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ドラゴンに首ったけ16

その16










炎のブレス。ベトやリトルハットのような弱小モンスターすら覚えるようなそれは、しかしそのような者が使う人一人を焦がすような程度ではなく、まるで地獄の業火を連想させるような紅蓮の花を、大地に幾輪も撒き散らした。

この位置からはそれを受けた者の悲鳴すら聞こえないが、おそらくあの場所ではいつもどおり悲鳴と絶叫が巻き起こっているのだろうとブラッドは体内に残る魔力の残滓をもてあましながら考えていた。

ここは竜の巣がある山の中腹。タルブ村とその奥に広がる平原が一望できるその場所に、ブラッドは本来の姿をとって立っていた。
見下ろすのはトリステイン国軍。自らの財宝を、そしてその命さえも奪おうとしている目下最大の敵だった。
しかし、もはや彼らはブラッドの脅威にはなりえない。先ほどこの位置からブラッドが放った、火炎竜に偏ったブレスをその隊列の中央に受けたことによって、もはや壊滅寸前になっているからだった。
それを確認していながら、ブラッドは更なる止めを刺すためにトリステイン国軍の方へと羽ばたいて突撃して行った。



「ぎゃああああああ」


運悪く、ブレスの直撃を受けなかった一人のメイジが、絶叫を上げる。全身を焼け爛れさせ、それでも直撃を避けてしまったがために死ねなかったその者は、熱線とも言うべきブレスが通った直線の両脇に何十人も存在する、氷山の一角に過ぎなかった。
所詮、スクウェアメイジ二人に交渉の場に引きずり出される竜だ、不意打ちさえ受けなければラ・ロシェールのような不覚をメイジが取るはずが無い。そんな妄想は、数百人がかりで張った防御用の魔法があっさりと蹴散らされたことで冷めることとなった。もともと、ハルケギニア世界の魔法は、その攻撃魔法の威力に比べてあまりに防衛という概念に薄い。
要するに、人間一人を黒焦げにする雷撃魔法はあっても、それを防ぐ魔法は存在しない、あるいはほとんど普及していない、ということである。
そのため、ブレスの直撃を受けた連中はあっさりと壊滅した。


何とか衝撃波程度にしか影響を受けなかった軍団も、その凄惨きわまる光景を見てあっという間にその士気が落ちていく。メイジではなく、領民で構成されている義勇軍などはすでに総崩れになって、武具も鎧も放り捨てて、一目散に逃げ去っていた。
だが、それが一番賢い選択だったのかもしれない。

貴族の誇り、というものに取り付かれたメイジたちは逃げるわけには行かなかった。震える心を押し殺して、必死で魔法を放つ。風に、炎、水と土。

ウィンディアイシクル、エア・ストーム、ファイヤーボール、アイス・ストーム、エア・カッター、エア・ハンマー、ジャベリン、フレイム・ボール、ライトニング・クラウド、スリープ・クラウド、カッター・トルネード、ウインド・ブレイク、エア・ニードル。

周辺諸国でもレベルが高いといわれているトリステイン貴族のメイジの誇りと意地をかけて、ありとあらゆる魔法がこちらに向かって直進していたブラッドにぶち当たった。これだけの巨体であれば外す筈もない。

それは、わざわざ討伐軍へ志願する者達が放つ魔法にふさわしいだけの威力を持って、ブラッドの体を穿とうとし…………ブラッドが放った吐息にその大半を逸らされ、わずかに当たったものもほとんど勢いを消されてその鉱物の輝きを放つ鱗の前に霧散した。
いや、傷つけることに成功はしていた。ただ、その巨体ゆえに問題ない程度にだが。

彼らとヴァリエール夫人、「烈風」とまで呼ばれる天才であるカリンとでは役者が違いすぎた。ヴァリエール公爵が死を覚悟して、公爵家の屋台骨を傾ける覚悟で行ったほどの事前の準備も行っていなかった。
その結果がこれだった。

彼らは引くべきだった。
彼らは英雄でも、それに守られるべき美しき乙女でもなかったのだから。
貴族の誇りを持って強大なる敵の前に立ちふさがったとしても、頼もしい友人達が助けてくれることも、絶対の忠誠を誓う使い魔が超科学の力を持って打倒してくれるという奇跡も起こらないのだから。

使い古された陳腐なる言葉を彼らに贈ろう。



奇跡は、起こらないから奇跡と呼ばれ、それ故に常に望まれるのだ。



彼らはその無駄な抵抗の対価を、己の命で支払うこととなった。
立っているだけで空間を歪ますほどの力を放っているドラゴンに、ある者はなぎ払われる数十メイルもある尻尾によって、自らが作ったゴーレムと共に吹き飛ばされ、大地と熱烈な抱擁を交わすこととなった。
またある者は、自慢の風の魔法を使った剣技を発揮することも出来ず、あっさりと踏み潰された。
そしてある者は、己で鉄壁と自負する大地からなる障壁ごと、その巨大な爪で切り裂かれた。

そこには自らより圧倒的に劣る生き物を一方的に踏みにじることへの躊躇はない。
初撃こそ竜のいないこの地方に竜というものの脅威を教えるため、手加減なしに壊滅させたものの、基本的にブラッドは生き物を殺すのがそれほど好きではない。力を振るうのは別に嫌いではないが、魔王竜や暗黒竜の一族にたまに出るような、「へっへっへ、人間どもの悲鳴こそが最上の美味だぜ」とかいう趣味など欠片たりとも持っていないため、街への襲撃においても出来る限り避難が済んでからにしようとすら思っている。
が、そのブラッドをもってしてもトリステイン国軍に対する攻撃は別だった。
彼らは生かしておかねばならない自らに生贄をささげる獲物ではなく、自らの命を狙っている愚かなる敵対者なのだから。


多数のメイジを抱える国軍は、確かに巣への侵略者として脅威であったであろう。しかし、今まで見たこともない相手に対して、エルブワードやライトナといったあの世界での諸国家が何百年にもわたる竜との戦いで積み上げてきた、どのようにして効率的に竜に攻撃を加えるのかというノウハウがあるはずもなかった。
結果として、竜に一撃でなぎ払われないように近づいてくるときはばらけて、数十人単位で進行することなどせずに、人間相手の戦争のようにただ整然とそろった隊列を組んで進行してきていたトリステイン国軍は、ブラッドの遠距離からのブレスに対抗することなど出来はしないただの的にすぎなかった。
クーの焦った様子から普通の竜討伐の軍隊同様、部隊を小人数ごとに分けて、時間差をつけて断続的に進行してくるものだと思っていたブラッドはむしろこの「竜討伐隊」の体たらくに拍子抜けしたが、このぐらいの人数がいっぺんに入ってきたとしてもそれは脅威には違いないので、何考えているんだこいつらは、と思いながらも攻撃を行った。


錬金で鋼の壁を作ろうと、風で攻撃を屈折させようと、自らの炎との同化で防ごうと、大量の水で打ち消そうと、ありとあらゆるメイジが何とかその攻撃を防ごうとしたが、すべてがブラッドのブレスの前には無意味だった。
竜族最弱、落ちこぼれ、リュミスの足元にも及ばない。そんな言葉が嘘に聞こえるほど、その力は圧倒的だった。


「こ、こんな化け物、勝てっこない!!」
「単なる韻竜じゃなかったのか!」
「今は戦えぬはずではなかったのか、ヴァリエールめ!」


罵声を投げるしか出来ない彼らも、ようやくこの生き物が、自らの出世の足がかりになるようなものではない、忌まわしきエルフを従えるに十分な力を持つ化け物であるということが認識され始めていた。
会議場で囀っていた彼らは、この戦場で相対して初めてラ・ロシェールを破壊しつくした竜という存在を目の当たりにしたのだった。

やがて、一人の貴族が逃げ出した。その瞬間ブラッド以外の誰もが脳裏に浮かべたのは、「この腰抜けめ、トリステイン貴族の風上にも置けぬものめ」という罵声だった。実際に声に出したものすらいた。
だが、その声を確かに脳裏で聞きながら、恐怖に負けたのか二人目の脱走者が出た。
今度は罵声は浮かんでこなかった。戦場の風が吹き抜ける中、彼らは無言を貫いた。
そして、三人目が逃げ出したとき…………彼らは我も我もと競うように逃げ出していった。
そこには貴族の誇りも、領民を傷つけられた怒りも、名誉を求める向上心も、出陣前に勝利を誓った貴婦人への愛も、王国への忠誠もなかった。

そこにあったのは、純粋なる「竜」への恐怖だった。
この瞬間から、トリステイン王国は竜の恐怖に取り付かれることとなる。





こうして初撃で生き残ったメイジたちが必死で放った魔法攻撃すら無効とする竜の魔法抵抗力と物理防御力で抵抗はすべて無駄だということを印象付けたブラッドは、しかしある程度の破壊を振りまいた後は絶望に駆られて総崩れになるトリステイン軍を追うこともせず、遠い目をしながら自らの思考の海に沈んでいった。
軍隊が押し寄せてくる前にせめて偵察でも、とあわてて出てきてみればなんて事は無い。連中はまるで狙ってくださいといわんばかりに一塊で進んできていたため、たったの一撃で大体の片は付いた。何だ、クーの勘違いか、と安堵の息をはいて、最悪見渡す限り適当になぎ払うつもりで新設したばかりの魔力の夜からありったけかき集めてきた魔力の半分も使わずに、ブラッドは当初の目的を果たした。
実は竜としてそれほど「才」が無いブラッドはリュミスのように完全無欠とまではいかず、ちまちまとではあるが人間ごときの魔法を受けてすらダメージを食らっていた。もっとも、大勢に影響を与えひっくり返されるほどではなかったが。
ほとんど作業と化していたその反撃の最中に考えていたことはただの一つ。


(……ひょっとすると俺、人間状態で殺されても山ひとつ崩せないかもしれん)


トリステイン国軍の惨情とは裏腹に、彼はいまさらながらリュミスは愚かマイトと比べてすら圧倒的に劣る自らの力を再確認して、一人へこんでいた。
確かにブラッドは人間の軍七万を相手にとって圧勝できるかもしれないが、それでも竜族の中では平均以下もいいところなのだから。一撃で全滅させられず、人の魔法ごときに血を流す存在を、果たして竜といっていいのか、ということが頭をよぎったのだ。
リュミスやライアネ、いや、おそらく同じ雄竜であるマイトですらこの程度の存在に傷つけられることは無いだろう。
それに比べてこの身のなんと貧弱なことか!




それでも、ブラッドはこの戦いを行ったことに満足感を覚えていた。


前述の通り、ブラッドは生き物を殺すことがあまり好きではない。

だが………
彼は殺戮が本当の意味で嫌いではない。
それは彼の本能が求める破壊衝動をまぎれもなく満たしてくれるものだから。
彼は悲鳴が真実嫌いではない。
それは混血である彼を間違いなく竜であると認めているということなのだから。
彼は破壊を拒絶するほど嫌いではない。
それは己に流れる血の持つ力の証明なのだから。
そして、彼は儚く小さい存在である人間が嫌いではない。
己にとっては瞬きする間にその短い命を、時には竜族に匹敵するほどの光度で燃やし尽くすまばゆい存在だから。


先達が積み上げてきた殺戮の歴史も、畏怖の視線もない場所に来て、自らがその道を踏みしめて形作っている作業に、ブラッドは混血の自分が間違いなく竜であるという満足感を覚え始めていた。






「ふう、なんとかなったみたいね」


望遠鏡でブラッドが暴れまわっているのを遠目で見ているクーが、そう端的に評価して何とか今回の巣の防衛もなったと安堵の息を吐いていた。何人かの生き残りは来るかもしれないが、前回の反省を踏まえて強化した巣の施設とモンスターたちがいれば何とかなるだろうとようやく一安心。

はっきり言って、今回の件は参謀役もつかさどるクーのミスだ。
世界が違うということをあまり考慮に入れず、いつもどおりの略奪を示唆したところ、今まで竜による襲撃を受けたことがないこの世界の人間による、アレルギーのような急激な拒絶反応を引き起こさせたのだから。
ここが、元の世界であれば竜に襲撃されたとしても辺境の街ぐらいであれば住民は貢物の量が少なかったのかと思って生贄や貢物の量を増やし、その噂を聞きつけた冒険者がまだ王都にまで侵入するほど強固な竜の巣ではないと判断して侵入することはあっても、いきなり国軍を送り込んでくることなどありえなかった。略奪されたとしてもそれは同じ。
軍が動くというのは最終手段であり、もはや竜に対する恐怖がのっぴきならないところに来ている場合にのみ行われることであり、寿命が長いため何百年にも亘って巣作りをする竜などは、最初から最後まで一度も軍隊に攻め込まれたことがない、などということも珍しくもなかった。

それが、竜のいないこの世界では予想外の脅威とみなされ、いきなり準備もそろわぬ内に攻め込まれるなど、確かに情報収集及び助言を行うべき役目であるクーの手抜かりであった。さらに言うなら、部下からの報告を聞いてすぐにかつての地方での軍隊のように小隊単位で進行してきたと勘違いしてしまった。
結局は、主であるブラッドじきじきに慌てて手を煩わせることになってようやく解決のめどがたったが、これはとんでもない失態である。現地調査がきちんと行っていないと叱責されても仕方がないほどの。

そのため、なんとか第四の脅威を凌いだクーだったが、その表情は自らの失態を思い浮かべてか、それほど明るいものではなかった。





「御主人様、お疲れ様でした」
「「「「「お疲れ様でしたー」」」」」
「ああ、お前達もご苦労だったな」


ブラッドによる狙撃と乱入が終わったあとも、その生き残りが単発的な侵入をかけてくるかと巣に戻ってからも警戒を続けていた彼らだったが、日が落ちたことにより完全にしのいだと確信した。配下の魔物たちは夜の方が活発に活動するものも多いし、この巣の場所に夜目の効かない人間族がわざわざ入ってくることもなかろうとの認識のためだ。
どうやらトリステイン国軍は完全に逃げ去ったらしい。竜の姿に戻って破壊衝動を発散させた反動として、やたらと昂じていた高ぶりをフェイや生贄たちを攻め立てて発散したブラッドは、そう判断して解散の命を出した。

わらわらとブラッドに対する挨拶をしながら解散していくメイドたちの中、一人漆黒のスーツに身を包んだ少女だけが部屋に残った。


「御主人様が戦いになられた後、その戦場跡に何名か魔物たちを派遣しましたが、さしたる収穫はありませんでした」
「まあ、そうだろうな。このあたりの人間達は竜の討伐というもの自体がまだよくわかっていないんだろう。あの隊列などを見るとそれほど困難な仕事だと思ってなかったのだろうから、そんなたいそうな武具を持ってきてなくても仕方がないな」
「はい。また、戦闘風景を分析させていた部下からの報告では、どうやらこのあたりの地方では魔法使いが主流であり、それほど武器防具にお金をかけることは無いようです」


魔法こそがメイジの剣であり、盾であり、鎧なのだ。前の世界において戦いを生活の糧としていた軍人や冒険者、傭兵などが高価な魔法武具を装備して戦っていたのとは異なり、この世界のメイジたちは平民たちのものと比べればはるかに高価とはいえ、ほとんど普通の衣服とたった一本の杖だけで戦いの場に挑むのだ。
そういえば、街からの収入に比べて侵入者から奪える金銭があまり多くないような、などと収支報告書を見て思っていたブラッドは、いったんは納得した表情を見せて更なる質問を重ねる。


「魔法使いなら魔力を補充するような魔法装置とか、宝石のちりばめた杖とかはなかったのか?」
「いくつかあるにはありましたが、正直言ってよくわからないものばかりです。魔法装置にしては意味の無いところに宝石がついていたり、魔力を阻害する金属を使用していたりと、どうも私達の知っているものとは大きく異なります。まるで、趣味の悪い貴族が飾り立てた単なる飾りのようなものがほとんどなので」


トリステイン貴族には身を守るために鎧を身に着けるだとか、魔法の能力を上げるために高価な杖を使用するなどといった発想は基本的にはない。そもそも、武器や防具なんて野蛮なものを使用するのは平民だけ、魔法の能力を上げるのは何よりメイジの努力によるものという認識である。魔法の掛かった装備、というものが始祖ブリミルの時代ならばさておき、現代においてはほとんど途絶えた技術となっているために仕方がないことではあるが、戦場において倒した敵の身ぐるみをはいで儲けにしているブラッドたちにとってはすこぶるありがたくないことだった。
また、発見した数少ないものにしても今まで見知った魔法体系とはまったくもって異なっているため、いまいちクーたちには価値を見積もりにくかったということもその事実を加速させた。


「う~む、こんなところにも辺境地方の弊害が。結論としては侵入者を撃退しても、たいした儲けにならないってことか?」
「そのようです。要するに、魔力の割にはやたらと貧しい装備をした魔法使いの集団が相手だと思えばいいかと」
「街を壊してから入ってくるやつらも装備は貧しい、身代金なし、女っけ少なし、数多し、しかも一定時間で帰らない、下手に開放すると何度でも向かってくるとどうしようもないやつらだったが…………この辺は軍隊すらおいしくないのか」
「まあ、軍隊の方はどうやら基本的に魔法を使える貴族だけで構成されているようなので、捕獲すれば身代金も取れるみたいですけどね」
「今回みたいな戦い方ではそれも無理、か」


復讐者たちは、ブラッドを倒すことを目的としているため、身代金の要求には応じないは、捕虜にとろうとすれば自爆するは、秘薬を奪おうとすれば取られる位ならいっそと自分で地面にぶちまけるわ、そもそも基本は農民などの一般市民だからお金持ってないわ、とまったく持ってお金にならない連中だったのでかなりうんざりしていたのだが、ここに来て軍隊もそれと大差がないと知ってブラッドたちはがっかりしていた。
先日のヴァリエール夫妻襲撃の件を見ても解るとおり、この世界のメイジは元の世界の冒険者達と比べてそれほど弱いということはない。侵入者の平均が最終的にはどの程度で落ち着くのかはさておき、最上級の人間の強さの程度だけで見ればほぼ同じであるとクーもブラッドも認識していた。ただ、魔法使いが魔法の威力を魔法装備ではなく、個人の力量に頼っており、冒険者などのような剣や弓矢を主体とする戦士がかなり少ないのは、今までの経験で十分わかった。この国は特に魔法使い=貴族の政治体制をとっているため、戦争においては魔法使いが主流の地方なのだろう。
その魔法使いが変わった魔法の使い方をするため接近戦もこなせることなども総合すると、それほど弱いわけではないが。

手ごわさ的には対して下がっていないにもかかわらず、大きな収入源であった襲撃者からの装備略奪が出来なくなるということは、かなりの痛手である。その分街からの収入が多少多いとはいえ、一回で数十億B稼ぐこともあったあちらかと比べればいかにも劣って感じられてしまうのは仕方がない。
正直に言って、本来であればリュミスに結婚を迫られているわけでもないこちらの巣でそれほどお金を稼ぐことに執着しなくても良いのではあるが、万が一リュミスにこっちの巣を発見されたときが怖い。かなりの財宝をその時点で集めてあれば、「リュミスのためにもっと財宝を稼ぎたかったんだ」などの言い訳が通じるかもしれないが、ほとんど集まっていない状態でこられたら、まっているのは破滅のみである。
加えて言うならば、のんべんだらりと暮らしていたころはさておき、ブラッドは竜族の本能のひとつである財宝を集める喜び、というものを前の巣で知ってしまった。こちらにおいてもより貴重なマジックアイテム、より高価な宝石、より古い書物を求めてしまうのも無理はないだろう。
そのためにも、もっと効率のよい施設の配置や配下への命令を追求するためブラッドは再びクーと話し始めた。


「次はどのようなことを致しましょうか?」
「あんまり身代金を取れない侵入者を増やしたくないからなぁ。なんかいい案ないか、クー」
「そうですねえ……竜の脅威もそろそろ十分知れ渡ったでしょうから街でできるだけ人を殺さないことはもとより、どうもこの辺では必殺攻撃をしてくる剣士がほとんどいないみたいですから、ハラミボディなどよりも魔法障壁もちのイモモをたくさん雇ってみてはいかがでしょうか。露払いのベトなどで雑魚を足止めして、魔法の使える貴族だけを先に進ませて、イモモと罠で捕まえる、という感じで」
「……そうか、確かにその通りだな。何も馬鹿正直に死にたがりの連中に付き合ってやる必要はないしな」
「そのためにも、今までのような通信機とセンサーだけの一室ではなく、そろそろ本格的な戦闘司令室が必要かと思いますが。こちらのセットなんてお得ですよ?」
「……まあ、金がたまったらの話だな。とりあえずモンスターどもに金を持っていそうなものは出来る範囲だけでいいから殺さずに、体力を奪うだけで罠部屋に追い込めと命じておくことにするか」


その強靭な身体能力で歴戦の戦士すら凌駕する戦闘能力を持つ牛頭の怪物よりも、魔法をほとんど無効化する障壁を持つ獣の方が役に立つとブラッドも同意する。
何せ召喚された時点ではどのモンスターもレベル1なのだ。弱いメイジならばさておき、ヴァリエール夫妻のような化け物の前ではハラミボディもイモモも攻撃力に大差はない。生き残ればレベルも上がるかもしれないのだから、初期段階では攻撃よりも防御を優先すべきだろうととりあえずはイモモの召喚を決定する。
それに加えて金も持っていないようなやつらだけを大量召喚した使い捨て前提のベトに狙うように命じれば、それ以外の身代金も取れないような雑魚とは分けられるだろうし。そう提案して即座に売り込みを掛けてくるクーに苦笑を一つ返して、ブラッドはパンフレットを受け取った。
クーも今の財政状況は理解しているのか、それ以上強引に奨めようとはせずに、次の話題に移る。


「それにしても今回はほとんど必要なかったとはいえ、結局は魔力の夜を作っておいて正解でしたね」
「ああ、全くだ。侵入者がこれほど貧乏な以上、街を襲って稼ぐしかないからな」
「ま、これ以上のモンスターを使った略奪はまた余計な恨みを買いそうですから、やめておいた方が懸命でしょうけど」
「今回の戦闘の結果が知れ渡れば、貢物を出す連中も増えるだろうしな」


こうしていろいろ話しながらも侵入者の装備からの収入があまり期待できないということで、巣に出来る限り雑魚の侵入者を呼び込まない方針でいこうと決めた二人は、今回の襲撃に先立って竜族の魔力を増幅する大規模儀式装置を巣の内部に取り付けたことの先見の明を喜ぶ。
侵入者から搾り取れないのであれば、ちょっと遠征してでも貢物を寄こす都市を増やすべきであるため、そのときに先立つものとして必要となる魔力を生み出す装置は、十分な効果をもたらすはずだ。後は、人を殺さないように街を破壊していけば、この巣に来るのは身代金を取れるような貴族の軍人だけになるだろう、との目論見だ。
その後も二人は、前回と今回の襲撃を通じて得た情報を元に、さらに巣の内部の強化と今後の方針を形作っていった。今までの経験があまり役に立たないということで苦労はしていたが、二人ともどこか楽しそうであった。

こうして、ようやくこの世界での本格的な巣作りが始まった。





そんな感じで一通り報告と今後の方針を決めた後、ブラッドが珍しくおずおずとしおらしくしているような気がするクーから受けたお願いは、予想外のものだった。


「処罰?」
「その……今回の件は私のミスです。事前調査をしっかりしていれば御主人様にわざわざ御足労頂く羽目にならなくても、きちんと巣内で撃退できたはずだったのですが」


ブラッドにはわけが解らなかったが、クーにしてみれば今後の巣の運営のために絶対に必要なもの。
今回のような事態を引き起こしたクー自身への処罰を、クーはブラッドに願い出たのだった。


「上手く言ったんだから、別にいいじゃないか」
「そういうわけには行きません! 私がメイドたちを統括する役目として彼女達の命令処分を一任されている以上、私の失態に対しても処罰が下らねば、彼女達にたるみが生じます」


別になあなあで行けばいいんじゃない? などという感じで軽く答えるブラッドに、クーはその髪を激しく揺らして否定する。
巣立つ前に竜の村である程度の教育を受けてきていたブラッドだったが、クーのような生粋の会社員社会での掟というものについては詳しくないので仕方がないのだが、この場においては確かにクーの言葉が正しかった……………まあ、普段でもいつも行き当たりばったりのブラッドよりクーのほうが正しいのがほとんどだが。
だが、いまいちブラッドのほうは煮え切らない。


「そういうもんなのか?」
「そういうものなのです。というわけで、何らかの処罰をお願いします」
「そんなことをいってもなあ……二、三日謹慎といってもクーがいないとこの巣はまともに動かんぞ」
「とにかく、私だけミスしてもなんらお咎めなしって示しがつかないんですよ……謹慎が駄目なら鞭打ちとかそんなのでもいいですから」


謹慎させても困るのはブラッド自身である。そういって渋るブラッドに、クーは言いづらそうに付け加えた。少々頬が赤くなっているのは果たして失態への反省か羞恥か。
そんなクーの珍しい表情の変化にも気付かないで、ブラッドは暫く悩んだあとこう答えた。


「……解った。じゃあ、夕食後にまたこの部屋に来てくれ」
「承知しました」


煮え切らない返答を受けても、とりあえず処分を受けたクーは、ちょっとドキドキしながらその部屋を辞した。後に残ったのは、どうしようかなあ、などと未だに考えている一匹の御主人様だけが残った。







魔界での一流企業であるギュンギュスカー商会の社員として、大佐の地位まで上り詰めた少女は、今まで仕事一筋であったことを象徴するように、未だに彼氏彼女の関係に縁がなかった。
そこにきてここでいきなり戦闘が終わって気が高ぶっているはずのブラッドの呼び出しである。ちょっぴり彼女がいけない香りを感じてしまっても無理はないことである。


普段から女のたしなみとして手入れを欠かさない体を、無意識の内にさらにいつもよりも念入りに自分の部屋に付属している浴室でブラシを使って洗う。自慢の長い髪はゆっくりと、少しでも傷つけないようにやさしく香りの強い洗剤で洗い上げ、コンプレックスでもある体つきを少しでも魅力的に見せようと魔界の一流ブランドの最高級品でしっかりと磨き上げる。

バスローブで包んだ体をそのままに、化粧水や香油を入念に肌にすり込み、ある程度の水分をタオルで吸い取った髪にコーティングをかけるような感じでドライヤーを当てる。
髪が乾いたら、クローゼットからからわずかに香水の香りを含ませてある下着を取り出す。執事服を変えるわけにはいかないため、ここはせめてものおしゃれをしたい。
下品にならない程度に清楚に、それでいて大胆に、十分な時間をかけて選び抜いた下着をすばやく身に着ける。

いっそヒールで行くか、とも思って鏡台の前に備え付けてある棚に手が伸びるが、あまりにいつもと違う格好をしてブラッドに引かれるのだけは避けたい。そのため手に取ったペディキュアはいつもどおり諦め、それ以上下着姿のままいろいろとすることもなく、きちんと念入りに、さっぱりとした軽くレモンイエローが浮かぶシャツとアイロンの効いたズボン、普段どおりの靴下にエナメルの靴と自分の戦闘服を着込んでいく。

着込み終わったら再び鏡台へ。肌のきめを整えるだけで、それほどきつい化粧は必要ない。まだ、若いのだから、とクーは己を鼓舞する。普通に長いまつげにマスカラを塗って、アイシャドウを入れて。可憐に、しかし色気など内からゆっくりと滲み出す感じに。リップだけは、いつもよりちょっと可愛らし目のピンクの強いものを唇に乗せていく。

呼び出しの時間まで計算してたっぷりと時間をかけて行われたその行為は、男性であるブラッドにはわからない程度に、それでも最大限女らしさを引き出すようにした、知らず知らずに手が動いた勝負メイクだった。

最後に、天井に香水を振りまく。下着に乗せた香水や今まで見に纏った香りと変に混ざり合わないように統一性を持って、しかし違った印象を与える香りを選んだ。これも最高級品だ。魔界の一流商社で働くエリートのクーは、時折結構な額のボーナスがブラッドから出ることもあってかなりの高給取りだから、こんなところでケチる根性は持っていない。それでも、いつもよりちょっぴり甘い香りになってしまったのは否めない。
ゆっくりと落ちてくる香水の霧で出来た滝を、二、三度通り過ぎる。クーの年齢と見た目であれば咲き誇る大輪の花のように香る香りは逆効果。ぎゅ、っと抱きしめたらほのかに香る程度に上品にその身を彩って、クーは気合を入れる。そして部屋の外に出てその場で大きく深呼吸をして、ゆっくりと部屋の扉を閉めて出て行く。


こうしてクーは本人は意識していなかったものの、完全装備でブラッドの部屋へと向かっていった。
後には、ふんわりと甘い花の香りがわずかに漂っていた。


ピキーン
トリステイン王国 のステータスが更新されました。
トリステイン王国国軍(貴族連合) が 壊滅しました

ブラッド のステータスが更新されました。
魔力 を 134 失いました
新たに資金を 1 百万B手に入れました。
恐怖 が 23 上がりました



その17へ

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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