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鬼畜ま!12

十二話












 近右衛門は悩んでいた。

 その目の前の書類にはほぼ必要な事項が記入されており、後は判子を押すだけ、という状態になっているのだが、それでもなおこの書類を承認すべきかどうか悩んでいた。
 この眼前にあるものは、とあることに必要な書類である。この書類を廃棄するか、承認するかと悩みながら、とりあえず空欄を埋めながら考えようと思って必要事項に記入をしていたのだが、空欄を埋め終わっても今だ明確な結論は出せないでいた。

 と同時に、自分の中の脳内天使が、「最近悩んでばっかりやなあ。このままやともっと頭伸びてまうで」と想像のはずなのに痛すぎる突っ込みを自身に入れていた。
 ちなみに脳内天使は長い黒髪の13、4才くらいの少女の姿をしており、常ににこやかな顔を崩さないのになぜか木槌をもっていて、目が痛くなるほど全身真っ白な服を着ていた。



 悩んでいる事項は、脳内天使に突っ込まれたように最近そればっかりだが当然ランスのことだった。最近は彼らの行動も近右衛門的には許容範囲内で収まっている上に、それらに刺激されたのかネギやタカミチといった学園内の魔法教師も修行に熱が入っており、それに加えて学園内への侵入者も以前とは一桁違う侵入量に抑えられているといういいこと尽くめだった最近の現状の何を悩むことがあるのか。
 それはもうすぐ生徒たちの中学校生活における一大イベント、修学旅行があるのだが………ランス一行を連れて行くべきか、いかないべきかということだった。

 普通に考えれば、シィルならばともかく一応役職上は警備員であるランスを課外授業である修学旅行に連れて行く理由なぞありはしない。いつも通り学園内の警護の任につけておくべきだ。出先でトラブルを起こされることを考えると、どう考えても連れて行かないことのほうが正しいはずである。


 しかし、問題は3-Aの修学旅行先と決まった京都の情勢である。

 木乃香の持つ絶大なる魔力の事が全国にばれた事をきっかけに、今関西呪術協会の過激派には「我々を謀ったあの怨敵、関東魔法協会に何とか一泡ふかせられないものか」と不穏な雰囲気が広がっており、関東魔法協会の縁者が来ることを今か今かと待ち構えているらしい。
 また、魔法界の事を除いても関西全域で何かトラブルでもあったのか、ヤクザ同士の抗争なぞも起こっているらしく、治安そのものが悪化しているとの情報を受け取っている。


 無論、関西呪術協会の長である近衛詠春は近右衛門の娘婿であり、木乃香の父親ということもあるので、大多数のものはさほど関東魔法協会を敵視してはいないし、関西呪術協会の過激派の者も長の心情を推し量っていきなり孫や生徒を傷付ける事は無いかもしれない。

 しかし、それをいうなら近右衛門と詠春は義理ではあるものの親子なのだ。
 あまり両組織の仲が良くない現在においてはそれぞれの組織の長、という立場が義理の親子という立場を忘れさせている。
 それが実の親子になったからといって劇的な変化が起こると考えるのは楽観視しすぎというものだろう。

 日本国から正式なバックアップを受けて明治維新以後において急速に勢力を伸ばしてきたため、あまり歴史の無い関東魔法協会とは異なり、古くより京都に本拠を置いて皇室を、ひいては日本を守ってきた陰陽寮を母体とした組織が関西呪術協会である。
そこに所属する魔法使いの中には、今でも日本国の魔法使いたちの方針は自分達の主導によるべきだ、との自負を感じているものもいて、こちらの勢力拡大を憎憎しげに見てくるものも多いのである。
 たとえ長の娘だから、一般人だからといって相手が手心を加えてくれるとは限らない。長の娘である木乃香を陰陽術師として育てず、ただの一般人として関東によこした事すらも一部の連中の気に触っていたぐらいだ。
 むしろ、あまりこちらと敵対する意思の見られない煮え切らない西の長に対する手札として、進んで木乃香やこちらの生徒を利用するかもしれない。

 無論、それらに対する生徒達の護衛としてネギ=スプリングフィールド教員を同行させるつもりだが、ネギ教師一人の京都入りにすら反対があり、表向きはこれ以上直接護衛という形で生徒達に魔法教師をつけるわけには行かない。
今回の旅は決して、護衛の数が十分ではないのだ。

そんな危険が想定される地に子供達を送り込むというのに現在の最強戦力の一人で、且つ関東魔法協会所属の西洋魔法使いで無いため関西呪術協会の過激派らも文句もつけられないであろうランスたちをわざわざ遊ばせておく必要があるのか、という事が今もっとも近右衛門の頭を悩ませている。

 修学旅行の行き先を変更する事も考えたが、今まで魔法関係に対して国家の出す予算の半分近くを関東魔法協会が独占していたという事に加えて、現状においては木乃香の魔力の事が魔法社会全体に広がってしまった直後という事もあって、ほとんどどの地域においても関東魔法協会は敵視されていると見ていいだろう。

 勿論関西呪術協会は関東魔法協会についで国内最大手の組織であるため、そこの過激派の人数はどこよりも多いが、たとえ暴走しそうな過激派の人数は少なくとも、全国の魔法協会の中には未だ前時代的に長のいう事を絶対とする風潮が残っているところもある。
 たとえ、過激派の暴走というリスクが低い地においても、その地に行き先を変更したとたんその組織の長が欲に駆られて全組織を挙げてこちらを狙ってくる、という新たなリスクが発生する可能性が無いとも限らない。

 各組織の長の考え次第によって容易にリスクがひっくり返るのであれば、どこが安全、どこが危険なぞ論じてみてもほぼ無意味であり、そのくらいであれば比較的距離も近く、多数派が過激派を押さえ込む事を期待できる京都に行った方が詠春からの報告によって相手の行動の予測を立てやすいためまだましであろうと判断したための行き先決定だったのだが。
 そして、その判断には学園長として、生徒達に定番ではあるが古都である京都への修学旅行を思い出に残してもらいたい、という教育者としての思いも若干混じっていたかもしれないが、そういった判断を下した事に対する後悔は無い。


 だが、そのほかにも取れる安全対策があるにもかかわらず何もしないという事が果たして正しいのか、という事で冒頭の悩みへと繋がるのである。

 リターンとリスクを天秤にかける。
 ぐらぐらと大幅に揺れる天秤の皿の片方に乗るものは生徒達のこの上ない安全と、新任魔法教師であるネギとその関係者にかかる戦闘面での負担の軽減。
 もう一方に乗るのはトラブルの増加と、それに対応するための事務処理および権力の行使による、多数の人材の精神的疲労と関東魔法協会の権益の減少。

 どちらも微妙な采配を必要とするものであり、重量の配分を見誤ればあまり頑丈では無い天秤ごと、全てひっくり返っておじゃんになってしまう可能性が大きい。
部下よりマズい飯を食い、部下より眠る時間が少なく、部下よりも後に退却する。これが上司の勤めとはいえ、ここ数ヶ月においてランスは、近右衛門の絶滅寸前の頭髪等に今までの数十年間の学園長生活では考えられないほどストレスによるダメージを与えていた。




 そして、かなりの時間を熟考に費やし、この天秤の左右の重さを比較考量した結果として、書面には「承認」の朱文字が躍ることとなった。

 ……ついでにランスたちの屋敷の監視のため、麻帆良学園謹製魔法と科学のハイブリットロボ、第4世代「茶」型ガイノイド、通称「茶々々々丸」を送り込むための予算案にも判を押した。ランスたちがこの場からいなくなったとしても、まだまだ近右衛門にはやらねばならぬことがあるのだから。





「アニキアニキ、ほんと~に仮契約をしないんすか?」


 カモがネギに対してこの日本で再開してから幾度となく繰り返した質問を再度することで、ネギの考えを変えようとするが、それに対しての返答はやはり今までと代わり映えのすることはなかった。


「うん、カモ君が僕の事心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱりまだ修行中な僕が仮契約なんて出来ないよ」
「修行中だからこそ、仮の契約なんじゃないすか」
「それはそうかもしれないけど、まだほとんど魔法学校に居たときと変わっていない僕が他の人に仮契約を持ちかけること自体が失礼だよ」
「そんな~アニキ、仮契約を行わないってことは戦闘が長引くってことっすよ。一般人にばれたら俺と同じオコジョにされちまうってのに、そんな悠長な事……」
「大丈夫だって、カモ君。今までだって何とかなっていたんだし」


 今日は修学旅行の初日。生徒達より早く集まってきていた麻帆良学園の三年を担任する教師達の中で声を潜めながら、カモとネギは仮契約についての意見を交し合っていた。しかし、連日によるカモの必死の説得にもかかわらず、いくら話し合ったとしてもネギの出した結論は変えることはできなそうだった。

 その一番の理由はなんと言ってもネギはそれほどまでに仮契約をあせる必要を感じていなかったからだ。なにせ今回は修学旅行である。師匠であるエヴァが来られないこともあって、この旅行中は魔法使いではなく、麻帆良学園中等部3-Aの担任教師としていたいと思っているネギは、最低でもこの修学旅行中に仮契約を行うつもりはなかった。
 
 確かに今回の行き先である京都にいる魔法使い達はネギが今所属している事となる関東魔法協会とあまり仲がよくないと風の噂で聞いている。ひょっとしたら自分達は京都の魔法使い達からはあまり歓迎されないかもしれない。
 しかし、仲が悪いという事ならネギがメルディアナ魔法学校にいたときだってお互い仲のよくないクラスだってあったが、だからといってそのクラスに一歩踏み入れたからといって襲われるようなことなぞ当然なく、せいぜい嫌な事を言われるだけだったという事を思い出していた。

 そもそも、話し合いを行う事すらせず、いきなり攻撃してくるような事なぞ魔法使いとして、いや、一人の人間として恥ずべき事であるという認識がネギにはある。ましてや今回において自分は関東魔法協会の長である学園長から関西呪術協会の長に対してあてた正式な親書まで預かっている。つまり、お互いの長同士である程度の話し合いが行われており、今回の修学旅行についてもきちんと許可を取っている上での訪問だ。

 そうである以上、自分がこの修学旅行においては魔法を使うような羽目になるはずが無いし、使うつもりも無い。そもそも生徒と寝食を共にするこの旅行で、うかつに魔法を使えばいつ見られてオコジョになってしまうか解らないと言うこともある事だし。



 しかし、カモが危惧している事はそんな単純な理屈で終わる話ではなかった。社会というものを少なくともネギよりはよく知っているカモは、「なぜ今回は手紙越しの対話ではなく、両会の長の会談という確実に合意に達する事の出来るであろう方法をとらないのか」「なぜ親書の受け渡しという重大な任務を見た目からしてこの国のものではない未熟そうなネギがやる羽目になったのか」ということについて疑問を感じていた。
仮契約をせかしていることとて、以前のように自分の存在感を高めるために打算から薦めていたときとは事情が変わっている。



 まほネット等で調べた現在の日本全土の情勢などの情報を総合する事によって、カモはこの修学旅行が始まる前に関西の魔法使い達のとるかもしれない行動と、関東魔法協会の長である学園長の考えについて大体予想を終えていた。

 なぜ学園長自らが会談に臨まないのか。
決まっている、もし学園長が京都に赴いて襲われでもしたら、たとえ被害がなくても、両会の長が望まなかったとしても、面子と義理その他もろもろによって西と東の全面戦争になるからだ。

会談に赴けない以上親書という方法を選択するのも一見理が適っているようにも見えるが、そもそも一枚の書面をかわしただけで相手がすべてこちらの要求を飲んで同盟が成立するはずもない。
 それにもかかわらずカモでも手に入れることが出来る情報のランクにおいてすら親書を交わす、といった事を対外的にも見せ付けるという事はすでに話し合いは終わっていて両者後は同盟締結の書面を周囲への喧伝もこめて交わすだけ、という状態なのだろう。

そこまで固まってしまっている話し合いを覆さなければならない西側の不穏分子からしてみれば、それこそ相手の使者を攻撃するぐらいしなければならないだろう。

 では、襲われるかもしれない事が解っていながらなぜ魔法界でも高名で知られる高畑・T・タカミチや戦闘能力に長けるガンドルフィーニ教員、同じく修学旅行に同行させることにした弐集院教員ではいけなかったのか。
 決まっている。正式に協会に所属している魔法使いに対して戦闘を仕掛けられた時点でこの話し合いを納得していない者がいる、という事を強烈にアピールされてしまい、関西呪術協会の醜態を全国に知らしめることになるからだ。
同盟を組む事となる関東魔法協会にしても関西呪術協会の力の低下は避けたいため、あの名高い「サウザンドマスター」の息子が派遣されたとなれば、相手も警戒して戦闘を仕掛けることを多少は躊躇するかもしれない、つまり戦闘になる可能性自体が減る可能性があると思われたからに違いない。

 そして、たとえネギが襲われ死亡したとしても、魔法学校主席卒業の将来有望な魔法使いとはいえ未だ見習いの地位である研修期間中の魔法使い一人を殺したという事なら正式に関東魔法協会に所属するタカミチ等が死亡するよりもマシだ。
 勿論この場合でも「サウザンドマスターの息子」を殺したという事であまり良くは無いが、一応建前としてのネギの正式な身分は単なる見習いであるため何とか形がつく。非公式な脅しという力を持ってはいても、公式にはあくまでネギは研修中だ。公式には見習いの魔法使いが何らかのトラブルで死亡することは、そうしょっちゅうあることではないが、それでもありえないことではないため隠蔽が不可能ということはない。
関東魔法協会としては醜態をさらす事にはなったとしても相手に弱みを作る事が出来る上にまだ関係改善の誤魔化しが効く。


 仮にネギの話によると生きているらしいサウザンドマスターが介入したとしても、いくら頭の軽いニート同然の放浪の魔法使いといえど、こういった裏事情についても立場上ある程度の理解はあるであろうナギ=スプリングフィールドに責任を取らされるのは、おそらく直接手を下した関西呪術協会の刺客のみとなるであろう。
そうである以上、この親書を届けるという任務が成功、失敗、のどちらに転ぼうとも最悪関西呪術協会を切り捨てる事で関東魔法協会にとっては害にならないと予測したのだろう。こうしておいて注意をネギ一行に払わしておいて、密かに別ルートで親書を届け、合意をなす。ネギたちが正式な使者だったという発表は撤回されるか、誤報であったとされるだろう。

 つまり、戦闘が起こりやすいが起こっても生き残る可能性の少しでも高く、後々トラブルに成りやすい関東魔法協会正式所属の魔法使いを出す事と、戦闘自体は起こりにくいが起こった場合死亡する可能性があり、しかし死亡時の悪影響の少ない単なる見習いであれば、見習いを出したほうが戦闘を仕掛けられるにしても仕掛けられないにしても都合がいいと考えてネギが選ばれたのだろうとカモは推測している。



 ちなみにカモは知らないことであるが、ランスが親書を持っていくということは近右衛門は当初から却下している。確かにほぼ確実に親書は届くことになるが、それと同じぐらいの確率で醜聞を広げる事にもなるのがわかりきっているからだ。わざわざこの同盟にヒビを入れかねない材料を急進派に与える事もないだろう。


 こうして、ネギが行くことが決まった経緯から今後の相手の行動を予想していくと、所詮現実は歌のように甘く無いということを十分知っているカモにとって見れば、今回ネギが戦闘に巻き込まれる可能性が十分あるということは現時点で判明しているのだ。


 このことを告げればいくら頑固なネギとはいえ、命の危険が目の前にある以上は考えを変えて仮契約に同意するかもしれなかった。

しかし、カモは出来るだけこれらのことをネギに伝えたくなかった。
兄貴と慕う幼い少年が信念を持って夢を追っている中、世界が悪意に満ちているからといってネギをその色に染める事はないはずだ。
現実を知らないネギが間違っているのではない。こんな幼い少年にまで人間の醜さを知らしめなければならない魔法界の現実こそが間違っているのだ。

 そのためにも、ネギの「甘い」ともいえる思考を帰る必要なぞまったく無いが、万が一の事態に備えて少しでも危険を軽減させるために仮契約を行わせたいと思ってカモはこの数日間苦労していた。

 メルディアナ魔法学校を首席で卒業したとはいえ、ネギはまだまだろくに実戦を経験した事も無い新米魔法使いだ。
魔法剣士タイプを目指すにしても、未だ直接身体で戦う技術を十分といえるほど身につけていない以上、いざ戦いの場になれば今の段階では従者に時間を稼がせておいて、後ろでゆっくりあせらないように在学中密かに覚えた高威力の魔法を慎重に唱えるといった後衛型魔法使いとしての戦い以外出来るはずが無い。
そうである以上、危険な地に行くのであれば盾となるべき従者の不在がいかにも痛いようにカモには思えたのだ。仮契約であれば基本的に人数の制限は無いため、たとえ魔法剣士を目指すにしても今のところは前衛になりそうな従者を持っていて欲しかった。


 カモは周りの魔法教師では無い新田のような教師の目を気にしながら、再び仮契約を行ってくれるよう懇願しようとしたが…………


「おっはよー、ネギ先生」
「おはようございます、ネギ先生。今日もいい天気でお顔を拝見できて光栄ですわ」
「おはようございます、皆さん」


 次なる言葉を口に出す前に生徒達が来てしまった。


「キャー、何これカワイー。先生、この子は?」
「カモ君といって僕と一緒に住んでいるフェレットです。何日も空ける寮に一人でおいていくのはかわいそうだったので、許可をもらって連れて行くことにしました。皆さんも仲良くしてくださいね」
「キャー。抱っこしていい?」
「ちょっとー私にも貸してよ」


 そして一気に包み込まれ、興奮した生徒達にもみくちゃにされるカモ。もはやこうなってしまってはうかつにしゃべるわけにも行かず、仕方なく単なるペットの役目に収まる。
かしましい若い娘達に抱きしめられたりそのやわらかさを存分に堪能したりしながらも、カモは一抹の不安を忘れる事が出来なかった。




 車両を丸々貸しきっておいて良かった。
乱痴気騒ぎとすらいえるのではないかと思える生徒達の個性豊かなさまざまな行動を見て、ネギは席ではなく、車両ごとJRから修学旅行用にと確保した学園長の先見の明に感謝していた。

 修学旅行ということで、学生時代において一度でも経験のあるものなら誰しも感じる事ではあるが、こういったイベントのときはたとえ普段おとなしい生徒であったとしてもテンションが尋常ではない。
 ましてや普段から騒がしいとして、たまに他のクラスから苦情すら来る3-Aのことだ。
もう騒ぐわ騒ぐ。酒でも入っているのではないかと思われるほどまだ始まったばかりにもかかわらず盛り上がっていた。

 トランプを始める者。突然立ち上がる者。あたりかまわず写真を撮り続ける者。まだ序盤そのものであるにもかかわらず持ち込んだ菓子を食いつくし、車内販売のお姉さんを探し始める者。そのものに持ち込んだ食料を販売しだす者。歌いだす者。我関せずと読書に励んでいるように見えて、こっそりと隣で話されている猥談に耳を傾けている者。眠っている者に落書きをしようとする者。

 一般のお客さんがいたら確実に迷惑になるであろう行動もあったが、マギステル=マギを目指す生徒ばかりが集まっているため基本的にはみな礼儀正しく、神秘の行使者としての自覚もあるためこういった馬鹿騒ぎをする事など無いメルディアナ魔法学校しか経験がなかったネギにとって、引率の教師という立場でありながらこのような馬鹿騒ぎは新鮮に写るものだった。
 修行としてではあるが、日本に先生として赴任してこれたからこそこういった醍醐味が味わえるとして、ネギはこの日本での教師という試練を自分に与えてくれたかつての魔法学校の教師達に感謝していた。



「そ、そういえば、ネギせんせー。シィル先生はいらっしゃらないんですか?」


 そんな中、ちょっと離れて友達と話していた宮崎のどかがネギに向かって話しかけてきた。気のせいか、いつもよりスカートの丈が短い気がする。
 後ろでは先ほどまでのどかと話していた友人である綾瀬夕映が、なぜか座席の影に隠れるようにしながら「ファイトです、のどか」と意味不明の発破をかけていた。

 のどかに聞こえるという事は当然ネギにも聞こえてしまう上に、その特徴的な髪が座席の影からはみ出しているためどこにいるか一目瞭然なのではあるが、その不可思議な行動に疑問を覚えつつもとりあえずのどかの質問にはきちんと答えようと即座に返答するネギ。


「あ、はい。シィル先生は学園長に何かお願いされたとかで、現地でいろいろな手配があるため先に京都に行っています。二日目から僕たちと合流するはずです」


 学園長に親書を渡されたときにあらかじめ聞かされたシィルの行方についてきちんと答える。
 普通に考えれば教育実習生に現地での何らかの手配を任せるなぞという事はありえるはずが無いが、日本に来てまだ間が無いネギはそういったことも日本ではあるのだ、としか思わなかったし、ネギと会話のきっかけをつかむ事に全神経を集中していたのどかもその違和感には気付かなかった。


「そ、そうなんですか………あ、あの………京都、楽しみですね」
「はい、僕は修学旅行というものに行った事は無い上に、日本に来たときから京都には行ってみたいと思っていましたので、いまからすごく楽しみです」
「え……ネギせんせー、修学旅行に行ったことが無いんですか?」
「はい、僕は飛び級で卒業しましたから。その上、そういった慣習はイギリスには無かったんですよ」
「じゃあ、京都は初めて同士ですね…………ネギせんせーと一緒に行けてよかったです」
「ありがとうございます。いっしょに思い出を作れる修学旅行にしたいですね」


………………………


(うまくいっているようですね。頑張るです、のどか)

 それなりに二人の会話が弾んでいることを盗み聞きによって確認して、夕映は封を開けたものの口にしてはいなかった飲み物、炭酸コーヒーで少し乾いた喉を湿らせた。
 数日前、のどかのネギに対する気持ちを聞きだした夕映は、その場で全力において親友の恋愛成 就にむけて支援すると答えており、そのためにこの修学旅行が絶好のチャンスだと思っていた。
 
(ロマンチックな古都。うっすらとのった化粧。見慣れた姿とは違って大人の印象のおしゃれ。いつもと違う雰囲気の彼女。ばっちりです)

 しかし、本人もまだ恋愛と呼べるほどの経験が無い以上ろくなアドバイスが出来るはずも無く、あわてて今まで読んだ恋愛ものの本の知識を伝えると共に、ハードカバーを好むため今までふれたこともなかったが最近の平均的中学生の恋愛を調べるべくそれ関係のティーンズ向けの雑誌等を読んだのだが……

(偶然を装って温泉で鉢合わせ。湯上りの上気した肌。見詰め合う二人。縮まる距離。布団は一つ、枕は二つ…………と、とりあえず、この本によればこの修学旅行こそが絶好の機会のはずです…………多分)

 参考にするものが間違っていたとしか言いようがない。
 のどかの性格を考えれば自分から迫るなぞ出来るはずも無く、もう少しソフトな雑誌を参考にすべきだったが、最近の小中学生むけの恋愛雑誌は下手すればランスが喜びそうな内容のものの方が多い。
 あまりに大胆すぎるものは夕映の独断でアドバイスしなかったが、母体が間違っていればそれからいくら取捨選択しようと正解が出るはずも無かった。
仕入れた情報そのものが甘酸っぱい桃色というよりどぎついショッキングピンクだったために全体的にお色気方向で迫るアドバイスになってしまった。

 せめて仲良し三人組の残り一人である早乙女ハルナなどにも意見を求めればまた違った結果になったのだろうが、思い込むとけっこう一直線な夕映がそんな事を思いつきもしないほどテンパっていたことが災いした………………いや、むしろ悪化しそうな気がするので相談しなくて正解だったかもしれない。

 とはいえ、現在においては夕映のアドバイスはうまく行っており、のどかがネギと会話を続ける事に成功しているため、現時点ではこれ以上見守る必要は無いと考えた夕映は心の中で親友の初恋の成功を祈りながらそっとその場を離れようとして、後ろを振り向いたとたん……何か白っぽい物で顔面をふさがれた。


(む、なんですか、これは。そこはかとなくしっとりぷにぷにして気持ちいいような悪いような……こんにゃく?)

 誰かのいたずらか、と思ってとりあえず何か確認しなければ怒るに怒れないため、とりあえず顔面に張り付いているそれをべりっと引っぺがして何か確認する。
 そして…………


「な!………はうっ」


 その白っぽい腹に緑色の背中、短い手足がついた生き物を見て、それが顔面に張り付いていたかと思うとあまりの驚愕に夕映はあっさりと気絶した。
 カエルをつかむことは出来る夕映だったが、そのおなかに、というか股間の辺りにキスしていた事になると思うと流石にその意識をつなぎとめる事は出来なかったからだ。乙女としての心もそのほうがいいと告げている。
 どこからともなくカエルが大量に車内に流れ込んできており、それにおびえてのどかがネギに抱きついていることをうっすらと薄れ行く意識の隅で確認しながら。

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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