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外史につくろう穢土幕府・37

せめてこっちは投げっぱなしであっても完結させねば。


意外と前話、受け入れてくださる方が多くてほっと一安心。
まあ、お客様は妖精さんだから、気に食わないと思ったら一言も言わずに消えちゃうものだ、ということも分かってますが。
今回はどうだろうな、とドキドキしています。










もはや衛兵たちには落とす石などが残っていないのかほとんど抵抗されることなく、先ほどから何度も突かれていた城門がついに破城槌によってこじ開けられるのを見て、愛紗は感慨深げに一言、呟いた。


「ついに、ここまできたか」


無論彼女とて、高見で見物するだけではない。
城門が開くと同時に飛び込んでその手に持つ巨大武器、青龍偃月刀でなぎ払いながら呟かれたその言葉は、開いた門の先にて待ち構えていた大勢の兵たちが、どさり、と倒れることとほとんど同時に響いた。
その剛剣に耐えられるものなど、もはやここにはいなかったのだ。

ここは、河東。
あの、賈駆を有していた君主 董卓が治める一番の中枢都市だ。
そこに愛紗は、堂々と正門を破って今まさに攻め入っていた。
つい半年ほど前にはそれだけは絶対にさせまいと気炎をあげていた突入してくる騎馬隊も、あるいは彼女たち賊軍の命を執拗に狙うことで体制の安泰を求めてくる官軍に所属する暴力の権化も、もはやここにはいなかった。

それすら出来ないほどに、すでに敵は小規模になってしまっているのだ。
あれほどまでの数を誇った官軍のほとんどは激減しており、それは当初よりそれの数分の一以下の規模しか持たなかった河東軍も同じだ。
対して幽州軍―――劉備軍は、確かにその数を減じているとはいえ、今なお勢力を誇っていた。

同じ戦いを敵味方に分かれて行い、同じだけの数戦場に出たにもかかわらず、両者には明確な差が生まれていた。
力と数はあっても智を欠いている官軍は稀代の軍師、諸葛孔明によっていいように翻弄されてその力をほとんど発揮できない状態にされ、それに比べればマシとはいえやはり戦略単位の絵図面を引ける名軍師である賈駆を欠いてしまった河東軍も、やはりその能力差の前に押しつぶされてしまった。
国軍側は、場面場面では両者とも取り返すことは出来ても、一つの戦場を奪うたびに逆に二つの場面を奪われ、一つの小さな勝利の為に一つの大きな敗走を与えられた。

呂布には勝てなくても、英傑を揃え、高い志気を誇る幽州軍・西域連合軍は、連戦連勝を続け、ついに戦力差は逆転した。
宮廷での小競り合いによって張遼が洛陽に戻されたことも影響して、孔明は戦術単位では呂布に敗北を重ねながらも、一戦一戦を正確無比に計り、延々と絵図を描き続け、ようやく戦略単位での勢力図を書き換えてここ河東まで攻め入ることに成功したのだ。

西域連合と共同戦線を抱いている今となっては、ここまで削ってしまえば弱体化著しい漢王朝の官軍の数はもはや注意するに値しない。
彼女にとって危険なのは、たった一人で一軍に匹敵する化け物呂布と、よりにもよって馬術にて公孫賛と馬岱をも破った伏兵河東兵のみ。
だからこそ、もはや数は脅威とはならず、質は違えども異常なまでの速度と重量を併せ持つその両者だけを幽州一の腕前を持つ彼女は警戒してきた。

事実、その警戒は正しかった。
人数が勝ることが出来た後でもなお、自軍の強みである志気の高さでさえ敵方が上回るその状況に、関羽たちは相当の苦労を強いられた。
あるときは主たる劉備さえも危険に晒してしまい、またあるときは、義妹たる張飛の時のように大勢の兵を失うことになってしまった。


だが、それももはやかつての話とすることができる。

彼女たちが互いに協力し合い、補い合いながら戦い続けたことで、尊敬すべき強敵であった河東軍師賈駆を失ってから精彩を欠いていた河東軍相手に長い長い戦いによって少しずつ積み上げてきたことによって、ようやく今、その中核を狙いに収めることができるまで近付けたのだ。


「よいか、お前たち、絶対に包囲を崩すな! あの『無貌』が出て来た時は、即座に馬超軍へとのろしを上げよ」
「了解しました!」


そして、その日々もようやく終わる。

こうやって、河東の中枢まで攻め込んでしまえばもはや奴らお得意の騎馬隊は使えまい。
加えて、先日の戦で軍勢の大半を敗走させて戦闘力を奪ったうえで洛陽方向へとその主戦力を押し込めた上で作った、一時的な空白。もはや、この地にまともな戦力が残っていないのは明白だ。
奴らの常套手段、決死兵を使った兵の損失を無視した突撃も、もはやこの局面においては流石に志気を保てなかったのか、大多数は霧散して後は屋敷に篭る僅かな兵だけしか残っていないということも、斥候からの報告によりわかっている。

ならば後警戒すべきなのは、自分には劣る、しかし相当の力を持つあの覆面を被った奇妙な将たちだけだ。
戦争中においてもじょじょに人数を増加させ続けていたあの連中には関羽自身でさえも相当の苦労を強いられただけに、この圧倒的に有利な局面においてもなお警戒を強め、兵たちに言い聞かせる声も大きくしなければならない。
確かに今まで相手が出してきた手札から孔明が計ったところによると今の相手に残った戦力だけではこの状況をひっくり返されることはほぼないということだが、だからといってそれを一転突破に使用して首魁を逃がす可能性や、またもこちらが驚くほどの切り札を相手が隠し持っていないとまでないと言い切ってしまうのは早計というもの。
何せ、一度してやられているのだ。そんな人間が、油断などしていいものではないとは、愛紗自身も思うのだ。


かつて、自らが行いかけた失敗をまるでそのままなぞるような状況に感化されて、もはや二度と奇策などにしてやられまいとの気合を込めてさけんだその声は、配下のものにもきちんと伝わったように見えた。
だからこそ関羽は袁紹だとか呂布だとか言った余計な介入が入る前に、ついに最後まで追い詰めた河東軍へと止めを刺そうと自分自身で突入作戦を指示する場面においても、西域連合と行動を共にしている主君と軍師の身の安全を考えることなく武器を持てた。

もはや憂いはなく、油断もない。
あの賈駆が育て上げた彼女の部下たちと正々堂々の戦いをもって董卓へと降伏を迫り、決着をつけることが出来る。
状況はこちらが圧倒的有利。だが、手加減はすまい。
それが、天下泰平のためだと信ずるがために。


だからこそ、容赦も慈悲もなく、董卓に降伏の言を喋らせるまでは決して止まらぬ覚悟で、愛紗は敵の総本山へと部隊を率いて突入していった。






「ここまで静かに来れるとなると、少々不気味だな」


静まり返った、屋敷と城のちょうど中間のような建物の中を慎重に進んでいく。
規模からするとそれほど大きな領土ではない河東。その君主の館は、やはり噂にたがわず質素なものだった。
大領主であり、北東の盾として五胡にも備えなければならなかった公孫賛の城とはもちろん比べてはならないのではあろうが、歴史を感じさせる古びた屋敷は流浪を続けてきた彼女が見てきた建物の中でも品格を感じさせるもの。
室内の調度品にしても、実用性を重視してなのか最低限の威厳さえ保てればいい、といった風潮なのは、実直な武人である関羽の好感を買うのに一役買っていた。

もとより、恨みにより攻めたわけでも、その戦い方に怒りを感じていたわけでもない相手だ。
故に、この河東を己が攻めなければならないことに感じることがないではないが、それでも彼女は義姉とは違い、迷うことはない。
どこまでも高潔で、どこまでも強者であった彼女は、だからこそ散発的に出てくるこの状況でもなお館を守ろうとするような忠義に厚い警備兵をすべて一刀の元に切り捨てて、この地方の玉座へと向かっていく。

散発的な忠臣らしき兵による強襲こそあれ、未だ組織だった抵抗がないことに違和感を覚えたが、それも「さては覚悟を決めたのか」と相手は潔い最期を遂げようとしているのか、という予測になりこそすれど、それによって手を鈍らせることはなかった。


「第壱番隊、いまあちらの方に女官らしき姿を見た。確認し、非戦闘員が集まっているようであれば保護して後列へと回せ。第弐番隊は、宝物庫の確保へ。建物の構造からしてこの先だ。大挙して待ちうけられるような場所ではないはずだが、油断はするな」


とはいえ、だからこそ彼女の行っていることはあくまで降伏させ、この優秀な兵と高度な技術力を持つ河東を自陣へと組み込むための占領作業であって、殲滅戦の指揮ではない。
的確に指示を飛ばすそれは、敵味方両方ともの死者をできるだけ少なくしようとするものだった。
この機に占拠を成功させれば、戦い、命を奪い合うという望まぬ結果に終わってしまった河東領主董卓とも、君主とその配下という対等ではない関係になってしまうとはいえ、お互いに笑いあう結果を築けるかもしれない。

『平和を求める為に戦いを行う』という構造的な欠陥を抱えた思想を掲げている劉備軍は、だからこそ対話の為には完全勝利を収めなければならないが、だからといってそれは敵を皆殺しにして恐怖の上での対話を求める必要はない。
勝者の側から可能な限りの流血を避け、結果として流れる血を最小限に抑えることが出来ると信ずればこその行動である。
勿論、実働部隊であり桃香の理想の尖兵である愛紗は、いざとなれば自分が泥を被ってでも独断での董卓の処刑を、といったことも考えてはいたが、それはあくまで本当に最後の手段だ。

最終的には破れたとはいえあれほどまでのこの戦にて才を見せ付けた賈駆の主君だ。
おそらく聡明であり、ことこの状況になってはあっさりと従ってくれるのではない、とも思っていただけにそこにはまだ希望が見えた。


それは、各所に走らせていた部下たちの一団から、思いもよらぬ結果が返ってきたことによって、一層確信へと変わった。
当主である董卓が篭るこの屋敷の制圧に向かっていた愛紗とは別に、軍が使用していたと思われる施設の制圧へと向かわせていた部隊が見覚えのある姿を先頭に戻ってきたのだ。


「愛紗~~~! 会いたかったのだ~!」
「鈴々! お前、無事だったのか!」


かつての最大の後悔の一因。
かの賈駆の奇策によって打ち破られた包囲網の隙間から抜け出していった騎馬隊と、敵の援軍との挟撃にあってしまって壊滅、結果として死体さえも残らず戦場に散ったと思われていた義妹、張飛の姿がそこにはあった。
あの戦いから半年以上たっても遺体の行方さえも音沙汰がなく、半ば生死を諦めていたほどであったにもかかわらず、そこにはむしろ背が延び、肉付きも多少よくなったかのように見える少女。
その前と変わらぬ天真爛漫な笑顔は、もはや捕らえられたときに受けたであろう傷さえ見当たらぬこともあいまってどう見ても捕虜として虐待を受けていたようには見えず、むしろ一際の将として扱われていた、ということを全身で主張するかのようなそのいでたちは、先の希望を一層加速させた。

捕虜の扱いはある意味その国のあり方を象徴するようなものだ。
愛紗の視点からは見て取れぬことだが、国際法のような人権という無形のものに対する配慮など、意識の欠片も挙がっていないこんな時代だ。
敵国に捕らえられた捕虜に対する扱いは、どのようなものだって考えられた。
礼を持って自害を許されるのであればむしろマシな方で、情報を得るために拷問を受けさせられたり、強制的に過酷な苦役に付けさせられたり、あるいは奴隷として異国に売り渡されることも珍しくなかった。
仁と和をその理念としている劉備軍はそのようなこと一切していなかったが、だからといって相手にもそういった扱いを求めるのは時代から考えるとあまりにも甘いといわざるを得ない。

ましてや、張飛は幼いとはいえ女だ。
功績を上げて下げ渡された武将の妾として扱われるならばまだしも、兵士たちに輪姦され続けることさえも覚悟しなければならなかった。


「? 変なお兄ちゃんがたまに話を聞きに来たけど、それ以外は何もされなかったのだ」
「そうか……はは、よかった。よかったぞ、本当に! おい、伝令! 姉上にもお知らせしてくれ」


それが、ざっと見た感じ身代金や捕虜交換目的の為に生きていればいいと過酷な衣食住環境下で牢に繋がれていたわけですらなく、ごくごく普通の一室を与えられ、ただ軟禁されていただけとは!
董卓の考える『戦い』というもののあり方の一端に触れられたような気がして、自身も『戦乱』は憎んでも『敵』を憎むことはない愛紗は対話への可能性に希望を大きくする。
こうなると一層お互い敵として立つことになってしまったことが残念ではあるが、それだってあくまでお互いにやむをえない事情によってだとすれば、想像通りの相手ならばむしろ真名を預けあうことさえも惜しくないと愛紗は評価する。
例えこのまま自分が数と力で敵の最後の抵抗を押しつぶそうと、奇策によってまたもこの展開が逆転されようと、お互いの目指すところが近いところにあるのであれば、分かり合えるかもしれないのだ。

流石に武装までは与えられなかったらしいが、それでもそれなりの生活を与えられていたということを嬉々として話す鈴々が、その隣の部屋で丁重に保管されていたらしい丈八蛇矛をブンブンと振るってそのやる気をみせる姿を見ていると、まるで戦争が始まる前の平和な日々のすべてが元に戻ったかのような―――あるいは、桃香が目指す理想の未来が叶った一端を見るかのような―――錯覚に愛紗は陥って、思わず顔がほころんだ。


「よし、今から私たちは董卓のところへと向かうつもりなのだが……お前はどうする?」
「もちろん、鈴々もついていくのだ!」
「ふっ、やはりか。だが、無茶はしてくれるなよ」


だが、それも一瞬だった。
彼女は、曲がりなりにもここが敵地であることを延々と忘れるような武人ではない。例えどれほど自分が有利なように思えても、どれほど有力な味方が復帰したとはいっても、未だここが戦場である以上、必要なのは笑顔ではなく鉄と汗だ。
それに呼応して、自然とこちらも表情を改めた張飛がかつてのように自分の背後の隙を補うような立ち位置へと移動したことに安心を抱いてもなお、それを受けて小娘のように喜ぶことは彼女には許されない。
だからこそ、あえて厳しい言葉を掛けながらも、再び自分と共に幼い義妹もを戦場に叩き込むことを是としてそのままお互いに血にまみれ、ついには目的地までたどり着くこととなる。









ぎぃ、ときしむ扉が彼女たちの入室を知らせる。
歴戦の将たる愛紗でさえ、その音を聞いて思わず体に力が入るのは否めなかった。

が、その開けた視界に写る玉座に座る少女は、ついに自身の眼前まで敵が来た、ということを理解しているであろうにもかかわらず、動揺の欠片も見せなかった。
辺りにいるのは、僅かばかりの護衛らしき将と兵、文官らしき数名の人影。
たったそれだけの僅かばかりの傍仕えしかおらぬ現状においてもなお、その透明な空気は揺らぐことがなかった。もはや、情勢によって態度を変えるような惰弱な者はすべて、逃げ去った後なのだろう。

豪奢な薄絹をあしらった冠を被った華奢な少女。どこまでも薄い色彩の髪と肌は、ともすれば消えてしまいそうな儚げな印象を与えかねないが、しかしこちらをしっかりと見据えるその瞳からは、そんな弱さは到底窺えない。
その身に寸鉄も帯びていないであろう、まさしく劉備と同じく君主としての、守られるべき体を敵の前に晒してもなお微塵の揺らぎもないその姿が、誰よりも、何よりも雄弁に、彼女の正体を語っていた。


「(これが、董卓か……)」


かの決死兵、無貌の将、神速の騎馬隊、各種の新兵器そして軍師賈駆を自在に使いこなした河東の主。
その姿は未だ年若く小柄な、しかし大きな少女だった。

あのような奇妙な戦術を考案し、配下に死さえも徹底させ、そして使いこなすことを許すような主君とはいかなるものか、戦場を駆けた経験はあれど、宮廷に入ったことなぞついになかった愛紗は疑問に思っていたのだが、ある意味董卓の外見はその疑問を納得させるのに相応しいものだった。
浮世離れした容姿と雰囲気は、ともすれば人形じみたものとさえいえるものであり、絶体絶命の窮地に立ってもなお動揺を見せまいとするその様は、なるほど、庶民上がりではない真の貴人とはこういったものなのか、と納得させられた。
身分あるものの容姿態度としては少なくとも、公孫賛より噂に聞いていた袁紹のいでたちよりもよっぽど納得がいくものであった。


「あなたが……関羽ですか?」
「いかにも。太祖劉邦が血筋の主、劉備元徳に使える武将が一人、関羽雲長。無礼は承知なれど、戦場の習いにてこのような姿にて参上したことはお許し願いたい」


董卓は、声さえも透明だった。
そのあまりに戦場に似つかわしくない有様に、思わず気おされそうになってしまった関羽であるが、劉備軍の頭脳である孔明の考えた今回の戦いの目標である河東の取り込みを果たすために出来るだけ丁重に、しかし勝者としての傲慢さもあえて前に出して、名乗り返した。

それをうけても、董卓は僅かに頷くばかり。
すでにこの部屋に入ってきた兵の数は、五十を越える。
たとえ愛紗の名を知らぬとしても、脅威に感じずにはいられないはずの人数だが、それでもなおも玉座から降りようともしないその姿を敵ながらも天晴れ、と思い、その尊敬すべき敵手に相対するのに相応しくならん、と愛紗は常以上に気合を入れ、胸を張って堂々と降伏勧告を行った。


「すでに勝敗は決した。しかし、時世の流れゆえにあいまみえる事となったが、そもそも半ば袁紹に脅されて立ったあなた方とは、お互い長年の遺恨というものはないはず。故に、あなた方を敵として罰するよりも、共に乱世を正す為の友となってほしい、というのが我が主の願いです」


無論、関羽は武将であって雄弁な軍師ではない。
それゆえに必ずしもこういった降伏勧告だとか説得だとかいったことに向いているとはいえなかったが、孔明を遠ざけた河東軍主力と官軍、呂布対策のために主君たる桃香に着けざるを得なかった現状においては仕方がない。
そして、確かに雄弁ではない関羽であるが、しかし孔明にはない威厳というものを持ち合わせ、そしてその言葉にはいっぺんの嘘もない清廉潔白なその態度は、主力が出かけた留守宅に刀を持って押し込み、脅迫しているに相応しい状況にあってもなお、人の心を動かすだけの力があった。

劉備と同じく万民の笑って過ごせる世のためにその身命を賭することを決めている関羽は、それを知ってか知らぬか言葉を続ける。
ただ一片の邪心もなく、私欲もなく、重ねられた言葉の重みは広間へと広がっていく。

決して、未だ構えたままの剣を下げたわけではない。
決して、今なお不意を打たれるかも知れないという警戒を緩めたわけではない。

それでも、戦場に来て命を奪い合う武人の言としては桁外れなまでの誠意を持って語るその姿は、まさに劉備の目指す世への先駆けとしては相応しいものだった。

だからだろうか。
その言葉を尽くし手もはやいうべきことは言い切った、として返答を待つ姿勢になるや否や、今までの言葉に眉一つ動かそうとしなかった董卓が即座に返事をしたのは。


「一つだけ、条件があります」
「聞きましょう」
「白、向日葵……いけますか?」
「ああ」
「もっちろん。準備万端だよ」


こちらの返答に満足が行ったのか、一つ大きく頷くと、董卓は後ろに向かって声をかけた。
その呼んだ名によってある程度の見当がついていた関羽は、董卓を守るかのように立っていた二人の人影が進み出てくるのを見てやはり、と思った。

進み出たのは、二人の覆面の女。
中身はわからないが、呼んだ名からすると彼女ら無貌の長と思われる『雪』とかいう猛者ではないものの、それでも今までの戦いでもこちらを何度も苦しめてきた、それなりの能力を持つ二人のはずだ。何処か聞き覚えのある声を持つ彼女たちの剣の腕からすれば、少なくとも関羽と張飛抜きの雑兵だけならばかなうまい。
意図はわからなかったが、並みの兵とは一線を画する能力を持つその正体不明の二人の将を前にしては、僅かなりとも気を抜くわけにはいかないと周囲の兵が警戒を強めるのを合えて手で押さえて、関羽はまっすぐに董卓を見つめ続ける。

それを受けた董卓もまた、全く目線を逸らさずに続ける。
その鈴を鳴らすような声とは裏腹に、その内容は物騒極まりないものだった。


「すでに戦端は開かれており、この戦いゆえに亡くなったものは多く、この戦況ゆえに去っていったものもまた多い……ならば、武門の最後を語るのは、言葉ではなく、剣であるべき」
「…………」
「ゆえに、今の我が手勢の中より最強を持って、二度の一騎打ちを。その敗北を持って、河東は劉備殿に降りましょう」
「それは……わかりました、お受けいたしましょう」


正直言って、愛紗は意表を突かれていた。
武人ではなく貴人たる態度にて、まさに上に立つものとしての資質を持ってこちらに接してきた董卓に、よもやこれほどまでに激しい覚悟があるとは思わなかったのだ。
己自身ではなく、配下にそれを命ずるところに自身との違いを感じはしたが、表情こそ見えぬもののやる気をみせてながら眼前に立った二人を見るに、むしろこれは彼女たち武将組の希望を汲んだ申し出なのかも知れぬ、とは考えはしても、軽蔑だとか、一人だけ安全地帯に篭って、などとは思いはしなかった。

むしろ、君主としては当然の選択であると思ったし、その上でなおこちらの矜持を図るかのごとき慎重さを持っていることに、そしてある種こちらを信用して、この局面においてはほとんど抵抗さえせずにこちらを玉座まで通し、あまつさえその腕を知っているであろう義妹まで無傷で返したその豪胆さに尊敬さえ感じた。
例え開戦当時は怨んでいなかったにせよ、お互いに殺し殺されたことによって生じた遺恨すべてを、最後の一騎打ちによって水に流そうとする態度は、まさに武人たる関羽の好むところだった。


と、同時に関羽は相手が出してきた相手を見て、手を抜けぬと思った。
といっても、それは死力を尽くしてただ単に相手を倒す、ということではない。
今出てきた二人は、確かに一般兵と比べれば相当の力を持つが、それでも自分と比べればかなり劣る相手だ。いざとなれば、二対一でさえも討ち取ることが可能かもしれない、その程度の実力である。それゆえ、今一騎打ちを挑んで、二人を討ち取ることは簡単とまではいわないまでも、そこまで難しいことではない。
そして、一騎打ちということで、董卓を必死に説得しながらその傍仕えの何人いるかも知れぬ無貌たちを打ち倒していくよりかはましだろうが、それでも相当不利な賭けであることには変わりなく、同時に勝者側である関羽にとっては、本来乗る必要などない賭けだ。

だが、これはもはや戦ではない。戦いという場を持ってはいても、和平交渉の一部だ。
相手はこちらを殺す気で掛かってくるのは明白だ。それはそうだろう、ここで関羽と張飛を討ち取ることが出来れば、戦況をひっくり返せる目が出る確率が大幅に上がるのだ。
が、手を取り合っての太平の世を目指す自分たちならば、ここは殺さずに彼女たちを無力化することを第一に考えなければならない。
赤子相手ならばさておき、ひとかどの武人相手に命を狙わずして無力化を謀る。
これは、どう考えても普通に倒すよりも遥かに難易度を上げる、ただの消化試合を愛紗の命を懸けてのぎりぎりの戦いへとしてしまうものだ。

無論、相手を殺さないというのは愛紗の―――劉備軍の勝手な矜持だ。
そのことまでわかって董卓がこの一騎打ちを挑んだとは思えないが、きっとこの気高き少女はそれを知ってもなおそのことを要求しただろう。
この貴人たる彼女を主の配下へと治め、同僚とするとはきっと、そういうことなのだ。

ならばこそ。


「では、よろしくお願いいたします」
「承知した。貴殿の友軍となる者の力、存分に知っていただこう」


上等ではないか、と関羽は思う。
その程度のこと、出来ずして何が天下泰平、何が万民の世だ。
義姉に語ったように、自分たちの夢のためにはどうしても流血が避けられない部分が出てくる。
だが、だからこそ、その流す血は最小限にしなければならない。
努力で、個人の才覚で失われる命を少なく出来る、というのであればわが身を惜しんでそれをためらってはいけないのだ。
それでこそ、劉備元徳の臣として相応しい。

少なくとも、愛紗はそう心から信じていた。


「よお~し、じゃあ鈴々はそのちびっ子を相手にするのだ。手加減はしない、本気でいくのだ!」
「おっけ~。こっちだって負けないからね」
「では、私は白殿とか」
「ああ、よろしくな」


それを義妹も理解しているのだろう。
目と目を交し合って伝えた相手を殺さずに、という言葉は、何を当たり前のことを、と言う笑みで返される。
監禁空けということでなまった腕を取り戻す時間さえなく、本調子ではないであろうにあえて腕のいい相手へと挑もうとするその気概こそが、血よりも硬い誓いをかわした自らの愛した鈴々だ、とこの状況においてもなお相手を巻き込んで明るい義妹に、ほんの僅かだけ唇をほころばすだけで、愛紗は構えた。


それを受けて、残りの三人もそれぞれ武器を構え、審判としてだろうか、文官らしい肉の着いていない男が前に出てきて手を上げたことでこの古びた、しかし今なお威厳を称える玉座の場において相応しくない戦いの気配が、しかし今のこの場には相応しい緊張が、じりじりと高まっていく。


愛紗は一つ大きな息を吐いた。

槍に込めるは、その才、その努力のすべてを込めた全身全霊。
もはやこの局面においては、劉備も、董卓も、有利な戦況も、死んでいった仲間たちも頭から消し去る。
ただ、この一戦にすべてを賭けて、すべてを終わらせるために。

隣に立つ鈴々とただ息を合わせ、互いの勝利を願うのではなく確固たる未来であると信じて。
この窮地を見事乗り越えて、敵であった董卓とさえも手を取り合って平和な世を築く為に。


「それでは……始め!」


審判役の男が手を振り下ろしながら叫んだことをきっかけとして、眼前の敵に向けて、命を奪わぬ、しかし必殺の一撃を繰り出した。
相手は、その勢いに押されたのか愛紗の予想通りに剣を立てて受けようとする。
その武器を弾き飛ばして、一合にて決着をつけようとさらに剣に力を込めてぶつけた愛紗。
そして、たったの一振りだけで……この長きに渡る戦いはついに決着を見せた。














「ぐっ!」


苦悶の声と共に聞こえた、があん、と大きな音は……しかし愛紗の予想とは違い相手の剣と自分の剣がぶつかったことを示す聞きなれた甲高いそれではなく、自分の口と頭蓋から響いたもののほうが大きかった。
頭部に激痛が走り、その衝撃で立っていることさえも出来ずに無様に崩れ落ちたのは、当初の予定とは違い愛紗自身だった。


「な、何故……」


薄れいく意識の中で必死に考えてもなお、、愛紗は未だ状況が理解できていなかった。
こんな現状は、ありえないはずなのだ。
自分が破れることはあれど……このような奇妙な決着などが、あるわけがなかったはずなのだ。

董卓がこちらを謀っており、たとえ白と呼んだ者の中身を入れ替えていたとしても、今の気迫体力共に十分にたぎっている自分を前にすれば、例えばその中身がかの呂布でもただの一撃で自分を昏倒させるという、このようなことが出来るはずがない。
信じてはいて、それでもなお警戒を怠っていなかった董卓の背後からの伏兵があったとしても、ここまで気付かれずに近づけるはずがない。
例えそれが、どれほど優れた暗殺者であったとしても、森の中などとは違い遮蔽物のあまりないこの開けた場所においては不可能だ。

あるいは、相手が卑怯にも一対一の一騎打ちという約定を破って二人がかりでこちらに挑んだとしても、長期にわたる幽閉で多少腕を落としたとは言え、それでも自分とほぼ同等の力を持つ張飛がそれをみすみす見逃すはずがない。

ならば……何故!
まるで妖術でも使われたがごとき予想もせぬ場所から不意に現れたとしか思えない攻撃に、愛紗の理解は全く及んでいなかった。


だからこそ、その原因たる声が聞こえたとしても、それは状況の理解ではなくむしろ混乱にこそ働いた。


「よ~し、殺してねえだろうな、鈴々?」
「えへへ~、手応えはばっちりなのだ!」


ああ、なるほど。確かに位置的に腕を振るだけで自分の後頭部を強打できたのは、鈴々しかおるまい。
左方の警戒と敵将向日葵に関しては全面的に義妹に任せ、敵に対してすべての集中力を費やしていた自分にとって、鈴々の動きは感じてはいても警戒も注意もしていなかったものであることは、確かだ。

だからこそ、今彼女が審判だった男に報告しているように急所たる後頭部を打っても殺さないようにすることが出来たのは、彼女以外いないのであるが。


では何故、張飛は……血は繋がっておらずとも、それよりも固き絆で繋がれていたはずの愛する義妹たる鈴々が、あの高潔そうだった董卓と共にあんなひょろっとした男の口付けを受けて見たこともないとろけそうな顔をしているのだろうか。
瞳がどんどんと落ちていき、段々に意識がなくなっていく中でも、彼女の頭の中にあるのは『何故』の一文字のみ。
自陣より自分と共についてきた兵たちが、董卓麾下の将とともに鈴々と共に合流した別働隊によって狩られていく悲鳴を聞いてもなおそれは変わらず、愛紗は現状を全く理解できなかった。

「う」から始まる四文字の単語を全く連想できないほどに、自分の正しさと絆というものを信じていた義士である関羽にとって、邪悪の権化たるこの河東の本当の主人である男の行ったこと―――返したはずの捕虜の中に必殺を潜ませておく。そのための今までの敗戦、そのためのこの茶番としての決闘―――など、想像さえ出来ないほど卑劣なことだったのだ。


「そうだ、俺はすべてを手に入れる。関羽も、張飛も、劉備も、曹操も、馬超も! すべてだ!」


だからこそ、玉座の上でふんぞり返り、床の上に力なく崩れ落ちているその豊かな体を濁った目で見つめながら笑う男の手によって、やがてその価値観のすべてをひっくり返されて今度は自分が義姉を嵌める手伝いをするようになるまで、ついに愛紗はその答えを知ることはなかった。


 38話へ

Comment

No Title

ああ、罠臭いとは思ってましたよw
さて、愛紗はどう料理されるのやらw

No Title

ついに一刀の反逆の時が訪れたようですね。
殺さずに全員手に入れるつもりみたいで、難易度が跳ね上がってますがこの一刀ならやってくれる!これからも他の連中とはちがう戦略でやりぬいてほしい。

なんだか一気に話が飛んで、城に攻めこまれてますが
こういうあっさりした感じはテンポが良くて好きです。
ただ風たちはどっか行ってそう。まああとでまとめて手に入れてくれそうなのでいいですがwできれば洗脳抜きで。

No Title

覚醒した悪一刀・・・。その鬼謀の真価(ただし多分外道w)はこれからやでぇ・・・。
盛り上がってまいりました。ここからの反撃ターン、楽しみにしております。

No Title

鈴々が出てきたときから伏兵だとは思っていました。
そのうえ決死兵が霧散することはあり得ない以上、まだまだ温存の兵力あるし、一刀あくどいなw
今の一刀の所は
風、稟、白蓮、雪蓮、鈴々、蒲公英、雛里、三姉妹、双子 +(愛紗 new!)がいるのかな。
目指せ三国コンプリート! 

No Title

ついにこの世界を統べるべく邪悪な魂が覚醒した一刀さんが動き始めましたね、チンピラでしか無く、小物だったそれが愛する少女の死を得てここまで邪悪になろうとは……もう邪悪、まさに真っ黒。しかし鈴々を使って新たな戦力を手に入れましたね、つか既に手元にいるメンバーだけでもかなりヤバいなー、さてさて、長女であるあの娘の絶望に歪む未来がすげー楽しみっす。後、鈴々って元があの性格だから洗脳されると何かすげー怖い、笑顔で一刀の命令でなんでもする様子が容易に浮かぶ……一刀さんは邪悪やでぇ……洗脳されて忠実になるのはわかるんですが元の性格で忠誠度(洗脳度)もいくらか変わるのかなーとか思ったり、愛紗の洗脳後たのしみにしています!

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本気モードの一刀の勢いに、期待がふくまります。

あと、若干気になったところが一つ
>彼女の頭の中にあるのは『何故』の一文字のみ。
一文字ではなく、二文字では?

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彼女たちが冷静に以前の自分を演じているみたいに思えるけど、一皮むけて妖術書から引き出せる能力が上がったのかな?

愛紗が次の犠牲者ですか。
どちらかというと愛紗は最後まで正気で、一刀の前に跪き媚び奉仕する桃香を見せ付けて絶望させるシーンを見たかったような。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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