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梟森5

半刻
 移動距離を最短にした現時点のしのぶに出せる最速の一撃。
 しかし、それは熟練の忍びにしてみればあまりに遅かった。

 ぱしっ

 そんな、あまりにもあっけない音とともにしのぶが必殺と思った一撃を、その相手はいともたやすく片手で掴み取った。


「あらん? ここは月光ちゃんの屋敷のはずだったけど…………ああ、あなたが噂のしのぶちゃんねぇ」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「っ!!」


 その声を聞いて思わず背筋に氷が突っ込まれたような感覚を覚え、思わずしのぶはつかまれたままの愛用の大振りな苦無をそのままに、土間からとびずさった。

忍び装束に覆われたからだも、その上についている頭部も、首に見えるのど仏から出る声も全てがおっさんのものなのに、動作としゃべり方のみが不自然なまでに女のもの。今まで見たことが無い生命体を前に、忍びとしてはあるまじきことながらしのぶの意識が一瞬硬直してしまい反射のみの動作となったのだ。
未だ体術と忍術の収得で精一杯のしのぶは知らなかったが、伊賀における性を武器にした忍術、色吊りの術の随一の使い手にして、時折くのいち学校の講師を勤める一重 卯月(♂)という忍びだった。つまり、後の世で魔人殺しの異人、鬼畜戦士ランスによる伊賀侵略の危機に忍者戦隊ゴニンジャイの一人として青色の覆面で立ち上がった十四号の若干若かりし日である。

ここ数年は忍務によって他国を漫遊していたが、伊賀でもかなりの有名人である。年代的には月光の二世代上に属し、里で実際に忍務を受けているもののなかでも最高齢に近いものである。それゆえ伊賀頭領である月光でも無碍には扱えず一歩引いた態度で接しており、それもあいまって月光を気に入っている卯月は忍務に入る前は頻繁にこの屋敷に訪れてくることもあった。月光が片腕をなくしたときの話も、月光らしいと笑って聞いていたほどであり、しのぶの話も好意的に聞いていた里でも数少ない一人である。

しかし、そんなことなぞまったく知らないしのぶにしてみれば、今まで見たことも無いおかしな生き物に他ならない。忍務以外では月光以外の人間とあまり接する事のなかったしのぶにとって、いわゆるオカマなぞというものは見たことも聞いた事も考えた事もない、未知の存在だった。はっきりいって、彼女の認識からすると妖怪や魔人と大差はなかった。
しかも、そんな生き物が今の自分の最良の一撃をたやすく止めるのだ。しのぶの混乱は最高潮に達した。

しかし、そんなことを気にも留めずに卯月はつづける。その目には里のものには珍しいしのぶへの好意があった。


「いきなり攻撃してくるなんて、びっくりするじゃない。もう、悪い子☆」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「…………」


自分よりも上位な者の実力を推し量るのは少々ばかりではないほど不安があるが、瞳の色や瞳孔の収縮具合、発汗量からどうやら嘘をついてごまかして油断を誘っている敵ではないようだと半ば放心しながらしのぶは判断する。むしろ、自分に何故か好意的にすら思える。だが、こんな訳のわからない物体Aが、何故自分にこうも親しげに接してくるのか。
もはやしのぶはどうしたらいいのかまったくわからなかった。


「ねえ、それよりもしのぶちゃん、ケチャップはどこにあるのかしら? さっきから探してるんだけど、見当たらないのよ」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「………そんなの元からない」
「あら? じゃあ、普段お味噌汁とか飲まないの……というか、しのぶちゃん、普段の食事はどうしているの?」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「味噌汁とは? 食事なら兵糧丸と飢渇丸がある」


基本的に幼いときならばさておき、今の月光はかなり忙しく、しのぶに料理なぞ作っている暇はない。当然、しのぶに教える時間も無く、又上記の理由で里全体からあまりいい印象をもたれていないしのぶに教えてくれるものもいない。そのため、しのぶは唯一作り方を知っている丸薬の類で日々の食を暮らしている。いや、それ以外の自分がとる食事というものが想像できないのだ。ちなみに、この世界では木から取れる「ケチャップ」なるものの実を使って味噌汁を作る。
 確かに兵糧丸は麦粉、飢粉、人参を材料に蜜と古酒、他に甘辛、ショウガ、鶏卵などによって作られ、かなりバランスのいい栄養素を持っているし、飢渇丸に至っては三粒服すれば、心力労することなしとまで言われる忍びが潜入忍務を行う際には必携といえる高性能携帯食である。

が、あくまで携帯食。保存は利くものの、味は悪く、また栄養素も偏っている。どう考えても子供が常食するものではない。
 そもそも、幾ら忍びといえど食事とは栄養補給だけのものではない。きちんとしたものを三食食べる事で心身の健康を保つものでもあるし、一般社会からかけ離れた生活を行う事は潜入工作に特化する隠忍の忍務を行う上でも不都合に働く。

 にもかかわらず、月光はそういったことを忙しさにかまけて未だ教えていない。そのことに思わず卯月は眉をひそめた。
まあ、もう少し体が育ってからと思っていたのかもしれないが、そのことは人間心理に精通する事を必須とする色吊りのスペシャリストである卯月にとって、これはしのぶの心身の成長とともに、忍びとしての成長においても問題があるように思われた。


「まあ、月光ちゃんったら、成長期の子供がいるってのに、何を考えているのかしら?」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「……………」


 そういって卯月は相変わらずその口調に似合わぬ顔で眉根を寄せる。一方しのぶは、なぜ兵糧丸の話で月光の名が出てくるのか理解できず、こちらも眉根を寄せる。彼女にとって食事とは、ターゲットが無防備な状態をさらす狙い時という意味でしかない。

その表情を見てますます卯月はまずいと思った。忍びとして彼というか彼女の精神構造は常人と異なっており、少女といえる年代の子供に性を用いて他者を害する技術を教え込むなど他職のものからすれば気狂いと思われる事もあるが、その精神構造をもってしても今のしのぶの状態は放置できない状態だった。
 まず、第一に、発育が悪すぎる。小柄なのはくのいちとして利点にもなりうるが、やはり十分な栄養がいっていないのだろう。肉付きが悪い。通常この年齢から色吊りの術を仕込む事はないが、それにしても女としての体の魅力が乏しすぎる。やせすぎで、幼女趣味のものであっても避けて通りそうだ。
 第二に、一般常識に疎すぎる。いきなり攻撃してきた事もそうだが、里の有名人の名前もわからないで、実際の暗殺の場において対象の情報収集を行って相手の篭絡やその現場への進入がなるはずがない。相手の好みに合わせて時には娼婦に、時には聖女になれなければくのいちは勤まらない。
 そして第三に、相手の動作に対する反応が鈍すぎる。なるほど、あの技術だけなら随一の月光が仕込んだだけあって、先ほどの一撃はこの年齢にしては反応速度、威力ともにかなりのものであった。
しかし、あくまでそれは年齢にしては、の話だ。自分にしてみればあまりに拙いにもかかわらず、こちらに対する反応は努めて無表情にしているようだ。この場合、媚びて見えるにしても弱弱しくして相手の庇護心を掻き立てるような言動を行うべきであるのに。

今まで他者とのかかわりが薄かったのか、それを理解してもいないようだ。相手の心情を推し量る、そしてそれに応じて自分の立ち居地を変える、ということを知らないのだろう。


 総合して考えると、このままではこの子は一流のくのいちにはなれないと卯月は思った。
 初対面の女児をまず第一にくのいちとして採点する。その時点で、思考がおかしいということに伊賀の住民である卯月は一生気付くことはなさそうである。





  がつがつがつがつ

「・……………」
「ほぉら、そんなにがっつかなくてもご飯は逃げないわよ」(←どう聞いてもハスキーな親父声)


 なぜこのようなことになっているのだろうと、しのぶは始めて味わう食べ物を前に手を止めずに考えた。いきなり入ってきて卯月と名乗ったものは、まだしのぶが習っていない分野のスペシャリストの忍びらしい。とりあえず月光の敵ではなく、自らがかなわなかったのもある程度仕方が無いとして、しのぶが精神の均衡を取り戻すと、卯月は自己紹介を始めた。
 ある程度自己紹介をし終えた後、突然この物体が変な事を言い出した。


「よし、お料理しましょう」(←どう聞いてもハスキーな親父声)
「は?」


 料理。料理とは? しのぶの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
いや、料理という言葉の意味自体は知っている。食材に加工を施し、即座に食べれるものを作る事だ。だが、それが忍びに何の関係があるというのか。新たな修行だとでも言うのだろうか。

 そんな疑問符を脳裏に山ほど浮かべるしのぶだったが、卯月はそれを理解してかしていないのか、一切無視して一瞬で分身を付近の家へと向わせ、食材を借りてきた。そして、これまた一瞬で割烹着に着替えたかと思うと、ものすごい勢いで調理を開始した。
 なぜにこのようなことが月光と自分の家で起こっているのか全く理解で来ていないしのぶは、それを静止する事も、自らもその修行に加わる事も出来ずただただ遠巻きに見つめている事しか出来なかった。


 そして目の前に広がったのは、なにやらわけのわからない物体だった。


 奇妙な匂いを漂わせた茶色い液体に白い角切りのものと小さな緑の輪が大量に入った椀に真っ白いツブツブの楕円形の物体が入った入れ物。それに加えてもともとはさかなであったであろう焼死体が皿に乗っている。なにやら黄色い半円状のものと、きゅうりと呼ばれる植物がしなびたものの輪切りが載っている小鉢もある。

 ぶっちゃけごくごく一般的なJapan料理、和食だったのだが、今まで修行に告ぐ修行でそのようなものなぞ触れた事もないことに加え、他所での忍務に出たのも今日が初めてだったしのぶにとって見れば、未知の物体だった。
 はっきりいって、しのぶはその異臭(この場合はしのぶが修行で嗅いだことがないという意味でだ)からまず未知の毒物を連想した。


「何だこれは」
「何って、豆腐のお味噌汁でしょ、ご飯でしょ、さわらの焼き物でしょ、沢庵にきゅうりの糠漬けよ。ま、いっぺん食べてみて、兵糧丸とかよりはずっと美味しいはずよ」(←どう聞いてもハスキーな親父声)


 そういって、遠慮でもしていると思ったのか先に自ら口に運んで見せる卯月。その様子を見て、長老に近いほど上位の忍びの指示であるために幾ら月光の左腕候補としてある意味里から特別扱いを受けているしのぶでも、そう無碍に断るわけにも行かず、恐る恐るながらまずは味噌汁を口に入れる。


「!!」


 そして、驚愕に目を見張る。奇妙な味がするのだ。新たな毒物かと少しずつだけ飲み込んで見せるが、体内が熱くなることも四肢の末端が痺れてくる感覚もなかった。
 味覚というのは、発育の段階によって如何様にも流れていく。例えば、日本人の両親を持つものでもリーザスで生まれ育てば、大概大陸風の料理を最も好むこととなる。しかし、いままでしのぶが食べてきたものは、まともな味がするものではなかった。
かすかな原材料の味をめためたに混ぜてぶち壊した丸薬と、修行において使用される毒物ぐらいが、しのぶの味覚の全てだった。それほど過酷な修行を行わなければ、この年で下忍になれるはずもない。

 そう、しのぶは生まれて初めて食という行為で「快」を感じた。

 そこから先はもはや理性の介入する部分はなかった。貪るように、まるで飢饉のさなかにあった農民のようにしのぶはその目の前にある始めての「食事」を食い尽くす事に全力を捧げる事となった。




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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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