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梟森6

さらに半刻
 部屋に入った月光が見たのは異常な――しかし非常識を日常とする忍びにしてみればないとは言えない程度の――光景だった




   はあ          はぁ             はぁ

 荒い息が八畳一間の寝室に響き渡る。その横では微笑ましいような、何か悪巧みをしているような怪しい表情を浮かべた忍びが佇んでいた。

 もちろん、しのぶと卯月である。
 あの日のちょっとしたショッキングな邂逅から約一月、しのぶのからだにもうっすらと健康的な肉がつき始めており、それと同時に尾張に呼び出されていた月光が帰ってくる予定の日だった。
 月光の到着にはしばしの時間がかかると配下のくのいちから報告を受けた卯月は、しのぶに夕食を食べさせながら、天日に干していた布団を取り込んで居間に敷いていた。
 その途中、なにやらしのぶが体が熱いと言い出したために、あわてて布団に寝かせた。
 その表情には、心配そうな声とは裏腹に、いやらしい表情が浮かんでいた。そして夕食を食べた形跡を完全に片付けると、ゆっくりとしのぶの布団に近づいていく。


 そして、冒頭の月光が帰ってきた場面に繋がるのだ。


 着崩れた衣服に息も耐えんばかりの表情で身もだえする幼女と、それをいやらしい表情で見つめる筋骨隆々としたおっさんの姿。

 ぶっちゃけ、卯月が食事に一服持ったせいだった。

どう考えても怪しいというか、卯月がなにやら幼女にいたずらしようとしているようにしか見えない一画である。
世が世であればすぐにでもピーポー車の御用にかかるであろう光景がそこには広がっていたが、それを見た月光はその場にいた卯月をにらみつけるでも、心配そうにしのぶに駆け寄ることもなかった。ただ、感情の読み取れない瞳で、しのぶの様子を冷静に観察していた。

 その目で見られたしのぶも、それを不自然に思うことはなく、年齢もあってかなくてかあらわになっている肌に恥らう様子もなく、ませた少女のように見ないでと哀願する事もなかった。

 ただ、その目が合わさり月光の存在を感じ取ったその瞬間に、その顔に浮かんでいたのは、絶望だった。

 ああ、ついに終わってしまった。
 このしのぶという忍びが、今まで食事というものを知らなかったとはいえあっさり油断して家の中まで引き入れ、自らが敵の毒に、相手の放った罠なぞにたやすくかかってしまう。
月光が今まで手がけてきた十把一絡げの相手となんら変わりのない、才能のない忍びであったということが決定的にばれてしまった。月光の片腕と引き換えにするほどの価値がない忍びだということに。

 思わずしのぶは絡まった視線を自らほどいて目を伏せた。自らにはもはや月光と並び立つ資格がないのだ。
ああ、見捨てられる。
もう二度と月光はあの優しい目で自分を見てくれることはない、自分のせいでと覚悟していたものの一本となってしまったあの大きな腕で自分をなでてくれる事もない。今までも覚悟はしていたものの、現実にその状況に叩き込まれるとそんな覚悟なぞ何の役にも立たないのだということをしのぶは改めて思い知らされた。

 いっそ死んでしまおうと思った。
敵であるあのオカマの目的が何であれ、ろくに体の動かない自分なぞ月光の邪魔になりかねない。何よりそんな現実に自分が耐えられない。そう思って全身の力を振り絞って舌を噛み切ろうとするが、全身に回った熱であごが震えて力がはいらなかった。自決用の毒が与えられていたならば、と思わず臍をかむ。
この場に弱い自分がいてはたとえ月光が自分を見捨てていたとしても何らかの邪魔になるやもしれない、そうは思っていても体が自らの思うように動かない現状に、しのぶは物心ついて始めて、訓練と生来の癖ゆえに消えた表情ながらも涙を流した。

 だが、そんな感情に気付いていながら、気付いていないふりをして年長者二人の会話は始まった。


「どういうつもりです?」
「アラ、月光頭領。何って、お分かりになっておられるのでしょう?」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「………………」


 はぐらかす口調はそのままに、ただその表面だけをわずかばかりの言葉の敬意にかえて卯月が月光に対して含み笑いを投げかける。真面目な場面がその口調と動作のせいで台無しだったが、月光は突っ込まない事で場の空気を維持した。


「しのぶちゃんが何を気にしていたのか、私に気付けたぐらいですもの、七年間も寝食生死を共にしてきた貴方が気付かないわけないですわよね」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「………………」


 卯月のほうが年長であるがゆえに、月光とてその言葉に耳を傾けざるを得ない。むろん、上下関係を絶対とする忍びの頂点に君臨する頭領である月光だ。卯月を頭ごなしにしかりつけて、その言を一切無視することも可能だったが、伊賀頭領はそのような愚か者がなれるような地位ではなかった。
 ましてや、その言葉は月光の胸の一部を確実に穿つ的確なものだったのだから。

 しかし、身の内を、臓腑を、焦がす熱に身もだえしていたしのぶは、自らの名が上がった事に気付いていても、もはや会話の内容は頭の中にはいっていなかった。
 ただ、月光のために早く自害しなければ、という思いだけが空回りして、脳裏を焦がす。
 そんな間にも会話は進む。


「貴方がお忙しいのは存じているけれど、自らの愛娘を放っておいてまで、里のために働く必要はないでしょうに。信長さまもそこまで貴方を安く扱っていませんでしょうに」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「…………」
「さあ、さっさと抱いてあげなさい。我らしのびは影の中に行き、闇にまみれて死ぬが定め。伊賀頭領としてすべてを里のために、最善を選ぶ義務があるのと同時に、この子を生かしてこんな闇の中、畜生道に引きずり込んだ貴方には、この子の望みを叶える義務がある」(←どう聞いてもハスキーな親父声)


 普段では考えられない卯月のまっとうな、しのびとしての言葉に、月光は何もいえない。

 ああ、気付いていた。しのぶが自分に忍者の技能レベルがつかなかったことをどれほど悔やんでいるのか、それがために月光の片腕として戦場に立てなくなることをほかならぬ月光に気付かれる事をどれほど恐れているのか。
 気付けばしのぶを愛娘としてみてしまっている月光は、それを最もしのぶが恐れている事を知っているがゆえに、もはや片腕の事などどうでもいいのだ、お前がいるからこそ忍びとして生きることが出来るのだと伝える事が出来なかった。
そんな事を言えば、今度こそこの甘える事を知らない幼い少女は完全に月光に見捨てられたと思うであろう。

 しのぶがこのまま、忍びとして月光の片腕として戦場に立てば、確実に死亡する。それはいかに月光がかばったとしても変わりはない。
技能レベルとは、神が定めた才能とはこの世界に生きるものにとってはそれほどまでに絶対の力として作用する。

無論、伊賀の里にとて、忍者技能を持たずに生まれてくるものもいる。その者たちは里の消耗品を製作したり、薬物の採取、調合したりと言った形で里に貢献しているため、たとえ戦えなかったとしても軽く見られることなどない。しのぶも本来であればそういったことで里に貢献すれば、今のような孤独感にさいなまれる事もなかったはずである。
 が、その「生まれ」ゆえに、しのぶには月光の傍らで戦う事を除いて他の道は許されていない。
 戦場に向かうより他に道はなく、その道はまっすぐ死に向かって続いている。

 そして、それを告げたところでしのぶは自らの命を惜しむはずもない。最後のその一瞬まで月光のそばにいることを望むだろう。
 だからこそ、しのぶの葛藤に気付かないふりをして、せめて最後の瞬間だけは満足のいく死に様を与えてやろうと、その死出の旅路に自らも寄り添ってやろうと頭領の引継ぎ作業を進めていたのだ。


 だが、そんな月光に、卯月はもう一つの選択肢を投げ込んだのだ。



 「忍び」として、生きる事は出来ないならば…………「くのいち」として、育ててみろと。



 それは、ある意味戦場で死なせてやる以上に残酷な事だった。
 しのぶは、あと数年以内に実戦経験とそれなりの結果をつまねばならない。周囲の目ゆえに、支配者たる武士の命ゆえに、月光が片腕を切りおとしてまで育てた赤子が、本当にその価値があるものだったのか、ということを周囲に知らしめなければ、伊賀の秩序と織田家内での地位が保てない。
 その、しのぶをくのいちとして育てる。すなわち、今の年齢をしてしのぶをその道に叩き込むということに他ならなかった。

 伊賀の里では、色吊りの術を授ける年齢を、数えで12になったときと定めている。基本的にそれ以下から仕込んだところで需要がそれほどないことに加えて、免疫力の低い幼児時代から仕込んでしまえば、女ざかりを迎える前に寿命が来てしまうからだ。
 くのいちになりたがるものなどいないため、近辺の村々からさらってきて仕込んでいるぐらい人材が供給不足の現状において、貴重な人材をごくごく少数の特殊趣味の的のために仕込むこと無駄が多いと思われたのだ。それを基礎として育ってきた月光の忍びとしての倫理観からいっても、しのぶを今からくのいちとして育てる事に戸惑いを感じるのは事実である。

 それでも、その思いが自らのわがままだとわかっていても、月光は少しでも長い生をしのぶに紡いで欲しかった。



 ならば、卯月が言うように、この役目は誰にも渡さぬ。
 この幼い少女を地獄への道へと落とすのはこの月光だ。
 その上で、しのぶと共に死への道を歩んでいこう。
 共に、比翼の鳥として、その片翼が折れて大地に堕ちる最後のその瞬間まで、生を、死を共にしよう。




 ゆっくりと、月光の片腕しかない腕がしのぶのからだに近づく。その動きを、熱っぽい目で追うしのぶ。


「……月光?」
「………すまんな、しのぶ」


 一言だけ、謝罪する。その言葉をかけたとしても、しのぶにとっては何の慰めにもならないのだと、自らの心を軽くするための単なる偽善だと月光は十分理解していたが、そういった思考を経てなお、言わずにはおれなかった。

 壊れ物でも扱うように、まるで身のやわい果実の皮をむいていくように細心の注意と出来る限りの優しさをこめて月光はしのぶの装束に手を書けた。
 ふう、ふう、ふう、と熱の篭った息を吐いて、思わぬ月光の動きに戸惑いを隠せないしのぶ。


「良いか、しのぶ。お前の努力のかいがあって、お前は基礎を十分に納めたと卯月殿に認められた。俺自身もそうだと思う。それゆえに、これから俺の片腕としての修行を本格的に始める」


 ああ、何たる偽善。
それでも、今度の言葉は先ほどとは異なり、完全にしのぶのための嘘だった。その証拠にそれを聞いた瞬間、卯月に盛られた薬でろくに思考も纏まらないであろうしのぶの表情が、めったに見せることのない笑みの形へと変わった。



(ああ、自分に技能レベルがないことを月光は当に知っていたのだ、知っていてなお自分に接してくれたのは、今の自分に出来る事があるからなのだ)



 ならば、いかなる苦痛にも耐えて見せようとしのぶは誓った。里の、月光のそばにいられるのであれば、先ほどのようにいつ捨てられるのかと恐怖に怯えるくらいであれば、月光が命じるのならば自らの右腕すらも一言も漏らさずに切り落として見せようと。

 だからこそ、その言葉を聞いたしのぶは即座に深くうなずいて見せた。いかなる行為であろうただ一言命じろと、それさえあればどのような事であろうと耐えられると。


 そんなしのぶを見て、月光は気取られないように覆面の上から表情を歪めた。

 しのぶをこのように生かし、育ててきたのは自分だ。自分の片腕として、道具として技を仕込み、道具として自分にあつかわれる事に喜びを感じる、否、道具としてしか喜びを感じられなくしてしまった。
 このように、しのぶが自分を責めないのも、すべて自分がそのように仕込んだからだ。
 忍びとは大なり小なりそういったものとはいえ、潜入捜査も求められるためそのなりの自我を持っていなければ忍びといえど使い物にならない関係で、ここまで徹底して自由意志を失わしめた例など、伊賀の歴史を紐解いたとしても、ありえない。
幼子を拾い、自らの道具として育て、本来であれば真っ直ぐであるはずの思考をゆがませ、そして今、自らのくだらぬ思いのためにその魂まで汚し、喰らおうとしている。



 忍びは狗と呼ばれてきた。
 だが、この月光は違う。断じて異なる。

狗にも劣る、腐肉あさりの梟だ。
 
そして、しのぶもまた………



 そんな思いがあったにもかかわらず、いや、だからこそ、月光はしのぶのため、しのぶを月光自身にとってもっとも役立つ片腕へと変えるべく、全てを見渡すものの立場からすれば残酷極まりない行為を始めた。


      これから月光は、しのぶを、誰よりも大切な愛娘を、犯す。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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