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悪徳の宴・8

ある意味リベンジだな……もともとこの設定は一話目書いた時点でぼんやりとは決めてたんですけど、自分の引き出しの少なさを感じるなあ。まあ、スターシステム的なものということで。







フェイト・T・ハラオウン。
時空管理局。執務官。
魔導師ランク・空戦S+。

魔力変換資質「電気」というレアスキルを保有する、管理局を代表する強力な魔導師の一人。
圧倒的なまでのスピードと破壊力を武器に、ありとあらゆる犯罪行為を防止する為に戦ってきた、正義の盾。
たとえ犯罪者相手であろうともその命を奪う事を考えもせず、その心身を損なう事を許せず、自身の限界を超えてまで戦い抜く事を考え続け、その結果として力尽きて捕らえられるようになった少女。

捕らえられてもなおその気高さを失わなかった顔が、今は驚愕に真っ青に染まっていた。


「……」
「プレシア・テスタロッサというのは魔導師として強くはあったのだろうが、研究者としては二流だったようだな」


声さえ出せないその反応をむしろ当然のように捉えて、この場の主、メッツァー・ハインケルはそう嘯いた。
全てをつまらぬと見下すポーカーフェイスがそんな場にはこの上なく似合うが、フェイトにしてみればそんなメッツァーの様子はまるで過去から来た悪魔のようにしか思えなかった。

それを見て。メッツァーは先ほどあげた広報にも載るようなそれとはまた違う情報を思い起こす。
フェイト・『テスタロッサ』・ハラオウン
その本質は使い魔を超える人造生命体として、プレシア・テスタロッサのプロジェクトF.A.T.Eによって生み出された、人造魔導師。
金に輝く長い髪も、均整の取れた肢体も、優れた魔導師としての資質も、何一つ創造主たるプレシアには価値を認められなかった、「アリシア・テスタロッサの劣化コピー」。
それこそが、彼女だ。
それを思い出したメッツァーは己の策の成功を半ば確信していた。


もっとも、そのこと自体は然したる秘密ではない。
確かにフェイトの生まれ育ちは一般に知られている事ではなく、容易く口にしていいことでもないが、それでも彼女はあくまでクローンを禁ずる法に反する次元犯罪者ではなくそれによって作られた側、巻き込まれた被害者である。
八神はやてが闇の書の主である、といった不特定多数から多数の恨みを買うような致命的な過去とは違う。
違法研究で生み出されたとはいえ公正な裁判においてもれっきとした人権が認められている以上、それら生まれ育ちの事情はプライバシーの保護として守られはしても、管理局員としては何が何でも隠し通さなければならない汚点ではない。
故に管理局内でも知っているものを厳密に管理している、という類のものではなく、ちょっとした知識があるものがそれなりの手順を持って調べればわかる類の情報だ。
実際、どういう手段かは不明であるが、何度か逮捕した犯罪者にその類の言葉で罵倒された経験がフェイトにはあり、それに対して心を痛めた事も多い。


「プロジェクトF、だったか。資料は見たが、随分と無駄の多い計画だったな」
「はい。かなり前時代的な手法を使った、偶発的要素に頼ったものと見受けられます。本来であればメッツァー様のお目を汚す価値も無いものですね」
「っ!!」


ただ、勿論今の家族であるクロノやリンディ、それにキャロがそんなことなど欠片たりともに匂わせはしない。皆、今のフェイトを肯定し、愛してくれている。
エリオなどはあまりに彼女と境遇が似通っている事もあり、親代わりとして彼を引き取ってから一生懸命育てようと日々を過ごすうちに、フェイト自身も己の生まれについて自分がアリシアではなくフェイトであると肯定的に捉えられるようにもなってきていた。

今の彼女は、かつてなのはと闘った頃の彼女とは違う。
母の愛に縋るしかなかった惨めな幼少時代とは異なり、今の彼女には、家族が、仲間が、そして友がいる。
人とは違う生まれを母親の存在だけで繋ぎとめているのではなく、しっかりと地に根を張って生きているのだ。


「そんなものに必死になっていたとは……たかが、幼子一人まともに作れないとは。哀れな女だと思わないか、ココノ」
「メッツァー様のおっしゃるとおりかと」


だが、だからといって彼女の中のトラウマが完全に消え去ったわけではない。
母を助けられなかった……そして、救えなかったことに対する後悔は、今でもなお時折頭をよぎる。
頻度は少なくなったとはいえ、母に見捨てられた瞬間の事を未だに夢に見ることもある。
お前はアリシアの失敗作であり、いらない子なのだ。大っ嫌いだった。そういわれた瞬間の絶望と、それでもなお母を嫌えぬ己の心が生み出す苦痛。
数々のいい思い出によってそういった過去の傷は随分と埋まってきた。だが、完全にふさがったわけでもない事は確かに事実だった。

だからこそ、メッツァーの言葉は、そして目の前の光景は彼女の心を抉る。


「これほどまでに簡単な事さえできんとはな」
「いえ、流石にそれが簡単といえてしまうのは、メッツァー様だからではないかと」
「……確かに、凡百どもにはいささか手に余る、か。しかたあるまいな」


残酷なまでの天才性の片鱗を浮かべて、メッツァーが口にした言葉は、しかし忠実なる彼の副官を頷かせる事は無かった。
世辞を口にしたという自覚も無いであろうほどあまりにも自然な声音で、深い藍色の瞳を持つ少女はそう答える。

古巣である魔道シンジケート ゼーロウにおいて老害どもの無能を嘲り蹴り落としてきた彼は、阿諛追従ばかりを口にするような無能など逆に足を引っ張られかねないとして即座に切り捨ててきた。
それゆえ、彼の副官たるココノ・アクアの瞳に浮かぶのは己が身の安泰を図るための見え透いた媚びではなく、メッツァーに対するゆるぎない絶対の忠誠。

それを知っているからこそ、メッツァーもわざわざ敵の前で見え透いた世辞を言うなと咎めることなく、ココノの言葉が厳正なる事実である、ということを元に考えを変えた。

そこには絆が、見え隠れしていた。
なのはやはやてとの絆がそれに劣っている、などとはフェイトは考えもしなかった。
だが、先の戦闘においてこのココノという少女といつかの誰かをかぶせて見てしまったフェイトにとって、その光景はまるであの時得られなかったフェイトと彼女の……

悔恨と困惑の思考の渦に囚われそうになったフェイトは、しかし次の声で現実へと引き戻された。


「あの……」
「どうした」


会話の内容がまるで理解できていなかったのか、その場に存在していながら今までまるで声を出してなかったその場における最後の登場人物の声が、僅かに響く。
いい子にしていよう、として命じられなくてもおとなしくはしていても、どうやら目の前のフェイトが拘束されている光景に好奇心が勝ったようだ。
ためらいがちに自分の背から投げかけられた声に、メッツァーはフェイトにだけしか見えないように笑顔を浮かべ―――それは幼いその声が発せられることが微笑ましいという優しいものではなく、まさに計画通りという邪悪な笑みだ―――即座に答える。
それさえ、フェイトにとってはその身を打ち据えるものだった。


「あの、その……おしえてほしいことがあるんだけど……」


なぜならその声は。
この世にアリシア・テスタロッサのクローンとして生まれてから今まで。
数え切れないほど聞いた声に極めてよく似ていたからだ。


「ごめんなさい。あんまりおかーさんと似てるから気になっちゃって」
「………あ」


望まれる娘でいたかった。
母の愛を一身に受けて生まれたからこそ、フェイトではなくアリシアとして母の望むがままに生きていきたかったという願望は、決してなくなってはいない。
自分に与えられた優れたリンカーコアも希少なレアスキル「魔力変換資質・電気」も、なくてもよかった。
ただ、母にとって望ましいアリシアでありさえすれば。

次元犯罪者プレシア・テスタロッサと、その被害者として人生を狂わされたにもかかわらず、罪を償い終え正義を貫き通した執政官フェイト・ハラオウンではなく。
優秀な研究者であるプレシア・テスタロッサと、母に似ぬ平凡な才覚の、しかしプレシアにとっては最愛の娘であるアリシア・テスタロッサとして平和に、幸せに生きていけたであろうに。
そういった後悔は、悔恨は、決してフェイトの中からなくなることは無かった。

勿論、今この瞬間にプレシアを生き返らせてフェイトを完全なアリシアにする代わりに、リンディたちを捨てろ、といわれたならばフェイトは即座に断るだろう。
あくまでプレシアは過去の残滓。今の家族と比べられるようなものではない。後悔は後悔としてすでに乗り越え、前に進んでいるフェイトにとって、そんなことは語るまでもない当然の事実だ。

だが、今の家族の暖かさを知り、それを手放す事など考えられないと思うからこそ、なおさらに今のなのはたちとの関係全てと同じ価値を持てたであろう母との絆を大切にしたかった、ということも時折頭をよぎる。
あの頃に戻れるならば、自分がちゃんとアリシアとして生まれることが出来たならば……それもまた、否定しようの無い事実であるのだ。
だからこそ。


「あのお姉ちゃん……誰?」
「どうしてっ!」


こうして目の前に己とそっくりな、しかし何処か異なる少女がいることに、フェイトは動揺を隠せない。

『無限の欲望』Dr.ジェイル・スカリエッティがその基礎理論を組み立てた『プロジェクトF』。
しかし、この失われた文明たるアルハザードの知識さえ組み立てられたこの人造魔導師の作成理論はあまりに偶発的要素に頼りすぎた部分が多く、理論としてはいまだ完成に至っていないという判断を下さざるを得ない。

なにせ、大魔導師たるプレシアさえもすでに死亡した己の娘を完全な形で蘇らせることが出来ず、機械と生体の融合という難所はあれどもナンバーズのあまりにばらばらな出来栄えから考えるにスカリエッティ自身にも最低限度でしか実用化できていない。
この理論を応用して自分のクローンをナンバーズの子宮に植え込んだスカリエッティ自身も、これによって寸分たがわぬ新たな己が出来ると考えていたわけではなく、あくまで万が一の遊び心と悪趣味なジョークとして仕掛けただけだろう。
きっとあの機構がうまく働いたとしても、それはスカリエッティ本人ではなく、彼の知識と記憶と経験を受け継いだよく似た別の人間になっていたであろう事は間違いない。
だから、プレシアもこれによるアリシアの再生を諦め、アルハザードなどという夢物語に頼った。
プロジェクトFでは、死者蘇生は不可能なのだ。

そう、「プロジェクトF」では出来ないこと。
それはすなわち、管理局の保有する技術では出来ない。
それを管理局のエリート局員であるフェイトはよく知っており、そのデータを違法に得ていたメッツァーもまた、よく知っている。
だからこそ、こみ上げる笑いを隠そうともせずに、メッツァーはその少女に対して声をかける。
それはフェイトにとってあまりにも残酷な事実を突きつけるもの。


「お前の妹だ」
「妹?」
「まさか本当にア、アリシア……なの?」


目の前にいる少女こそが、母が望んでやまなかった、フェイトのような偽者ではない本物の「アリシア・テスタロッサ」だと。
プロジェクトFよりも遥かに優れたクローン技術を持つ銀髪の魔王は、そう告げた。


本当に伝承に有るような超文明、アルハザードが存在するならばさておき、今なおこの世界の技術ではたとえプロジェクトF理論を使ったとしても、死者の完全なる蘇生は出来ない。
管理局の定めた法を犯す次元犯罪者として、母を犯罪者へと貶めたある意味一因として、そしてある意味生みの親として、機動六課というものが生まれるずっとずっと前からスカリエッティを組織と個人の両方から追い続けており、その過程としてプロジェクトFについての知識も得ていたフェイトをして、そう思う。

にもかかわらず、目の前の少女は捜査の途中で見つけた断片的な記憶映像のどれよりもリアリティをもって、母の未練を思い起こさせた。


「そうだ。自己紹介でもしてやれ」
「うん! こんにちは、アリシア・テスタロッサ。5歳です!」


大人に囲まれた状況の上、自分よりも遥かに大きな女を妹といわれても動じぬ、物怖じしない性格。
握手の為に突き出した手は左手。きっと、幼い彼女は特に意味など考えずに利き手を出したのだろう。
魔力の欠片も感じないその体は、フェイトのように両手首と両足首に鈍く銀色に輝くリング―――全身の筋肉を麻痺させて身動きできないようにするごくごく初歩的な魔法具である拘束環《パラライズ・リング》―――の類でリンカーコアを感知できなくするような道具を填めているような様子も無い。
天真爛漫な笑顔は、フェイトがプレシアに愛されれば辿る事も出来た一つの可能性。


「そんな、嘘です!」
「メッツァー様のお力をもってすれば、この程度造作もないこと。スカリエッティなどというただの凡才などとは一緒にしないことです」
「あっ……」


だが、ありえない。そんなこと、ありえるはずが無かった。

目の前に差し出された手を見ても、フェイトの繊手がそれに対して伸ばされる事はない。
むしろ、無視をして必死になって否定する事しかできない。
突如大きな声を出した自身の「妹」に、アリシアがびくん、と驚き怯えることがわかっていても、フェイトはそちらにまで感情のリソースを割くことが出来るほど余裕がない。
だからこそ、本来であれば語り合い、抱きしめあい、涙を流し合っても不思議でもない二人の関係は一向に進まない……どこまでも、メッツァーの思い通りのままで。

フェイトとアリシアは同じ時間軸には存在し得ない。
アリシアが死んだからこそフェイトは生み出された。アリシアではなかったからこそ、母は自分を求めなかった。
夢の世界でもなければ、自分の「姉」は生きていられないはずなのだ。夢でなければ、触れ合うことも出来ないはずの存在なのだ。
そうでなければ、ならないはず。

にもかかわらず、かつての夢幻の世界のように己の姉としてではなく、見ず知らずの他人として接してくるこの少女が、フェイトにはアリシア以外にはどうしても見えなかった。
あの闇の書の中での態度に比べると若干幼く見えるが、そもそもあれはアリシア本人ではなく闇の書のプログラムが起こした幻影だ。
不自然に大人びていたあのアリシアと比べると、今目の前の少女こそが記録映像上に残っていた五歳の少女に近い。


「こんな少女に嘘までつかせて、何のマネですか!」
「嘘などついていないことなど、誰よりもお前が理解しているだろう」


では、まさか。
この次元犯罪者は。
母が求めて病んで命を賭して、それでもなお届かなかった死者の蘇生を。
失われた時を取り戻す事が出来るというのか。

自分の生み出されたこと、母の必死の願い、リニスとの時間、アルフの奮戦。
それら全てが、無意味だったというのか。
ジュエルシードを集めていた日々。母の虐待に耐え、疲労を癒すまもなく戦い続け、そして母に捨てられたあのときのことは、決してフェイトにとっていい記憶ではない。
それでも今なお母を完全には嫌えぬ優しいフェイトの大切な日々が、こんなテロリストに無残に汚されていく。

執行官として決してミッドチルダの光ばかり見てきたわけではないフェイトであったが、これほどまで自分としての根底が揺さぶられた事は久しくないことだった。


「こんなこと、嘘です! プロジェクトFでさえ人格まで含めた完全再生は出来なかった……それこそ、アルハザードでもなければ、そんなこと人間には不可能です!」
「フフ、アリシアだけでは足りないか」


必死になって否定するフェイト。
そこには、冷静優秀なエリート執政官としての姿はもはやない。
声に寄らない罵倒によりトラウマを抉られ、過去の思い出さえ汚されて悲しみ混乱する、一人の少女。
見るものに哀れさを思わせる、幼い少女の姿だ。

だが、眼前の男から救いの手が差し伸べられる事はない。
それどころか、それをさらに谷底に突き落とし、絶望と快楽の渦へと巻き込み、己の手駒に帰ることこそが、メッツァーの生業だ。
想定どおりのフェイトの反応に薄く笑みを浮かべたメッツァーは、だからこそさらに追い討ちを掛けるように言葉を続ける。


「ならば現物を見せてやれ、ココノ」
「はい、メッツァー様」
「っ!!」


メッツァーの声に応じて、ココノがある映像を映し出す。

怖気を感じさせるようないくつもの長方形の連なりが壁一面に広がり、フェイトの目にいやおうなく飛び込んできた。
時折そのガラスのような透明の壁で区切られた長方形の中に浮かぶ水泡以外何一つ動かないその世界。
そこの大部分を占めるのは、闇。フェイトが見たこともないような機械とも陶器とも生物とも区別の付かぬ何物かが、その奥にひっそりと佇んでいた。
次に多いのが、肌色。限りなく白に近い人の色が、長方形の中にたたえられた液体越しにも見てとれる。
そして最後に残った色が、金。まるで幾重にも重なった絹糸のようなしなやかさで、金の糸が肌色に付着して水中に漂っている。その色は、あたりで探すとするならば一部分ではあるがアリシアにも、フェイトにも、そしてココノにも似ていた。

「それ」が何か気付いたとき、フェイトは声にもならない悲鳴を上げた。
鍛え上げられた正義の信念も、数多の戦場を駆け抜けた鋼の精神も、犯罪者相手であろうとも全ての生存を許すその高潔さも、何一つその悲鳴を止める為の力とはならなかった。

画面に移ったのは無数の水槽。
そこに移るのは無数の少女、あるいはそのなりそこないか、出来途中。


その全てに、今メッツァーの横で忠実に控える少女の顔が写し取られていた。
それを見てようやく事実を知ったフェイトが、信じられないような顔で少女を見つめる。
そんな目にも、ココノはまったく反応を見せることなく、ただただメッツァーの背を熱いまなざしで見つめるだけだった。

銀髪の魔王の忠実なシモベは、何を思って『それ』を成したのだろうか。
ココノは何一つ語らない。
だが、フェイトにはなんとなく想像が付いた。
きっと彼女は、負の感情など何一つ感じていないに違いない。
母に縋ったあのときの己とよく似た少女は、きっとその身が削られる事さえ喜びなのだ。


衝撃を受けたように見えるフェイトと、それをむしろ誇らしげに受け取るココノ。
対照的な二人の姿を見て、メッツァーはあの日を思い出す。
自分が魔法でしか生きていけない男であること、そして魔法が万能ではないことを思い知った日を。


「改めて自己紹介を」


朗々と響く声。
ただ、聞くしかない耳。

対照的。
あまりにも正反対な少女たち。
しかしその存在は、ある意味あまりにもに過ぎていることを、この状況を生み出した張本人であるメッツァーは知っている。
知った上で、彼はそれを意にも掛けない。
正義など、愛だの、想いだのは、何一つ役に立たない事を実感として知っているから。


白い白い光の矢。全てを貫く魔法。
悪の象徴たるメッツァー・ハインケルを断罪する為の正義の矢。
それによって頬にとんだ生ぬるい赤褐色の液体を拭った感触。

その光景は、今もメッツァーの中にはっきりと残っている。


「私の名前はココノ・アクア」


歌うように、祈るように、捧げるように。
ココノの声だけが、この闇の空間に響き渡る。
悲鳴を押し殺したフェイトも、冷徹な科学者の瞳でその反応を見据えるメッツァーも、勿論その道具でしかないアリシアも、その声を止める事はなく、その眼前の光景を邪魔する事も無い。

液体に浸かった少女たち。プライマリーやセカンダリーと呼ばれることもあるそれらは、今はまだどちらでもない。
メッツァー・ハインケルが作り上げた成果の結晶として、その役目を果たすために外界に出るのを待っている、彼の野望の礎。


それを彼に作らせたきっかけは、ある意味たった一つのごくごく当たり前の出来事だった。

己が全力を振り絞った日。
溜め込んだマナを使いきり、時限転移装置の魔法力を吸い上げ、自分の体内にある魔力の欠片さえも放出して、殺意をのせた全力全開の魔法を使った日。
かつての世界で最強最悪と呼ばれた黒衣の魔導師による極彩色の魔法、暴走した魔力の奔流が大気を焦がし、壁を破壊し、全てを飲み込んだあの日。

そして……


「元女神騎士団アップルナイツの一人にして、今はメッツァー・ハインケル様の忠実な性奴隷」


水槽に並ぶあまりにも同じ顔をした少女たちは、当然ながらフェイトにも容易く事実を突きつける。アリシアを望まれながらそれとは別の失敗作になってしまったフェイトとは異なり、この水槽に沈む少女たちはまったく違いの無い顔をしているのだから。
理解とともに、絶望がフェイトの顔に浮かぶ。
それは、己が叶えられなかった未来に対する嫉妬にもココノには見えた。


自身の命や貞操の危機などから発するのとは比べ物にならないほどの、深く暗い絶望の色。
メッツァー・ハインケルには見慣れた色だ……敵対者やナイツの上に浮かんだもののみならず、鏡の前でさえも。


そう、あの時。
見つめるだけで何も変えられなかった目。
枯れんばかりに叫ぶだけで何の意味も無い喉。
周囲の騒音に邪魔され何一つ聞こえなかった耳。
震えるばかりでまるで役に立たない体。
肝心なところで発動しない、治すには足りない治癒魔法。

倒れ行く彼女を、小さく呟く彼女を、目を閉じる彼女を、動かなくなる彼女を前に。
全てを手に入れようとして鍛え上げた頭脳も、苛め抜いてきた体も、磨き続けてきた魔法の腕も、何一つ役立てる事も出来ないで。
全てを手に入れたつもりの自分には、何一つ残らないで。

無力だった。
弱かった。
何一つしてやれなかった、あの日を思い出す。


「そして、オリジナルのココノ・アクアから数えて、二人目の『私』です」
「っ!!」


プリンセスティアに、己の半身を奪われた、あの日のことを!


目の前に広がる多くのココノ・アクアを基にした「魔道クローン」の群れ。
そして、己の側に控える完全にオリジナルと同じ忠実な副官。
それこそが、膨大なマナと無限の軍勢を持つメッツァー・ハインケルが生み出した強大な力の象徴だった。


完全なるクローン技術を前にして、己と環境を同じくし、しかし創造主が異なった二人がその事実を鏡写ししたように狂信と絶望という対照的な表情をそれぞれ浮かべたことを確認したメッツァーは、作戦のあらかたの成功を確信する。
やはり、これこそがファルケやシルヴァにも勝る、メッツァー・ハインケルの最強の剣だ。

数多に並ぶ、ココノ・アクアのコピーのコピー。
かつての弱さの残滓をメッツァーは正面から見据え、そして笑う。


クローンとして培養できたデータに少しばかりの劣化があったのか、声帯に僅かばかりの変化が生まれたが、それ以外の記憶、経験、魔力、才能。そして何より大切な人格までもそのままに。
ココノ・アクアをよみがえらせているのだ。
魔道クローン技術を完全に己のものとしたメッツァーにとって、もはやプロジェクトFなど鼻で笑える程度の子供の手遊びにしか見えず、プレシアが命を懸けて求めた結果など手慰みでしかない。
当然、そんなプロジェクトFの失敗作であるフェイト・T・ハラオウンなど、その存在そのものが彼の前では間違っているのだ。


「そ、そんな……母さん。アリシア……」


その事実を端的にフェイトに突きつけることがどうなるのか、そんなものなど火を見るよりも明らかな事だった。
フェイトの瞳にその理解が浮かんだ事で、メッツァーは薄く笑う。


きっと、高町なのはにはこんな手は効かないだろう。
あのすべてにおいて強く、あらゆるものに優しく、そしてその結果として常に正しかった少女には、こんなことで漬け込めるような心の傷などありはしない。
おそらく、八神はやてを同じように陥れることは不可能だろう。
孤独により全てに絶望し無気力だった少女は、だからこそ今の家族と幸せを守る為ならばなんだってするに違いない。


「……あなたのしていることは、間違っています」


だが、この家族を失い、それによって新たな家族を得ることになった少女に対してだけは、失った家族の面で揺さぶりを書けることこそが正解であるとメッツァーは確信しており、それは事実正しかった。
いくつもの事実は、執拗なまでのメッツァーによる心身の蹂躙は、紛れもなくフェイトの力を剥ぎ取り、削ぎ取ってしまっている。


「クローン技術は法に違反する重大な違反です……命を弄ぶ研究は許されません」
「フフ、何も知らずただ生まれただけのアリシアの前で『命を弄ぶ』とはよく言ったものだ。しかも、他でもないお前が、な」
「……」


顔色を真っ青に染めて紫色となった唇を震わせながらも、苦しそうに、悲しそうに、そうメッツァーの行為を断じ、それとともに母の懸命な願いとそれによって生み出された己自身を否定する。
職務に対する責任感とかろうじて残った正義感、そして友との友情が何とかそれを後押しする。
そんなフェイトの悲しい弾劾に、メッツァーは酷薄な表情でそれをあげつらう。
『妹』の存在を聞かされて物言いたげな表情をしていたアリシアだったが、その空気の前には声さえ出せていない。

そこには、生み出されたアリシアの意思など欠片も考えず、ただの路傍の石としてしかみていない。
プレシアが全身全霊を使って追い求めたアリシアの完全再現に成功しておきながら、そんな彼女の努力をあざ笑うかのようにフェイトを動揺させるきっかけとしてしか使わず、その後は会話に介入する事さえ許さないそんな態度。
この場におけるただの生きた置物が、フェイトの「オリジナル」。

そんな対応にさえ、今のフェイトは反論を紡げない。
自分自身がどれだけのダメージを受けてしまっているのか、デバイスなしでもわかってしまう。


「それとも、まだ証明が足りないか? ならばしかたあるまい。もう一人、『呼んで』やろう」
「っ!!」


メッツァーの言葉の不吉な響きにフェイトの体の震えがさらにひどくなる。
もう一人。
この場において、この悪辣な男がもう一人呼び出すとするならば。
フェイトの聡明な頭脳の中に、まさかともしやのアラームが鳴り響き続ける。
それは容易に想像でき、そしてきっと自分には耐えられないものだ、と。


「ココノ」
「はい、メッツァー様。さあ、アリシア……行きなさい」
「あ……うん、わかった」


言いたいことはあったのだろう。しかし、何一つこの場ではメッツァーの思惑通りのこと以外を言う事を許されぬまま、アリシアは駆け出した。
『姉』の足音は死神の響き。
一歩一歩が絶望へのカウントダウン。
蒼白の表情でフェイトは、しかし目を逸らす事も出来ないでその背を潤んだ瞳で見つめ続ける。
もはや涙さえ、そこにはあった。



だって、フェイトはきっと最初から強くなんて無かったのだ。
彼女はなのはとは違う。

彼女が管理局に身を投じたきっかけは、正義の為ではなく、ただの贖罪のため。
弱者を守る、市民を守る、家族を守る。
そんな美名の中、傷つけた友に、奪ってきた望みに、守れなかった家族に対する代償行為としての活動だった。
自分が悪いことをした、だから今は正しくなければならない。
被害者として出廷した裁判においてさえそれを求められたことで、フェイトは正義の味方をこころざし、その中で自分の居場所を見つけ、そこにい続けるために立ち続けていた。
だからきっと何もなければ、この傷つけることを好まない少女は自身の力を奮うことは望まず、その強大な力をありふれた平凡な幸せのもと錆び付かせることを望んだに違いない。
そこが彼女と親友は異なった。
結局確固たる信念を元に誰に何も言われずとも正義を志すほど、彼女の根底は強くなかったのだ。

だからきっと自分は、もうすぐこの男に負ける。
きっとこの場に呼ばれるのが己の想像したとおりの人物だったら、もう耐えられない。
それがわかっていてもなお突っ張れるようなものなど、初めからフェイトには無かった。
だからこそ。

やがて、誰もが無言のまま時間だけが過ぎていっていたこの部屋の中に、一つの音が混じり始めた。耳を澄ませば聞こえる程度から、徐々に大きくなっていくそれは、聞けば一発でわかるようなもの。


「う、嘘……」
「フフ……さあ、感動のご対面だ」


そう……ゆっくりと、足音がこの部屋に近付いてくる。
アリシアの軽いものとはまた響きを別に、ある程度の歩幅のある者の足音が、通路に反響してゆっくりと近付いてくる。
嫌な思い出、幸せな思い出、痛かった思い出、楽しかった思い出、守りたかった日々、ただそれだけで満足できたあのころ。
それを思い起こさせる音がゆっくりと、しかし確実に近付いてくる。

そして、抱かれているうちに眠ってしまったのか、瞳を閉じてその胸の中に納まるアリシアを抱えながらもその人物がゆっくりと入り口の影から顔を、体を覗かせてゆき。
やがてフェイトに向かって正面に向き直って、その深い声を投げかけてしまえば。


「……久しぶりね、フェイト」
「い、嫌――!!」


メッツァー・ハインケルによって用意された「生みの親」を前にして、フェイトがその正義を貫き通すことは難しかったのだった。
金の魔法少女は、その魔手を払いのけることが出来ずに、闇に堕ちた。









完全に意識を落としたフェイトをもう一度監禁用の部屋に押し込めて。
メッツァーは自室で椅子に腰をかけ、ゆっくりと足を伸ばす。
ココノ・アクアとその胸に抱かれて昏睡魔法の影響で深く眠るアリシアは、すでに席を外している。
それゆえ、その前にいるのは……プレシア・テスタロッサの顔をした女だけ。

しかしその口から出た言葉は、まるでその外見に似つかわしくない甘ったるいものだった。


「ねえ、旦那? こんな感じでよかったのぉ?」
「ああ、お前にしては上出来だ」


メッツァーがココノを復活させる為に心血を注いで作り上げた魔道クローン技術は理論上、実務上の両面においてプロジェクトFよりもはるかに完成しているとはいえ、決して完全無欠の技術でもなければ全てをかなえる魔法の宝石でもない。
今の段階での最大の欠点は、ある一定以上の強度を持つリンカーコアの複製が出来ない事であり、その臓器の存在を元として生命活動を行っている魔導師を生み出すことが出来ないことだ。だからこそメッツァーとココノは、問答無用で優れた素体のクローンを量産して使役するのではなく、捕らえたフェイトを配下として取り込もうとしている。
それに加えて、ある程度元となる人間の様々なデータが整っていなければ、その分容姿や記憶、能力や人格といったどれかがその分だけ零れ落ちていく、といった、まだまだ課題となっている点もあるのだ。

それゆえ、非魔導師といってもいい程度のリンカーコアしか持たず、プロジェクトF.A.T.Aによる蘇生を目的に映像、遺伝子情報、魔力パターン、記憶、その他もろもろのありとあらゆるデータが取られていたアリシアの再現は容易であったのだが。
SSランク以上のリンカーコアを持つ上に自身のデータというのはあまり残っていないプレシア・テスタロッサはそれゆえにいまだ蘇生が叶っていない。


それは、このメッツァーの立てたフェイトの心を崩す計略の中では、一番のネックであった。
だが、銀の魔王にとってみれば、そんなことでさえも計画を狂わせるには足りない。
ブラフにブラフを重ねるのではなく、真実の中に嘘を混ぜ込む。
彼の保有する駒の一つ、この女の能力はそれにあまりにも適していた。


「なんか実際出てきただけで役目終わっちゃったから、あたし正直欲求不満なんだけど」
「たしかにな。だが、今後も出番はいくらでもあるだろう。だから、そのときまで楽しみに待っているがいい」


どろり、とプレシアの顔が溶ける。
研究者特有の神経質さや無骨さといったものがなくなり、年齢を重ねる事で得た人格の円熟味さえ飲み込んでそれらすべて色気へと変換したような、そんな女の顔が奥から出てくる。
髪をかき上げる仕草により漂ってくる芳香から喋るたびに僅かにのぞく桃色の舌まで、男の欲情をさそわざるをえない、そんな女が。


「そうじゃなくて、たまにはココノちゃんだけじゃなくてあたしにもご褒美くれてもいいんじゃない、ってコト」
「それこそ、出てきただけの今日の手柄だけでは足りぬ過ぎた願いだな、サッキュバス」


そんな女を前にしても、メッツァーの顔は眉一つ動かない。
自身の美貌をみてもまったく反応を見せない男を前に絶世の美女は、しかし頼もしげに微笑む。
己を見てやに崩れるような凡百の男であれば彼と組みなどしなかった、という意味を込めて。
それでも、誘惑と堕落は彼女の性だ。
効かぬとわかってはいても、楽しげに女は淫靡な吐息をまきちらし、色気を振りまいた。


「あらら、振られちゃった。旦那の精って力に溢れてて好きなんだけどな~」


メッツァーが呼んだ名前のとおり、彼女は勿論プレシアではなく、それどころか人でさえない。
上魔、サッキュバス。他者の乗っ取りや変身、肉体変革といった技を得意とするメッツァーが使役する悪魔の一人である。
直接的な戦闘能力こそは同じ上魔のディラックとは比べ物にならず、せいぜい一般的な上魔と同程度でしかないが、色事を好み、それに付随して人間の心理にも極めて詳しいことは対人間ではあまりにも圧倒的なアドバンテージとなる。
それゆえに彼女は、直接的な戦闘もさることながら、それ以外の面においてもディラックに負けず劣らずこの魔王に使い倒されていた。
そんなサッキュバスにとって、フェイトが望む母の姿を真似ることなど造作も無い事。


「で、どうするの?」
「どうする、とはどういう意味だ?」
「あの娘、いつもみたいにやっちゃわないの? ってこと。だったらあたしに欲しいんだけど」


これが彼女の知る魔法的な偽装であれば歴戦の執政官たるフェイトも気付いたかもしれないが、サッキュバスが使うのはフェイトとは次元そのものを異にする類の術。
その存在を疑い警戒はしていても、まったく未知の術を防ぐ事などたとえどれほど直接的な戦闘能力に差があろうとも容易に出来ることではない。
ましてや、その心を削り、その肉体に疲労を纏わせ、その思考を鈍らせる為の様々なイベントを起こした後ならば、なおさらだ。


「やめておけ、この世界の魔導師は強すぎる。外堀を埋めないまま一気にやるとどうなるかわからん」


とはいえ、だからといって無理やりに純潔を奪いその心身を傷つけた者を踏みにじれば、いくら正義の味方とはいえこちらに対する手加減をなくし、殺す気で来るかもしれない、とメッツァーはやる気満々の女魔族をたしなめる。

慎重に、しかし時には大胆に。
それこそがメッツァー・ハインケルが重ねてきた侵略の極意だ。


「ちぇ~、それじゃあ街にも出て攫ってきたりもするなってことでしょ? ひっさびさの出番なのに窮屈な国なのねぇ」
「まあ、せいぜい今はあの『アリシア』と遊んでやれ。あちらは紛れもなくほとんど外見どおりなのだからな」
「あたし、キャンキャン鳴くような子供、あんまり好みじゃないのよね……」


どの道アリシア・テスタロッサが「製造」出来た時点でもはや八割方、片が付いている。
故にここから始まるのは可憐な魔法少女による数多の陰謀を砕く逆転劇ではなく、非道な魔王とそれに従う悪の幹部たちによる心と体の両方に加えられる陵辱劇。


「まあ、いつかは今の子とも絡ましてくれるんでしょ?」
「ああ、楽しみにしているがいい……」
「だったら旦那とあの子の為にもうちょっと優しい母親を、頑張ってあげるわ、うふふ」


自身もその役者の一人となり、存分に楽しめることを確信して、サッキュバスは再び顔を偽りのものに戻して、きっとオリジナルたるプレシア・テスタロッサならば絶対に浮かべないような淫靡な表情を浮かべて笑って見せた。


 つづく

Comment

No title

今までにない最高の外道攻めですね
このあとの展開が楽しみで仕方ない

No title

ああ…
まさに魔王の外道の責めだぜ
管理局の三女神の中で一番脆そうなのはフェイトさんなんだよなあ
そしてそのフェイトさんを責めるとしたらこの方法が一番こたえるんだよなあ

No title

なのはは力で圧倒的に、しかも反撃不能レベルで下さないとダメ。
はやてはまずヴォルケンズをどうにかしないと前提が成り立たないですからねぇ。
その辺、フェイトはメンタル責めるだけで崩れてくれますからやりやすいですな。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


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そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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