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外史につくろう穢土幕府・48

正直なところ、ここ最近自分で読んでもも一つでした。読んでおられる方はいっそうそうだったことでしょう。
推敲しても構成をいじっても思い通りにいってくれない。
書きたいことはあるのですが、ここまで頭の中のものが移っていってくれない経験はなかなかなかったので。
書いてても、頂いた感想を読んでいても苦しい時期でした。

だがそれもすべては今回の為。
下手な伏線ゆえにミスリードさえ誘えていなかったかもしれませんが、どうぞお納めください。










呂布の離脱、という一事は洛陽軍のよりにもよって最大勢力が離脱した、という単純な事実以上の意味を持っていた。
なんといっても天下無双。
数多の英雄達の中でも別格の響きに引かれていたのは、天下無双を俺の女にしたら気持ちいいだろうな、程度の認識で欲しがっていた一刀だけではない。
恐怖と共に敬意でその名を語っていた彼女の離脱を聞いてその暴虐の刃が己の身におちてくる可能性が生じたことで眠れぬ夜を過ごすことになった将兵は数多い。
まあ、公孫賛でさえ呂布を見ると体が反射的にびくついていたのだ。一般兵レベルならトラウマになってもおかしくない。
なまじ洛陽軍はこの間の北方大乱だとか、自慢しいな袁紹による演習などで呂布の力を目の当たりにした兵の数も多かっただけに深刻だ。一時は全体の三割近い兵がその心的外傷によって行動不能になったほど、彼女の力はあまりに恐ろしいものと知れ渡っている。

だからこそ、いまや暴政の化身と君側の奸の代表のように思われている袁紹から呂布が離脱した、ということに喝采を叫ぶ各地のものは多かったし、彼女の裏切りとも言える離脱を責める声はそれに比べればあまり大きくなかった。
君子を見捨てる、という今まで禄を食んでいたものとしては許されざる裏切りをも、現状においてはそれほど重視されなかったのだ。
よって、その多少は評判を落としてもそれでも畏怖と共にその名を語られた呂布を曹操が拾い上げ、一軍の将として厚遇したとしても曹操への非難はほとんどなく、むしろそんなものさえも己の配下へとするその懐の大きさを賞賛する声さえ見られた。
当然、噂は噂を呼び、今や洛陽への反抗勢力としては急速に成長していく曹魏自体の評も武も財も大きく膨れ上がることとなる。
その事実は、加速度的に更なる善事―――勿論、曹操にとっての、だ―――を呼び込む。



とある復讐に燃える少女が、呟く。


「例え一兵卒に身を落とそうと、雪蓮姉様と蓮華姉様の仇を取るんだから!」


幼いそのかんばせにぱっさりと切り落とした桃色の髪が痛々しいその少女が持つ手に持った戦輪ともいえるべき風変わりな武器は、しかし長かった放浪生活にもかかわらず以前よりもなお一層鋭く研ぎ澄まされていた。
血の繋がった家族を、そして血の繋がっていなかった、しかし家族だったものをほとんど失った彼女は、だからこそその原因となったものをひたすらに憎んでいた。

だが、敵は強大。未だに追っ手さえかけられている現状においては、地に潜って神経をすり減らしていた彼女たちにとって、今回の曹操の募兵は最大のチャンスに思えた。
かつては手入れを欠かさなかった自慢の髪も長い逃亡生活によって痛んでもはや艶がなくなってきている。だが、そんな代償など彼女はちっとも惜しくはなかった。すべては唯一つ、袁術の首を求めて。
夜毎に手入れを欠かさず、いつかこの刃で怨敵の首を落とし血に染めるただそのことだけを願ってちりじりになっていた郎党たちを少しずつ集めてこの陣営に潜り込んだのだ。


「はっ、小蓮様! 蓮華様を守れなかったこの身の無能は、敵兵のすべての命であがなってみせましょう」
「流石は我が主君です~そうですよ、尚香様。たかが袁術や袁紹などに嘗められた程度で諦めていてはやっていけませんものね」


その声に、圧倒的に多勢に無勢の戦場から何とか離脱に成功した、しかしそのときの混乱によって己が命に代えても守ろうと誓っていた主君と永遠にはぐれることとなった元河賊の女将軍は瞳に冷たい刃を研ぎ、恩人すべてにおいていかれ、その磨き続けた智謀の何一つ使えずに遠くから報を聞くことしか出来なかった軍師が同調する。
もはや滅びかけたといっても過言ではない古びた血筋のみを頼りにする彼女たちにとって、このこれからおこるであろう未曾有の大戦に参加する自分たち以外のすべては踏み台に過ぎなかった。
そしてそれは、彼女達の周りに集まる忠義厚き兵たちも同じ。数は決して多くなく、またその力も武将には届かない。
だが、同じように戦場にて父を、母を、兄を、弟を、友を、恋人を失った彼らは、己が命を失うこととなったとしてもただひたすらに祖国復興のために、と覚悟を決めて大きく声を上げた。
たった三人の武将と、僅か百ほどの兵を引き連れて、孫呉最後の生き残りたちは袁術と、引いてはそれを支持する洛陽勢力と敵対する為に曹魏へと参加することとなった。




「やれやれ、ようやくあの居心地の悪いところから逃げ出せたかと思えば、やはり敵対することになるとは、なんとも間の悪いこと……」
「ふん、臆したか、趙雲! 私はこの金剛爆斧を唸らせる機会が向こうからやってきたとしか思えないがな!」


この錬兵場にて気炎を上げるそんな彼らの横には、二人の女の姿があった。
この場にいる以上、彼女たちも曹魏の掲げたいずれ来る一大戦への参加を望むものなのだろうが、一兵も持たぬその身でありながらその辺の雑兵とはその手に持つ武器、身に纏う鎧、そして風格すべてが違っていた。
だからだろうか、他の兵たちがそれぞれ連携を意図した訓練を行っているにもかかわらず、彼女たちはお互いに競い合うことで延々と個人の武を高めることに尽力していた。
ただ、同じようにしていたとしてもこの曹魏の侵攻に参加する、ということについて二人の間には明らかな温度差が見えていた。


「ふう、私はおぬしほど単純一途ではないだけなのだが……まあ、そうまで言われては、逃げ出すようでは気分が悪い。少々天の御使い、などという思い上がったやからにお灸を据えてやるかな」
「はーはっはっは、さあ戦場よ、早く来い! 怪しげな天の御使いなぞと名乗るやからなぞ、すぐに粉砕してくれるわ!」


だが、その温度差はすなわち戦場における彼女達の働きの差を即座に現すものではない。
振るわれる超重の斧は大地を砕いて大きな土塊を吹き飛ばし、放たれた真紅の槍は大気を割いてオゾンの香りさえも漂わせている。
無論、両者の間においても優劣はあるのだろうが、少なくとも凡人では推し量れぬ高みに二人はいた。
指揮官としての能力はこの光景だけでは分からないが、少なくともこの世界における軍事活動の法則から行くと、個人が強いとそれを先頭に押し立ててただひたすらに戦い続ける指揮が上手いはほぼイコールで結ばれる以上、無能とはいえまい。
いや、彼女たちほどのものであれば戦場において多少は何か不得手な面があったとしても、個人の勇がそれを十分補える。
ならば、猪武者には猪武者の、曲者には曲者の使い道があり、それを使いこなす主君の器が測られることはあれど、その一事を持って彼女達のような才人を推し量ることなど出来ようもない。

だからこそ、彼女達の自分たちがいついかなる戦場においても活躍できることを前提とした会話さえ、周りの物は誰一人異論を唱えることは出来なかった。
いかに河東と同じほど勢い盛んな曹魏のものであろうと、彼女たちを制しようと思うならば、この二人を圧倒するだけの才を見せ付けなければならない。
そのことをいうまでもなく当然の要求として軍事を統括する夏侯惇、軍務のすべてを支える夏侯淵、そしてその彼女たちの上に君臨する主君、曹孟徳へと求めていた猛き槍の使い手、常山の昇り龍はふと思いついたように、呟く。


「……しかし、風はいったい何を考えてあんな男に協力しているのやら。まあ、これも戦国の世の習い。手を抜くような不義理はせぬが」





そして、そんな錬兵場を窓から見渡せる一室にて。
仕官を望む文官たちを試す問答を待つための待合室にて、一人の少女がひたすらにぶつぶつと自分の妄想を呟き続けていた。


「ああ、曹操様、曹操様、曹操様~~! やっとお目に留まれる機会が巡ってきたわ! さあ、早く、早く来なさい、袁紹。その曹操様を真似た醜い髪型をつるっつるにするほどこの荀文若の智謀に震え上がるがいいわ!」


怖い。
その何を考えているのか色と欲と歓喜と憤怒で彩られたなんともいえない表情もさることながら、仕官を求めに来た身でありながらそんなことを普通に口から出せてしまう少女の思考は、同じ文官志望の在野の者たちから見ても恐ろしかった。
だが、その彼女に対してその言葉を不遜、とまで言える者は、知の高さと弁舌の上手さを売りに自分を売り込みに来たこの部屋に同じく集う者達の中でさえ誰一人いなかった。

皆、彼女に怯えるのみ。
だが、それも無理はない。
全採用希望者を前に曹操が試しとして出した問い。
古今東西ありとあらゆる分野に精通した賢人といわれる曹操の出す、難問奇問は自分の智に高い自信を持っていた彼らをして頭を悩まさざるを得なかったそれらに対して、ほとんど暇を空けることもなくひたすらに斬新且つ緻密に返していった彼女を前にしては、彼らは黙らざるを得ない。


「そしてそのあかつきにはどうか……この私を褒めて、ののしってください! ああ、曹操様~」


これから続く試験においても、自分が落ちることはあっても彼女が曹操の眼に留まらないわけがない、ということを感じ取っていた彼らにとって、どれほどその言葉が不穏で不遜なものだったとしても、何か一つ言う権利の欠片もないのだ。
なまじ賢いばかりにどれほど彼女が優れているのか、ということを直接的に思い知らざるを得なかった数多くの文官志望に格の違いを見せつけた彼女は、だからこそそんな有象無象など歯牙にもかけず、そんな彼らのおののきなど一切の気にも留めず、ただひたすらに自分の妄想に浸っていた。





裏切りの呂布さえも厚遇する曹操の政策は、やがて彼女よりも評判が悪いであろう、しかし総合的な目で見れば十分優秀な能力を持った敗戦の将や、現在の主君を見限って出奔した数々の武将や軍師、政治家を呼び込むことに成功したのだ。
一刀が行った唯才是挙と同じような効果で、しかも遥かに効率的なことを、曹操は呂布の雇用、というたったそれだけのことで成し遂げたのである。

無論それは動物的な本能で一刀を嫌っていた呂布が陳宮の推薦も込みで「こっちの方が若干マシ」程度の認識で動いた結果であり、曹操自身の何らかの策によってこれをなしたわけではないが、それでもその一事は今まで曹操が取ってきた富国強兵を基礎とする善政を象徴するようなものだった。
袁紹を嫌い、打倒しようとする者たちがことごとく、「曹操の陣営にいれば可能だ」と考えるほどに、彼女はその名声を徐々にではあっても積み上げ続けてきたのだから。








ただ、誤解しないで欲しいのだが軍事的に見てみれば一刀勢力としては曹操の躍進という事実はそれほど痛くはない。
いや、そうまで言っては語弊があるかもしれないが、少なくとも必要以上に恐れることはなかった。
実際一刀の御膝元である河東や彼の指揮下にある兵たちには呂布が敵にまわったという事実が知れても動揺はほとんどない。
実際洗脳されている大半の将兵ばかりではなく、その人数ゆえや生産効率の面からにすべては洗脳しきれていない河東の民だって……


「呂布将軍が敵になったんだとよ!」
「へぇ! そりゃ、大変だ」
「そうか? 天の御使い様が負けるわけないだろ?」


生まれた時代ゆえにメディアの影響力や群集心理、というものにある程度の造詣があった一刀は、能力を落とし、産業や技術の発展を遅らせてまですべての民を洗脳しようとまでは考えなかった。
百人の中にたった一人、声の大きな一刀のことを絶対的に信奉するものが混じっているだけで、そんなものと同じような効果など容易く得られることを知っていたからだ。

だからだろう、民全体からすればあまりに少ない、されど世評を動かすには十分な数の一刀の仕込んだサクラたちの尽力や、折を見て風や雛里が出すあからさまというほどではないが見るものが見れば分かる程度の思考誘導を含んだ政府見解の影響をもろに受けて、河東の情勢はさほど緊迫化していない。
実際、どれほど曹操の勢力が伸びたところで、彼らの生活にはなんら影響がないレベルまで一刀たちはすでに自領を作り上げているのだ。
それを後押しする妖術の力があれば、いくら曹操がいろいろと謀略を仕掛けてこようとももはや磐石といってもいいその地盤を揺るがすのは並大抵のことではない。

この現状を打ち砕く為に大胆な手を打たねばならぬのは、王者である一刀の側ではなくあくまで挑戦者である曹操の側なのだ。
だからこそ、賭けにも出ずにひたすらにセーフティーな手を打ち続けることがこの場における最上だったと彼の軍師たちは進言し、実際それは正しかった。


「そりゃ……そうだな」
「そうそう、呂布って奴も、馬鹿なことをしたもんだ」
「そ、そういうもんか? ……いや、そうかもな、ははっ」


相手の間者や信奉者による社会情勢への不安の声をそっくりそのまま自分を称える声にひっくり返すことが出来る一刀にとって、そんな曹操の風評が少々上昇した程度ではその治世は微塵も揺らぐことはない。
だからこそ、そんな世間一般での曹操の評判が上がり、それに伴って洛陽に組する勢力の評が多少下がったところで、今なお河東は爆発的な発展を続けていた。

そしてこれらにより、地力自体はちっとやそっとではひっくり返せないほどの差がすでに生まれている。
この状態が数十年続く、というのであれば主君としての器の差によって一刀と曹操の力関係が逆転することもあるのかもしれないが、少なくとも一刀に太平要術の書がある限り、どれほど二人の間に能力の差があろうともそこまで致命的なことにはそうそうなりはしない。
所詮は真っ当な手段で兵を増やし、国を富ますことしか出来ない曹操では、いかに愚かとはいえ未来知識と妖術という二つのチートパワーを有する一刀を打倒するのは決して容易ではないのだ。


それゆえの余裕として、一刀は軍事的にも一度の決戦で勝利すればすべて決着がつくほどに敵対勢力が一箇所にまとまってくれる、というのであればそれはそれでいいことだ、と思っていたため曹操の動きをそれほどまで警戒はしていなかった。
自身の才に絶対の自負を持っている一刀にしてみれば、損失は大きくなるにしても自分に倒せない敵はいない。いや、むしろ倒された数や質以上の捕虜を取ることによって敵兵をそっくりそのまま自軍に組み込む特殊能力によって焼け太ることさえ考えられるし、曹操の身柄を抑えることが出来ればその瞬間に全軍を無力化できることにも変わりがない。
曹操が袁紹ほどの特異事例である、という今までの傾向からしてほとんどありえない現象に怯える以外の考えであれば、別に多少敵軍が強大になったからといって恐れる必要はまるでない。

損して得取れ、ではないが実際にいくつもの小さい戦場で敗走した後、最終的に国力戦略謀略の差を使ってその捨て駒によって戦況を完全に決められるほどの大きな勝利を得る、ということを劉備軍相手に実際にやってのけたことを思えば、一刀の考えはあながち間違っている、ともいいがたい。
例え曹操が局地戦でいくら勝利を収めようとしても、すでに山のように取った手駒をその掌の上で弄んでいる上に戦況という将棋板の前後もくるっとひっくり返せる能力の持ち主からすれば、数を重ねることで太平要術の書への不安も徐々に薄れてきた現状においてはそんなおごりさえも余裕と呼べるものだった。



だからこそ、袁紹勢力を切り捨てた一刀の事情のみを考えると、英傑たちが徐々に曹操の下へと集まりつつある、という事実さえも軍事的にも経済的にも待ちの一手でも何の不都合はなかった。
そう、「袁紹勢力を切り捨てた一刀の事情」のみを、考えるならば……何一つ不都合などなかったのだ。













「どうしてわたくしがそんなことをしなければならないんですの!」
「だから、何度もいってるだろうが! 何回同じことを繰り返せば気が済むんだ」


宮廷中に響き渡る大声同士のぶつかり合いに、しかし誰一人としてそれを咎めようとはしない。
それも当然か。
荒げる声の持ち主たちは、共にひざまずかれることを当然としか思わない雰囲気をかもし出している。
その瞳の一瞥で、声音の一つで自分が凡人などとは違うのだ、ということを主張している二人―――河東の支配者、妖術使い北郷一刀と洛陽の主、袁紹に対して僅かなりとも口を出せるものなど、袁・魏・劉の三国を見わたしたとしてもそう多くはあるまい。
ましてや、その彼らが本気でぶつかり合っている様を邪魔できるものなど、少なくともこの二人の味方の陣営には一人もいない。

一刀に対して絶対服従を誓う人形たちは彼が放った袁紹勢力を敵とはみなさない、という前言により動きを縛られ、文醜顔良はいつものじゃれあいではない二人の激論に口を挟むことも出来ずにはらはらと見守るしかない。
だからこそ、誰からも助言を受けられずにその二人の愚かな支配者達の舌戦はさらにエスカレートしていく。

一刀の暴走と麗羽の勘違いのせいとはいえ、体を重ねることで今までお互いがお互いにそれなりに上手く付き合ってきていた二人がこうまで激論を交わす理由。


「華麗に進軍、それ以外などありえませんわ」
「待ってりゃ勝てるだろうが!」


それは……今の事態をどうやって収拾をつけるのか、ということに対して二人の意見が真っ向から対立したからだ。


呂布の離反後、すぐとはいえないまでもそこそこの時間で戦争が始まった。
皇帝を操る君側の奸を除く、というものと、皇帝に逆らう叛徒を鎮圧する、という名目で、しかし実際もはや漢王朝などほとんど無関係にお互いに非難しあった袁紹・一刀を中心とした軍と、曹操・劉璋、そしておまけの南蛮連合軍は先日戦端を開いたのだ。

きっかけは確かに呂布の離反に反感を抱いた麗羽の軍の一部が、曹操に対して高圧的な威力偵察を仕掛けたことによるものかもしれない。
だが、どちらも機会を窺って、何かいいきっかけがないものか、と考えていたこともまた事実だ。
一刀は数と能力、そして主人公が己である、という自信によりもはやちっとやそっとの戦術戦略ではひっくり返されることは無いと考え、曹操は集めた将兵の質が予想以上だったこととこれ以上戦力差を広げられるのは不味いという冷静な考え、そして何より知っている袁紹の愚かさのため、今戦ったとしても勝利の目算が立てられる、と思っていたのだから。
お互いに時期を計っていた一刀と曹操は、それぞれがそれぞれの目論見によって今を開戦の時期と定めてついに激突した。


「このままじゃ、呂布と曹操に武名を立てさせただけじゃありませんの!?」


その激突の結果は、というと……当然ながら、呂布を有する曹操の勝利だった。
袁紹が慌てて繰り出した数千にも及ぶ援軍は、ほとんど呂布一人で討ち取られた、というのはここもっぱらの世間の評判を攫うに相応しい話題である。
曹操軍は待っていました、とばかりに戦いに挑み、それに対して指揮系統上あまり上手く一刀の軍団を駆使することが出来ずに自前の兵ばかりで戦った袁紹が勝てるはずもなかったのである。

例え戦術的にはたかが数千兵がいなくなったとしてももはや関係のない規模まで戦争のレベルが上がっているため、この敗北は実際には世間の僅かばかりの話題の種にしかならない、ということは一刀も曹操も理解している。
だからこそ、お互いがお互いにこの緒戦の結果などほとんど気にしていなかったのだが……官軍側のもう一人の主君は違った。


「別に名前なんぞ好きなだけくれてやれよ! どうせ最後には負け犬の遠吠えになるんだからよ」
「い・や・で・す・わ! どうしてわたくしがあんな女をほっておかねばなりませんの?」


麗羽からしてみれば、自分を裏切った呂布といろいろと目障りなキャラ被りの曹操の評判がよくなることほど口惜しいことはない。ましてや彼女達の評判は、袁紹を踏み台にしてのし上がったものだ。
そこを承知で策に盛り込んできた曹操の悪辣な心理戦に、麗羽はまんまと引っかかってしまったのである。街にはあっという間に麗羽を馬鹿にする風聞がばら撒かれ、それは彼女を怒らせるのに十分な量と質であった。
だからこそ、戦略的に正しい圧倒的な数と領土を使った包囲戦、持久戦を持ちかける一刀の提案を一方的に無視して感情的に喚きたてていた。
それを無視して安全にセーフティーに曹操を追い詰めることなんて考えもせずに、ただひたすらにすぐさまこの状況が改善されることを望むこととなった。


やはり、似たもの同士でありながら一刀と袁紹は、何処かが致命的にずれていた。
今まで一刀の妥協だとか顔良のとりなしだとか麗羽の言動のおかしさなどによって表面に現れていなかったそれが、ここに来て一気に噴出した。


二人とも同じ傲慢な支配者であるが、袁紹のそれは生まれながらの貴人であるが故に自分以外のすべてを見下す、自分は何をやっても絶対的に正しい、むしろ自分のやることが正しいことだ、と考えるその高慢な性質によるものである。
片や一刀のそれは、匪賊の頭として今まで怠惰にただひたすらに自分だけは安全圏に置くことで、何もしなくても周囲のものが勝手に自分の前に正解を運んでくる、という詠がいたときにその基礎が築かれたことによるものだ。
それは怒りによって自分の性質を塗り替えつつある一刀といえど、そう簡単に薄れるものではない。


「わたくしの考えが正しいに決まっていますわ! 戦って、勝つ。これ以上美しいものなんてあるわけないでしょう?」
「別にだったら戦う相手は劉璋とか南蛮でもいいだろうが。この時勢にわざわざ賭けに出る必要がどこにある!」
「あらいやだ、一刀さん。別にどれでもよろしいんですけど、どうせやるんだったら少しでもマシな相手を選んだ方が華やかではなくって? おーほっほっほ!」


袁紹は自分の勝利はすでに決まっていることだ、として強攻に一大決戦を求め、一刀はそんなことをしなくても周囲を固めていけばそんな危険な橋を渡る必要もなく勝利を手に出来る、として戦略としての停滞を求めた。
いざというときにさも当然のように前進を叫ぶ袁紹と、結果的には震えながら進むとしてもその判断の基礎に常人としての計算が入る一刀との差、といってもいい。

高慢、憤怒、怠惰、淫欲、嫉妬、大食、強欲。
人の欲望のすべてを極めんとするばかりに見えた両者であっても、やはり一刀のそれは怠惰と淫欲と憤怒を基礎とするものであり、袁紹が持つ大罪は高慢と強欲こそがすべての中でも一際強く出たものだ。
傾向としては似ていても、やはり方向性としては完全に一致しているわけではない。
それがついに表面に現れてしまった。

もともと、たとえその両者の間のつながりに、「恋」というものがあったとしてもそもそも共に天を戴くには袁紹はあまりに適さない人物だった。

それでも、今まではまだそれなりに二人の差があってもそれなりにやっていけた。
何故か? 



一刀が、譲っていたからだ。
当初ついていた苦手意識が払拭されてからでも、ある意味子供のような麗羽と付き合っていくためには一刀が大人にならざるを得ない。
友人といっても差し支えは全くなく、むしろことによっては恋人、というべき付き合いを続けてきた二人は、完全に彼女の尻に敷かれる彼氏、という構図によって成り立っていたものだ。
たとえ一刀相手にで会ってもひくことを知らぬ袁紹は、だからこそどれほど意見が食い違ったとしても自分の意見を曲げようとしなかった。
そうである以上、一刀が引かなければその関係は収拾が付けられないほど悪化していくのもむしろ当然だった。

それを今回なんとなく理解してもなお、袁紹も彼女の側近も、当然今までのように一刀が譲るとしか思っていなかった。


「わたくしが出て一蹴すれば済む話ですわ! さあ、顔良さん。すぐに出陣の準備を……「やめろーーー!!」っ! 一体全体今日の一刀さんはどうなさったというんですの!?」


が。
たとえほかの事をどれだけ譲ったとしても。
もはや一刀がごまかしようがないほどに袁紹が好きであろうとも、否、袁紹が好きであれば好きであるほどに。
一刀はあの暴虐の化身呂布を含む曹操軍に対抗するために、「袁紹自身による親征」などということを袁紹が行うことだけは認められなかった。


「いいか、戦場だぞ? 一回間違っただけで死ぬんだぞ? それを分かってんのか!」
「……」


語る言葉は、実感が篭っていた。
それゆえの必死さで語気こそ荒いものの、もはやそれは哀願といってもいい勢いで繰り返される。


彼自身は、戦場に立ったことなどほとんどない。
自身の保身から端を発した彼の野望は、だからこそそれを侵すようなことなど考えもしなかった。
ひたすらに奥に篭って、策をめぐらし、人々を操ってきただけの彼が戦場の恐ろしさを語るのはある意味御笑い種であるが……同時にこれ以上なくふさわしいものでもある。
世界を嘗めて掛かっていた頃ですら恐れて近付かなかったその場は、実際には貪欲に彼の手駒をいままでことごとく飲み込んできた。
彼の命によって戦場にて散らされた命の数、もはや千では効くまい。
主人公たる己はさておき、人は実にあっけなく死ぬのだ。そこに例外などない。
ひょっとすると己にさえもその論理は通じるのかもしれない、という一抹の不安が自分が戦場に出ることを拒否し、今もひたすらに配下たちに戦いをさせている。
未だに武将級の人間こそ欠けていないものの、ここ数日で随分見知った顔が消えたような気がする。

だが、始まってしまった以上もはや死は加速度的に増えるだけだ。それが戦争だ。

改めて己の野望の為には戦いを避けることが出来ないことを一刀は実感し、そのことから当然の連想として戦場へと追いやってしまったがために失ってしまった己の半身のことを思った。


賈駆―――詠。


彼女の柔らかな声、眼差し、笑顔。
それらすべてがもはやこの世界のどこにもない。永久に失ってしまった。
あれほどまでも、簡単に、あっけなく、何一つ残さず。
思い返すだけでもずきりと心の新鮮な部分が痛んだ。

麗羽に心を寄せるようになったとしても、何処か不可侵な部分として残っていた一刀の一部は未だに一人の少女に心を残している。
いや、むしろ「死」と言う形でその思いの行き先が唐突に途切れたことで、これ以上なく美化・神聖視されて一層彼の心の中での印象を強くしている。
その彼女を奪ったのが、戦場なのだ。


戦場という場におけるあまりにも野蛮な暴力の宴は、人々の命を飲み込んでいく。
それを彼は、己が戦場に立っていないからこそ逆に強く実感していた。
だからこそ、己と同じくほとんど英雄としての武力を保有していない袁紹をその場へいかせるわけには行かなかった……いや、たとえそれなりに武力を保有している猪々子や斗詩であっても行かせたくなかった。


まだその場に立つのが孫策や関羽ならばいい。
彼女たちは武将だ。
戦場において戦わせることこそが彼女たちを輝かせる精錬の場であり、同時にそんな彼女たちを寝室では組み敷いている、ということを楽しませるスパイスとなる。
武の神に愛されている彼女たちはそうそう危機に陥ることもない。
だが、それだけならば猪々子・斗詩にも当てはまってしまう。
彼女たちと孫策らを分けるのは何処か。

決まっている。妖術の効果の有無だ。
今まで築いてきた、『絶対無条件のチート能力』によらない信頼と関係があるかどうかがそれを分かつ。


孫策公孫賛劉備関羽馬超馬岱。彼女たちは「駒」だ。
その自由意志をも奪い取られた敗者であり、自分がどのように扱ったとしても文句一つ言わない従順なる人形。
戯れに使い潰そうとも、飽きて捨てようとも、気紛れに寵愛しようとも、自由自在に自分の胸先三寸だけで決めていい存在。
だからこそ、彼は実に気軽に、彼女たち以上に優れた人材を得る為のチップとしてその命を戦場という賭場に今まで何度も送り込んできたし、今後も送り込むだろう。
そこを否定することはできない。そのことにいまさら恐れを感じるようならば、初めから細々と生きてこればよかったのだ、ということになる。
それは「彼女」のやってきたことすべてを否定することだ。
だからこそ、一刀はそこは突っ張るしかない。


それゆえに、逆説的に未だ詠のことを思うと消えずむしろ強くなるこの胸の痛みは、詠が「駒」ではなかったことに起因することになる。
かつて彼女さえも駒に更なる獲物を得ようと誓ったにもかかわらず、未だ感じるこの喪失感はそのときの誓いが……術にかけていない彼女を駒とみなしたことが間違っていたことを表しているのではないか。


矛盾した気持ちが一刀を包む。
死という形をとったにしても、最終的にはさらに強大なものを自分の懐に転がり込ませてきた詠という存在を己とは違うただの歴史の登場人物、交換しても惜しくない駒だった、と思いこみたい感情と、だがしかし太平要術の書の力によって心を縛っていなかった彼女だけは失いたくなかった、という心からの感情。
自分が間違っていなかった、と言いたいがために生み出した勝手な理屈は、当然ながら自分の間違いを認めている心の奥底とは矛盾していることにとっくに気付いていた。

だが、袁紹という賈駆に比べればあまりにも大きな勢力を得た後にも何処か悔やむ気持ちは消えなかったことで結局は結論が出た。
ああ、やはり詠という術の掛かっていない存在は引き換えても惜しくない駒ではなかった。
きちんと自分の意識を持ち、言葉を交わしたれっきとした人であった。
それを失ったことは、間違っていたのだ!


「矢の一本でもお前に防げんのかよ! 十人が掛かってきてもそいつら倒せるのかよ? 山狩り受けながら敗走するのに耐えれるか!?」
「一刀さん……」


袁紹、というこの外史では二人目の「駒」ではない存在を手に入れたことでその思いは日々弱くなるどころかますます強まった。
だからこそ。
だからこそ!
同じ轍を踏むわけにはいかないという気持ちは非常に強固なものだ。

再び「駒」ではない存在である袁紹たちを失うことなんて、一刀には耐えられなかった。


「俺らは王だ。死ねと命じるのが仕事で、実際に戦うのは俺らの役目じゃねえ! わかったらいつも通り馬鹿笑いしてここに座ってろ」


縛り付けてでも彼女をここに留めよう、とする一刀の声はさらに大きくなる。
いかせたくなかった。
たとえ自身の保有する兵力に絶大の自信があろうとも、この戦力差であれば呂布も曹操も恐ろしくない、と分かっていても、そんなことなど戦場では何の説得力も持たない。
なぜなら、あの時だって自分は……勝利を、あの後いつも通りの日常が続くことを確信していたのだから。

肥大した自尊心と歪んだ英雄願望によって爆ぜた自身への狂信と共にそれなりの判断能力で互いの戦力を指し測るのとはまた別に、かつてのトラウマから来る完全なる感情によるかんしゃくのような判断は、一刀に対して常に最悪の事態を囁き続けていたのだ。

だからこそ一刀は、全身全霊を使って、なんとしてでも麗羽を戦場にいかせまい、と声を張り上げ、息を荒げる。
それは常の彼とは違う、あまりにも必死な姿だった。
いつも空気を読まない文醜でさえ、その姿の前に言葉を失っていた。

それだけの思い、麗羽達の身を案じる一刀の想いを感じては、流石の麗羽も自分の意思を無理やり通そうとするいつもの高笑いを収める。
お馬鹿な彼女であっても、一刀から向けられたその感情がよくあるおべんちゃらや自分の身分を気遣っての言葉ではないことぐらいわかったのだ。
完全に一途に思い続ける女に対して向けるものとは微妙に違うかもしれないが、それでもそこには愛情が存在している。
それが彼女の美貌に端を発した色恋から来るものなのか、互いに過ごした時間がはぐくんだ友情なのか、寝食を共にした家族愛なのか、それとも同じく無能な君主という同族意識から来るものなのか、そこまでの区別がはっきりとできるようなものではなかったにせよ、一刀が寄せてくれたものが猪々子や斗詩が己を慮ってくれるものに勝らずも劣らぬものだ、ということは麗羽であっても十分に理解していた。

だが。


「違いますわ……」
「何?」
「わたくしが猪々子と斗詩に命ずるのも、洛陽の民すべてに愛されているのも、皇帝陛下からの信任が厚いのも、すべて、袁家歴々の当主の活躍の賜物」


彼女のその唇から放たれた言葉は、その気使いに感じ入って己が身を引くものではなかった。
一刀の顔の血の気が完全に引いていく。


「それを己の命惜しさに引き篭もるなんて……ありえませんわ!」


己が活躍を夢見てわがままを言うものではない、その高貴なる身分を自覚するがゆえのノブレスオブリージュにも似た君主としての言葉は、仮にも彼女が袁紹と言う名を持つに相応しいだけの人物である、ということを証明しているようなものであり、馬鹿なだけではないと喜ばしく思うべきだった。
それが自軍の優位を承知しているからであり、絶対的に勝利できる客観的な自信があるから出せた、自分の命の危険の可能性がほとんどないことを承知だからこそ言えた単なる格好のいい言葉であるかもしれないが、それでもその麗羽の言葉は袁家の当主として相応しいものであった。


「あ~、ゴメン、アニキ。あたいも今回ばかりは麗羽様に同意見だ。ここで逃げたらあたいたちはあたいたちでなくなっちまう」
「戦略的には一刀さんのいってることも十分正しいとは思うんですけど……大丈夫ですよ、麗羽様は私が守りますから!」


その彼女の立つ姿を嬉しそうに見て、文醜・顔良もその言葉に同調する。
彼女たちにしてみても、緒戦で負けたまま何一ついいところなく待ち続ける、というのはあまり好ましいものではなかった。
それゆえに、主君の後押しはうれしいことであり、一刀の気遣いは心苦しいものだった。
一刀の気遣いを受けて照れくさそうに、申し訳なさそうな顔こそみせるものの、その言葉は完全に彼の心を裏切っていた。



一刀は愕然とする。
今までのようなじゃれあいではなく、本気でいった言葉が通じなかったからだ。
麗羽の常識はずれな普段の言動を知っている彼をして、それは愕然とするしかない結果だった。
自分が考えに考えて、最上であろうという結論を告げたにもかかわらず、相手の感情ではなく理性によってそれを否定された。

かつての世界ではむしろ当たり前だったことだが、この世界に来てから数えるならば、一刀はそれを始めて味わった。
相手も悪かったが、それ以上に一刀も悪かった。
異なる意見には術を施し、あるいは武力で下してきた彼は、だからこそ対等の立場のものを説得する、という技術をこちらに来てから錆び付かせることしかしなかったことに、ようやく気付いたのである。


「ば、馬鹿か!? なんで、なんで……」
「あなたの気持ちは嬉しいですけれど、わたくしはあくまでわたくし、名門袁家の当主、袁本初なのですわ、おーほっほっほ!」


一番大切なときに、一番大切なものが足りない。
まるで四肢から地が抜けていくような脱力感に見舞われて、一刀は思わず座り込んだ。
円卓の向かいで立ち上がり高笑いを上げる袁紹とは対照的に、その姿は河東という一個人が手の中に収めるにはあまりに広大な土地の支配者とは思えぬほど弱弱しいものだった。


「れ、麗羽様……その、もうすこしなんていうか。一刀さんだって、私達の身を案じてのことなんですから」
「あたいもちょっとそれはないんじゃないかな~、って」


麗羽たちの言葉も、耳をただただ素通りしていく。
同じ事が起こるとは限らない、という至極当たり前な論理は、しかしシチュエーションの同一性によって塗りつぶされる。
詠の死を迎えるまで今まで何一つ苦難を感じずに道程を歩んできた、歩んできてしまった一刀は、だからこそその後始めて感じたつまずきを忘れることなんて出来なかった。
大きく刻んだ心の傷に、無理やり新しい存在を埋め込んで補完していた歪な精神構造は、それが故にかつてと同じ可能性を大きく忌避し続ける。


なんとしてでも止めたい。是が非でも止めたい。
麗羽の命が失われるなど、許されることではない。猪々子の姿が見えなくなることなど、あってはならないことだ。斗詩の声が聞こえなくなるなど、おかしなことだ。

だが、言葉では止められない。
ここで選択肢を間違ってしまえばまたも悲劇的なエンディングが待っていることは分かりきっているのに、今出来ることのどれをやったとしてもその方向は変えられずにがんがんとイベントは進んでいってしまう。

すでにずっと前に分岐は終わり、間違ってしまったのか? 
もはや回避不能なまでに何処かずっと前にフラグを立て間違ってしまったのか?
ここで出来ることはもはや諦めるだけで、ここで出来ることはセーブしなかった己を呪って諦めるだけしかないのか?

絶望が彼を襲う。
死なせたくなかった。
たとえ何を犠牲にしてでも、彼女と過ごすときをここで終わらせたくなかった。
だが、すべてが無為に終わってしまう無力感が彼を襲った。


そして、一刀のトラウマのことまではそこまで深く知らなかった麗羽たちはそれに気付けない。
ただ単に、天から来た人間だから少々心配性なんだな、程度であり、そこまで一刀が心配する方が間違っている、と思っている。
当たり前だ、彼女たちにとって見れば、今回の戦いは別にいつもの戦いとの違いを見出せない程度のものだ。
文醜・顔良は今まで何度も戦場で戦い、凡俗どもを叩き潰してきたことがあったし、それを指揮する麗羽にしたところでその無能により兵を無駄に散らしたことはあれども、その膨大な人海戦術によってその失敗を致命的なものにしないでやってきていた。
実際にこの才がすべての外史において自分よりも才がある人間と闘ったことこそなかったがためにその認識には甘いところもあったが、それでもいつも通りの覚悟をしたうえで挑もうとしていた。

だからこそ、多少の罪悪感はあれどもいつも通りの反応を返すことに不思議はなかった。


「何を言っていますの、二人とも? 一刀さんも私の隣に立っているんですから、そのぐらいの余裕と剛毅さを持って欲しいものですわね。まあ、今回は許しますけど次回からはきちんとこの名門袁家に並び立つ『天の御使い』を諸人に見せ付けるんですわよ」


だからだろう。すでに言葉を尽くしてしまったこの場で彼に出来ることはもはや何もなかった。
















いや、本当にそうか?
忘れているだけで一つだけ、残っていないか?
言葉以外ほとんど何一つ持たずにこの外史に訪れた北郷一刀が、言葉を失ったときに最後に頼るものが。
彼がすべてを得て、すべてを失った元凶となるべきものが。

かつては、それが通じなかった。
条件が整わなかったからだ。
捕らえて、勝利宣言をして、這い蹲らせて……それでもだめだった。
麗羽の特異性が故に、そんな圧倒的な状況さえも条件を整えさせる役に立たず、結果として条件の不備によりそれはならなかった。


だが、今はどうだ?


うつろな瞳で一刀は袁紹を見つめる。
何もしなければもはや失われてしまう少女だ。
あまりにも美しい、眩しい「彼の女」だ。
彼の中ではそれらのことはもはや確定事項だった。


だが、その彼女も完全に出会った時のままであるということではない。
共に重ねた時間は確かに一刀に唯一無二だった少女の代替品として思わせ、そしてやがてはそれ以上に麗羽を求めさせることになったが、それと同時に麗羽だって一日を重ねるごとに一刀を猪々子や斗詩と変わらぬほどに大事に思ってきた。
これから共に同じ位置で同じ道を歩んでいっても悪くはない、好ましい、と思うほどに。
あの傲岸不遜で傍若無人な麗羽が、己と「対等以上」と一刀のことを思うほどに。


それこそが、かつて一刀の持つ、彼の信じる絶対無敵の力を阻んだ条件がクリアーされる、最後のトリガーだった。

このまま放って置けば、失われてしまうならば。
何も出来ないまま、また戦場に向かう彼女の後姿を眺めるだけならば。
自分も戦場に言って彼女と共に散るようなことを出来るだけの勇気がないのならば。

たとえその自由に大空を舞う勇姿が二度と見れないとしても、大地に落ちて無残に汚れるさまを見るくらいならば、その翼を折って篭の中に閉じ込めてしまおう。
そのものから自由を手折ってしまうことはその本質をすべて変革させてしまうものであり、変わってしまったかつてとは全く違うものを手中に収めたところで、かつての勇姿を思い出すための役程度にしかたたなくなるとしても、このまま失わせてしまうぐらいであれば自分の掌中へと納めておこう。
遺品も、遺言も、遺体も、すべて得る事が出来なくなってかつての思い出さえも時の経過と共に徐々に失われていってしまうのであれば……せめて、その写し身だけは離さないようにしよう。


「麗羽……」
「どうかなさいましたの、一刀さん?」


ようやくこちらの様子がおかしいことに気付いたのか、こちらに向かって翠の瞳を丸くして見つめる彼女に対して、一刀はかつてと同じ言葉を投げかけた。
そのすべてを終わらせる、絶望の呪文を。


「『俺に従え』」


彼に宿る妖しの力は、今度はたがわずその力を発揮した。













砂上の楼閣にて、一人男が声を上げ続けていた。
悲鳴のような、罵声のような、歓喜のような、ありとあらゆる感情の入り混じった声だった。
物音一つない玉座の間にて、ただ、それだけが響き渡る。


「ああああああああああああああああああああ!!」


声を上げるのは一人。
この広い広い河東において、たった一人。
周囲を囲む幾人もの他の者はただ無言で彼を見つめるのみ。
命ぜられれば果たす、言われれば従う……だが、誰一人彼を止めない、諌めない、咎めない。
もはやそこには思いを分かち合う相手も、喜びを共にする者もいない。
裸の王様に怯える百万の庶民の、敗者の、凡俗の集った場所。

それが外史の異物、『天の御使い』北郷一刀がこの地において築き上げた城だった。



  49話へ

Comment

No title

>>孫策公孫賛劉備関羽馬超馬岱公孫賛。彼女たちは「駒」だ。
公孫賛…

No title

あうあうあう……

No title

やっぱり詠は居なくなってなおヒロインだな
袁紹じゃギャグにしかならないもんな
でも今回の袁紹はちょっとだけカッコよかった

No title

そろそろ風の出番が来ないかな?
唯一人形でないのだし。

No title

妖術は解くこともできるのに
「「ああああああああああああああああああああ!!」」
はないだろ、掛けたら二度と解けないとかならともかく

あと何時の間に孫権死んでんだ
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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