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ドラゴンに首ったけ24

その24









いきなりであるが、ブラッドは竜である。
七種の血筋の混血ということで、血の力が混ざりすぎているため雄の中でも純血の竜であるマイトなどとは比べ物にならない程度の力しか持たないし、なんか微妙に竜殺しが怖くないとかいう事実もあるが、それでも腐っても竜だ。
人間ごときの攻撃でそうやすやすと倒される筈もないし、寿命も長い。病気や毒にも強力な抵抗力があるし、勿論死ぬような事故にあうことだって少ない。

つまり、めったなことでは死なない。実際今まで一つでも人間なら軽く二、三回死ぬような目に何度かあっているが、見事に生き残っている。

それはかつての世界でも、このあたりの辺境の地でも同じ。
このあたりには強力な魔法使いが多数いるらしいが、それにしたって所詮は人間だ。ブラッドはその誰に対してもなんら命の危機感を覚えずに暢気に生活していた。


そんなブラッドだったが、今このときは本気で命の危険に冷や汗をだらだら流していた。


別に、放っておけば魔力が溜まって溜まって何処かに出さなきゃ破裂して死ぬだとか、毎晩毎晩知らぬうちに学園の精に限界まで搾り取られて男として枯れてしまいそうだとかそんな理由ではない。

目の前では二人の美女が殺気を飛ばしあいながらにらみ合っている。
ただ、それだけだった。








「こっちの巣もなかなかいいところね」
「…………………は?」


ある~日 巣の中~ リュミスさんに~ 出会った~

妙な曲に合わせて現状が脳裏で歌われるのを、ブラッドは確かに聞いた。
今日のブラッドは食後のけだるい午後を戦場跡から部下が拾ってきた官能小説「バタフライ伯爵夫人の優雅な一日」を読んで人間の貴族の性生活に恐れおののいていたのだが、いくらなんでもそこに自分の許婚が来るということは予想の範疇外のことだった。
予想できる筈がない。

というか、ここは別荘の巣のほうである。
何故己の許婚であるリュミスベルンがいるのだろうか? 

限度を超えると竜だろうと人間だろうと現実感が沸かず、冷静になるという話が本当であると、自分の身で実感する。

やばいことは分かっている。
ここについては完全無欠にリュミスに無断でやっていたのだ。
余計なことに手を出している暇があれば、きちんと巣を運営しろ、というのはブラッド自身にも分かるまともな理屈だ。

だからこそ、一刻も早く逃げ出さなければならない、ということはわかっているのだが、いきなりこんな現実離れした光景が出てきたのでそのための方策がまったくもって思いつかなかった。
しかし、リュミスはブラッドの予想通りに激昂することもなく、淡々と問いかける。

愛想がないのはいつものことなので、それほど怒っているようではない。


「それでブラッド……順調なのよね?」
「あ、ああ……ここら辺は田舎なのでいろいろ勝手がわからず戸惑っているが、両方あわせれば順調といっていいだろう」
「そう……よかったわ」


………説明はなかった。
普通にこっちの疑問をスルーして、普通にそのまま会話を続けてくるリュミス。
そりゃ、別荘なんてなにやってんのとか言われていきなり殺されるのは勘弁してほしかったが、だからといってこんな扱いをされても困る、というのがブラッドの正直な感想だった。
というか、彼にとってはまずリュミスがここにいる訳がわからない。


そもそも、何故かつての巣からはあまりに離れきっている場所にある別荘のここに来れたんだろうか、という根本的な疑問があるのだ。

ここは財宝を稼ぐという意味もあるが、それ以上にリュミスから隠れるための巣として作ったにもかかわらず、ここまでアッサリと補足されるようでは意味がまったくないのだが。



リュミスに説明する気はないようなので、リュミスの質問には脊髄反射で答えながらも、目線で近くにいたクーに尋ねてみると即座にブロックサインで返事が返ってくる。

割と付き合いが長いので、そんな意味不明なサインでも結構詳細まで伝わっていた。
えっと、なになに、『ごめんなさい、わたしが連れてきました』……って、おい! どういうことだ、とにらみつけが、それを予想していたのかクーは即座に再びブロックサインを送ってきた。

再び解読する。
『だって、しょうがないじゃないですか! マイト様経由でこっちのことばれちゃってたみたいですし』
(マイトーー!! 何やってんだ!!)
己の親友であり、自分がリュミスを怖がっていることを誰よりも知っているはずの幼馴染に対して内心でありったけの突込みを入れる。





だが、彼とて何も好き好んでやったわけではなかったことは、その彼の現状が誰よりも雄弁に語っていた。


「うう……ブ、ブラッド…すまない」


そのころ、ブラッドの親友でありリュミスの弟でもあるリュベルマイトは、リュミスの尋問により重傷をおっていた。リュミス基準ではそれなりに手加減したつもりでも、彼女に比べれば圧倒的に弱いマイトとしてはぎりぎりいっぱいだったのだ。
ほとんど不死といってもいいはずの純血の竜が瀕死の目にあっているということで、彼の巣にいた従業員の者たちはてんやわんやになっていたりもした。
だが、口を滑らした彼自身の自業自得という面は多大にあるし、本編にはあまり関係のないことなのでほおっておく。




……何か今一瞬、マイトの小宇宙が燃え上がってその後すぐ小さくなって消えたような気配を感じたブラッドだったが、そんなことは現時点における危機を回避する為には何の役にも立ちはしないので、速攻忘れ去ることにした。

とにかく今はリュミスの相手をしなければ、命の危険さえあるのだ。
今この瞬間に自分を殺すつもりはないみたいだ、ということで、改めてじっと目の前の女を眺めてみる。



竜族の中でも落ちこぼれであるブラッドの許婚、リュミスベルン。
親しいものはリュミスと呼び、なぜか彼もそう呼ばされている……昔は様付けを強制されたのが、いつしかそれは許された。
その髪は金糸のごとく、そのかんばせは雪のごとし。形よく膨らんだ胸や、すっと絞られたウエストなど、豪奢な服の上からでも容易に見て取れる完璧なスタイルをしている。美形を取ることの多い竜族の人型の中でも、桁外れの容姿を誇る。
見た目だけなら、完璧な女だ。

いや、力の方も圧倒的だ。
長老クラスでなければ本来使用できない筈の力の部分開放が出来るので、雌竜であるとはいえ人間形態ですら竜状態のブラッドぐらいの戦闘能力を軽く持ち、ひとたび竜の姿をとれば、もはや手もつけられない。三界を見渡したとしても、止められるものなどほぼ皆無だろう。
純血の、しかも竜族最古を誇る古代竜の血を完璧なまで引く、まさに竜族最強の女である。その姿は美しく、その力は凄まじいとくれば、そんな完璧な相手を生涯の伴侶と出来るということで本来婚約者としては喜ぶべきなのかもしれない。




……だがしかし! 
どれほど容姿が優れていようが、ブラッドにとっては恐怖の対象でしかなかった。
というか、幼馴染として長年付き合ってきていたが、ぶっちゃけそういう対象としてみたことは今まで一度もなかった。

幼いころにマイトに紹介されて以来、何が気に入らないのか彼はしょっちゅうリュミスにいびられている。
目が合ったという理由で殴られ、そういう気分だったという理由でいきなり買い物の荷物持ちにされたり、天気が悪いということで訳のわからん注文をされること多々。

半殺しを通り越して全殺しになりかけたことですら、二回ある。
重傷ならば、数え切れないほどだ。


彼とて力を尊ぶ竜の一因だ、当然竜族最強のその力は尊敬しているが、それは寧ろアイドルを見守る男の気持ちに近く、自分のものにしたいというよりもむしろ遠くで悠然と舞うリュミスの姿を見ていたかった。

間違ってもリュミスを残り何万年もの人生の伴侶としたいなどと思ったことはなかったのに。一体どこがどう間違ったのだろうか?
ブラッドには全く見当がつかなかった。


そもそも、リュミスが何で自分と結婚することに同意したのか、という根本的な疑問すら本人に問えていないのだ。

己よりも圧倒的に弱い夫相手であれば強く出れ、好き勝手に結婚後の生活を送れるからだろうか?

だが、その己で出した推察に対してもブラッドは疑問を抱かざるを得ない。
なにせ、男女比1:16という凄まじい人口比率を持つ竜族にとって、女性が一生独身で終わることもまあ喜んで選ばれる選択肢ではないにせよ、ないことではない。
確かにプライドの高いリュミスが独身になることを喜ばないのはわからないでもないが、それでも、何で自分の足元にも及ばん男と結婚しようという気になったのやら。
リュミスの傲慢さと意志の強さと戦闘能力を骨の髄まで叩き込まれているブラッドにしても、自分のような竜と仮にも結婚しようと思ったリュミスの意図が全く理解できない。


当然ながら、相手の意思が見えないことには、覚悟を決めるのも難しかった。
それこそ、もうちょっと財産集めればマイトに言ったみたいに自信を持ってリュミスに挑めるようになるかもしれなかったが、少なくとも今のブラッドには到底不可能なことだった。


そんな様々なことを考えている傍ら、リュミスはいらだたしげにカップに浮いているレモンの輪切りをティースプーンで突っついている。そんなことをしたら余計に味が落ちるだろうに、と思うがリュミスはまるで親の仇のように果肉を睨みつけていた。

ブラッドもそれにせかされるような感じでカップを手に取る。ブラッドは正直は茶の味が殺されるような感じがして果実を入れた紅茶は好きではないのだが、リュミスは割りと好んでいる。そして、リュミスはよく砂糖を入れすぎたり、あるいは入れる順番を間違ったりして失敗する……基本的に、不器用なのだ。
その結果、そのような時はリュミスは躊躇なくブラッドのカップを奪って飲むので、リュミスと会うときは彼自身も同じものにせざるを得ないのだ、ごくり……と飲んだ後、僅かに眉をしかめたあたりで一息入れる。

やはり、この中途半端な果汁の味が混ざっているのが苦手なのだ。
ちなみに彼は、コーヒー党だったりする。


一口飲んだあたりでそんなことを思っていると、なぜかこっちの口元をじっと見つめているリュミスに気付く。

(何だ? 何か俺の作法的におかしいことでもあったのか?)

割とリュミスはそういうことにもうるさいのだ、ということを彼は拳で教えられている。
自分は割と失敗するくせに、と思っても口に出さないのが大人のやり方というものである。
と、そこで彼はいつもと自分が違うことをしでかしてしまったことに気付いた。


(……そ、そういえば、リュミスが口をつける前に俺が飲んだのはこれが始めてかもしれん)


リュミスの前では緊張して、いつもかしこまって一挙一動に怯えていたものだが、巣作りを始めて俺も多少は成長したのかもしれない、などとも思ったが何故それが今出るのだ!という気持ちのほうが当然強い。
このことがリュミスの機嫌を損ねたのだとしたら、下手すれば今度こそ死ぬ。
お互いそれなりに成長しているだけに手加減とか防御方法とかを学んで入るが、彼我の戦力差はそんなものなど気休めにしかならないことは、よくわかっている。


そう思ってびびりながら、それでもこれ以上少しでも刺激しないように、出来る限り丁重に、細心の注意を払ってカップをおくと、今度はそのカップとブラッドの口元を交互に見つめるリュミス。
一体何なのだろう。
そう思っていると、そのカップと自分のカップをさも当然のように何の断りもなく交換した。


その瞬間、リュミスに気取られないようにブラッドは盛大に安堵の息を吐いた。
ああ、要するに自分の紅茶が不味かったのだろう。
以前もあったように、いつものことである。
命の危険ではないようなのでほっとするブラッド。


さすがに他人のカップを奪うことに多少の気恥ずかしさは感じているのか、ほほを染めながらさっき俺が飲んだあたりとほぼ同じところに口をつけるリュミス。
まあ、利き手が同じで同じティーカップを使っているから当たり前なのではあるが。

間接キス、という言葉が頭の中に思い浮かんできたので、あわてて頭を振って取り消す。
クーいわく、どうも考えていることが顔に出やすいらしい。

こんなことを考えていたということがリュミスにばれれば、カップを奪ったということで恥ずかしさを多少感じているであろうリュミスに更なる恥を書かせたということで、おそらく照れ隠しで半殺しにされる……嘘ではない。彼女は照れ隠しで山を一つ消せる。
以前にマイトが似たような目に会わされているのだ。

そのため、ほほを染めながらちびちびと紅茶を飲むリュミスを無言で見守る。


(他人のを奪うのがそんなに恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに)


そんなことを思っていると、リュミスが不意に口を開いた。


「……で?」
「え?」
「え、じゃないでしょ。大体、いつぐらいになりそうなの?」


どうやら、リュミスは結婚はいつなのか、ということを聞いているらしい。だったらそういえよ、とは思ってもそれを表に出すことなぞ口が裂けてもいえやしない。
だから、以前一年と期限を区切ったのはそっちじゃなかったっけ? とは思っていても、口には出せない。
リュミスが何も言い出さないことをいいことにずるずると引き延ばしていたのはこっちなのだから。
たとえ、そもそもあんまりやる気がなかったとはいえ、三十年掛かって出来なかったことを一年でやれという方が無理だと思い知っていても。

まあ、それはリュミスもわかっているから今まで言い出さなかったのかもしれない……竜族全体がわりと時間にルーズなことをさっ引いて考えても、ずいぶん丸くなったな、という感想を持つ。
ひょっとすると、自分が相手とはいえ一応今までいなかった許婚が決まったからか? ということに思い当たると、リュミスのストッパーとしてこれをあてがった長老連中の狙いもある程度的を射たものだったのかもしれないと思う……もっとも、こっちにしてみればいい迷惑だが。

だが、多少温厚になったとしてもリュミスはリュミスだ。こらえ性がないのも彼女の特徴。
なので、大体の目算ぐらいはこっちから出すのも止むをえんだろう。そう思ってブラッドは大体自分の覚悟が出来るであろう……できれば良いなあ、という年数を口に出したが。


「そうだな、大体後十年「何ですって!」ぐえぇ!」


一瞬でテーブルを乗り越えて、瞬時に首もとを締め上げられた。

ミスった!
そう後悔してももはや遅い。

リュミスは一応カップを置く→テーブルを飛び越える→締め上げる、という三行程を費やしている筈なのだが、ブラッドはまるで反応出来なかった。
彼女の三工程のほうが、ブラッドが防御体制をとる、という一工程よりも単純に早かったから生まれた現象である。


さすがは世界最強。このあたりが致命的に俺とリュミスの違うところだな、などとブラッドは考えていたが、それは酸欠状態ゆえに脳に酸素が回っていないために思考が飛んでいるだけで、現状はそんな場合ではなかった。
いくら竜でも、人間状態ではたいした力を振るえないのだから、酸欠でも死ぬ。

そして、人型であるため竜の状態に比べればお互い弱体化しているはずなのに成人男性並の体格を持つブラッド以上にリュミスの力は強い。
マジで命がデンジャーだった。

だが、だからといっていくらなんでも俺はこんなことで死ぬわけにもいかん! と全力で抵抗するブラッド。
いくらリュミス相手とはいえ、お互い人間状態であるならば竜のときよりも相対的な実力差は縮んでいる。全力で暴れることが多少の締め技の軽減になることを感じたブラッドは、必死になって身をよじった。


その甲斐あって……


(もう駄目だ……)


やっぱり無理だった。
いくら実力差が縮んでいるとはいえ、地球から太陽までの距離が地球から月までに変わったぐらいだった。
別に限界を気合だけで突破できるような特別な存在でもないブラッドからすれば、どちらにしたところで抵抗できないほどの差が残っていることは代わりがなかった。

人間形態で殺されたとしても、竜は本当の意味では死ぬことはない
ただ、竜の姿に強制的に戻らされて理性が飛ぶだけだ……と、いうわけでその一歩手前のところあたりまで行ったところで。



「ブラ……さ…を放し……くださ…!!」


なんだか背筋が寒くなるような気配が現れたのと同時に、リュミスの手が離れた。
必死で空気を吸い込むブラッド。咳き込みながらも、とりあえず今命があることに神と太陽と大地のすべてに感謝する。
思わずそんな、普段考えたこともないような範囲にまでアイを感じたブラッドだったが、やがて疑問を感じる。

話される寸前に感じたあの怖気が走るような悪寒と誰かの声は、一体なんだったのだろうか?




(あ~、助かった。それにしても、何で助かったんだ?)




リュミスはいったん頭に血が上るとそう簡単に元には戻らない筈だ、ということをブラッドは嫌というほど知っている……何せ、それで過去にも殺されかかっているのだから。
だからこそ、途中で手を緩めたリュミスに違和感がつのったのだ……ちなみに、彼の命を気遣ってリュミスが放した、という選択肢ははじめから頭の中から消えている。
そんなんだったら竜の癖に二度も命の危険を味わうことなんてなかった。



そう思って地面に崩れ落ちた状態でリュミスを見上げる。
リュミスは基本的にロングスカートを好んで着ているので下着は見えない。
というか、こんな状況では見ようとも思わない。
ただ、ちらと見えた顔を見ると、ものすごい険しくなって一点を見つめている。

どうしたんだ、と声をかける前にとりあえず何があるのか、とその方向を見ると……どう考えてもこの現状では最悪の人物がそこには立っていた。


「どうしてそんなひどいことをするんですか!」


入り口に近いそこでは向こうの竜の巣にいるはずのブラッドの生贄というか、愛人である獣人の少女、ユメ=サイオンがリュミスに向かって武器を突きつけていた。
彼女は竜殺し、という一族の末裔だ。ブラッド自身には混血のせいもあってほとんど効果がないその血統も、純血の竜であるリュミスとの相性は最悪だった。

だが、事はそれだけでは終わらなかった。
彼女が持っているものも、これまた彼女自身に負けず劣らず最悪である。

それは武器だった。
だが、ただの武器であればいかなる武具をも歯牙にかけない実力を持つリュミスの前に持ち出したとしても何の影響もない。
だが、その武器だけは駄目だった…………そう、竜殺しの剣である。

取り上げた筈の竜族に対して絶大なる効果を誇る殺戮武器を、竜殺しの一族の血を持つユメが再び持っていることに、その剣の管理をしているはずのクーに反射的に目線をやるが、そのクーもなぜか手に魔力を集めた状態でこちらを……いや、リュミスをにらみつけている。


……………


(おーい、クーさん。いったいどうしたんですか?)



先ほどまでブラッドの隣で控えていたので扉の近くではなくむしろ部屋の奥におり、今もリュミスをはさんでユメと対角線上にいるため、ユメを警戒しているリュミスは気付いていないようだが、一体全体己の忠実な執事はどうしてしまったというのだろうか。


「お前は……竜殺し。わたしに向かってその剣を向けることの意味、わかっているんでしょうね」


だが、ブラッドがそっちに視線をやっている間に当初の驚きから来る硬直から解けたのか、リュミスが憎憎しげにユメに向かって言葉を吐いたため、クーに対する疑問を一時棚上げしてとりあえず恐る恐るそっちを見つめる。
なんというか、気分は舞台上で突如始まったアドリブに取り残されている役者だった。

だが、そんな彼のことなぞ誰も気にもせずに、にらみ合う二人の会話は続いていった。
だが、状況は彼をそんな傍観者のままではいさせてはくれなかった。


「武器を向けていることに対しては、お詫びします。でも、ブラッドさんを傷つける人は許しません!!」
「よく言ったわ、お前!!」

(ま、まずい。本格的にリュミスが切れた! ユメもやりあう気だ)


いくらリュミスといえど、竜殺しの一族の血と、竜殺しの剣を持つユメの前にはその能力の大部分を封じられる。ユメは七種類という混血極まりないブラッドに対してすら、力の一部であるブレスを吐く能力を封じることができたほどだ。
純血の竜である―――しかも竜としての力の部分開放をしなければその外見どおりの力しか発揮できない人間状態を取っている今の―――リュミスが、こんな狭い場所でユメに勝てる筈がない。
そして、それがわかっていてもリュミスはそのもっとも竜らしい誇りにかけて引けないのだろう、と幼馴染であるブラッドは理解する。

リュミスにとって、敵、とはすなわち自分の前で震えて怯えるだけのものでしかなかった。そんな絶対者が、自らに挑んできた相手に対して尻尾を巻いて引き下がることなど取れるはずがない。

脳裏で一瞬のうちに考察を終え、それを理解した瞬間、ブラッドは何故か飛び出していた。その理由が体の末端に染み込んでいく前に反射的にすでに行動にうつっていたことには、誰もが―――それこそ彼本人すらも驚いた。


「ユメ、下がれ!」
「ブラッド……」
「ブラッドさん、どうして」


二人が本格的に殺し合いを始める気配を感じ取ったブラッドは、反射的に後ろからリュミスを抱きしめながらきつい口調でユメに命ずる。
後で考えてみればよくこんなことが出来たものだと自分の事ながらぞっと背筋を凍らせたりもしたが、このときはとにかく二人を止めなければと必死だったのだ。


とりあえずいきなり攻撃に移りかねないリュミスの動きを出来る限り封じながら、普段の関係からして自分の言うことを聞くであろうユメの方をこの場から遠ざける。リュミスを抱きしめながらユメに命令するブラッドの姿は傍から見るとかなり滑稽なものであったが、これしか方法が思いつかなかったのだし、この現状を心の底からどうにかしたかったから仕方ない。

その両者に対する感情は違うかもしれないが、二人が争うのはいやだったのだから。


ユメとリュミスがぶつかり合えば、おそらく最終的にはユメが勝利するだろう。
何せ竜殺しだ。人と混じる前の竜族すらもほとんど皆殺しにした一族が相手では、いかにリュミスといえど―――否、リュミスだからこそ勝ち目はない。

が、その過程でほぼ確実にユメも重傷を負うだろう。
力が封じられていようが、例え非力な人間形態であろうが、リュミスならば確実にそうする、ということがブラッドにはわかった。
それは彼にとって、信頼でも、妄信でもないただの事実だった。

勝者となるであろうユメ自身のためにも、それは避けたい。


そのため、彼の身を案じて行動したユメに対して、ブラッドは命令してまでその行動を縛った。自分が強く言えば、俺の可愛いユメが俺の言うことを聞かないはずはない、という確信を持って。


「いいから下がれ、命令だぞ!」
「っ!! ……………わかりました。失礼します」


それにより、ユメは止まった。
一瞬泣きそうな瞳をこちらに見せながらも、彼の命令に従って剣を納め、とぼとぼと扉から出て行く。その背は、悲しみに満ちていた。
だが、メイドの一人がそれに付き添っていたため、これ以上軽率な行動には出ないだろう。

とにかく、嵐の一因は去ったのだ。


そう考えながらもブラッドは、腕の中のもう一人の嵐の一因を見る。
爆弾でも覗き込むかのようにこわごわとなっていた彼を誰が責められるだろうか。
何せリュミスは自分のやることを邪魔されるのが一番嫌いなのだから。

今から―――それが実現可能かどうかはさておき彼女の中ではもはや確定していた未来である―――ユメを処刑しようという意思に満ちていたリュミスの行動を、自分が邪魔したのは事実だ。
今までの傾向から言って、自分が無事でいられるはずがない。


だが、肩辺りから覗き込んだリュミスの顔は、なぜかあっけに取られたような表情をしてこちらを見つめていた。
その瞳の中には驚愕はあってももはやユメに対する怒りなんてものは読み取れなかった。

そんなにユメが自分に従ったことがおかしかったのだろうか、といった見当はずれのことを思っていた彼だったが、どうやら最悪の事態は免れたようだと安堵の息を吐く。

勿論、リュミスの行動を邪魔したことには変わりがないので無傷で済むとは思っていない。
だが、とにかく先ほどの殺気は霧散しているので、後はリュミスの行動を妨害したということで自分が殴られれば済む話だ、ということはブラッドには分かった。

覚悟を決めて、リュミスの前に回していた腕を解く俺。
多分、この後ものすごく痛い一撃がくるとわかっていたが、全力で防御すれば少なくとも死にはすまい―――死なないといいな、と思う。

多分地獄の苦しみだろうが、それでもユメが傷ついたり、この巣を二人の戦いで荒されるよりもだいぶんましだ、と覚悟を決める。
最近は割りと街からの略奪がうまくいっているとはいえ、やっぱりまだまだ修繕費が有り余っているとまではいえないことだし、それが一番被害が少ない。

そのため、リュミスの目を見るのをやめてそっと目を閉じて覚悟を決めるが、彼に襲い掛かってきたのは予想外のリュミスの言葉だった。


「ブラッド、帰るわ」
「………え?」


何で? 

なにやら訳のわからん結論に達したのか、目を開けて恐る恐る見たリュミスはなぜか最早怒りのかけらも見せておらず、上機嫌になっていた。

ブラッドにはまったく訳がわからなかった。


(なぜリュミスは行動を邪魔した俺や、身の程知らずにも自分に喧嘩を売ったユメに対して怒りをあらわにしていないんだ?) 


ユメに対する怒りが自分に対するものと摩り替わった、と言うのであれば分からないでもないが、何故に上機嫌なのか?

そんな疑問が消えない。
リュミスの性格なら十中八九こちらにとばっちりが来ると思ったのだが、まさか自らの推測が外れるとは。
こんなことは今までなかっただけに、どつかれるよりも怯えるブラッド。

だが、彼女の機嫌は扉をくぐって出て行くまでも全く変わらなかった。


「それじゃあね、お茶、ご馳走様」
「……あ、ああ。また来てくれ」
「気が向いたらね」


こうして、第二の嵐の遠因も自ら去っていった。彼にはよくわからない理由で。
一体どうしたというのだろうか? 
まあ、猶予が出来たと思って喜んでおくか……そう思いながら彼は次リュミスが来たときに上手いいことなだめられるような理由を考えておくことを誓った。





一人になって冷静さを取り戻したブラッドは、そういえば自分は何故リュミスを庇ったのだろう、と思い返してみた。
気絶するほど衝撃だった、許婚の変更という話を聞いたとき、リュミスと結婚するなんて絶対にごめんだ、と自分は思っていたはずだ。
ユメにリュミスが敗れれば、それは確実にかなった筈である。

ユメもリュミスを殺そうとまでは思っていなかったであろうが、例え殺されなかったとしてもあのプライドの高いリュミスのことだ。
敗北したとすれば復讐なんて下種なことを考えるとも思えない。
ただ、ユメの「持ち主」である自分に二度と会いにこようとはしないだけだろう。

そして、あの時ユメが負ける可能性がほとんどなかった以上、自分はあの場で放置しておけば自動的にリュミスと婚約を解消できた筈だ。
ならば何故、自分はそうしようと思わなかったのだろう。


じっくりと原因を考えると、ようやくその理由に思い当たった。

結局何より自分自身が、リュミスが誰かに敗れるなど絶対に嫌だったということなのだろうという結論に。


自身には無い力の象徴として憧れていたリュミスベルンは、傲慢で、弱者の気持ちなどまったく思いやれない……そして何より敗北を知らない絶対者であってほしかったのだろう。
自分自身が、ユメに敗れる「最強の竜」の姿を見たくなかったのだろうと。


だからこそ、己の身を気遣ってくれた従者であるユメには悪いことをしてしまった、とも思うがそれは彼にとってまだリュミスの敗北よりも取り返しのつくことだ。
だから、今からじっくりわびればいいことだ、と思う。

すっかり冷めてしまったが、このリュミスのものだった紅茶を飲み終えたらユメを探しに行こう。
少し激しめな礼と侘びをするために。


そう思うことでブラッドは今回の件の終了とした。
こうして、ハルケギニア世界での巣作りで最大の脅威であったリュミスベルンから、「別荘作りに対して」は暗黙の了解を取り付けたブラッドだった。




「ふふふ、ブラッドに抱きしめてもらっちゃった。あの女はむかつくけど、そのことだけは感謝してあげてもいいわね」
「……ブラッドさん、どうして、どうしてなんですか。そんなに……そんなにあの人がいいんですか? あの人さえいなければいいんじゃないんですか?」
「御主人様の……馬鹿」
「そういえば、期間に関しては何一つ問題が解決していないような気が……」


いろんな禍根と想いを後に残しながらも。

ピキーン

ブラッド のステータスが更新されました。
(ブラッドの) 恐怖 が一気に 387 上がった が すぐに 313 下がった。


その25へ

Comment

石→意志?

誤字報告

髪と太陽と大地のすべてに感謝する。
→神と太陽と大地のすべてに感謝する。

では?
非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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