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梟森1



雲の帳が全天を覆いつくし、星一つないある夜の日。
尾張城下の一つの屋敷に忍び込む、小さな影があった。
さてはましらか妖かと思うほどの勢いで城下の家々の屋根を飛び移ってきた影は、その勢いのまま寝ずの番をしている者達の監視の目を潜り抜けて、その屋敷の門をあっさりとこえて家内に進入していった。その影は、五寸先を見渡す事も難しい夜の闇の中を、迷うことなくまるで見知った家であるかのようにある目標を目指して進みいっていた。警戒の目がないのを確認してゆっくりと縁側から屋内に忍び込み、そのまま廊下を滑るように抜き足で進んでいく。

目当ての部屋にたどり着いたのか、僅かにその部屋の内側に聞き耳を立ててその中から聞こえてくるかすかないびきの声音から、ここが目標のいる場所だと確信したのか、辺りを見回してだれの気配もしないことを確認した上で部屋の中にはいる準備を始めた。
障子によって区切られたその部屋の中に進入するため、その小さな影は音を立てないよう細心の注意を払って、しかし家人には見つからないようにすばやく敷居のふちに懐から出した小壷に入っていた菜種油を注ぎ込む。ある程度、油が染み渡ったと見るや否や、音もなく滑るように動くようになった障子を僅かにずらしてその隙間にからだをもぐりこませ、即座に再び静かに動かして障子を閉める。


中には狙い通りの男がいた。がっちりとした体格に、しっかりとした彫りの深い顔立ち。年のころは二十代に入ったかどうかといったぐらいであるにもかかわらず、鍛え上げられた肉体が浴衣の上からでも見て取れるほど、完成した武人であった。
だが、そんな一流の武人をもってしても、この小さな影には気付けない。それも当然、この影はそういったことのためにわざわざ育て上げられているのだ。この男が武に年月を費やして人並み外れた戦場での働きを得たのと同様、この影はこの闇の中での忍び働きのために生きてきたのだから。


隠密同心 心得の条
我が命我が物と思わず、武門の儀あくまで陰にて、己の器量伏し、御下命いかにても果すべし。なお、死して屍拾う者なし。死して屍拾う者なし。死して屍拾う者なし

闇に生き、闇に死するが忍びの定め。
生涯を影に捧げたものが、人知れず闇に死ぬために修練を重ね、磨き上げた技術の集大成だ。
ましてや、この影はその忍びの中でもずば抜けた能力があると頭領からすら一目置かれているほどの腕前を誇る。どこまで行っても所詮日向の達人である男が気付ける相手ではなかった。
未だ変わらずいびきをかき続ける男を一瞬だけ見下した目で見下ろしたあと、影はその大きく開いた口元に先ほどとは又違った小壷から一滴、又一滴と中に入った液体をたらしてゆっくりと、本人も気付かないように飲み込ませていく。徐々に男のいびきが小さくなっていく。
やがて、きっかり五滴壷から落ちて飲み込まれていったのを確認した影は、ひとまず第一段落が成功した事を確信し、それに安堵の息を吐きもせずに、あたりの気配を探って自らの忍び働きがこの家のお庭番に気付かれていないということを確認する。

にやり

初めて影の薄い唇に、笑みが浮かんだ。完全に沈黙してしまった男に対するあざけりなどではない、父にほめられる事を確信した何も知らない無垢な童女が浮かべる様な本当に嬉しそうな笑みだった。しかし、すぐにそんな柔らかな雰囲気は消え去り、元の氷で出来た能面のような無表情に戻ると、影はさっと男を抱き起こし、背負い始めた。先ほど注ぎ込んだ薬によって、そうやすやすと意識を取り戻す事ができない男は、完全にぐったりと意識をなくした状態で人形のように折りたたまれてその小さな影に背負われた。自身の数倍の体重はあるかのような男の巨体をその小さな背中に背負った影は、再び音もなく障子を開けると男を背負ったままその重さを感じさせずに軽やかに舞い、塀を越えて夜の闇へと消えていった。








   ぴちゃん
          ぴちゃん  
   ぴちゃん
                         ぴちゃん




どこかで水が落下する音がする。一定のリズムで、ゆっくりと、しかし正確に時を刻みながら落ちるその音に、ゆっくりと意識を覚醒させられていく。

昨夜は雨だったのか、などと未だ完全覚醒には至らぬ頭でぼんやりと感じ、周囲の暗さから未だ夜は明けきっていないだろうという事も同時に思いつく。雨のせいかいつもは寝坊すると屋敷の自室で聞くことになる鍛錬をする声も聞こえない。

今日は特に絶対にしなければならないという確固たる予定もなかったし、なんだか頭も重いような気がするからたまにはゆっくりと布団の中で過ごすのもいいか、などと考えてうつらうつらと舟をこぎ、寝返りを打とうとしたところで……異変に気付いた。


「なっ! なんじゃこれは!」


一気にぼやけていた脳に血が回り、現在がいつもと同じ朝が始まったわけではないという事を知らせる。いつもはそれなりに上質な布団に包まれ、この時期にあってすら寝苦しさを感じる事もない寝床が単なる木板へと変わっている。
頭を左右に振ると、いつものように自分にあわせて作られた真新しい枕が頬を優しく押し返す感触ではなく、ごつごつとした合板が頭の縁にごつごつと当たる。
なにより、いつも寝起きには早く血を通わせるために布団の中で多少動かしてみる手足が、今日に限っていつもの動きを全く受け付けない。


あわてて今まで眠っていたために暗闇に慣れている寝ぼけ眼で辺りを見回して、自分がどういう状態になっているのかようやく気がついた。


大の字を描くかのように手足はそれぞれ太い縄にまとわれた上に、それぞれの縄の先はほんの僅かなたるみだけを残して四隅の柱に結ばれている。そのからだが乗せられているのは二畳ほどの大きさしかない木板の上であり、間違ってもいつもの寝心地のいい自分の寝床ではない。
唯一自由に動く頭部を動かして辺りを見回したところ、この場所自体も自室とは異なり、全てが土壁に囲まれたうすぐらい地下室のような場所だという事しかわからなかった。


「これはいったいどういったことだ!」


驚きで一気に覚醒した頭が回転し、それでも生まれる戸惑いを音にと変えて、その体格にふさわしい男らしい声であたりへと喧伝する。
昨日は確かに自室で眠ったはずだった。何事もなく一日を過ごし、少々遅めながらも通常通りそのまま床に入ったはずなのに、何故目覚めたらこのような場所でとらわれているのか、男は心底わからなかった。


「誰じゃーー!! でてこーーい!! こっから出さんかーー!!」


その戸惑いのままに声を上げ、時には自らの鍛え上げた力でもって四肢を縛る縄を引きちぎろうとするが、千切れない。本来の男の力を持ってすればこのような細い縄なぞ切れぬはずがないのであるが、まるで魔法でもかかっているのに揺らぎもしない。僅かにたるんだ縄がぴんと張ってその張力によってプルプルと震えるが、ただそれだけで、男の期待するぶちっという音も、手足が開放される感覚も訪れない。


「がーーーー!!」


もはや野獣のようにわめき散らし、必死に拘束を解こうとするが、それでも拘束は解ける気配もない。声の限りに叫んで、手足を振り回し、それに未だ完全にからだが覚醒していない朝からという事もあって男は急速に体力を消耗していく。戦場ではどれほど武器を振り回しても疲れを見せないこの男も、このような状態ではその覇気を保ち続ける事はできなかった。
声を張り上げていた事でのどの渇きもいよいよ増して、ようやくその抵抗も衰え始めてきた、そのときだった。

さきほどから闇に慣れた目でようやく周囲の気配がわかるくらいの闇で包まれていたこの部屋に、音もなく光が差し込んできた。その明かりに、暗闇になれた目が一瞬眩み、その間に入ってきた二人の影が誰なのか、男は即座には気付く事ができなかった。
ゆっくりと動く光の中のシルエットから、大柄な方の影が一歩進み、男の方へと聞き覚えのある声をかけてきたことで男は彼らの正体を知ることとなった。

「お、おぬし達は!」
「お加減はいかがですかな、勝家殿」
「……」


 男――――尾張一帯を支配する大大名である織田家の重臣柴田家の嫡男、柴田勝家を、こんなところに自らを押し込めた輩だ。今は戦乱にはなっていないものの、そこらかしらに火種が見られる乱世の世ということもあって、考えたくはない事態だが織田家の家臣の中でもそこそこの地位にある自分を狙った、誰か敵国の者によって自分はとらわれたと思っていたのだが、その場に現れたのは、自分とある意味同じ家臣である織田家直属の忍、伊賀忍軍の隻腕の頭領、月光とその片腕として常に共にいるしのぶ、の二人の忍者だった。


「貴様らっ! たかが忍び風情が柴田家の跡継ぎである拙者にこのような暴挙、いったいどういった了見じゃ! 謀反でもするつもりかっ!!」


勝家の言葉はある意味正しい。
織田家重臣の柴田家の嫡男であり、当代織田信長の跡取り息子である上総介の側近としても覚えもいい勝家と比べれば、いかに織田家の諜報活動の一手を担っている伊賀忍軍現頭領である月光といえどもその地位も霞む。
当代信長は苛烈にして冷酷、そして優秀な当主だ。使われる立場である忍びが使う立場である武士を捕らえるなどというこのような暴挙、決して許さないだろう。

そういった意味で月光に向かって吼えた勝家の台詞は今の彼の立場からすれば実に正しいものであったが、その忍び風情という言葉に月光のそばに付かず離れ図の位置にいたしのぶの目線が一層冷たくなる。そんなしのぶを無言のうちに背中で抑えた月光は、しのぶと違い一切その言葉には反応せず、ただ淡々と勝家に答えた。


「このような場所に柴田家次期当主を押し込める事は申し訳ないが、これはあなたのお父上から頼まれた事。信長様にも許可をもらっていますので」
「な、何と! 父上が」


てっきり月光たちの独断でこのような暴挙に及んだと思っていた勝家は、己の父、そして雲の上の存在であった当主までもがこのことを認めていると聞いて、思わず言葉と顔色を失う。


「……そうだ、わかったらそのうるさい口をさっさと閉じろ」
「何じゃと、この小娘が!!」


だが、その後に続いたしのぶの言葉にあっさりと頭に血を昇らせ、怒り狂う。
元服、初陣と済ませ、戦の中でも数々の武功を立て始めてきて、さすがは柴田の跡取りよと褒め称えられてきた勝家にとって、自らの半分ほどの齢しか重ねていないであろうしのぶに罵倒されるいわれなぞまったくないとその強面の顔に血を昇らせて威嚇した。が、それにはしのぶは顔色一つ変えない。


「しのぶ」


そんな勝家の鬼のような怒りを柳のように受け流して無表情をたたきつけてくるしのぶの言葉を止めたのは、月光のただの一言だった。


「……すまない、月光」
「しのぶがご無礼をいたしましたな、勝家殿。とにかく、ここに入れさせていただいたのは、あなたのお父上が、一つ我らに頼みごとをなされましてな」
「何じゃと……それがこのような所業に関係があるとでも申すのか!」
「いかにも」


 そこで一旦言いにくそうに月光は言葉を切ったが、これも主命と勝家に向かってこのような拉致監禁まがいの事を行った理由を切り出した。






「…………なんでも勝家殿は少々女遊びがすぎられるとか」


……勝家は織田家中では名家の出であり、又その武勇で持って若輩ながらも同年代から一目置かれる存在だったが、彼好みの「むちぷり」に散々モーションをかけてはその要領の悪さゆえに振られるという事で、少々織田家中でしばしば問題になることも多かった。
しかも狙っているのかいないのか、同じ織田家重臣の一番かわいがっている愛娘や敵国のぐらまーで有名な姫など政治的に難しい相手にもちょっかいをかける、商売女には本当に言いようにもてあそばれる始末。このままではヤバイと父である柴田家当主が思ったのも無理はない。

今のところ表立って問題は起こっていないが、見えないところでは勝家のおかげで柴田家の株は大暴落、なまじ能力的には優れているだけに次期当主にせざるを得ないところがまた難しい。
正面向かって言うものはいないが、今では同じ家臣団の中には「美女に(向かう)野獣」、領民に「フラれ次期当主」なる綽名までつけられる始末。当代信長が実力至上主義ということで表立っては今までと変わらぬ寵愛を受けている柴田家ではあったが、勿論、当代信長とて今のところは父の顔を立てて何も言わないであろうが胸のうちでは快く思っているはずもない。このままでは勝家の父は織田家中で立場がなかったし、やがて次代へと受け渡される柴田家の家督の先行きがあまりに不透明だ。

だが、勝家は悪びれなかった。
「むちぷり」こそが真理、と固く思い誓っている勝家にとって見れば、真実の愛を追い求めて努める自分はきわめて真面目な武将であり、それを問題にする父のほうが間違っていると心底思っているからだ。


「ふん、武家の跡取りとして今のうちから経験を積むことの何がいかんのじゃ。父上たちの頭が固すぎるだけであろう」
「成功しておられれば、それほどまでに問題にならなかったのでしょうが、百戦百敗では流石にいろいろと……」
「成功に失敗はつきものじゃ、見ておれ、今度こそはむちぷりの女子をものにしてみせる!!」


 まあ、月光とてこうやって話しただけで勝家が改心するなぞと思っていないから、こうやってしのぶにわざわざ屋敷から拉致させた上に縛り付けてまで荒療治を施そうと思っていたのだが、改めて勝家の筋金入りといえる意思の硬さを思い知る。


「………まあ、とにかくそういったことをお困りになられたお父上がこちらにわざわざお依頼に参られたということですよ」
「ふん、忍び風情が拷問でもする気か? 拙者のむちぷりへの思いはそんなもんでは消せはせんぞ!!」
「勝家殿の頑固は知っておりますよ……とにかく、ここまで悪化した持病、正攻法では行かぬというもの」
「持病とは何じゃ、無礼な!」


その声には答えず、はあ、と一つ忍びにしてはやけに人間味を帯びたため息をついて、それでも主君の命には逆らえない月光は先ほどからそばに控えている自分が手塩をかけて作り上げた愛弟子のしのぶに命じることにした。

それにこれは主君の命としてだけの仕事ではない。そろそろからだも出来上がりつつあるしのぶには、忍者としての修行に平行して、そろそろくのいちとしての仕事に身体を慣らさなければならないという事情もある。そういった意味でも、今回の忍務は都合のいい話なのだ。

なにせ、史上最強の忍びに育て上げるとこの月光が決めたのだ。
色事についても最強でなければならない。ましてや、しのぶはくのいちという道を選んだ。選んでしまった。

いままで色吊の術については自らも教えてきたり、横についてアドバイスをしながら枕席での暗殺も教え込んできたが、完全に一人で行わせたことはなかった。で、あれば、せっかくの機会だ。万が一にもしのぶの命に危険はないこの任務で、しのぶがくのいちとしても超一流としてやっていける可能性があるのか見極めるという目的もあるのだ。


「しのぶ。勝家殿に新たな世界のよさについても教えて差し上げろ」
「……………承知」


不服そうな声音で、若干8歳にして伊賀頭領の片腕とまで言われるようになった忍びであるしのぶが、今度はくのいちとして行う初めての忍務「しのぶのドキドキ勝家つるぺた大作戦」が始まった。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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