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悪の秘密結社乗っ取りマニュアル20

廃工場遊園地で君と握手!












ちっとばかし堅い話になっちまうかもしれねえんだが、罪刑法廷主義っての知ってるかい?

知らない? まあ、そりゃそうだわな。今時こんなもん知ってる方が変だ。
俺も詳しく知ってるわけじゃねえし、頭の中にある知識も酒呑むときの笑い話程度だろうが、どうもむか~しむかしのカビくせえ法律の概念らしい。
要するに、わかりやすく言うなら「法律に『この行為をやったものは処罰する』と『あらかじめ』『明確に』書いていなければ何をやっても罪にならない」ってのらしい。
さらに噛み砕いて言うなら、一般人でも「これは処罰される悪い行為だからやっちゃいけないんだ」ってわかるように書いておかなかった場合、刑事上では一切処罰できないっちゅーはなしだ。

なんか建前としては公権力による処罰の乱用を禁じ、同時に遡及的処罰による不利益を防ごうとかなんとかかんとか、とかあるらしいんだが、いやはや……なんとも暢気な考えだろぅ?
今の世の中にゃあこんなこと唱えてる奴は学者先生にももうほとんどいねえらしいんだが、それもむべなるかな、って感じだね。
万が一こんなもんがまかり通ってたとしたら、『悪の秘密結社』なんてほとんどなくなるんじゃねえの?
なんせこの理論を適用すると、今とおんなじことやってても多分ほとんどが『犯罪行為』に当てはまんなくなっちまうんだから。


この国だけでも大小合わせると百近い悪の組織がいるわけだが、そいつらは当然ながら横のつながりなんぞなく、それぞれがそれぞれなりに考えた方法で世界征服的なことを企んでいる。

俺の駒見ただけでもわかるだろ?
俺自身は超科学ベースの洗脳特化の改造人間。
サトシら戦闘員どもは人造臓器等による肉体強化とそれに伴う人海戦術。
蘭華はその財力とこないだ手に入れた炎の魔法の力。
桃香は連携をキーに力が増減するレンジャーで、沙織は異世界の氷の魔法が武器だ。
マリモなんかはああいう生態なわけだし、ウォッカとかドクターは別に脳改造によって改造技術を身につけてるわけじゃなく純然たる個人のスキルだ。

ざっと見ただけで同じ組織乗っ取りの目標掲げてる中でもこんだけ手段にばらつきがあるんだ。
もっと細かいことを言うなら、キラクロウは音波と飛行能力が売りだったし、キラマッシュは毒の胞子とかそういう系、キラメタルはその体の剛性でレンジャーどもを苦しめた。
共通してるとこも勿論有るけど、細かいところでけち付けてけば全く同じ性能なんてことはあんまりねえ。

超能力に魔法に異生物による特殊生態。ぜ~んぶ種類は違うし、この中でも組織によって種類が違う。
例えば、同じ超科学ベースでもプリズムレンジャーとキラーアースの戦闘員や怪人ども、そして他所の組織から入ってきた俺の力の原理や発現方法、行使手段なんてのはばらばら、みたいなもんだ。
組織の数だけ、怪人の数だけ悪いことするための手段は違う、みんな違ってみんな良い、ってな名キャッチフレーズの通りだ。


それなのに、その手段についていちいち事前に規制できると思うかい?
コイツを全部「脳の大脳皮質を電磁波により改変するリキュール型洗脳行為を行ったものについては罰する」「メルティ魔法の使用を禁ずる法律」なんていちいち書き上げていられるわけないじゃん。
全部が全部違う手段で、いろいろ悪巧みしてんのに、それを全部法律に箇条書きして禁止することなんて、いくら暇そうに昼寝している議員様連中にだって流石に出来やしねえよ。




おおっと、前振りが長くなっちまったな、いけねえいけねえ。

何でカビくせえ学者先生のご立派な理念なんざぁもちだしたか、って~と、要するに「今は違うよ~」ってことが言いたかったんだ。
いや、悪いね。長々と無駄話しちまってさ。
どうも物分りの悪い雑魚どもとか、あるいは幼稚園児の蘭華とかと会話してると話が長くなっちまっていけねえ。反省せにゃな。


というわけでざざっと言っちまうと、当然ながら知っての通り悪の秘密結社が乱立している現代日本においてはそんな悠長なことしてる時間はなく、結果として正義のヒーロー個人に裁判権が認められている。
つまり、犯罪行為を発見次第、ジェノサ~イドとかやっても可ってことだ。
上で長々といったような手順を踏んで俺らみたいなのを野放しにするよりかは、え~っと、なんだっけ? 
……そうそう! 公権力によるそきゅ~処罰の危険性だとかなんだとかいうのの方がましだ、って判断だろ。
実際街頭アンケートとっても、悪の組織を取り締まれないで毎日怯えて暮らすよりは、万が一の正義の味方の暴走の可能性に目をつぶった方がいい、って意見のほうが多いと思うから、これ自体は悪役の俺にしてもまともだと思うぜ。
実際やってる側としちゃあそうじゃないほうが楽でいいけど、まあこういうなんによる妨害もお仕事のうちなんでね。
暗い暗いと言うよりも、進んで明かりをつけましょうの精神でやっていかにゃ。


まあ、要は市民らにしてみりゃ正義の味方の暴走も正義のうち、平和の対価ってわけだ……遅巧よりも拙速ってね。
勿論だからといって気に食わない奴だからとヒーローがただの一般人に冤罪でっち上げてぶっ殺したりしねえように、退治した後にある程度のデータの提出みたいなのは要求されるみたいだが、まあこの狭くて広い日本でそういった正義の味方の犠牲になってる無辜の市民がゼロだとは誰も思ってないだろう。

あ、そうそう、法を語るんだったらこいつも忘れちゃなんねえんだった。
今いってんのはは保安局所属のヒーローだけであって、沙織みたいなそこいらの野良ヒーローとかには適用されないんだが、まあ彼らも御国的には味方には違いないんでよっぽどのことやらなければ見逃されるってのが寸法だ。
だからある程度まで沙織が魔法の私的流用してても、速攻処分されそうにならなかった、ってのがその証明だ。


……いかんいかん、また話がずれ始めてる。
もう、結論だけ言っちまおう。
ずばり、こうだ!


『こないだライダーオルティス様が行われたように、その娘さんが悪事を働いている現場に他の正義の味方が現れたら、速攻殺されても誰も何の文句も言えない』


で、俺の手元には娘さんを悪の道に誘うジローという駒と、日々世界の平和を守る正義の味方である桃香沙織蘭華という美少女戦士トリオがいるわけだ。





……なんか趣向を凝らすまでもなく半ば出来上がってねえ? いかんな、最近マンネリかもしれん。思いついたときは面白いと思ったんだが、よくよく考えてみればあんまり沙織のときとかわんねえんだよな。
新しい芸風を身につけとかないと、冬待つまでもなく九月の番組改編で一斉処分されちまう。やれやれ、下っ端は辛いねえ。

う~ん、まあ流れ作業じみてるのは否めねえが、まあコレクターの性だ。
もっかい練り直して逃がしちまって後悔するかも知れねえんだったら、この辺でライダーもきっちりコンプリートしておきましょうかね。











父親になる、ということと、父親としての責務を果たせている、ということは全くの別物だ。
責任もなく父親になることなんて、簡単だ。
ただ何も考えず、一時の快楽に身を任せてその暴力的な衝動を解き放てばいい。
そうすれば数ヶ月先にはおなかの大きな花嫁とタキシードを着て並ぶ羽目になる。
覚悟も、矜持も、家族を守る為の相応しい財産すら持たずにすぐに父親になれるだろう。
お腹の膨らんだみっともない花嫁がそれを証明してくれる。

おめでた婚だのダブルハッピー婚だのとどれほど言葉を飾ろうとも、そんなことはまともな男がやることではない。少なくとも己の娘がそんな男を連れてきたとしたら、この手に入れた力を使って文字通りのショットガンウェディングにしてやる、とは今でも思っている。

父親になるとは、経済的、精神的、肉体的、社会的のすべてにおいて、その背を子供に見せて恥じることのない位置に至って始めて言えることである。
と、少なくとも雄太はそう思って生きてきた。



だが、振り返って己はきちんと父としての責任を果たせているのか、ということを考えると、雄太は自身の身勝手を恥じずにはいられない。

給与と待遇のよさのみに引かれてよく考えもせずに転職することが誇れるのか?
夜の街で遊びほうけ、幼い赤子の手足が伸びるほどまで連れ添った妻にさびしい思いをさせたことをどう思える?
その結果として仲たがいし、離婚という最悪の結果を生んでおいてどう娘に生き様を伝えられる?
そんな無様をさらした自分だ、娘に軽蔑されるのも無理はなかろう。

娘がぐれたと聞いてからも雄太はそう思い、美咲のことを責める気持ちが段々萎えてくるのを日に日に感じていた。
そう、自分は娘に説教できる資格のある父親では決してないのだ。



だが、だからこそ、何があっても自分だけは、美咲が道を外しそうになっているのであれば、こんどこそ命をかけてでもを助けなければならないのだ、という決心だけは娘が生まれたときに始めて抱き上げた彼女の重みに誓ったときのものを取り戻していた。




『美咲を離せ……』
「と、いわれてもねぇ?」


だからこそ、この廃工場にて数人の男を盾にするように前に配置させ、ちょうど一段上がった角材の上に腰掛けた男がふざけるように返した答えに、雄太はぎしりを胸の奥の熱いところに怒りという燃料が透過されるのを肌で感じる。
そしてその奥には涙目で震える自分の娘が、まるで囲まれるかのようにプリズムピンク、メルティアイリス、オーキッドと一緒に座り込んでいるのを見て、さらにその炎は勢いを増した。
おそらく自分の今の気迫は空間を通じて伝わっているであろうにもかかわらず、そのにやけた顔を隠そうともしない男に疑問を抱ける段階は、雄太はすでにとっくに通り過ぎていた。


「お嬢さんは自由恋愛の末にうちの組員のジローと仲良くなって、俺のお手伝いをしてくれてるわけだ。それを親御さんの身勝手引き裂くってのは、ちょっと愛のキューピッドを自称する俺には気が引けるなぁ」
『っ!!』


激情がさらに加速する。
何が自由恋愛、何がお手伝いだ!
娘がそれを聞いて一瞬前に数人いるタイツの男に目をやったのを見たことが、娘がまさに誑かされていることを如術にあらわしている。

リキュールと名乗ったこの男は、雄太の同僚であるプリズムピンクを使って彼をここに呼び出している。彼女は正義の味方の一員であり、その隣にいる魔法少女らしき少女達も面識はないもののおそらく同じであろう。
それが悪の組織を象徴するような全身黒タイツの男達と混じって今雄太と敵対の意志を示している。
一人や二人ならばまだしも、これまでも自由意志、自由恋愛によるものだと思えるほど雄太は馬鹿ではなかった。

短い時間とはいえ、それでもそれなりに真面目に、給料分の対価をと講習を受けた雄太には、おそらくこの目の前の男が洗脳・精神操作系を得意とする改造人間であるということが予想できた。
だからこそ、この男のいったことが許せなかった。


「まあ、お子さんの代わりにお父様が働いてくれるってんならこっちに損はねえから…」
『おぉおおおぉぉ!!』
<Cartridge Load>
「って、いきなりかよ……ぐべぇぅ!!」


故にそんな戯言など聞く耳などもてるはずもなかった。
いっきに爆撃型の弾丸による必殺技を放ち、前にいた雑魚戦闘員をなぎ払う。
それと共に撃ちだしたスモークチャフで周辺が混乱している隙に首謀者であろう男と娘の確保に手を伸ばす。


「っメルティーナフレイム!」
「シュート!」
『おのれぇ!』


だが、殴りつけながらもその襟首を締める勢いで掴み上げた男の確保はさておき、それほど乱暴にできるはずもなく、また確保した男よりもさらに後方に位置していた娘を助け出す前に、その周辺を囲んでいた自分と同じ正義の使徒によって邪魔される。
一人は業火の様な炎の固まりを顔面に向けて、一人は余りに鋭い氷交じりの土の槍を地面から突き出して放ち、そして最後の一人が娘を奪って後方へとさらに退いた。

かなり上位のツールを使って変身している雄太の方が、三人の少女よりも能力的には高い。
だが、装着者本人のセンスや人数の差、そして何より三対一という数の違いを力量一つで押しつぶせるほどの差はそこにはなかった。

それゆえ、複眼ゆえにそれらすべての攻撃が目で捉えられてはいても、男という荷物を抱えたままさらにかわし、防いで突き進んでいけるほどの経験は、このにわかヒーローには到底望めなかった。
やむなく罵声を投げかけながらも交代する雄太。
だが、その手にはしっかりと首謀者たるリキュールを確保していたのだからこの攻撃は成功であったといえよう。


にもかかわらず、その掌中の男のにやけ面は変わらず、彼に従っていると思われる三人の少女達の表情にも然したる焦ったものは見られない。



「ひひっ、ど~すんだね、オジサマ。ここで俺を殺すのは簡単だろーが、その結果を想像できないほど馬鹿じゃないだろ?」
『っ! 貴様!』
「ぐっ! おお、痛え痛え……ちょっとは手加減してくれよ。俺のイケメン面が歪んじまったらどうすんだよ、オイ」
『だ、黙れ!』


腹立ち紛れに男の顔を殴るが、殺してはいけないという一片の心の咎めが邪魔をしたのか、苦痛に顔をゆがめるだけで男はあいも変わらずそのにやけた顔をやめようとはしない。
いっそこの男の言うとおり正義の味方としての権限を持って正当なる裁き―――死という結果を与えてやろうかとも思ったが、それをかろうじて残った理性が押しとどめる。

この男が彼女たち三人を操っていることは間違いないようだ、ということはすでに雄太は十分理解した。
その上で、正義の味方として、室川雄太という個人として、最上の選択肢が何か、ということを考えたが、それはすぐには出てこない。

勿論、この男を殺せばその呪縛が解けるかもしれないが、保安局で講習を受けたように術者が死んだからといって必ずしもその洗脳が解けるとは限らない。
だとしたならば、例えこの場を何とか切り抜けたとしても保安局に帰ったときに彼女らの主を殺した自分に不利な発言―――娘が構成員だったという事実―――をされたが最後、大変なことになる、という小ざかしい考えがどうしても雄太の頭の中から離れなかった。
ある程度の私的流用は見逃されるとはいえ、身内の悪事に正義の味方組織が甘いなどとはそこに所属しているものの実感としてとても思えない。


そして、洗脳が解けたとしても油断は出来ない。
何といっても、大企業の娘とはいえ所詮幼稚園児の蘭華と呼ばれていた幼児と、この間指名手配を受けていた沙織という少女はさておき、プリズムピンクこと滝川桃香がこの場にいるのだ
自分は通り一遍見ただけだが、それでも今の今まで、この男に従っているところを見るまで彼女まで悪の手に落ちているとは信じられなかった……それほどまで、彼女らプリズムレンジャーは清廉潔白の代名詞、保安局育ちの世間知らずの正義の味方だ。

プリズムレッドとは僅かな時間ではあるが面識がある。
悪は倒せ、正義こそすべて、そのための犠牲は仕方がないものだ、というまさに自分がなじめなかった保安局の体現そのもの男がリーダーを務めるチームのメンバーである桃香が、大悪には厳しくても小悪に甘いとは思えない。

そんな彼女の洗脳を解いてしまったならば、口封じ目的に確かにこの男を殺すことは認められるかもしれないが……同時に娘も犯罪者とされてしまう。
戦闘員と行動をともにしていた、というだけで、自分がこの男を殺すのと同じ論理で美咲も殺されない、とはプリズムレンジャーの純粋さを知っているだけにそんな希望的観測は持てない。


だが、それを防ぐ為には…………


「ケケケ、それとも俺を殺すついでに同じ保安局に所属している桃香らまで殺して、口をふさいで見るかい?」


この男、リキュールがいうとおりの手段しかない。

あざけ笑う自分の娘ほどの年齢の男の声に、しかし雄太は反論すら出来ない。

確かにそれも一つの選択肢、だが自分はこの男ほど割り切れていない。
悪を確かになしているであろうこの男を殺すことは、もはやここ数ヶ月で一気に磨耗した良心に問うてみても否までは言い切れぬものであったが、だがしかし同じく正義の味方として戦っている人間の命を、身内可愛さに殺せるほどライダーオルティスは正義の味方として立てていた訳ではなかった。

それをするには更なる戦いの日々が必要であったのであろう、と考えてしまうあたり、鋼の外骨格でその身を覆ってはいても結局のところ自分はサラリーマン時代と大して変われていないのだ、と雄太は改めて自分のこの仕事への向いてなさを痛烈に思い知らされた。
歳を取り、経験を重ねたことである程度裁量を与えられていたとはいえ、それでも命じられた仕事をただひたすらにこなせばよかったあのころとは、今は違うのだ、ということを。

そしてその選択肢すらも、この目の前の男は削りにかかってくる。


「戦闘員だけならばまだしも、正義の味方を何人も殺したライダー。しかもその理由がそいつらが結んでいた、ってんだから、当然徹底した調査が入る、ってことは誰だってわかる……当然、本人だけじゃなくてその身内までな」
『っ!!』


覚悟は出来ていないとはいえ、それを決心すればすべて解決すると思っていた行為すら無駄だといわれ、雄太の相手の胸倉を掴む手の力が一層強くなる。
だが、今度は男の顔に叩き込む拳は出なかった。

それを見て、今まで戦ってきた怪人らと比べればただの雑魚に過ぎないはずの男は、自身を殺す力を持っているはずの正義の味方を前にしてもなお、殴られボコボコに腫れた顔を痛みすら感じていないように不敵に笑う。


正義の味方としても、私欲に溺れる個人としても、ライダーオルティスは、室川雄太は、中途半端すぎた。
正義の陰に隠れて私欲を肥やすことを是とする精神も、平和の為には何を犠牲にしてもと考えられる信念も持ち合わせず、ただ成り行きで、給料がいいからとこの仕事に就いたことのツケが回ってきたのだ。


そして目の前の男、雄太自身は知らないものの彼に変身ツールを与えた張本人であるリキュールはその彼の中途半端さを実によく理解していた。
それゆえ、最後の一刺しをこの目の前で震える虚勢の鎧だけを身に纏った男に突き刺す。


「ってーかおい、わかってんだろ? もうこの時点で詰んでんだよ。どっち選んでもあんたは俺たち犯罪者の仲間入りだ。後は娘さんが無事か否かだけだ、悩むことねえじゃん」
『っ……』


それを聞き、がっくりと肩を落とす雄太を見て、リキュールはこれで終わったことを確信した。
脳波のコントロールで痛みを消しているとはいえ、決して軽い傷ではないからさっさと治療しなきゃやべぇ、ともうすでに事後処理に思いを馳せるぐらい、目の前の自分の襟首を掴みながらひざから崩れ落ちたヒーローの図、というのはまさにその勝利を証明するものに他ならなかったからだ。



だが。




『ふ、ふふふ……その二つしかないか』
「あん? そうだって、もう諦めろよ」
『いや、もう一個選択肢があるだろう?』


キィィィィィ、とジェット機のエンジン音のような不愉快な高音とともに、雄太の背に備え付けられた主砲が、ターゲットすら定めずに光を集め始める。
それが何を意味するのか、ということを考えるのにあさっての方向を見ながらしばしの時間を使ったリキュールだったが、心当たりが会ったのか一瞬で顔色を変えてぎゅん、と雄太の方へと顔を戻し、焦った声音で問いただす。


「っ! てめぇ、まだ!」


その言葉が蘭華たちの耳に届くよりも早く、雄太は一気に立ち上がって弾けるように娘の方へと跳んだ。
それは、バッタ型改造人間を始祖に持つのに相応しいだけの跳躍であり、一瞬だけ蘭華たちの反応を遅らせるだけに足る初動を生み出し、その隙にリキュールの体そのものを盾にしながら蘭華たちの攻撃を防ごうという行動を間に合わせた。

リキュールが自分の急所以外を貫いて体もろとも雄太を攻撃させようと言う指令を脳から出すよりも早く、その加速は結果を出し、最愛の娘の下に雄太をたどり着かせた。

その間にも背負われた主砲のチャージはどんどん溜まっていく。

そのことに焦るリキュールを尻目に、ようやく最愛の娘を片手に掴むことが出来た雄太は、その手を名残惜しげに、しかしその決心を鈍らせぬよう力強く握り締める。
余りの行動の速さに、この中で唯一生身であった美咲はその行動に伴う衝撃波に耐え切れずに気絶していたが、それもまた雄太にとっては僥倖。
娘を中空に向けて思いっきり投げつける。


強化された片手で投げられた人間というものは、実に容易く飛んで行く。
その勢いで天井付近まで段々近づいていき、このままでは正面衝突するのも時間の問題か、と思われた次の瞬間、彼女に光が当たり、その身をライダーオルティスへと変化させた。
ツール型ライダーの最大の特徴は……悪の組織の人間以外であれば誰でも変身出来ることだ。
ただのうだつの上がらないサラリーマンを保安局に所属させたように、付き合った恋人が戦闘員だったがためにずるずると悪の道へと引きずりこまれた―――それでも、一切の改造手術や異形と化す魔法を受けていなかった少女をライダーと変える事も、もともとの所有者が放棄してツールを投げつける、などといった暴挙を取れば可能であった。

そうであるならば、天井の壁なぞとボール紙とさして変わりはない。
その鋼の装甲でもって身を包んだ美咲は、気を失った状態でありながらも廃工場の薄い天井を突き破り、リキュールらの手の届かないところまで消え去った。


後に残ったのは、悪の秘密結社の悪党とそれに従う従者達、そしてその衰えた筋力で必死になって手元に残した巨大な銃だけを支え続ける、一人の中年男性がいた。



「くっくっく、…………やられたねぇ。いや、お見事だった」


計算外の相手の行動に、リキュールは心底嬉しそうに笑った。
相手が自暴自棄で暴発したわけではなく、それなりの勝算を胸に動いた、ということは、この行為自体を単なるゲームと思っている彼にしてみれば実に嬉しい行動だった。
一瞬勝負を投げたか、とも思ったのだが、そうではない……この目の前の正義の味方は、自分の命をチップに今まで賭けたすべてを取り返そう、としていることがわかったからだ。

だからこそ、自分も最後までこの勝負を投げまいとリキュールは再び舌戦を開始して、相手の混乱と油断を誘おうと舌を回し、脳裏では人を操る毒電波を響かせる。


「だけど、逃がしたところであの子が俺らの下働きやってた事実は変わんねえんだぜ?」
「私のような中年の親父でも歓迎されたんだ……ちょっとぐらい荒れていた過去があっても強力な武装を持っているんなら、美咲だってすぐに保安局で守ってもらえるだけの価値を持てると思わないかい?」


大学を卒業してから、書類の山ほど入ったバッグ以上の重さのものをもったことのなかった雄太にとって、筋力強化の効果を持つ変身を解いてもなお、その巨大な主砲を支え続けるのは非常に困難なことであった。
だが、それでも、その手は離さない。

リキュールの心身共に対する揺さぶりにも一瞬も揺るがず、それどころかその反論で一瞬彼の言動を止めることすら成功した。


主砲だけ残して自分が娘に与えられるものはすべて娘に残した。
強力な威力を誇るこの巨大銃、オルティスブラスターを相手に向かって撃つ事などこんな出っ張ったお腹に代表される衰えた体では到底出来やしないが……自分を含めてすべてを巻き込んで自爆させることぐらいならば出来る。
操られているだけの正義の味方を殺す罪も、戦闘員として娘が犯した行為に対する罰も、平和を脅かそうとする悪の尖兵も、後はすべて自分が引き受けよう、と。


もはやその心に味方を殺す戸惑いはなく、もはやその体に自らの安否を気遣う怯えはない。
父として、最後の責任を果たすためにあったその姿には、その身を覆う正義としての鎧こそなかったものの、先ほどまでの今までのサラリーマン気分が抜けずにうだうだしていた男のものではなく、間違いなく何かを守ろうという正義としての心があった。









そして、だからこそ。
浪花節なぞに欠片たりとも価値を認めていない改造人間は、そんなくさい芝居に負けてやるつもりはさらさらなかった。


「大事なものを守る為に自爆……ねぇ? いや、ご立派。だけど、だったらその命を賭けた大博打にご令嬢を巻き込んじゃ駄目なんじゃねえの?」


先に出した脳内指令で、変身魔法で美咲の姿をとるよう蘭華に命じたリキュールは、そういって不敵に笑いながら新たな一手とともに更なるチップをレイズした。


次の話へ

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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