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ドラゴンに首ったけ 番外6

おまけ劇場その6 『牢獄で朝食を』











とりあえず、最初はそんなつもりなんかじゃなかったんだ。
ただ、竜に対する怒りと民を守らなきゃ、って言う単純な愛国心。それに、もし討伐に成功すれば、しがない貴族の三男坊の僕にもきっと何かの機会が回ってくるんじゃないか、って言うよくあるような名誉欲だけを抱いて、あの竜の巣に挑んでいたんだ。
でも、そのうち…………本当に、彼女が好きになっていたんだ。









「そ、そんな………」
「ごめん。困らせるつもりは……いや、やっぱりあったのかな」
「っ! 失礼します」


竜の巣、牢屋にて。
一人の少女が、走って廊下を駆けていった。
そして、それを見つめるのは、牢屋の中に入っている、少年といっても良いであろう年頃の男、つまりは愚かにもこの竜の巣に名誉と財宝を求めて挑んでき、返り討ちにあった侵入者だった。


「あちゃ…………早まったかな?」


だが、つかまっているにもかかわらず、男の顔には悲壮感などカケラもない。何せこれが、累計八回目の牢屋生活なのだから。もう、隙間風の寒さもちょっと匂うカビ臭さも、どこからともなく聞こえてくる魔物のうなり声にもなれたものだった。おいてある毛布をとっととかぶって壁に寄りかかりながらトレーを自分の近くに引き寄せる。
そのまま、牢屋につかまっていることに対してはなんらの感慨も見せずに気楽に、しかし先ほど彼女に逃げられたことに対しては若干の悲しみを表情に乗せて、彼は彼女―――この巣に働くメイド魔族、メイド18号が持ってきた捕虜用の食事に掛けられていた布巾を取り払った。


「お、今日は、パン粥かな?」


八度目とも成ると慣れたものだ。始めのうちは何せ侵入者に振舞われる飯だ、毒でも入ってるんじゃないかと警戒していてなかなか口に入れられなかったここでの食事だったが、彼女ら竜や魔族も基本的に人と同じようなものを食べるらしく、ここで出てくるものは貴族の一員である彼からしてもどれもそこそこの味だった。
そのためある種楽しみにしていた彼は、躊躇なく深めの器に入った粥を木匙ですくって口に入れる。流石に居住環境としていいとはいえない牢屋の中で冷え切っていた体にとって、その暖かく甘い粥は何よりものご馳走だった。


「うん、美味い。よし、これ食べ終えたらあの連隊長さんとの交渉、がんばりますかっ!」


粥から立ち上る湯気で曇った眼鏡を拭った彼の名前はレイナール。トリステイン貴族の一員で……今はメイド18号に恋する、ただの男の子だ。






トリステイン王国は、現在竜による襲撃を受けている。
定期的に町々が襲われ、略奪を受けている。その行為に多くの者は恐怖し、怯えている。

が、にもかかわらず、今日はじめて竜の巣に挑むトリステインの貴族の一人であるトリステイン魔法学園の学生が一人、レイナールはそれほど竜に脅威を感じていなかった。

なんといっても、ここ数ヶ月、人的被害がでたとの話を全く聞かないからだ。
町が襲われているとはいえ、基本的にブラッドたちの目的は金銭及びそれを提出させるための万が一でも襲われれば大変だ、とわかりやすい危機感を与えることなので、好き好んで人間を殺すことはなく、襲撃する前に「今から襲いますよ~」的な連絡をしているため、逃げるだけなら何とかなるのだ。この世界は錬金という万能の魔法によって結構あっさり家などは建つし。
結果、領地の経営にかかわっている父や兄達ならばさておき、学園に篭ってごくごく普通の学生生活を行っている彼にとって、いくら実家もブラッドから金銭の略奪を受けているとはいえ、死者が出たといううわさを聞かず、現実に数字に直面していない以上、姿を見ることもない竜の脅威などというものは現実感を持って襲い掛かってくるものではなかった。
レイナールに襲ってきた竜の影響というと、あえて言うなら、持ち運びできる財産として貴金属の需要が高まり、値が上がったとクラスメートの土のメイジが呟いていた程度であろうか。

とはいえ、それと彼の信ずる正義とはまったくの別物だ。


「なんか、竜が来ているって言うのに随分平和なものだよ」


洞窟前にて、背負ってきた荷物をどしっと地面に下ろして周囲を見渡して、そう呟く。
どう見ても、ここはお宝の手に入るダンジョンであって、悪の大魔王を倒すための悲壮感なんて見当たらないな、と自分と同じような格好をしたものの姿を多数見て苦笑する。
そこは、随分賑わっていた。商魂たくましい行商人達が携帯食料などを売っている露店があったり、簡易なテントのような休憩所が出来ていたりとちょっとした位置のようになっていて、そこを例外なく大きな荷物を背負った老若男女様々な人間の姿があった。
これらの人間が皆、竜の討伐を目的としているのだ、と思えばやはりトリステイン国民の愛国心というものは素晴らしいものだと思うと共に、竜に対して怒りを感じているものがこれほどにもいるのだと改めて肌で感じる。

宮中に仕える叔父からいかにあの竜がこの国に損害を与えているのか、父や兄達からいかに領民が苦しんでいるのか、ということを聞いた以上は好感情をもつはずもなく、それどころか少年らしい義侠心を持って、レイナールは今ここ、竜の巣へと向かっていた。貧乏貴族の三男である彼を止めようとするものは親族内でもそう多くなく、むしろ巣に入って何か手柄を立ててくることを奨励されたほどだった。


この時期はまだ、竜の巣討伐部隊が「トリステインの銅」などといった称号と国のバックアップを受けて竜を倒そうとした、巣の攻略が最盛期を迎えたころのように確固たる攻略のためのマニュアルが出来ていた時代ではなかった。むしろ、レイナールのようなものが幾度となく巣にもぐり続けることによって効率のいい竜の巣の潜り方を手探りで探し続けていた時期だった。
そのため、いまだたいした情報の共有が出来ていない現在において、かつてのキュルケ同様レイナールも一人で巣に挑みに来ていた。


「なるほどね……魔法の効かない魔物に杖を狙ってくる魔物か。たしかにやっかいだね、これは」


とはいえ、彼は慎重な少年だった。
情報こそがすべてを握ると知っていた彼は、時にはその魔法を持って他者を助け、時には自身の持つ僅かばかりの金銭を惜しげもなく使い、時には貴族の権威をひけらかすことで今までに竜の巣に挑んできていた人間から情報を集めた上で、竜の巣にゆっくりと入っていった。


「まあ、剣技には自身があるんだ。念のためレイピアも持っていくことにしようか」


杖だけではなく、嗜みとして覚えている剣技は、王宮の近衛警護隊のような魔法と体術を高度に組み合わせたものではないが、それでもこの年齢にしてはそこそこのものである。

生真面目にも情報を集めた上で、ドットメイジとはいえそれなりに自身の力に実力があるゆえに、竜を倒すのではなく様子見する程度であれば一人で大丈夫だ、と思ってしまうほどには、彼の心は「少年」をしていたが。





「ありがとーございましたー」
「とりあえず……最初の目的は手に入ったね」


装備者に緊急脱出の効果をもたらす、イヤリング型のマジックアイテム、飛翔の耳飾を手に入れたレイナールはそれをかちゃり、と手の内で転がしながら呟いた。命の危険に際して強制的にこの場を離れさせるという驚異的な魔法が掛かっているらしいこれさえあれば、生存確率は飛躍的に上昇する。結構なお値段がしたそれと共に今まで進んできた道を軽くマッピングしてある地図を見て、引き返そうかと悩む。


「一旦は戻ったほうがいいのかなぁ」


ここ、竜の巣はどういった仕組みかは不明だが、不定期に内部構造が変形すると聞いている。だが、大雑把に言って三層、十個のエリアに分かれていることは変化しないらしい。
現在地はその第一層目だ。ここまで通ってきた際に見つかったのは、あからさまに怪しい宝箱だけだった。噂に聞くここを守る魔物の「ま」の字すら見ていない。
学園にこもっていながら敵と戦うこともないのにひたすら戦う術ばかり学んできていたレイナールにとって、絶対的悪であり殺してもいい魔物という存在にはちょっと期待していた。魔物なら手加減なしで戦って殺してしまっても誰も文句は言わないからだ……それが自分が殺されても文句をいえないのと同義であるとは、その当時のレイナールは考えもしなかったのだ。にもかかわらず、それより先に今日絶対に達成すべき、と定めていた目的の方が先にかなってしまったことで、少々戸惑う。


「でも、これだけで帰るって言うのはちょっと格好がつかないし……」


十中八九爆発すると聞いていたためにその宝箱を開けずに来た彼からしてみれば、せっかく覚悟を決めて竜の巣に入ったというのにほとんど歩いて店まで来ただけだ。目的は達成できたとはいえ、このまま帰るのはあまりに間抜けではないか?
だが、飛翔の耳飾は一度外で自分の拠点となる場所を登録しないと効果を発揮しないと聞いている。

余力が有り余っている状況で一旦帰るか、それとも今後のためにもうちょっと進んでせめて魔物との戦闘を体験だけはしておくか。
悩みに悩んだレイナールだったが、その慎重な性格を持ってしても結局は少年らしい冒険心が勝利した。先に進むことにしたのだ。


かくして、レイナールは第一回目の竜の巣への襲撃にして、ごくごくあっさりつかまることとなった。
そしてそれが、自身の一生を縛る少女と出会った、運命の分岐点だった。






「…………はぁ」
「……で、あそこで黄昏ているお嬢さんは、何を辛気臭い顔してるのよ」
「あれじゃない? 1157の牢に入っている男の」
「ああ、あの18号に言い寄ってるって噂の」


窓際にひじを掛けて愁いを帯びたため息製造機と化している18号に周りのメイドからはいろんな声がとぶが、当人は全くそれに考慮しないほど自分の世界に入り込んでいる。それを見て、回りはきゃいきゃいと黄色い声を上げる。
それでも18号は現実世界に返ってこない。

思い描くのは、優男のような要望でありながらも、どこか芯のあたりの強さを感じさせる瞳の色を浮かべる少年の姿。


出会いは、単なる仕事だった。
どういったわけか重傷を負って囚われることとなった彼を、牢屋番担当としてごくごく簡単に癒しただけ。のちに巣にはじめて潜ることとなって興奮していた、と当人から聞くことになったが、興味もなかった。

そもそも、自分は魔族だ。
かつてのように人を誑かしてその身と心を貪る、などという習慣は長い歴史の中とうに薄れて消えているが、人とは根本的に違う存在なのだ。寿命や力という巨大な違いはあれど、魔族と比べるなら人よりもまだ竜のほうがそのあり方が近い。
複数の、自身と同等近くの多数の種族と共存して暮らしている魔界とは違い、人界においては種族間の違いというものは超えられないほど大きなものなのだから。このハルケギニア世界におけるエルフが驚異として語られている現実一つを取ってみても、それは証明できる。
そのため、その事実を知っている以上は「人」という存在は竜以上に魔族の恋愛対象としてふさわしくないものだった。
それゆえ、彼をそんな目で見たことなど一度たりともなかった。




だが、彼にとっては違ったようだ。
一度目は偶然、二度目はたまたまということもあるだろうが、三度重なれば必然というものであろう。十分な財宝を手にしたはずの彼が再び自らの前に現れたことで、ようやく18号は彼の気持ちを理解した。

相手のほうも、それに気付いたのだろう。アプローチが急に露骨になってきた。
これまでそれほどまで情熱的に言い寄られた経験のなかった彼女にとって、それは確かに心揺れる瞬間だったのだ。


「…………はぁ」
「……相当重症みたいね」
「連隊長にばれたら怒られるよ~?」


そしてそれを、同僚達も積極的には止めようとしない。

たとえ人で言うところの数世代分ぐらい生きているとはいえ、乙女は乙女。
甘いお菓子とお茶のお供には、恋歌が一番なのだ。
たとえそれがどちらにとっても叶わぬ恋だとわかっていても。








「はぁ……またあなたですか。まったく持って懲りてませんね」
「まあね。おかげさまでまだ通えてますよ」


あきれた顔で執事服を着た赤髪の魔族、クーはその目の前にの牢に座り込む少年といってもいい年頃の男に言葉を投げかけた。時には脅し、時にはなだめ、時には無感情に、侵入者を殺し、嬲り、開放する彼女のことを、大概のこの巣への侵入者は恐れた。
何といっても、クーに出会うときはすなわち己が捕まったときだけ、という状況ではその線の細い美貌も人を誑かす悪魔は美しい、という俗説の信憑性を増す以外の意味を持たない。

だが、その今では多くの侵入者たちからブラッド本人よりも恐れられ、時には『胸のない悪魔』とまで呼ばれているここの巣の主に次ぐ実力者であるその彼女に対して、れっきとした捕まった侵入者であるレイナールはなんら緊張を見せずに軽く応対した。


何故か?
何故一般の侵入者達にとっては恐怖の対象でしかないはずの彼女を前にして、香も余裕ぶっていられるのか?

その理由の一つは、単純な慣れだ。


「ここまで足しげく通ってきた挙句、アッサリつかまる侵入者なんて、あなたが初めてですよ」
「確かに自分でも何回つかまったのか、そろそろ忘れてきたね」


レイナール、今回でこの牢屋に入るのが実に八回目である。
その言葉を聴いてクーの助手として隣についていたテファが目を丸くする。
彼女が知る限り、ここ数年でもそんな数字は新記録だからだ。

何せ八回目。
飛翔の耳飾という逃亡用アイテムが普及している現在において、この回数は「何度も竜に挑む勇敢な冒険者」というのとは別の意味で驚異的である。
装備を捨てて逃げればいいのに……少なくとも彼以外の侵入者達はそうしている。
ここまで捕まってもなお挑んでくるものなど、あのチート使いの閃光ぐらいしかいないと聞けば彼の捕獲回数の驚異がわかるであろうか。

ここまでつかまってしまったのならば、普通はその前に割に合わないと思って挑むのをやめるか、その前に破産する。
装備を失うのは確かに痛いが、それでも身代金を支払うことを考えれば安い出費だ……例えそれが、惰性で続いているブラッドの夜の生活練習用に遣われることのない男用の要求額だったとしても。
そもそも、つかまった時点で装備品取り上げられるし。

クーの要求額は、身分を考えて当人が支払えそうな額の相場に当てはめるという名で結構彼女の気分で要求されているのではあるのだが、彼に貧乏貴族子弟用の要求額が当てはめられているとはいえそれも八回も積み重なったならば軽く王都に家が建つ。


普通に考えれば貧乏貴族の息子であるレイナールの資金が持つはずはないのだが……


「あなたを宝物庫に通したのはこんなことさせるつもりでやったんじゃないんですけど」


以上、勘のいい方への状況説明はこのクーの一言でご理解いただけることであろう。
とはいえ、「おいおい、こんな学生ごときに防衛陣突破されちゃったのかよ」という早とちりを防ぐ為に、疑問をもたれた方はこのハルケギニア世界の巣におけるとある事実を思い出していただきたい。

以前ブラッドとクーが、巣に「そこそこ強いけどそれなりにお金も持っている」侵入者を呼ぶために客寄せを考えていた際、いろいろな案が出た。

宝箱を設置したり、店を置いてみたり、といったものがその一例であるが、そのほかにも実行には移していないものの「とりあえず竜の巣には唸るほど財宝が眠っている」という噂によって人を呼び込もうとしたものもあったのだ。
そしてその噂を流す際には信憑性を高める為に、数人程度を「わざと」宝物庫へと誘導し、その手痛い出費と引き換えに爆発的に欲に目のくらんだ小金持ちを呼び込もうとしたことも。
で、その一種の「ドラゴニアン・ドリーム(アメリカなる国はこの世界にはない)」はごくごく少数の運のいい冒険者達に与えられ、彼らは一個人が持ち帰れる程度とはいえ、ブラッドが国々より強請り取った数々の財宝を持ち帰ることが許された。

心を癒す秘薬に魔法により切れ味が格段に上がっている剣、制限付きとはいえ爆炎を巻き起こす護符など、本当に危険なもの、値段がつけられないほど高価なもの(例えば……竜殺しの剣)はさらに奥なる間に隠されていたとはいえそれでもそうそう手に入らない高価な品々はたまたまクーの目に留まった数人を狂喜乱舞させた代物であった。


運良くキャンペーン期間中に巣に入ってきたレイナールは、なんと二回目の侵入時に一度巣の宝物庫にたどり着いているのだ。
そこまで間接的に案内したクーとしてはそれを外でおおっぴらに浪費して「巣に入る=儲かる」という宣伝をしてきて欲しいところなのだが…………


「残念ながら、そっちの都合に合わせる義理はないです」
「……身代金、倍にしますよ?」
「すいません、勘弁してください」


この少年はせっかく竜の巣から持ち帰り得た莫大なる財産を、すべて竜の巣から帰るための身代金へと費やしているのだ。宣伝のためにわざわざ宝物庫までたどり着かせたクーとしては当てが外れた形だ。
とはいえ、この少年は侵入者にもかかわらず、侵攻してくるとき魔物を殺さないし、罠を破壊することもないのでクーは彼にそこまで悪感情を抱いているわけではない。
もっとも、好感を持っているわけでもなかったが。


「……はあ、やれやれ。とりあえず、今回の額はこんなものですね」
「いつも通り、届けさせますよ」


容姿に優れた女性であれば、竜の巣に入ってきた侵入者であり、たとえ身代金が払えなくても殺されることはない。ただ、ひたすらに、暴力的に犯されるだけだ。
ただ、容姿の良くない女性、あるいは男性だった場合は、一定期間の間に身代金が払えなければ、命の保障はない。

そのため今回も結構な額の身代金を提示されてもレイナールは素直に応じた……再びこの竜の巣に挑むために。竜の巣に入り、ある程度のところで捕まり、一定期間巣の牢で過ごした後に、クーと身代金交渉が行われる。
ここまでは、いつも通りのやり取りだった。

だが、今回はそこでは終わらず、クーが僅かにぽつりと呟いた。


「……たった僅かな逢瀬のため、よくもまあこんなことが出来ますね」
「それしかできないからね。だったら、後悔なんてしないさ」


レイナールが何故このような行為を繰り返しているのか、部下からの報告で知っているクーが言ったその言葉を、レイナールは苦笑しながらも真っ向から返した。

竜の巣から持ち帰った膨大な財産。これさえあれば実家の中で相当な地位を築くことも、下手すれば自ら家を開くことすらできるはずであるその金銭。ブラッドのものほどではないにせよ、それを使えば彼の年頃の者であれば大概の人界での欲望はかなえられるであろうにもかかわらず……思ってしまったのだ。
あの子を振り向かせたい、と。



なぜかは判らない。だが、彼女に会うたびに心の一部がえらく騒ぐのだ。
造作自体は貴族社会に生きてきたレイナールにとってそれほど特別な美形というわけではなかった。それどころか、彼女とそっくりの容姿をしたものがこの巣には何人もいるようにすら見えるのだ。
にもかかわらず、レイナールにとっては、彼女は誰よりも美しく、儚かった。儚さと同時に、今まさに咲き誇ろうとする大輪の花のように、その微笑むたびに僅かに綻ぶ柔らかなその花弁がすべて咲き誇ったらどれほど自分の瞳を喜ばせるのか、そんなことを考えてしまうほどに。
そして、自分よりも年上のはずの彼女が、一人でただ立っていることがひどく罪深く、か弱いような気がして、出来うることならば己自身がありとあらゆる風雪雨風その他もろもろから彼女を守る盾になりたい、という願いすら生まれるほどに、気付けば彼女の後ろを瞳で追っていたのだ。

何故、彼女が竜と一緒にいるのかはわからない。
だが、もはやレイナールの心にここに入ってきたときに誓っていた竜の打倒というものはもはや存在しなかった。あるのは、二人で何処か遠く、誰も知らないところで暮らして生きたい、という想いのみだ。

手に入れた財宝のすべてを、ありったけの想いすべてを、牢に捉えられている間の約一週間、それも彼に食事を配給したり牢の清掃のための担当となったりしたときのみ、というごく僅かな時間竜の巣で働く18号に会うためだけに費やすレイナールを、クーはなんとも言い切れない目で見つめた。



牢屋から出て廊下にて一人で歩きながらも、クーが考えるのは一人の侵入者のこと。


「やれやれ……立場的に認めるわけにはいかないんですけどね~」
「よう、どうした? 連隊長さん」
「…………あなたは悩みがなさそうで良いですね、ガンジェット」


すれ違う際に声を掛けてきたものに一瞥だけをくれる。この巣に住まう魔物の一人に惚れ込んだがために、人としての生を捨てることとなった漆黒騎士である彼に一言だけ返して、そのまま歩き去るクー。
そう、人と魔族で結ばれるなんてことがいかなることなのか、あの少年は理解していないのだろう、とクーは思う。

魔界に生きるにしても、竜のような圧倒的な力を持たない弱小の魔族であれば、人間を守りきれないことがほとんどだ。
人界で生きるにしても、人とはあまりにありとあらゆることが違いすぎる魔族を、人という多種族に非常に非寛容的種族は受け入れることが出来ないだろう。

そんな種族間の悲劇なんて、腐るほど見知って来たクーにとって、レイナールの行動も、それにほだされつつある18号の心も、愚かとしかいえないものだった。だから、それを忘れるように一度だけ頭を強く振って、次の仕事に向かうことにした。



Comment

No title

まさかのドラゴンに首ったけ更新。歓喜です。
これからも期待しています。

No title

おお、ドラゴンに首ったけが更新されてるぞw
レイナール、気持ちは判らんでもないがそれでいいのかw
まぁ、ルイズらや王家らとは立ち位置が違うから仕方ないけど

No title

更新お疲れ様です。
これは魔物化するぐらいしか手はないか?
でも、英雄クラスのガンジェットならともかくそこまでして欲しい人材でもないしなぁ…

感涙

ドラゴンに首ったけが久々に!!
ちょっと内容的には短すぎるともおもいますが、ドラゴンに首ったけのクーが久々に見れたので大満足です。
しかしゼロ魔×巣作りは今現在になってもこれを越えるクロスはないですね。世界観が近いというかすりあわせの妙技といいますか。ガリア編とか開始してくれないかなと思います。

No title

ガリア編は俺も読んでみたいけどそれよりもリリカルなスイートナイツを書いて欲しいな
穢土シリーズが終わったら……とか期待しています

久々に見れば2話も更新してあるとは嬉しい限り。コメディ&シリアス、基森さんの作品の中では一番好きな作品です。
しかしレイナール、好きな女性との1週間の逢瀬のためにあぶく銭を消費するとは。嫌いじゃないな、そういうの。

No title

ガリア編をガリア編を~

No title

某所で連載されていた時から楽しく読ませて頂いておりました。
ただ、ゴタゴタがあって連載されなくなり、もうこの先は読めないだろうと、とても残念に思っておりました。

その後、Arcadia様で穢土幕府を読ませて頂き、基森様の他作品があるかなとググって見たところこちらにたどり着きました。
まさかあの『ドラったけ』の作者様とは露知らず、TOPのリストを見たときに感激いたしました。

今最初から全部読み直し終わったところです。
巣ドラ世界と、ゼロ魔世界を上手く対比させて決してグダグダだけでもシリアスだけでもなくバランスが取れていて、やっぱり素晴らしい作品だったと再確認いたしました。

最後に、勝手ながら一言だ要望を言わせて頂きます。



      ☆ チン
 ☆ チン  〃 ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ヽ  __\(\・∀・)< 第二部マダー?
      \_/⊂ ⊂_)_ \______
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
   |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|  |
   | 葵屋アスパラガス  .| /


長文失礼いたしました。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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