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梟森8

一年後
織田家領内、柴田家屋敷地下の座敷牢の一角に一時席を外していた月光が戻ってきたときには、すべてが終わっていた。
自分がいては本当に単独で任務を果たせるかどうか、という試験にならぬが故に最低限の監視のみを天井裏に残したのみで去っていたのであるが、幸いなことに暴れた勝家にしのぶが怪我させられる、と言うわけではなかったことで内心安堵の息を吐く。

柴田勝家は、この織田家において現在最強の戦士といってもいい。
この才能限界と技能レベルがすべてを決める呪われた世界において、槍戦闘LV2と言うのは決して軽い物ではないゆえ、いかに月光が手塩を掛けて育てたしのぶといえど、本来であれば片手間にあしらえる相手などでは決してない。
四肢を縛り、薬で自由を奪ったとしても房中といったお互い極めて無防備な状態では不覚を取る可能性はなくは無い。

それゆえ、全身何一つ覆うものなく、わずかばかりに白い粘液がその身に付着したのみ、といった状態ゆえに傷一つおっていない、ということを目で理解できたことは、忍びの中の忍びである月光の奥深くに隠された本心に安寧をもたらした。

だが、それを表情に表すことはせずに静かに月光は問いかけた。



「首尾はどうだった?」
「簡単だったぞ、月光」


どう聞いても無感情、無機質なその声に、育ての親であり半身であるが故にそこに含まれたわずかばかりの誇りを感じ取って、覆面の奥で月光は口角を引き上げる。
首尾は天井裏に仕込ませていた部下より聞いているため、その報告は笑うようなことではない。

忍びらしからぬ、しかしそれでも僅かに人らしく薄く微笑んだのは、それを何処か誇らしげに語るしのぶの言葉が少しでも年相応に見えて嬉しかったからだ。
頬にまでついた勝家のものであろう白い液体を懐から出した手ぬぐいで拭ってやりながら、月光はしのぶの成長を盛大に祝ってやりたい、という気持ちが芽生えるのを感じる。

しかし、それは下忍が一人初任務を終えたばかりという状況のみを切り取って考えると、忍びであり頭領である月光には許されないことであった。
ただ、軽くしのぶの頭に手を載せるのが精一杯。


「そうか。では、いくぞ」


それでも少女は、その唇を最大限にほころばせ、その幸薄い幸せを最大限に受け取った。

短く声を掛け合い、その場を後にする二人の後ろには、気絶とでも言った方がいいような形相で横たわる勝家の姿があった。
満足そうな、そのくせ何処か恐怖しているような表情でいびきすら書いている勝家の顔を軽く一瞥した後、月光は自らの愛弟子の頭を軽くなでてその場を後にする。
その瞬身にいささかも遅れることなくついていったしのぶの顔には、見慣れぬものでは分からぬであろうがまぎれもない笑顔が浮かんでいた。





帰り道、仕事があると伊賀にある隠れ里の半ばで月光と分かれたしのぶは、途中で自分よりも幼い子供に声を掛けられた。


「おりょ? しのぶ先輩ではござらんか」
「すずめ……」


両足だけで木にぶら下がって天地逆のまま己に語りかけてくる幼女に、しのぶは平然と声を返す。

すずめ。
姓を持たぬその名は、しのぶや月光と同じ忍者を意味するが、その幼い外見とは裏腹に伊賀史上最高の天才と謳われた現伊賀においても屈指の実力者だ。
齢がまだ十にも満たない為にしのぶのような特殊事情がない彼女はクノイチの術こそ未だに覚えていないが、すでに忍びとしての能力であるならばしのぶは愚か月光にすら迫る。
このままいけば、おそらく後数年もしないうちにJAPAN―――否、世界最強の忍者となるであろうことは間違いない少女は、かつての数年前の卯月に会う前のしのぶにとってはあまりに嫌いな存在だった。

自らが持たぬ才能を有り余るほど持ち、それどころか自分よりも年少。月光の片腕として彼女が拾われ自分が死んでいればどれほどいいかと毎夜のように思ったものだ……あるいは、すずめがこの世にいなければ、と。


「……長老達との修行はどうだ?」
「いや~、いろいろな術を教えてくれるから実に楽しいでござるよ……実のところ学校の授業は簡単すぎてつまらなかったでござるよ、にんにん」
「……かわらぬな」


だが、今のしのぶにそんな気はまったくない。かつてのしのぶに瘧のように付きまとっていた冷たく暗い殺気が鳴りを潜めたことを感知してか、出来る限り自分に近づかないようにしていたすずめも今では笑いながら背を向けることさえある。
勿論、そこには上達した自分の技術への自信もあるのであろうが、忍者としての才能がなかった己といえどもクノイチとしてならば月光と共にいることも出来る、というしのぶの心境の変化を敏感に悟ってのことであろう。


「しのぶ先輩はお仕事帰りでござるか?」
「ああ……それでちょっと小物が切れていたのを思い出して貰いに行くところだ」
「ご苦労様でござるよ」


しのぶの様子から仕事帰り、ということを瞬時に把握してそう述べる極めて優秀な後輩相手に、いつも通りの無表情でしのぶは答えた。


「月光の片腕ならこれくらい当然だ」







風呂上り。

石鹸などという上等なものは頭領とはいえ一介の忍びに使えるものではないが、同時に体臭等の匂いを消す為に湯にあたることは必要なことである為に基本的に湯に快を求めていない月光といえども任務中以外は毎日風呂にはいる。それどころか、温泉好きな弟子のためにわざわざ家の裏に露天風呂を作りつけていたりすらする。
割とこういった面では茶目っ気の聞く師であるが、噂に聞くかつての冷たい月光よりも今の月光の方が好きだとしのぶは内心思う。彼女自身は無表情であり月光のような表表とした笑顔を浮かべることは閨中等で意識せねば難しいが、だからといって感情がないわけではないのだから。


片腕ゆえにどうしても自分の右手を洗えない月光だが、そのことについて不自由を感じたことはほとんどない。
自分の横でその肉の薄い裸身を晒して布で体についた湯を切っている『左手』がいる以上、最近では手がないことすらも忘れるときすらある。


頭領である月光とて、丑三つ時ともなってしまえばもうすべきことがない。
器用に片手で浴衣をまとい、すっと添えられる手を介沿いに帯を巻いてしまえばもはや珍しい休息の時間だ。無論有事に備え周辺の警戒はさせているし、己の手の届く場所に忍具を忍ばせたりもしているが、それでも普段に比べれば随分気を抜いているといえよう。

それゆえ、同様に浴衣を纏ったしのぶがぽん、と腿を叩いたのをきっかけに、そのひざを枕としてしばし横になる。そこにしのぶは横においてあった今日新調したばかりの耳掻きを手に取り、そっとそのひざの上に収まったぬくもりの元へと近づけた。


職人の手により墨を含んだ煙で乾かされ、飴色に染まった竹製の耳掻きを右手に取り、月光の耳たぶにそっと手を添える。
もともと長期間放置していたわけではないのでそれほど汚れている、というほどのものでもなかったが、以前使っていたものが擦り切れてからしばらく、しのぶ単独の任務も多かったがために半月ほどは行っていないために、全くないというほどでもなかった。


鍛えられた右腕を日々動きの変わらぬ太陽のように正確に動かし、しのぶはゆっくり丁寧に月光の耳を掃除していく。
果たしてこれを始めたのはいくつぐらいのときであったか。
任務帰りの月光が自分でやっているのを見て、不意に口に出したのがきっかけであっ田とは思うのだが、果たしてそれが何年前のことかしのぶはさっぱり覚えていない。

ただ、今となってはもはやこれは特技といっても問題ないほどに技術の上達ははたから見ていても見受けられた。
匙状になった耳掻きの先端を使って、奥のほうへと張り付いた半ば剥がれ落ちた皮膚をゆっくり丁寧にこすっていく。少しずつ、少しずつそれが剥がれていくのを目を細めて注視して、細心の注意を払ってその先端を操っていくしのぶの行為に、月光は思わず目を閉じた。

忍びの性として、それでも何処かの売りの一部が冷えて周囲の様子を窺っていることは代わりがない。いつでも震えるように残った一本だけの手は苦無に添えられていることもいつも通りだ。
それでも、月光は明らかにしのぶに耳をこそばされることを楽しみ、くつろいでいた。万が一、億が一、しのぶが殺意をもって耳かきを奥へと憑きやれば交わすことなど不可能なほどに。それは僅かにではあるがしのぶには感じ取れる程度の差異で周囲へと放出されていく。

自身の手でそれがなされている、ということを感じ取ってかあいも変わらず無表情ではあるもののしのぶの手に一層熱が入る。そこには月光を喜ばせよう、という気持ちはあっても油断させ不意をつこうなどという感情は一辺たりとも入っていない。
かつて無理やり犯され、それどころか今日別の男に身を任せるよう強制されたにもかかわらず、一途に月光を慕う様子が指の一指、瞳の一瞥からもよくわかる。
ゆっくりと匙を動かし、張り付いた皮膚の一部をはがしとった後は慎重に手に持った棒を垂直に上げていく。鍛え上げられた体はこんなときにも効果を発し、一切ぶれることなく内耳の奥からそれなりの大きさの耳垢を取り出した。
里で焼いている小皿の上にそれをそっと載せた後は再び息もつかずに同じ場所へと耳掻き棒を差し込んでいくしのぶの動作に、僅かに月光が肩を揺らす。

それは、耳という無防備な場所を他人に預けることから来る月光の肉体の反射的なものであった。実際に剣客などの中には調髪や耳掻き、髪結いなどを他人に預ける際には手の中に懐剣を仕込むものもいるらしい。たとえどれほどしのぶを信頼していても、それは消しきれない忍びの性であった。
しかし、それを気にすることもなくしのぶは再び奥へ奥へと匙を送り込んでいく。
耳かきの匙部分が、コリコリと月光の耳の壁部分を刺激する。一気に奥までは進めない。僅か、僅かばかりと蝸牛のごとき速度で、それでも痛みなど一切与えないよう細心の注意を払って垢を擦っていく。そしてそれはすぐに月光に伝わり、月光も体に入れていたわずかばかりの力もすべて抜いていく。その信頼は、当然のことのように再びしのぶの方へと跳ね返り、すぐに報われる。お互いがお互いのことに注意を払い、気遣い、それがまた自分へと帰ってくるといった二人で一対、という様は、まさに一翼の鳥を思わせた。

自分では見えない奥のほうまでもしのぶが操る匙の先端は進んでいくが、それでも月光には然したる違和感はない。短めの浴衣越しに伝わってくる高めの体温と肌の匂いとでも言うべき香りは、湯上りということもあっていつもよりも強く伝わってくる。

両者、無言。
だがそれは気まずい沈黙などではない。お互いにお互いのことを知り尽くしているがために言葉が必要とされない、というだけであったということが如実に分かる空気が二人の間では流れていた。
お互いの気息を知り尽くしているからか、絶妙なタイミングでちょうどいい強さで送られる耳掻きに時折妙な快感が走るのか、思わず腿に顔を押し付ける力が強まる月光。しかしそれを微塵も嫌がらずに、むしろ喜ばしいように目を細めるしのぶの表情は、齢十ほどの幼女がその父ほどの年齢の男をひざに乗せている、という光景を全く持って違和感のないものへと差し替えていた。


しのぶの細い足。この足は、昨夜月光とは別の男の下にあった。
それは月光が命じたものであり、しのぶが戸惑いもせずに頷いたものであった。

普通の男女、親子であればありえぬ関係。
お互い、何も感じていないわけではない。
月光は常人とは違う形であろうがそれでも罪悪感を抱いており、しのぶとて他の男に体を許すことに嫌悪感が待ったくない、といえば嘘になる。
それでも、それが是とされる世界に生きるものとして二人はそれを受け入れた。

だからこその勝家の変貌。
だからこその月光ら伊賀忍に対する織田家の評価。
それは重々承知しているが故に二人の口からはそれを恨む言葉は出てこなかった。

忍びの仕事は、決して楽しいものばかりではない。むしろ嫌なこと、避けたいことばかりを武士の泥除けとしてやらされることばかりだ。
それでも、今この瞬間には二人の距離は誰よりも近いものであり、そしてそれは昨晩には決してなかった心の距離の近さをも象徴しているものである。

戦乱の世、決して恵まれた環境にあるとはいえぬ二人であったが、それでもこの場、この瞬間には破壊と混乱を好む創造神の手の届かない場所にいた。













「(よ、よし。今日こそ決める、決めてやる)」


決心を新たに足音も大きく歩く着物姿の少女の姿があった。
随分と気合の入った上等の着物を着てはいるものの、その歩き方はどこか粗野とでも言うべき気配が混じりこんでおり、少女というには大柄な体躯もあって精一杯のおめかしに一縷の傷を刻んでいた。
しかし、その上気した顔にはまぎれもない恋の色がさしており、その体には処女の脂が乗っているのが厚手の晴れ着の上からもにじみ出ている。
そんな些細な瑕疵など気になるほどのものでもなかった。


「(毎日豊胸体操もした、剣は止めなかったが筋肉だけ付けるようなこともしなかった、母上から化粧の仕方も教わった、異国のい、色本も見ていろいろ学んだ。調べに調べたアイツの好みに最大限近づいたはずだ!)」


未だ十代という年齢にもかかわらず完全無欠にむちぷりな彼女の名は……乱丸という。

上総介に命を助けられ、その後長らく織田家に仕えるうちにいつの間にやら背をあわせて戦い続けてきた声も体もでかくて粗野で気遣いゼロの男に惚れてしまった一人の少女だ。


勝家に惚れてから、少しずつ料理の勉強をしてそれを皆が集う鍛錬場でさりげなく勝家の口に入るよう持って行ったり、勝家と会う日だけは毎日化粧をしたりといった微妙すぎるアプローチを行っていた彼女であるが、ついに我慢の限界に達したのか、本日ついに告白する決心を決めた。
かつて貧相ゆえに相手にもされなかった己の体を彼好みのむちぷりに磨き上げて。



「勝家……お前、たしかむちぷりとかに拘っていたな」
「ああ……そのことか」


決死の覚悟で勝家に語りかける乱丸。
普通の神経をしているものであればこれほどの美少女(しかもスタイルもいい)が顔を真っ赤に染めてもじもじと言い募ってくるのであればクラッときてもおかしくないのだが、そこは生まれ変わったNEW勝家。
平然と返事をおこなう。

その手ごたえのなさに思わず諦めそうになってしまう乱丸であるが、ここで引き下がっては女が廃る。
そのため必死に勇気を振り絞って、自分の思いを何とか伝えようとする乱丸であったが……


「なら、わ、わ、わ、わ……私なら「だが、それは過去の話じゃ!」…………は?」


僅かに一日、遅かった。


「今考えると何故あんな脂肪に拘っていたのか全く分からん」
「……どういう…ことだ?」


今までの勝家とのあまりな違いに、戸惑いを隠せない乱丸。
彼は肉付きの豊かな女性が好きだったはずだ。
そして自分はそれに近づいた。
なのに……何故?

そんな彼女の様子などには全く目もくれず、勝家は先日の一夜で悟った『真理』について語った。


「月光殿の配下のしのぶ……いや、しのぶ様にいろいろと教えてもらったのよ。お乱よ、やはりJAPAN男児たるものか弱きものを守るべきじゃな!」
「それは同意するが……」
あまりにあんまりな展開に頭がついていかない乱丸を尻目に、勝家はどんどんピリオドの向こうへといってしまう。
生まれ変わった勝家は一味違った。


「うむ、そのとおりじゃ。平坦な胸、肉付きの薄い足、丸っこい瞳、まさに理想の黄金比!」
「つまり、むちぷりとやらには……もう興味がないということか?」
「うむ……お前も上総介様の傍仕えならばそのようなたるんだ体をしていてはならんぞ? そういえば最近は鍛錬にも出てこなんだな」



完全な無表情とはこのような顔を言うのだろう。
いつもの鉄面皮など比ではないその顔すら、もはやロリコン道こそが真理、と嫌な方向で悟ってしまっている勝家にとっては友人がいつも通りの無愛想面を被っているだけ、としか思えなかった。


「今から拙者は寺子屋周辺のパトロールに向かうのじゃが、走りこみついでにおぬしも付き合わんか? そんな体ではいざというときお役に立てなくなりそうじゃ、がっはっは!」
「っ! すまんが帰る!」


無表情でその声を背に一目散に帰っていく乱丸。
気にすることはない、思い人がただ単にグラマー好きからロリコンに変わっただけだ、また改めて方法を練ればいいではないか、そう言い聞かせはするものの心はしたがってはくれやしない。

これからさらに肉付きをよくすることは可能でも、寺子屋に帰るまで若返ることなど出来ないのだから。
……実際には『成長の泉』なるものがあるのだから、その逆もあるかもしれないのであるがそんなことなど思いもせずにただひたすら走って家に帰った乱丸は、その後直接自室の布団にもぐりこんで、少しだけ泣いた。

ここまで悪条件が重なった後にもなお諦める、という選択肢を考えないあたりが彼女の趣味の悪さも筋金入りだ、ということを如実に表す。

この日から、乱丸の無口には今まで以上に加速が掛かることとなった。



「……厠でも我慢し取ったのかのう? ……おおう、気をつけて帰りなされよっ!」


そしてその思われ人は、そんなことには気付きもせずに横断歩道で黄色い旗を持つ緑のお兄さんとしてやに崩れていた。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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