スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

外史につくろう穢土幕府・50【完結】

これにて完結。
細部の違いはあれど、大体大筋でずれずに完結まで持ってこれたことに、ひとまずは満足。
多分好みは分かれるでしょうが、私はこういうなのがクソ好きなので、皆様に受け入れていただければうれしいですが、そうでなくてもたった一人の同好の士の琴線に引っかかるだけで満足です。

……一人ぐらいは、いますよね? ニッチ狙いとはいえ、流石に誰もいないと悲しい。







何が欲しかったのか。
何を求めていたのか。

初めは、ただ、死にたくなかった。
飢えて異邦の土へと還りたくなかった。
生きる為の行為を弾劾され、刃の前にその身を散らすのがいやだった。

ただ、死にたくなかったのだ。
己の命だけが欲しかったのだ。


ただ、それだけだったのに。






「っ!」
「はぁぁあああ!」


裂帛の気合。
その小さくつややかな唇から漏れたとは思えぬほどの、迷いを振り払わんとする気合の篭ったその吐息に負けぬ勢いで、超重の武器は大気を割き、大地を砕いた。

だが、その冗談のような速度と重量を持った攻撃を放たれたにもかかわらず、その対手はいまだに顕在だった。
その速度は回避を許さず、その重量は防御を押しつぶすその攻撃を、相手はもっとも常識はずれな、同じ質の攻撃をぶつけることによる相殺という手段によって凌ぎきった。
並みの剣なら瞬時にへし折れ、例え武将級の使う武器であろうともぶつけ合えばその重量差によって体ごと弾かれるそれに対して、自らも勢いをつけて武器を放つことで防いだのだ。
切り裂いたり、貫いたり、穿ったりといった手段で彼女による超重量の攻撃を防げる天才ならばそれなりの数でいるかもしれないが、超常の怪力を持つ彼女相手に相殺なんていうことが出来るものは、今までの戦歴を振り返ってみても決して多くない。

だからこそその事実は、放った本人―――曹操直属の親衛隊においてその名を轟かせる少女、許緒に自分の前で敵として現れている少女が真実自らのよく知る人物であるのだ、という確信を抱かせることとなった。


「流琉……どうして…………」


その問いに答えようともせずに、憎しみさえ篭った瞳でこちらをねめつけてくる相手に、おもわず許緒の足が一歩引けた。
季衣、流琉と真名で呼び合うことはもちろんのこと、これまで共に育ち、共に競い合ってきた親友が己に対してそんな目を向ける理由が全く分からなかったからだ。
だからこそ、相手が返す刀で振り切った手元の紐の勢いによって、地面にめり込んでいた円盤をこちらに向かって飛ばしてきたことに対する反射的な鉄球による防御は、いつもの彼女からすれば信じられないほど真ん中よりもこちら、彼女の手前へとその武器たちを着地させた。

絡み、弾け合った鉄球と円盤の手ごたえは今まで何度も模擬戦で繰り返したときとさほど変わらぬものであったが、その音色は彼女にはまるで違って聞こえた。


「どうして? 決まってるよ」


無論、自分は主君を持つ身だ。
たとえ顔見知りであろうとも、戦場で相まみえた以上は戦い、殺しあわなければならないのは当然のことだ。
だからこそ季衣も、その特殊な形状の武器から感じた戸惑いや混乱はあったものの、自軍兵士を容赦なく吹き飛ばしていた敵の将軍に向かってその巨大な流星錘「岩打武反魔」を初手から打ち下したつもりだった。
だが、僅かに逸れたその巨大な棘つき鉄球の先端によって相手の覆面を剥ぎ取ってしまってからの彼女の行動は、そんな吹っ切れた武将としての覚悟とは程遠い、惨いものだった。


鉄鎖は鳴り響き、鉄縄はぎりり、と音を立てる。
兵士数十人でもびくともしない大岩を容易く持ち上げるほどの怪力を持つ小柄な少女たちによる鈍色の饗宴は、余人を寄せ付けない。
強烈な訓練によってたとえ不利な状況下であっても勇気を奮い立たせて挑めるほどの錬度を持つ魏軍兵士であろうと、無謀と無思慮とほとんど同意義なほど命知らずな突撃を繰り返す官軍兵士であろうとも、突入をためらい、覚悟を決めて突っ込んだところであっさりと弾き飛ばされ、僅かな影響さえ与えられないその鋼の結界の中には、今このどちらの主力軍からも孤立した状況下においては彼女たち二人以外立ち入れない。

だからこそ、季衣の混乱は誰にも諌められることもなく、ただただ広がっていった。



彼女にしてみれば自分が曹操様の親衛隊隊長としてそれなりの成果をたたき出し、その戦果でもって呼ぼうとしていた親友が何故か村にはいなかった時点で想定外の出来事だ。
今後も仲良く、今までどおりの親友として曹操様の下で共に働いていこう、という夢を描いていた彼女にしてみれば、その相手が自分に何も言わずに何処かに出奔したばかりか、よりにもよって敵に回っているなど、未だに受け入れられないほど衝撃の大きなものであった。
怒りとも悲しみともいいがたい各種入り混じったその感情は、総計としては現実を受け入れ戦わなければ、という風に体に命じてはいたものの、戦場に立った武将としての反射的な戦闘さえもどこか鈍らせて、いつもの精彩を欠いたもの。
ましてやその相手が、自分をまるで親の仇のように見つめているようでは、曹操に使えていることは何一つ恥じることなどないにもかかわらず、何処か自分がとんでもない間違いを犯してしまったかのように感じられ、おもわず目を逸らしてしまいそうになる。


「たとえ誰であろうとも、一刀様の理想の邪魔をするんだったら排除します!」
「やだ……流琉、やめてよ。ボク、嫌だよ」


その言葉の最中にも、巨大な鉄球と滑車を繰る手は止まらなかった。
ただ、明らかに普段に比べて実力を出せていない許緒に対して、典韋は止めをさせていない。
元々、村でいたときはほとんど対等の能力を誇っていた彼女たち二人なのだから、本気で典韋が許緒を殺そうとしているのであればこれはおかしなことだった。
実際に典韋の様子からすれば、手加減しているようなそぶりはほとんど見受けられないが、少なくとも彼女は単純一途の許緒よりかは演技に長けている。
親友と戦いあうことに心を痛め、演技をしてあえて悪役を買って出る、といったことだって十分考えられた。

ならば、怪我や病気といった「何らかの外的要因」によって彼女の実力がかつてよりも極端に落ちている、などといった「非常に特殊なケース」がなければ、その彼女がかつての実力を発揮していない、という行為の意味から天才軍師以外が察せられることは一つしかない。。
そう、冷静に、真っ当に考えればこの状況においても許緒は彼女の行為は己を嫌ったがゆえのものではなく、ただ単に譲れないものをぶつけているだけのいつものじゃれあいの延長線だ、と結論付け、普通に普段どおりに戦うことだって出来たはずなのだ。
その常識的な推論が果たして『本当』に正しいのかはさておいて、武将としての彼女はそう結論付けて前進しなければならない場面だった。


おそらく、他の魏の将であればそれが出来たであろう。

夏侯惇であれば、妹が敵に回ったとしても自身の信念を貫く為に割り切り、それを妹が否定しないことを心から信じて打ち倒したであろう。
夏侯淵であれば、最愛の姉がそのような状況に陥った状況を、何が姉をそうさせているのか、ということまで考えた上で、冷静に推測を立ててそれに従ったであろう。
そして、曹操ならば、この状況において本当に背後にて糸を引いている存在がいることを察し、その糸を断ち切るために手を打ったであろう。



だが、許緒は気付かない。
その怪力とは裏腹に、まるで予知するかのようにすべての絡まった糸をたちどころに解いてしまう軍師としての能力が彼女には全く持って存在しないこともさることながら、それ以上にその気付かない鈍感さは、幼さと紙一重だ。
あまりに幼くして戦場に出ることとなった彼女は、雑兵を蹴散らすことや、その実力を天下に認められる武将たちとある種のスポーツのようにその武の腕を競い合うことには慣れていたが、誰よりも親しく、誰よりも信じていた親友と袂を分かった挙句に本気でその命を狙いあう、などということなぞ想像することさえなかった。
その鉄球で奪ってきた数々の名も知れぬ命よりも、その事実の方がよっぽど彼女に重たくのしかかる。
友に嫌われた、ただその一事においてさえ一喜一憂するのが当たり前の年齢の彼女にとって、それは決して自分が共感した曹操の理想と比べることが出来るものではなかったものの、それでも無視するにはあまりに大きすぎた。



故に彼女は、すべてを割り切って眼前の敵を打ち砕くことも、親友の心遣いを察して己の心を殺して将に徹することも、あるいはその才を持って真実を見抜き、妖しの術を打ち砕くことも出来ずに、ただただ戸惑いながらも武器を振るって、無為な時間を過ごすことしか出来なかった。
そしてそれは、時間の経過と共に敗北へとつながる悪手でしかない。





次の求めたのは、ただの快楽。
娯楽も何もかもない見ず知らずの世界に来てしまった彼の身になれば、それは非難できることではなかろう。
生きることは出来た。
だが、生きること以上にどうすればいいのか、誰も教えてくれなかった、何も示してくれなかった。
だから、流されるままに生きた。
自分の周りには、それを肯定するものしかいなかったのだから。





刻一刻と状況を変えていく戦場を見て、曹操はおもわず似合わぬことに歯噛みをした。
彼女の部下たる軍師の癖でもあるそれは、しかしその上役にして覇王たる彼女には、全く持ってふさわしくないものだ。
だが、余裕のない戦況は、一瞬ごとに移り変わり行く自軍の敗北は、そんなことを彼女に気付かせもせず、また彼女の回りのものにその行為を収めるよう諫言させることもなかった。


そんな現状の中、彼女は自問する。


何が間違っていたのか。
何が正しかったのか。

だが、万能の天才たる彼女をもってしても、今の状況においては答えを出すことが出来なかった。


「天命、か……」


おもわず、たびたび己が口に出してきた言葉が吐息に混じって吐き出された。
その言葉は、今まで己の正しさを証明するものであったはずだった。


彼女は天才だった。
それを否定することが出来るほどの人間には今まであったことがなかったし、己自身でもそうと確信していた。
ほんの三つ四つ、物心がついたかつかないかの時点でそれはごくごく当たり前の認識として彼女自身の中にあった。

なんといっても、同年代は愚か、自分よりも十倍は年月を重ねているような大人達の考えでさえ、彼女のほんの僅かな思案の助けにもなりはしなかったからだ。
彼女はすべて自分で学び、自分で育み、そして自分で生み出した。

勿論、一番最初の物事を教わる段階というものは彼女にもあった。
だが、幼少の頃よりずば抜けた才覚を保有していた彼女は、彼らが与えたそれらの知識なぞまるで砂漠に落ちた一滴の雨だ、とでも言わんばかりにあっという間のそれらを吸い尽くし、絞りつくしたのみならず、いとも容易くそれらを発展させて元のものよりも優れたものへと昇華させた。
もはや凡人では嫉妬といった感情さえもてないほどの圧倒的なまでの成果を常にたたき出し続けていたのだ。

読み書きさえ教われば自分で難解な書物を読み解き、その内容を簡単に理解する。
一つ物事を教えれば、それをありとあらゆる分野に応用して発展させ、そのすべてに対して結果を残した。
そんな彼女に対して周りの大人たちは、彼女の教育係として選ばれた優秀な人間たちでさえも、彼女の成長の手助けをするどころか、その革新的な考えを理解さえ出来ずにむしろ邪魔をするだけだった。
事実、かつて通っていた私塾における教師達の下した評価は、「あの」袁紹よりも彼女は劣る、というものだったのだから、それがいかほどのものか良く分かるであろう。
そのあまりに革新的過ぎる頭脳には、「ちょっと頭がいい」程度の凡人たちではついていくことさえ出来なかったのだ。

ただ幼少期の彼女は、そのことに対してくだらない、と一瞥を投げかけるのみで決して憤ることはなかった。
誰よりも優れているはずの自分に対して誰も何も与えてくれなかったことに、自身の上げた空前絶後の実績を誰も正当に評価してくれなかったことに対して、怨む、などという気持ちは欠片たりとも持ち合わせていなかった。
それを大器、というならば確かにそうであろう。自身の能力の正当性を誰よりも正確に知るが故に、他人の評価など歯牙にもかけないその態度、まさにこれを器が大きい、といわずして何を言うのだ、というのはたしかにそうだ。
だがそれは、彼女が慈母のごとき優しさをもってかの教師たちを怨んでいなかった、というものとは根本的に異なったものだった。

ありとあらゆる能力において自分の足元にも及ばない人間ばかりに囲まれて育った彼女にとって、もはや周りが自分よりも出来ないことは憤ることさえない当たり前の事実だった。
幼児の手伝いが一人前の戦力とならなかったからといって、ある程度の常識のあるものであれば即座に叱り倒すようなことなどしはすまい。
道端の石にけ躓いたからといって、よっぽど機嫌の悪いときでもなければわざわざ蹴りとばそうなどとはせずに普通は避けて歩きなおすだろう。
所詮は自分の手のひらの上で躍らせることが出来る程度の者がやることであり、そんな失敗など自分がほんのちょっと手を出せばすぐに取り返しのつく程度のものだ。
だから、怒りなどを抱く必要性を感じずに、寛大に振舞うことが出来る。失敗を笑って許すことが出来る。
そういった種類の「優しさ」だった。


だからこそ、その才を天から与えられた己こそがこの混迷する大陸を治めるのに誰よりも相応しいと感じ、その行為が「天」という名の自分の才に肯定された正しい行為だと信じていた。
漢王朝に反旗を翻すのも、暴政を敷く袁紹を討たんとすることも、実際に彼女を支持する多くの民の声を背後に背負っている以上、正しいことにしか思えなかった。



だが。
今は亡き河東の天才軍師によって作られた遠眼鏡の模倣品を手にとって、彼女は目の前の戦場に視線を移す。
正式なルートを持って魏にもたらされたわけではないその単眼の筒は正規のものほどの精度は持っておらず、しかしそれでもなお相当な距離を縮めてみせ、それと引き換えに彼女の視界を狭めた

そこに移ったのは、とある戦場。
己がもっとも信頼する部下である、夏侯惇の率いる部隊が戦っている場所だった。


探すまでもなく圧倒的な武を引いている夏侯惇はその狭い視界の中でもすぐに見つかった。
だが、その遠方を自在に見せる道具を通じて見つめた彼女の顔色は、決していいものとは言えなかった。
戦場を好み、武を高めることを誇り、それに匹敵するだけの強者の存在を喜ぶ性質を持つ彼女であったが、そこにあった表情は常のそういったものとは全く異なるものだったことに、彼女を誰よりもよく知る主君である曹操は気付いた。


ふと、周りを見渡すと、それも当然だった。
今まさに夏侯惇に挑み、そして一刀のもと切り捨てられたのは彼女の相手に相応しい豪傑やつわものではなかった。
貧弱な四肢に、さえない顔つき。武器防具ばかりが上等なそれは、曹操の治世を支持して無責任な応援ばかりをしてくる庶民と見分けはつかない。否、心底そうだ。


『どけ、どけぃ! お前らなどがこの私に挑んでくるな! 戦場で無駄に命を散らす愚行に、何の意味がある!』
「春蘭……」


その僅かに見えた唇の動きから、彼女の言葉を一字一句読み取った曹操は、それに対して同意と思いながらも、しかし現状においてはそれに対して何一つ言うことが出来なかった。
北郷軍の主力部隊―――市民兵。
それがかの名高き魏武の大剣、夏侯惇に恐れ多くも挑んでいる連中の名前だった。
兵士としては格段に劣る、数だけを頼りにした雑兵どもだ。

曹操や夏侯姉妹ほどとは言わないまでも、魏軍の兵士のように己が傷つき、傷つけることを覚悟して猛烈な訓練を積んでいる、その死を平和の為の礎とするような「覇道の為の必要な犠牲」ではない。
こういった天下を決める為の舞台には、そもそも上がってくる資格のない人間の顔だ。


『お前たちは死を恐れていないのではない! 死の意味を知らぬ愚か者なだけだ! 私に挑むのであれば武を、信念を持って挑んでこい! この、雑兵というにも愚かしい、クズどもが!!』
「そもそも、何を考えてあんな連中を動員しているの、北郷一刀!」


だからこそ、それを圧倒的な力で蹴散らす夏侯惇の顔色はさえず、曹操の歯軋りも収まらない。
いくら切っても、いくら殺しても、本来であれば脆弱な意思しか持っていないはずのそのどこにでもいる凡人どもは、何故か今回に限っては全く引こうとはしない。
どれだけ自分が無様に死のうとも、どれほど苦痛にまみれて無意味な骸となろうとも、まるで意に介していないそれは、まるで彼女たち天才が今まで無意識の内に踏みにじってきた才なき弱者たちの怨念が作り出した亡者にも見えた。


現時点で、ほとんど数えるほどになってしまった夏侯惇の部隊に挑みかかっている市民兵の部隊が取っている陣形こそが、その象徴だった。
回る車輪のように一当てしては離脱するを繰り返し、常に新鮮な命を供給することで戦線を支える陣形。
それは、誰よりも知を集めたといっても過言ではない曹操をしても、見たことがないものだった。

だが、その陣形の斬新さとは裏腹に、戦場はひどいものだった。
そもそも、その陣形―――仮にその名を「車掛かりの陣」とする―――は、全体を見る限りおそらく部隊単位で責めては引くを連続で繰り返し、敵の前線を疲労させ、自身らの前線の兵士は常に健在であることを目的とした陣形だと思われる。
ぐるぐると移動を続けることで一方的に相手を回転に巻き込んで擂り潰すことを目的とした殲滅目的の陣、とするその趣旨は分からないでもないが、しかしそういった事を行うには、大前提としてそれを構成する兵士に対して徹底した錬度が求められる。
敵と戦いながら移動、陣形変更といった複雑な動きを部隊単位で周囲と連携して繰り返すことが必要不可欠なそれは、この北郷軍という敵軍が使用するには全く合っていない。
なんといっても、曹操が見る限り、どう見ても敵はついこの間までただの市民だったのだ。

何を求めて相手の軍師がこの方法を取ったのか分からないほど北郷軍の錬度は低く、そのくせ指揮ばかりが高いためにすぐに小部隊単位で突出して壊滅する。
ましてや、相手は夏侯惇だ。まるで自ら斬られに行っている様なものである。
実際に夏侯惇はそれを見事に利用して、圧倒的少数にもかかわらず戦場において猛威を振るっている。


だが、そんな今の戦場こそが、この現状を見事に指し示していた。


意味のない陣形を取っているという失策を、まるで数で補わんとでもするほどに、相手の軍師はそこに数だけをつぎ込んできた。
高度な連携を、複雑な動きを必要とする錬度を無視して、数だけを増やして無理やりに運用する。
はっきり言ってこれだけの兵数がいるのであれば、別の陣形を取って整然と挑んできた方がよほどに効率がいいであろうほどの数を、この戦場につぎ込んでいるのだ。


意味がわからない。
全く持って、不可解な戦場だ。


犠牲者が増えるだけの愚策であり、本来であれば天才たる曹操に挑むにもおこがましいほどの無能ぶり。
だが、現実にそれはここに存在し、それどころかその無駄な犠牲をもってして実際に戦場において徐々に戦況を奪いつつある。
圧倒的なまでの数だけが、兵士としての質の低さを、陣形の不適を、すべて補ってそれらに二点において圧倒的に勝っている魏軍を飲み込んでいく。

それが曹操には、悔しかった。
彼女にとって、覇を競うというのであれば、天下を争うというのであれば、それは軍師と軍師、戦略と戦略、将と将のぶつかり合いであると思っていた。
天から与えられた才能を競い合い、戦い合って、どちらがより庶民たちを率いるに、導くに相応しい最高の人物なのかを決めることで、この乱世を終わらせたかった。
だからこそ、自分こそが最高だと信じ、その自分を上回るものにであれば敗北することもやむ終えない、そういった気持ちでこの乱世を収めることを誓って戦を起こしたのに。

なぜ、このような意味のない、無益な犠牲を自分に、相手に強いなければならないのだろうか。
曹操は、天から与えられた才を正しく皆の為に使うことこそが「天命」であると信じる少女は、だからこそ北郷一刀の戦略ともいえぬ戦い方が理解できなかった。

そして、力を信じる彼女にとって、買ったほうが正しいということで「天」がそれを容認したこともまた、わけのわからないことであった。




なるほど、彼女は正しかった。
だが、それは、間違ってもいた。


そう、彼女の寛大さは同時に、己が持てるものであるがゆえの傲慢さと紙一重のものだった。

なるほど、呂布のように、あるいは荀彧のように、力だけならば、知だけならば己を上回っている者はいるかもしれない。
実際に、護衛として、側近として取り立てている夏侯姉妹と比べれば彼女の武の腕前は随分劣る。
大鎌という奇妙な形状の武器を使って戦う彼女の腕は、確かに英雄の一人として名乗れるほど一般兵なぞとは隔絶したものであるが、やはり夏侯惇の大剣のようなたった一人で戦況を左右出来るほどではなかった。

だからこそ彼女は、そういったものに対しては礼を尽くし、その人格を認め、その考えを尊重する。
たとえそれが己の抱いた方針と違えども、頭ごなしに否定することなくただ理路整然と己の正当性を主張し、それに相手が納得しないのであれば譲れるところは譲り、そうではないところはたとえどれほど強弁されようとも退けてきた。
形は違えども己と同じように才あるものについては、実に冷静に、私情を挟まず、的確に評価を下すその様は、集まってきた各地に隠れていた賢者たちを前にしても実に堂々たるものだ。
それゆえに彼女の作った魏陣営に集まってきた大勢の英傑たちは、それぞれ複雑な思いはあれども曹操を主君として認めていた。
政策や風聞、今までの逸話などからどう考えてもバカ丸出しの袁紹や、その彼女に取り入っていつの間にか勢力として名を挙げていた怪しげな天の御使いなどと比べれば、それは雲泥の差だった。


だがそれは、あくまで彼女と同じ「持てるもの」から見た理想的な君主の姿だった。


今までの過程を全く見ずに、積み重ねてきた鍛錬の努力を一顧だにせずに、ただただ結果だけを求め、見続ける曹操の姿は、才亡き者には眩しく見えると同時に、この上もなく憎らしいものであった。
自身の性癖からか女ばかりを重用し、どこよりも厳しい訓練と高い理想を勝手に与えられ、そのために日々必死になって働くことを求められた。
決して重税を課すわけでも、圧制を引くわけでもない公正公平なその治世は、しかし理想ばかりを追い求めていけるほど才能があるわけではない諸人には、あまりに清き流れに過ぎた。
全てを平等に貶める天の御使いの濁りの方がともすればすみやすそうに見えるほどに。

たとえ何らかの欠点があろうともそれを補えるだけの結果を出せればそれはきちんと評価される。
凡人でも、他人よりも先んじようと身をすり減らすような努力を続ければ大抵報われる。
この国において誰よりも結果を出し、誰よりも日々努力を続ける曹操が作り上げた魏という国は、そういう国だ。
だが、結果の均等ではなく機会の均等にあまりにも偏ったその思想の元では、才があれば遊んでいても上に登れるし、凡人であれば一時でも気を抜けば今の地位から虎視眈々と背中を狙っていた凡人の手によって引きずり落とされることもれっきとした事実なのだ。
飢えて死ぬ者は他のどんな国よりも少ない。
だが、その中では凡人たちにとっては強者の踏み台としての日々があった。


無論、劉備のような性善説、すべての人間は善人であるという考えのもと、人の善意を信じて、ことによると信じすぎた「理想の国家運営」のように青写真ばかりのものを天才たる彼女が描くわけではなかったが、しかし徹底した実力主義を国是とする魏という政体のあり方は、一見すると公平ではあったものの劉備が考えたような皆が平等に笑顔で暮らせる国などでは決してなかった。
生まれもった才の差、というこの外史においてあまりにもすべてを定める不平等な事実がある以上……それもまた一つの貴族制でしかないのだ。


ただ、曹操がそれに気づくことは、あるいは気付いてはいてもそれを考慮することはおそらくないであろう。
この国において誰よりも結果を示し、この年月において誰よりも努力を続け、この世界において誰よりも優れた少女が考えたそれは、この外史において他のどんなことよりも正しく、正確だ。
実力という名のはかりによって定められた階級制を敷いた、不平等で、不公平で、無慈悲な富国強兵は今までこの世界を作ってきた絶対法則である才による平和を求める為の効率の面では、最も正しい選択肢だった。
それは、今までのすべてで証明されていた。


己自身と、己と同じ、あるいは近い位置まで登ってこられるもののみを例外としてその他すべてをとてつもなく高い位置から見下していた彼女は、だからこそ己が間違っている、などという事象はありえない、と思っていた。
この外史に生れ落ちてより、一度たりとも間違えず、すべてにおいて最上の選択肢を選び続けてきた、という確信がある彼女にとって、だからこそ己に敗北などありえない、とかたくなに思っている。
実際に各地の英雄豪傑をこの目で見て、その確信は更なる強固なものへと変化した。


そう、己が覇道はもはや人の手によって妨げられることなどありえない、とまで。
ゆえに彼女は常々口にする。

「天命」と。

己に才が与えられ、己が元に天才たちが集まったのは、天が命じた誰もが否定できぬ結果なのだ、と。

その論理はこの外史においては実に正しい。
そして、それが故に「己よりもさらに才を集める能力に長けた」者に、彼女は絶対に勝利を許されない。

だからこそ、それは「己よりも優れた才の持ち主」に率いられた「ただの凡人」たちが自分の邪魔をすることが気に食わないだけのただのわがままでしかなく、その身をただの凡俗の数だけに飲み込まれるまで、決して彼女は理解することはなかった。





そして快楽に飽きた彼には、もはや愛情は手に入らないものだった。
ごくごく普通の人間でしかない彼が気付いた頃には、唯一無二の命はその手から零れ落ち、それに怯えた心は最後の後悔によるやり直しの機会をもつかむことが出来なかった。
奪って、奪って、ただひたすらに愚行を続けた彼だったが、己から奪われたものだけは取り返すことが出来ず、また再びそれにめぐり合う機会がないことを知ってもなおそれを受け入れることができなかった。
ならば彼は、いったい次に何を求めればよいのか。





斯くして、すべてが終わった後の洛陽の玉座にて。


「所詮、登場人物ごときが、俺に挑むなんて間違ってんだよ」


玉座に座ったその男、北郷一刀はそう嘯いて、眼前の少女といってもよい年頃の女へと目線をやる。
数十の将の首を落とし、数百の城砦を落とし、数千の策を食い破り、数万の兵を打ち果たしたあげくに一刀の首元にその鋭い刃を突きつけるまで後一歩まで迫った少女だ。

だが、その刃は届かなかった。
戦場に出もせずに、ただひたすらに洛陽において享楽を続けるだけの男の前に、敗者として引き立てられる以外の方法では全くもってたどり着けなかったのだ。

膨大なまでの兵数が、絶対の忠誠を誓う彼の人形たちが、その数多の道のりをすべて阻んだ。


「なあ、雪蓮、恋」
「まあ、そうね。あれだけの兵数差があってもなお挑んできた気概は見事だけれど、それだけで戦が勝てるほど甘くはないわ」
「所詮、弱い奴……ばっかりだった」


彼女の名は曹操。
一刀の知る三国志と言う歴史の中においては魏というある意味最終的な勝者の国を打ち立てたはずの偉大なる王の名を持つ美女。
その字に相応しく、彼女は間違いなく一刀にとっての最強の敵であり、間違いなくこの外史における最優の王であった。
単純に通常の戦闘において換算される兵力のみを比較するのであれば、彼女が一刀と比べて劣っていたのは国土の広大さと兵士の量といった物質的な要素のみ。
王としての器、癖の強い配下を纏め上げるその統率力、ありとあらゆる書物を読み下したと言われるその知力、個人としての戦闘能力、集めた将からの絆、戦場での指揮力、政策の実行力、謀略を使いこなす力、美貌、権威、家柄、すべてにおいて彼女が勝っていた。

一刀と比べて数分の一の兵力しか持たないにもかかわらず連戦連勝を続け、妖術と未来知識と圧倒的物量によって統治されている一刀の治世を揺るがした唯一の英雄。
そして、彼に対して何一つ影響を与える事の出来なかった、歴史上の天才、英雄伝の主人公―――ゲームの中の登場人物。
所詮、それだけだった。


「いろいろとつまらないことほざいていたみたいだけど、こうなっちまうと可愛いものだな」
「曹操にしてみれば御主人様を戦場に引きずり出してその首を取れれば何とかなる、と思ったのだと思います。だから、流言をつかってでも挑発して、なんとしてでも直接雌雄を決したかった」


北郷一刀は、この外史に落ちてきてより最も虚弱なときに挑んだ、挑まざるを得なかった戦いでの最初で最後の敗北のあと、決して戦場に立とうとはしなかった。

彼はあくまで指し手であり続けた。
勇壮で壮大な戦場での物語の登場人物となることを避け、歴史の傍観者、遊戯者の立場に己を置くことを忘れなかった。人を欺き、心を操り、命を弄んで、自身はひたすら安全な場所から言葉を放ち、正しいと思われる選択肢を淡々と、粛々と選び続けた。
誰よりも膨大な兵力を持ち、誰よりも優秀な将を揃え、誰よりも広き知を持っていながら正々堂々といった行為を徹底的に避け、指し手だった立場からじょじょに転落して、やがて自分自身が盤上に出なければ戦うことの出来ない三国の英雄・豪傑たちを完全に無視して、自身の保有する数万、数十万の駒を使って、自身は盤外から彼女たちを倒すことに終始したのだ。
勇猛果敢で今なお伝説として語られる敵将たちの矢の届かない場所から、自軍における千の将を悲嘆の内に死なせ、万の兵を敗走させながら保有するすべての手札を使って、決して後世で褒められるような勇名を立てることなど考えもせずに、ただひたすら自分だけ安全に、確実に。
盤上に出なければ絶対に取られない、絶対に負けない状態を築いてから、盤上に出てこざるを得ないもう一方の指し手、画面の向こう側の相手を一人一人潰していったのだ。

だからこそ、所詮ゲームの登場人物としか慣れなかった曹操では、画面の向こうのプレイヤーに対しては何一つ影響を与えられなかった。


「まあ、引き篭もっていればそれが絶対無理、というのは戦略的には正しいのです~……ただ、統治の面で御兄さんが名を落としたこともまた事実ですが」
「ふふん、いいことを教えてやろうか、風。天の国に伝わる由緒正しい言葉だ」
「?」
「勝てば官軍、だ。統治なんかこいつを捕らえてから、どうにでもなる。俺は天才なんだしな」
「…………」


あまりにも立つ位置が、この世界に住まうものとは違いすぎる。
そんな立ち位置の違いが生み出す自信と自負にまみれた一刀の言葉は、確かに世の真実の一面をついていただけに風をもってしても否定の言葉を吐けなかった。


後世、中国と呼ばれる国に残る史書によると。
北郷一刀という人物がいかなるものだったのか、というものはほとんど残っていない。権力者が下々から不平不満を持たれ、その結果として少々誇張され、例えば悪鬼羅刹と風評を立てられることなど珍しくはなく、当然ながらそういった評判の類がわざわざ書物に残されることも余りない。
美辞麗句に飾られた書物のみ己の配下に書き記させるのはどの権力者にとっても同じ。そして、それから逃れた下々の率直な気持ちが、僅かに各地に残るのもどの時代においても共通している。
そんなものには微塵も興味がなかった一刀にとってあまりにも軽視されたそれらは、何一つ重要性を見出される事もなく時の流れの中で風化して、消え去った。

だからこそ、それらを取り除いてしまえば残るのは、乱世を統一したはいいものの、その後何をなすこともなくただ平穏無事に生涯を過ごした、という平凡な事実。
無論、マニアックな研究においては「異常な求心力を持った」だとか「匪賊から成り上がった」などという記録についても研究されているが、そろいもそろってちょうちん記事のようにしか見えないそれらを信じるものは歴史家にもほとんどいない。結果として、それらの声はすべて他の英傑達の逸話に埋まる。
精々、歴史の教科書に「北郷一刀が統一を果たしたが、僅か一代で滅びた」と書かれる程度で受験においてもほとんどスルーされている。
プレイヤーとして存在する彼は、だからこそこの物語に対して僅かばかりの貢献もすることもなく、楽しむだけ楽しんで何も残さず消えた。


この時代における多くの国の興亡治乱をもとに創作された小説の中においても、華々しい武勲の一つたりとも挙げていないこの皇帝の記述は皆無に近く、ほとんど最終的に天下を掠め取っただけの単なる小悪党のように記されており、その後それを追従するかのように作られた各種の創作においてもその路線を継承されているがゆえに決して好かれるキャラクターとはなっていない。
最も有名な書物にて屯田制や二毛作と言った政策もより有名な曹操や袁紹の功績として紹介されていることもあって、たまに魔改造されて妖杖から火を出したり、巨大戦車を作ったり、女にされたりといったことはあったが結局はそれも色モノ的な扱いであった。
後世におけるこの時代のファンの間の認識として彼は最終的な勝者ではあったが、それ以上の英雄豪傑ではなかったのだ。


「それじゃあ、ま……」


だが、それでもなお。
後の世における評判というこの外史には何の影響も与えることができないそんなくだらないことを除いてしまえば。


この時代における最後の勝利者は妖術によって天下を掠め取った最も「天」という名の才に愛された、そしてかつて一人の少女が愛したその男であった。


すべてを求め、手に入れ、そして何一つその手中に収めることが出来なかった愚かな盗賊は、しかし必死になってその事実から目を逸らして、新たに空っぽな人形を手に入れたことだけに満足を覚えて、ひたすらに満足げに、おかしげに、そして虚ろに笑って……言った。




「さあ、目を覚ませ、曹操。そして…………『俺に、従え』」




【終】

Comment

No title

終わったー。お疲れ様です。
急展開でしたね。

外史を統一したあとは、のんびり過ごしたんだ。。
ヒロインがいればいちゃいちゃできただろうに、残念。
でも華琳のひどい扱いは好みw

No title

外伝で彼らのその後を書いてほしいと思います。
魏や蜀の面々を中心に

No title

お疲れ様です
天下を掠め取った男。その後、一代で滅んだか…
統一してもヒロインは0だから…ギャルゲーとしてはBADENDだがこれは…
終わってみたら英雄達を色んな意味で凌辱したからこれはこれで王道かw

さて、外伝もいいけど俺は悪徳の宴を本格的に書いて欲しいなぁ

No title

その後っていってもみんな傀儡だからなあ
唯一、風だけその後どうしたのか気になるけど
良い大陸を築く為に奔走したんだろうけど、一刀が全く協力しなくて駄目だったとかなのかな?

No title

久しぶりに見たら完結しててびっくり
恋姫ssではかなり質の高い出来だったので無事完結して良かったです

No title

最初からやってることは何も変わってないのにこんなにも廃れてしまった一刀・・・
恋姫無双で俺も理不尽に感じた絶対的な才能の差に焦点が充てられて面白かったです

No title

完結したんですね
おめでとうございます^^

巣作りドラゴンの方を見て、次のものは完結してからと楽しみにしていたので、さっそく。

No title

見つけて一気に読みました。とても面白かったです。
才能の扱いとか、一刀の精神とか、いろいろイイトコ悪いとこありますが読み終わって「はあー」とため息が出る作品でした。
一刀には幸せになってほしかった。

展開が急すぎてもっと色々な一刀達の動きがあったと思うのでそれが読めないのは残念です。
悪一刀もいいものですね。まあハッピーエンド浮きなのでなかなか完璧な好みに当てはまらないのが多いのが残念ですが。
非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。