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外史につくろう穢土幕府・32

く……クーラーが、壊れた。

この夏に。
この35度超える猛暑日が続く夏に。













緒戦より勝利を続けているとはいえ、未だ河東は小勢力だ。
兵力で比べるならば、白馬侍従と公孫賛を下したことで大分力を削った幽州軍にすら未だ劣る。
ましてや敵には関羽と張飛、馬超といったすべてを知る者からすれば怯えずにはいられないビッグネームがいまだそろっているのだ。
一人で千を越える兵と戦える人間を何人も敵にしているのに、武将の数も兵力も劣っている現状はかなり致命的だ。
どれだけ小さな勝利を積み重ねたとしても、たった一回の敗北ですべてを失うことになるだろう。
ゆえに、一刀が思っていた以上にここ河東の陣営の勝利条件は厳しいものであった。
呂布という切り札を保有する官軍側が負けることは無いにせよ、幽州軍と西域連合を潰せたとしてもその前に河東だけは滅びてしまう可能性は極めて高かったのだ。


それでもなお、何とか戦えていたのは少数とはいえ命を惜しまず戦う一刀の術の統制下にある洗脳兵の存在と大分劣化したとはいえそれでも高い水準にある雪蓮の武力と統率力、そして未来知識による新兵器の数々を、賈駆や程立、郭嘉が神経を配って極めて効率的に運用し続けたおかげだ。

数より質がまかり通っているこの外史において、最高レベルの軍師は三人もいるのに、高いレベルで個人戦闘力を保有する人間をほとんど持たないと言う致命的な弱点を抱えていた頭でっかちな河東軍団は、今まで勝利し続けていたとはいえそれによって生み出せる余裕など今はほとんど無い。
時に官軍を盾にして、時に新たな新兵器を駆使して、時に戦略レベルで超人たちを封じ込めて、数少ない手駒を最大限の効率で持たせることで何とか勝利を続けていたに過ぎない。

この戦を乗り切れば余裕が生まれることも、このまま続けていけばおそらく勝利できるであろうことも分かっていたとはいえ、領土が狭く、いまだ内政面での改革の効果が得られていないために地力の低い河東軍団は、決して圧倒的な兵力によって余裕で勝利を続けていたわけではないのだ。
少しでもミスすれば即座に滅亡に繋がる状況下において、ただ単に詠を筆頭とした軍師たちの能力がめちゃくちゃ高水準だから何とか正解を選び続けることが出来ただけ。



だからこそ、その小勢力における内部での実質的なトップとナンバー2の仲たがいは、例え僅かな間であろうとも致命的なものだった。









血臭の混じった戦場の風を肌で感じ、舞い上がった砂埃に目を細めて、詠はこの場に立つ為の最後の躊躇を振り切った。
背後には彼女がこれから指揮することとなる数千の兵が左右を守るようにも囲むようにも配置されている官軍と並んで待機している。
そして眼前には、こちら側に並ぶ全軍よりは僅かに少ない数の、しかし河東の全軍と比べてしまえば余りに膨大な数の兵が並んでいる。

どうやら本日の戦争は、互いに正面から対陣する形から始まるようである。


今まで彼女は戦場に出たことがなかった。
軍師たる彼女は、そこに立つことのリスクというものを知り尽くしていた為、可能な限り自分は愚か月や一刀を戦場に立たせようとも思わなかった。今までは十分それで勝利し続けてこれた。
例えどれだけ戦況が有利だったとしても、勝敗は歴然としていたとしても、人というものはたった一本の矢で死ぬのだから。
どれほど戦力差を計算したとしても、どれほど人の心を推し量ったとしても、『不慮の事故』が戦場から消えることなんて、きっと無い。
だからこそ、そんな上役が出てくるなんて事態を避けられる手段があるのであれば彼女は戦場に出るなんて考えたこともなかった。


だが、同時に彼女はそれが必要だと考えたときにためらうことも無い。

なるほど、確かに今までと同じように指揮を取るだけであれば戦場に己の身は不要。
一刀直属のような形となっている軍勢どもは、いかなる命令にも絶対服従を返すあまりに軍師にとって動かしやすい駒なのだから、指示をしっかりと伝達する手段さえ確保できているのであれば軍師がそこにいる必要性はそこまで高くない。
この戦の規模で言うならば、単騎でありながら一般兵とは隔絶した能力を持ち、指揮能力もそこそこ持ち合わせている将が一人とそれにこちらの意思を迅速に伝えるこの時代にしてはかなりの速度を持つ騎馬による伝令、そして誰にぶつけたとしてもほとんど勝てるであろう騎馬による一部隊がいれば、取り返しの効く程度の必要性でしかないのだ、
むしろ、直接の戦場からは一歩引いて、すべてを俯瞰できる場所から臨機応変に指示を飛ばすほうがかえって切り札の騎馬軍団の機動力を生かすことに繋がるかもしれない。
敵が一騎当千の将を幾人も抱えていたとしても、軍師として競えるような相手はおらず、友軍には彼女ら以上の将がいる状態においては、それで十分やっていけると賈駆は判断していたし、事実それはその通りであった。


「か、賈駆様! 雪将軍は……一体どうされたのでしょうか!?」
「落ち着きなさい。我に策はあり、よ。僕を信じて」
「は……ははぁっ!」
(信じて、か。我ながらよく言えた物ね……)


だが、それはあくまで相当の能力を持つ将と、超常の力による意思なき兵隊が存在することを前提としている判断の結果だ。


それを除いてしまえば、彼女たち司令官側の人間の居場所をどこにするのか、ということの必要性は大きく変化する。

通常の戦争において軍師が、将軍が陣中にいる、と言うことは直接指示を下せることもさることながら、兵に対しての大きな志気の向上に繋がる。
トップがタマ張って自分たちとともに命を掛けてくれている、と言う事実は、彼ら農民上がりがほとんどの一般兵に対して己の命の見積もりをかなり低めに出させてくれるという効果が一番大きい。
それは戦闘力に直結するほどの違いであり、対等な条件下で勝敗を占う上では避けることの出来ない違いだ。
ある意味、兵士を戦闘させるための必要最低限といってもいい。


(何とか騎兵は確保したとはいえ、死兵と雪が使えないのは痛いわね……戦力的なもの以上に、兵たちの動揺が思った以上に大きいわ)


敵軍と比べて数十倍の兵力を保有しているだとか、相手の攻撃が届かない範囲から一方的に攻撃を加えられる兵器を所有しているだとか、あるいは背後に督戦隊が待ち構えているだとかいった特殊な事情がない限り、一騎当千の化け物が控えるこの外史の戦場に彼ら平凡な兵士たちを戦う為に立たせるのは不可能なのだ。
むしろ今までそれなしでも勝利できていたのが異常なのであり、この時代における戦争での常套手段であるそれを使用することをためらうほど、賈駆は軍師として適当な気分で河東に君臨してきたわけではなかった。


だからこそ……自軍にて唯一桁外れの戦闘能力を保有する将を失い、盲目の人形兵が使用不能となり、戦略上の切り札としてきた騎馬軍団すらその人員が半減してしまった状態では、死の危険があるからと言って己が出る、と言う選択肢を無視することは出来なかった。

新兵器もこの間使ったので打ち止め。
一刀が語ったたわごとの中には火薬などもあったのだが、テレビか何かで見た程度の一刀のうろ覚え知識では「硫黄」と「硝石」と後ひとつ「何か」を加えればいい、程度のものでしかなく、また日本では「硝石」が産出しない為実物を見たことのない一刀がその物質の特徴を伝え切れていないためいまだに実用化していなかった。
この外史における版図は広大なものなので硝石が産出するような乾燥地帯も無いわけではないのだが、残念ながら一刀は目の前に山と積まれたとしてもそれが硝石であると判別できるような知識が皆無なので、地雷こそが最高に安価な兵士よ、というわけには行かなかったのだ。
そんな無数の「微妙に惜しい」未来知識から今回の戦場に間に合うように役立つような何かは残念ながら作れなかった。

ゆえに、もはや詠には現状の手札で何とか転がすことしか選べない。
だからこそ彼女は、絶対の安全地帯から抜け出してこうして単身戦場に出てくることに決めた。


「……ふふっ。何を考えてるんだか。私があの力を頼りにするようじゃ、世話が無いわよね」
「……賈駆様?」
「なんでもないわ。ただの……独り言よ」


その決断の背景に、ある程度の自暴自棄な感情が含まれていなかったとは言えない。
あの日以来自分と一刀の距離はあまりに離れてしまった。
それに対するちょっとした彼女の感傷がその判断に影響していなかったことはない。


それは決して、孫策を身辺から離そうとしなくなり、一刀直属の私兵であるあの猛烈な志気を保ち続ける集団の指揮権を決してこちらに渡そうとしなくなった一刀のみの責任によるものではない。
彼と話すことを、彼の前に立つ事を恐れた詠自身の行動によるものでもある。


今一刀が危惧していることの内容は詠には十分分かっている。
月が異常なくらいまで一刀を妄信していることがきっかけで、詠は彼の下につくことになった。
その体を嬲られたのだって元々はそれが始まりだったのだ。
そして今では、その月の感情もあの時一刀が見せた怪しげな術によるものであろう、と言う予想もついている。
一体どういう手段を使ったのかは定かではないが、彼が公孫賛にやったのと同様に月に対してもその心を操る力を使ったであろう事は間違いない。

だからこそ、月の事実を盾として自分に服従を強いてきた彼としては、その事実を知られたことによるこちらの暴発が恐ろしいのだろう。
事実、詠は幾度となく一刀に対して「月のことさえ無ければあんたなんか」とその殺意を口にしてきたのだから、実際にそれが冗談でなくなる事態に状況が推移してしまえば、彼の事を臆病と言うわけにはいかない。
今まで彼に対してしてきた能力のアピールは、そっくりそのまま彼に対して突きつけかねない凶器の鋭さを示すことになっていることだし。




そして聡明な詠は、自分の中の感情の動きもある程度察していた。
彼女の中には一刀への恐怖が確かにある。
だがそれは、親友が操られていたことに対してではない……今抱いている己の心が偽りでないか、と言う恐怖だ。


月を操っていたことに対する怒りと恐れ。それは確かに詠の中に存在する。
かつての彼女にとって自分の存在理由は親友たる月のみであり、彼女の為に生きて彼女の為に死のうと誓っていたことは紛れもない事実。
その誓いを土足で踏みにじるような好意に怒りを全く感じなくなるほどには、彼女は無神経ではない。
おそらく以前であれば一刀の危惧どおり、怒りのままに自らの命の採算も度外視して復讐を狙っていたであろう事は間違いない。

だが、同時にそれは今の彼女にとっては大した問題ではない、と思えてしまったのもまた事実だ。
以前ならばさておき、今の詠はある意味月との共依存から独立を果たしている。
実際はどうであれ、彼女の心の中では自分は月を捨ててしまった人間だ、と言う罪悪感が大きく育っているからだ。
それは大きな負い目として育っているものの、だからこそ彼女からの許しや癒し、幸福をもらえない対価として以前のような彼女の為に自分のすべてを捧げる、という自己犠牲的の方向性を我慢できる程度に変えた。
だからこそ詠は月に対することとそれに派生して生ずる過去の自分の隷属については,一刀が危惧したほどは気にしていなかった。

親友への罪悪感から目を向ける方向を変えてその依存の対象を一刀へと移した彼女にとって、一刀がどれほどの悪党であってももはやそれは致命的な欠点にはなりえないのだ。
ことによると、月に対する弑逆を行ってもなお、一刀についていったかもしれないぐらいに彼女は内心一刀に惚れていた。
一刀が悪党? 上等だ。彼との取引の為に汚れてしまった自分には、むしろ相応しい。
自分の気持ちさえ素直に認めることが出来るのならば、そのくらいの啖呵が切れる程度まで吹っ切れていた。


「せめて初めから訳を話してさえくれれば……って、そんな都合よくアイツも僕も行くわけない、か」


ただ、人並みはずれた聡明な頭脳を持つ彼女にとって、一刀の持つ悪行の性質だけが引っかかった。
詠は、自分自身でも改めて確認するならば自覚できるほど間違いなく彼に好意を抱いてしまっている。
それはもはや、「恋」ではなく「愛」の領域に入るほどに。
だからこそ、彼がどんな男でもついていこうと思っていることは紛れもない事実だ。
だが、どうしても消えない不安が一つ。


自分があの時見た一刀の持つ能力は……心の改変ではなかっただろうか?


ひたすらに反抗を叫んでいた公孫賛が心を失い彼にべったりとくっつくようになった事実をごくごく身近な例に当てはめると、何かがあまりに似ているような気がしてならなくはないだろうか?

自らは確かに一刀を愛している……だが、その心が作られたものだとしたら?
状況的に考えると親友を捨てたあげくに、言い逃れの出来ない証拠を得てもなお彼を内心庇おうとするその行為自体が、自らの心の不自然さを象徴している。
今のこの心さえも偽りだったとしたら……


冷静になれ。自分がそんな風に彼に対して疑念を抱ける時点で、そんなことはありえないはずだろう。
人の心を自由にしている人間が、操っている人間にそんな『疑い』なんて感情を残すはずが無いではないか。
自分が不自然に思ってきた人の心の変遷がすべて彼の何かによるものだったとしても、今までの統計からして彼の術はそんな「疑問を抱かせつつも背かせない」ような微妙な調整が出来るようなものではなかったはずだ。
盲目的に愛するあまり、まともな思考能力さえ削ぎ落としたかのような人間を数多く見ており、それと比べればはっきりと現状を理解している自分と比較すれば、きっと自分にはその影響力は及んでいない。


詠の一部は冷静な判断の結果として、そう呟く。実際に、すべてを知る者からすれば一刀は詠に対してだけは術を使っていないという事実からその分析が正しいことは分かりきっている。
だが、当の詠本人はどれほど正しい思考を積み重ねたとしてもどうしても疑念が消えることは無かった。
操られている当人が、自分は操られていないはずだ、と分析することほどこっけいなことは無い。自分のこう分析した思考そのものが操作されたものだとしたら、という恐怖はどれだけ考えても詠の内面だけでは解決できないものなのだ。
そして、彼女に出来ない以上一刀自信にはなおさら説得力が無い。
だからこそ、真実一刀は詠に対して一切の術を施していないにもかかわらず、それを断言することなどもはやこの世の誰にも不可能なこととなってしまっていた。

ゆえに、最近彼の身辺にかつて自分自身が投獄したはずの一人の少女軍師の姿があることも、責めるわけにはいかないはずだ、とは頭では理解している。
だが、理解できたところで納得できるかは別問題であり、それを許容できるか、何も感じないか、と言うのはさらに別問題だ。
理性と感情は常に一致するものではなく、むしろしばしば相反することとなる。


「信じるって……難しいわね、一刀。お互いに、ね」


そう呟いた瞬間に、両陣営から大きく響いた銅鑼の音が決戦を示したことで、詠は思考をきっちりと切り替えられないまま戦場の喧騒の中に没頭することとなった。


 33へ

Comment

次回辺りで詠ちゃんの運命が決まるのかな。
読んでてドキドキします。自分が本当に愛してるのかが問題とか、
本当にヒロインしてるな。恋人というか嫁・妻状態。頑張れ、詠ちゃん。

詠ちゃん陣営の現状ってプレイヤーの腕でなんとか凌いでるようなものなんだな。戦力が強すぎないのが好きです。一刀のこの世界での異端さとか軍師の頑張りが光って見えるので。程立とか郭嘉とか活躍してるとこないけど頑張ってるんだな。

基森さんは

こういうとこ容赦ない部分もあるからなー…。
なんとか乗り切ってくれぇぇ!

そして詠ちゃん落ち着け、あの悪一刀が「警戒している」ってことは
少なくとも今の詠ちゃんは操作の影響下には無い!…はずだ!
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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