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外史につくろう穢土幕府・26

一刀でないよⅡ。
あれ? おかしいなあ、私の文の書き方で戦争描写とか誰得だからするっと流したいのに。
戦争なんてしないで延々と拠点イベントばっかり書いていたいのに、それをやっていると話が進まないジレンマ。

どうでもいい話ですが、「真」の付いていなかった無印の恋姫無双はもうほとんど覚えていないのですが、戦闘フェイズがひたすらに退屈だったことだけはまだ頭にあります。
後、必殺技の一撃で何百どころか何千も兵数を削り削られたことが。
真では多少緩和されたのですが、無印のときの必殺技がもう軍略とかそんな感じではなく完全に個人技だったイメージが、このお話には色濃く現れていると思います







三国志の時代は後漢末期のころ、西暦で言うところの二三世紀あたりとなる。
殷や周といった神話の時代から始皇帝による強力な政治体制をうけてそれなりの合理化を経て、文化という形が出来上がりつつあった時代であったと今日では考えられている。

魏志倭人伝というように、魏・呉・蜀の参加国が成立した時代においてすら日本は邪馬台国、卑弥呼といった原始的なアミニズム信仰をベースとした農耕レベルから抜け出せていなかったことを思えば、この当時の中国は世界有数の文化国であったというべきである。
芸術、学問、文化に教育。
すべてにおいてローマと並んで世界の最先端、世界中のあらゆる物と富と知識がこの国には集まりつつあった。
この時代においては中国はアメリカ(未だネイティブアメリカンがほとんど)とロシア(寒すぎてほとんど発展していない)とイギリス(ほぼ未開の地)をあわせて鼻で笑える程度の隆盛を誇っていたのだ。


そして、その文化の隆盛は当然ながら軍事においても大きな影響を及ぼした。
最新の武器、最新の訓練法、最新の戦闘術……そして、最新の軍略。
孫子の兵法の例を挙げるまでもなく、中国ではすでに単純な力の競い合いから、互いの智謀と知識をぶつけ合う知略戦の要素が入りつつあったのである。





「よし、一当てしたらそのまま旋回、もう一度行くぞ!」


幽州を治める公孫賛と西域連合の中心格である西涼の馬超は、もともとある程度の交流がある。
五胡と袁紹に挟まれた形となっている公孫賛の領土、幽州の立地条件からすれば、袁紹と無理に付き合うか、西に向かって交流を深めることでしか同盟を組めない。
そうである以上、自身を凡人だと自覚していた公孫賛は袁紹に対してイヤイヤ頭を下げてご機嫌を取りながらも、当然ながらもう一方にも手を伸ばすことをやめようとはしなかった。


とはいえ、西涼と彼女の繋がりは、馬超の母である馬騰とのものが主なものであった為、馬騰の突然の死により太守が代替わりした後の連絡が密にいっているとは言いがたいものがあったが、それでも代々続いてきた交流は、そう簡単に途切れるほどのものではなかった。
公孫賛は西域という広大な領土を女手一つで纏め上げた馬騰を尊敬していたし、その跡目をきちんと継いだ馬超に対しても悪感情を持つ要素などありはしない。
馬超は馬超で、自身が太守の座を継いだがゆえにその大変な業務を治めてきた公孫賛に対して敬意を忘れようとしなかった。
年齢的には多少の離れがあるものの、それでもそれは馬騰と公孫賛のそれほど大きなものでなかった二人は、御互いにそれなりに良好な関係を築いており、それは袁紹が洛陽に入ってからはさらに活発になった。


その中で、二人は自分たちの共通点を見つけ出し、今後袁紹と戦うこととなった際にはこれを武器に戦っていこうと話を詰めていた。
人口と富に劣るが故にいかに五胡との実戦経験により質では勝ってはいてもまともな用兵をしていては最終的には不利になることは否めない。
だが、この地にあればこその強力な武器も馬超たちは保有していたのだ。


「行くぞ! 全軍、突撃!!」
おおおおおおおおーー!!


喊声と共に突っ込んでいくのは、公孫賛と彼女の直属の部下、そして白一色に統一された筋骨隆々としたたくましい歴戦の軍馬たちだった。
白馬義従―――そう名づけたこの軍勢こそが公孫賛の切り札。
騎馬の機動力と弓の射程を持った、この時代においては最高の突破力を誇る部隊だった。


元々、戦争に馬を使用するという発想は昔からあった。
なんといっても人間の数倍から数十倍の速度で機動できる当時唯一の乗り物なのだ。
ただ、馬一頭を生産、維持するコストが膨大であることもさることながら、戦場において自在に乗りこなすには高度な技術が要求される騎馬は、上級の武将が乗りこなすことはあっても部隊単位で揃えるのはちょっと頭角を現してきた、程度のレベルの勢力には少々荷が思い。
攻城戦、山岳戦ではまるで役に立たず、兵站においてさえ大量の馬の分だけ今までのものとは全く異なった運用方法を求められるそれは、平地での能力と引き換えに様々なコストを必要とするものだった。


「五胡すら恐れる白馬長史とは、この公孫賛のことだ!!」


圧倒的なまでの機動力と射程を誇る騎馬軍団を前に、歩兵が主である官軍側はまるでついていけない。
違う部隊を狙っていると思ってちょっと前面の敵に注意を払っていればいつの間にか背後から矢を浴びせかけられ、慌ててそれに対応しようと部隊を整えるともうすでにそこに姿はなくまた別の方向から攻撃してくる。
散発的に個々人で対応してくる兵士はいるものの、その白い重槌がごとき進軍を止められるほど舞台単位で対応する隙を、公孫賛は絶対に与えようとしなかった。
そして、彼女らがつけた傷をすぐさま後方で今か今かと待機していた歩兵部隊が広げていき、あるいは前面に盾を構えて防御の体制をとって受け止めていたこれまた歩兵部隊が反撃のときだと隊列の乱れた敵方に対して槍をいっせいに突き出す。
混戦の中、呂布が抑えられてしまっていることで指揮系統が上手く機能していない袁紹配下の弱兵では対応できるはずもなかった。

馬上で戦闘をすることが出来るほどに兵を鍛え上げるということは、常備兵という体系を財政的に取ることが難しく、かといって五胡のような普段から馬を乗りこなしている遊牧民が兵となるわけではなく農民上がりを徴兵することで戦力を補充していたこの時代の諸国にとってはそうとう無理があることであった。
両手を放して手綱捌きだけで馬を制御できるほどの達人であれば、それはもうひとかどの武将といっていいのだ。


だからこそ、熟練した御者が必要であるとはいえそれでも圧倒的なまでの突破力を誇った古代の戦車がこの時代においてはすでに廃れつつあったのであり、袁紹が、呂布が、関羽が騎馬戦を重視していない理由でもあった。
だからこそ、官軍多しといえども騎馬を積極的に利用する将軍は張遼ぐらいしか見当たらない。
皆、その維持コストの多さと損失した際の金額と責任の大きさに二の足を踏んだのだ。
当然、今回の戦いに際しても出費を嫌った顔良によって、張遼に付けられた騎馬兵の数はそれほど多いものではない。


「どうした、天子を汚す偽官軍ども。袁紹配下でふんぞり返っていてその実力か! これならばまだ蛮族どものほうが歯ごたえがあるぞ!!」


だが、騎馬民族である五胡と戦う為には馬超と公孫賛はそれを常に、大量に、それなりの質で揃えざるを得なかった。

馬超はまだいい。
西域という土地の性質上農耕には余り向かず、どちらかというとこちらも遊牧民に近い、半農半猟といった生活体系を取っていた住民が多いので、比較的容易に馬上で弓を引ける程度の人材は集まるからだ。
だが、公孫賛は違う。
基本的に農民がほとんどである彼女の領民の中から騎馬に乗れるだけの人間を維持するのがどれほど大変なのか。公孫の家系はそのことに対して常に頭を悩ませていた。
凡人であるが故に自分ひとりの圧倒的な武を持って領土を守ることなどできないことを十分に知っていた公孫賛もずっと悩み続けていた。
それこそ、一刀が天より堕ちてくるずっとずっと前から、彼女の人生はいかにこの金食い虫の、しかしなくすことの出来ない騎馬部隊を維持することができるのか、ということに対する思案で埋め続けられたといってよい。


「うわ~、公孫賛様の白馬義従って始めて見たけど、すっご~い!! なんだろ、鞍にでも仕掛けがあるのかな? ……ま、いいや。たんぽぽたちだって負けてないもんね。みんな、お姉さまが張遼将軍を抑えてる間に、こっちもいっくよ~~!」


そして、彼女はたどり着いた。

もっとも、凡人を突然達人へと引き上げることを考え付いたのではない。
才なき者には厳しいこの世界において、そんなことなんてそうそう出来るはずがない。
ましてや、それを考えているのもまた凡人であるならば、そんなことなどほとんどありない。
だからこそ、公孫賛がやったことは才による距離を無視した跳躍ではない。
凡人なりの必死のアプローチが数世代かけてようやく実を結んだ結晶である、ただそれだけだ。

今まで達人しか使いこなせなかった騎射を全軍に使わせるために、彼女が作ったもの。
それが、「あぶみ」だった。

馬の鞍に吊り下げた皮製の紐によって、足場を半固定すると同時に振り落とされないよういつでも足を話すことが出来る馬具。
何だ、そんな単純なことか、というのは容易いが、これは画期的な馬具だった。
これまで騎馬を操るには、卓越した体重移動と太ももの筋力によって馬の背を挟んで乗馬するしかなかった。
一応鞍こそ置いてあったものの、それはあくまで尻を直接馬の背に乗せない程度のもの。
当然姿勢が不安定で、それを自在に乗りこなすにはかなりの熟練が必要であり、だからこそ騎兵を育てるのが難しかったのだ。

だが、彼女の祖がその考えの片鱗を作り、そして公孫賛がついに発想を搾り出すことに成功して、完成させたこの足のつま先を引っ掛けられる場所を鞍につけておく、というそれは、至極単純な原理とは裏腹に馬の扱いを格段に容易にさせ、素人であっても少しの訓練でそれなりに、そして熟練者であれば更なる高見へと天才ではない凡人たちを連れて行った。
農耕民族であるはずの漢民族からなる彼女の兵が、騎馬民族である五胡に対抗できるほどに。


これは、同盟相手である馬超にも教えていない公孫賛の最秘奥。
その効果は絶大であり、今まさに蹂躙されている兵士たちにとって見れば凡人であるはずの彼女がまるで神速と名高い張遼将軍さえも凌駕しているように見えた。


「ははははは! 幽州は、この私が守る!」


的確に削り、穿ち、潰していく白馬の中心で公孫賛は笑う。
凡人とされて、普通と呼ばれてきた自分が幽州を守っている。
異民族相手ならばさておき『あの』袁紹相手に自分が真っ当に戦えている、というその事実は、彼女の今までのコンプレックスを見事に吹き飛ばした。

これは、呂布と張遼がそれぞれ関羽と張飛、そして馬超に抑えられているがために可能な蹂躙であったのだが、この状態でならば正直白蓮は呂布さえも抑えることが出来ると思っていた。
武将として一対一で戦えばあっという間に敗れるであろうが、馬の速度で遠距離から矢を射つづければ呂布のどんな攻撃も届かないと思ったからだ。

その戦場での余りに見事な働きは、なるほど関羽張飛にとられた手柄と評判を取り返して余りあるものだ。
例えこの状況下で戦闘が終わったとしても、彼女の評判が客将である二人に劣るはずもなく、それどころかその二人の客分さえも見事に使いこなした名将と呼ばれることになるであろう。
いわんや、関羽たちの主とはいえ直接は全く戦果を上げていない劉備をおや、である。

その戦果に後押しされたのか、いつしか公孫賛の態度には風格さえも漂いつつあった。
相手の指揮系統がめちゃくちゃで、自軍の統制は取れており、兵の質の差も、武器の差も有利な状況で負けるはずがないのである。
だからこそ、公孫賛はこの場においては凡人にもかかわらず、英雄にさえも負けず劣らずの活躍をみせていた。


だが、彼女は知らなかった。
今までそれを幾度となく痛感しておりながら、最上とは言わぬまでもそれでも名門に生まれ、それなりの立場にい続けることが出来たが故に真の意味でのそれには理解が及んでいなかったのだ。

天に愛される、ということが何を意味しているのか。
才能がすべて、という言葉がどれほど重たいものなのか。


「こ、後方より、敵襲です!」
「何!」


突然自分たちの『後方』から飛んできた矢によって、白蓮は思わず声をあげた、あげざるを得なかった。
突破と一撃離脱を繰り返す自分たちのにとって、後方からこちらに届くほどの矢を、単発ではなく部隊単位で放てるのは同じ騎馬である今馬超が抑えている張遼配下のものだけのはずなのだ。
今まですべての部隊を突き崩してきた公孫賛にとって、背後から攻められるなんてことは完全に思案の外にあった。

慌てて後ろを振り向くと、そこには……


「なっ! 『董』だと!」


紫紺に染め抜かれた旗を立てて一直線にこちらに向かって突撃をかけてくる一団があった。
その一団は馬の色こそ公孫賛の白馬義従のように統一されたものではないものであったが、その速度は同じく馬上のそれ。
公孫賛が鍛錬を重ねて、必死になって金銭を工面し、ようやくその原型を発想して実用化にこぎつけたそれと、ほとんど同等のものだった。

それが、何故。

袁紹ならば、わからないでもなかった。
あの大陸一の大富豪のお嬢様からすれば、ひょっとすると自軍のものを盗み出すなり、その有り余るマンパワーを使って強引に年月をスキップすることで開発することもありえないとは白蓮は思っていた。

また、馬超であるならば、やはり、という気持ちで受け入れられた。
自分たちと同等以上に馬のことを知り尽くしている彼女たちであれば、年月の差こそあれいつかたどり着くであろうと思っていたからだ。


(馬鹿な! なんで、なんで……董卓が、アレを!)


だが、董卓なんて奴がどうして自分たちと同格に並べるのか。
馬超と自分の間に挟まれて、ほとんど戦力として数えることさえ微妙な規模しか持たないあの領主が、幽州の太守である自分の秘奥と同じ物を、どうして作ることが出来たのか。

自分と馬超の間に挟まったその小規模な土地は、正直言って白蓮にはどうでもいいものであった。
確かに地理的に少々厄介な場所にいるので内応の誘いは出していたが、いざとなれば踏み潰して併合すればよいと思っていた。
だからこそ、その董卓がこの戦に参戦を表明したという情報事態は耳に入れてはいても、この戦いが始まる前においても呂布と張遼の動きを探ることにほとんどの斥候を費やし、そんな弱小勢力なんてものにはほぼ注意を払っていなかった。


また、董卓自体の評判がそれほどでもないこともその判断に影響した。
武人でもなく、智謀の将でもない。
政治においては賈駆という優秀な人材を囲っているらしいが、その賈駆にしても最近ついにつぶれたのか流れの占い師か何かの言を妄信して摩訶不思議な奇妙な政策に頼り始めていると聞いていた。

自分と同じ凡人が治める、自分よりも規模の小さい、古い血の流れだけを誇る弱小勢力。
それが、董卓の治める河東という領地の評価だったはずだ。


「くそっ! 見たところ、錬度自体は私たちの方が上なんだ! 全軍旋回。回りこんであいつらの尻に噛み付いてやるぞ!」


混乱のさなか下された公孫賛の指示は軍略的にはある程度正しいものではあったが、だからといって答えを言い当てているとはいえないものだった。
それほどまでに、彼女にとっては最新の秘密兵器が、こうもあっさりと模倣された衝撃は大きかったのだ。




そう、そここそが凡人の限界点でもあることに彼女は気付けなかった。


あぶみ?

現代からすれば当たり前の事実。
中学生でも知らぬ者のほうが少ない、むしろ一周回って逆に知らない人間が出てくる程度のものだ。
裸馬にそのまままたがろうと考える現代人がどこにいるというのか。

彼女の先祖が積み上げてきた秘奥は、堕ちた天の御使いには当たり前すぎて語ることさえ退屈な事実。
そして、それを手に入れることが出来た董卓―――賈駆にとって、所詮凡人でしかない公孫賛は、獲物以外の何物でもなかったということだ。


呂布に、袁紹に、関羽に、そして劉備に勝つ。
天才たちを、凡人の牙で―――騎馬で引きずり落とす。
それは、彼女にとって目前まで来ていたはずの未来だった。


「よし……所詮は猪武者ね。僕たちのこと、ほとんど見えてなかったみたい。じゃあ、よろしく頼むわよ、雪」
「は~い、まあ、任せてよ。それよりも、ねえ。この鬱陶しい仮面だか覆面だかは何とかならないの?」
「……あんた、自分が有名人だってこと、ちょっとは自覚しなさいよ!」


しかし、何度でもそれを繰り返そう。
彼女たちに負けてはなるものか、と自分にできる最上のことを積み重ねてきた公孫賛に対してあまりに残酷な事実。
この外史では、「才能」がすべてを決めるのだ。
それを今から、北郷一刀というまさに天に愛された男を手に入れた賈駆が、この戦場で証明してみせるだろう。


 27へ

Comment

鐙を思いつくハムさんすげえw

しかしまあ、確かにそのまま馬にまたがろうとする現代人は稀有だよね
人生のすべてをささげてようやく手に入るようなレベルの智をあっさり敵が使ってたというのはショックだよなあ

この世界には、熱い三流なら上等よ!と言ってくれる天才もいないしなぁ。

何気に詠ちゃんの努力が身を結んだ瞬間でした。
実は凡人さんほどじゃないけど、詠ちゃんも一刀のせいで苦労してるかもしれない。。ストックホルム症候群という説も出てるしw
私としては珍しいことではなくて、恋愛ではよくあることだと思うけど。
つまり病気ではなく正常。でも精神の正常、狂気って判定が微妙なんだよな。どうしても社会的なことも絡んでくるし。まあ一刀への愛だと思ってます。

そろそろ詠ちゃんのターンだろうか。ツイてるみたいだし。
悪一刀じゃなくてノーマル一刀なら詠ちゃんもここまで活躍しなかったんだろうな。人間、追いつめられることが必要だってこと。
巨悪に駆け上がるんだ、一刀・・・!ここまで一刀が馬鹿と言われるSSって初めてじゃないだろうかwとても面白いので、毎回更新が嬉しいです。詠ちゃんが微笑ましい。

いよいよ未来の知識を得た天才軍師が本領発揮!
詠ちゃん頑張れ超がんばれ

そして地味な子哀れw
頑張ったのにねw

先代から受け継いで発明した常識を覆す様な秘密兵器を投入したら
弱小で見る所のなかった勢力が同じものを作ってたでござる
正直城に帰って泣いてもいいレベル

ものすごい大雑把でも良いんですが
位置関係がどんな感じなのかが気になります

よく居る異常な現代知識持ち天才一刀じゃないのが面白いです
うろ覚えで伝えるって言うのが学生時の限界だよなぁ・・・
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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