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ドラゴンに首ったけ18

その18












「…………なんだい、こりゃ?」


土くれのフーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータが久々にアルビオンにあるテファの隠宅に訪れたときに、一番最初にはなった言葉がそれだった。
彼女はあまりに破壊の杖奪取作戦がうまくいかないことと、最近竜に関する情報の整理ばかりをやらされて宝物庫の障壁を破る方法を探すことが出来ないため、一時休憩としていつもの仕送り先であるテファの隠宅に訪れてみようと思って来たのだ。本来の歴史であれば知る筈であった宝物庫の弱点が、色仕掛けを仕掛ける対象があまりに竜の研究に熱心すぎて接触できていないことから得られていないがために起こったことだった。
まあ、どのみち学園にルイズがいない以上襲撃が成功する可能性は限りなく低いのだが。

彼女が妹のように思っているティファニアは、マチルダが知る限りでは自分のことを恐れない子供たちと複数で暮らしている。そのため、ここにはいつ来ても人の声が絶えるということは無かったのであるが……今日に限って何の物音もしない。
すわ、テファの身に何かあったのかと思ってあわてて家の中に飛び込んだマチルダだったが、室内には激しい抵抗の後も強盗に入られたような荒れっぷりも無かった。

いったいどういうことだ、と思って部屋を見回すと、一通の手紙があった。
テファが前に出かけるときは手紙をおいておくね、といっていたのを思い出し、なんだい、心配させてくれちゃってと思ったマチルダだったが、こちらもいつ来るかということは伝えていないため文句は言えないか、とため息一つを吐いただけで手紙を乱暴に開封する。
どうせあのテファのことだ。みんなとピクニックに行ってきます、見たいな内容だと思ったのだが…………それを読んで出たのが冒頭の台詞である。


見覚えのあるテファの文字で書かれたその手紙の内容は、いたってシンプルなものだった。

引越しをした。
すっごい大きな竜のブラッドさんのこれまた大きな家に住まわせてもらっている。
みんなでお仕事もしているので仕送りのことは気にしなくてもよくなった。
紹介したいので是非会いに来てほしい。

挨拶や近況報告、普段の日常の話とその引越し先の場所が記されていることを除くとこんなもんしか書いてなかった。
テファが引越し……まあいいだろう。ここよりも安全な場所が確保できたのであれば、移動することに異論は無い。最近アルビオンは王党派と貴族派との間で争いが起こっていると聞く。近々大規模な戦が起こるのではないかといわれている以上は、このあたりだって戦災に巻き込まれないとも限らない。今の自分にテファを完全に庇護する力が無いことを思えば、むしろあのぽけぽけとしたテファにそういった判断能力が備わってきたことは喜ぶべきことだ。

が、竜のブラッドさんというのがよくわからない。


竜、竜。

ああ、勿論知っている。
最近街の話題はそのことばっかりだった。トリステイン魔法学園の学園長秘書なんてものもやっているマチルダにとってもそれは同じ。むしろ、財宝を求めて街を襲う竜―――しかも人型にもなれる―――がある日突然出現したという事実をこの世界で一番よく知っている人間の一人といっても過言ではないだろう。
学園長であるオスマンは教師や卒業生らに積極的に情報を集めさせ、それをマチルダにまとめさせて自分に報告させる。その上で学園に不利にならない情報だけを取捨選択して王宮に報告する。いわばマチルダには学園長が知りえた情報のすべてを知る権限が与えられているようなものだった。
本人としてもそのつもりで近づいたとはいえ、何故酒場で侍っていただけのメイジと思われている自分がそこまでオスマンに信用されているのかは疑問に思うところであるが、利用できるものは最大限利用するのがマチルダの、土くれのフーケの主義だ。
そのため、今回の情報にも利用価値は一応見出した。


そうか、あの竜の名はブラッドというのかーーーしかもタルブの村の近くに住んでいるのかーーーあははははーーーーーって、ちょっとまてぃ!


が、そんなレベルの話ではないことにすぐに気づいて自分で自分に突っ込みを入れる。彼女はどっちかというとボケより突っ込み側の人間だ。勿論テファはボケである。


テファが、あの竜のところにいる?
あの、ラ・ロシェールをたった一匹でほぼ半壊にしたあの竜と?
なんか最近は財宝と共に女も要求しているあれと?


「ちょ、ちょっと、どういうことだい!」


あわててもう一度手紙を読み直すが、先ほど得られた以上の情報は何回読んでも出てこない。

そこで、一つの不吉な事実が思い出される。
何でも、ヴァリエール公爵家の魔法のろくに使えない三女がこの竜に誘拐されていたらしいということを。そして、彼女が誘拐からようやく解放された後も、何らかの精神的ショックを受けたらしく未だ学校に通ってきていないことを。
その事実とテファの容姿を照らし合わせれば、決して綺麗な道ばかりを通ってきたわけではない彼女の脳裏に描かれたテファとブラッドの図というものなど、あっさりと想像が付くだろう。

いかん、テファが喰われる。

具体的に言うと、ト○コ風呂。彼女の脳裏にはピーだけでテファの身長を超える巨大な竜に、その豊満な体を使ってゆっくりと石鹸を擦り付けるテファの姿があった。


(「お客さん、学生さん? こういうところ来るのはじめて?」……って、そんなこと誰が許すもんかい!!)


彼女にとってテファは、可愛い可愛い妹のようなものだ。自分のような裏街道を歩ませるつもりはかけらも無い。
そのため、明らかに台詞とイメージがかみ合っていない状態だったがそんなことに気を回す余裕もなく、マチルダは家を飛び出した。


「マチルダ・オブ・サウスゴーダだな?」


すぐに、変な仮面をかぶり全身をローブで包んだ怪しげな男に声をかけられることになったが。







最近、微妙に食事の質が落ちた気がする、とブラッドは通しのホワイトアスパラガスのムース、オードブルである赤カブと玉ねぎのマリネを食べ終え、イモのポタージュを一口飲んだところで思った。
無論、クーが依然作っていたものとは比べ物にならず、最近はブラッドも巣で食べるようになっていたその食事は以前こっそり訪れていた王都のレストランなどにも負けぬくらい上質なものであったが、最近疑問に思えていたことが今晩のスープの一口で確信に変わった。

確かに味が落ちている。
以前はすっきりとした口どおりで今後のメインディッシュである魚や肉に期待を持たせる役割を十二分に発揮していたそれが、最近は妙に後味として口に残る。自分の役割を飛び越えてまで濃厚な味わいを主張するそれは、一品料理としてはさておき少なくともフルコースの一品としてはあまりに自己主張が強すぎる。
無論、ブラッドはこのポタージュにおけるダシと牛乳の割合に対して隠し味である筈の生クリームが多すぎるのだ、などという細かなことまではわからなかったが、以前に比べて微妙さを感じるのは事実だ。
これが最初からこの味であれば、美食家ではあれそこまで味に細かい舌を持っているわけではないブラッドなぞに気づける筈も無かったが、場合によってはユメ以上だった以前と比べれば今の味は確かに劣って感じられてしまうのだ。ましてや、こういったコース料理にはそれが如実に現れる。

一日二日は体調の悪い日や問題が生じてしまった日もあるだろうが、これが数日続くとおかしいといわざるを得ない。
奇妙に思ったブラッドは、隣でブラッドのグラスにワインを注いでいた給仕係りのメイドに聞いてみる。


「なあ、ティエ。クーはコックを変えたのか?」
「いえ? そのようなことはありませんが」


深い森の色の髪を持つ、メイドが答えを返す。吸血鬼の血を引くブラッドの給仕担当の彼女、ティエ・テイカーは、いきなりそのようなことを聞いてきたブラッドに対していぶかしげに、それでもはっきりと答えを返す。
ある意味ブラッドと特別な関係にある彼女だが、勤務中にそんなそぶりを見せるほどプロ根性が無いようでは、仕官までにはなれない。注ぐ手も鮮やかに捌いて、ブラッドに首を傾げて見せる。
今も料理人はマルトーである。それは間違いないため、その返答によどみは無い。


「どうかなさいましたか、御主人様?」
「いや、微妙に味が落ちたような気が……」
「そうですか?」


ちなみに彼女も料理は作れない。というか、ブラッドのそばにいる女性のうち、ユメとテファを除くとほぼ料理が出来る女性がいない。故に、ユメがおらず、テファが加入したばかりという現状ではそんなに微妙な味の違いに気づく者はブラッド以外にいなかった。
ただ、ティエは何かの参考になればと今回の献立の説明を聞く際に、厨房担当のメイドから聞いた話を耳に入れる。


「あ、そういえば、料理人の方がなんだか最近調子悪いみたいだ、って仲間が言ってました」
「それのせいかも知れんな。大事にするように伝えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」


そうブラッドは告げて、食事を再開する。
彼にとってはそれが普通。対象が人であろうと魔族であろうとエルフであろうと竜であろうと、それによって扱いを変えるようなことはまったく無いとは言わないが、それほど極端ではない。それゆえ、いつもうまい料理を作ってくれている料理人に対する、ごくごく当たり前の気遣いだった。
そして、そのことを知っているティエも、それに違和感は受けなかった。





だが………………同時刻、厨房にて。
厨房の主である平民の料理人、マルトーはブラッドに料理の味で看破されたように平常の精神状態を保ってはいなかった。その状態のきっかけが訪れてからここ四日ほど、彼はずっとそんな調子だった。

きっかけは、巣に届いた一通の手紙だった。
人づてに頼まれたのか、巣に入ってきた侵入者が持っていたそれを、身体検査のときに発見したメイドがマルトーに手渡した。郵便という制度が無い時代において、庶民が誰かに手紙を出そうとするならばこういった手段しかないとはいえ、よく届いたものである。


「マルトーさ~ん、お手紙届いてますよ~」
「手紙? いったい誰からそんなもんが」


妙な貴族とエルフもどきに囲まれていると思っているとはいえ、基本的に料理さえ出来れば満足なマルトーは現在の環境に不満や苦痛を微塵も感じておらず、そのため現在の環境の変化を望んでいない。だから、手紙なんていう自分とは係わり合いのないはずのものが届いたということを聞いて眉をひそめた。
それを見てマルトーと仲のいい調理補助担当のメイドの一人が声を上げた。ちなみにこのメイドは種が近ければ言語や文字を自在に読めると言う魔法を習得していた。


「あ、マルトーさん。字、読めないんですよね、そういえば」
「ああ、そもそも知り合いの中に手紙を書けるようなやつなんぞ多分おらんね」
「よかったら、私が読みましょうか?」
「お、いいのかい?」
「ええ、丁度今暇ですから。それじゃあ、読みますね」


……送り手は、勿論ここに来るまで一緒だった魔法学園の元メイド、タルブ村のシエスタからであった。文章を読めるとまでは聞いていたが、まさか書けるとまでは思っていなかったのであろうが、知り合いにいないと断言してしまった手前恥ずかしそうにメイドの読み上げる声を聞いていたマルトー。


だが、だんだんとその表情がこわばってくる。
竜によって街が幾つか半壊したのは聞き及んでいると思うが、さらに最近では竜が執事服やメイド服に身を包んだエルフを引き連れて貢物を求めて村々を脅している、それはここタルブにも及んでいる上に、どうもこのあたりに竜は住んでいるらしい、などといった内容であった。最後にマルトーさんは大丈夫でしたか、と聞くその手紙はその書き手に他意があるように思える内容ではなかった。

が、マルトーはそれによって引き起こされたトリガーを確かに感じた。
今まで彼は主であるブラッドを単なるエルフもどきで周囲を囲んだ上で引きこもる妙な趣味のある貴族だと思っていた。山の中にこんな洞窟を掘って生活するくらいだから、せいぜい土のメイジだろうと。

だが、今の声を聞いてもう一つの可能性に思い当たったのである。
そして、メイドの次の台詞がそれを引き絞った。


「へ~、結構ご主人様のことって有名になってきているんですねえ」
「何?」
「え? ほら、ここにある町を破壊した竜って御主人様のことですよ」
「!」


あっけらかんと言われて一瞬動きが止まる。
こここそがあの龍の住処であり、あの男こそが現在取りステイン王国全土を恐怖のぞんどこに陥れている竜その人である、と言うことがはっきりと分かるその台詞。自らがまさか、と思っていたことをあっさり肯定したそのメイドは、続く言葉でさらにマルトーの動きを止めた。


「それにしても変ですねえ? 御主人様がマルトーさんに危害を加えることなんてあるわけ無いのに……この子に勘違いしてますよ~って、お返事書きますか? 代筆しますよ」
「!!」


さらに彼女たちは、自分の主がこの竜だということを知っている。知っていて仕えているのだ、ということがマルトーの中にすとん、と落ちてきた。
ラ・ロシェールの悲劇は就職活動中で現在無職という余裕のない状態であったマルトーの耳にすら届くほどだった。いや、当時は各地をたらい回しにされてきたため普通の平民よりよっぽど情報に詳しいといってよかっただろう。親を失った難民たちに、家財すべてを失って物乞いによってどうにか食いつないでいる者、片腕を根元から抉り取られていた男なんて者にも旅の途中ではあったこともあった。
あの時は、町々を巡って壊滅した街から流れてきた者たちを見かけるそのたびに、痛ましさと竜に対する大きな恐怖とかすかな怒りを感じていたシエスタにマルトーも大いに共感を寄せたものだった。

その元凶となった竜が、あのブラッドとか言う男だというのか?
怒りとそれによるめまいを押し殺して、マルトーはメイドに尋ねてみた。


「……お前さんは、こんな略奪するような主の元で働いていて、いやだと思わんのか?」
「? 御主人様が嫌か、ってことですか? そんなわけ無いじゃないですか。竜だったら人間はおろか魔族だって対等と思わず踏みにじってもおかしくないのに、巣作りのために財宝を集めはしても、私たちにはすごく優しいし……みんなもきっと感謝はしても、恨んだりなんかする訳ないと思いますけど?」
「!! ……そ、そうだな。悪かったな、変なことを聞いて」
「いえいえ、お気になさらずに~」


狂っている。

やはり、おとなしく人間と変わらないように見えても、彼女たちは魔族だかエルフだかの異種族なのだ。人間が、平民が苦しむということをなんとも思っていない。
ここに来る前に街街で噂になっていたラ・ロシェールの惨状を思い出し、吐き気がするような嫌悪感が浮かび上がってきたがそれを必死で抑え、マルトーは表面上を取り繕う。
学が無いマルトーには、大陸全土に広がる貴族制と竜の力による略奪との近似点にも思い及ばない。そのため、魔法学園の生徒たち以上の横暴さを彼らに感じて、思わず殴りつけたくなった。





だが、それは実行に移そうと思っても、頭の一部に住まうもう一人のマルトーがそれを許さなかった。


マルトーは目の前にあふれんばかりに置かれている食材たちに目をやった。

ここは、料理人にとっては最高の環境だ、という事実がマルトーを押しとどめているのだ。
トリステイン魔法学園にいたころも、良家の子女たちの贅沢な舌を満足させるために最高級の材料を使って最高の料理を作っていたつもりのマルトーだったが、こちらに来てからその認識は完全に過去のものとなった。
この職場に来たマルトーを最も驚かせたのは、見たことも無い調理器具でもなければ、未知のレシピでもなかった。圧倒的なまでの、食材の種類こそが、料理人としてのマルトーを最も喜ばせた。古今東西のありとあらゆる食材が、内地の、しかも山の中という劣悪な環境でありながら主のためであれば届けられる。そしてなにより、調味料の種類がマルトーの知りうる限り以上の数があった。


マルトーは目の前にある小瓶を一つ、何気なく取ってみた。
精製塩と呼ばれるらしいその塩は、こちらに来てはじめて手に取り、味わったものだった。自分の知る岩塩とはまるで違うその細やかな味に初めてなめてみたときはかなりの時間衝撃に震えたものだった。
その隣には塩だけでも、粗塩、岩塩、原塩と何種類もある。

厨房の調味料を一瞥してみる。
そのほかにも、クローブ、ミント、タイム、セージ、コショウ、唐辛子、わさび、からし、サフラン、パプリカ、ウコン、クチナシニンニク、ローズマリー、セージ、タイム、五香粉、八角などだ。マルトーにとって見慣れたものもいくつかはあれど、未知のものはそれ以上に多かった。
これらに出会えただけでもマルトーはあの学園を飛び出してきてよかったと天の采配に感謝している。


それは、竜の巣、ということで予算にほとんど制限がついていないということもあるのだが、魔界の商会であるギュンギュスカー商会と、こちらの世界との流通事情が圧倒的に違うことに起因するものだ。
ある世界のとある時代では遠方でしか取れない貴重な調味料である胡椒と銀が等価で交換されたように、このハルケギニア世界には、食材の輸送手段が人力や馬車、よくて飛竜による空輸ぐらいしかない。固定化、という食品の劣化を防ぐ魔法があるとはいえ、それを使いこなせるほどのメイジが食品保存、などという「下賎な」仕事に来ることなぞあまり無い。

この世界において基本的にメイジは貴族である。
税の代わりに公共への奉仕を行うなどという近代的思考が無いこの世界において、貴族の仕事とは社交であり、有事での武力であり、土地の支配者であり芸術の担い手であるのだ。すなわち、基本的に収入=税の世界においてそれ以外の収入を求めた結果である魔法による労働がそれほど発展することは無かったのだ。始祖ブリミルの時代より六千年も経過しているにもかかわらず、基本的な生活様式が変化していないことからもそれは伺われる。


学の無いマルトーですら、宮廷料理人ですらここまでの食材は手に入るまいということは容易に理解できる。
いったいどうやって手に入れているかは前から気になっていたのだが、眼前にいつも手に入る状態で置かれているこの環境にようやく慣れてきたのは紛れもない事実であると自身でも強く思う。つい先ほどオーブンに放り込んだ、鳥にしたところでマルトーの今まで見たことないものであった、ということにここでの生活に慣れ始めていたマルトーは今意識してようやく気づいた。ごくごく自然に使っていたこの数週間の食材は、ほとんどが見たことも聞いたこともない食材だった。
手元を見ても、今捌こうとしていた魚はトリステインの周辺で取れるという話はついぞ聞いたことがないものだった。包丁だってずいぶん使いやすい。


なにせ、ハルケギニア世界ではエルフは魔法が使える人間、メイジを毛嫌いしているため人類の支配圏はそれほど広くも無いため、東方と呼ばれる場所との興商はそれほど盛んではなく、大航海時代というものも訪れていないため海を渡るということもあまり無い。気候風土が似たような場所では同じような食物しか取れないということもあり、ここ数千年ハルキゲニア世界の料理人は、今ある食材を組み合わせることでどれほどの味を出せるか、という方向性で研鑽を重ねてきた。当然、ある意味その六千年の歴史の集大成であるマルトーもそれは同じである。

もちろん、今後数百年ゲルマニアが今の方針で進歩し続けていけば話は別になるであろうが、結果として食道楽と呼ばれる貴族の屋敷であればさておき、それほどハルケギニア世界では食文化というものは発達していないことは、誰よりもマルトー自身が知っている。


なんといっても調味料の違いは大きいのだから。
異世界から召喚された少年であればもしかすれば知っていたかもしれないが、かつての王侯貴族、「パンがなければお菓子を」の台詞で有名な王女が食べていた贅を尽くした料理や、中国最後の王朝に君臨した妃が大陸全土より集めさせた食材により作らせた料理よりも、現代の大衆料理屋の一品の方がはるかに味覚的にはおいしく感じられるという説もあるのだ。


「こいつらも……竜の略奪の結果か…」


絶望を交えた吐息を一つついて、そう呟く。

マルトーに正確なことが知らされているわけでは勿論ないが、それに比べてギュンギュスカー商会は何でも有りである。転移魔法による長距離輸送や、食料保存など魔法使いの魔法をこういった面での利用することなどにも抵抗感が無い。
ハルケギニア世界のメイジのように税と言う形で無条件で財を得れる立場に無い魔法使いたち―――これは人間だけではなく魔族、神族、エルフなども含めての魔法を使えるもの、という意味ではあるが―――は、輸送にも手を出せば、食品関係にも進出した。
そんな魔法使いを雇う商社の中でも特に商魂たくましいギュンギュスカー商会は人間相手にも取引さえするのだ。より広い商売相手を世界を超えてでも求めた結果として、商会が手に入れられる商品はそんじょそこらの個人商会などとは比べ物にならないほどの品揃えを誇る。その分、竜族でもなければ利用できない料金設定になっているが、古今東西のありとあらゆる食品を手に入れることも可能なのだ。


「……そりゃ、そうでもしなきゃ、ここまでのものは揃わないわな」


この結果を受けて、ある程度の自給自足は心がけているものの、最近急に舌が肥え始めたメイドやブラッドのせっつきをうけて、周辺の村より捧げられる貢物としての食料とはまた別に、クーはそれなりの高級食材や捧げられることの少ない調味料、香辛料や嗜好品を商会から購入している。
どの道最低単位が百万Bほどになる竜の巣にとってみればたいした額でもないことでもあるのだが、マルトーには想像も出来ない世界のレベルのことである。また、やろうと思ってもコネも財もないマルトーでは不可能だ。いや、この世界の誰にとっても不可能なことだろう。



マルトーにとってここは理想郷といってよかった。
給料面では今までと大して変わっていない(もっとも、トリステイン魔法学園にいたころからそこらの貴族よりよっぽど高給取りであったのだが)。
だが、魔法学園――否、この世のどんな職場とも違い、ここはありとあらゆる食材を自由に使って、高級料理から大衆料理まで幅広く今まで考えたことも無かった料理を次々と生み出し、それを正当に評価し、おいしいといってくれる相手に恵まれるということが許される場所だ。料理人としてこれ以上望むことがあるだろうか。

たとえ、その裏に虐殺も含む血生臭い略奪があったとしても、料理人としてのマルトーはこの職場を肯定していた。



それがいっそう彼を苦しめる。
ここが、入ってくるときに思っていたただ単に次の職場を探すまでの腰かけ程度の、取るに足らない給料だけのくだらない仕事であればここまで悩まず、すぐにでも出て行ったはずだ。しかし、彼らは自分に対してはまったく危害を加える様子は無い。メイドの話によれば、身内に対しては限りなくやさしい竜らしいのだ。ここにいれば、自分は竜の脅威に怯える必要も無い。


一人の平民として、今までの横暴な貴族の食卓を賑わわせるなどといったこととは比べ物にならないほどの雇い主に対する怒り。
一人の料理人として、歴史上見てもこれほど恵まれた場所は無い、最高の職場に運良く拾われ、めぐり合えたという喜び。


その狭間で、どこまでも善良な一人の人間であるマルトーは苦しんでいた。



その19へ

Comment

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まあ、善良なだけ、の人間なんですがね
一般民衆はいつもこうだ!
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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