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瑠璃(ランスクエスト)

後一月か……待ち遠しいような、怖いような
とりあえず、いろいろ頑張ろう










頭上より差し込んでくる日光は、この場所に届くまでには弱くなっている。だがそれは闇が全てを飲み込んだ、というわけではなく、木々の幹や葉に乱反射する光となって拡散して柔らかで僅かな木漏れ日となっているだけだ。
だからこそ、森の奥深くであるにもかかわらずここにはこんなに光が満ち溢れている。
吹きぬける風は水を適度に含んで甘く、その大地でさえも一歩踏み出すごとに花と蜜と果の香りを伴っており、耳に聞こえるのは小動物達の笑い声。

ここは、ペンシルカウ。
カラーのすむ村だ。

今は村を覆う結界はその要が強奪されてしまったことによりなくなってしまい、それがために以前と同様の絶対的な防衛網を誇る、とはいかないが、それを補うかのようにリーザス、ゼスの庇護の一部と女王の呪いの力によって守られている。
悪意も脅威ももはや寄せ付けることのない、堅固な守りだ。

だからこそ、先のヘルマンの侵攻によって大幅に数を減らしたカラーたちも、その中でならば今では笑顔で行きかうことが出来ていた。
失われた尊い命のことを忘れたように、笑顔で。


わー
きゃー


そして、そんな平和の象徴があった。
先代の気質を受け継いで僅かに緩みつつあった秩序が今の女王になってからは二代前の女王の治世と同様厳しい掟と規律が敷かれているはずのそこでは似つかわしくないほど落ち着きのない幼い嬌声がそこらかしらで聞こえる。
ついこの間の虐殺さえも忘れたかのような嬉しげな声音は、事実そんな血なまぐさい事実を知らないそこらかしらに見え隠れする子供のカラーによるものだった。
ついこの間まではほとんど村にいなかった彼女達の存在は、いまやペンシルカウのほとんど主役といっていいほどの騒がしさと活気を生み出していた。

これは、カラーの歴史から言っても極めて珍しい風景である。
見た目では中々区別が付きにくいが故にわからないかもしれないが、そもそもカラーという種族はこんなに同世代のものが成長を同じくすることはないのだ。
本来極めてフラットな安定した同数の年齢のものによって社会構造そのものが構成されているはずである。

だが、二代前の女王より役割分担と人口調整を徹底することによって女王指揮の下安定した生活を営むようになっていたカラー社会にとって、この間のヘルマンによって殺害された人員の数は無視できないものであった。
もともと、ある程度は余裕を見ていたとはいえ、完全に人口を理性の抑制化においていたカラーの村には無駄な人員などいない。戦士階級は戦士として村を守り、生産階級はそのものたちを支えるという社会構造そのものの構成員が、ひどく大きく削られてしまったことは村の存続自体を怪しくした。
とある男の要請を受けて村の守りや補給をある程度リーザス・ゼス軍が引き受けているとはいえ、同じ人間についこの間蹂躙された彼女たちがそれを全面的に信頼できるはずもなく、またその気紛れにいつまでも頼り続けるわけにもいかない。
そうである以上、今まで村を守っていた結界以上の防備を調えるために人員が必要、ということで早急に人員増産の必要性に迫られていた。


そんなわけで、生産性を落とさない最大限の規模で、現在ペンシルカウは幼女祭りである。
一刻も早く国力を回復するための人口を増やすということを目的に、今この村ではまさに生めよ増やせよが称えられている。
流石に同胞を家畜のように産む機械にするほどの冷酷さをもてなかった女王の意思を汲んで、ある種非常に自然な方向性で。

その中の一人がとことこと門の方へと歩いてくる。だが、彼女たちは未だに村の外に出ることは許されておらず、それはこの幼い少女も知っていた。
だから門にはむかってはいるものの彼女の目的地は外の世界ではなく、門そのものであった。


「パーパ?」
「ち、違います! 自分はリーザス第4軍の…」


幼女に裾を掴まれて父と呼ばれた男がひどく狼狽する。
女王の命により門を守っているらしきリーザス兵士の彼はまだ若い。唐突に身に覚えもない父親呼ばわりされて慌てるのも無理もない若さだ。
女しかおらず、しかも妊娠を望んでいるカラーの事情はある程度分かっていてもしかし女王や上官怖さに悪いちょっかいをかけようとは思わないほどスレてない、いまだ輝かしい軍歴を夢見ているであろう青年なのだろう。

だからこそ、女王より―――正確にはその女王に対して唯一命令できる人間の命令により、絶対にカラーに手を出してはならないと言明されている彼にとって、そんな命令違反を疑われるような幼女から父親呼ばわりされるという自体は許容できるものではなかった。


「そっか……わたしのパパ知らない?」
「知りません!」
「……あっちかな?」


その否定を見てあっさりと了解をして裾を掴むのをやめ、しかし遊んでいる途中に唐突に浮かんだ己の父親となる人は誰なのだろう、という疑問を解決する為にその幼女は次に門の側にいた兵士の方向へと駆け寄る。
望む答えはきっと返ってこないだろうが。何せ、彼女の母親さえもその疑問の答えは知らないのだ。


「あ、森の外には出ないように!」
「は~い!」


彼女たちの身を命を懸けてでも守るようにと言明されているリーザス兵士の慌てた声を背に受けながら、その足で楽しそうに少女は駆けていく。
大人のカラーにとっては同胞を殺した狼藉者と同じ種族、としてどれほど誠意を尽くされたとしても未だ遠巻きにしか出来ない相手であろうとも、彼女たちには関係ないらしい。
この村において、決して珍しくなくなった光景だった。



早急に人口を増やさなければならない。ただ、そこには問題もあった。
というのも、カラーは女性ばかりの種族だ。それゆえに、妊娠するには当然ながら男が必要なのである。しかし、掟によって性交そのものは禁じられているので、基本的にその子宝は勝手に進入してきた男を捕らえて精液だけ出させることでなんとかしているのだが、この間の襲撃でそのストックも破棄されてしまった。
当然混乱時に捕虜たちも逃げ出している以上、正直人口調整を計画している上層部も困っていた。

リーザスやゼスの兵士に協力を、という考えも正直頭をよぎりはしたのであるが、体を交わすことは情と欲を交わすことにつながる。
額のクリスタルが極上の魔法素材になるカラーの性質上、それは不味いというのが掟の理由だ。最上級の魔法の材料となるホワイトクリスタルは、カラー一人に付き一つしか存在せず、またカラーの数自体も少ないことから極めて高価だ……高潔で知られるような人でさえも金銭欲で狂わせるには十分なほどに。
ことの最中にもし男が僅かにでもとち狂ったら、防ぐ術もなく無防備なカラーはその額のクリスタルを捕られる羽目となる。いくら存亡の危機とはいえおいそれとその最大の危険を無視するわけにはいくまい。

かといって、精液だけの提供を求めるには、カラー側から支払える対価がない。今は食料も医療も人材も戦力も、そして勿論クリスタルだって不足はあっても余剰はない。
そして、かの王達の好意や打算に甘えて借りを作るなど、カラーという一つの国家にしてみればなおのことお断りだった。


「ねえ、あなたがパパ?」
「違う! うう、やることやってないのに父親呼ばわりなんて、心臓に悪い」


だが、その問題もどこからともなく女王パステルが入手してきた大量の精液によって解決した。パステルは入手経路を頑として語ろうとはしなかったが、とにもかくにも必要な分量だけの精液を確保できたことは僥倖であった。
カラーは何とか独立独歩を保てる兆しを女王の機転により得ることが出来たのである。


かくして、カラーは女王以外その父親を知らぬ子供により一大ベビーブームを迎えてることとなったのであるが、その立役者はというと……


「うう……やはり、浅慮だったかも知れぬ」


その腰掛ける椅子も、傍らに見える寝台も、磨き上げられた鏡台も、隣に置かれた水差しも、手間は掛かってはいてもそれほど豪奢なものではない素朴なもの。
自然とともに生きるカラーという種族の女王に相応しい私室の中で一人ウンウンと唸り続ける女が一人。
普段ならば側に控えている事務総長さえも遠ざけて、ただひたすらに唸り続けている。
その細く形のよい眉をゆがまし、その白磁のような歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべるという不審極まりない彼女こそが、今代のカラー女王、パステル・カラー。

その歴史上類を見ないほどの苦難の時代を収めることになった彼女がそんなに唸っているのは勿論統治上の難問奇問……というわけではなく、至極個人的なことに起因していた。
それにより彼女は、最近ひどく悪夢に悩まされているのであった。


「いかに村が存亡の危機に立っておるとはいえ、いくらなんでもあの男のものを使うなどと」


というのも、どういうわけかここの所彼女は、がははと下品に笑ってそこらじゅうに迷惑を掛けまくるカラーが将来村に大量に生まれるのではないのか、という心配を持っている。
それがため、連日果たして自分のやったことは正しかったのか、ということを後悔し続けているのだ。

彼女が以前何故か心底憎み嫌っている男の住まう城にいって、その乱交パーティの会場の中にまで入っていったことと何か関係があるのだろうか?
とにかく、村の大事のために自ら解決策を持ってきた割には、彼女は謙虚を通り越して杞憂が過ぎる状態で、そんな随分と偏った未来を心配し続けている。

だが、そんなさなかでも女王としての責務は忘れていないところが、どうにも生真面目すぎて融通の利かない彼女らしいところである。
自分がやったことはそんな杞憂としか言えない心配事をのぞいてしまえば、もはやどうしようもないことであった、ということは理解しているようである。


「だが、今の村の現状では将来少しでも戦力になるカラーが欲しいのは事実。そして、戦士としてのあの男の素質は否定しようがない。じゃが、いくらなんでも」


逆に言えば、それだけ分かっていながらもその種の元にこだわっているところが不可解にさえ思えるほどだが。
正直なところ、カラーは文化的にそれほど種にはこだわらない。元々、カラーのクリスタルを狙って不法侵入してくる密猟者を捕獲して採取していたぐらいだ。
畑がよければ、そしてその後の教育さえしっかりしていればきちんと育つ、という思想の元、処女懐胎が推奨されていたぐらいなのだ。

が、いろんなもののめぐり合わせで最近のカラーとしては非常にめずらしくそれ以外の方法で子を産んだパステルにはいろいろと考えることがあるのであろう。
あるいは、彼女の祖母であるビビッド・カラーはそういった感情が生まれることを危惧して掟を作ったのかもしれない。

今のある意味錯乱したパステルを見ると、それも正しいようにも思えた。


「いや、まてまて。大丈夫じゃ、リセットを見れば分かる。あんな、妾のようなダメダメ女王の血を引いてでもあんなにリセットは賢く優秀じゃ。きっと育て方さえ間違わねば」←親馬鹿


自分の娘の愛らしさ、賢さ、才能等を持って、その危惧が的外れではないか、と必死になってよかった探しをするその様は、いっそかわいそうなほどである。

基本的に彼女はリセットに対して一線を引いているつもりである。
現状、パステルの子が独りしかいない状態において、血縁によって連なるカラーの次代の女王は彼女しかいないからである。
モダンの数十人の子のうち、死別した二人の姉の次の順に生まれてきたパステル自身が望むと望まざるとを関係なく女王になったように、それは絶対だ。
ましてや、パステルはこれ以上子作りなどという野蛮な行為を行うつもりなど欠片もない。それはその子の父親があの男であろうとそれ以外であろうと、同じことである。
そうである以上、リセットにはことさら厳しく女王として教育しなければならない、と思っている。

それに加えて、リセットは望まれぬ子だ。
カラーにとって掟は絶対。そして、掟では人間との間に直接性交を行うことで子をなすことは、禁じられている。まあ、正直なところ彼女の父親はいろいろと規格外なので、今のところそれがばれたところでカラーの村ではたいした混乱は起こっていない。
カラー、人口が僅か二千人程度であり、この間の事件によりそれさえ減っているのでパステルの一存で変えたとして説得できないことはないであろうが、掟は掟だ。
故に、彼女は掟により父親である人間の男を殺さなければならない……あの桁外れの戦闘能力を持つ男を、だ。

だからこそ、パステルは真剣にリセットに対して厳しく接しているつもりであった。


「それに、リセットにも妹がいた方がよいに決まっておるじゃろうし。まあ、母が違うゆえにおおっぴらに言うことは出来ぬが、それはそれじゃ」←馬鹿親
「おかーさん!」
「おお、リセット! ……っ、なんじゃ、いきなり入ってきよって。ここをどこじゃと思っておる。ほれ、泥だらけではないか」


あくまで、本人は、であったが。


突然開かれた扉に戸惑っていたのはほんの一瞬のこと。
言葉だけ聞けばしかめっ面で、しかし現実には少女が自室に飛び込んできた瞬間に輝かんばかりの笑顔を必死に押し殺そうとして全然出来ていないそんな顔で娘に付いた泥を払ってやるその姿は、そんな本人の考えに微塵の説得力も有していない。

そんな彼女に負けぬほどの笑顔でつい先ほどまで元気に遊びまわっていたであろう少女、次代の女王候補、リセット・カラーは鈴のような笑い声とともにこの部屋に入ってきた目的を告げる。


「くふふー、あのね、お願いがあるの」


青く輝く長い髪に抜けるような白い肌、尖った耳はカラーの特徴をそのままに、しかし何処か他のカラーとは違う力を持つような幼い少女は、その小さな手をふりふり、まっすぐとパステルを見つめながら声を放つ。
父親を殺すつもりなど欠片もない彼女にとって、掟なんてものは何の価値も持っていない。それゆえ、悩みなどとはまるで無縁などこまでも楽しげな笑顔だった。
それにおもわずパステルは目を逸らす。己への劣等感とそれが為に厳しくせねば、と思う思い込みは、そんなに甘やかしてはならない、と彼女の中で強く警告を放ち続ける。


「ふう、リセット。母は女王の仕事に今忙しい」


故に、内心はさておき何とか表面上は取り繕って娘に対して甘い顔を見せようとはしなかった。
大国とは違いいろいろとアットホームなカラーの村でその態度は正直なところいろいろと無理があるのであるが、それでも意地っ張りな女王は断固としてその態度を変えようとはしないのだ。

しかしリセットは、あっさりと自分の願いが断られたことを意にも介さなかった。そんなことなど今まで何回もあったため、彼女はこういった場合に自分がとるべき態度を幼いながらも十分理解していた。

そしてそれは、決して難しいことではない。
笑顔はそのままに、ただ無言で見つめる。それだけでいいのだ。


「じー……」
「……な、なんじゃその目は」
「じじー……」
「くっ」


人間ならば年のころ四五歳の子供―――しかも最愛の実の娘―――に笑顔のまま見つめられる。無言の要求とともに。
それだけでパステルの紙の理性はあっさりと揺らいだ。
天真爛漫な娘にはある意味完全に嘗められているほどの態度は、ある意味駄々甘な娘の父親と同レベルであるほどの親ばかである。
自分が見つめれば、母は全てを叶えてくれるはずだ、というその幼い打算の混じった眼差しにパステルは抗う手段を持ち合わせていなかった。

将来の女王を継ぐものとして厳しくせねば、己のような過ちを犯さぬ立派な女王へと教育せねば、憎い男の血を引くものとして何とかあの男を倒せるほどまで育てなければ、とは思ってはいても……娘は可愛い。
その一挙一動から眼を放せず、大口上げて笑う様に憎い男の影を見てもその様さえ可愛く思える。他の子どもたちも等しくカラーの次代を担う大切な子供であると分かっていてもなお、己の血を引く娘はあまりにも可愛く、いとおしく思える。

それゆえに、根負けは早かった。


「ええい、わかった! 言ってみるがいい」
「あのね、リセットに魔法を教えてほしいの!」
「は?」


だが、リセットがねだったのはパステルにとって想定外のことであった。
彼女が考えていたような甘やかしでは点でないそのことに、おもわずパステルの拍子が抜ける。

こちらから強いることはあっても、正直リセットは子供である。
学業に属する魔法の勉強を自ら望むなど今までなかったことである。
いや、そもそも彼女には多忙なパステルの代わりに教育係りとして何人かのカラーが付いている。大概の魔法であれば、彼女らに聞けばいいのでは?

その疑問を解消すべく、パステルは問いを投げる。


「魔法? スリープまで使えておるのではないのか?」


カラーは魔法と弓術に優れた種族だ。
その中でもあまりに桁外れの曾曾祖母の血を色濃く受け継いだのか、あるいはこれまた規格外の父親の血を引いているからなのか、リセットは魔法においてこの年頃にしては極めて優秀だ。
この歳にて対象を強制的に眠らせるスリープという高等魔法を使いこなすなど、中々ないことである。世間一般に対して魔法使い、と名乗ってもなんら恥ずかしくない力量である……まあ、戦闘用魔法ではないのは確かなので、どこぞのぷるぷる親父のように実際の戦闘能力はほとんど皆無なわけだが、それはこれから体が出来上がっていく過程で鍛えればいいことである。
パステルの親の贔屓目を抜きにしても、年齢から考えれば極めてリセットは優秀だった……それこそ女王を継いでも不足ではないほどに、今の時点で将来の器量が見え隠れする。

その彼女がそれ以上を望む。請われれば次代の女王に対して更なる教師をつけることもいとわないパステルではあるが、それはどちらかというと教師役もしているサクラ事務総長の領域であることをこの賢い娘が悟っていないのはどうにもおかしく思えた。
彼女の言い出したこと自体はパステルにとっては願ってもないことであり、それが故に少々不信が頭によぎったのだ。

そんな疑問に、リセットは満面の笑みで答えた。


「違うの、教えてほしいのは呪いのほうなの……おかーさんはカラーの女王なんだから、世界で一番呪いが上手なんでしょ?」
だから、教えて。

答えにもならぬ答え、結局「何故学びたいのか」ということについては一切解答していない。
だが己の可愛さを自覚する幼い媚びを遥かに凌駕する信頼が込められたその声とまっすぐな瞳に、パステルは射抜かれた。


(自分が世界一ということをリセットは心底信じている)


愛する娘から向けられる直接的な尊敬と信頼に、おもわずパステルの目頭が熱くなる。
パステル・カラーはカラーの女王であるが、それとは別に彼女補人が保有するスキルとしては大陸最高の呪術師である。魔王や神といった存在自体が違うものによるものはさておいて、それ以外にであればこの地上において彼女に掛けられない呪いはなく、彼女に解けない呪いもない。男だけを殺す呪いに内心を強制的に暴露する呪い、低レベル者とは性交そのものを禁ずる呪い等掛けるも消すも自由自在。
それは、たとえ彼女が史上もっとも大きい失策を行ったカラーの女王であっても紛れもない事実だ。

女王としてはダメダメであっても、現在の地上においてもっとも呪いに詳しい専門家である、という彼女に残る唯一の誇りを娘は認めてくれているのだ。
これほどうれしいことはない。


「……しかたあるまい、次代の女王を鍛えるのも現女王の重要な役目じゃ」
「やったー!!」


それゆえ、思いっきりもったいぶった挙句に嬉々として教えようとしたのであるが……


「とはいえ、妾も多忙の身ではあるがゆえにそうそう時間は取れぬゆえ、しかとそのことを『ねえねえ、リセット、それなら私に教わってみない?』……え?っ、お母様!」


世の中は徹底的に彼女の思い通りにはいかないらしい。
パステルの内心の歓喜と願いを完全にまるっと無視して、リセットの声にひらひらと手を振ってみるような半透明のカラーが唐突に出てきたのである。
そう、パステルの声のとおり、出てきたのは彼女の母……そして当然ながらそれは。


「あー、おばーちゃん!」
『はーい、おばーちゃんですよ~』


リセットの祖母である先代女王を意味する。
半透明のままでもなお当時の春風のような美貌をそのままに、リセットの嬌声に笑顔で手を降るその姿からは尖った部分はほとんど見られないほど、極限までのほほーんとしている。
モダン・カラー。パステルの一つ前のカラーの女王だ。
英霊という名の幽霊状態になってマザーカウでカラーの森を守護する役目についているはずのパステルの母であるが、最近結界が要の神具を失ったことでほとんど機能不全を起こしている為案外暇なのか、やたらとこの幽霊状態で現れるのである。


『パステルが忙しいって言うんならリセット、おばあちゃんに呪術教わってみない? これでも元女王ですからね。そんじょそこらの人には負けないわよ?』
「ホント、おばーちゃん!」
「ちょ、お母様!」


歴代女王において最多の50人もの子を産んだ祖母は当然ながら子供の相手が好きで、あやすのも上手いために孫も幽霊ということを無視して割となついている。
そのため、彼女の行った唐突な提案は割りと好意的に受け入れられた。

思いも寄らぬ方向へと話が転がっていく雰囲気を感じて、パステルは焦った。
なにせ幽霊とはいえ、モダンは元はれっきとしたカラーの女王だ。
そんじょそこらの幽霊のように体力だけとかエロ動画を見せ付けるだけとか言うわけではなく、相応の力と当時のままの高度な人格を今でもなお持ち合わせている。加えて女王としてそれなりに多忙なパステルとは違い、暇をもてあましている……ある意味理想の教師役だ。
肉体はないがゆえの不都合はあるが、カラーの女王レベルになれば無理やり生者の肉体を借りることも出来るし。

パステルとしては母として愛し、女王としては尊敬している相手であっても、今回ばかりは出てきてほしくなかったのであるが……彼女の受難はそれだけでは終わらない。

唐突さはモダン同様、新たな声が会話に加わったのだ。


『モダンの孫……私が教えても良い』
「あーー!! ひぃおばーちゃん!」
『あら? うふふ、お母様もですか?』
「お祖母様まで!!」


低く落ち着いた声が発せられた位置はパステルの胸元ほどで、リセットよりも僅かに高い程度でしかない。実際にその容姿はカラーとしては老年に達してから英霊になったにもかかわらず極めて幼く見えるものであり、大きくくくった長い髪はふとすれば外見上のその印象を一層強めそうにも見える。
しかし、その全身から放たれる威厳は英霊になってもなお背筋を正させるほど、女王の権威というものを肌で感じさせる。

パステルの祖母、モダンの母、そしてリセットの曾祖母、ビビッド・カラー。
現在のカラーの社会制度と掟の大半を築き上げ、それを守り通した上で後世へと伝えた大政治家にして偉大なる女王だ。

幽霊になり、その後とある男と交わったことで現役時代と比べればある程度の柔軟性を得た彼女であるが、それでも肉親への愛情と同じぐらいカラーという種族を愛している。
いっそ冷徹なまでに民に掟を守らせ、そして誰よりも己がそれを守ることで一人のカラーによってめちゃくちゃにされた種族をたて直らせた彼女にとって、次代の女王を鍛え上げる、という事実は極めて彼女的に重要なことであったのだろう。
今は隠居の身ではあっても放ってはおけなかったらしい。

モダンの甘やかしがパステルという失敗を生んだと思っている彼女にとって、神具がなくなったことで生まれた己の自由の訳は、当然ながらカラー全体のためにほかならなかった。
だからこそ、肉体のない身でもなおリセットの教育に干渉する気が満々だった。


「いや、お祖母様……リセットは妾が」
『お前はそれよりもまず女王としての責務を果たせ』
『お母様! パステルはパステルなりに頑張っているんですよ!』
『結果が全てだ。案ずるな……その間にきっちりと仕込んでおいてやる』


それを見て、ただでさえモダン登場で青くなっていたパステルの顔色がさらに悪くなる。

パステルは地上で最高の呪術家だ。だが、それはあくまで現在の、が付く。
彼女よりも弓の腕が遥かに上であるが故に呪術では若干劣るモダンはさておき、精霊に愛されまくっているビビットはカラーの歴史上においても有数の魔法と呪いの使い手である。少なくとも、未だに歳若いパステルにはいまだ追いつけているとは思えない。
勿論、名選手がすなわち名監督というわけではないが、それを言うならばパステルに呪術の講師をリセットが頼むこと自体が間違いな訳で……そこまで考えたあたりで、彼女は更なる嫌な予感を感じて、おもわずあたりを見渡した。

その理屈と今までの流れで行くとおそらくこのあたりで……


「はっ、もしや!」


唐突にあたりを見回し始めたパステルを見てリセットは首をかしげていたが、先代、先々代の女王はその意味がわかったらしい。
笑いながらも彼女の危惧は意味がない、ということを述べた。


『流石にお祖母様はこないわよ~少なくとももう少しは』
『あの男に敗れて以来、放心状態だからな……くくっ、いい気味だ』


流石に三度目はなかったらしい。
そのことにほんの少しだけ小さな溜息を吐くことで緊張を緩めるパステル。

そう、万が一ありとあらゆる意味でカラーとしては規格外のフル・カラーまで出てきてリセットに呪術を教えるとか言い出してしまえば……母である自分の立場はリセットの前で完全になくなる。自分が女王としてはもとより母親としてもいい母親ではないと思い込んでいるパステルにとって、今回こそが娘に威厳を示せる千載一遇の機会であるというのに。
カラー史上最強といっても過言ではないフルに対しては体を乗っ取られた恐怖と苦手意識もあって、絶対に来てほしくなかったパステルは、最悪の事態が回避できたことに心底安堵していた。

だが、歴代三人そろってではない、ということは実のところ現状には何の助けにもならなかった。
というか、力はあっても明らかに教育などには向いていないフルとは異なり、この二人の元女王たちのほうがかなりの熱心さと、それに伴う実力を備えているのだから、彼女のピンチは微塵も助かっていなかった。


『いい、リセット? まず、大きく息をすって、自分の中の力を自覚することから始めるのよ?』
「う、うん……」
『……そんなことをしなくても感覚を覚える為に埴輪どもにでも呪いを掛けてくればいい。まあ……まずはその辺のムシからだな』
「えっ!」
『そんな、リセットには危険すぎますよ、お母様!』
『……甘すぎる。呪いは掛けて返されて覚えるものだ』
「……よし、とりあえず同時にやろっと」


善は急げとばかりに早速リセットに対して極めて教育方針の異なったそれぞれの教育とそれに対するこだわりの議論を始める二人を見て、そしてそれを少し戸惑いながらも素直に受け入れている娘を見て、おもわずパステルの頭がくらくらとしてくる。
己に唯一残るアイゼンティティまで奪われそうになって、パステルは娘の前にもかかわらずおもわず涙目で叫んだ。


「リセットは……リセットは妾の子です! だから妾が教え、鍛えます!」
『あらあら』
『……ふっ』
「リセットは別に皆に教わってもいいけど……」
「リセット!!」


自然とともに生き、四季とともに暮らすが故に時が極めてゆっくり流れるペンシルカウにおいても、ゆっくりと変化自体は流れ続ける。
ついこの間この場所において虐殺が、殺戮が起こったとは思えぬほど、それはカラーの女王達による穏やかな時間であった。








「おとーさん、ピンクのおねーちゃん助けるの、もうちょっとだけ待っててね、くふふ~」


娘が何故そんなことを急に言い出したのか、その動機に最後までパステルは気付かなかったが。



無窮へ

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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