竜とかいう種類の竜らしいです。風竜とは別の種族らしく、サイズ以外の性質は割りとご主人様たちに似てますね。もちろん、力は比べ物になりませんが」


警戒ゆえにそれほど積極的に話さず、一言一言で腹を探り合うタバサとクーの会話に途中で飽きて切り上げたブラッドは、クーにシルフィードのことについて訊ねる。
クーはタバサとの遣り合いから得られた情報を手元にまとめてある資料から、関係のありそうなものだけをブラッドに告げる。すなわち、彼女が韻竜という名のこのあたり原産の竜種である、ということをタバサから聞きあげていたクーは、それらに自らの推察を加えてブラッドに話す。
このように、タバサと牢屋であった後しばらくして、応接間にシルフィを待たせたままブラッドたちは彼女をどうするか、ということを話し合っていた。ちなみに、タバサのことは後回しである。シルフィへの処分が決まればそのついでに決められるだろう。


「要するに、俺みたいな竜と飛竜がいるように、この辺では韻竜ってのとと普通の竜という区別がされているということか?」
「おおむねそのような認識でよろしいかと。彼女はご主人様らと飛竜の間ぐらい……ただし、ずっと飛竜側に近いと種族いうことで。まあ、同属でないことは明らかなので別にそれほど気を使わなくてもよろしいのでは?」


おそらく竜の状態でも戦闘能力は私にも及びませんし、とクーは続ける。

クーは基本的に戦闘型ではない魔族だ。
その人と比べて圧倒的なまでの魔力を使えば、大概の敵を瞬殺出来るが、別にフェイのように戦闘にその人生の大半を注ぎ込んできたわけではないので、いかなる戦場でいかなる魔法を放てばいいのか、どのような間合いを取り続ければいいのか、本命と幻惑をどれほどの割合で混ぜれば効果的に相手に当てられるのか、ということを完全に理解しているとはいいがたい。
あくまで緊急時は護衛として働ける程度の護身術程度だ。とある光神族の令嬢が魔力任せに大剣を振るうのとほとんど変わらない。



生まれゆえにその身体能力や魔力行使の精度は圧倒的なものであるが、基礎値がかなり低い人間ぐらいならばさておき、戦闘を得意とする下位神族、下位魔族になら多分あっさり負けるだろう。
竜などとはたとえ竜族最弱のブラッドにすらかなうはずがない。ブラッドが人型のときの巣の中では最強でも、神界、魔界なども含めた全世界的に見ればそれほど強いわけではないのだ。

だが、それはシルフィードと名乗った竜も似たようなものであった。
ブレスを吐いたり高速で飛行したり、怪力を発揮したりはできるものの、それはあくまで生まれ持ったものであり(しかもそれもブラッドら竜族魔族からすればそれほど脅威ではない)、修練によって身に着けたものではない。
基本的に今まで戦いとは関係ない生活を送ってきたのであろう。


と、なると遣り合えば基礎能力の差で上位の魔族であるクーが確実に勝つ。
彼女の持つ力のどれもがブラッドら竜族のもつ問答無用な威力を持っていないのだから、おそらくフェイやガンジェットにも勝てるかどうか怪しいほどだ。
これがシルフィがワルド並の戦闘経験をつみ、戦闘訓練を重ねていれば別だったろうが。


「まあ、こちらの世界の竜と話せるいい機会だ。侵入者とはいえ多少は優遇しよう」
「承知しました」


そういって二人は歩き出した。
シルフィが待つ応接室に向かって。






「ふむふむ、なるほど。衣食住の対価に使役されているのか……自分で稼ごうとか思わないのか?」
「お姉さまのお手伝いするほうがずっといいのね。お姉さまはやさしくて、強くて、きれいだし」
「なら、俺が衣食住を保障するから、部下になれといったらどうする?」
「……ご、ごめんなさいなのね。お姉さまに会う前だったらよかったけど……」
「ふむ……いや、謝ることではない。無理を言ってすまなかった」


さまざまな質問をシルフィに行った後で、なるほど、要するに竜の騎士の人間主体バージョンか、とブラッドはタバサとシルフィの間に結ばれている使い魔契約のことを理解する。
こちらの竜はブラッドたちほどの力を持っていないし、クーたちギュンギュスカー商会のような協力者もいないので、自力で食べ物などを探すしかない。ならば、このような契約の元に使役されるのもわからないでもない、と。

ブラッドの価値観からすれば竜>人なので、こう考えてしまうのも無理はないが、この時点でブラッドはタバサのことをシルフィの付属品ぐらいにしか思っていないのだ。


主とするその対象が尊敬に値する、という条件がつくのであればそれほど竜もどきがいい加減に見られているわけでもないのか、と一応自分と同じような姿かたちをしたものがそれほど無体に扱われていないようなのでブラッドは安堵の息を吐いた。

いや、完全に別種なのでどれほどひどい扱いを去れていたとしてもどうでもいいといえばいいのだが、気分の問題だ。
ちなみに、同様の理由でブラッドはトカゲなどが人間の子供にいじめられていると聞くとなんとなく悲しくなる。


まあ、そんな感じで割りと和やかな雰囲気で会話を進めていた二人だったのだが、ブラッドの放った質問のひとつが、その流れを大きく変えた。


「で、結局なんで俺の巣に入ってきたんだ?」
「お姉さまがここにある宝物に用があるっていったからなのね」

びしり


空気が凍った。
裏の事情にも通じるタバサであればもうちょっと言葉をつくろったであろうが、人間換算で十歳ぐらいのシルフィがそんな機微をわかるはずもない。
純粋にお姉さまが正義であると信じているシルフィの言葉によって、ブラッドも彼女らが自分に対する略奪者であるのだ、と言うことを思い返したのだ。己が彼女らからの略奪者であるように。


この韻竜自体はまあ別にブラッドにしてみればどうでもいい。ペット感覚で割と気に入ったので別に開放した後何かの拍子にここに訪ねてきても客人として迎え入れてもいいぐらいには思っていた。
だが、彼女は間違いなく己の敵対者なのだ。己の富と命を狙ってこの領土に入ってきた、愚かなる侵入者なのだ、ということを改めてその台詞はブラッドに思い出させた。


「……なるほど………大体わかった。下がっていいぞ」
「え?」
「だれか、部屋に案内してやってくれ。賓客用でいい」
「承知しましたー」


幼さゆえにシルフィはそのブラッドの纏う空気が自分の台詞によって明らかに硬質化した、ということを理解できていなかった。
そのため、ブラッドがこの次に続けた台詞によってお姉さまもきっと自分と同じような待遇を受けているのであろう、と勝手に思い込んでいた。会いたいけど、きっとお姉さまも用があって自分に会いに来ていないのだから、この「やさしい竜のお兄ちゃん」の言うことを聞いておとなしくしておこう、と思うほどに。


「もう終わりなのね?」
「ああ。そうだな、腹も減っているだろうからコックに言って飯でも作らせるがいいだろう」
「!! シルフィ、お肉がいいのね! いっぱいいっぱい!」
「承知しました~、じゃあ、こっちにきてくださいね~」


そのため、聞きたいことだけを聞いたブラッドは、そういってシルフィを下がらせた。
もはや、シルフィに対して容赦する必要などそれほど感じなかったから、気分の問題で牢に戻すようには言わなかったが、あくまで適当な相手として晩餐を共にするつもりもなかった。

その気配を察したのか、部下にシルフィを送らせたクーは、冷めてしまっていた飲み物を入れ替えてブラッドの前に置いたあと、彼女らの処遇をどうするのか、ということを半ば答えを予想していながらすぐに声に出して聞いた。


「結局、あの二人の処遇はどうします?」
「そうだな……主のほうは貴族らしいから、いつもどおり身代金を取っておけ。それが支払いを受けて開放するんなら、あの韻竜とやらのほうも一緒に開放しておけ」
「普通の侵入者用の対応でよろしいのですね?」
「ああ、今回だけが特別だ。次回以降も捕らえたときはクーの権限で処理してかまわん」
「承知しました」


姿は育っているものの言動が異常に幼い上に、竜なのにまだ200歳と聞いた瞬間、手を出す気はまるっと消えた。
彼が200歳の頃といえばまだリュミスにも出会っていなかった頃である。

年齢を聞く前ならば他種族ということも無視して襲ったかもしれないが、知ってしまった以上倫理的になんとなくイヤなのだ。主のほうも発育不良もはなはだしいので夜の生活練習用とする必要性などさらさらない。
そのため、あくまでいつもどおりに身代金と換金してしまえ、と命じる。

それは、ガンジェットほど力があるわけでも、かつて捕虜だった女剣士エーファほどこちらに媚びる可愛げがあるわけでもないたんなる一捕虜に対する命令だった。
そこにはもはや彼女達に対する興味はさほどないことが容易に読み取れたため、クーは頭を下げてそれらを手配するため部下を呼びつけた。


こうしてタバサは、一番簡単な方法で竜を味方につける最後の機会を逃してしまった。

ほんの少しどこか運命がいたずらを起こせば、ブラッドはシャルロットの復讐のために力を貸したかもしれない。
タバサが端から真正面から竜の巣を攻略しようと思うほどの魔法の実力がなければ、あるいは彼女がつかまったときにその実力の一端をちゃんと示せていれば、もう少し牢屋でブラッドの興味を引くようなことを言えていれば、彼女の体がもっと育っていれば。
もしくはもっと色気のある服装をしていれば、己の使い魔がもっと年かさがいっていれば、シルフィの目的を尋ねたブラッドの聞き方がもっと違ったものであれば、クーがほんのちょっとでもタバサのために気を利かせていれば。

それらのどれかひとつでも起こっていれば、ブラッドの圧倒的な力を背景としてクーデターを成功させ付近一帯の強国を平らげた王女ルクルのように、タバサはジョゼフを叩き潰し、イザベラを引きずりおろしてガリア国王となって母を癒し、ハルケギニア大陸すべてを平和の下に治めることが出来たかもしれない。

それは容易にありえた未来であった。


だが、現実はそれらすべてが起こらなかった。
何が悪かったといえば、めぐり合わせが悪かった、ということであり、誰が悪いわけでもないことであったが、言うなれば結局ブラッドたちとタバサは敵になる運命だったのだろう。
こうして、ブラッドに命じられたクーは、そのことを告げにタバサの実家へと連絡することを部下に命じた。




「と、いうわけでご実家から身代金を受け取りましたので、帰っていいですよ」
「!! ………いくら取ったの?」


開放されるとき、竜の執事と名乗った少女から聞かされたその台詞に、タバサは思わずだんまり作戦中だったことも忘れて聞き返してしまう。
竜の巣につかまったものは、確かに高額の身代金と引き換えに開放されることもある、ということは事前の情報収集で確かにタバサは知っていた。

だが、その金額は相当の高額であり、王家から疎まれており、先祖代々からの財産のほとんどもジョゼフに奪い取られているオルレアン家にはそれほど財産は残っていないはずだ、ということもタバサは同時に知っていた。
だからこそ自力での脱出を試みていたにもかかわらず、開放されたということは……


「まあ、王家に連なる方からですのでそれなりに……残念ながら国からは出ませんでしたが、執事の方が個人的に集められたようです。よかったですね、いい部下をお持ちで」
「!!」


自らの家系に絶対の忠誠を誓ってくれている執事、ペルスランがやってくれたことだと知ってタバサはその忠誠に報いることの出来ない己に歯噛みする。
そう、タバサが竜にとらわれたと聞いて彼がタバサの支持者を募って集めた身代金はかなりのものであり、そしてそれ以上にタバサを助けようと竜の巣に挑み散っていったものの数は多かった。それほどまでタバサは―――否、オルレアン家には支持者が多いのだ。


それを、クーの台詞から読み取ったタバサは改めてジョゼフと、そしてここの巣の主である竜への憎しみを募らせる。

財宝を略奪しようとしていたタバサがいえることではない、とブラッドがそれを知ったならば言ったかもしれない。
だが、その無口を貫く現状とは裏腹に激情を内に秘めるタバサにしてみれば、その身代金を集めるために苦心した彼らを苦しめたのは、紛れも無くジョゼフとブラッドであった。

そのため、唇をかみ締めるタバサであったが、そのまま帰っては何のためにここに入ってきたのかわからない。
開放されたのであれば弱みを見せることにはなるまい、必死で怒りを押し殺してここに入ってきた当初の目的のためにクーに話しかけた。


「聞きたいことがある……」
「? 答えられるとは限りませんが、聞くだけならかまいませんよ」
「………この巣に心を病んだものを癒す秘薬があると聞いた」
「まあ……確かにありますけど」
「!! 譲ってほしい」


思いもよらぬその願いに、クーは思わず考え込んだ。
ある程度の彼女の事情は彼女自身の使い魔から聞いている。

にもかかわらず戸惑ったのは、今まで竜の巣に入ってきたものは基本的に財宝を売って財産を稼ぐことが目的だったので、このような竜相手の対等の取引を持ちかけられたことなど無かったからだ。無論、何か欲しいものがある者もいただろうが、竜の巣に入れるほどの実力を持ち、対価を払えるというほどの者であればかつての世界では大概のものを自力で手に入れられるからだ。タバサのように誰かに邪魔されている、という事情がない限りは。


「え?」
「無論、対価は支払わせてもらう……」


そして、こちらの世界では事情は微妙に異なるが、それでもエルフに見える彼女らに取引を持ちかけるようなものはいなかったので、クーはそのタバサの発言に意表を突かれた。


(取引ですか……確かにアルビオンから巻き上げたものの中にそれっぽいものはあった気がしますけど)


すでに何度かアルビオン王国から貢物を受けているブラッド一味は、王党派が所有する金銭がだんだん乏しくなってきたこともあって、マジックアイテムや秘薬でも支払いを受けている。その中のひとつに確かにそのような秘薬があったな、ということをブラッドに見せるための目録を作ったクーは覚えていた。
そして、ある程度の品物の換金、処分の裁量が許されているクーにしてみれば、そのタバサの頼みはさして難しいものではなかったが……


「駄目ですね」
「!!」
「はじめからそうおっしゃっていただけていたならば別だったんですが、竜の命と宝を狙って捕まっておいて、自分が開放されたからといって取引、って言うのは少々都合がよすぎると思いませんか?」
「くっ!!」


そのクーの言葉に悔しげな表情を思わず見せるタバサ。
それを見ても眉一つ動かさなかったクーだったが、本心はその言葉とはまったく違うものだった。

そもそも、彼女は感情を仕事にさしはさむことなどごくごく少ない。
こんな、ずるいんじゃないの、という感情論では取引を断ることは無い。
では、何故このように言ったのかというと……もっと主の利益になる方法があるからだ。


(こういっておけば、また何回も来てくれそうですしね~)


久々の大口の身代金を搾り取れる相手なのだ。
秘薬を売ってはい、さようなら、とするよりも何度も繰り返し捕らえたほうがお得だ。

どのみちワルド対策のためそれなりの防備をしておかねばならない以上、そこそこ強い魔法使いであっても対価を得られるのであれば巣に迎え入れたほうがより高額の収入を得られるだろうとの目論見によるものだ。


そもそも、彼らはそれほどまでタバサが強いとは思っていないのだ。
初回ということで不慣れな場所であるということと、シルフィのせいで今回はあっさりとつかまった彼女が、北花壇騎士の中でも「七号」として恐れられるほどの戦闘能力を持っているなどと想像もしていなかった。あくまでそこそこ強い魔法使いだと。
そのため、できる限りこの金蔓が何度も捕まってくれることをクーは望んでいた。

事実、ここに自分の捜し求めている秘薬がある、という言質を得たタバサは彼女を人質にとってでもそれを奪えないか、と思うほどのそれへの執着を見せていた。が、杖を持たないメイジなど、エルフであるこのいけ好かない執事には敵わないだろう、と理解できるほどの理性は残っていた。
ならば、確かに何度でもこの巣に挑むしか手はない。


その決意を表情から読み取ったのか、クーが冷たく笑う。

ブラッドがこの場にいて、事情を知ればひょっとすると無償で秘薬を彼女に渡したかもしれない。
彼は結構気まぐれだし、女子供にはそれなりにやさしい。
情を交わしているならほぼ確実に、そうでなくてもそれなりにタバサの立場に同情する、ということもあったかもしれない。


しかし、クーはそれを行わない。彼女が望むのはただひとつ。主に最大の利益を。

いくらいってもこの女は取引に応じるつもりはない、とこの短い会話で理解したタバサは、憎憎しげにクーを、そしてその背後にいるであろうブラッドの影を睨むだけで、結局何もすることは出来なかった。
やはりこいつらは、シルフィを傷つけ、村々を襲った元凶なのだ、との確信を強くするだけで。






「あ~~~お姉さま、無事だったのね~」
「……怪我は無い?」
「シルフィは元気なのね。ブラッド様、とっても優しかったし」
「!! いくわ……」
「え? お、お姉さま、待って~」


竜の巣には母を救う薬があり、あそこを攻略するには魔法の実力とおなじく、つかまったときすぐに処刑されないような多額の資金が必要だ、ということがわかっただけでも十分な収穫だった、とタバサは自分に言い聞かせる。
あそこに母を救う手がかりがあるのだ、方法もわかっている。ならば、自分がとるべき方法はひとつであり、決してあせる必要は無い、とも。

本物の竜を見て、それが使役している部下達の力を目の当たりにしたことで、あの竜が誰かに退治される、ということはまずないだろう、ということを確信していたタバサは、あせる自分の心を押し殺しながら、竜の巣を出ていく。
まずは、金銭を、そしてあの巣を攻略できるように仲間を集めることが先決だ、と必死で言い聞かせながら。



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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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