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ドラゴンに首ったけ番外5・中

上・中・下の真ん中です。






しばらくは脱出を試みていたもののそれが不可能だとわかると、アンリエッタはあくまでここまで話し合いに来たつもりだったのに、何故こんなことになっているのか、と理由を考え始めた。
まあ、冷静に考えてみれば直接侵略もされていない王国の姫が侵略者の住処にいる現状はおかしすぎるのだ。
そのおかしすぎる現状を鑑みたならば、ほんの少し冷静になって過去に遡って原因を思い出してみるべきであろう。





誰から聞いたのだろうか?
それをまず、アンリエッタは思い出せなかった。
王城にいるメイドたちの噂話? この間ほんの僅かばかり顔を見せた親友経由で?
それとも宰相と大臣が話しているところに通りかかって聞いたのだったか?

つかまった今となってウンウン唸りながら考えてみてもそれすら思い出せないが、聞いた内容はこれ以上ないほど脳裏に刻まれている。


『あの韻竜とアルビオン王国は、結んでいる』


たったのその一言は、アンリエッタに天と地がひっくり返るほどの衝撃を与えた。

竜と結ぶ……すなわち、竜と対話する事が可能である。
それを聞くまで、アンリエッタが考えもしなかった事だった。
彼女にとって竜とはすなわち災害であり、そこには討伐という可能性はあっても交渉という文字はありえなかった。

竜が貢物を求めるエルフの使者を各村々、町々に出している以上、竜がそういった論理的な思考を可能とする一定以上の知能を持っているという事は考えてみれば当たり前の事であった。
が、そうである以上あの竜は本能のまま暴れているのではなく、明確に他者を傷つける事を好んで時を過ごしている、という事になる。
アンリエッタにとって暴走した動物などではなく、悪意を持って人を傷つけるような存在は想像の範囲外だったのだ。


これが自国においてもアルビオンのレコンキスタ軍団に責められている、などといった状態ならばさておき、現状では彼女は比較的安定していた国内の書類仕事のごくごく一部をお手伝いしていたに過ぎない。
そんな状態で、突発的にある日突然現れた脅威、略奪サイコーなブラッド一味の思考をトレースできるほど、王女たる彼女は擦れてはいなかったのだ。



ただし、彼女は聡明であり、王族としての責任感も十分以上に持っていた。
だからこそ、竜が人の姿を保つことが可能であり、その上で会話も可能らしいという話を聞いたとき、アンリエッタはこれこそが自分のやるべきことだ、と思った。


竜が現れたことにより彼女は始めて内政に積極的にかかわり始めた。
それによって、はじめはただただ喜んでいたゲルマニアの婚約解消が、実はトリステインという国が竜の進行を恐れたゲルマニアに見捨てられただけだとか、以前自分が何気なく判子を押した書類に書いてあった数字が、あのあまりにもあっけなく決議された竜の討伐会議によって決まり、死んでいった軍の死傷者の一人一人のその後の人生を決定付けるものであった、などといったことを始めて気付いた。
ブラッドが軍の襲撃を恐れていたために王都を攻めなかったこともあって、今まで竜の脅威を人づてにしか聞いていなかったアンリエッタは、このとき初めて―――ルイズが攫われたとき以上に、竜の脅威というものを肌で感じ、この国の危機をはっきりと理解した。

それゆえに、そういった事実を知ってもなお、それを無視してただ自分に降られた仕事だけを行っていればよいと考えるわけもなく。
ブラッドというある日突然現れた脅威に対して、なんとかして国民を守る事は出来ないかと日々懸命に考えていた。

その彼女にとって、竜と対話が可能である、少なくとも交渉を受け付ける余地が全くないわけではない、というアルビオンの噂は国を救う為の福音にも聞こえた。





「そうです、まずは話し合いを。これこそが外交の基本のはずです……」


それゆえに、何かをしなければならない、と思い悩んでいたアンリエッタにとって、自分と竜との話し合いこそが、母やこの国、民達を助けるためにやることだと、思いつめるのも自然な流れだった。

そこにいたるまでの困難が故にマザリーニや母がここのところ必死になって駆けずり回っている事までは理解できず、しかし彼女らがやろうとしている方向性と同じ程度の事までは想像できる程度にまでは成長した、という事であろう。

だからこそ、マザリーニらと同じように『交渉によって竜を収める事』が可能だと信じ、その対価として『相手の不満を聞いてあげる』という至極真っ当な解法とそれによって導き出される途中計算のおかしい頓珍漢な答えをはじき出した


「いかに竜といえども、このような暴挙に出るのは何か理由があるはず。その原因さえ取り除いてあげれば、きっと共存できましょう」


要するに、自分がいって誠心誠意話を聞けば、きっと問題は解決するはず、という結論を導き出したのだ。
その過程において、アルビオンが取った大量の貢物による朝貢外交という考えは微塵もなかった。
求めるのは、無償の譲歩。

ただ、何とかして無傷で被害を収める事が出来るのではないか、というそれは、それでもおそらく同じくルイズに召喚された黒髪の少年にであれば無償の忠誠を求めることに成功しただろう。


しかしそれは、ブラッドに対しては余りに甘い考えだった。
ブラッドという己の私欲とリュミスへの恐怖で動いている存在にとっては、得られるのがそんな「王女からの感謝」なんてものだけでは、微塵も心動かされる提案でない。

アンリエッタからすれば、彼女の恋人が竜を治めるのに上手くいっていたという噂を信じて安心していたのかもしれないが、そのウェールズがものすごい対価を払って屈辱のうちに不平等条約を結んでいることまでも知らない彼女の考えた同じ結論は、余りに無理があった。

世界は英雄の活躍とそれを取り巻く善意で出来ていると信じていることは人としては好まれるものかもしれないが、外交官としてみるのであればそれは余りにも許されない「甘さ」だった。
これからさまざまな国難に直面し、それを乗り越えていけば民の痛みをよく理解できる有能な為政者になれたかもしれなかったが、今の時点ではただの誠意で国と国レベルの抗争が収まると信ずる夢見がちなお姫様に過ぎなかった…………そう、ワルドの裏切りの一因となるほどに。







「でも、一体誰に頼めばいいのかしら……ああ、ルイズ。一体あなたはどこにいるの?」


それでも動き出さぬ者よりもはるかに国のことを思って動き出したアンリエッタであるが、最初の第一歩でつまずく事となった。
こういった場合に頼りになるはずのメイジであり、一番のお友達は最近忙しいらしくちっとも捕まらなかった彼女に残った選択肢はそう多くない。

幼馴染として長い時を過ごし、全く魔法を使えない(と今でも思っている)ものの、無条件に信頼できるルイズが捕まらない以上は、次にぱっと出てくる選択肢は彼女の中にはない。
以前彼女の次に信頼していたグリフォン隊の隊長がよりにもよって国家レベルでの裏切り者だったという、人を見る目がないことこの上ないだろう、という過去を持っているアンリエッタは今まで箱庭の中で育ってきたこともあって、もはやメイジの中には相談できる者を持っていなかった。


そういった追い詰められた状態で出る答えが、最適なものである事はほとんどない。


「そうだわ、彼女に相談してみましょう」


そもそも、たったの数人で竜の巣に王位継承者が挑むこと自体がルクルやフェイなどからすればありえないほどの愚考なのであるが、今現在においては竜の巣の攻略法を手探りでさがしているさなか。
それが間違っているということは誰にも伝えられずにアンリエッタは行動に写った。


「アニエス……竜に会いに行きたいのですけど、手伝ってもらえますか?」
「…………は?」


平民でありながらアンリエッタの腹心として取り立てられ、竜の巣の探索を命じられていたアニエス・ミランは、それを断ることが出来なかった。

討伐軍の壊滅と敵前逃亡や、宮廷内での連日連夜の権力闘争、そしてワルドの裏切りで貴族の持つ国家への忠誠心に若干の疑問を抱いた彼女が、自身が国政にかかわるようになって取り立てたものの中でも着々と確実に成果を上げることで、今やずば抜けた戦果をたたき出している優秀な軍人。
その彼女にとってこれは、平民である自身の力をメイジを重く扱っているトリステイン王国の王族、しかも次期女王に見せ付ける絶好のチャンスであると共に、断ることの出来ない最上位者からの命令だったからだ。
恩義もあり、また自分の実力にもある程度の自信を持っていた彼女もまた、竜の巣の攻略という自体をある程度甘く見ていたのかもしれない。


「きゃーー!! アニエス、助けてください」
「で、殿下――!!」


が、いくらなんでもガンダールヴでもないただの凄腕軍人とその部下数人、そして実戦経験皆無のトライアングルメイジだけではどうにもならなかった。
ベトクラスの相手であればその火力だけで制圧できたとしても、超回復や鉄の体、魔法障壁といった多種多様のスキルを先天的に得ている魔物たちにそれだけで進行し続ける事が出来るほど、竜の巣は甘くはない。


そして、アンリエッタが国を救うにはこれしかないと思いつめて子飼いの部下達のみで実行に移したがゆえに、そろそろ竜の巣の進行を狙うものたちの中でも浸透してきたそれらの事情を伝え、無謀だと止めた者もいなかった。

それゆえ、ほとんど独断で竜と話し合いを求めようとして……ルクルの件で味を占めていたブラッドにあっさりつかまった。彼は王女という自称勇者を山ほど呼び込む事となる厄介な人質による危険性をクーから散々聞いていたのだが、前回拉致したルクルが結果的に彼にベタぼれ状態になって何もかもが上手く回るようになっていたので、確実に調子こいていた。
もっとも、経緯はさておき竜の前に立つことが出来た、ということでは成功なのかもしれないが、そもそも交渉が通じる相手だと思っているのが間違いなので、結果は大差がない。



アンリエッタは当初、必死でブラッドに対して訴えかけた。
どうか民を苦しめるのをやめてくれ、と。

が、ブラッドはそれを面白そうに、しかし、若干新鮮味を感じない表情で聞きながら、ルクルのときみたくアンリエッタに襲い掛かり……先ほどのシーンに繋がったのだ。

葱背負ってやってきた鴨であるアンリエッタは、もう一匹の鴨によって何とか食卓に上がることだけは避けることが出来たのだ。





目を覚ましたルクルは、いまだに先ほどの少女がこの部屋にいたことに驚いたが、いろいろな意味で先ほどの無作法をまず詫びる。先ほどは頭に血が上りすぎていて気付かなかったが、どう見ても彼女はここの従業員ではない。
むしろ、見た目からして…………ルクルの推測は、自身に合わせてアンリエッタが自己紹介したことで真実と一致していたことが判明した。


「先ほどは失礼した。エルブワード王国国王、リ・ルクル・エルブワードだ」
「っ! い、いえ……わたくしはトリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインでございます」


そういった、相手も王族ではないかという確認もこめてはじめに発せられたルクルの名乗りは、その反作用として他国の王とこんなところで会うとは思っていなかったアンリエッタを驚かせた。

無論、エルブワード王国とトリステイン王国は直接の交流はない。何せ、これ以上ないほど距離が離れているのだ。
それどころか、ブラッドからあちらの巣においてたまにではあるが、それでもいろいろとこっちの事を寝物語に聞いていたルクルはさておき、あの竜がいかなる存在で、いかなる場所から、いかなる目的でここに来たのか、さえ知らないアンリエッタにしてみればエルブワードという国の名すら聞いたことがなかった。


もっとも、だからといって尊き王の名を騙るような者がこの世に存在するということを想像できるほどアンリエッタは世に擦れていない。
ゆえに、歴史ある文化国トリステインの姫として恥ずかしくないよう心がけながら、まさか突然外交の場に出されるとはと緊張のもとで、「他国の王」との会話に挑んだ。
自国で開かれるパーティーなど自分の庭での会談ならばさておき、こういったそれ以外の場所での経験がほとんどないという今まで内政しか行ってこなかったことのツケかもしれない。
同年代くらいとはいえ、たった一人で国政を切り盛りする羽目となり、実の父からその命をも狙われつづける経験は、明らかに周囲より愛され続けて育ったアンリエッタよりもルクルの心を強くした。

とはいえルクルとしてみれば、利害関係のさしてない国の姫だ。
さして威圧する必要もなかろうとできるかぎり気さくに見えるよう話しかけてみる。


「ふむ、身分を忘れろとは言わないが、どうせここでは我々は無力な女同士だ。もうちょっと肩の力を抜いて雑談でもしよう」
「ふふふ、はい………………やはり、ルクル様もあの竜にとらわれて?」


その言葉に軽く笑ってうなずきながらもアンリエッタは硬い表情を一部に残しながら、ルクルの言葉について言葉を返す。
先ほどの竜と彼女の会話では、ルクルが自らここに向かってきたようには見えたのだが、無力な女、という言葉に自身と同じような身の上なのか、と思ったのだ。

その言葉に微妙な齟齬を感じながらも、ルクルも同意を示した。
まあ、彼女がアッサリとブラッドに対する自分の行為を認めるはずもないゆえに、そういったこととなるのはある意味自然である。


「ああ。ブラッドいわく、私はやつのペットらしい」
「そんな……一国の王に対してそのような態度なぞ」


そんな内心のブラッドに対する思いを誤魔化した対応は、しかし付き合いの余りに短いアンリエッタに分かるはずもなく、内心忸怩たる思いを抱えてきているのだ、という連帯感を増させるだけとなる。
自分の態度が誤解を招いている事はわかっていても、プライドにかけてそれが誤解だという事を言い出せないルクルは、仕方がなしにさりげなくを装ってブラッドに対するフォローをしてみる。


「まあ、あいつら竜族にしてみれば、人の国など泡沫のようなものだろうからな」
「では、エルブワード王国もあの竜の被害に?」


が、客観的に見てみればブラッドの立場がよくなるはずもない。
同意せざるを得ない言葉が返ってきて、内心冷や汗を流しながら一度吐いた言葉は戻ってこない以上ここでなんとかするしかあるまい、と話を自分の個人レベルの恋心ではなく国政レベルの話へと棚上げする事を決定した。

それゆえに、彼女から出た言葉はエルブワード王国国王としての言葉としてアンリエッタへと放たれた。


「ああ。まあ、あの程度で済むなら安いものだがな」


自国と同じようにあの竜の脅威を受けているのかと問うアンリエッタに対してルクルはうなずいて同意を示したが、それだけのみならずアンリエッタにとって信じられないようなことを言い始めた。


「え? ル、ルクル様は、自国の民があの竜に苦しめられていることに、なんとも思わないのですか!?」


トリステイン王国と同じく被害にあっている他国の王たるものが、竜に対する侵略を是とすることが余りに信じられず、思わず鸚鵡返しに非難するかのような言葉を吐いてしまうアンリエッタ。
外交としてはその言葉は余りにぶしつけなものとして無視されても仕方がないものだったのかもしれないが、ここ竜の巣という場所はそういったアンリエッタの抱いた疑問の答えを即座に聞くには極めてよい場所であった。

それゆえに、その言葉に痛いところを突かれたと苦い表情を見せながら、随分と感情豊かな姫だ、とルクルはある種の驚きをもってアンリエッタを見はしたものの、その言葉に不快感を覚える事までは行かなかった。


ここは竜の巣、身分というものがなくなりはしないまでもその効果を大きく減じさせられる事をブラッドという存在を知って理解していたルクルにとっては、その発言は実に良識あるものとしての正しさを感じさせ、同時にすべてを救えぬと国から切り捨てられる民などいてはならぬ、という理想などとっくに世渡りの為に追い出した自分の身を振り替えさせた。

さてはて、自分がこのぐらいの年頃のころははたしてどうだったか、と思い出すが、やはり自分の場合はこの年になるずっと前からそんな理想はとっくに諦め、どうも今みたいなある程度の犠牲は仕方がないという感じだったことしか覚えがない。
あのころは優秀な外務大臣が老衰で倒れてかけており、愚昧な父王と、頼りにならぬ臣下達しか回りにない状態だったのだ。
そんな中、何とかエルブワードという国が生き残れるように必死になっていたはずの状況において、民への被害が皆無になるブラッドの殺害などではなく、常に犠牲を生み続ける竜の利用以外を考えられるほどの潔癖さは持ちえていなかった。


自分と比べて余りに高潔なアンリエッタを見て、よほど彼女の国は優れた王と優秀なブレインがついているのだろうな、と思いながら、ルクルはアンリエッタに自身の考えを述べた。
確かに彼女の言うことが正論ではあるが、だがしかし、決してあのときの自分も間違っていなかったのだ、と自分で自分に言い聞かせる意味も込めて。


「わが国エルブワード王国は、かつてはライトナとハッサンという二つの大国に囲まれていてな」
「え? わ、我が国もそうですが、それが一体何の関係が……」
「まあ聞け。同じような地理的状況であるというのであれば、わかるであろうが、わが国の領土はその二国に常に狙われていた」
「…………」


いきなり話が変わったことで戸惑ったアンリエッタだったが、そのルクルから聞かされる余りに自国とよく似た現状に思わず黙り込む。
ほんの僅かな時間話しただけではあるが、彼女がルクルという女性にやり手というイメージを抱くのには十分であった。
いくら無礼講で意向と提案されはしてもその身にまとう覇気までは消せず、女王としてすでに国を治めている風格さえ漂わせている彼女から語られた他国の現状に、現在ねこの手でも借りて竜の脅威を排除したい駆け出し政治家王女が興味を示さぬわけがない。

そのための沈黙の意味を痛いほど理解しているルクルは、誰一人助けがなくただひたすらに時刻を襲う竜の力が利用できればということを毎日考え続けていた辛かった日々を思い返しながら語り続ける。


「何しろ、資源だけが豊富な弱小国だったからな。誇りを持って彼らに立ち向かうなどという無駄な事を国民に強いるなんて、できるはずがない。ゆえにそのときそのときの時勢にしたがって、どちらかの国についてうまく立ち回るしか我が国が生き残る方法はなかった」
「確かに大なり小なり、トリステインにもそのような面がございます」


資源はそれほどではないがそれは錬金などの魔法によって何とかなるし、周辺国よりレベルの高いメイジを排出することで何とか国力を上げることで、父王がゲルマニアやガリアに何とか少しでも対抗しようとしていたということをつい最近知ったアンリエッタは同意を示す。
自身のゲルマニアへの婚約すら、トリステインが生き残るための策であった、ということを竜によってちょっとだけブラッドがいなかった場合よりも早くから国政にかかわることになって知ったアンリエッタは、その小国としての立ち回りを否定することは出来なかった。


だが、だからといってそれに続く次の言葉は到底受け入れられるものではなかった。


「その従う先が、他国から竜に変わっただけだ」
「っ!! 竜に苦しめられる民の叫びは無視せよ、とおっしゃるのでしょうか?」
「わが国の状況下においては、ある程度は認めざるをえなかった、と私は思っている」


エルブワードは竜の存在を容認している、とトリステインの姫に伝える。

それは、間違いなく自身と同じく若くして国政にかかわることになった王族へのルクルの好意だった。

ここトリステインと自らの国エルブワード王国は魔族の転移魔法を使わなければ絶対に行き来することが出来ないほど距離的に離れている。よって、いくらトリステイン王国が強大な存在になったとしても、自国に対して不利益なことが生じる可能性は低い。つまり、手助けしても問題ないはずである。
それゆえ、ルクルはここトリステインの民が今まで以上にブラッドによる損害を被らない方法の一つをやんわりとであるが示唆した。

すなわち、恭順だ。


これと同じ方法をトリステイン首脳部がとるべきだ、と思っているわけではない。
エルブワード王国と比べて圧倒的とまで言えるほどの魔法技術の発展やその汎用性の大きさ、それに伴う軍隊の強力さから立地状況、国民感情、宗教の差異、竜に対する人々の認識とありとあらゆるものがトリステイン王国とエルブワード王国は違いすぎる。

ルクルはそれらすべてを知っているわけではなかったが、それでも自国における政治形態や政治的決断を、全く状況の違う他国にいきなり押し付ける愚かさぐらいは十分理解していた。
ゆえに、トリステインもブラッドに従え、とは、たとえそれが自身の『飼い主』であるブラッドにとって一番楽なことだということを重々理解していても、一国を預かる王族としての誇りに掛けて絶対にいわない。


ただ、可能性を示すだけだ。

トリステイン王国といろいろ似た面のある国、エルブワード王国では、優秀な外務大臣が死去したこともあって、自国の民を重税や下手すれば奴隷扱いされる大国の属国の民とされないためには竜に従うことしか出来なかった、と。
こういった方法がある、ということをただ知っているだけで、国政に関与するものにとってはどれほどプラスに働くのか、ということをアンリエッタと同じぐらいの年頃に味わったあの苦労から実感として知っていたのだから。

おそらくこの言葉は、トリステイン王国の実質的な宰相であるマザリーニに伝われば、随分彼の助けになるはずである。が、自身が聞いている段階ではそこまで思い至らないアンリエッタは、自身の正義と信じる思想に従って言葉を返す。


「そんな、一部の民に竜による苦しみを永遠に強いるべきではなく、すべての民が団結して竜を倒すべきです。そうすれば、きっと他国の侵略だって竜などに頼らなくても乗り越えられるはずです」
『竜による被害によって維持されている国なんて意味があると思うの?』


アンリエッタの言葉はかつての竜殺しの魔道士、ドゥエルナの言葉を思い起こさせ、それはさらに自国で囁かれている竜のご機嫌取りに必死な現在のエルブワード上層部を批判する一部の民の声を想起させたことで、さらにルクルは自身の胸の奥が抉られるのを自覚した。


正論ほど耳に痛い。

アンリエッタの言葉どおり、トリステイン王国が他国と戦った結果としてとある歴史の流れのように、一時は戦争によって死傷者を出したものの、自国は独立を保ったのみならず大国に対する発言権を増大させることに成功する可能性は十分にあるのだ。
エルブワードとて、属国になるという自らが排除した父王の選んだ方針を採れば、君主国となった大国からのブラッドの討伐が成功して、竜によって出る被害をなくすことが出来たかもしれない。
竜などに頼らなくても自国を守ることが出来る以上、永遠に竜におびえて暮らすよりも、竜は利用ではなく撃破すべきだ、という考え方も確かに正しい。


だが、自分の考え方も決して間違っていはいないはずだ、とルクルは思う。
国を守るという意識は同じながらも、ハルケギニアになじむリスクを抱えながらも犠牲を考えられる範囲で少なくしようとするアンリエッタの考えと、一部に犠牲を永遠と生み続けても、国家全てが滅ぶようなリスクを可能な限り減らし、自国民の大多数を守るべきだ、というルクルの考えの差異があるだけだ。

百か、零かというハイリスク、ハイリターンな賭けをとるか。
常に一の犠牲を生み続ける、冷たい方程式をとるか。

それは、人や国のそれぞれの事情によってそれぞれだろう。


「まあ、それは正しいが、メリットもあるんだぞ? 例えば、我が国はほとんど国防に軍費がかからない。何せ、竜を恐れて他国が侵攻してこないからな」
「それは……」
「結果として、その分民に課す税が少なくなるわけだ。これも広い意味では竜によらないでも生じる飢えや貧困による犠牲を減らすことに一役買っている。もうちょっと国が大きくなれば、竜による被災に保障を出してもおつりがでるぐらいだ」


ゆえにルクルは、少しでもこの世界の人間達が竜に関して幸せになるように、様々なことをアンリエッタに語りかけた。自国では出来なかった、竜に頼らない理想的な政治を目指す姫とその者に治められることとなるであろう国と民を少しでも応援するために。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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