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外史につくろう穢土幕府・49

多分読者の方は気にも留めないような些細な点で、作者だけがこだわっていることは結構あったりします。
それが面白さにつながるかどうかはさておき、読み返したときに自分でにやっと出来るそういう遊びは、自作の特権だなあと感じます。
今回も個人的にはいろいろ盛り込んでいます。

まあ、多分私以外だったら鼻で笑うような些細なことでしかないのですが。










糸を繰るものが命じないため動かない人形を抱きしめ、男はかすれた声で呟いた。


「これで……よかったんだよな」


返答はない。ないように、している。

その声音も、美貌も、スタイルも、何一つ変わらぬ美しい少女を手にして、しかし男の表情に歓喜はなかった。
彼女は何一つ変わっていない、そのはずだ。
彼がかつて愛したときをそのままに完全無欠に「保存」されているのは、彼自身が自分の所業であるが故に十分承知していたはずだ。
自分が命じたからこそ人形のようにしている少女であるが、それさえやめて前のように振舞うように命じれば、かつてと同じように笑い、泣き、怒り、そして自分に笑顔を見せてくれるはずだった。
実際に幾度となく体験したことで、今更それを否定することなんてできない。


だが、彼の心の奥底、建前の通じない本音だけが集う場所が叫ぶ。

違う。
明らかに違う。
この人形は、彼女ではない。

発する声はそのままに、その喋る内容も以前とほとんど同じようになっていて……やはり細部が違った。
「ほとんど」同じだけであり、その声のトーンや高さも同一であっても、それはやはり、違うものだった。
かつて愛した天真爛漫さは僅かながらもしかしこちらの不快感を致命的に呼ばぬように影を潜め、それすらも愛しかった傍若無人さはどことなくわざとらしい媚へと変わった。
彼女を愛した理由であったその自由さは、箱庭の中で媚態を見せるという範囲でだけの自由へと収まってしまっているのだ。


「だって、麗羽が戦場なんかに出て生き残れるわけねえじゃねえか……こんな馬鹿でアホでプライドばっかり高い女が。ここにいた方がよっぽど安全だ」


その者が持つ自分に対する敵意を根こそぎ消滅させ、それらすべてを好意を基本とする自分の味方へと強制的に変換する、彼が保有する絶対無敵の力は今回もまた狙いたがわずその効力を発揮していた。
そのことについて悪しき様に言う資格など、本来この男にはありはしない。

何の力も持たない彼がこの世界において覇を唱えられようとしているのは、すべてこの力によるものだ。
己が才覚だけでは決して打倒できないであろうこの世界の英雄たちを数多く踏みにじってその上にふんぞり返ることが出来たことを忘れ、その効力が今までの人格さえも歪めて己に対して絶対的な好意を与えるものであることを惜しむなど、どう考えても矛盾している。
それは、いかに愚かで自分勝手な男であっても、重々承知している。

ましてや彼には、その行使の選択権さえ与えられていたのだから、そのことさえも忘れてどの口がいうのであろうか。


だからこそ、この場において歓喜によって喜びまわるならばまだしも、そのことについて嘆いたり、恨み言を言う資格などあるわけがない。
そんなことは彼自身にだって重々分かっている。


「……だから、俺は間違ってねえ」


そんな理性の出した結論とは裏腹な涙と共に枯れ果てたかすれた声で男は、そう結論を小さく呟いた。
きつくきつく握り締められ、ともすれば赤く滲んだ雫が零れ落ちんばかりの拳の中に掴んだものの空虚さだけは、彼にはどうしても認められないことだった。
何かを失ったこの手は、きっと「何か」を掴んでいるはずなのだから。

















うかつ、確かにうかつだった。
軍師たる少女は、そう臍をかむ。
あまりに自分の認識が甘かったことを認めざるを得ない。


「(こやつらが我々とは比べ物にならぬ愚物であり、それゆえに何をしでかすか分からないと言うことは分かっていたというのに、何たる無様!)」


敵が強大であることは初めから分かっていたはずだ。
彼女の知る世界のほとんどすべてを占める漢王朝という巨大な帝国に代々大きな存在感を持ってあり続けた袁家と共に、天から来たとさえ噂される人身掌握と技術の天才が相手だ。
いかに身を寄せた先の勢力の頭である曹操の才覚が並ではないと常々実感していたとしても、到底容易に妥当できるなどという楽観視など出来る相手ではないことは重々承知の上。


「(まともな人間だったら、こんなこと確かにありえない……だが、こいつらならば、と考えておくべきだったのです)」


それゆえに彼女は、自身の信じる最強の布陣によってこの戦争に挑んだ。
外様の将にしては望外ともいえるほど与えられた人員を可能な限り鍛え上げ、自身の考えられる限りの策を練り、自軍の保有する強みを最大限生かせるように、努力は惜しまなかった。
実際にその力は凄まじいものであり、相手に与えた損害は誰もが目を見張る数となった。

その数、実に十万近く。
それほどの敵兵の屍を野へと晒してきた。

数々の勢力がそれぞれの思惑によって身を寄せている反袁紹連合の中においてさえ、その戦果に比類するものなどいやしない。
常の相手にならば、どれほど勝ち誇ってもいいほどの戦果だ。
この長丁場となるであろう戦争においてさえ、その功をもって戦後での評定でどれほど優位に進められるか計り知れないほどの結果を彼女の軍はたたき出した。
それを否定することなど敵味方の誰一人出来はしないだろう。

そう。
敵に与えた損害の大きさ。
それは誰一人否定しようのないほどのものだった。

だがしかし。


「(よもやただの一戦での勝利の為に十万の兵を犠牲にしようとも意にも介さぬとは!)」


圧倒的な人海戦術と軍師たる彼女にしても妥当と思わざるを得ないそつのない戦略は、脅威以外の何物でもなかった。
常識からすればばかげているといわざるを得ないが、その損害さえも相手からしてみればたいしたことがないのだと仮定すれば、これほどまで効果的な闘い方もありはしない。
損害をいくらでも無視できるのであれば、少しずつでも相手方にもダメージを与えていけるのであれば最終的に勝つに決まっている。
自軍を基準にしてしまえば無茶無謀といわざるを得ないものであっても、相手からすれば想定の範囲内でしかないかもしれない、ということに遅まきながら彼女は気付いたのである。

結果としてあるのは、反袁紹連合において最強といっても過言でもない呂布軍の半壊と、その軍師である陳宮が捕獲されて敵軍の天幕の前まで引きずり出されていることが、今回の戦争における勝者が誰かを何よりも雄弁に語っていた。










天幕の中央にて、けだるげに一番上等な場所にすえられた玉座に座る不遜な男と、その男の腿にしなだれかかる女の姿を見た陳宮はこの男こそが今回の戦争における当事者である、ということを瞬時に読み取った。
それほどまで他をただの棒立ちの人形に変えるほどの圧倒的な気配を男が発していたからだ。

だが彼女は、その捕らえられた自分の今後の運命を左右するであろう男を前にしても怯えるばかりか、むしろ笑って見せた。


「ふ、ふふふふ……」
「……何がおかしい?」


捕らえられた敵将が行うにはあまりに不遜な態度に、その男の眉がひそめられる。
それも当然。本人である陳宮でさえも驚くほどにその声には震えや恐怖というものがほとんど入っていなかったからだ。
おそらく降軍の将をなぶることを求めて自分をここに呼び寄せた男が気分を害したのは間違いない。
それを受けてことによると瞬時に己の首が撥ねられるかもしれない、ということを自覚していながらも、陳宮は一切のおびえを見せずに、その男、連合軍の首魁である北郷一刀に向かって堂々と言い放った。


「確かにねねは捕らえられたのです! だが、それはまったくもって真紅の呂旗の穢れを意味しない」
「……ほう」


怒気ではなく、むしろ興味深げな声さえ上げて目の前の男が応対したことに少々予想を外された苛立ちのようなものがなかったわけではないが、それでも今言い放ったことは紛れもなく陳宮の本心であるがため、それによるひるみは一切ない。
そう、呂布にとって自分の有無などほとんど関係ない。


そもそも、たった一人で万軍にも匹敵する呂布が軍などというものを率いているのも、元はといえば陳宮のわがままみたいなものだ。
その力一つによって数も謀略も兵器もすべて無へと返すことの出来る呂布には、率いる軍などというものは端から不要だと彼女は理解していた。
この外史において最上の才を与えられており、他の英傑さえも凡俗と呼べるほどの力を持つ呂布―――ただ単独で突っ込む、いうなれば鉄砲玉のような突撃をするだけでどんな敵がいようともすべてが終わる彼女に、配下の兵や己による戦術上のサポート、なんて物は単なるおまけ以外の何物でもない。
露払いがいなくても、最後の掃討戦において加勢するものがいなくても、呂布ならばたった一人で一つの戦場を勝利へと導ける。


にもかかわらず彼女が一応配下の兵を引き連れ、この間まで宮廷でも相当の地位を持っていたのはひとえに彼女の軍師であり、ひょっとすると親友であるとまでうぬぼれてもいいかもしれないこの音々音が、世界最強である飛将軍 呂奉先がただの浪人では格好がつかないと強く主張したからだ。

呂布が求めるのはただ彼女の『家族』を養えることだけであり、それ以外の俗世の名誉だとか地位だとかには彼女は全く興味がない。
すべてにおいてどうでもいい、と思っており、実際にたいていのことはその武力だけで押し通せるだけの実力を持っていた彼女は、だからこそ陳宮の言をうけて宮廷で地位を築くことも、それを脅かそうとする袁紹一派と手を切って曹操と手を結ぶことも、特に望んでいたわけではないが同時にそれをおこなったとしても特に不都合が無い為に否定することもなく実現したに過ぎない。

呂布がただ強くある為には、本来であれば他のものなど誰一人必要ではない。
当然ながらそれは、雑兵を操ることで彼女を助ける、という名目のもと彼女に対して恐れ多くも指示などしていた軍師、などという職のものにも、いや、そのものにこそもっとも強く当てはまる。
戦場における露払いと後片付け程度のものでしかない軍師など、いなくても何の不自由もなく呂布はやっていける。
このまま行けばことによると呂布の家族の安全が袁紹の元では得られない可能性があると考えたが故に進言を行いはしたが、所詮自分など天下無双の最強の将軍の前にはその程度のものだ……そう、音々音は理解していた。


だからこそ、彼女は万兵ではなく万軍をもってその呂布に対抗した北郷一刀に対して恐れを感じこそすれ、己が最強を信ずる呂布が負けたなどとは欠片たりとも思っていなかった。
今回呂布が傍にいながらも、こうやって自分が今敵の陣にて這い蹲っているのは、ひとえに己が足を引っ張った画ゆえであって、普通にただ呂布が彼女一人だけで戦うだけならばそれすらも打ち破っていたと心底信じていた。


「ねねのように敵に捕らえられる無能な軍師の有無など端から呂布殿の力には微塵の影響も与えないのです! もとより呂布殿は天下無双、世界最強の武将! 此度の戦いの結末とて、この陳宮の無能が招いたただの一時の転進に過ぎない。ならば、その無能を除いた呂布殿がもはや負けるはずがないのです!」


呂布の勝利を心底疑っていないとはいえ、後悔がないとはいえない。
ひょっとすると、呂布は陳宮にもそれなりの愛着を持っていてくれていたのかもしれない、とはうぬぼれではない軍師としての感情でも多少思う。
傍にいることを許してくれた、共に歩んでくれたその道のりを考えるに、その可能性は決して低くは無い。
だからこそ音々音に、この場において己の命が失われることを後悔する気持ちがないとは決していえない。

だが、もはや状況は決した。
戦場において音々音が鍛え上げた精鋭軍と呂布に挑むのみならず、卑劣にも敵が前日に兵糧を焼いた上で夜襲にて水攻め、ついで火牛責めを仕掛けた挙句に毒矢毒剣を使って集中して負傷者のみを狙ってきたことで、空腹と数々の足手まといによって十全の力が発揮できなかったながらも数万の兵を屠った呂布と、彼女の手足となるべく将兵たちを一兵でもを助ける為、己が身を費やした陳宮。
どちらも凄まじいまでの働きであったが、やはりそこが限界だった。
呂布は敵をすべて殲滅できずに負傷者たちを守りながら撤退し、陳宮はその身を自分で守ることが出来ずに捕らえられた。
いかに万人力を誇る呂布とて、陳宮の命と覚悟とを引き換えにして助け出したその直後に敵陣すべてを突破してここまで助けに来ることはもはや距離的に不可能だ。

並外れた呂布の力を誰よりも知る陳宮をもってしても、例え誰よりも天下無双の名をほしいままにし、望みのすべてを実現可能とせんばかりの力を持つ呂布が望んでいたとしても、今回ばかりはこの陳宮の命を助け出すことだけは出来ない。
それは最強の武将の一の軍師、を自称する音々音にとっては耐え難い後悔だ。


「殺すならば殺すがいい。だが、覚えておくがよいのです……方天画戟の輝きの前ではお前の小ざかしい天などという名など何の役にも立たないということを!」
「……」


もっとも、彼女が感じているその後悔は、あくまで心優しい呂布殿がこの陳宮の死を知ることで僅かなりとも悲しむかもしれない、ということに対するものだ。
自分の命が失われる、ということへのものではない。

此度の呂布の敗戦の汚名をすべて、この陳宮が策が間抜けであった為、としてそそぐことが出来るのであれば、彼女はそれだけで己が命を捨てるのに十分な理由であると思う。


だからこそ、この後呂布に僅かなりとも死を悲しませてしまうことへの後悔はあれど、その後呂布が陳宮のことなど無視してすべてを平らげ幸せに暮らす、あるいは陳宮の死を怒り、己が敗戦の屈辱を力で持って晴らしてこの目の前の男の首をあっさり落とす、というどちらのことも彼女がその気になればすぐに可能だ、と思っている彼女にとって、この後の自分の末路もまた、どうでもいいことである。
数を頼りにする者の力など、呂布の近くに侍り、彼女の力を誰よりも信奉する陳宮にとって見れば笑える程度だ。
相手がどれほどでも兵をぶつけてくるというのであれば、呂布にはそれらすべてを叩き潰せるだけの力があると、陳宮は心から信じている。
失うことで得た力によって、どこまでもすべてを飲み込めると一刀が信ずるのと同じぐらい、その数さえも力だけで打倒できると陳宮は考えている。

故に彼女の中では最終的に彼女の力に敵うものなどいないのだから、この場において自分が死のうが生かされようが、呂布の武名に傷つけることにはならない。
音々音にとっては呂布こそが世界のすべて。
その彼女が求める「自らの家族を守る」という目標を達する為に全力を尽くし、それには成功してそのついでとして自分の身を守るということに失敗した音々音は、だからこそ達成感に満ちた顔で叫んだ。


「さあ、この陳宮の命を取って精々呂布殿が再び現れるまでのつかの間の安堵を勝ち誇るがいいのです。北郷一刀に、袁紹に呪いあれ! そして、恋殿に未来永劫の勝利の輝きあれ!」


幼くも見えるその顔は、その年少ゆえの甘さとは裏腹にまさに唯一無二の忠臣というのに相応しいものであった。





だが、しかし。
忠誠を、恋慕を、友情を、絆を。
敗者たる彼女が語るなど、おこがましいにもほどがあった。


「くっくっく……」
「何がおかしいのです!」


思わずこらえきれなかった、とでも言わんばかりに唐突に笑い声を響かせる一刀に対して即座に噛み付く陳宮。
この男に、自分後時の呪いの言葉で怯えるほどの可愛げがあるなどとは思っていなかった彼女であるが、しかし天下無双の呂布の名をもってしてもその相手に動揺が見られないことはどうにもおかしい、と軍師としての本能で気付く。


「いや、実に立派な心がけだ、と思っただけだよ、流石は呂布が認めた唯一の軍師だ。俺に仕える軍師たちもこうあって欲しいものだな、とな」


この言葉が本心からの褒め言葉に聞こえるならば、そいつは相当頭がお目出度いだろう。
そう心底思わせる声音で一刀はそう述べた。
世界最強の武将の放つ殺気をこの世界の誰よりも知っている陳宮でさえ、先ほどから感じる不気味な気配は未だかつておぼえたことのないものであった。

徹底した相手方の情報封鎖によって自分たちが相対している敵のことをそれほどまで詳しく知っているわけではなかったがためにそこそこ想定の範囲の幅を広く取っていた陳宮であるが、よもやここまで化け物じみた気配を発するほど禍々しい男だとは思っても見なかった。
彼女が手に入れられただけの範囲による情報では、北郷一刀という男は袁紹と負けず劣らず、愚かな君主であったはずだ。
周辺を囲う彼の頭脳となるべき軍師・文官らの優秀さと、敗軍の将さえ取り込むその弁舌の巧みさだけは警戒しなければならないとは思ってはいても、それ以外は取り立てて注目すべきところのない暗愚であったはずである。

その事前の予想は、しかし全くもって今の彼女の助けにはなっていなかった。


「だけどなぁ……おまえ、諦めただろ?」
「(な、なんなのですか、こやつは!? これほどまで邪悪な雰囲気をかもし出すとは……)」


語る言葉には、かつての彼にはありえなかったほどの凄まじい傲慢が見て取れた。
だがそれさえも、今の彼には相応しい。

太平要術の書の力の中で、戦場においてもっとも強力なのは英雄豪傑たちを無条件で己の配下へと変えることが出来ることではない。
能力がほぼ半減する、という致命的な縛りがある以上、その力は正攻法で説得を重ね、仲間へと加えていった場合と比べると随分劣る。
それは、孫策、関羽、張飛、馬超、馬岱公孫賛文醜顔良まで集めた北郷一刀が、しかしその武力でもってたった呂布一人に対抗することも出来なかったことを見ても明らかだ。
協力だとか、信頼だとか、そういったもので成り立つ「複数による力の倍加」をものともしない力を持つ呂布とて、全力を尽くせる状態でこれらの武将たちからいっせいに攻撃を受けたならば負けはしないとしても勝つことも出来ないだろう。
ひょっとすると、奇策一つで暴虐の化身、呂布を捕らえられる程度にまで近付くことが出来るかもしれない、そこまで迫れる。

ただ、そこが限界だ。
太平要術の書によって能力を低下させられている彼女たちでは、呂布相手に時間稼ぎは出来てもそれを打倒する可能性は万に一つぐらいでしかなく、これだけの数を束ねてもなお、戦況有利とまではいえない。
その事実こそが、戦場における武将たちへの太平要術の書の力の限界を示している。


「自分の命が、この俺に……天の御使い北郷一刀にもう完全に握られていることを自分で認めただろう!」
「(まさか本当にこの男が『天の御使い』で、呂布殿が……恋殿が負けるのが『天命』だとでもいうのですか!?)」


彼女には理解できぬ感情と気迫の篭った声に、思わず陳宮の背筋が震えた。
それほどまでのおぞましくも凄まじい鬼気が、一刀の瞳から、体から、言葉から放たれている。
失った悲哀を、求める欲望を、限りない怨念をその端々から感じさせる言動からは、もはやかつて外史に落ちてきた頃の人畜無害、平々凡々な彼を見出すことなど到底出来ない。
そこには、数千、数万の兵や武将の上に君臨する紛れもない覇王の片鱗ばかりが見え隠れしていた。

陳宮が信じるように、実際に呂布の力を前にしてしまえば数の力など物の数ではないはずである。
この外史において最も武の神に愛された、才覚溢れる少女呂奉先には、それだけの力があった。

だが、現実はどうか。
太平要術の書の使い手、北郷一刀の前には今、無敵のはずの呂布の懐刀たる軍師、陳宮が這い蹲っている。
これこそ、呂布が彼女を守れないほどに追い詰められた、という確かな証である。


「だったら、そんな忠誠なんてもう何の役にも立たねぇんだよ、雑魚が!」
「(そんなこと……そんなことある訳ないのです。恋殿は絶対無敵の最強の武将。それはこの陳宮が誰よりも知っている!)」


その天幕を揺らした罵倒は、ともすれば陳宮のみならず己自身にさえも向けられているようにも聞こえた。
自分の意思こそが世界のすべてであり、それに反するものは己の内に潜むモノであっても許さない、と。

自分に逆らうこと、自分の思うがままにならないことすべてが間違っている、とまで言い切らんばかりのそれは、人々の死を限りなくもたらし、決してこの大陸に永久の平和などをもたらすことのなかった「天」の代弁としては、ある意味相応しいだけの傲慢さを持っていた。
どれほど真摯な祈りが捧げられたとしても飢饉によって人々を死なせ、どれほど怨嗟があがろうとも意にも解さずに疫病で人々を殺す……そんな残酷にしてどこまでも平等な天に。

訳のわからぬ感情によって、陳宮は相手の言葉が「天意」であると思い込まぬようにすることで必死だった。
自分が、そして誰よりも尊敬する呂布が実は間違っていたのではないか、という感情の欠片が浮かび上がらないように全身全霊を持って心を強く持たねばならない、それほどまでにその自信に満ち溢れた声は強烈なまでの別世界の住人然としていた。


その陳宮の推測はある意味正しい。
すべてを操る大妖術使いと化している北郷一刀からすれば、この世界のすべては決して己と対等な立場である人間などではなく、単なるゲームの駒兼己の選択の結果としての商品でしかない。

ほかならぬ、彼の力がその思想の正しさを担保している。
なにせ、戦場における太平要術の最大の力は……才を束ねることではなく、無才を重ねることだ。

たった一人ではほとんど天才たちが撫でるだけで倒される凡人。
刃を向けられれば多々怯えて逃げ惑うか、あるいは震えて斬られるのを黙って待つか、その程度の差でしかない一般兵。
こんなものなど、この外史における戦争においては何の役にもたたず、精々戦場でのにぎやかしでしかない。
だからこそこの外史において、戦争というものはすなわち、限られた数の武将同士の激突によってのみ決着がつけられるという現状があった。

だが、その唯一の例外こそが太平要術の書である。
その彼らの意思を一つの方向へと統一し、決して逃亡を許さず、その命の限りまで戦わせることこそが太平要術の真の力だ。
たった一人で万をも超える兵たちを自在に操ることが出来る太平要術の力は、すなわちたった一人に対して正面から万をぶつけることが出来ることを意味する。
今まで彼我の実力さによってそもそも成り立ちもしなかった勝負を、単純な力と数のぶつかり合いへと変えさせる。

ならば、倒せぬ敵など存在しない。
十で倒せぬならば百で、百で倒せぬならば千で、千で倒せぬならば万で。
正面からでは通じなければ二方から、三方から、四方から、全周から!
所詮は少数派でしかない、数の限られた稀少な存在を倒す為に、ごくごくありふれたそこいらにあるものをいくらでも集めればいい。後から後から補充することを前提として尊くも安っぽい命を使い捨てながらの試行錯誤、トライ&エラーを繰り返し、最上の形へとくしけずっていけばいい。
その数を積み重ねて、無数の人形達の屍で道を踏み固めさせて、やがては才へと届く無才の城を築く……これこそが戦場における正しい太平要術の書の使い方である。

多くの歴史で黄巾党と呼ばれた無才の集団が敗れたのは、所詮凡人ばかりを集めたからではない。
集める数が、『足りなかった』からなのだ! 
太平要術の書の力が英雄豪傑に劣ったからではなく、それほどの力を手にしていながら、所詮は旅芸人でしかなかった張角一派は兵を集めるのに「個人の魅力」に頼らざるを得ず、その力を振るうのに「凡人の才覚」での運用しか出来なかったことが、彼女たちを敗北へと導いた。


だが、この外史における太平要術の担い手たる北郷一刀は違う。
彼は、彼女達の失敗すべてを克服した……己における唯一無二のつながりを次々に犠牲にすることで。
賈駆の残した数を生かす戦術、戦略を一定レベルで描ける頭脳と、袁紹からすべてを奪い取ったことで無限ともいえる徴兵力を手に入れたことが、太平要術の書の担い手たる彼の、彼なりの戦闘を完成へと導いた。
失い続けたものと引き換えに得た強大な力は、もはやちょっとやそっと才がある程度では抵抗するのさえ難しい段階へと彼を引き上げた。
もともと、妖術の力だけで紛れもない英傑の一人である孫策を下せるほどだった彼の力を、だ。


ある外史では、武将達の連携が通じなかった? 
違う。連携、という方針が悪かったのではない。所詮は飛びぬけたもの十人前後からなる戦略ではその幅が足りなかったのだ。
たった一振り分の体力を奪い、たった一瞬視界を奪う為の雫にその血潮のすべてを振り絞らせる。
そういったことを前提にしたうえでの連携こそが勝利への鍵。
それを頭において、無慈悲で血も涙もない外道の連携を練り直し、終わらぬ死者の怨嗟と消えぬ傷者の呻きによって作る四面楚歌で心を挫いてやれ。

別の外史では、たった一人に千の、万の兵が敗れた?
それがどうした。
一騎当千に千をぶつけて勝とうと考えるのが間違っている。替えはいくらでもいるのだから、ためらわずにもっともっと多くの雑兵の命を使い潰せ。
代々名家が民から絞り上げることで築き上げてきた財や中途半端な未来の知識で生んできた歪んだ進歩の結晶を使って、いくらでも補充が利く地を埋め尽くさんばかりの雑兵どもの屍で道を作る王者の大行進を見せてやるがいい。


そういったことこそが、詠を、麗羽を殺した北郷一刀が取るべき戦略であった。
そして今の彼は、それらをためらう理由など何一つありはしなかった。
彼を理性に縛り付けるか細い悲鳴はもはやなく、彼を包む暖かな瞳はもはや冷え切ってしまったのだから。
だからこそ彼は身勝手にも、他者を、自分を、天を怨み続けるその怒りをそのままに外の歴史へと振りまかんとしていた。


それほどまでの気迫を前にしては、たとえ単独で数万の兵にも匹敵する呂布といえど、誰よりもその天から愛された才能の確かさを知っている陳宮をもってしても、もはや単騎ではどうしようもないことを認めざるを得ない。


才は力だ。力こそが正義だ。
この世界において、それは正しい。
ならば、無才を自由自在に操って才に届くまで積み上げることの出来る男の力こそ、この外史においてはもっとも正しいことを誰も否定などできない。


「さあ、忠心厚き紅旗唯一の軍師にして、呂布のすべてを知る女、陳宮! 俺に従い、そのすべてを今度は呂布を倒す為に使うがいい!!」
「くぅっ、恋殿。恋殿~、お逃げください! こやつは人ではない……こやつは、こやつは魔王です!?」


すべてを失い、そしてすべてを望んで外史の外から君臨する男の前には、たった一人をよりどころにして立っていた少女の心などあまりに脆いものでしかなかった。













まるで呂布の弱いところである彼女の家族の居場所をすべて知っているかのごとく一匹一匹狙い撃ちにした戦略とタイミング、そして天下無双の飛将軍をしてそれを防ぎきれないほどの物量によって、外史最強の武将である呂布が北郷軍により捕らえられたのは、全力で彼女を逃がそうとした陳宮が捕まって僅か三日後のことだった。



  50話へ

Comment

No title

短期間での更新お疲れ様です。
ただ…2箇所ほど誤字が…。
>限りない怨念をその端々から感じさせる言動からは、もはやかつて害しに落ちてきた頃の
害し

>太平要術の所の使い手、北郷一刀の前には今、
太平要術の所

No title

悪一刀が完成した……心を踏みにじり踏みにじられ
遂に完成した

これぞ悪だ
完全無欠の魔王だ
さあ朽ち果てるまで突き進め!

No title

これは好みが分かれそうだが俺はこういう展開は好きだな
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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