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外史につくろう穢土幕府・39

なんかここのところ構成が上手いこといかないなあ……難しい。
前回はやたらと小物に見えるし、今回は無駄に巨悪に見えてしまう。
実際は桃香に対しては頭に血が上ってしまって冷静な判断が出来ておらず、今回に関しては少々過大評価が入っている、という表現のつもりなのですが……自分で読んでもそうなのだから、きっと人様が見るともっとそう見えるでしょう。

書きたいことは決まっているのに、頭の中身が中々画面に移って行ってくれないのがもどかしいです。
まあ、ちまちま弄ろうと思います。









程立は正直なところ、今の地位に満足しているというわけではない。

かの賈駆を失った戦いの際の責任を問われ、郭嘉と共に軍師としての資質に疑問を問われての降格となり、そのあとの戦でもその評判を挽回することが出来ずに終わってしまった。
自ら進んで指揮を取り始めた『天の御使い』の用兵術は、敗戦に継ぐ敗戦と正直理解できないものであったが、策によるものか偶然によるものか、乾坤一擲の『関羽・劉備・馬超捕獲の計』を終えてみれば完全勝利といってもいい結果となった。
被害こそ出たものの、それでも程立たちが考えていたどの想定をも北郷一刀は上回って見せたのだ。
だからこそ、勝利したことに対する喜びはあれど、降格の撤回を得られるような機会が巡ってこなかったこと、そして自分の能力が評価されなかったことに不満を持っていない、といえば嘘になってしまう。


「おや、凛ちゃん。どうしたのですか、こんな夜更けに?」
「……風、あなたを誘いに来ました。この国から逃げて、曹操様に仕えませんか?」


だからだろう。
親友とも言うべき同僚が自分と同じその境遇に耐えかねたかのように出奔を促してきたときも、それをさほどおかしいとは思わなかった。
まるで誰か見えないものに対して宣言するかのようなはっきりとした声で、凛はそうやってこの河東に住むものすべてに対する裏切りの言葉を口にした。

とはいえ、それに即座に同意するようでは今は違うとはいえ軍師を名乗る資格などあるまい。
だからこそ風はあえて、分かりきっていることではあるが、もう一度確認の為に問答を行い始めた。


「……凛ちゃん、そんなにお給料が下がったのに不満が?」
「違います! ……もう、分かっているのでしょう、風? 私は、詠様がいた頃ならばさておき今の一刀殿を主君と仰ぐことは出来ません」


そういった風の軍師としての「遊び」を察しているであろう親友は、しかしその程立の言葉に乗って自らの気持ちを言葉に乗せてきた。
ああ、やはりこういった打ったらすぐに帰ってくる感じの問答は心地よい。
お互いの気心が知れており、気の置けない友人とはいいものだ、と風は思った。

だからこそ、今後の二人の関係を変えるかもしれない相手の言葉を、いつも通り半分目を閉じ、いつでもまどろみに逃げられるように体制を整えながらも真剣に聞くことにした。
それこそが程立の自然体だと分かっているであろう郭嘉は、だからこそまるで論戦を挑むかのごとき気概でその「説得」を始めた。


「私は、例え一刀殿が幽州軍を全員なで斬りにしたとしても、そのことを即座に責めようとは思いません……それがきちんとした戦略に乗っ取ったものであるならば、それに理があると思ったのであれば決して私は頭から否定はしないでしょう。軍師の勤めとしてそういった行為の危険性に対する警告はするでしょうが」


風も凛も、一刀という異物の影響がなければ、三国の中では曹操を「選んで」仕えていた筈の人間だ。
元々流れの軍師であった彼女たちは、ちょうどそのとき非常に強力な護衛がいたこととあいまって、その気になれば孫策にでも、劉備にでも、袁紹にも仕えることが出来る立場だった。
にもかかわらず、曹操を―――そして一刀を選んだのには、当然理由がある。

それこそが、彼女たちの軍師としての立ち位置に繋がる。
彼女たちは、孔明や鳳統のように、主君に対して「義」を求めていない。
力はあっても器のない自分たちを鑑みて大器を持つ主君に仕えよう、と思うのではなく、自分たちの力さえも飲み込むまでの圧倒的なまでの力の持ち主を欲している。
無論、進んで悪党に仕えたいなどとは思ってはいないが、孔明や鳳統たちとは違い、高潔な思想や人としての魅力、優れたビジョンというものを持っている人間に仕え、その理想と現実の間の緩衝材となろうとはしていないのだ。

彼女たちが主君に対して望むこと―――それは、能力だ。
孔明とは違う形とはいえ、それでも英傑の一人としてふさわしいほど世を憂い、天下泰平を願っている彼女らは、そのための最短の方法として、強大な君主を補佐することで、一分でも、一秒でも早く天下が統一されるように願っている。
そして、その過程で出る犠牲についても、理想の為に必要最低限の犠牲は仕方が無いと考える孔明以上に、速度と引き換えに更なる犠牲が出ることもある程度割り切っている。
仮に、自分たち二人が今ここで一刀を殺し、その後自害することで即座に平和がなる、ということであるならば、一瞬たりともためらわないほどに。

だからこそ、ある外史では曹操に―――そしてこの外史では、一刀に仕えた。


「ですが、劉備に対する扱いは、いくらなんでもひどすぎるし、無意味すぎる。ああいった行いは、あの方の感情にだけしか利をもたらさない。国主として行うべきこととは思えません」


が、その信念を持ってしても、もはや限界だった、と郭嘉は語る。
凛とて、好き好んで犠牲を許容しているわけではない。最終的な結果の為の過程として犠牲が出ることも割り切れてはいるが、それでも復讐だとかそういったことを動機として、無分別に怒りを撒き散らすような真似を好むようなことはない。
英傑たる彼女は、破壊と日々の享楽があればいい、といったような一刀軍団最下層のチンピラ連中とは明らかに精神構造が違うのだ。

その彼女にしてみれば、劉備―――桃香に対する一刀の扱いは、常軌を逸しているといってもいい。
英雄色を好むとはいうが、自分の目に入った件だけであっても、その辺の貧民ではあるまいし野外で見せ付けるかのようにだとか、革でわざわざ拘束具を作って四六時中連れ歩くなど、女として嫌悪すべき行為ばかりだ。
あまりに危険な行為を見ると即座に気絶してしまう凛の性質上、記憶にあるものだけを聞くならばそれほどでもないように聞こえるかもしれないが、噂で伝え聞く範囲であればもっと肉体的にムチを打ったりといった以上の想像するだに恐ろしいひどいことすらも劉備に対してやっているらしい。
あれはもはや、詠と彼が交わしていたというようなじゃれあいの一環としての性行為ではなく、確実に桃香に対して苦痛や屈辱を与え、その人格を傷つけることを目的としているとしか、経験の薄い凛をして思えなかった。


「詠様には申し訳ないですが、大局を見ることが出来ずにただただ感情のままに走る主に仕えたいとは思えません……あなたはどうなのですか、風」


暗愚なだけならば、統治機構の構築さえきっちりとやっていれば配下が補える。御飾りでいてくれる、というのであればある程度は我慢をするだろう。
だからこそ、詠がいてきちんと彼のフォローができていた時代であれば、凛は一刀を許容していた。
だが、暗愚でしかも暴君となれば、その臣下の扱いさえも微妙になってしまうならば、これは彼女の思想―――「力による平和」に合わない。
そんな考えのないただの暴力では、天下泰平のための原動力になるわけがないからだ。
そんなものであれば、きっといつかは足元を掬われて、失敗するに決まっている。


だから凛は、自分が見切りをつけたことを親友たる少女に告げたのだった……帰ってくる返答をある程度予想しながら。


「風は、ここに残ろうと思っています~」
「……なぜですか? あの方にあなたを使いこなせる器量があるとは思えませんが。現に、あの諸葛孔明でさえもあの方の元ではいささかその頭の冴えを鈍らせているように思えます」


自分と違う結論を出した親友に対して、凛は問い返す。
今まで、二人はそれなりに長い時を行動を共にしてきた。が、だからといって二人は同一ではない。
だから、お互いの考えがある程度読めるようになって来た今でも、言葉を交わす、という手間を省こうとは思わない。
それを受けて、いつも通りのゆっくりな口調で風は自分の考えを述べ始める。


「それでも経緯はどうであれ、お兄さんは結果を出しているからなのですよ」
「それは……」


思わず言葉に詰まる凛。
それは確かに、否定できない言葉だった。
そのことを、あえて説明するかのように風は言葉を続けた。


「いかなる手段を用いたのかはわかりませんが、敵将を降したのみならず、手中に収め、それを使いこなして更なる戦果を上げているのは紛れもない事実なはず~。上司一人生かせなかった風たちとは違って、結果だけを見るとこの戦争を使って最上級の利益を得たのは間違いなくお兄さんなのです……ならば、劉備殿一人のことなど、些細なこと、かと~」


その言は、確かに正しかった。
官軍は呂布を除いて軒並み名を落とし、幽州は壊滅して実行力を持って河東へと吸収された……おそらく、のちには宮廷にも正式に認可されるだろう。
西域連合は撤退を許されたが、それでも甚大な被害と人質を出すことを余儀なくされた。
この戦争において、戦争には強く、降将さえも厚遇し、新兵器を多数有し、寡兵で大軍を破った、と世間で噂されるようになった河東は、いまだ洛陽からの恩賞がない今でも人と金と物が集まり、急速に発展を始めている。
失った物は得たものから考えると、ごくごく僅かなものでしかない。少なくとも、数年も立たずに取り返せる程度のもの。

そして、それらすべてに詠の死の責任として降格された彼女たちは関わっていない。
みんな彼女たちが暴君とみなしている一刀が立案し、計画したものだ。
勿論、そんなことがあの一刀にすべて出来るとは思えないから、おそらく今は彼の腹心として遇されるようになっている雛里だとか公孫賛だとかが協力したのだろうが、それでもその反乱者だとか敵対者だった過去を持つ彼女らを配下にしようと決断を下したのは一刀であり、そしてその説得を成功させたのもまた、一刀だ。
彼女たちも陣営が変わって少々働きづらいのか、かつての能力から考えればいささかその力を落としているように見えるが、それでも数は偉大だ。
今回の戦争で武将・軍師クラスの人間を何人も確保できたことにより、一辺境であった河東は急速に強国としての道を駆け上がり始めた。

ここ数週間の劉備に対する乱心はさておき、少なくとも彼はこの戦争全般で見てみるのであれば、風や凛が考えていた最上のものよりも遥かに上手く、敵将を直接味方に付ける、といった尋常では考えられない手段によって結果を出している。
そう、いかなる手段を用いたとしても、いかなる犠牲を強いることとなっても、最速で、現実的で、不動の統一国家を作るために必要な、強力な力を持つ君主、という彼女らが掲げる条件に北郷一刀という男は合致している、と風は主張したのだ。


「つまり、理にかなっているのですよ、風たちに許容できない……理解できないあの行為のすべてが」
「ですが、それは単なる結果論ではないですか? 邪道が運良く上手くいっていることと、意図を持って正道をはずしていることは違う。あれではいつ一気に悪い方向へ行くかまったく分からないでしょう」


だが、それには即座に反論が飛ぶ。

確かに一刀の行為には、明確なビジョンがない、ということは風としても気がかりだった。
個々の政策などについては、雛里などによる修正を得ているためか完璧とは言わないまでも十分に練られたものであり、それによって利益が上がっているのは分かる。
だが、君主としての何か目指すもの、天下を統一して何をなしたい、という動機の部分で邪欲しかないように思える一刀の出す政策には、一貫性がない。

唯才是挙のような身分に関しては考慮しないような能力重視の政策と共に、累進税制だといった稼いでいるものほど税が重くなるといった能力の差をなくして公平を求めるような政策も出されている。
組み合わせの妙か今のところ致命的な不都合が出るようなことはないものの、それらの発想の大元となったものが、風と凛をもってしても見えてこない。
平等公平を是としているのか、弱肉強食をその基礎としているのか……自らの地位を最上級、絶対不可侵のものとしたいのは目に見えて分かるのであるが。
その一つ一つは確かに考えたこともないような先進的なものであっても、そのすべてに共通するものがないために何処かちぐはぐで、まるで知識だけを聞きかじった者が適当に並べ立てたような不自然さを感じさせる。
強力な統率力でそういったことによって生じる障害すべてを一刀が押し込めていられる今はよいが、将来も、となるとそれは気にせざるを得ない要因の一つだ。

いつの時代であっても、その行動の根本となるべき思想は大切だ。
それがあるからこそ、たとえ失敗したとしても耐えることが出来るのだ。非難されても、とどまることが出来るのだ。
すべての物からよい所を取って、平衡を崩さないように積み上げる、というのは傍目からすれば一番いいようには見えても、やはり何処か矛盾を抱えているものであり、そこを突かれればたったの一箇所であってもガラガラとすべてが崩れ落ちていくことだってありえる。
例えば、今の怒りに任せて劉備を嬲る一刀であれば、何らかの気の迷いでせっかく手に入れた関羽や張飛などを処刑する恐れがある。そうなってしまえば、またも河東は弱国へと逆戻りだ。
あるいは、もしも何らかの病などで一刀が死んだ瞬間に、どれほど天下統一へ王手をかけていたとしても国家すべてが一気に瓦解しかねない危うさがある。

うわべだけを取り繕って形を取り繕ったような一刀の立ち位置に、不安を覚えた凛の危惧は確かに間違ってはいないだろう。
復讐だとか、性欲だとかを前面に出して、天下の統一を目指してしまえば、それらの糸が途切れたときに天下泰平がまだであったとしても、そのまま投げ出しかねない。
それは凛にとって、主君として仰ぐには無視しきれないだけの大きなリスクだった。
彼女が求め思い描く「力」と比べると、致命的なまでの欠陥であり、弱点だ。


「風は、一度も転ばない可能性があるのではないかと思うのです。性格はさておき、能力は確かなのですから……あの、詠様も認めるほどに」


勿論、風もそのリスクについては気付いていた。
違ったのは、そのリスクの評価方法だ。
凛が巨大と評価したそのリスクについて、風は詠のことを考えて、それは己でカバーできる範囲であると評価した。

伝え聞くどの勢力よりも今や高名で、各種の国力増強手段にすでに着手しており、宮廷での覚えもよく、今回の戦で吸収した兵力により軍事的にも成長を続けるこの勢力は、天下に手をかけるには十分すぎるだけの基礎がある。
後は運用さえ間違わなければ、確実に天下が取れるであろうという確信を持たせたこの戦を前にして、風はそれが潰れるかもしれない危険に対し、自分が補えるのではないか、と考えたのだ。

自分たちに比べて能力が圧倒的に劣る、ということはないであろうが、いまや盲目的にあの男を信奉するようになった孔明や鳳統しか回りに置かないようでは、一度落とし穴があれば立ち上がれないほどの打撃を受けるかもしれないのは確か。そこを凛の言葉が危惧しているのも、勿論よく分かる。
だが、現在天下泰平への競争に最速で駆け抜けているこの勢力は、落とし穴に落ちなければおそらく確実に勝利を手に出来るのであれば、落ちたときの回復については考えずに、落ちないように細心の注意を払うことに全力を注ぐべきではないか…………かの、賈駆のように。


「恋心、というものが混ざっていた性で多少歪んでいた気はしますが」
「凛ちゃんの危惧ももっともだと思いますが、風はこの直感を信じたいのですよ……結果的に乱世が最も早く、最もいい結果で終わるその未来を。だから、風はもはや迷いません。全力で持ってお兄さんを助けます」


そのことについても考え付いてはいたのであろう凛は、だからこそ風の言を聞いてもはや説得しようとする態度を取りやめた。
彼女たちは親友でははあるが、同一ではない。
ともに歩むには不足のない同僚であろうと、重ねる夢が限りなく同じであろうと、その実現の為の手段まで全く寸分たがわず同じでなければならない理由というものは、ないのだ。


「私はそこまで信じることは出来ませんよ……とはいえ」
「ええ、これ以上は平行線なのですよ~」


故に、二人の言葉はここで分かれた。
互いに殺しあう悲惨な結果になろうとも、それでも求めているもののためにその覚悟を決めたのだ。
だがそれを、二人は悲しいことだとは思わなかった。

自分の才を生かすためにそれを使いこなす主君を求める、戦場にて己の名を挙げる。
そういったことは、二人にとってはあくまで過程だ。
一刀とは違い、英雄と呼ばれ歴史に名を残すに相応しいだけの高潔さを持つ彼女たちにとって、最優先とされるのは強力な君主による大陸の絶対的な平和。
己の身の安全はもとより、親友を案じる友としては当然の心さえも、その目的の為であれば一歩引かせる。
それこそが、戦場において何千、何万単位での敵兵とともに味方までも死なせて行った彼女たちに残る矜持である。

だからこそ、風は凛を見殺しにすることを肯定し、凛は自らが犠牲になることを許容した。


「……最後に聞きますが、風。ひょっとして、あの方を愛しているのですか?」
「そう行った側面が無きにしも非ずといえないこともないかもしれないといわざるを得ないような気もしないでもないです~」


もって回りすぎた、風の言葉。
だが、凛は笑わなかった。その言葉に込められていた表面上以上の意味を察したからだ。
それを聞いてもいつも通りに表情を引き締めて、一つ頭を下げてその後まっすぐに瞳を向けた後、最後の言葉を述べた。


「そうですか……風、どうか気をつけて」
「ええ、凛ちゃんも……それと、ごめんなさい」
「謝らないで下さい、風。これが私の役目、天命だったのですよ、きっと」


その謝罪の意味を知っている者は、二人だけ。
彼女たちの今の主である一刀も、凛がこれから主君と仰ぐこととなる曹操も、天井裏でひたすら二人の言葉を盗み聞いていた密偵にも、分からぬであろう言葉。

だが、二人にはそれで十分だった。
例え過程が違っても、どちらかが犠牲になろうと、重ねる夢が同じであり、そのためお互いに最善を尽くことを固く誓っているのであれば、このひょっとすると永遠となるかもしれない別れも、意味を持つ。
装信じて、二人はこうして今生の別れを終えた。

こちらに向かって最後に一礼して退室していく凛を、例え扉で見えなくなってもなお風は見つめ続けた。
意図は伝わった、伝わっているはずだ、と信じながら。


「……風は結構嫉妬深いこと、話した事なかったけどきっと知ってましたよね」
(いつかきっと、助けてみせます……いつになるかはわかりませんが)


小さく呟いたそれらの言葉は、きっと今なお耳をそばだてている何人かの一刀の『耳』には聞こえなかっただろうし、万が一聞こえていたとしてもきっと内心の声までは察知できない彼らでは、意味が理解できなかったはずだ。

未だその胸になくした少女への思いを保ち続けている男を愛せるほど、風の心は広くはない。
故に、風からしてみれば一刀は恋愛対象外だ。
それを凛がおそらく知っているであろうことを前提にすると、わざわざああいった問いを最後にしてきた凛の言葉の意味はこちらへの最後の確認だったと風は確信していた。






今の河東の急成長振りと不自然なまでの敵対していた武将たちの加入、一刀に指示された兵が真名を預けられたわけでもないのも関わらずことごとく死兵化することにそれによる戦闘力の一律の低下、異常なまでのその諜報力と忠心厚いであろう相手の間諜の取り込みによる防諜。
一部市民の奇妙なほどの支持と、反乱に対するあの男が出たときの説得の成功率。

いったいどういう手段を取っているのかは、いまだに分からない。
いったい何をすれば、そんな結果が得られるのかも、分からない。
その手法を知られることをよほど恐れているのか、病的なまでの警戒を取っている河東中枢部まで風も凛も食い込むことが出来なかった二人では、その方法はいまだに不明だ。

だが、内側にいるが故に手に入れることが出来た、それらすべての情報を総合して考えるのであれば、きっと二人は同じ結論に達した。


心を操る。
そんな邪術が「天の御使い」にはあるのだ、という結論に。



理解すればあまりにおぞましく、しかし監視の目を恐れて今の今まで話し合うことも出来なかったこの事態に、二人で取るべき対策としては、いったいどうすればよかったのか。
ゆっくりと、しかし急いで自分も部屋を出るために服装を整えながら、風は今も考えている。

裏切りともいえるその一刀の行為を、董卓の前で告発すればよかった?
愚策なり。
もはや董卓も術中に落ちていると考えるべきだ。劉備軍もおそらく丸ごと取り込まれている現状で、いったいどうやって告発、排斥まで持っていけるというのか。

その秘密を、民に向かって暴露するべきだったか?
それもまた、愚策。
町に紛れ込んでいた旧劉備軍が元の主君の扱いに耐えかねて起こした反乱さえも言葉一つであっさりと治めてみせたというあの男に対抗するには、どれほどの民を扇動せねばならないのか。
ただの一文官である程立と郭嘉に、そんな時間も力もない。

二人で、その危険性を各地の諸侯に伝えるべく走るべきだった?
かわらず、愚策。
外部からの侵入を防ぐべく、河東全域にわたり形成されている国境兵、警備兵、宮廷兵、諜報兵による幾重もの守りは、内部から逃れようとするものにも等しく壁となる。
身体能力的にはきわめて劣る程立と郭嘉が、二人になった程度で逃れられるものではない。
当然、手紙による連絡も、おそらく検閲されている以上意味がない。

これら、発覚すれば即座に自分たちも反乱を首謀したとしておそらく洗脳されるであろういくつもの策を、それでも何とか抜け道がなかったのか、と考え続けながら風は部屋を出た。
だが、その重い足取りが進む速度以上に妙案への道は見えてこない。


劉備の前でこそ感情的になっていたが、こうやって考えてみると一刀は実に狡猾な君主だった。
自分しか持たぬ心を操る術という利点を最大限に活用する為に、最大限現状手持ちの兵力を活用することを考えて運用している。
命さえも捨てさせるその術を、軍事にも、内政にも、諜報にも利用して、自分を絶対者とする体制を作り上げ、それを覆すものの存在を憎悪するかのごとき執念で防ごうとしている。
今この状態となってしまえば、自分たちのような木っ端役人が術のことを知ったとしても、何もできないであろうという自信さえ見え隠れしていた。
それを考えるに、おそらく凛の出奔は失敗する。そして、それを凛も分かっていたはずだ。
だから、風は凛と行動を共にせず、その行動を止めもしなかった。



二人が考えることは、天下万民の安寧。
そのためには、己の身は愚か、親友の身さえも惜しくない。
お互い、そう思っている。
そして、口に出す一刀への評価こそあの『耳』たちを気遣って違ったものだったが、お互いにこの状況を考えに考えた結果として、二人の方針は同じ方向で固まっていた。

逃げようとしたり、歯向かおうとしたとしても、ここ河東にいる限りはもはやすべてがあの男の支配下だ。
この状況下に入ってしまった風たちのような人間にとっては、もはや味方になるか、あるいは味方に「ならされる」か、という選択肢しか残っていないのだ。
そして、真っ当な手段によって二人が彼の身辺に寄るには、今の地位はあまりに遠すぎ、今の時期はあまりに遅すぎた。
軍師である彼女たちの隔絶した能力、というものは、戦場において極めて分かりやすい力を持つ武将たちとは違い、あまりにそれを目立たせる手段に乏しい。ましてや、自分たちには「詠を助けられなかった」というけちが常について回ってしまうのだ。
こんな地位では、この程度の信頼であれば、一山いくらの駒としていつ適当に洗脳され、適当にその身をもてあそばれ、適当に捨てられるか分からない。
たとえ操られるとしても有用に使われるならばさておき、使い潰されることは彼女たちの夢からして、決して許容できることではない。


随分遅い時間にもかかわらず、いまだに中から嬌声が聞こえる一刀の私室。
その前に立つ元は敵だった、今なお強力な武力を持つ警護兵役の武将二人に対して、風は気合の入った声をかけた。

ならば……もはや、逃れえぬというのであれば。
このまま進めば二人とも洗脳され、その能力を落としてただの駒にされてしまう―――その結果として天下統一が遅くなるというぐらいであれば。


「お兄さんに取次ぎを願えますか? 郭嘉のことで、至急の案件がありますゆえ~」


せめて一人は変わらず残り、駒となってしまったもう一人をも使って、可能な限り最速で河東による天下統一を目指すべきなのだ……例え、友を売った愚者、と良識ある人々に噂されることとなろうとも、自らは消え友にそのような汚名を着させることになろうとも。
その結果として一日でも速く平和が訪れ、一人でも多くの人々が助けられる、というのであれば厭うことなどなかった。

程立は、この河東の情報を持って逃亡を図ろうとしている郭嘉のことと共に、その行動と一刀の力を利用して『そこそこ優れた軍師』を敵軍に送りつけ、獅子身中の虫とする策を持ってこの河東の支配者に対して上奏を始める為に、唇を唾液で湿らせた。
これから、暗い瞳で笑うようになって来た淫行に耽る男の前に立ち……凛がお膳立てしてくれたように、親友さえも売るほどに忠心厚い臣下である―――例え、術のことを知っても裏切らないほどに一刀に惚れている、代用品としての―――軍師を演ずるために。


「…………どうした、風。俺の命でも奪いにきたか?」
「御戯れを~。夜分遅くに申し訳ありませんが、至急お伝えしたき議により参上したのですよ」


すべては、天下泰平のために。



 40話へ

Comment

No title

これはいい展開。
かの日輪を支える軍師ならでの発想。すばらしいです。
その、ひとを問答無用に従える術を加味しても、その狡猾さに風は感嘆するのでしょう。
詠ちゃんの代替品としての器量に問題はないです。後は一刀の未練なり恋着か。
詠ちゃんとの関係より、もっと女々しく、突き詰めた、あるいは救いがあるかもしれない関係があるかもですね。
足掻く、親友を贄にしても頑張る風を今は応援したいです。
次回も楽しみにしております。

No title

英傑だけあって覚悟が二人とも凄い

No title

ちょっと遠くから見た一刀の評価ですね。
洗脳というスキルを知らないものからすれば、
一刀は悪魔じみた戦略の天才に見えるのかな。
味方に犠牲を出しても相手を吸収しながら勢力を増やしてるんだよな。
吸血鬼っぽい。そして孔明は知らないうちに洗脳されてた。あっさりしてますね。

風、稟が左遷されてて切なくなった。。
風サイドから見ると、一刀がすごく悪く見える。
そして今度は風が詠ちゃんの代わりに。
一刀は隣に有能なサポートキャラがいないとだめなんだよな。
このSSでは軍師のなす役割は大きいような気がする。
頑張れ、風。次回からの風の活躍に期待です。
一刀とどんな関係になるんだろ。

No title

どうしても僅かながらでも一刀が幸せになるような展開を期待してしまいます…これだけ最悪な悪人なのに……風に期待です

No title

今後の風の活躍を楽しみに次回を待ってます

No title

>前回はやたらと小物に見えるし、今回は無駄に巨悪に見えてしまう。

自分もそう見えました。今回一刀は最後の一言しか喋ってないのに、すごい大物っぽさを感じるから不思議なものです。

ところで、凜じゃなくて稟だと何故誰も指摘しないんだ…

細かい事だし言わなかったが、次の回から直した方が良いと思うのだが

術にかかった誰かさんの口から風の計画がバレるパターンだよね、これ。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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