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ドラゴンに首ったけ21

その21












「このたびは私の願いを聞き届けてくださり、誠にありがとうございます」
「ああ、ルイズ、ルイズ……ご両親のことはずいぶん衝撃だったでしょう。ごめんなさい、わたくしの力不足のせいで守ってあげられなくて」
「いいえ……すべては私の不徳が招いたことです。父と母もわかってくれております。どうか、お気遣いくださらないでください」
「ルイズ……そうね、責任云々なんて堅い話は無しにしましょう。今はせっかくの久しぶりの友としての再会をお互い喜びましょう」



王宮の一室。政務の連続でうんざりしていたアンリエッタは、引きこもるのを止めたルイズが自分への個人的な面会を希望していると聞いて一も二も無く承諾し、よろこんで自分の私室にルイズを招きいれた。
ここ連日壊滅した竜討伐軍の後処理に追われていた彼女にとって、久々に元気そうな姿を見せた親友との再会は実にいい気晴らしだった。

そのため、両親を王命によってついこの間まで幽閉させていた申し訳なさを含んではいるものの、基本的には喜びによる笑顔でルイズを迎え入れたのだが、そのルイズの表情はとても笑顔といえるようなものではないまじめな顔であったことに、アンリエッタは疑問を抱いた。
その疑問を裏付けるかのように、ルイズはまじめな表情のまま発言する。



「いいえ、姫さま」
「ルイズ?」
「今回こうしてお目通りを願ったのは非常に失礼かつ無礼なことかと思いますが、幼馴染ゆえの甘えということで一度だけ臣下の礼を超えたお願いをさせていただきたいのです」
「……かなえるとまでは約束できませんが、聞きましょう」



ルイズの声にアンリエッタも顔を引き締める。いきなり何を言い出すのだ、と思ったのは否定できない。
寵臣が好き勝手に振舞ったことで王宮が乱れたことがあることぐらいはこの温室育ちの姫でも一応知っている。そのため、こうまで直接的に強請られては、アンリエッタの顔が強張るのも避けられなかった。今まで親友だと思っていた幼馴染が、突如王宮の俗物と同じようなことを言い出したことに内心失望を感じながらも、ルイズはそんな人間ではないと否定したい思いをそのまま声に乗せてアンリエッタは答えた。
だが、ルイズが願ったことはアンリエッタが予想していたこれ以上ヴァリエール公爵家の責任を問わないでくれでも、竜を召喚してしまった自分の責任問題をどうか助けてくれ、などというものではなく、実に不可解なものだった。



「姫さまが今お持ちのその蒼色のルビーの指輪と、トリステイン王家に伝わる古文書、始祖の祈祷書を私にお見せいただけないでしょうか?」
「……? それは簡単とまでは言わないものの、難しいことではないですが。いったい何を考えているのです、ルイズ?」
「一つの確信を得たいのですわ、姫さま。私が本当に“ゼロ”のルイズなのか」



王家に伝わる秘宝とはいえ、あくまで嫁入り前の姫に普段の装飾品として渡されるような王家としては価値の低い指輪と、国宝とはされているものの本物かどうかも怪しい中身は真っ白な書物を見せてほしいといわれ、アンリエッタは面食らった。

どちらも売ればそれなりの価値になるだろうが、あくまでそれなりにだ。公爵家の令嬢であるルイズにとってはさして珍しいというほどのものではないはずである。わざわざ幼馴染として、などと不興を買うような前置きをしなくても自分とルイズの関係であればすぐにでも見せるようなものを何故このような手段で今、などという疑問が湧き上がってくるのはとめられない。
ただ、自分の友人であるルイズが幼いころからろくに魔法を使えず、ゼロのルイズと呼ばれていることにコンプレックスを抱いていたことを知っていたアンリエッタは、それを自ら言い出したルイズに何か深いわけがあるのだろう、とその願いを聞き入れることを約束した。



「わかりました……誰かある」
「お呼びでしょうか?」
「ええ、始祖の祈祷書の持ち出し許可を母に求めたあと、こちらに持ってきなさい」
「かしこまりました」



そういって、すらすらと一筆書いて判を押し、自らに仕える従者に念のため大后である母の許可を得るよういって取りに行かせる。大事ではあるもののある歴史では単なる魔法学校の校長である老オスマンに預けられるほど、それほど厳重というわけではなく結構いい加減に扱われていた国宝であるため、本当はアンリエッタの権限だけでも取ってこさせることは出来るのであるが、ここまで公爵家の息女であるルイズが丁寧に言うということは自分の知らない何かがあるのかと思い、一応念のために母の許可を得る指示を出した。

それを聞いてルイズは丁重すぎるほど深々と頭を下げた。



「姫さま、ありがとうございます」
「いいえ。あなたは意味の無いことを行うような者ではないでしょうから。それよりも愚痴を聞いて頂戴、わたくしの一番のお友達」
「ええ、わたしでよろしければいくらでも」



それを受けたアンリエッタは笑って流し、ルイズにいたずらっぽく語りかける。それを受けたルイズも若き王女の気遣いに感謝し、一時的にではあるが頭の中にこびりついた使い魔の言葉を振り払い、アンリエッタとの会話を楽しもうと努力した。



『お前は、虚無の使い手なんだ。ルイズ』



その自らの脳裏で繰り返される呪いのごとき声を一時的にでも忘れるには多大な努力を要したが。









同時刻 ヴァリエール公爵家にて。



『なあ相棒』
「何だ、相棒?」



「自分用に与えられた」ヴァリエール公爵家内の一室で、ねっころがったままぼけーっとしていたサイトに、鞘から抜かれた抜き身の状態で放置されているインテリジェンスソードであるデルフリンガーが声をかける。サイトに従ってしばらく無言で付き合っていたデルフだったが、鞘に収められている間は一切話せない反動か、もともとおしゃべりなこともあって、ついには無言に耐え切れなくなったようだ。

その声にうつろな声でサイトが答える。
とにもかくにも反応が返ってきたことにひとまず安心したデルフは、サイトを刺激しないように、しかしこらえきれずに己の疑問を吐き出した。



『どうなってんのかねー』
「……どうなっているんだろうな」
『そもそも最初っからあの嬢ちゃんが召喚したのは相棒じゃねーって話しだし、アルビオン王国もまだ滅亡してねえらしい。レコンキスタなんてトリステインじゃまだ影も形もねえようじゃねえか』
「ああ……」



その声を聞きながら、自分はあの時、数万の大群と一人で戦っていた筈だとサイトも自問する。
記憶に残る限り、自分はデルフだけを友として、主も友人たちもすべて捨て去り修羅のごとく人を殺していたのだ。肉を裂く感触、血潮の熱さに鉄と鉄のぶつかり合う匂い。飛び交う魔法の矢の音に戦場の空気の焼け焦げた味まですべて鮮明に覚えている。

そして、あの戦場の前では不殺の覚悟など何の役にも立たなかった。
遮二無二の突撃の中、剣に引っかかった柔らかいものを振り払おうと、反射的に振るったデルフが一人の命を刈り取ったのは偶然だった。

だが、二度目からは必然、故意からだ。
あのときには、最早殺人はいけないことだ、だが殺そう、と思う前に殺していた。
一人、二人殺した後はもう、雪崩式のように傷つけ、傷つけられ、殺し、殺された。一人殺したら犯罪者、百人殺したら英雄という格言の英雄の方を地で行っていたのだ。
そもそも、現実の戦場で相手の命を気遣うことなど、戦力が勝っている方しか出来ないのだ、ということをいまさらながらにサイトは痛感した。

そして、ルイズとは今生の別れを済ませたつもりだったから、ここで自らも終わるつもりだったから、自分の体が魔法によって割かれていく痛みも、今まで平和に暮らしていたごくごく普通の倫理観を持つ高校生が、無造作に自らの手で直接人を殺すという狂気にも耐えられた。

サイトはあの時、単にその場のテンションに任せて死ぬつもりだった。中学生ぐらいの少年にはよくある英雄願望という奴である。
端的に言ってみれば、「ルイズのために死ぬ俺って格好いい!」と、自分に酔っていた。それがルイズのことをどれほど傷つけるのか、その結果としてルイズがどうなるのか、ということをまったく考えもせずに。


生き残ってみて、ようやく自分がどんなに馬鹿なことをしていたのか、という恐怖に震えはしたが、それでもあれは確実に現実だったという確信があった。
それが、目を覚ましてみれば、なぜかルイズの屋敷。目の前には今生の別れと覚悟した筈の少女があっさりと座っていた。はっきり行って、わけがわからないにもほどがあった。

それに……



『大体、あの嬢ちゃん、俺んこともさっぱり覚えてねえし、相棒のことだってそうだ』
「…………」



まあ、いろいろ複雑な感情はあるものの、それでもルイズが「この馬鹿犬」、見たいな態度で接してきたならサイトもこれほどまでに戸惑わなかったであろう。なにせルイズに再び会えたこと事態は素直にうれしいのだ。
だが、自分が目を覚ましたときにそばにいたルイズの放った言葉。これが未だにサイトの胸に突き刺さっていた。



『はじめまして。わたしの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールというの。いきなりで悪いけど、わたしの使い魔になってもらったわ、本当にごめんなさい……それで、あなたのお名前を教えてもらえるかしら』



はじめまして。
ごめんなさい。
あなた。

よくてサイト、悪ければ犬や馬鹿犬と呼ばれることが普通であったサイトにとって、ルイズが自分に対してあなた、なんて呼びかけをして、さらに謝るなんて衝撃以外の何者ではなかった。
そもそも、何でいまさら自己紹介?

だが、そんなサイトを置いてきぼりにするようにルイズはまるでサイトを、初対面の人間のように扱った。訳がわからず問い詰めても、いまいち要領を得ない。

そして、ぷちアキバ系のオタクだったサイトが、異世界から召喚され、ガンダールヴのルーンを得ていろいろとすれ違いはありながらもルイズと育んできた思い出がすべてないということがルイズの口から語られた。その時点で、ある意味地球で一番空想の世界に近い国、日本の住人だったサイトには現状を語るのに最もふさわしい言葉が思いついていた。


すなわち、自分はかつての世界とよく似た、よくある陳腐な話の中でのように平行世界に来てしまったのだ、ということをサイトは誰に言われないでも理解した。以前にも同じような常識はずれのことが起こったのだから。



これがまだ日本にいたころならば、混乱しながらも受け入れたのかもしれない。なんといっても、勉強もスポーツもとりえのない男子中高生などが妄想することといえば、異世界に言って大活躍して、もてもてにならないかな~などというものであるのは間違いない。
事実、サイトはそれによってあっさりと日本からハルケギニアへの異世界召喚に順応していった。

だが、今回は違う。勉強もスポーツもできてかわいい彼女もいる少年がそんな妄想しないように、ある意味サイトは今まででも十分モテモテ大活躍ワールドにいた。命が助かったことは嬉しいが、だからといってそう簡単に喜べる筈がないだろう。



そして何より、それなりに戦力を削ったとは思うが、それでもなお残る数万の大群があちらのルイズの身に未だ迫っているはずなのだ。
サイトは、あちらの世界に残して来たルイズたちが心配だったのだ。

彼女たちとの、意図せぬ別れ。それは、死に切れなかったサイトにとって思ってもみないほどの重みを生じさせた。



しかも、こっちの世界のルイズのあの目。何の高慢さも無い、それどころかわずかながらの怯えを含んだ、知らない男を見る目。それが何よりサイトを傷つけた。
そうあの、見知らぬ他人を見る目にサイトは深く傷ついていたのだ。

ガンダールヴとはいえ、精神構造はごくごく普通の小市民であるサイトにとっては、自分の代わりに進級試験でルイズに召喚された竜が街を襲っていると聞いても、そんなことよりもルイズの変わりっぷりの方が大事だった。このルイズは自分の知っているルイズではない、という事実は、かつての世界における故郷への回帰願望より強い想いとなって、サイトに襲い掛かってくることとなった。



(帰りてえな……ルイズ……泣いてないかな)



正直言って、昨晩自分の知るありったけの事実を語ったとき、真っ白な顔をしていた少女を自分の主であるルイズとしてみることは、少なくとも今のこのベッドの上にねっころがっているサイトには出来なかった。









ルイズが自分なりに竜と戦う手段を模索していたそのころ、父であるヴァリエール公爵も戦場にいた。もっとも、剣と魔法によって命を奪い合う合戦場ではなく、言葉と権力と金によって何人もの生死を分ける議場、という場所でだったが。
多くの貴族が集まっているその場所において、公爵は何人もの貴族によって責め立てられていた。



「公爵殿。いったい今回の責任はどう取られるおつもりですかな?」
「責任、とは?」
「ヴァリエール家のご令嬢の使い魔によって今のトリステイン王国が危機にさらされておるのだぞ! それに加えて、あなたのいい加減な報告のせいでいったい何人の貴族が戦場に散ったと思われておるのだ!」
「左様。いくら王家に連なる高貴なる血のお方とはいえ、これはとんでもない王家への反逆ですぞ!!」



今回の竜討伐に参加したものも、それには加わっていなかったもののヴァリエール家のことを快く思っていなかったもの、目の上のたんこぶと思っていたものなどが、一致団結して公爵を攻め立てるが、公爵は涼しい顔である。
いっそふてぶてしいまでに開き直りが見えるその顔は、さすがは何十年にも渡って王国有数の大貴族をやっているだけはある。舌戦、論法などお手の物、という自信が見られた。



「これはおかしなことをおっしゃられる。わたしに責任があるとは」
「なんとおっしゃる!!」
「そもそもあの竜を進級試験との名目でわが娘に呼び出させたのは学園長ことオスマン老、ひいてはそれを任命したバクソン卿によるものでは無かったですかな」



まずは小手調べ、と今回の竜討伐には参加していなかったものの、鼻息荒い主戦派ともいえる伯爵に水を向ける。教育系統の人事に対しては絶大な影響力を持つその貴族は、一瞬殺意をこめてにらみつけるが、それに堪えた様子もなく涼しい顔をしてあまりに大胆な開き直りを続ける公爵に怒りもあらわに怒鳴りかける。



「なんだと! 責任逃れをなさるおつもりか」
「これは異なことを。なんでも使い魔召喚を進級試験になさるということはバクソン卿が特に進められたとか。なるほど、卿の家柄は代々すばらしい使い魔を召喚されておられる。だが、だからといってあのような危険な生物を呼び出す魔法を、進級試験を盾に全生徒に強制なさるとは。自らの家門の名声を高めるためにやったことと思われても仕方が無いことでは……」



微妙に論理のすり替えも含みながら、暗に「自分ちの使い魔がたまたまよかったから、それを自慢したいがためにやったんじゃねえ?」といわれて、伯爵の顔が真っ赤に染まる。そういった思いがあったことは誰よりも伯爵自身が知っていたがために、図星を指された怒りでさらに頭に血を上らせる。



「我がバクソン家を侮辱なさるか!! あのような竜が呼び出されるなど予想しておれば、誰がおこなわせるもの「その通り。誰にも予測できないでしょう。よって、わが娘にもその咎は無い筈である」……!!」
「そもそも、使い魔に対する管理責任は娘には当てはまりませんな。契約が結ばれていない状態でその使い魔候補が悪さをしたというのであれば、責任は生徒ではなくそれの監督を行っていた教師、ひいてはそれを任命したものにあるというもの」



そして、興奮のあまり思わずこぼしてしまった言葉尻を捕らえられ、思わず言葉に詰まる。しまった、と思ったのであろうがいまさら言葉の矢は返ってこない。圧倒的に有利な立場であることに安心して、公爵家の令嬢の特殊性についての情報収集を後回しにしたため、「ゼロのルイズだからそんなことが起こったのだ」という反論はどうやら思案の外にあったらしい。そのためとっさのその一言が出てこない。
次にそういわれた場合の対処方法を脳裏で考えていた公爵だったが、反論の言葉を必死で考えながらも出てこない伯爵に痺れを切らしたのか、一人の老齢の貴族が続いて公爵を問い詰めてくるのを聞いて体の向きを変えた。
それもある意味好都合な展開だったからだ。



「ならば、此度の敗戦の原因は大部分が情報不足によるものだった!! 意図的に隠蔽されたとしか思えないではないか」
「クラリック卿、御年に触りますぞ」
「っ!!」



どうやら伯爵に追及を続けさせても責任の所在をむりやり伯爵の方に行くように会話の流れをコントロールされるとわかったのか、辺境貴族の取りまとめ役であった老人が語気を強めて公爵を問い詰めるが、公爵は笑って取り合わない。
この老人を引きずり出すことこそがそもそもの目的だったのだ。先の竜討伐を決定した会議において主導的な役割を果たして嬉々として戦場に向かったのがこの一族だ、ということを聞き及んでいたためだ。
落ち着いた様子で一度儀式的な謝罪を投げかけただけで、今度はそちらに追及の手を伸ばした。



「失礼。ですが、わたしが査問会に召喚されて説明を求められたとき、まだ途中にもかかわらず強引に打ち切られたのは、クラリック卿ご自身ではなかったかな?」
「左様。そのような記述が議会録には確かに見られますな」
「思うに、南方に多くの領土を持たれるクラリック卿にはずいぶん不都合なお話であったようですな、今までの王家からの討伐令を無視した貴族がおるのではないか、というヴァリエール卿のそのときの発言は」
「な……っ!!」



公爵の一声で、一斉に戦場に向かった貴族たちの厳しい目がクラリック侯爵に向けられる。それに追従するかのように今回の戦闘で被害を受けていなかった(=ブラッドとの戦いに参加していない)貴族たちが発言するのを聞いて、侯爵は顔を青くする。公爵の持っていた情報を伯爵がわざと出させなかったがために何人もの将兵が死んだということにされれば、他の戦場に向かった貴族たちの心象を損ねることになるのは間違いない。
要するに、彼らは今回の敗戦は公爵の情報を告げさせなかった侯爵に責任がある、と押し付けるつもりなのだということが、彼自身も長年そういった貴族の謀を用いていた身であるクラリック侯爵にはわかった。

それと同時に自身が確かにそういって査問会を打ち切ったことと、手柄を得るために強引に他の貴族たちを押しのけたため、結構な数の貴族から恨みを買っていたことを思い出したのだろう。
改めて、この会議を討伐失敗がわかった時点ですぐに開くべきだったと歯噛みするが、もはやどうにもならない。

討伐失敗の情報が王宮に回ってきた時点で、非常事態ということでヴァリエール公爵家への謹慎は解かれていた。それにもかかわらず、一族の当主の死亡などによって討伐戦に参加した大多数の貴族が多大なダメージをうけたとはいえ、新たな当主の選抜などに時間をかけてしまったがために公爵に数日の猶予を与えてしまった。
その数日間でヴァリエール家はその政治力のすべてを使って、公爵に対しても快くは思っていないが、それ以上に自分を恨んでいる貴族を公爵が自陣営に引き込んだのだ、ということをようやく理解して、力なく座り込む。

餌はおそらく、敗戦派の領地。
王女の信任も厚く、領民にも愛されていると近隣でも噂のヴァリエール領。伝統という強大な力を持つヴァリエール公爵家の持つ領地を皆で分けるよりも、敗戦の責任を問うて彼らの領土を分け合う方が得だと公爵が誘導したのだろう。事実、公爵領をすべて分け合ったとしてもそう大した面積になるわけではない。
敗戦派すべての領土を分け合った方がよほどのうまみになる。

ここでこれ以上の発言を続けては、さらに悲観的な立場に追い込まれることとなる。そう感じて黙り込んだクラリック侯爵に公爵は容赦なく追い討ちをかける。
もはや、議会は公爵の独擅場と化していた。



「そもそも、娘を助けるための独断専行を咎められていた身でありながら、もっと竜について調べてこいとおっしゃられるのも随分な矛盾をはらんだお話ですな。本来戦場での斥候は先鋒を申し付かったものの役目となるのが慣例でしょうに」
「そ、それは……」



侯爵にたいする攻撃と並んで、先鋒とされた父が戦場において死亡した上に次期当主とされていた兄たちまでそれに巻き込まれたために当主レースで子爵の座が転がり込んできた若き貴族にも水が向けられるが、さすがにまだ二十代のそのものが公爵の出す大貴族のプレッシャーに耐えられるはずも無かった。
思わず気おされて、反論の言葉すら出ない。
それを確認してこの子爵はもはや自分の敵ではないと確信したのか、公爵は口調を緩めてその青年に語りかけ、議場を見渡しながら次の言葉を出した。



「無論、あのような常識はずれな相手にモントン卿……失礼。今は亡きモントン卿のお父上が調べられた範囲では理解できなかったとしてもそれを責めるつもりなどはありませんが。何せ戦場を逃げ出したような貴族すらおる状態ですからな。最後まで責任をまっとうしようとされたお父上の名誉を汚すようなことを望むものなどおりますまいて」



言葉こそは前モントン子爵を褒めるその言葉に含まれた、その痛烈な皮肉に何人もの貴族が出端をくじかれる。
あの状態では逃げるしかなかったではないか、という言葉は貴族にとっては所詮負け犬の遠吠え。この討伐遠征に参加しなかった大多数の貴族がヴァリエール公爵に篭絡された会議場の雰囲気ではもはや自分たちが何を言っても聞き入れられることはない、ということがようやく大多数の戦争参加者、敗北者たちの脳に染み込んでいったのだ。



「公爵のおっしゃるとおりですな……ただ、どのような相手に対してであろうと、あれほど大きな言葉を吐いておきながら敗北した以上は、その責任を取っていただきたいというもの」
「左様。相手の力量も測れずに挑み、多数の被害を出した責任は、戦場より逃げ帰ってきた臆病者によって取られねば。陛下にも殿下にも申し訳が立たないというもの」
「敵前逃亡なぞとトリステイン貴族の誇りを汚したも同然ですしな」



打ちひしがれた彼らに追い討ちをかけるように、王宮に残っていた貴族―――オスマンの言う王宮に巣食う愚か者ども―――がさらに声を高くして彼らの責任を追及する。

なんといってもトリステイン貴族に求められるのはゲルマニアのような財を成すことでも、ロマリアのように優れた宗教家となることでもない。魔法の実力と、それによる勝利、ただそれだけだ。
そのことが家柄、血筋という形で証明されているからこそ、彼らは税を受け取れる特権的地位にいるのだ。敗北した以上はそれを失うこととなるのもこの国の暗黙の了解ではむしろ当然であった。
なにせ、今回の敗戦派もそうして成りあがってきたのだから。


元より戦争というのは武力もそうだが、金と力が必要とされる。
こうして、ブラッドとの戦いに敗北したことによりそのどちらも大きく失った貴族たちは、竜とエルフを倒してその戦果により、今回の原因を作ったヴァリエール公爵領を得ようとしたその目論見とはまったく正反対に、敗北の罪を問われてその自領を公爵との裏取引に応じて協力を約束した遠征に参加しなかった貴族たちに領土を奪われることとなった。
現在竜の存在によって交渉が難航してきたとはいえ、ゲルマニアにアンリエッタが嫁いでしまえばもはやこの国を支えることの出来る血と力がある大貴族はヴァリエール家しかいない、ということを重々承知していたマザリーニの暗黙の了解によって、公爵は完膚なきまでに戦敗派を叩き潰した。
無論ヴァリエール公爵領も多少削られたが、見事責任を戦敗派に押し付けることに成功した公爵の損は、最小限の微々たる物でしかなかった。



客観的に判断すれば、現在トリステイン王国を苦しめている原因として、一番の元凶はブラッド一行であろう。そして、その次がルイズ。それはすべてを俯瞰する立場のものからすれば間違いようのない真実である。
だが、そのことを追求できるものはもはやトリステイン王国にはいなかった。

所詮世の中を回していくのは、魔法の実力や貴族の誇りなどといった不確かなものではなく、金と権力だということである。


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Comment

No title

あれ?
才人って高校生じゃ?

……伏線か

あれ?

ブラッドが死んでもないのに、何故に再召喚?
だったらメイジは何匹も呼び放題ですね。
最低限の設定を無視するなら、クロスの意味ないじゃないですか、やだー!

No title

> ブラッドが死んでもないのに、何故に再召喚?
契約した相手にはルーンが刻まれて結びつきが出来るわけですが、ブラッドは無効化してしまっていますので、使い魔になっていません。つまり、サモンサーヴァントは成立していないので、設定無視にはなっていないと思います。
突っ込み入れるならもうちょっと読んでからにしませんか?

No title

死なない限り同じ奴を召喚するんじゃなかったっけ?
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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