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明星(ランスクエスト)

ふう、注ぎ込んだ~。
これでゆっくり9を待てる。







門を潜るランスを、見慣れた顔が出迎える。


「あ……ランスさん、おかえりなさい」
「……おう」
「う……ぼ、冒険、お疲れ様でした。浴室はもう準備してありますからまずは汗、流してきてください」


ランスが帰ってきたことを見つけたサチコ・センターズはその鬼気迫る表情に一瞬怯えはしたが、すぐにその怯えを押し殺してあえて明るい声をかけた。


なにやら最近、酒場で飲んだくれていたらしいバードという名前の冒険者とか、JAPANのお坊さんの兄弟とかを捕まえては何処かに連れて行っていた(サチコに卑猥な冗談をかけた僧侶の片方は何故か置いてこられずに帰ってきていたが)ランスだったが、よくわからないその目的がようやく終わったのか城に帰ってきていた。
その表情には先に見つけたときの嫌悪感はすでになく、何と言うかランスには似つかわしくない疲れたものであったのをみたサチコは、何を言うか迷った挙句に言わずもがなの事をランスに告げた。

テンプルナイトである父に冒険者となることを正式に認められたことでサチコの住居はここランス城になっている。
だからこそ、この城にいる二十数人のメイドたちが常に住民に快適な環境を提供しようとしていることは理解していたのだから、先の言葉はまったく無駄そのものだ。


(あ……ひょ、ひょっとして誘ってるって思われた? うう、そんなつもりないのに)


とまあ、二十四時間常に使用可能となっている浴場をあえてせかすその言葉がすなわち欲情を示しているように聞こえかねないその拙さに気付いた彼女はおもわず冷や汗を流す。
ランスにほとんど勢いのようなもので襲われてからしばらく、それなりの回数を彼と繰り返しているはずのサチコであるが、未だにまったく持ってなれない。
痛みを感じる事はなく、それどころかそれなりの気持ちよさはつかんできた彼女であったが、年頃の娘としては割りと真面目な彼女はやはり悦びよりも気恥ずかしさの方が未だに勝っているらしい。


「ああ……ビスケッタさんにピンクウニューンを持ってくるように言っておけ」
「は、はい。わかりました」


そのため、あうあうと声にできない戸惑いと、しかしここで強引に否定に持っていくのもランスに悪いか、というためらいによってあたふたとする彼女を尻目に、ランスは一声だけかけて荷物をサチコに放り投げる。

ぽ~んと軽々しく投げつけられた荷物はしかしランスの筋力があってのもの。実際に冒険用の多種多様な道具が入っている背嚢は、慌てて受け取ったサチコには少々重たいもので、落とさないようにあたふたする。
しかし、ガードとして鍛え上げられたサチコはなんとか落とすことなく受け取った。ランスほどではないとはしても、彼女とてもはや肉体的には常人ではないのだ。

そんな彼女の姿に、以前同じように荷物を受け取ってしかし魔法使いの筋力では持ちきれずに落としてしまった彼女のことを思い出したのか、ランスは面白くなさげに鼻を鳴らしてずんずんと前に進んでいった。


後に取り残されたサチコはその後姿に声をかけることも出来ずに見守った。とりあえず、この場で襲われることがなかったことは以外であったが、最近のランスの気落ちを見ると仕方がないのかなあ、などとも思えてくる。
シィル・プラインのことを聞いて涙を流しはしてもランスとの付き合いは長くはないサチコではそのランスの心の動きを今までの短い経験からしか推し量れない。
まあ、自分の魅力のなさが原因かも、とは思いへこみはしたのであるが。

と、その背が視界から消えたぐらいでようやく、サチコはせっかくここで待っていたのに全然ランスに言いたいことが言えていないこと&この手の中にある荷物をどうしようか、と頭を悩ませる。
悩んだ挙句手慰みに、預けられたのだからよかろうと勝手に解釈して開いてみたその袋の中身は、旅の埃と汗にまみれているように見えた。
勿論、この程度で潔癖症を発揮して顔をしかめる事がないほどには冒険者としての経験を積んできたサチコであったが、同時に今だ学生としての性質も持っているだけにこのまま荷物を整理して欠損した食料品その他を補充するだけではいいとは思えなかった。
それを見たサチコに、ランスが風呂をあがるまでのちょうどいい時間つぶしが思い浮かんだ。


「と、とりあえずランスさんに頼まれた事をビスケッタさんにお願いするとして……わたしはお洗濯でもしようかな? 宿題も終わったし……」


ビスケッタに頼むついでにやってもらえばいいことだ、とはわかっていたのだが、なんとなく自分でやりたい気分になったサチコはそう呟いて、ランスの背嚢を抱きしめたままこちらも踵を返した。





叩きつけるかのようにランスは籠に衣服を脱いでいく。
鎧はとうにそこらに脱ぎ散らかされており、カオスはその辺に適当に立てかけられている。
汗と埃と血にまみれた衣服が体に引っかかるたびにいらだたしげな表情を浮かべ、引きちぎらんばかりの勢いで力が込められる。
糸がほつれ、僅かに襟首が広がり、ようやく首を通し終えてそれも投げつけ、ランスはついに最後の一枚である下着も脱ぎ捨てる。


「ふんっ」


やはりというべきかこんな中途半端な時間帯では誰も入っていないようである。
端から大して期待していたわけではないが、さりとて誰もいないとなると思い通りにならないようで腹は立つ。
実際今の彼ならば呼び出せばこの場でストリップしてくれるぐらいの仲の女性がいないわけでもないのだが、とにかくその一手間が彼にとっては不快だった。
ひとしきり浴場の中を睨んだ後、汗を流すのももどかしい、といわんばかりにランスは湯船に飛び込む。
ざぶり、と大きな音と波しぶきを立てて湯船の湯が揺れた。

屋敷を管理する者達によって、常に湯温は一定に保たれている。
ランスは一瞬その温度に眉をしかめはしたが、すぐに肌が温度になれる。少し熱めのそれが肉体労働者であるランスの疲労をとかしていった。

最近のランスの顔に常に走る苛立ちがほんの僅かにほどける。
いくら冒険者とはいえ、風呂にも入らずに何日も過ごす事を好き好んでやっているわけではない。
広い湯船の中で手足を伸ばす事は、ランスだって嫌いではないのだ。


「ふぅ……」
「失礼いたします、ご主人様……お飲み物をお持ちしました」


しばし目を閉じて体を温めた上で、おもわず息を吐いたランスをまるで見計らっていたかのように、外から声が掛けられた。
ランスにとって裸体を見られることは恥じるべきことではなく、彼以外の人間で同姓に見られるのを恥じるものであれば慌てて声を上げるだろう。
脱衣場にランスの服しかおいていない現状も鑑み、否定の声がないことが是の現れであることを知っているその声の主はためらうことなく扉を開けて中に入ってくる。


「おう、ご苦労だったな、ビスケッタさん」
「いえ、とんでもございません。ご主人様こそこのたびの冒険、御疲れ様でございました」


流石に靴こそはいていないが、この浴場においてもロングのスカート丈のエプロンドレスを身にまとい、眼鏡を曇らせる事もなく楚々としてランスの側まできてグラスを捧げ持っているのは、ここランス城のメイド長を勤めるメイドLv2を持つ才媛、ビスケッタ・ベルンズ。
渡されたグラスが湯に浸かっていた自分にはまるで氷のように冷たく感じられるにもかかわらず、丁重に拭ってから渡されたのか水滴一つ付いていないことをランスは乱暴に掴む事で確かめた挙句に、一気に中身を煽った。
桃色の液体はそのグラスの冷たさと同様の冷気で持ってランスの口内へと滑り込み、そのほてった頬を冷ます。

その後、ぽい、っと投げるように渡し返されたグラスをごくごく自然な動作で受け取ったビスケッタは、次のランスの言動を予想してグラスを遠ざける。

その予想通り、ざばっと勢いつけて立ち上がったランスは前を隠すことなど考えもしない様子で湯船からあがる。


「よし、ビスケッタさん、俺様の体を洗わせてやろう、がはははは」
「かしこまりました、ご主人様。誠心誠意御手伝いさせていただきます」


口調と表情こそ平坦で無表情のままと変わらず、しかし主人より無防備な背を預けられることに対する歓喜を確かに感じながら、ビスケッタはエプロンドレスの前に入れておいた手ぬぐいに石鹸を擦り付けて泡を立てる。
彼女に対してランスはこのシチュエーションで手を出す気がまるでないことはビスケッタもよく知っているので、特にいやらしい触り方はあえてしない。
彼には彼なりの美学的なものがあることを理解しているビスケッタは、だからこそ一流のメイドとしてこの鬼畜戦士に対して極めて例外的なことに性的な奉仕を含まずに、あくまで体の汚れをとるための洗い方をする。
馬鹿笑いとともにそれを当然の忠誠と受け取って、ランスはその繊手に体を委ねた。

決して弱くはないしっかりとした力で体が擦られると、それに伴って泡に混じってランスの皮膚が一皮むけていくようだった。


「ああ、そうだビスケッタさん。俺様はしばらくこの城を留守にするぞ」
ぴた
「……左様ですか」


ランスの唐突な発言によってよどみなく動いていた手が一瞬だけ止まったかと思うと、再度再開される。
それは、自身の理想の主人であるランスの不在という事実がビスケッタに対していかなる感情をもたらしたのか、それだけで挿し量るには少々情報量が少なすぎる程度のものだ。


「うむ、とあるクソ爺によるとヘルマンに美女がいるらしいのでな。ぐふふ、シーラちゃん以外にもいろんな楽しみができたというものだ」
「それはようございました」


ぎゅ、と握り締めるかのように手を細かく動かして指の一本一本まで洗うビスケッタの奉仕を受けながら、そうランスは楽しげに笑う。
鬼畜戦士らしい台詞の内容は以前のままに、しかしその声音はどこか以前と違って聞こえた。
そのビスケッタの印象を知ってか知らずか、何処かきまりわるげに続けられた言葉があった。


「……ああ、そうだ。ついでにあの駄目奴隷の入った氷を溶かす方法ももって帰ってくるぞ」
「……」
「だからアイツの部屋を……いや、部屋なんぞいらんか。俺様にほんのちょっぴりとはいえ面倒なマネをさせた罰として、床でいいな」


言わずもがなのことをまるで自分への言い訳のように言うランスの声を聞きながら、ビスケッタは桶に溜めた湯でゆっくりとしぶきが上がらぬようにランスの裸体についた泡を流していく。
そのさなかにもランスの声は止まらない。


「俺様は最強だ。ヘルマンにはケイブリス派とかいうのの魔人がいるらしいが、関係ない。邪魔する奴は男は殺す。女は犯す。それだけだ」


ランスは確かに強い。それは周知の事実だ。
だが、呪いを解くためにはまだそれでも足りぬ。
カラーの女王さえ解けなかった魔王が掛けた呪いを解くために、魔王並みとまではいかないまでもそれに近いまで解呪者の力を高めなければならない。そして、その強者を従わせる事が出来なければならない……そう、パステルを魔人に出来るぐらいの力がランスには必要なのだ。
その渇望が、にじみ出る。


永遠の賢者からランスを何を聞いたのか、ビスケッタは何一つ知らない。
そもそも、ランスがホ・ラガとあった事さえ知らないのだ。

彼女はメイドだ。ランスが滞在するその一瞬一秒を快適にする事こそが、彼女の勤めであり、存在意義であり、生きがいだ。
ランスの不快を先回りして取り除けるだけの気遣いを持つ彼女は、だからこそ私においてこれ以上なく関わっておきながら、冒険者たるランスの公の部分である冒険そのものには一切口を挟まない。
全ては、主の為に。


全知の老人にランスが何を吹き込まれ、何をなそうとするのか、ビスケッタはまるで理解していない。
全ての泡を流し終わったことで、どかどかと歩き出す主の前に小走りで先に回り扉を開け、脱衣場に入ってきた主の体を持参した柔らかいタオルで優しく拭っていきながら、それらのことについてビスケッタは完全に脳裏から消し去っていた。
ただひたすらに今この時間が有意義なものになるように全身全霊を使って尽くし続ける。
洗濯の終えたランスの服を彼の邪魔にならないように、しかし僅かたりとも不都合を感じさせないように丁寧に着せ付けていく。
その様は母が乳飲み子に対してかまいつけるよりもなお丁重だ。
戦闘で彼の前でスパルタとして戦っているときよりもその姿は数倍も美しく見えた。

それこそが彼女の本分であり、だからこそヘルマン行きが告げられたとしても彼女の仕事は何一つ変わることもない。


ランスの力を知っていても、彼が保有する血色の宝玉のことを知っていても、ヘルマンに魔王がいるといううわさを耳にしていても、魔王さえ切れる剣と語っていたとしても……魔王の血を飲んだものが次の魔王になるという御伽噺を覚えていたとしても。


メイドたる彼女には何一つ関係ない世界のことだ。


それも当然なのだ。
メイドたるものに求められるのは気遣いであり、日常でのサポートだ。
とある侍女のような特殊な事情でもなければ謀略や諜報はそこには入っておらず、また求められてもいない差し出口となる。
メイドLv2という才能を持つ彼女はそれを極めてよく知っていた。


「お待たせいたしました、ご主人様」
「おう、さすがだな、ビスケッタさん」
「恐れ入ります」


だからこそ、下着に首を通すのを助け、帯をきつくならないようにしかし動きの邪魔にならないようにしっかり絞め、鎧下を着せ付け、配下に命じて各所に油を刺させた鎧を一つずつ止めてゆき、最後に剣を渡して。


「留守は任せた。適当にやっていろ」
「ありがとうございます」


最強の冒険者としての身支度を瞬く間に整えたランスが全てのステータスを完調に整えた上で再度の冒険に出るその後姿に対して。


「じゃあな」
「お帰りを心よりお待ちいたしております、ご主人様」


この城を守る事こそが己が定めと。
ランスが帰ってきたときに全てを委ねてもらう事こそが自分の仕事だと。

魔人を倒し、魔王を倒し、悪魔を平らげ、天使を倒し、創造神を滅ぼす。
そんな未来さえありえる己の主人の背を見て。
この場にとどまり、深く深く頭を下げてそれを見送ったのであった。












汚れないよう、普段着となっているセーラー服の上から大きめなエプロンをつけて。
じゃぶじゃぶと洗濯板でランスの衣料を洗ううちにサチコからはおもわず鼻歌が出てきていた。
本来であれば隣に設置されている魔洗濯機を使えばいいだけなのだが、さすがにダンジョンに篭っていた事による血と泥の汚れはそれだけでは落ちきれない、という判断の元手作業だ。


「るん、るら、るらら~」


心底幸せそうな彼女の姿からは、到底世界有数のガードらしさなど欠片も残っていない。
本当に彼女はこういうことが好きなのだ。パンを焼くのも得意だし、近所の子供を預かったりリセットと遊んだりしているときは本当に輝いて見える。
神から与えられた才能などを考えると、きっと彼女はガードなどをやるよりもごくごく普通の主婦となることを定められていたのだろう。

まさにそれを思わせる手馴れた手つきでサチコは延々と汚れを落としていく。流石にその手つきは洗濯を本職とするものではない。
しかし、主婦としては最上級に手馴れた動きで楽しげに洗濯を続ける彼女の背後の扉が突然開いた。


「ばばばばーん、あてな様のお通りれす、跪け、愚民ども~!」
「!!」


突然の音と乱入に洗濯の為かがめていた背筋がおもわずびくん、と跳ね上がり、その動きに連動して手に付いた僅かに汚れた泡がサチコの顔にまで飛ぶ。
そんな間の抜けた顔で振り向いたサチコの顔を見て、まさかサチコがいるとは思わなかったのか僅かに驚いた顔で、しかしいないと思っていた部屋に対して自己紹介しながら入ってきたときと同じテンションで彼女―――人工生命体、あてな2号は楽しげに語りかけた。


「おお、したっぱ~」
「下っ端じゃないです! もう、びっくりするじゃないですか、あてなさん」
「ふふん、今日のあてなはそれどころじゃないのれす。さあ、ご主人様はどこれすか?」
「え?」


どうやら彼女はご主人様であるランスを探しにきたらしい。が、彼はおそらく大浴場、あるいは露天風呂に行っているはずである。
そしてここは洗濯場。水場という点は共通しているが、使用人しか使わないような場所と主の利用する場所が近いはずもなく、位置的にはまったく別の場所。
そもそもなんで彼女はここにランスがいると思ったのであろうか?


「ご主人様の匂いがしたのれす。隠すとためにならないれすよ?」
「匂いって……」


CO2とかいう物体さえ見えるという彼女の言だ。もとより人とは異なる世界を見聞きしているらしいあてなにとってはごくごく当たり前のことなのかもしれないが、予想さえ出来ない答えが返ってきたことでサチコは絶句した。
その最中にもあてなは衛星のようにサチコの周りをくるくると回りながら、鼻を鳴らす。
それがようやくひと段落着いたあたりで、あてなは仰々しくポーズを決めた上でびしり、と指をさした。


「迷探偵あてなの推理によると……ご主人様はその鞄の中れす、ばばーん!!」
「……ランスさんの匂いはしてるでしょうけど、まだ手の付けてない洗濯物しかはいってないです」
「およ?」


どう考えてもランスが中に入るには小さすぎる背嚢を自信満々の笑顔で指差すあてなに対して曖昧な笑顔を浮かべるぐらいしかサチコに出来ることなんてない。
その指摘を受けて、今までの笑顔から一転してしょんぼりとした顔になるあてな。
呟く声にも力がない。


「くくう、また間違ってしまったのれす。せっかく修行してパワーアップあてなになったというのに」
「しゅ、修行?」


本当に喜怒哀楽の感情の触れ幅が大きいあてなを前に、サチコは彼女が人工生命体である、ということをたびたび忘れそうになる。
売店で会う魔女は正直なところ若干うさんくさいと思ってしまっていたサチコであるが、こうまで人に近い生き物を手ずから作れるあたり、やはり天才なのであろう。
それにしても彼女が修行とは。
どちらかというと香姫やキバ子と遊んでいる姿の方をよく見かける彼女にはあまり似つかわしい言葉とは思えない。
だが、それはあくまでサチコの思い込みであり、あてなは常に彼女なりとはいえ真剣だったのだろう。


「そうれす。今度の冒険こそ、あてなを最初から連れて行ってもらうのれす」
「……え?」


次につながる言葉の意味も、きっとそのことからきたものだ。

今度の冒険に連れて行ってもらう。
あてなは、そういった。
「あの」ランスの冒険に、付いていく。
レベル50をとうに超えたサチコだったが、その言葉のあまりの現実味のなさに言葉を失った。

世界最大宗教における戦闘面でのトップである父にさえも己を超えたと太鼓判を押されたサチコは、世界有数のガードといっても誰も否定出来まい。
先ほどあまりにも幸せそうに洗濯を行っていた彼女であるが、同時にひとたび盾を掲げれば巨大なモンスターの一撃であろうと大国の騎士団の突撃であろうとも、容易に阻めるだけの力を持っている。
セーラー服を着た平凡な女学生以外の何物でもない容姿とは裏腹に、彼女はもはやパーティさえ組めば魔人にさえも挑める実力者の一人なのだ。

だが、その彼女をしてここ最近のランスの冒険についていこう、などとは欠片も思っていなかった。それはあまりにも危険すぎる行為だ。
一流が集っているこのランス城においてさえ、誰一人出来ていないことである。
それなのに、なぜあてなは……


「あてなさん。ランスさんと一緒に冒険ってそんなの危険です」
「ちっちっち、下っ端はわかってないのれす。ご主人様にはこの優秀なあてなの助けが必要なのれす」
「で、でも……」


あてな2号は人工生命体であるがため、神の愛であるレベルアップの恩恵にあずかれなかったはずだ。確かにかつて冒険をともにした際のその能力は雑魚モンスターとは比べ物にならないものではあったにせよ、今のランスについていくにはあまりにも不足なもの。
マッピング、キャンプ。確かに戦闘能力以外でもランスの助けとなれるだけの力を彼女は持っているが、だからといって彼女のステータスで今のランスに付いていくのは……
人のいいサチコは一人で冒険を続けることとなっているランスも心配だが、それ以上にあてなの身が心配だった。

そのため、余計なおせっかいとは知りつつもおもわずその行動に何らかの口出ししようと思ってしまった。
そのため……


「(こっそり)『システム、ゴー』です」
『(ぽん)あら、こんにちは、サチコさん』


掛け声にあわせて独特な音楽とともにサチコの手の中に緑のドレスを着た女性が浮かび上がってくる。
少女の手の中に納まってしまうぐらいのサイズというポピンズともみまごうばかり小ささの女性は、しかし等身が明らかにその種族とは異なる。
それを当たり前の事実として流したまま、サチコは再度その女性に語りかけた。


「こんにちはです、システム神さま。さっそくですがあてなさんのステータスを……」
『は~い、お任せを。えいっ☆』


こっそりと身長5センチのステータスの閲覧等を司る神、システム神を呼び出して彼女のレベルが1から上がっていない事を確認したサチコはそのあまりの無謀さにあてなを何とか止めようといろいろと考えた挙句に……気がついた。

確かに、あてなのレベルは1のまま変わっていない。
だが、そのステータスは……


「い、一万! あ、あてなさんこれどうやって!?」
『きゃ~(ぽん)』
「ほへ?」


弓兵でありレベルも上げられないあてなが、攻撃にどれだけ耐えられるのかという事を示す数字がガードである自身よりも遥かに上となっていることにサチコはこっそりとステータスを覗き見ていた事も忘れて驚愕の声を上げた。
慌ててシステム神が掲げるステータスボードを流し読むと、他の攻撃力などについても凄まじい数字になっていた。
レベル1のガンナーが、いくつもの面で世界有数のガードであるサチコをも上回っているのだ。
驚愕によって勢い込んであてなを問い詰めるサチコ。その勢いで手のひらまで握りこんでしまいシステム神を握りつぶしたことによってステータス表が消える。


「ステータスですよ、ステータス! いったいどうやってこんなに」
「おお~、ふっふっふ、それこそがあてながスーパーあてなになった証なのれす。そう、あてなは賢いので毎日学習していたのれすよ?」
「なっ……」


自慢げに割と豊かな胸を張るあてな。
だがその物言いとは裏腹に、内容自体は絶句せざるを得ないものだ。

確かに彼女はレベルアップが出来ない代わりに自分のステータスを上げていく学習能力を持っているのは知っていた。
だが、かつて行動をともにしたときにその能力があまり有効になっていない程度の成長速度しか見れていなかったにもかかわらず、今の彼女の能力。
一体どれほどの戦闘を繰り返したというのだろうか。
毎日暢気に遊んでいる彼女の姿しか知らなかったサチコが驚愕せざるを得ないほど、その数値は彼女の努力の証だった。


「ど、どれだけ戦ったんですか、あてなさん!?」
「? 覚えてないのれす。でも、ご主人様に今度こそ置いていかれないためにあてな頑張ったのれすよ」
「っ!!」


確かに、城内で彼女の姿を見かけなくなってきたな、と思ってはいた。
だが、それでもどうせ何処かに遊びに行っているだけだ、とある種軽くサチコが考えていたその裏で、あてなはこれほどまでに努力を重ねていた。
その事実に衝撃を受けるサチコ。彼女ほどの敬愛は持っていないにせよ、自分も何とかランスの役に、と考えていたにもかかわらずそれがあてなの覚悟や努力の数分の一にも満ちていない事を明確に指し示されたことは彼女にとって想定外のことだったのだ。
動揺がおもわず明確でない質問として口に付いた。


「あてなさん、どうしてそこまでランスさんについていこうとするんですか? 今のランスさんのことを考えると、私たちじゃ足手まといにしか……」
「? あてなのことを好き好きなご主人様れすが、いっつも邪魔するシィルの性でいつも付いていけていないのれす。すなわち、今こそ大ちゃ~んすなのれす。お城はメイドの人が守るから今度こそあてなは付いていっていいのれす」
「……」


付き合いが浅い為にランスの家庭事情などそこまで詳しくないサチコであるが、他の古くからの知り合いの話を聞く限りはおそらく間違っているであろうあてなの自己評価にもどかしさが募る。
どう考えてもあれだけあてなを邪険にしているランスとそれでもなお彼を慕うあてなの姿を見る限り、彼女自身が口にした理由で今まで同行を断られていたわけではないだろう。

そもそもそれはランスほどの力量を持つものに自分たち程度が付いていっていい理由にはなっていないはずだ。
彼の力の前ではサチコの力など微力でしかないし、それはサチコより強くなったあてなだって同じだろう。足手まといになりこそすれ、自分がランスの戦闘での助けになれるとは思えない。
にもかかわらず、何故付いていく……付いていくべきだと思ったのか、そこをサチコは知りたいのだ。

だが、やはりあてな2号の独特な思考では理解しきれない、と諦めかけたそのとき、あてなが言った。


「それにご主人様はあてながいないとダメダメなのれす。地図もかけないし、毒ガスも見れないし、カブトムシを見つけるのも下手なんれすよ?」
「!!」


自慢げに語る後ろ一つはさておき、前の二つがサチコの心に突き刺さる。
確かに以前ランスが自分で冒険中に書いたと思われるマッピングを見たことがあるが距離感覚がめちゃくちゃで線も歪んでいたあげくに飽きたらしく途中で空白になっていた。罠にしたところで体力任せに踏み潰す事はあっても、ランス自身はよく罠も宝箱も解除に失敗していた印象しかない。
勿論、絶大なる戦闘能力を誇る今のランスにとってはそんなものなど無視してもかまわない程度のものでしかないが、同時にそれらに対応する技能がもしあったならばさらに効率よくダンジョンにもぐる事が出来るであろう。

そして、今のステータスならばランスとともに正面から戦うならばさておき、彼の露払いや道中の案内、あるいは危険なモンスターとであったときに逃げる程度のパーティをランスとは別に組むぐらいならば出来る。


「そう、ですよね。ふふ、ランスさん、お洗濯も苦手みたいです」
「……それは完璧なあてなにも求められていない事だから、別にいいのれす。あてなの服も汚れないれすし」


汚れた衣料を指差すと、彼女の普段着であるタランピスーツは女の子モンスターの服と同じような素材でほうっておいても自動で綺麗になるということもあって洗濯などは苦手らしいあてなが言葉を濁すのを、サチコは軽く笑う。
味覚と消化器官が微妙に人間と異なるあてな(例:どれだけ酒を飲んでも平静だが柿ピーで酔っ払う)は洗濯同様料理も苦手だったはずだし、整理整頓も上手ではない―――自分ではまともにしないランス同様に。

言葉の合間合間にも手を止めずに見事な主婦っぷりを発揮して、やがて洗濯物を全て洗い終わったサチコは、パン、と生地をはってそれを全て乾し、濡れた手を前につけたエプロンで拭った後、笑顔で頷き、あてなを促した。


「ランスさんは浴場に行っていたはずですからもう少ししたらきっと出てきます。迎えに行きましょうか、あてなさん」
「おお、下っ端にしてはいい提案なのれす。さっそくいくれす」
「ですから、下っ端じゃないですってば~って、ちょうどいいタイミングみたいです」


彼女は街の人に笑顔を届けるパン屋ではなく、優しい夫と子供に囲まれた幸せな家庭を築く主婦でもない。
そのどちらも選べた彼女は、しかしランスに出会ったことによってその神より定められた未来を拒んだ。
呪いによってガードとしての才を得た彼女は、しかしそれこそが己の生きる道だと胸を張って誇る。

そして。
誰かを助ける為、誰かを守る為、己の力を生かすと決めた彼女は、だからこそ届かぬと、足りぬとわかっていてもなおその夢の為に一歩を踏み出す事を定めて、笑顔で告げる。


「遅かったですね、ランスさん。荷物の準備は出来てますよ。さあ、次の冒険を始めましょう!」


自分の後ろから歩いてきた男が驚いたようにこちらを見つめたというただそれだけで、サチコは命の危険さえもありえる冒険についていくことこそが自分にとって正しい事だと信じる事が出来た。











雑兵をなぎ払い、将を倒し、竜を殺せ。
魔人を倒し、魔王へ至り、天使と悪魔を平らげろ。
それこそが神に至る道であり、彼の望みをかなえ、そして全人類を救う道である。
そう、全知の賢者は予言した。

その言葉は、ランスには響かなかった。
誰かに命じられてそんな「勇者」のような事をすることなど、ランスにとっては欠片たりとも興味を覚えるものではない。
彼は時折英雄を自称するが、それは英雄になりたい願望を表すのではない。己が押し通る道筋すべてが自動的に英雄と呼ばれるものの過程となるのだ、と心底信じているのだ。
誰かに褒められる為、喜ばれるための行為など、赤毛の冒険者にでも任せておけばよいのだ。

勿論、ランスがそう思うことをホ・ラガも知っている。
だからこそ、彼はこう言葉を変えた。


言い換えよう。
ヘルマンへ向かえ。
そしてそこで、男は殺せ。女は犯せ。
権威を蹴飛ばせ。伝統を破壊しろ。
全てを望むがまま、思うがまま暴れるといい。


ランスの琴線に触れることを知って放たれた言葉は、紛れもなく彼を動かす原動力となった。


「サクッとヘルマンなんぞ、けちょんけちょんにしてくるぞ」


未来は定まらず、時は満ちず。
永遠の少女は今なお囚われの身。
次の冒険がいつ語られるのかも、全知の賢者ならぬ身ではわからない。


「がはははははははははは!」


いまだかつて踏み入れた事のない極寒の地で出会うのは、希望か、それとも絶望か。
追う者、留まる者、鍛える者、同行する者、待つ者、願う者、眠る者。
彼を囲う全ての女たちをそのままに、新たな冒険が始まろうとしている。
入り組んだ人間関係の網を、複雑に影響しあう蝶の羽ばたきを、全てを当然に自分の物として。
願いも、希望も、絶望も、苦しみも、痛みも、快楽も、興奮も、全て飲み込んで。


「行くぜ、ヘルマン!!」
「とーーーーっ!」


吹き込まれた偽りの救いを胸に、鬼畜戦士は再び血と色にまみれた道程へと旅立った。


【終劇】


Comment

No title

更新乙です。
更新がきていたので全部読み直しましたが9が出るのが本当に待ち遠しいですね。

No title

あれ? なんかサチコさんがヒロインになってますよ?
というかこのランスは魔王になろうとしているのか……
たとえ魔王になったとしても1級神や三超神にも勝てない。
それなのに史上最悪の魔王にしようとするなどホ・ラガはどうしようというのだろうか。
などと考えつつ、9とこのランスの新たな旅を楽しみにしています。
非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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