スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悪徳の宴・10

改めて考えるとなのはさん達超強いなあ……ランスやブラッドでも勝てん気がする


















『ここを開けろ、一士! 開けるんだ!!』
「こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに!」


激しく叩かれる扉の付いた部屋の中で、少年は自分のベッドを背にして頭を抱えてうずくまった。
脳裏をよぎるのは、困惑、後悔……そして、怒り。そんな、身勝手な感情だった。

確かに己は才能に恵まれなかった。
だが、不満に思うことはあれども、それを理由に周りに当り散らすようなマネをした覚えはなく、常に努力を重ねてきたはずである。
同僚たちとの関係にも気を配り、上司の宴席に呼ばれても嫌な顔一つした覚えは無い。
全ては一足飛びに高位につけるだけの才能が無いが為に必要とされた努力であったが、それに対しては他の同期たちと同じように、同じぐらいのものをミスせず過ごしてきたと彼は自信を持っていえる。

しかし……そんな日々の中、一つだけ求めていたものがあった。


『それの危険性は通達が回っていただろう! 開けるんだ』
「これしかなかっただろ! 俺が他に何が出来たって言うんだ!」


毎日だって願っていた―――レアスキルが欲しかった。
訓練のたびに痛感していた―――強いリンカーコアが欲しかった。
現場に行くたびに感じていた―――優れたデバイスが欲しかった。
そして、彼らを見るたびに思っていた―――才が、欲しかった。

求めていたのは、純然たる力―――正確にはそれを手に入れるため、今の自分ではどうあがいても這い上がれない階層へ一歩踏み入れる為の通行手形だ。
正義を志すこの心では負けていないはずなのに、れっきとした差が存在してしまう現実がある以上、それだけはたとえどれほど懸命に現状を自己肯定していてもなくなりはしない不満だった。


そう、多くの管理局員が思うように、彼もまたそのことに不満を持っていた。

給料のよさ、待遇の違い、出世の速度、名声。
そんなものなどどうでもいい。
そんなものなど、力なき市民を守るためには必要ない。
それだけならば、そう強がれた。
各種の待遇の違いを感じたときにいくつか彼の心をよぎったことはあれども、それだけのためならば己の我慢だけですんでいた。
彼は犯罪者やテロリスト、あるいはその予備軍などでは決してなく、力で持ってそんなものを奪い取ろうなんて考えもしなかった……せいぜい、愚痴を言う程度だ。

だが、訓練ではどれほど強がれたとしてもいざという段になって犯罪者が跳梁跋扈する現場に立ったときに。
多数のガジェットによる蹂躙によってなぎ払われるしかなかったときに。
たった数人のエリートによって事件が解決したと病院の中で聞かされたときに。
自分の無力を思い知ったときに。

快適な待遇を得るためでも、他者に尊敬の目で見られるためでも、部下を指揮命令することによる高揚を得るためでもなく、ただただ純粋に思った。

力が欲しい。
彼らに並び立てるだけの力が欲しい。
この正義を貫けるだけの力が欲しい。

自分の信じる道を貫き通す為に、たとえ他者に非難されてもその者を守る為に力が欲しかった。
弱い自分では守りきれるものなど何もないと知ったあのJS事件を再び繰り返させない為に、今までのような必死の訓練や連日の勉強では足りないだけのものを補うだけの何かが絶対に必要だったのだ。
自分の努力を一足飛びに飛び越えて結果を出すような敵たる犯罪者に、そして味方たるエリートに、付いていけるだけの魔法の才能に代わる何かが無ければいけなかった。


だから、使った。
使わざるを、得なかった。
それなりの危険があることはわかっていた。
これが法に触れかねない事である事もまた、知っていた。
だが、己ならばその危険を御せると思っていた。
法さえも変えさせられると夢見ていた。
誰にもまだ否定されていない「新型バリアジャケットを扱う才能」ならば、己にあると信じていた、願っていた。

それさえも否定されるというならば……


『もういい! 準備を!』
「また繰り返せって言うのか? 手をこまねいてあの下魔とか言うのを見てろって言うのか!」
『やれっ!』
「っ!!」


叫びながらもその中に含まれた自己欺瞞を彼はちゃんと感じていた。
その自覚を促すように扉を叩く音が消え、変わって魔力の流れが起こる。
それを感知して彼がうずくまったその数秒後、爆音とともに扉に大穴が開けられる。

それが、終わりだった。

雪崩れ込んでくるかつての同僚たちに対して、彼はその新型バリアジャケットによって手に入れた力を振るおうなどとは考えもしなかった。
それどころか、訓練によって積み上げてきた力でさえも使わず、先ほどまでの叫びが嘘のように抵抗さえしなかった。

ああ、結局現状は正しいのだ。
自分には特別な才能なんてなかったのだ。
ごくごく平凡な、歴史の波の中うずもれるような凡人でしかなかったのだ。

抵抗を諦めたのはきっと才の無い自分が何をしたところで現状が変えられない、という諦めから来る考えではない。
自分を捕らえようとしている彼らの行いが「正しい事」であろうという確信にも似た何かが己の中にあるからだ。
突入してきた彼らの顔に浮かんでいる怒りとも悲しみともいえない表情の意味が、己にも十分理解できるからだ。
一つ何かが違えば抑えられている彼とそれを行っている彼らの立場は逆になっていたに違いないからだ。

彼らの持っている感情も、自分が胸に抱いている正義も、きっと何一つ変わることなく同一のものであるならば、たとえ手に入れた力があったとしてもここで彼らを傷つけてまで抵抗するのは間違っている。
彼は決して管理局に、それを支持するミッドチルダ社会にたいして害意を持っているわけではない。
きっとこの後容疑者として取調べを受け、その身分を剥奪されて今まで築き上げてきた全てを失う事になるだろうとはわかってはいても、彼が願うのは今でもミッドチルダのごくごく一般的な市民の平和だけ。
自分がその一助となれないことは残念ではあれども、それでも法にもとづいて処分が下して世間を守る管理局の仕事について、彼は今でも誇りを持っている。


だからこそ、非殺傷の誓いを破り、命令に反した自分が拘束されるのもまた、ある意味正しい事だと理解している。
自分が思い描いたようにこの特殊なバリアジャケットを完全に、己自身のように使いこなせないならば、これは確かに危険な代物であり、自分が禁を破ってまで使おうとしたことは単なる我侭でしかない。
間違ってしまった自分が罪人という立場になる事はその身勝手な「正義」をよそにおいてしまえばきっと正しいことなのだ、と。
罪に対して報いを受ける、それこそが己が愛した管理局なのだと思い込もうとした。


「突入成功、確保しろ!!」
「でもどうして、あいつたちは許されるんだよ!!」


しかし、それでも出てしまった血の吐くような声で宙に投げかけられた必死の問いに答えを返すことが出来る者は、その場には誰一人いなかった。












「シルヴァ、結局あんたは何が望みなん!? こんな人を傷つけて、自分も傷ついて……そこまでして叶えたい願いってのは、一体なんなんや?」


眼前のテロリストに対して問いかけながらも八神はやては今まで何度も考えたことを改めて自問した。

己に人が殺せるか。

結局のところ、今現在管理局が突きつけられているのはそれだった。
人を、殺す。
非殺傷設定という加護の元、クリーンなエネルギーである魔法という美名の下、主義主張の違いを、感情と理性の行き違いを全て話し合いだけで押しとおす事が可能になってしまうほど発展を遂げたミッドチルダの社会において、旧時代の遺物の覚悟が唐突に求められた混乱こそが、今のこの一連のテロ事件における初動のまずさを生み出している。
最強の論客も原始の蛮人相手にはその力のほとんどを削られる。この手馴れたテロリストたちはそんな不平等な野蛮な戦いを容赦なく強いてきている。
だからこそ、こうも被害が拡大した。


「決まっている、俺の望みは全て! 俺に歯向かう事さえ考えさせない、絶対的な力こそがそれをかなえる唯一の方法だ!」
「そんなん、間違ってる!」
「それを決められるのは、俺だけだ、八神はやて」


身勝手な望みを口にし、それを当然のように嘯く男を前にして、改めてそれを痛感する。
しかし、否定してもまるで聞く耳を持たないシルヴァはそれを無理にでも強いてきた。

彼が放つ特殊な魔法は大地や大気に対して様々な効果を付加し、はやての行動を縛ろうと牙をむいてくる。
それを圧倒的なまでの力でまったく寄せ付けないでおきながらも、はやての表情はなお冴えなかった。

高ランク職員として、将官として、上級管理職として、管理局という体制に組み込まれる歯車ではなくその歯車を拾い上げ組み合わせ組み込む側として立つ為に教育を受け、その道を歩き始めていたはやてには他の高官たちと同様に、彼の迫る決断の重要性が、そしてその決断が他者に対して及ぼす影響についても痛いほどわかっていた。

今もヴォルケンリッターが仲間同士で交戦中という特殊な事情が無ければ、彼女の側には常に騎士がいるはずだった。
もはや八神はやては直接実行する側ではない。実行しろと命ずる側なのだ。
だからこそ、その選択肢の重大さを痛感しており、にもかかわらずそれを容易く踏み越え、他者にまで命じてくるこの男の異常性を一際強く感じてしまう。


「それはそんな命の奪い合いをしてまで欲しい事なんか! 人を殺して、自分が死ぬかもしれないことが怖くないんか!」
「はん、平和ボケした奴の言い分だな。命もかけずに得られる生ぬるいものなんぞ、もうすべて手に入れてあるんだよ!」


他者を傷つけてまで止めるという、個人的な好悪の念を超えた万人の禁忌の場所にその選択肢はあるはずだ。
シルヴァ・ラドクリフにだって、きっとそんなことなど許されるわけなど無いと知っているはずなのに。
今までいくつもの陰謀に巻き込まれながら、どのどれに対しても実現させる事はなく辞めさせる事が出来たはやてにとって、シルヴァの行為はあまりにも許されないものだ。

どこまでも、はやてとシルヴァの思いと考えと夢は噛み合わない。
命を懸けて叶えたい夢、それはもちろんはやてにもある。
だが、他者を踏みにじり、自分を傷つけて、誰にも許されないそんな孤独な玉座に座る事がそれほどまでにいいこととは、かつてその選択肢を拒絶しただけにどうしてもはやてには思えなかった。

だが、噛み合わない、だけではもはや戦いは止められないのだ。
天秤の一つにもはやこの男達の手によってミッドチルダの平和が完全に乗せられてしまっている。
それを知っているはやては戦力的には余裕に、しかし内心ではこれ以上内ほどの焦りを持って唇をかみ締めた。


この場で彼を傷つけてでも倒す……殺してでも止める。
そうすれば、すべての問題は解決する。
テロ事件は収まり、主犯が消えた事で一定以上の抑止効果が見られて治安も安定し、ヴィータだって帰ってくる。
その代償は、僅かな人数の命。たったそれだけ。
今まで無傷での確保にこだわっていたせいで失われた貴重な管理局員の命、そしてこれからもそれを続ける事で必要とされるであろう善良なる一般市民の命の数を考えると、その数は遥かに少ないものであり、比較するのがおかしいほどだ。
冷徹なる損得勘定ならば、そろばんを弾かなくてもわかる程度に簡単なもの。

すくなくとも、ギル・グレアムならば悩みながらも、レジアス・ゲイズならばその煩悶を鋼の表情で隠し、そして最高評議会ならば何一つ悩まず選んだ選択肢に違いない。


「わたしは殺したくなんて無い、わたしたちは傷つけたくなんて無い! それが普通やろ? それやのにどうしてそんなことが出来るんや!!」
「お前らのような臆病者と一緒にしないで貰おうか!」


だがそれは、その彼らを徹底的に否定したはやてたちにはおいそれとは取れないもの。
ましてやはやてにとって自分の心が痛む、というだけではすまない問題だ。

自分の家族であるヴォルケンリッターにも殺せ、と命ずる。
自分の親友であるなのはやフェイトの願いを踏みにじって命ずる。
彼らに対して、絶対の禁忌である殺人を示唆し、悔恨の念に苦しんででもこの社会の平和の為の犠牲となれと強いるに等しい。


「どうした、与えられた力で引き篭もるだけがお前達の正義か! 才能頼りの鉄壁がそれほど誇らしいのか!」
「わたしは、わたしは!!」


どれだけ重ねたとしてもシルヴァの変容魔法でははやての防御結界とバリアジャケットを抜けるだけの力とはならない。
絶え間なく降り注ぐ干渉系の魔法もはやてのシールドは揺らぎもさせなかった。

しかし、この攻撃を掻い潜ってバインドや衝撃系の類の魔法をはなとうとも、それだけは目の前の男は当てさせない。
広範囲の爆撃系ならばさておきこういった個人戦闘の系統をはやてが苦手としていることを差し引いても、短距離の転移とAMFを核にした独自技術によって見事なまでにかわし続けている。

このままではいつまでたっても当て続ける事は出来ないだろう、そう予感させるそれは、しかし一切の有効な反撃をさせていないだけに決断のきっかけとはなりえない。
高ランクの魔導師たるはやて自身の脅威には、この男は届いていないのだ。


なのに、己に人が殺せるか?
そして、それを家族や親友にまで強いることが出来るか?
己と抱く信念が違うであろう、しかし自分を傷つけることが出来ないような「弱い」男を力の差を頼りに議論さえせずに叩き潰す事が己の正義なのか?

平和を得ようとするならば、この男が求めてくる答えを返すならば、どうしても考えなければならないものが多い分だけ、はやては深く広く考え続けていた。


きっとなのはには出来ないだろう。
どこまで行っても彼女は正義の魔法少女なのだ。
道を示し、後進を育み、皆の目標になるあの少女にとって、人を殺すという選択肢はきっと考えもしないことであり、そしてきっと考えてはいけない事だ。

フェイトは微妙だと思う。
彼女はきっと時と場合によっては殺せる人間側だ。心は望まず自身を傷つけ、しかしそれを押し殺して他人を傷つける。
が、だからこそ彼女はきっと最後の最後までその選択肢を選ぼうとはしないだろう。


「ほんまにこれでいいんか!? あんたにとって今まで後悔することなかったんか! このまま同じこと繰り返して、なんも残らんようになってからじゃないと止まられへんの?」
「はっ、馬鹿なことを。俺は、俺の為に生きる!」


だけど、世界はそれではもうすまなくなってしまっている。
モラトリアムでいられる時間はもう僅かにも無い。
その一つの証明として、自分の何よりも大切な家族の一人がこの目の前の男に奪われてしまっている。
いつまでも迷い続けている事はもう、できないのだ。

教導官として若手の育成に励むなのはに執政官として単独で任務に当たるフェイト。彼女たちも勿論大事な役割だ。だが、一仕官として、一兵卒として戦うことで、個として己を磨き上げる事こそを求められる彼女たちとはやてでは、もはや立場が違う。
自分が立とうと決めた地位は、家族を守る為に必要だった場所は、個人的な善悪の感情と信念だけで決めていいものではなくなってしまった。
最高評議会という絶対的な決定機関亡き後、この社会全てを見て、今後どのように導きたいかを考え、守れるもの、守れないものを冷たい方程式に当てはめて解法していくべきなのか、教えてもらうのではなく決める側なのだ。

だからこそはやては自分自身の役割として自身の正義でもって覚悟を決めた。
その上で、魔法を一つ、選択する。


「ああ、もう! 仄白き雪の王、銀の翼以て」
「ちっ、ようやく本気になりやがったか!」


回転する魔法陣の上に立ったまま杖を掲げ、今まで掲げていなかった魔道書を開いたはやてを見て、シルヴァはその本気を悟る。
彼にリンカーコアは存在しない。それでもわかるほどの圧倒的なまでの力の発動に、背筋に氷柱が突っ込まれたような悪寒を感じて思わず反射的にシルヴァは手持ちの中では最速最強の攻撃魔法を放つ。
詠唱さえ破棄された人体を容易く貫く黒の魔弾は、詠唱中ゆえに動けないはやてに向かって一直線に進み、狙いどおりに着弾した。

だが当然ながら、それでさえもはやての防御結界を侵すことなど叶わない。
元々絶対的な力が違いすぎるのだ、ただはやての眉をひそめさせるだけの効果しかなかったそれは一時の詠唱の邪魔をすることも出来ず、結果として浪々とはやての声は響き渡る。

声に篭るは憎しみではなく、怒りでもなく、ただただ悲しみ。
己が傷つけるために魔法を使わなければならない事、その結果として一個の命―――それも知性無き野獣ではなく対話さえ可能なはずの同じ人間のもの―――を奪ってしまうかもしれない事に対する嘆きを声の音に秘めて、しかしそれを押し殺した上ではやての詠唱が完成した。
回転する魔法陣が一際強い光を放ち、魔法の効果が発動する。


「眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、『氷結の息吹』!!」
「くそっ、なんて馬鹿魔力だ!」


そんな僅かな詠唱で放たれたとは思えないほどの強大な力が、あっという間に浸透していく。
四つのスフィアがまるでシルヴァを囲うように放たれ、着弾する。
己に向かって攻撃魔法を放たれると思ったのだろう、必死の形相で大地を蹴り効果範囲を逃れようとしていたシルヴァだったが、そんな程度でこの総合SSランクの魔導師の射程を逃れる事など端から無理だ。
彼の足では、視界に写る場所程度の短距離の転移では、逃れきれないほどの広範囲にばら撒かれたそれは、地面に到達した瞬間に自身の役割を思い出したように自壊した。


「なんだ、あれは……って、何っ!!」


己に対して攻撃魔法を放たれなかった事を察して拍子抜けといった表情をしていたシルヴァだったが、その表情はこの魔法がどんな意味を持っているのかを察したときに再び強張った。

自壊したスフィアが落ちた地点が、白に染まると同時に、強烈な冷気を発生させる。それは瞬く間に効果範囲を広げ、シルヴァの足元までたどり着く。
それは決して直接的な攻撃力を伴う魔法ではなかった。シルヴァ本体に直撃させるならばさておき、もともとこれは破壊を目的としたものではないのだ。
だが、その凍結は止まることなく大地を白と青に染めていき、やがて氷の世界を形作った……シルヴァの変容魔法の施されたこの要害の地にさえ。

自分の環境変容をあっさりと上書きされ無効化された事で、シルヴァの表情は硬い。
無論、はやてがやったことはシルヴァのように限られたものしか使えない変容魔法をあっさりと習得した、というわけではなくその圧倒的なまでのリンカーコアの出力による力技な訳だが、それでも表面が凍結したことによって大地に施した各種の変容は完全に封じられてしまった。

知識としては知ってはいたものの、それでも自分とはやての圧倒的なまでの力の差を如実に表すその事実を目の当たりにして、シルヴァの持っていた余裕が消えた。

その表情を見て、己が魔法を放った意図がきちんと伝わった事を感じた後にはやては最後通告を、敵と己の両方に突きつけた。


「シルヴァ・ラドクリフ……これが最後の警告や。おとなしくお縄につきぃ。今ならまだ、怪我なく終われるで」


言葉に込めるは冷徹な殺意。
すくなくとも、それを装えるだけの演技。

そう。
このままヴィータが奪われ続けるならば。
シグナムやシャマル、ザフィーラになのはフェイトスバルティアナエリオキャロまで奪われてしまうなら。
自分が愛してやまないミッドチルダの社会が崩れいくのを見つめていくのと比べるならば。
たった一人、孤独のうちに死んでいくと思っていた自分を救ってくれた家族を守る為ならば。


殺そう。
そして、殺させよう。
だからまず、自分が殺そう。

ヴォルケンリッターに許可を与える前に、他の局員に命ずる前に、自分自身の手をまず汚して見せよう。
たとえこれが自己満足に過ぎないものだとしても、真っ先に非難を受け止めるべき者は……殺意を持って正義をなそうとするようなミッドチルダの異端児の始まりである者は、主であり上司である自分自身であるべきなのだ。
正義の為に他者を害するという事を恥も知らないような顔で高らかに宣言するのは、彼らの上にたつ八神はやてでなければならないのだ。

その決意とともに悲しみはなお秘めて、しかし管理局員としての毅然とした態度を崩さずにはやてが行った降伏勧告は決して相手の心を揺り動かすような上手なものではなかった。
が、圧倒的なまでの力を背景にしたそれは、決して凡百の犯罪者たちが無視出来るような薄っぺらいものではない。
恵まれた才覚と余人にはないレアスキルを与えられ、それを正しく運用する為に心血を注ぎ寸暇を惜しんで鍛え上げた力は、たとえ普段前線に立つことがほとんどなくなった今でもなお、凄まじいまでの圧力として悪行のシモベに対してプレッシャーを掛け続ける。
才を、力を、意思を、正しい方向に向け続けた正義の使徒として。


「ふん、随分な言い草だ。そっちが降伏すればすむ話だろうが」
「……わからん奴やな。わたしは手加減が下手やゆうてるんよ!!」


しかし、それでもこの男には届かない。
自分の命をはやてに握られている事を知っているにもかかわらずまったくもって引こうともしない。
それどころか、にやりと不敵に笑って見せるその男に、はやてもついには決めなければならなくなった。

家族を守る為なら、囚われ汚染され今はよりにもよって無理やり家族と戦わされているヴィータを助け出す為ならば、自分はきっと人を殺す決断が出来る。
家族と親友に殺せと命ずることも出来る。
そう信じて、はやては震える心を押し殺して、たった一人に向けるにはあまりに強力すぎる力の照準を目の前の金の魔導師に向けた―――向けてしまった。

それをうけて、シルヴァは楽しげに、狙いが成功したことを確信した顔で矢を―――魔法ではなく、言葉で出来た必中の矢を放った。


「はは、ギル・グレアムはやはり正しかったようだな。やはりお前は自分の足を治す為に他者を害する事をよしとした、闇の書の主だ!」
「っ!!」


傷つけることへの覚悟の是非。
それははやての内面にとっては大事なものだったのだろうが、シルヴァにとってはどうでもいいこと。
おそらくこの強靭な心を持つ正義の魔法少女はグレアムのことを聞いても止まることがないであろうことも。
彼女が家族愛を抱いて決死の思いで覚悟を決めようが、その決断が彼女にとってどれほど大きなものなのか、そしてミッドチルダという社会においてこの決意が「正義」かどうかも。
そんなことなど、どうでもよかったのだ。


はやてならば、彼女の家族ならばきっと、シルヴァの放った言葉の刃さえ乗り越えられるとしても。
仮に彼女の決断が社会において許容される、法的にも許される正義だったとしても。
彼は知っていた。


彼女が正しいから、努力を重ねているから、贖罪の意識を持っているからこそ、彼女が憎い。そんな人間はどこにでもいるのだということを。
身内をロストロギアで失ったことで、リンカーコアに恵まれなかったために、階級において遥か年下の人間に数年で追い抜かれたことで、自分が失いつつある若さがあるために、恵まれなかった美貌、持ちえなかった財産、挙げられなかった功績、得られなかった友、信用、境遇、デバイス、才能、学力、部下、仲間、愛情、正義!

それらに恵まれなかったものにとっては、恵まれたものが幸せであるというそれ自体が許せない。
魔法少女が正義だからこそ、その身を下種でクズで最低な自分の下劣な欲望で汚したい。
ただ清く正しく夢に溢れた少女を犯せるのならば、この先のすべての人生を失ってもかまわない。
正義の魔法少女が考えもしない、けれどどんな世界にもいる当たり前の平凡な人間は、このミッドチルダにだって存在する事を、シルヴァは十二分に知っていた。

だからこそ、今はまだ自分の正義をあげつらうだけの鋭さしか持たない矢じりでさえも顔色を一気に悪くする八神はやてがもはや、完全に罠に嵌ったことを知ったのだ。
今回自分の仕掛けた罠を彼女が乗り換えたとしても、それはもはや終わりの始まりでしかないとシルヴァは確信していた。

この彼女の決断をきっかけに、今後はやてが想像さえしたことのない攻撃はきっとやむ事はないに違いない。
無関係で無責任な第三者による嫉妬を隠した「正義の断罪」の冷たさは、今の彼女には具体的に想像も出来ていないことだろう。
彼女が正義を語るたびに、汚らしい欲情の混じった視線で彼女を嘗め回す人間の存在など、きっと知りもしないだろう。
それゆえ、シルヴァの発した言葉の意味を本当の意味ではやては知らないに違いない。


だが、ファルケの誘惑に負けた人間がリンカーコアに恵まれなかった低位の管理局員に相当数いるように、メッツァーがばら撒いた下魔を使ってのテロ行為に手を染める人間が一向に減らないように。
その幸せが許せない。
そんな不幸せな、けれども「悪ではない」人間は、いくらでもいるのだ。

故にほんの僅かでも燃料があれば、その悪意の火種はあっという間に燃え上がる。

そして、それを煽るものがいるのならば。


「歓迎するぞ闇の書の主、ようこそ血と鉄の世界へ!!」


はやての覚悟など、きっと持ってはいけないものだったのだ……たとえそれしか選べなかったとしても。
この世界においては傷つけてでも守りたい正義というものは徹底的に否定される……そう、誰よりも諦めない正義によってその行為は正しくないと断罪されたグレアムやレジアスのように。
最悪の未来を回避するために選んだ選択肢は、しかしそれより僅かにましな程度の悪い未来を呼び込むためのものだった。

管理局の高官が他者を害する事を是とした、しかもそれがかつて多数の人間を殺す闇の書事件を起こした殺人プログラムを麾下に納めてふんぞり返る八神はやてである、という事がどんな意味を持つのか。
はやてに嫉妬する人間に対してその事実を公開することがどんな結果を招くのか。
それらを積み上げ、積み重ね、そこまで導いてきた金の男ははやて以上にそれを知悉しており、それゆえに戦力的には圧倒的にまで追い詰められたこの状況こそが、勝利を呼び込む最後にして最良の一手であったと確信していた。


つづく

Comment

No title

分かり合えないというかお互いの世界の違いのぶつかり合いは何度も見てきましたがとうとうはやての番が来ましたねw
俺個人は殺人は禁忌とは思いますがなのはキャラほど厳密な禁忌とは思いません
ただ魔王らの理屈も嫌いですが
はやての存在そのものが矛盾してるからそこを突かれたら厳しいぜ

No title

はやてはヴォルケンリッターが勝手にやった事だから自分には関係ないと言えれば良かったんだろうけど
さすがにそんな事出来なかったからな、自分が責任を取るという意志を見せた以上控えめに見ても元犯罪者か
同じくフェイトもスカリエッティを責めてプレシアを擁護する矛盾を内包しているし
そういう点を考えると今のところ一度も能動的な失敗をしていないなのは様が最強なのか
今のところなのはには部下を失う精神の負担と、真っ当(?)な快楽攻めしかされてないみたいだし

No title

本当に凡人からしたら、スネに傷ある人間だろうが高ランク魔導師さまならなんでもアリかよっていう感情に取り付かれるのは当たり前な話で
ごく一部が潤うために大多数にストレスかけるのは、それはやっぱりディストピアなんでしょうなぁ

常々、リリなのシリーズには主人公のなのはが強すぎて仕方ないという感想を抱いていたので
こうしてフルボッコにされていくをみると、黒い爽快感を感じてしまってしかたないです。
はやての経歴に泥を塗る前に、ヴォルケンズは騎士だのなんだの名乗るなら自決でもしていればよかったのに、とか思えて仕方ないんですよね
stsとかシリーズ続いちゃった今だからこそ、という感情なんですけど
ヴォルケンズって、はやてが家族だなんだ言ったところで、極端な話ただのプログラム。
言い換えればラブプラスだのと大差ないわけですから、こういう展開はすごく好みです。

凌辱されようが、レイハさんにじげんばくだん()仕込まれようが立ち上がってそれでも凌辱されて
そして堕ちていくことこそ、本当の意味でなのはさんが魔法少女から開放されるときなんじゃないかなぁと思えてならないです
次が待ち遠しいSSに久々にであえました。
次回まってます

No title

まーはやての説得はぶっちゃけ自己満足にすぎないですからね。
管理局のお題目と合致してますし、大多数の局員も同意見ではあるのでしょうが…
レジアスや三脳などの幹部クラスが、人を殺したり弄ったりすることを容認してるだけになぁ。
だからこそ、の奇麗事なんでしょうが。
でも正直、シルヴァたちにそれを押し付けるのは戦国武将に対して人殺しするな。
第二次世界大戦中の日本人に米国を憎むな。魔女狩り時代に魔女なんていない。
こう言ってるも同然ですからね。
……はやてにしたって、闇の書被害者の前で人を傷つけるのはよくない、と主張できるのか?って話ですし。
環境が違う、この一言で終わっちゃうことだからなぁ。結局は勝者が正しいわけで。

しかし主題が違うんだから仕方ないことではありますがエロ成分が欲しい今日この頃。
やっぱ魔法戦士シリーズはヒロイン辱めてナンボですしw

No title

>しかし主題が違うんだから仕方ないことではありますがエロ成分が欲しい今日この頃。

以前、作者がはっきりとした凌辱は書かないとどこかで言ってましたからはっきりした描写では無いと思いますよ
ただ、暗に凌辱されたのを匂わす程度というかぶっちゃけ前におもいっきり『コマされた』みたいなのは欲しいかなw
魔法戦士シリーズはヒロイン辱めてナンボなのは俺も思ってますしw
非公開コメント

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめ【悪徳の宴・10】

改めて考えるとなのはさん達超強いなあ……ランスやブラッドでも勝てん気がする
プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。