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落日(ランスクエスト)

ワールド4、現在ランスのレベル、71。ようやくますぞえ撃破。
ワールド1ならたった一人で無双できそうな気がしないでもない。
まあ、技回数さえ尽きなければ、だけれども。



追伸 
福袋どうしようか、大分悩む。ソフトが入ってるんならばさておき、グッズだけってのはなあ……
でもマグカップはちょっと欲しい。





「カオスをよこせ」
「お断りします」
『(っ、クルックー!)』


パイプオルガンを中心とした妙なる音楽がどこからともなく聞こえてき、それを彩るようにステンドグラスの奥から差し込む日光が極彩の虹を映し出してその白を基調としている床や壁面を飾る。
白の大理石は歴史を現すのかところどころ乳白色から琥珀色まで様々な色彩を見せていたが、それでもその建造時に想定していた美しさをそのまま今にも備えていた。

大陸一の大富豪、コパンドン・ドットがとある歴史ある小村からそっくりそのまま移転させたその教会は、実際にこの町で営んできた歴史とは裏腹に赴きあるたたずまいを整えていた。

が、そこにたつ二人の男女は、そんな歴史や風格などまるで意に介した様子も無かった。
唯一、人とも魔物ともいえぬわけの分からぬ生物だけが、その緊迫した雰囲気に息を呑んだ。


「あれは元々俺様のものだ。お前が勝手に取っていっていいものではない」
「取ってはいません。ただ、管理を行っているだけです」
『(やべえ、こいつはマジでやべえぞ。こないだはこいつも封印に乗り気に見えたんだが、またなんか気紛れ起こしやがったな)』


男の名前はランス。大陸最高の冒険者にして、魔人殺しの魔剣カオスの所有者。
女の名前はクルックー・モフス。現在のAL教団における最高位の四人の中の一人にして、封印者。
そしておまけのトローチ先生。謎生物。

ランスとクルックーは付き合いが長いとは言えず、また決して仲がいいともいえない。
クルックーはランスの射程範囲内の女ではあるものの、男除けの指輪を普段はつけているため、ランスとしてもそこまで普段からむらむらとしてクルックーを見ているわけではなく、またクルックーがランスと行動を共にしているのは、生けるバランスブレイカーたる彼の近くにいればバランスブレイカーの封印がしやすい、という打算によるものだ。
女好きの彼をして基本的に女として普段は意識していない相手と、利害関係だけで結びついている相手。
どちらも慕情や信頼といった善の関係によるものではなく、どちらかというとビジネスライクでドライな関係だ。
クルックーの人としての危うさを知るトローチ先生にしても、ランスだけは見習って欲しくないと思っている。


「俺様の邪魔をするな」
「……邪魔などしていません」
『(断るにしても言い方ってもんがあるだろうに! こいつは確かにただのチンピラだが、化けモンじみた強さを持ってやがるんだよ)』


それでも彼らが今までたいした衝突もなくやってきていたのは、利害が反しなかったからだ。
ランスからしてみれば、自分がしたくなれば力ずくで指輪を外して好き勝手やれる相手であり、またクルックー自身に自分のやりたい何かを妨害されたこともないから、別に近くにいても不愉快ではない。何かたくらんでいるのは分かっているが、それが己の欲望を満たすことの邪魔にならないのであれば、俺の女としてある程度は好きにすればいいと思う。
クルックーからしてみれば、ランスに多少バランスブレイカーの収集を邪魔されることはあれど、彼のそばにいればそれ以上のペースで集められることを考えれば許容範囲。側にいる間ランスの邪魔さえしなければ、自分の使命は果たせるのだ。犯されることなどそのメリットと比べれば、何のディメリットにもならない。

誘導されていることを知ってはいても意にも介さない男と、邪魔されることもあると知っていながらそれ以上の利益を得られると感じる女。

だからこそ彼らは、ごくごく一部の趣味を除いてほとんど共通点も思想の共通性も持たないにもかかわらず、今まで大した障害もなく行動を共にしてこれた。


「いいか、あの馬鹿剣は確かに馬鹿だが、俺様の剣だ。ウザイしエロイことばかり喋るから正直うっとうしいが、今手元にちょうどいい剣がないからとりあえずアイツで間に合わせる」
「……」
「だから、さっさとよこせ」
『(くっ、どうする。魔剣カオスの封印は確かに惜しいが、このままじゃ、こいつは)』


だが、その利害が相反するものとなった場合、その薄い薄い蜜月はとたんに霧散する。

もともとAL教徒としてバランスブレイカーの封印ということに対してはもはや確信にも似た信仰を持っているクルックーだが、その己の行動原理がランスを押し留めるだけの役には立たないこともまた理解している。
神を信じず、罪を悔いず、信仰を持たぬランスにその意義を説いても理解を得られぬであろうことは重々承知であり、だからこそ今まで彼の目を盗んで封印作業を続けてきた。
だから、いざランスがそれに対して反意を示した場合、彼女はそれに反論する術を持たない。

カオスがランスの物である、ということはリーザス王とカオス自身の許可を得ている以上正しく、また実際地上に彼以上にカオスを使いこなせるものがいないことも、真実だ。
過去にカオスを盗み出した盗賊は心を壊され、盲目的な正義と才能限界に恵まれた格闘家の少女でさえ耐え切れず、勇者でさえも魔剣にとっての使い手としては否定された。
心弱いものであれば持っただけでもただの殺人機械へと成り下がり、たとえ強者であろうとも徐々に心を蝕まれる魔性の剣が現在地上にて唯一認めた保有者。

その彼を前にして、ただAL教の教義のみを盾に立ちふさがるのは難しく、またそれを伝えるにはあまりにもクルックーは無情でまた戦う力も弱かった。
今までだって、見えないところでこっそりと封印作業をしていたことからも、それは裏付けられる。ばれれば邪魔される、力ずくで邪魔されれば自分では何も出来ない、ということは分かっていたのだ。
が、彼を上手く誘導することで利用できていたクルックーをしても、今の彼相手にはそれは難しい。


あの馬鹿みたいに前向きで根拠のない自信に溢れていたランスは外見的なものや言動はそこまで変化したようにクルックーには思えない。
もともと、男は出会った瞬間に殺し、女を無理やり犯すようなことを平然と行う鬼畜だ。
マリア・カスタードや見当かなみほどの付き合いのないクルックーではその一面のみ強調されているから、シィル・プラインとかいう奴隷を助けられないということがどんな意味を持つのかはイマイチよくわからず、今まで以上に荒れて犯して殺しているランスを見ても、多少の違いはあれども今までと方向性自体は変わっていないようにも見える。


「邪魔をするなら犯す。無理やり、犯すぞ」


だが、AL教の司教たるクルックーだからこそ、わかることもある。

ランスの汚染率。
それが、最近急速に上昇している。

元々、同じような原理の特殊なおみくじでその汚染率を鑑定し、その身に宿した汚染率を巫女の体に吸収させていたと聞くJapanの巫女機関では汚染がほぼゼロであったという噂も聞き、それはいくらなんでもガセだったのだろうと思っていた彼女だったが、この短期間でのランスの汚染率の上昇は目に余る。
これだけ短い期間、あの奴隷を助けられないと聞いただけであがるのであれば、その噂も本当であったのかもしれない、そう思わせられるほど最近のランスの汚染率は悪化の一途を辿っているのだ。

汚染率の上昇は人格の凶暴化や性衝動、暴力衝動の発露といった形で現れる。
もともとそういった要素を素の状態でさえ持ち合わせていたように思われるランスだ。
故に、今のランスはさらに危険な人物だ。


「どうぞご自由に。ですが、カオスは渡せません。あれは、危険ですから」
『(クルックー!!)』


しかし、クルックーの答えは変わらない。
己の体に意味を感じず、それは己の命も同じ。
権力にも、正義にも、愛情にも何の興味も持たずにただひたすらに使命を果たす。
ムーラテストだって、特に関心を抱いていない。
ただ、敬虔なる一途で迷いのない信仰心と、その類稀なる才能、そしてほんの僅かな周囲の手助けがあったからたまたま時期法王候補にまで上り詰めただけである。

だからこそ、彼女に対して無理やり犯すと告げることは、脅しとしては何の意味も持たない。
故に、答えは変わらない。


「ちっ、強情なやつめ」


そのあまりに妥協を知らぬ答えにより、ランスの米神に青筋が走る。
彼は少女には優しく、美女にはさらに優しい。時には性愛の対象ではありえない老女にだってやさしさを見せるときもある。
彼に助けられ、一生を彼に尽くすと決めた女性がいた。彼に救われ、兄と慕う少女がいた。彼に守られ、国を助けられた王女がいた。彼に止められ、涙と笑顔で消えていった死者さえもいた。
彼の行動によって救われた女性の数は、きっと両手の指の数では足りないだろう。


だが、彼は断じて正義の味方ではない。彼は無私と正義の勇者などではない。
彼の名はランス。キースギルドの鬼畜戦士。
男は殺し、女は犯す。圧倒的なまでの戦の才能と、それに反比例するほどの人格の下劣さを持って、その悪名を轟かせる男だ。殺した数も、犯した数も星の数ほどだ。
そして、その彼を僅かばかりにであっても止められるストッパーの少女がいない今となっては、他者への気遣いよりも、人の正義よりも、女の涙よりも、己の欲望こそが優先される。

だからランスはあっさりと剣を抜いた。
ヒデオの剣と呼ばれるその黄金に輝くAAクラスの名剣は、しかし刃こぼれがひどい。
ある程度の自己修復能力をもつはずのその高ランクの武具さえそこまで傷ついている様はランスの言う他の武具では到底足りないという言葉の正しさを証明し、その刃のきらめきが一応冒険に同行していた仲間であるクルックーに向けられることの異常さもまた指し示す。
もはや、ランスは自分の欲望を発露することに何一つ躊躇することなどない。


「ああ、そうか。だが……」
「……」
『(っ!! しまった!)』


それでも顔色一つ変えぬクルックーに、ランスの口元が凶悪に歪む。
悪巧みを考え付いた悪役そのものの表情にもクルックーが何の反応も見せないことに苛立ちを隠しきれずに鼻息を一つ荒くついた彼は、その剣先を変えた。
そのことにより、クルックーが僅かに瞬きを行う。表情のほとんどない少女の僅かな反応に、ランスは気をよくしてその八重歯をむき出して笑う。

ランスが瞬時に伸ばした手に捕まえられた白い物体に対して、剣を向けたことがその原因だ。


「ふふん、クルックー。お前がこのちんちくりんとなにやらたくらんでいるのは分かっているんだぞ。こいつを殺されたくなければ、さっさとカオスを出せ」
『くぼー、くぽぽー!!(や、やっちまった……)』


手に掴んだ謎生物に剣を突きつけ、ランスは得意げに笑う。
その手の中には、突然のランスの行為に一切反応出来ずにつかまり、そのことに今更ながらようやく気付いてじたばたとし始めた白い生物がいた。
トローチ先生だ。どうやらランスはその彼の命と引き換えに、カオスを返せと交渉するつもりらしい。
それを見てクルックーは確かに僅かに戸惑っていた。


トローチ先生は確かにクルックーの世話役であり、相棒だ。
いろいろと自分に対して無駄なことを強いてくる相手ではあるが、同時にその知識は己にないものが多く、またその判断もよくわからぬ基準ではあるが、的確なことも多い。
今までのバランスブレイカー封印の為の旅でもいろいろと役に立ってきた。
今ランスの提案を断れば、その彼を失うかもしれない。
いや、ランスの性質からいって確実に取引をぶち壊された苛立ちだけであっさりと殺害するであろう。
トローチ先生はランスの好きな15~29歳の美女ではないのだから。
別にトローチ先生が死んだところでクルックーはなんとも思わないが、今後のバランスブレイカーの回収に不都合が出るのは、困る。
そして、ランスにへそを曲げられ今後の同行を断られてしまえば、それはそれで更なるバランスブレイカーを封印する機会を逃すことになるかもしれない。


「さあ、どうする? どうする? 俺様はこいつを殺したところで何一つ困らんが、お前はどうだ、クルックー!」
「…………」


苛立ち混じりにクルックーに回答を強制するランスの顔は確かに凶悪なものであり、実際に何が何でもカオスを手に入れてやる、という強情さも入った譲れないものを示したものだった。
これでトローチ先生を殺して、それでもカオスが手に入らなければ今度はクルックー自身を惨殺するかもしれない、そう思わせるほどの鬼気が今のランスからは漂っている。


だか、彼女はそれを見て怖い、と思うことはない。
感情ではなく利の面だけを見る彼女なのだから、それも当然。
しかし、そんなクルックーでもランスの言い出したこの行為には僅かながらも動揺した。

といっても、その源泉はいろいろと世話を焼いてきてくれたことに対する家族的な愛情でもなければ、今まで培ってきた時間による信頼でもない。単純に今後の利益との比較によって鉄壁の表情筋を持つ彼女が揺れ動く。
彼女もある意味、ランスと同じだけ狂っていた。その行動思考、そして実際にやってきたことを考えれば、彼女こそ鬼畜外道と呼ばれてもおかしくはないほどに。


『(……悩んでやがるが、絶対あれは俺を気遣ってるとかじゃねえ。単純に今後のことだけを考えてる顔だ)』


それを重々知っている唯一の世話役は、しかし今は囚われの身である。

元々彼女はこういった深く考える決断を得意としない。
教義に従ってただただ基本に忠実に答えを返すことであったり、経典にしたがって市民の懺悔について判断を下したり、ということには長けてはいても、こういった自分を含めた利益と不利益が入り混じった選択肢を選ぶ能力は、基本的に捕まっているトローチ先生の領域だったのだ。
だからこそ、その決断はあっているとも間違っているとも言いがたい曖昧なものとなってしまった。
彼女が現時点で最良の利益が出る、と判断する、世間一般の常識のない教義と使命だけを見たものとなる。もっとも、なんだかんだいってトローチ先生の判断も大してそれと変わりはしない。


「ふぅ、分かりました」
「ぐっふっふ、いい子だ。よし、ご褒美に抱いてやろう」
「いりません」
『(……これは俺のミスだ。アイツに俺を無視して断れといってもどうせ通じないしな。すまん、クルックー)』


だから、ランスとの関係悪化による回収率とトローチ先生の不在による情報収集能力の低下だけを考えて、その上でランスに力ずくで家捜しされた場合防ぎきれないという冷徹な判断の元クルックーはランスの言葉を呑んだ。
せっかく稼いだポイントを失うことによる悲哀も、カオスが危険なものである為封印したのだという信念も、暴力により無理やり自分の意思を曲げさせられることによる不愉快さも一切出さずに、あっさりとクルックーはカオスを取り出して、ランスに渡した。

実際彼女は何一つ感じていなかったのだから。


『おお、心の友か……じゃ、おやすみ~』
「こいつ、まだ寝てやがるな……まあいい。どうせ出番になれば勝手に起きるか」


そしてそれは、ランスも同じ。
脅迫をしたという後ろめたさを微塵も感じることもなく、ぽい、とその今まさに殺害しようとしていた命を放り出して女子供を剣で脅した成果を意気揚々と持つ。
その顔には、久方ぶりに自分が全力を振るえる武器があることに対する戦士としての純粋な喜びと、クルックーを脅す際に結局実現しなかった血を見ることを好む暴力的な衝動、そして無駄な時間を使ったという意味のない苛立ちが浮かぶ。


「じゃあな、クルックー」
「はい。では、また」
『(まあ、仕方がねえ。ムーラテストの終わっていない今の時点ではアイツの助けをこれ以上いらない、ということは出来ねえ。カオスは確かに惜しいが、ある意味これでよかったのかもな)』


それを生み出したクルックーを見て、しかし彼女が未だに男除けの指輪をつけているのに気付いてランスはいらだたしげに頭を一つふると、彼女を犯そうとするのを「面倒そうで気が乗らない」のただそれだけの理由で諦めて、さっさと歩きさった。

後に残るクルックーとトローチ先生―――正義も命の重さも何一つ考えず、ただひたすらに教義に従う理の使徒でさえも、それをただ見つめるほかに何も出来ないほどに、その全てには強者としての傲慢さと強烈な覇気が伴っていた。
その前には、クルックーの計算も、トローチ先生の考えも、何の意味もない小ざかしい皮算用だ。










「さて……とりあえず、こいつを使うのもJapan以来だからな。とりあえず、試し切りに行くか。おい、シィ……ちっ」


ランスは、カオスを手に入れたその足で自室に戻り、鎧を着ていた。
常人では持つことさえ不可能なほどの重量のそれを反射的に後ろに投げようとして舌打ちを打った後は、誰の助けも借りずに軽々と身につけ、最後にマントをつける。
鈍色に輝く鎧も、はいた靴も、纏ったマントも、その下の鎧下も、そして勿論手に持つ武器も、全てが一流。
魔法技術と職人の技がふんだんに込められた、身にまとうだけで昂揚するような武器防具を全身に帯びていながら、ランスは不機嫌そうだった。
だが、それをあたりに当り散らすことさえももはやなく、ランスは一度鼻を鳴らしただけで一人で扉を開き、外へと飛び出した。

門番をしていた自称騎士団長の少女でさえ、声を掛けられないほどの歪んだ空気を纏いながら。


ランスが向かった先は、もはや語るまでもなくまたもダンジョンだった。
もはや日課となったダンジョン踏破に向かうのだ。
いや、踏破ではなく走破か。
野獣のごときしなやかさ、すばやさでランスはダンジョンをいきなり全速力で駆け抜ける。その途中に立ちふさがるものを、全て切り捨てて。
その恵まれた身体能力、レベルアップによって獲得した知覚能力、生まれ持っての戦いの天才たる迷いのない決断力を持って、ランスは次々と層を超えていった。
それを邪魔するものなど、もはや存在しなかった。
まるで無人の野を行くかのごとき自然さで、木々を切る、女の子モンスターを切る、罠を切る、同業者を切る、ハニーを切る、宝箱を切る、魔物を切る、大気を切る、武器を切る、命を切る。
誰も耐えられない、何も止められない。並の人間の命であれば容赦なく飲み込むこのダンジョンに用意された障害は、もはや今のランスに何一つ影響を与えることも出来ずに次々と破壊されていった。
ランスが通ったあとには屍と破壊しか残らない。通り過ぎた後には命の息吹はなく、そのあまりの殺戮の雰囲気に進む先にさえからも命の気配が慌てて遠ざかっていく。
それでもランスは気にも留めず、むしろその遠ざかりつつある命を追ってさらに速度を上げた。そいつたちも、まとめて切り裂く為に。

そんな狂気じみたことでもしていないと、今のランスの鬱屈した気分は晴れなかった。

夜行性の巨大なけだものが走る、飛ぶ。それも、猫科や猛禽といった肉食のだ。
忍者やスカウトでもないにもかかわらず、ランスの動きはそれほどまでにしなやかで洗練されたものだった。
後に暴風による凄惨な爪あとが残るその進路に、ふと哀れなアイボールが通りかかる。
よっぽどその生まれつきの性質が暢気だったのか、あるいは寝ぼけていたのか、はたまた相対的にレベルが凄まじく低いのかはしれぬが、今の今までそのランスが巻き起こしてきた死の旋風に気付けてもいなかったらしい。
だからこそ、あらかじめ隠れることもせずにランスの冷徹なまでの殺気と隠しきれぬほどの怒りの表情をその巨大な目で見て始めて、慌てて道を譲ろうとしたとはいえ、それも遅い。ランスが通り過ぎるのとほぼ同時に、その空を飛び異様に細い腕を持つ大きな目玉の魔物は悲鳴さえ上げることが出来ずに二つに分かれて石畳に転がった。
瞬時に通る鋼の冷たさに気付くことさえなかったのは、ある意味幸せだったのだろう。その鮮やか過ぎる断面から、今更思い出したかのように黒い血を噴出して、アイボールは絶命し、僅かばかりの経験値の光だけがすでに走り去ったランスの背を追った。

だが、今日の彼はそんなものなど意にも介さない。
そろそろ、試し切りは終わりだ。せっかくこいつを再び手にいれたのだから、今から本当の戦い、メインディッシュが始まるのだ。
そんな前菜なんぞにいつまでも時間を費やすことなど出来るはずがないではないか!




そしてやがて、ランスは一つの場所にたどり着いた。
その場所の瘴気に、ランス以外の一つの声がまず響く。


『ふぉ! こ、この気配は!』
「や~っと起きやがったか、この馬鹿剣」
『クカ、クカカカカカ、いい、いいぞ。そうだ、たしかにそうだ。最近退屈で退屈でずっと眠っておったが、確かにワシが悪かった……こんな近くに来るまで寝ておるなんてのう!!』


ランスが肩に乗せていた魔剣の歓喜の声が響き、それに伴ってカオスの刀身からこの場の瘴気に負けぬオーラが迸り始める。
そのオーラはランスの肉体に作用し、さらに彼の力を高める。
そして、ランスの放つ覇気がその刀身からのオーラをさらに引きずり出す。


『しかし、心の友よ……いまさらワシ我慢できんのは確かなんだが、一人で大丈夫か? 話によると奴らの中でも相当強いらしいぞ』
「ふん、足手まといなんぞいらん。大体、あんな雑魚俺様一人で十分だ」
『……くっくっく、カーカッカッカ。そうじゃな。それでこそワシの認めた使い手だ! アンタが世界最強だ!』


ランスがカオスの力を最大限引き出し、そのカオスがランスの力をさらに強化するぐるぐると何度も巡る相乗効果は、確かにランスこそがカオスの唯一無二の所有者であるという証明であった。
もはや人類の枠に入れるのが間違っているとしか思えないほど、その力は大きい。


「あら、あなた……たった一人でここまで来たの?」


そんな彼らに掛けられる声があった。甲高い独特の反響を伴う声は、口調から僅かに女と分かる程度。
今の自分の気分に水をさせるとは、どれだけの存在なのか。冒険者であるが故に一方的にその種族を嫌っているランスは、不快感を隠そうともせずにその声のありかを睨みつけ、ふと考えた挙句にようやく脳裏からその姿を取り出した。
たしか……ハニ子とか言ったか? そうランスは、わずかばかりに思い出した。
ああ、そういえば前もこいつはこんなところにいたな、と。


「でも、ごめんなさい。今日のますぞえ様はご機嫌が悪いみたい」
「ふん、何で俺様がそんなやつの機嫌なんぞを窺わなければならん」
『クックックックック』


ピンク色のハニーは、到底ランスに敵うほどの強さを持っているようには思えない。それどころか、この場所にいるのが場違いに思えるほどの脆弱さだ。
それでも、その声に震えはなく、むしろランスたちに対するなんとも無意味な哀れみと確信があった。
それが一層ランスの不快感を煽り、その全身から怖気さえ感じさせる殺気を噴出させる。

が、果たして場所柄他者の放つ殺気や瘴気に耐性があるのか、はたまたランス達のあまりの大きさに感覚が麻痺しているのか、あるいはこの場所を守るものに対する信頼と愛情ゆえか、ごくごく普通の口調で掛けられる声。
そこには、むしろランス達を見下すような気配さえ感じられた。彼女の立場からすれば、それも当然なのかもしれない。彼女は、世界最強の一角の側に侍ることを許された存在なのだから。


だが、しかし。


「そう……戦うつもりなのね。でも、無駄よ。今日はなんでもない普通の一日。ただの人間であるあなたに、魔人であるますぞえ様の無敵結界は絶対に破れな「黙れ、陶器」きゃーー!!」


パリーン、と独特の音を立てて、そのピンク色の瀬戸物は割れた。
尋常ではないレベルの鬼畜戦士の一撃に、伝説の武具たる魔剣の一撃に、魔人でもないただのハニー風情が一度たりとも耐え切れるはずがない。

ハニ子は魔人の中でさえ鼻つまみ者とされ、ハニーの中でさえ恐れるものは多くとも慕うものなどほぼいない奈落の王に唯一付き従い彼を愛した存在ではあったが、しかし魔人は愚か使徒でもない存在で今のランスの前に立ちふさがるなど、無謀以外の何物でもなかった。
どれだけ愛を語ろうと、どれだけ真摯な思いを抱こうと、ランスの前ではそんなものなどゴミの役にも立たないのだから。


だが、その事実―――何の役にも立たずにあっさりとハニ子が割られたということ―――はまったくの無意味、無価値ではなかった……少なくとも、ランス達以外には。
その音に、今まで動きを見せなかった赤褐色の巨体がようやく僅かに動いたのを、ランスたちは察した。その者の気配もまた、ランスに負けず劣らず剣呑なものだった。
表情の分からぬ瞳と、丸くあいたままの口はハニーそのもの。だがそれは頭部に位置する一つだけではなく、その体そのものがいくつものハニーで構成されているようにも見えるほどの異形。
ところどころ盛り上がり、そこからはプチハニーが零れ落ちているその巨体は、ランスの2倍以上は優にあるように見える。
手に持つ武器も、ぱちぱちと迸る紫電も、口内より今すぐ放たれそうなハニーフラッシュの波動も、全てが普通のハニーとは桁違い。

そんな巨体が唯一の理解者であるハニ子を割られて怒ったのか、今までの無反応から一転変わって、突如咆哮を上げた。

その名は……魔人ますぞえ。


『くっくっくっくっく、さあ、相棒。心の友よ! 魔人を切ろう。魔人を殺そう。魔人を壊そう! わしに魔人の血を味わわせろ!』
「おうよ、さあ、とっとと死んで経験値となれーー!!」


真なる奈落の王にして、今日のランスの獲物だ。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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