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ドラゴンに首ったけ番外4

おまけ劇場その4 『裏切りの指輪』











アンドバリの指輪、というマジックアイテムがある。
水の精霊のもとより盗み出された、人の心を惑わし、死者をもよみがえらせる水の精霊力が込められた、超弩級の危険なマジックアイテムだ。
たった一つで一国をも操りかねないこの指輪は、竜にも負けない紛れもない危険物であり…………そして、それ以上にそのアイテムの持ち主は危険だった。





実のところ、レコン・キスタ派首魁にして、司教でもあるクロムウェルは焦っていた。
己の力によって集めに集めた軍勢をもってすれば、もっと容易くテューダー王朝を滅ぼせるはずであったのに、いまだそれが成っていない為である。

無論、原因は一つ、あの忌々しき竜のせいだ。どういったわけか此方の陣地ばかり破壊してくるあの竜によって、作戦行動がことごとく遅れている。そればかりか、全く馬鹿らしいことにテューダー王朝が竜を味方につけた、などといううわさまで広がり、それを恐れるものすら出る始末。
全くもって思い通りにならない現状に、クロムウェルは焦っていた。


「閣下……一つ、よろしいでしょうか」
「おお、なんだね、我が親愛なる部下、ボーウッド艦長」


だが、だからこそ己が焦った様子などを見せてはならない、ということをクロムウェルは誰よりも理解していた。そのため、可能な限りの演技で鷹揚に振る舞い、ここ会議の場において部下であるレコン・キスタの軍人の一人の声に答えた。
作戦会議中に一介の軍人であるものがよりにも寄って最高指導者に直接口を叩くなどという異常事態に周囲はざわめいたが、それを手で押さえて、クロムウェルはポーウッドを促した。
どうせ次に言うであろう言葉は「積み込みが完了した」と言うものだろうと思ったのだ。

このままならぬ現状にいらだったクロムウェルは、本来であれば王党派を壊滅させた後に拿捕した艦に使用するための技術だった超長距離大砲を急遽すでに保有していた戦艦に積み込むことで使用しようとし、今回レコン・キスタ側にて巡洋艦で敵艦を二隻も撃沈したこの凄腕の艦長に与えはしたが、それの設置が完了したとの報告以外の言葉をこの場で聴く予定はなかった。
なんといっても、この男は己のやり方に不満を持っているらしいのだ。いや、口に出しては言わない。だが、司教としてそれなりの経験を積み、指輪の力があったとはいえ弁舌によってレコン・キスタの主となったクロムウェルには、心情としてボーウッドは王党派に付きたいのだろう、ということが十分わかっている。


「一つだけ、お尋ねしたいことがございます」
「ほほう、これは興味深い。軍人である君が、政治家でありいまやこのレコン・キスタの指導者である私に一体何をききたいのだろうか? 遠慮などいらんよ、言ってみたまえ」


それゆえに、予定にはない言葉を発し始めたボーウッドの押し殺した声に秘めきれない怒りのようなものを感じて、基本的に小心者であるクロムウェルは始めはうろたえそうになった。
だが、それ以上に彼は軍人であり、政治的決定に余計な口をさしはさまないであろう、ということを理解していたがために、すぐさま余裕を取り戻して己の地位を強調してこの忠実なる軍人に対して釘をさしておく。

まあ、仮に彼が何らかの事情で血迷ったとしても、この場にはいまや一大勢力となったレコン・キスタ首脳陣を守るため、何人ものメイジ、騎士が控えている。しかも、クロムウェルが心を操っているものだけではなく、心底彼の言葉を信じ、正常な心理によって大司教クロムウェルの元正当な王権奪取を支持するものまでが。
軍人としての分を弁えていたはずのボーウッドが何を血迷ったのかは知らないが、自らの身に危険が及ぶ可能性は無に等しい、という事実こそが、クロムウェルの余裕の元だった。

そのためクロムウェルはなんら静止をすることなく、そのままポーウッドの発言―――レコン・キスタの鉄の結束を完全に崩壊させることとなる次の一言に聞き入ってしまった。


「あなたがその水の精霊から奪い取ったアンドバリの指輪を使って死者を自在に操り、レコン・キスタの勢力としているという噂は本当ですか?」
「「「「っ!」」」」
「なっ! 何を……」


彼が虚無と証する力は、「死者を蘇らせる力」ではなく、「死者を操る力」だ、という彼しか知らぬはずの事実。
一瞬で会議場に動揺が走る。それは、クロムウェルとて例外ではなかった。
クロムウェル本人には何故そのことを、という驚愕を、操られているものにはその彼からの指示が途切れたことによる停滞を、そしてそれ以外のものには、もしや、という疑念の芽吹きを起こした。


「さらに問おう。あなたに授けられたという虚無の力とは、誰かから与えられたそのマジックアイテムによるものだというのは、本当か?」
「くっ…………」
「答えろ、クロムウェル! 王家を攻めると決めた議会はすでに死者となっており、その決定は貴様に操られていないと誰が証明するっ!!」


続く追求がさらにそれを加速させる。
真実を知ることとなったボーウッドが、軍人として敬愛する王家に杖を向けることとなった元凶に向けて厳しく糾弾するも、その言葉に何一つまともにクロムウェルは反論することが出来なかった。


アルビオン王国は始祖の末裔が建てた国であり、テューダー王朝はその血を引く正当なる血統だ。六千年間ずっとメイジが支配階層であるという社会構造上、地球の歴史以上に血統を重視し、王族が尊ばれるハルケギニア世界において、そのテューダー王朝に対する反乱ということは、到底多くのメイジたちに受け入れられることではない。

にもかかわらず、今回レコン・キスタがクロムウェルにより操られているもの以外にも支持されているのには、一つの理由があった。それは、「虚無を使える大司教クロムウェルは、腐敗しきったことで始祖に見捨てられたテューダー王朝を打倒するために始祖より遣わされた正義である」という大前提であり、それをすごく見た目的にわかりやすく裏付ける死者をも蘇らせる『虚無』の力だった。
これがあるからこそ、たいていの場合多少の不満を忘れさせる王家への忠誠や、あの立派な王子ウェールズを殺すことになる、という後ろめたさをごまかすことができていた。死してもなお蘇れる、と思えばこそ、命を惜しまず戦うことが出来た。
その名の通り、死をも恐れずクロムウェルを通じて神である始祖ブリミルに忠誠をささげることが出来る、十字軍のように。

だが、それらすべてが始祖より授けられた自らの正義を証明するものではなく、たった一人のメイジによる野望に端を発したものであったならば。腐敗した王家よりも新しい「虚無」による革命を求める大多数の貴族らの支持が、その力により操られた、歪んだ貴族議会の投票と偽りの鉄の『結束』によるものであるなら。
そして何より、今自分が正義によって選んだはずのレコン・キスタへの忠誠が、実はすでに死した者を通じて操られたものであったならば。


猜疑心の強そうな高い鷲鼻に、理性と共に計算をうかがわせる瞳、全身を覆う緑色のローブのすそからはすえた様な気配すら漂う何処か怪しげな男、クロムウェル。

どうしてこのような禍々しい気配を持つ男に心底忠誠を誓っているものが多くいるのか、口に出しはしないもののすべてのレコン・キスタ所属の人間が思っていたその疑問に、ボーウッドの述べた「今まで知られていた死者を蘇らせるというのは虚無の能力ではなく特殊なマジックアイテムによるものだ、忠誠を誓っているように見えるものはすでに死者であり操られているだけだ」、という推論は非常に納得のいく答えだった。
そのため、その疑念の目はあっという間に芽吹いて花を咲かせ、会議室中に広まった。


「そんな、まさか……」
「いや、だが確かに……あれほどまで王家に忠誠を誓っていたコーム卿が何故従ったのか、説明がついた!」
「ならば我々の同士を操り、王家にささげられるべき忠誠を、クロムウェル卿が掠め取ったというのか!」
「卿、説明されよ!」
「うっ…………あ……」
「クロムウェル!」


その流れを全くもって止められないクロムウェル。彼の狼狽が一層ボーウッドの言葉が真実であると裏付ける。
彼らとて、王家に不満はあった。大きいものでは自らが仕えていた主君である大公家を理不尽な理由で取り潰されたりといったことであり、小さなものではあるときの恩賞で己のもののみが理不尽に少なかったり、といったことだ。

それらが積もり積もってレコン・キスタへの参加を自分で決めたのだから、ある意味勝てるための手段を自分たちにもたらしたクロムウェルのみを責めるのは間違いであるかもしれない。
だが、王家への忠誠と始祖信仰が裏切られたと感じたそのとき、彼らにそういったことを忘れさせるような感情的な何かがもたらされてクロムウェルへの糾弾へと変化していった。




この流れが拙いことなど、もはや誰の目にも明らかだ。
当然、当の当人であるクロムウェルにも痛いほどよくわかっている。
それにもかかわらず、いつもはすべらかに動く口が全く動かないことにクロムウェルは愕然とした。


司教としての時代に覚えた他者が親しみを感じるような物腰、声の抑揚による人心の掌握、教区すべての貴族の名前、系図、紋章をそらんじられる抜群の記憶力。

これらすべては、王者にとってみればあればあるだけ有利な理想的な能力だ。
世界最高の知能を持つ王に見出されるほどの高いこれらの能力を、クロムウェルはただの一司教の時代から備えていた。だが、これらすべてを備えていながら彼はジョゼフに同士として認められることはなく、かといって敵として扱われることもなく、傀儡とされてしまった。

そう、クロムウェルは最高の役者として演じることの出来る得がたい人材だった。彼ならばひょっとすればアンドバリの指輪がなくてもその卓越した人身掌握術でレコン・キスタという王権打倒団体の指導者になりえたかもしれない
だがしかし、それは『台本があれば』という前提があってのことだ、と言うことをここで彼は如実に表した。死者を傀儡として動かす力をガリア王から与えられた虚構の玉座の王は、自身も台本のないことには全く対処できないという、己自身も傀儡であるとここで露呈させた。
彼の持つ各種の能力はどれもあれば王権にとって非常に有効に働く能力ではあるものの、なければ運営できない、というものではない。
そう、クロムウェルには指輪の力で支配者を気取ることは出来ても、本当の王者に必要な判断能力とそれに基づく決断力が致命的に欠けていたのだとジョゼフが見抜いたように。

それゆえ、この場において彼が出来ることは、たった一つ、


「だ…黙れーー!!!」
「な、何をするっ!」
「しまった!」
「おのれっ! ……………」


子供の癇癪のように感情のままに叫び…………指輪の力を使って、この場にいるすべてのものを、己の忠実な人形へと変える。ただ、それだけだった。
追い詰められたクロムウェルは偶然にも、ミョズニトニルンの力を借りずともアンドバリの指輪のもう一つの力の発動に成功したのだった。


ぜーはーぜーはー
「こ、これは……」


今まで静かであるとは言えこの部屋にいる他者の息遣いが感じられた部屋に、クロムウェルの荒い息と驚愕の声だけが響き渡る。他の人間はすべて、己の意志を失っている。

それは、つい先ほどまで彼を糾弾していたボーウッドすら同じであった。目から光を失って、只の木偶のようにその場に立ち竦んでいるに過ぎない。
そう、すべて彼クロムウェルの命に忠実にしたがう人形へと変えられてしまった。

考えることは出来る。
判断能力は持っている。
精神により巻き起こされる力、魔法すら使うことが出来る。
だがしかし、その思考はすべて一人の男に握られている。

これこそが指輪に蓄えられた水の力の死者を操る以外のもう一つの能力。
生者の心の改変だった。


そのこと―――今まで死者を操っていたのと同じ感覚が彼らから伝わってきたこと―――に、やがてクロムウェルも気付いた。
己が、死者のみならず生者すら操る力を得たことに。


「フフフフフ…………」


回りすべての人間を己の忠実な人形に変えた事に気付いたクロムウェルは、息が整うと、やがて笑い始めた。
やがてその声は、徐々に大きくなっていく。


「フハハハハハハハ、そうだ、初めからこうすればよかったのだよ…………そうだろう、諸君」
「「「「そのとおりです、陛下」」」」


完全なる彼の奴隷となったレコン・キスタ首脳陣とボーウッドは、声をそろえて彼に同意を示した……クロムウェルの命ずるままに。

その響きにクロムウェルは酔う。
レコン・キスタを結成し、そしていざ王城を攻めん、とするときが上り坂、竜が現れてからが下り坂であるとするなら、今このとき再び上り坂に、否、一気に絶頂期へと駆け上がったのだから。


「そう、不満を抱かず、不平を言わず、ただただ尊き目標、『聖地奪回』のためにすべてをささげる我が理想の不死の兵士達。鉄の結束を持つアルビオンの……否ハルケギニア全土を治める皇帝クロムウェルに仕えるものたちだ、そうだろう!」
「「「「その通りです、陛下」」」」
「フハハハハハハ、これこそが虚無、これこそ我が力だ!」


誇れるほどの家柄も、万人に認められる信仰心も、何かをなすための財力もなく、メイジとしての力も持たない一地方の司教だった彼に、一国を、世界をもたらす力をくれたアンドバリの指輪。
その力がまたも己の危機を救ったことにクロムウェルは一人空っぽの玉座に笑う。

たとえ他者にさげすまれるような卑劣な手段によってであっても、クロムウェルはその立場を肯定する。
この指輪の力、この生と死を操る指輪さえあれば、いかなる物事でも成し遂げられないことなどない、それこそ竜にも匹敵する力を己は手に入れたのだ。人間すべてを自在に操る感覚、それはあまりに甘美なものだった。


この瞬間の彼は、竜による自軍の被害も、想いもよらぬ抵抗を見せる王党派の悪あがきも、トリステインから矢継ぎ早に送られてくる非難の文章も忘れることが出来た。
もはや己に敵はいない。あの竜だって、この指輪による無限の兵士さえいれば、十分に打倒可能…………いや、この力を持ってすればひょっとするとあの竜すら討伏できるかもしれない。エルフに竜にメイジに平民、すべてが自分の元にひざまづくのだ。


「ひゃひゃひゃあはははははははははぁ」


そう思うと、もはや口から意味を成さない笑いが漏れ出すのをクロムウェルは止められなかった。


「そうだ、もはや兵を出すなどとまだるっこしい手段など必要あるまい。歯向かうものはすべて、この力で」
「「「「………………」」」」


しかし、そんな己に酔ったような歪んだ全能感に水をさすものが、この場には一人潜んでいた。


「それはどうですかな」
「っ! ……誰だね」


すべてが己の従者となったはずの場所に、己の意図しない声が聞こえたことで反射的に警戒し、指輪を向けるクロムウェル。ここには味方以外絶対に入れるな、と堅く周囲の兵士に命じてあったにもかかわらず、新たに生じた声。戦士ではない彼に気配を察知するといった能力など持たないがために、今ここに刺客でも現れれば本来の彼であればおそらくひとたまりもあるまい。

だが、自身の持つ指輪の力を信頼しているのか、もはやそこには先ほどまであった狼狽はなく、人形遣いの王にふさわしい風格を取り戻していた。
その威厳に圧倒されたのか、その侵入者はあっさりと姿を表した。


「お久しぶりです、閣下。」
「おお、子爵! ワルド君!」


そこに現れたのは、羽のついた帽子にトリステインの魔法衛士隊の制服を来た一人のメイジ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドその人であった。
閃光とまで呼ばれるほどの使い手、メイジとしては己よりもはるかな高みにいる彼を見ても、もはや指輪の真の力を理解したクロムウェルは微塵も動揺せず、それどころか鷹揚にうなずくだけだった。

かつては寛大に扱いながらもその力に嫉妬を隠せなかったスクウェアメイジに対しても、今は穏やかな気持ちで見下せる。そのためクロムウェルは、ワルドの謝罪の言葉もあっさりと許して見せた。


「任務も果たせずおめおめと姿を現す羽目になり、申し訳ございません」
「何、かまわんよ。それよりも久しぶりだね。君も私を弾劾しにきたのかね」


この場において、今まさに火蓋を切らんとクロムウェル自らがまずは舌戦でワルドに戦いを挑んだ。現状を考えれば如何に今まで自分の命に忠実に従っていた優秀な部下のワルドとて自分を恐れ、排除しようとするであろうということが理解できぬほどクロムウェルは愚かではない。
だが、ワルドはその言葉に首を振った。


「いいえ、閣下。我が望みは唯一つ、新たな世界が見たいだけです。それが可能であるのであれば、虚無であろうと指輪の力であろうと」
「そうか、欲のない男だ」


目に力をなくした元同僚達を尻目に、この状況からすれば異常とも思える冷静さのままでワルドはある歴史と同じような会話を続けた。
クロムウェルにとって意外なことであったが、ワルドにしてみればここで同僚達を助けることは全く持ってプラスにはならないため、これは彼の性格を知っているものからすればおかしくはない。虚無と偽ってきた彼の力を認める、という発言は、祖国や婚約者すら裏切った男の台詞としては、まあ妥当だろう。

いかに彼といえども、先ほどクロムウェルが見せたあの指輪の力には対抗できそうになかったからだ。そして、彼の目的のためには、クロムウェルが、彼の『力』が必要だったのだから。
それを聞いて安心したように息を吐く大司祭にしてレコン・キスタの支配者に、ワルドはぎこちなくではあるが、微笑んで見せた。

だが……


「だがね……」
「うぐっ……か、閣下?」


ワルドが不意によろめき、徐々に目から力を失っていく。その視線の先には、彼に突きつけられたクロムウェルの指先があった。やがて、水の精霊の力が完全にワルドの意識を奪い去るまでにそう時間は掛からなかった。


「私にはもはや、絶対の忠誠以外はいらないのだよ、ワルド君」


虚無でなかろうと己に忠誠を誓うといったワルドにすら、クロムウェルは指輪の力を向けたのだ。

本人は知りもしないが、元々この指輪は水の力の結晶の中でもメイジの手によるものではなく、先住の魔法によって作られたものだ。ゆえに、呪文など必要なく、杖など意味を持たない。

ただ、指輪を向けるだけでその力を振るうことが出来る。以前の人前では演技のために呪文を唱えたこともあったが、この不意打ちの際にはそのようなことなど行うはずもない。
ゆえに、スクウェアメイジのワルドすら、避けることが出来なかった。


そう、死者のみならず味方すらもこういう自分の言うことのみを聞く駒にしてしまえば、レコン・キスタをまとめるため要らぬ演技や心労を抱えることなど必要ない、とクロムウェルは気付いてしまったのだ。
その対象が、裏切り続けてこちらについたような信用できないものであるならば特に。


「ハハハ、ハハハハハ。さあ、ワルド君。何が君の不安だったのだね」
「それは……まず、そこにボーウッドがつれてきた、彼の同僚の使い魔が潜んでいることです」
「何っ!」


そうしておいてからゆっくりとワルドから先ほどの「それはどうですかな」という台詞の真意を聞き出そうとしたクロムウェルだったが、彼のその予想外の声にあわててワルドのさした場所を命令を待っていたボーウッド自身に探らせる。
そこには確かに、ボーウッドがこっそり潜ませていたのであろう鷹の使い魔が潜んでいた。ただし、すでにクロムウェルの指輪の影響を受けて彼のシモベへと成り代わっている状態で、だが。
そのため安心して、クロムウェルはそれを持ち込んだボーウッドに真意を問いかけた。


「ボーウッド艦長。君は一体どういうつもりでこの子を潜ませていたのかね」
「それは……万が一私が殺され、その死体が操られることとなるような事態となった場合を、同僚達に伝えるためです」
「ほう、ということは今もこの主は感覚を共有して、会話を聞いている、ということかね?」
「おそらくは……」


なるほど、ボーウッドも無策で己に向かってきたのではない、と納得する。だが、そのような小細工、この指輪のもう一つの力に気付いた己には関係ない、とばかりにクロムウェルは笑い飛ばした。
そう、精神支配に対して有効な抵抗力を持たない人間であれば、もはやいかなる強力なメイジであろうと己の敵ではないのだ、そう思い上がっていた。


「ハハハ、だが、もはやそんなことなど何の意味もない。逆らうのであれば、またこの指輪の力の餌食となるのだけだよ」
「ですが、もう一つ問題があります、閣下」


クロムウェルの言うことは確かに正しい。殺さなくても自身の僕へと変えられるというのであれば、もはやこの指輪の力が他に漏れたとしても何の問題もない。軍勢すら、必要ない。必要があるならばそやつらも人形に変えてしまえばよいのだから。

だが、そんな彼の心にワルドの声がさらなる水をさす。上機嫌のクロムウェルはそのまま聞き続けたが、今度はそう簡単に聞き流せる内容ではなかった。


「ほう、お聞かせ願おうか、子爵」
「そしてもう一つは水の精霊の力の残りの量です」
「水の精霊の力? なんだね、それは」


聞き覚えのない言葉に思わず首をかしげる司教。
しかし、その内容は今の彼には最も重要なものだった。


「その指輪……アンドバリの指輪は水の精霊によって作られた先住の秘宝です、閣下」
「ほう、それは知らなかった。何故君がそんなことを知っているのかは後で聞くとして、その残りの量とは何のことだね」
「その指輪は風石等と同じ先住の魔法による水の力の結晶。故に、風石と同じく……」
「何っ!! つ、使えばなくなるというのか、私の虚無が、私の力が……っ! はっ……確かに石の大きさが徐々に小さくなっている!」


小さな教区の単なるうだつの上がらない一司祭であったクロムウェルが酒場で偶然手に入れた絶対の力。だがそれは、この世から音もなく溶けるように消え去ることとなったティファニアの指輪とほとんど同じ成分で出来ている。
ただ、彼女の指輪とはその水の精霊の力の凝縮率が異なるだけであり、それゆえに一定量の力を使い果たせば手に入れたときと同じように消え行く定めにある。

そうなれば、このレコン・キスタは、「彼」の軍は、同じく泡と消える。
せっかく、せっかく新たな力を、玉座を手に入れたというのに、それが期間限定の氷で出来た溶けゆく玉座だとでも言うのか!

考えても見なかった事態にクロムウェルは、先ほどの落ち着きをまたも放り投げて狼狽する。


「何か、何か方法はないのか! そ、そうだ……この指輪をもたらした、シェフィード嬢がいれば、きっと何か……」






「もう一つ、方法がある」


朗々と響くその声の直後、小さな風きり音が耳をかすめたのを、クロムウェルは感じた。そしてその直後、ぞぷり、と言う鈍い音と共に己の手から伝わってくる異常なまでの熱も。


「がぁああああ!!」


それにより、先ほどまでの狼狽した見苦しい態度は、すぐさま鈍い音とその後に響いた聞き苦しい声に取って代わられることとなった。思わず痛みの元を凝視するクロムウェル。が、それを見たところで彼は現状を信じることが出来なかった。

起きた現象自体は、誰にでも理解できる簡単なことだ。
背後から襲いかかってきた風の刃が、彼の手を指輪ごと斬り飛ばしたのだ。ころころと、実に容易くその手が指輪ごと転がっていく。命令を下されない限り、彼の従者達がそれを助けようとはしない。ただ、それだけだ。

だが、どうしてそのようなことが起こっているのか、それがクロムウェルには理解できなかった。
周囲のものが操られている、と言うこと以前にここはレコン・キスタ首脳陣が一堂に会する本陣だ。故にそれなりに警備の厳しいここにこうも容易く忍び込んでくるとは……そう思って狼狽しながらも、痛みでほとんど思考も出来ない状態で必死でその指輪を追いかけるクロムウェル。死者をも蘇らせる指輪の力を持ってすれば、手の一本ぐらい容易くくっつくであろうから、その行動は正しい。
だが、彼が必死の形相で伸ばした手が己のもう一つの手を拾い上げる前に……その手は一人の男、彼の手を切り飛ばしたメイジに拾われてしまった。


「一度なくなった先住の魔法を再度込めるより、レコン・キスタそのものを切り捨てる方がはるか簡単でしょうな、閣下」
「馬鹿な……何故、そこに……」


その驚愕を山ほど込めた声の先にいたものは……世界最強の風メイジの一人、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドその人だった。

あわてて後ろを振り向くクロムウェルだが、そこにはボーウッドと同じく目の力を無くして佇むれっきとしたワルドの姿があった。
だが、己の前にいるのは紛れもないワルド。己が駒として扱っているものと全く同じ顔、体格、服装をした男がそこにいる。彼には全く理解できなかった。
その彼に、指輪を奪ってもう一人の己の支配権すら取り戻して、『二人』のワルドが声をそろえてもはや軽蔑しきった声音で種を明かした。


「お前が真にメイジならば、気配でわかったかもしれないがな」
「まさか……」
「そう、そこにいるのは俺の『遍在』だ」


そういって指輪を奪い取ったクロムウェルの手を投げ捨てたワルドが指を鳴らすと、クロムウェルがつい先ほどまで完全に支配していたはずのワルドの姿は跡形もなく消えうせた。

遍在。
己の分身を作り出し、さらには遠隔操作まで可能とするブラッドたち竜の巣一行を最も苦しめている風のスクウェアスペルが、ここレコン・キスタでも牙をむいていた。

絶対的優位に立っていたはずの状況からワルドを敢然と支配した己の行動が、完全に手玉に取られていたことを察してクロムウェルの顔が青くなる。
言い訳のような、命乞いのような、怒号のような胸のうちの声が始終湧き上がってくるが、それをまとめることすら出来ずに口をパクパクと間抜けな魚のように開け閉めすることしか出来ない。やはり彼は、基本的に小物なのだ。

そんな彼に、ワルドは哀れみすら覚えた。つい先ほどまで、このレコン・キスタの支配者として悠然とした姿を見せていたものが、今は痛みに脂汗を流しながら必死で口を開け閉めして荒い息を吐いている様は、とても見れたものではなかった。

そしてその哀れみの感情は、今の彼の協力者に命じられたよりもほんのちょっとだけ余計にこの「元」主に手を貸すことに決めさせた。
見苦しくもわめきたてるクロムウェルに、決別の言葉にも似た慈悲をかける。


「返せ、返すのだ、わたしの力を!」
「人形どもはこのままにしておいてやる。真の王と気取るのならば、この状態からひっくり返してみせるのだな」


それは、残酷な慈悲だった。
こうして最後に一言だけ述べて、表向きだけとはいえかつては忠誠を述べた主が痛みで動けなくなっているのを尻目にワルドはきびすを返して、沈み行く船、レコン・キスタから立ち去った。
後に残ったのは、ボーウッドの働きによりクロムウェルの実情を知ったレコン・キスタの真っ当な将士たちの近づいてくる喧騒と、痛みに呻くクロムウェル、そして彼に忠実に従うよう命じられ、無言で付き従っている水の指輪の奴隷達だけだった。


「わたしの……わたしの力が…………」


そう最後に一言だけ言って指輪の力に翻弄された哀れな男は、痛みにより意識を失った。








「無様なものですね」


ワルドがグリフォンに乗ってアルビオンを脱出しようとしたころには、レコン・キスタの陣地の内部で砲撃戦が始まっていた。それを見ての彼の同行者が発した冷たい言葉。
ガンダールヴによって致命傷を負ったときに魔法とは違った不思議な力で助けてくれた己の命の恩人とはいえ、クロムウェルを操りさんざん躍らせておいてのその言葉は癪に障る。しかし、ワルドは何もいわなかった。

己自身がその引き金を引いたが故にそれから眼を放さずに、ワルドは隣で騎獣にも乗っていないばかりか、杖すら持たずに空を飛ぶ女に声をかける。


「それよりもシェフィード嬢、いいのか? アンドバリの指輪を俺に預けたままで」


それはあくまで確認だ。協力者に頼まれたとはいえ、わざわざ己自身でクロムウェルの力の源を奪い取ってきた以上は、返せといわれても返すつもりなどない。
そして、シェフィードと呼ばれた女―――ガリア王ジョゼフの使い魔は、そのワルドの内心を知っているかのように答えを返す。


「それは、強き意思の持ち主が持っておくべきものですから。それだけでなく、ワルド様が更なる実績を上げられた暁には、もういくつか同じほど有用なものを差し上げましょう」
「そうか、それは楽しみだ」


ついこの間まで今まさに死に行かんとしている司祭を主と仰いでいたはずの女が、そのときと全く同じ表情で自らに笑いかけてきて、耳元で悪魔の誘惑をささやく。己と同じように踊っているように見せながら、いつの間にか死神のパートナーを押し付けてくるその誘惑に、気付かれないように顔をしかめる。
そのため、その答えを聞いて口ではそう感謝の言葉をいいながらも、ワルドは一層警戒を強くして、小さく呟いた。


「ガリア王ジョゼフ…………恐ろしい男だ。クロムウェルの末路は、俺の未来なのかもしれないな」
「何か言われましたか、ワルド様?」
「いや、なんでもないよ」


そういって彼は、クロムウェルの二の舞にはなるまいと固く胸のうちで誓いながら、死者を操る、というもの以外のガリア王ジョゼフの持つ力を手に入れんと一路ガリアへと向かった。

もう、後ろは振り向かない。
ただ、祖国を裏切って、誰よりも愛しかった少女を捨ててまで果たしたい目的のために。

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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