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晴嵐(ランスクエスト)

さて、そろそろ個別ページ作るか。後各話のリンクも。
なんか長くなりそうだし……






彼女にとって剣を振るということは、剣を取って強い、ということは一種の信仰だった。

朝日に照らされながら大気を切り裂く素振りを放つ一人の少女がいた。
少女が剣を振るたびにその髪が揺れ、汗さえもこぼれる。息は荒く、肌は上気していた。
早朝という時間を考えると、いかに彼女が長時間、この場において剣を振り続けたのか、ということがまるで目に見えるような情景だ。
皆が寝ている時間でも意にも介さず早く起き、誰にも見つからないようにこっそりと隠れて、しかし長時間真剣に鍛錬を行った、その証だった。


「ふっ、はっ、やっ!」


剣閃は、早い。
まるで閃光のように煌き、一瞬で元に戻り、再び跳ね上がる。
風を切って振るわれるその剣風に吹かれたのか、一枚の葉がそこに舞い込んだ。
少女はそれを見て僅かに笑顔を浮かべて、剣を再び放つ。
間合いに入った葉は、その剣の巻き起こす風に乗ることも出来ずに、綺麗に半分に分かれて二つとなってひらひらと大地へと落ちていった。
才能任せでは決して振るえない、努力の跡がそこには隠し切れないほど光っていた。
しかし少女は、切り裂いたその成果にはもはや微塵も興味がないとでも言わんばかりに目もくれずに、再び素振りを開始する。
成果を生むのは、たゆまぬ努力であることを彼女は知っているのだから。


幼い頃「剣を取れ」と命じる神よりの天啓を受け、それにしたがって彼女は生きてきた。
そして、血の滲むような努力の成果とはいえ、その努力に相応しい結果を出してきたことに彼女は確かな満足を覚えている。
凡百の普通の人々に比べると初めから神から成功を約束されている自分の努力は容易いものではあるであろうとは思っているが、それでも自分が磨き、築き上げてきた力は彼女の中では紛れもない正義だ。

がさり、と突如彼女の横に位置する藪が音を立てる。
極限まで集中していた彼女はそれを事前に察することなど出来ず、音がしてから慌ててしまった、といわんばかりに肩をすくめてそちらに対して視線をやった。

彼女は自身の力を自負してはいるが、同時にそれを築いている努力を他人に見られることは好まない。
水鳥はあくまで優雅に泳ぐべきであり、水面下で動かしている足を見られることは美しくないとするその感性からは、この鍛錬を見られるということは非常に好ましくないものだ。
凡人よりも才能に恵まれ、凡人よりも鍛錬を行い、そしてそれを凡人に気付かせないからこそ己は天才である、と誇るのである。

だからこそ、その己の力を上回る人間に対しては、彼女は嫉妬だとか尊敬だとかいった正負どちらにせよ、心を動かさざるをえない。


「えっ? ちょっと、ランスさま。いったいどうなさったんです?」


故にこっそりと城の外の森で日課の鍛錬を行っていたところに彼女に一番興味を抱かせている男が血まみれで現れたときには、自分の鍛錬をまたも見られてしまったことと、よもやランスがこれほどまでの傷を負うとは、という両方で心底狼狽した。
そしてその狼狽は、その男が自分に抱きつくかのように倒れこんできたことで頂点へと達した。

彼女の名前はチルディ・シャープ。
幼いころに神から受けた『お菓子職人になったら大成するよ』という天恵を、何をどう間違ったのか『剣をとりなさい』というものであると勘違いしてしまって騎士を目指したが、何の因果かそっちの才能もあったためにそれなりに騎士として成功しているといういろいろ才能に加えて幸運と不運の両方に恵まれた少女である。







チルディはリーザス帝国金の軍、リア女王親衛隊の小隊長である。
新興勢力であるコパcityや小国であるパランチョ王国とは違い歴史ある大国の親衛隊に入る、ということは並大抵のことではなく、その中でも長と名の付くものに任命されるのはさらに限られたエリートだ。
身体能力や学力のみならず、身元の確かさから思想の安定性は愚か外見のよさなどまで考慮されて選ばれるその狭き門を潜り抜けたチルディは、当然ながらそれなりに頭も回る。
だからこそ、この場においても比較的正しいと思われる選択肢を即座に選んだ。


「ふう、それにしても重たいですわね……わたくしももうちょっと大きくならないものかしら」


その第一の選択の結果として、とりあえずチルディは彼女を見つけた瞬間にまるで倒れるように気を失ったランスを城の中に引っ張り込んだ。
男性と女性という性差に基づく体格差と、ランスが身につけた超一級の武具の重さは、体の小ささゆえに今一歩伸び悩んでいるチルディには少々厳しいものであったが、それでも流石に騎士を目指して日々鍛錬を続け、現在レベルも高い彼女にとっては無理な労働ではなかった。


「さて、と。どちらにお連れすれば……って、まあこの場合考えるまでもありませんわね」


門を潜り、どこに運び入れるのか、ということを少し考えたあと、彼女は進行方向を決めた。

目指したのは主君であるリア・パラパラ・リーザスの私室だ。あいにくその部屋の主は今は政務の為リーザス城にいってしまっているが、それはこの際あまり関係ない。
重要なのは、怪我をして気を失っているランスを運び入れる際にどこに運ぶのが一番自分のメリットになるのか、ということだ。

ここでメイドなどを呼んでランスの看病を任せて自分は去ってしまう、ということは論外。
かといって、あの場所で膝枕などして待っていた場合、そのまま何事もなく目を覚ませばランスからチルディへの好意と行為が発生するかもしれないためそれはそれで悪くないが、ランスが致命的なダメージを受けていた場合神官系魔法を一切使えないチルディだけでは万が一ということがありえてしまう。
自身も相当な剣士であるチルディの目からすれば、ランスにそこまでの傷はないように思えるが、それでもランスという存在の大きさを考えては念には念を入れてそんな危ない橋は渡りたくない。

となれば、自分だけランスの好感度を稼ぐことはもうすっぱりと諦めて、誰かと協力してランスの看病をするしかない。ならば、治療の出来る場所に行くのが得策な訳だが、彼女の立場的にはゼス市民の看護婦プリマやAL教の上層部であるクルックーのところに運び入れるのは不味い。
自由都市であるレッドの町所属のセルやフリーの冒険者であるノアならばその心配はないが、同時に彼女たちはこの城の正規の住人ではなくあくまで通っているだけなので、少々探すのに手間が掛かる。
そのためにうろうろしていれば、マジックやコパンドンといった他の己よりも身分の高い住人に見つかり、横取りされるかもしれない。
あと、一応回復魔法も使える上に居場所もほぼ固定されている大魔女フロストバインは……正直なところ腕前と人格の両方の意味でイマイチ信用できない。


そういった危険性を考えると、彼女の所属上運べる場所は結局ひとつしかない。
すなわち、大陸一高貴な身分であるリアのためなどを考え、常に神官が常駐しているリアの私室だ。
立場上ランスの機嫌を誰よりも取っておきたい陣営の一つであり、さらに自分が所属している。親衛隊の小隊長であるチルディの採りうるものとしては自然なものであり、しかも主君の覚えもさらによくなるであろう。


「あそこなら、かなみさんにも連絡していただけるように伝えられるでしょうし……リアさまもきっと飛んで帰っていらっしゃいますわね。ふふ、それまでわたくしが精一杯看病させていただきますわね、ランスさま」


結果それは巡り巡って自分の利益になるであろう、という打算の結果ではあるが、同時にそれは誰一人傷つけることもなく、誰一人困ることもない非常に平和的な選択肢だ。喜ぶ人間はいても、悲しむ人間はいない。事実を知れば悔しがる人間ぐらいは出るかもしれないが、このこと自体をこっそりリアの私室の中で納めてしまってばれなければそれさえない。

看病を行う環境としても最上のものを用意出来るであろうし、何よりリアとマリスが喜ぶ。だから彼女は迷うことなくランスをリアの私室へと運んだのである。
こういった気の利きようが、あの大国の女王として相応しい威厳と冷徹さと高慢さと有能さを持つリアをしてチルディがそこそこ評価される一因だった。


が、彼女はその恵まれた才能とは裏腹に、運が微妙だった。
勿論、順調に出世して実力をつけてきている彼女のことだ。運とて決して悪くはない。悪くはないのだが……何かと思い通りにいかないのだ。


「え……おじ様!」
「(……見つかってしまいましたわ)」


そのことを改めて自分で痛感した彼女はこっそりと溜息を一つ吐き、その突然掛けられた声の持ち主の方へと視線をやった。
ランスを運んでいるチルディを見て大きな声を上げた少女であったが、その声量とは裏腹にチルディの視線が己に向いたと知るや否や、すぐさま目線を下げてうつむき、もじもじと手遊びを始めてしまった。
声音に聞き覚えはあっても、よもや彼女があれほどまで大きな声を出すとは思ってもいなかったチルディは、その態度に見つかった相手がまぎれもなく自らが知る彼女であったことを確信できた彼女の態度に落ち着きを取り戻した。


「アールコートさん、ちょうどいいところにいらっしゃいましたわ。ちょっとお手伝いしていただけませんか? ランスさまが大変なことになってますので」
「は、はい……ああ、おじ様。一体どうして」


整えられた癖のない紫の長い髪と、その華奢な体はまるで荒事を得意とする冒険者には見えず、背伸びした女学生そのもの。しかしその外見とは裏腹に、彼女もまた巨大な獣を内に秘めている―――目先の先にいたのは、そんな少女だ。
そう、見つかったのが目の前の気弱そうな少女、お肉屋さんの娘ながらランスが気紛れで出した『アレ長おじさん基金』によって士官学校に入学し、首席で卒業した少女、アールコート・マリウスでよかった、と彼女は感じていた。

よっ、とちょっとだけ気合を入れて改めてランスを背負いなおしたチルディを見て、慌てて後ろに回ってその非力な細い腕で一生懸命ランスの背中を支えようとするその様からは、尖ったところがまったく見受けられない。
改めて、このリーザス陣営とゼス陣営、Japan陣営などといった対立関係にある人間の部屋をそばに置かず、その間間にこういった無害な人間を配置したメイド長の采配の非凡さを感じるチルディは、背面のアールコートに対して思いを馳せた。


アールコート・マリウス。
ランスを慕っている彼女であるが、その方向性はあくまで援助し、自分の窮地を救ってくれた恩人に対する感謝であって、性愛を含む恋慕にまではまだ至っていない。そしてランス自身も彼女とのそんな淡い恋愛とも言えない何かを楽しんでいるようで、決して強引にそういった行為には持っていかないようにしている……最近はさておき、少なくとも以前は。
彼女自身の争いを好まぬ穏やかな性質から考えて、たとえ恋慕が生まれたとしてもあの主君や大富豪、王女を押しのけてまで争奪戦に参加することなどあるまい。

また、リーザス士官学校を首席で卒業した彼女であるが、その才能はチルディの目指す直接の戦闘力、現場での指揮官としての能力ではなく、むしろ後方での分析、立案を得意とする軍師としてのそれだ。
彼女の才能自体は実際に冒険の場にて何度も見て、ひとかどのものどころか百年に一度の天才と呼ばれても過言ではないとまで思わされたものだが、そういった才覚の持ち主はチルディの役に立つことはあっても、邪魔にはなるまい。むしろ、お互いに協力し助け合って共存共栄を図りたいものだ。

おまけに彼女はリーザスの国民であり、さらに士官学校を卒業後ランスに恩返しをしたいあまりに主席卒業という輝かしい経歴を捨ててまで冒険者としてランスの仲間に志願した……要するにそれは、未だどの国にも入っていないリーザス在住のフリーの冒険者だということでもある。

つまり、どの方面においても現状において彼女とリアやチルディの利害が相反することはありえない、とチルディは出会った一瞬で分析していた。
いや、それどころかむしろ彼女の力は、リーザスにとって……


「ふう、アールコートさん。申し訳ありませんけど、私の腰の袋からこの部屋の鍵を出していただけます? ちょっと今手を伸ばせなくて」
「あ、はい」


だからこそ親衛隊の小隊長―――今回のこのランス城における親衛隊の長であるからこそリア(というよりマリス)に預けられている予備の鍵を使ってリアの私室の鍵をあけてもらうことにもためらいはなかった。
たとえランスを背負っていてバランス上うまく運ぶことが難しくなったとしても、チルディは彼女以外のものに見つかったのならばその王の私室の鍵を開けさせることはなかったであろう。

扉をアールコートに開けてもらってそこにはいることに成功したチルディは、更なる奥の扉も同じように開けさせる。そここそが彼女の目的地、リア・パラパラ・リーザスの寝室なのだ。
その極上の天蓋つきの寝台にランスをそっと下ろして寝かせたチルディは、すぐ隣の部屋に控える不寝番の彼女の部下を呼びつけ、ランスに不快を与えぬように、誰かにこの秘事をかぎつけられぬように小さな声で、こまごまとした指示を下す。
そしてその合間合間に寝台のはたの水差しに新しい水を注ぎ、ランスの鎧を外して傍に纏めておき、その服を捲り上げて清潔な布で傷口を清める。そのあまりの手際のよさに見るだけだったアールコートも、ようやくその段階になっておぼつかない手つきとはいえチルディを手伝い始めた。
侍女頭のマリスの置いておいた気の利いたメイドもいないではなかったが、その者に命じるのではなく二人は自分達の手でその全てをやろうとした。

二人がかりでランスの上体を起こしその埃と汗と血にまみれてどろどろになっていた衣服も脱がせる。その作業で少しばかり寝台が汚れたが、アールコートはさておき主君の寝台を勝手に使用した挙句に汚したにもかかわらずチルディは気にもしなかった……そしてその感覚は、まったくもって正しい。
ランスのために必要であったそれは、リアをして気に求めないであろう程度の些細なことだ。マリスとて少し眉根を寄せはするかもしれないが、それとて数秒後には消えるものであろう。


「お手伝い、ありがとうございました」
「いえ……そんな」


故にそのシーツがこっそりと時間を掛けて丁重に、しかしランスにはいささかの不自由もかけぬように細心の注意を払って交換されたのは、リア付の神官がランスを診断、治療し、「ただの疲労が蓄積されて気力が限界に達しただけだ」という診断を下したのちの一時間後の話であった。それまで、王の寝台に汚れたシーツが置かれている、という異常事態は続いたのである。
全てが終わって他の者全てを下がらせて枕元に侍る二人の体にはそれなりの疲労感があったが、それは同時に協力して事を成し、そして大過がなかったことによる満足感も同居していた。

理由は若干違えど、両者ともランスを好いていて、またここで死なれるわけにはいかなかった彼女たちには一つ冒険を終えたときのような仲間意識さえ芽生えはじめていた。


「……チルディさん。その……おじ様は、どうして……」
「それがわたくしにもわかりませんの。ただ突然目の前で倒れられたので」


故に彼女がアールコートにかけるのは、優しげなものだった。
元々彼女とアールコートはほぼ同年代ということでそれなりの付き合いがあった。勿論、趣味思考その他がほとんど正反対といっていいほど食い違っているのでそこまで親しく付き合っているわけではなかったが、それでも一緒に温泉にはいって会話をしたりぐらいはする。
だからこそ内気なアールコートであってもランスへの思いを胸に抱けば他人に声を掛けられたのであろうが、残念ながらチルディもその答えは持ち合わせていない。


「その……心配なんです。最近、おじ様いつもダンジョンに一人で向かっています。私とあまりお話しもしてくれないですし」
「本当ですわね……何度かご一緒させていただこうとしたこともあるんですけど、ちょっとわたくしではついていけませんでしたし」


思いつめたような声でこちらに対して思いのたけをぶちまけてくるアールコートに対して、チルディも溜息とともに同意を示した。

最近自暴自棄にも見えるランスを心配している者はこの城には数多くいるが、実際にランスが何をしているのか、ということを知っている者はそう多くない。
なんといってもランスは高難度の複数人で組んでも進むのが難しいダンジョンをたった一人で身軽に、尋常ではない強さで踏破し続けているのだ。
罠や戦闘、環境といった面で他者の補助が得られない状態でたった一人でダンジョンに挑む場合の難易度はパーティでのそれの数倍以上に容易に跳ね上がる。ランスはそれを全て、力だけで食い破っていると聞く。

ランスと同じファイターではあっても、ランスほどの強さを持たないチルディではついていくことも出来ない。他者と組むことでその力を引き上げる軍師であるアールコートにしてもそれは同じだ。
それこそ、今ランスの行き先や行動をかろうじて把握しているものなど、JAPAN一の天才クノイチであり、探索・暗殺系に特化しているスカウトである幽霊の鈴女か、あるいはその教授を受け、肉体を貸与することで能力を鈴女と同等以上に引き上げることが出来るリーザスの忍者見当かなみぐらいであろう。
迷宮の最深部までもぐられてしまっては、もはや彼女たちでも追跡できないかもしれない。それほどまでにランスのやっていることはあまりにも無謀で無茶なことなのだ。


「……何か、したいことがあるんでしょうか。だったら」
「……」


その無茶と無謀の源泉を探そうとするかのように、アールコートが呟く。
少女ゆえの潔癖さで、思春期ゆえの純粋さで、彼女はひたすらに「愛しのおじ様」の為に自分が出来ることがないかと考え続けているのだろう。
同姓の目から見ても無垢で従順なその様は、普通の男を狂喜させるには十分なほどの愛らしさだ。

だが、それでも今のランスには届くまい。
リアの直近に侍る親衛隊の小隊長として、ランスの現状の理由をある程度は知っているチルディはそう思った。
シィル・プラインというのがどういった少女なのか、一体どんな態度でランスに付き従ってきたのか、ということをチルディは伝聞でしか知らない。
しかし、あれほどリアが憎み、ランスが荒れる原因となった少女がそこまで普通の少女ではあるまい、とは思っていた。

それを永遠に失ったと突きつけられた悲しみを癒すには、まだ彼女では足りない。
アールコートでは情報と歴史と時間がまだまだなのだ。


そう、分析したチルディであるが、それがそっくりそのまま自分にとっても当てはまることもまた理解していた。
己の力量に自信のあるチルディは、自分がリーザスでもっとも強い女である、という自負がある。
剣技ではリック・アディスンに劣るだろう。軍略では、バレス・プロヴァンスに敵いはしない。他にも、大国たるリーザスに数多くいる男の将軍には負けている部分も多い。
だが、それでもなお、少なくとも女という範疇においては自分がリーザス一だ。
それは客観的に現状を見れば正直思い上がり以外の何物でもないにせよ、彼女の中では真実なのだ。

にもかかわらず、ランスにそれを問うた際、彼には「レイラ・グレグニーの方が強い」といわれてしまった。
これは己が彼女ほどランスに対して媚びれなかった、そしてランスにも自分を知ってもらえなかった結果である、と彼女は思っている。
真実実力が及んでいない、というわけではなく、自分の実力をレイラほどにランスに見せることが出来なかった。いくつかの冒険をともにした彼女ほど、自分とランスの間には信頼関係がなかったということだ。

つまり結局、己もアールコートとあまり変わることはない。


「まあ、考えてもしかたありませんわ。いずれランスさまの方からわたくしたちにおっしゃっていただけるのをお待ちしましょう」
「……はい」


おそらく、ある程度はそういったことも推測できているのであろうアールコートに対して、チルディは無理に明るい声をかけて会話を終わらせた。
リアが帰ってくるまではまだ少々時間があるが、かといって現状では彼女を迎えるに相応しいほどの準備が整ったというにはまだ少々足りない。

ランスが目を覚ましたとき、おそらくこの場は桃色に染まる。
リアがなおのこと。彼女がその目覚めた場にいればそれが加速することはあっても押し留められることはないだろう。
それ自体には何の不満もなく、それどころか参加する気満々のチルディであったが、そのためにはまだいくつかしなければならないことがあることもまた、感じていた。


「とりあえず、ちょっとだけ鎧などの手入れでもしておきましょうか、見たところ結構汚れているみたいですし」
「あ……はい、お手伝いします!」


戦士としての心得の一環として、眠っているランスの側からシーツは変えさせはしても彼の武具を片付けさせることはなかったものの、それでも埃まみれの血まみれの鎧が情事のそばにあるのはあまりにシュールな光景だろう。
美術品にも勝る芸術性を持つランスの一級の武具をこのまま手入れせずにほっておくのも一人の剣士として好ましく思えなかったがゆえのチルディの提案は、ランスのために僅かでも何かを、と思っていたアールコートの思いにも合致した。
後の肉欲の宴を考えるに未だにランスに抱かれていないであろう彼女をそれとなく遠ざける機会を探すチルディの思惑通りに。

だから、とりあえず手入れの音がランスに響かないところまで鎧を運ぼうとして取り上げた瞬間に、差し込む日光に反射して凄まじいまでの朱色がこの部屋で煌いた。


「「え?」」


それはランスの鎧の隠しに入っていたのが動かしたことで外に現れたのだろう。
今まで彼女たちが気付きもしなかったことをあざ笑うかのようにそれは唐突に落下したかと思うと、部屋に敷かれた分厚い絨毯ゆえにわずかばかりに弾んだだけで転がっていくこともなく音もなく静かにその場に鎮座した。

だが、その小さく無音のそれの存在は、そんなものだけで気にも留めずに忘れ去れるようなものではなかった。

ランスの装備していた鎧の隙間から転げ落ちたもの。それを見てアールコートは目を丸くし、チルディはそのつややかな唇を震わせた。
二人の瞳には驚愕が映っている。
それも、無理もないことであった。

落ちたのは大粒の宝石だ。少女らの握りこぶしほどの大きさで、完全な球体をしている。
その大きさと表面の磨き上げられたすべらかさを考えると、安価なものであると考える方が間違っているが、問題はそこではない。


「これは……まさか」
「そんな、おじ様が……これを」


そう、それは血の色と不壊の力に染まった真紅の宝石だった。
邪悪な波動と無味乾燥な思念を垂れ流し続ける悪意の結晶だった。

チルディは高級士官としてリーザス上層部よりの情報によって、アールコートはその類稀なる知力でいくつもの文献を紐解いて暗記している結果として。
地上でもっとも貴重な宝石の一つであるその正体を知っていた。

そう、それはただの高価な品ではない。それどころか、本当は宝石ですらない。
それは魔人の本質であり、魔王が与えた血の一部だ。
絶大なる生物の源となる魔王の力の一欠けらだった



ランスが魔人を切れる伝説の武器、魔剣カオスの所有者であることは二人とも知っていた。
彼が何人も魔人を倒した、と嘯いているのも二人は知っていた。
リアやマジック、香姫といった大国の王達が、それを正しいこととして話していたこともまた、知っていた。
だが、それでも何処か信じていなかった。

魔人を人間が倒せるわけがない。
魔人を人類が殺せるわけがない。
たとえ英雄だろうと、大国の王であろうと、世界一の剣士だろうと。

大陸に住む人間にとって、魔人とはそういう存在だ。
だが、この目の前にあるものはそれら全ての認識を一瞬で覆し、修正した。


魔血魂。

魔人の死をもって凝固するそれの所有はすなわち、魔人の打倒と同義である。
それがこの場にあるということは……


「っ……魔人を、おじ様が」
「……素晴らしい。素晴らしいですわ、ランスさま。最近の御行動に少々腑に落ちないことを感じておりましたが、このためだったのですわね」


魔人は倒せない。
魔王は殺せない。
この世でただ一人、ランスを除いては。
彼女達の中にあった先ほどの常識は、このちっぽけな宝石一つによって完全に打ち砕かれ、再構成された。


「……ランスさま。わたくしは今本当に心の底から、あなたのことを尊敬し、お慕い申しておりますわよ」


魔人をも超える強者、ランス。

その前人未到の記録を前に、アールコート・マリウスは事実を受けとめきれずに怯えたが、チルディ・シャープは笑みを隠しきれなかった。
彼女にとって剣を取ることは信仰であり、強いということは正義であった。

それゆえに自分を抱かせる男がこれほどまでの価値がある、ということにチルディはまぎれもない満足と尊敬を抱いたのだった。


八咫へ

Comment

No title

ランス作品の更新お疲れ様です。
ランス系はまだプレイしていないのですが、戦国ランスのマンガ読んでるのでランス系は知識少しあるので楽しく読ませていただいております。
続き頑張ってください。

No title

先日ランクエをクリアした私も楽しませていただいています。
同じくがんばってくださいませ。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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