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鬼畜ま!9

九話



 保健室から一人抜け出したネギは、とりあえずまき絵が倒れていたという桜並木のふもとに行って見た。
 未だにほとんど手がかりが無いため、他の魔法教師らに聞き込みを始める前に、一度考えをまとめる時間をとるついでに、その場所に一度行ってみることにしようと思ったのだ。
 それに、犯罪捜査の神様も言っている。「現場百回」と。


 だが、行ってみると明らかに痕跡が残っていた。
 工事中 立ち入り禁止の赤コーンが立っている内部には、魔法による攻撃によるものなのか、大小数十個ほどの穴が開いている。

 学園長からネギへのヒントに人払いの結界を弱く張ってまでわざと復旧していないのであるが、そんなこととは気づかないネギはとりあえずその場に何かほんのわずかでも手がかりは無いかと調べることにした。
 赤コーンを乗り越えて中に入ってみると、かすかに魔法の痕跡を感じ取れた。

 どうやら氷の精霊による魔法によるもののようだ。角度からいって上方からそう広く無いこの付近に打ち込まれたようだ。
 一体何と戦っていたのかという疑問はあるものの、まき絵から感じた魔力の痕跡といい、この氷の精霊の使い手がおそらく吸血鬼の正体であろうとネギは考える。

 実際、戦闘経験が豊富な物であればそれほど弾痕が移動していないことや他の魔法による攻撃痕が見当たらない事から、空中にいた魔法使いから地上の従者が狙い撃ちされたのであり、その従者は主の援護を受けられなかったがためにこれほど一方的に攻撃を受ける羽目になったのだろうとまで推測できるほどあからさまな痕跡であったが、何より経験が乏しいネギはそこまで推測することは出来なかった。
 ただ、氷の精霊の痕跡を感じたことから、ランスが吸血鬼の正体で無いと断定できることにひとまず安心してほっと一息入れる。世界独自の魔法である精霊魔法は異世界人ということで精霊と契約する時間が無かったと思われるランス一行には使えないはずだからだ。

 そして、その本質が自分の抱いていた印象と少々異なっていたことにより、ほんの少しではあるがこの間の戦いから壁を感じてしまっていたタカミチが犯人では無い、と断言できることにも自覚はしていなかったものの心のどこかで安堵していた。


 そんなネギが、他にも何か無いかと現場に膝を付いて捜していたところ、一筋の影が差し込んできたため、思わず頭を上げた。


「こんにちは、ネギ先生」
「あ、はい、こんにちは。茶々丸さん」


 3-A組 出席番号10番 絡繰 茶々丸だった。

 耳カバーをつけていて、関節も角ばっており、常に無表情、無感情、さらにどこか動作もぎこちなく、発言も多少おかしい、と明らかに人間とはちょっと違うが誰にも突っ込まれないというある意味この学園の異常さを物語るような存在である彼女が、ネギを見下ろすような位置に立っていた。


「そこは工事中と記載してあるよう認識できますが」
「え。そ、それはそうなんですが、事情がありまして……」
「………佐々木まき絵さんが倒れていたことについて調べているのですか?」
「うっ……………」


 いきなり核心を付かれたものの、ネギとしてはこれを認め、ただの生徒を巻き込むわけにはいかない。
 必死になってごまかそうとするものの、基本的にいい子であるネギは嘘をつくということに慣れておらず、目線をそらしてしどろもどろに言ってしまう。


「い、いえ、そういうわけでは……そのー、そう、桜の散っていく様子が珍しかったので、地面に落ちた桜の花びらを集めていたんですよ、イギリスではあまり見かけませんから、あは、あはははは」


 ちょっと経験豊富な人間であればわかるような嘘であり、発汗量の増加、眼球の角度の不安定、音声のイントネーションの普段との違い等を感知した茶々丸も、嘘であると判断する。
 が、それをネギが隠そうとしていることも理解した茶々丸はネギに感付かせないように主から言われた任務を果たすにはどうすればいいかを高速で演算し、答えを出した。


「そうですか。ならば、ここらで一旦私の家に参りませんか? お茶を点てますので、窓から花見をしながら一服してはいかがでしょうか」
「へっ?」


 彼女がクラスメートのエヴァンジェリンと二人でこの近くの一戸建てで生活しているのは知っていたものの、突然の提案にネギは間抜けな声を上げることしか出来なかった。






 しばらくのち……


「どうぞ………」
「ありがとうございます」


 ネギはくる、くると茶器をゆっくり回してから口元に運ぶ。
 制服のまま茶を点てた茶々丸に、断りの言葉を考え付かなかったネギは何も言えずにここまでお邪魔してお茶を振舞ってもらっていた。
 あまり茶席での作法などは知らないものの、日本に来る前にちょっと読んだ作法の本の内容を思い返しながらぎこちなくのむ。

 茶々丸もイギリス人のネギにそう細かいことをいうつもりは無いのか、茶道というよりもむしろ普通のお茶のように軽く点て、再び菓子をネギに薦めながらそのまましばらく言葉もなく窓から覗く桜吹雪に頭部カメラの焦点を合わせる。正座が死ぬほど様にならないネギに気を使って、足を崩してみてもかまわないと提案してみたりもする。
 お茶請けは茶々丸自らが帰り道に購入してきた天然物の鯛焼きである。

 ちなみに天然物とは、一匹ずつ単体の金具で焼く鯛焼きのことで、皮が薄くてパリッとしているという特徴がある。当然ながらあんこも多い。
 普通の一度に10個とか焼く金具で焼いたのは養殖と呼ばれ区別されていたりもする。
 当然ながら養殖物よりも手間がかかるため今では絶滅寸前の焼き方であり、異常に環境が整った麻帆良学園ならではの一品だ。

 気もそぞろなネギに対してゆっくりとした柔らかな口調で茶器や花についての説明を与え、少しずつ始めての茶室に緊張していたネギを緩めて安心させていく。ここの所いろいろなことが多すぎて、緊張を途切れさせる事ができなかったネギにとって、それは久々の安らぎの時間だった。このかや明日菜と一緒にいるのとは又異なった安心感をネギは茶々丸から受けていた。

茶々丸はその一挙一動を観察し、常に最適と思われる行動をとり続けた。


 感情は数字の羅列。
 表情は計算の結果。
 全ては主の最大利益のために最適な行動を。


 そんなふうにお茶請けをときおり口に運びながらぼーっと桜を鑑賞しつつも、それでも「桜並木の吸血鬼」のことが頭から離れないのか、どこか眉を寄せて悩んでいるような表情を作っていたネギだったが、茶々丸が入り口の方に視線をやったことで、近づいてくる足音に気づき自分も考えを一旦中止してそちらへと顔を向ける。


「ふむ、来ていたのか、ネギ先生。ようこそ我が家へ」
「あ、こんにちは、エヴァンジェリンさん。お邪魔しています。あ、そうだ。今日みたくちゃんと明日からも授業に出てくださいよ」
「余計なお世話だ。茶々丸が呼んだのか?」
「はい。桜並木にいらっしゃったのでお茶にお誘いいたしました」


 その言葉に、エヴァンジェリンはにやりと口元を端から見れば可愛らしく、本人的にはできるだけ邪悪に見えるよう歪めて、茶々丸にむかってうまくやったというような視線をやってネギに向かって話しかけた。


「ふふん、そうか。おい、ネギ先生、桜並木に倒れていた佐々木まき絵と吸血鬼との関連を調べているんだろう?」
「えっ!」


 茶々丸に続いて、いきなり自分の行動についてあっさりと見破られたことに動揺するネギだが、意味ありげに笑うエヴァの視線を受けて、タカミチから渡された出席簿に書いてあった「困ったときは頼るように」、というような文章を思い出した。
 と言うことは、エヴァも魔法の関係者であり、この意味ありげな微笑みからしてひょっとしたらどんな相手がまき絵を傷つけたのかを知っているのかもしれないと思い、勢い込んでネギは問いを発した。


「な、何か知っているんですか、エヴァンジェリンさん!」


 その言葉を聴いていっそう笑みを深くするエヴァを見て、やはり何かを知っているのだと思ってネギは思わず身を乗り出した。

 そして、その言葉を音響センサーで感知した茶々丸は、自分のときにはごまかそうとしていた事実を、相手がエヴァになるとあっさり認めるネギに対して、己のAIの中に何か得体の知れないノイズが走ることを感知していた。
 そのノイズの結果、処理し切れなかった命令がネギの方へとやっていた視覚カメラの角度を僅かながらだがずらすという形で現れ、あわてて再びネギの方へと頭部の角度およびカメラの焦点を合わせ、いざというときには主を守るためにネギを押さえつけられるよう構えて座りなおす。

 そんな茶々丸のちょっとした挙動不審に違和感を覚えながらも、可能な限り「悪の魔法使い」らしいように微笑を消し、ネギに応対するエヴァ。
 相手がこちらに対して無防備な子供である以上、たとえ自分が15年間も同じ時を過ごさせられるという同情されてもしかるべき状況であっても、今からやることは紛れも無い悪巧みなのだから。


「ふふん、まだ気づかないのか」


 そう言うと、まるで摩天楼の最上階で下界を眺める悪人のように、にやりと唇の端の角度を先ほどよりもさらに傾ける。
 まるで、口内に潜む何かを見せ付けるかのように。


「え……その牙は………まさか!」
「察しが悪いな、ようやく気づいたか。そう、私こそが真祖の吸血鬼、「闇の福音」エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ!」


 己の中に潜む今から子供に手を掛けるという罪悪感を振り払うかのように、エヴァは高らかに自己の名を宣言する。派手好きで大げさな事が好きなある意味「らしい」吸血鬼である。

 まさか自分の生徒が魔法学校で習った魔法史に出てくるほどの大犯罪者であったとは思ってもいなかったネギは、驚愕を顔に貼り付けてエヴァを問い詰めようとする。このあたりにも、ネギの魔法使いとしての経験不足が現れていた。


「そ、そんな、何でそんなことをするんですか、エヴァンジェリンさん」
「何で……だと? お前が、あの男の息子のお前がそれを聞くのか!」
「父さんのことですか? …………!! 父さんのことを何か知っているんですか!」
「知ってるも何も……私はあの男に掛けられた魔法のせいで、この学園で十何年も中学生をやらされてるんだよ!」


 やはり、あの男は自分をこの学園に閉じ込めておきながら完全に忘れ去り、自分のことなぞ息子にすら伝えなかったのか、というやり場の無い死者への怒りと共に、術者が死亡しておりその後継者は未熟極まりないとなれば、やはりこの魔法を解呪するには血縁者であるネギの血を吸い取って自力で解除するしか無いと思いつめるエヴァ。

 一方のネギは、思いがけず自分の捜し求めていた父親の情報が唐突に出てきて、驚愕と共にエヴァの話を聞いていると興奮で手足がしびれるような感覚に襲われてくる。


「だからこの術をかけた者の血縁者の血を吸ってこの「登校地獄」を解除するために、私がここにおびき寄せたのにお前はしっかり引っかかってるんだよ」
「え、おびき寄せたって……う、動けない!!」
「本当に警戒感の欠片もないな……」


 実際しびれていました。


 エヴァの怒りの波動に思わず立ち上がって逃げ出そうとするものの、首から上の感覚はあるもののそれ以外の体はまるで長時間正座していたかのような痺れを受けておりほとんど動かせず、無理に動かそうとするとあのイヤーな感覚と共に全身に激痛が走る。そのあまりの張り合いのなさに計画通りとはいえ、なんだか脱力してしまうエヴァ。


「申し訳ありません、ネギ先生。マスターの命令でしたので、抹茶に薬物を混ぜさせていただきました」
「え、茶々丸さんが……それにマスターって、どういうことなんですか、エヴァンジェリンさん!」
「ふん、あの男の息子とは思えないほど甘ちゃんなぼーやだ。茶々丸は私の従者なんだよ。それでわざわざ茶に入れた薬が効くまで無駄話をしてたって訳だ……本当は魔法薬が身体に回っていると、血の味が落ちるから嫌なんだが」


 ようやく自分が嵌められた事に気が付いたのか、ネギの顔色が真っ青になる。
 自らが従者を持っていないためか無意識にあの「吸血鬼」も単独での魔法使いだと思い込んでいたが、考えてみれば基本的に魔法使いは従者を持つ物であり、あの魔法史に出てきたほどの伝説の魔法使いである「闇の福音」、別名「人形遣い」であれば当然その従者となるべき強力なドールを持っているはずである。

 言われてよ~く考えてみればどことなく人っぽく無いような気がしないでもない茶々丸を見て、エヴァの言っていることがおそらく本当であろうという確信とともに、今の自分の状態がまさしく絶体絶命であると認識する。



 その狼狽を見て、自分を落とし穴大蒜入りなんぞに落とした相手の息子に意趣返しが出来たとあってほんの少しエヴァの口元が綻ぶ。
 しかし、ランスとの戦いによって魔力をほとんど使い果たした今の自分は、小細工をしなければこんな未熟な子供相手ですら、まともに戦うことすら出来ないという事実を思い返し、その笑みはすぐに自嘲へと変わった。

 だが、どんな汚い手を使っても、血が、魔力が手に入るならば………


「それじゃあ、その身体に流れる血を戴くぞ」


 ゆっくりとネギに近づいたエヴァは、ネギの首筋に牙を近づけていった。





「何、エヴァンジェリンの人形がネギ先生を邸内に呼び込んだじゃと!」


 学内の監視網を統括する情報部付きの魔法教師の一人である刀子からその情報を受け取った近右衛門は、ネギがこの学園に来てからめまぐるしく変わる情勢がさらに動いたことに思わずめまいを感じた。
 ここ暫くだけをざっと上げてもエヴァ学園内での吸血行為に走る、このかのこと全国にばれる、ランス来襲、タカミチ負傷、シィル就任、などだ。

 そして昨日エヴァとランスがぶつかりあったと聞き思わず顔を青くしたものの、たいした被害もなく収まったことに胸をなでおろしていたところだ。
 その衝突の痕跡をすでに仕掛けてしまっていたネギに対する試練に何とかつなげようと、四苦八苦してようやくその準備が終わったものの、佐々木 まき絵を襲った犯人にこれほど早くたどり着くとは夢にも思ってもおらず、やはりネギは未熟なところもあるが優秀な魔法使いになるであろうと近右衛門は改めて思った。

 が、タカミチの怪我が完治するまでの時間すら持たず、さらにこちらに報告もせずに単独で突っ走ってしまうとは思ってもいなかった。
 エヴァにしてもあの自信家ではあっても自分の力を過信はしていない彼女が、まさかここ最近の辻吸血行為で溜め込んだ魔力を失った直後であるにもかかわらず、満月の夜以外に仕掛けるとは想定していなかった。

  全ては自分の読みに頼りきってしまっていた甘さと、今までの判断の軽率が招いたことだが、正直現状はまずい。


 おそらくエヴァの目的は自らに「登校地獄」の呪いを掛けたナギの血縁者の血液を媒体に無理やり内側から呪法を食い破ることであろうため、ネギを戦いによって下した後ゆっくり血を吸うつもりだろう。
 ネギなど所詮は10年も生きていないガキだと思って力量はともかく人格面では完全にただのガキとして見下しているエヴァは力で屈服させることを望むだろうため、学園内で戦うのであればばれないようにこっそり戦いに関与することや、魔力完全無効化能力を持った神楽坂明日菜に偶然を装って乱入させることも可能であったろうし、実際そういった場合を想定して対処マニュアルも作って魔法教師内に配布してあった。

 しかし、彼女の工房とも言うべきあの建物の中で、特にあの「別荘」と呼ばれる異界空間で戦いが行われてしまっては、こちらが関与することによって戦いや会話の流れを誘導することが完全に不可能となってしまう。


 ネギが勝利すればいいが、従者すら持たないネギのことだ。
 魔力がないとはいえ白兵戦すらも得意とする上、極めて優秀な戦闘能力を持つ従者であるガイノイド相手では後れを取ることは、決してありえない予想ではない。
 寧ろ、ネギがエヴァと茶々丸のペアに勝利して自力で脱出する、と言うことよりもネギの死亡と共にあの「闇の福音」の完全復活が成ってしまうと言う可能性の方が高いほどだ。

 近右衛門は老い、タカミチは病み上がりというこの状況下では「登校地獄」の呪いが解けてしまうと、ランスパーティをぶつけるしかこの学園に対する恨みつらみの積み重なったエヴァをとめることは出来ない。
 しかし、そうなるとおそらくどちらが勝利したとしても、この学園はかなりの被害を受け、結果としてこの学園の持つ力そのものを削がれる結果となってしまうだろう。

 しかも、その結果すらランスがこちらの思い通りに動いたならば、という楽観的予測によるものだ。
 実際にはほとんど対応が不可能だと思っておいたほうがいいだろう。
 であれば、可能な限り今からでもエヴァンジェリンの「登校地獄」解除を妨害しなければならない。


 ネギも未熟とはいえ優秀な魔法使いだ。力の大部分を封印されている上にガス欠のエヴァンジェリンを相手に、すぐさま易々と戦いに敗れ、血を吸われるとは思えない。
 たとえ邸内に入ったとしても暫く持つだろう。

 しかし、あの「別荘」内では一時間が一日に相当するため、どれだけネギが「別荘」に入るまでの時間を稼げるか、近右衛門達が今から一分一秒を惜しんでどれだけ早くあちらに急行できるかということが鍵となる。
 そのため、こちらに向かってきている情報部員にあわただしく指示を飛ばし、自分も学内最強の魔法使いとして最悪の事態に備えるために急行する準備を急ぐ。


「高畑教員には病み上がりに無理を言うようだが、可能な限りでよいので急いで向かうようにと………魔法生徒には連絡はせんでよい。あのエヴァンジェリンを相手するように言うのは酷というものじゃろ………万が一の場合に生徒達を避難させられるよう、魔法教師の中でも広域探査の術を持っておる何名かは学園各所に散るのじゃ」


「主要通路の封鎖完了しましたっ!」
「主要施設、経路の結界符の貼付、後五分で終了できますっ!」
「生徒の誘導の手配はもう少々かかりそうです」
「そうか、急げよ」


「学年主任、騒ぎに気付いたらしい学生数人がこちらに向かってきていたので確保しました!」
「記憶操作の得意な化学の渡辺先生を向かう途中で立ち寄るよう連絡して処置させろ!」
「了解しましたっ」
「主任、物資輸送機の46号が整備不良のためか片輪が外れて直進できなくなりました、指示を」
「いい加減な仕事しよって……ある程度動けばいいんだ、蛇行しながらでも進めろ」


 そういった指示を受けて、学園内の各部署に散っていた魔法教師達は何とかこの学園を守るために奔走していた。

 しかし、タカミチや近右衛門のような学園内でも最上位に位置している戦い慣れしている魔法教師はともかく、膨大な人材を抱える麻帆良学園はその性質上、それほど戦いなれしていない、ほとんど一般職員と変わらないような魔法教師もそれなりに擁していたため、そういった一部では混乱も生じていた。

 例えば……


「パターン青、エヴァです!!」
「………出撃」
「何をだ!」
「………ふ、問題ない」
「だから何がだっ!」
「先生、後はよろしく頼みます」
「待たんか、錨!!」


「ゆくぞっ!」(←一般人です)
「でもよう、じっちゃん。猿皇やプレイメイがねえ以上、はっきり言って俺らが行っても何の役にも立たないんじゃねえのか?」(←一般人です)
「こぉおのぉ、馬鹿もんがっ!」
「ふぼぉっ、何しやがる!!」
「よいか、オタクたるもの、例え自身が不利な事態のときにも颯爽と現れてピンチになりながらも気合と根性で生身でも女子を助けるもんじゃ、かのトレインマンを知らんのか! そうすれば、『先ほどはありがとうございました。お礼にお食事でも一緒に……』とフラグが立つにきまっとるじゃろうが!!」
「おおおおおおおぉ、ぶはっ、想像したら鼻血が。よし、行くぞじっちゃん……ってもういねぇ!! くそぅ、抜け駆けする気か。待ってくれ、じっちゃん」





……………………

 そんなどこもかしこも、しっちゃかめっちゃかな最中、デスクのごく近くで集まってくる情報の統括の役目を果たしていた刀子がおずおずと一つの疑問を近右衛門に投げかけた。


「あの……ランス警備員とシィル教育実習生には連絡を入れなくてよろしいのですか」


 誰もが気になっていたことなのだろう。
 あわただしく動きながらも一瞬この場でざわめきや一切の物音が消えた。

 そして、それは近右衛門がまさに頭を悩ませている問題でもあった。


「……………ランス警備員には知らせないように。しかし、いざと言うときにはすぐ連絡をつけられるようにした上で現場からは遠ざけておくのじゃ。シィル君にも基本的には同様じゃが、彼女にはランス警備員に知らせないようさりげなく口止めをしたうえで現場近くに何らかの理由をつけて呼び寄せることにしよう」
「はい、ただちに」


 もっとしっかりと時間を掛けて考えたいことだが、事態は一刻を争う。
 この何十年の学園長生活で老いによって失った魔法の切れと引き換えに手に入れた、日々の激務によって養われた判断力をもって一瞬で思考を終え、指示を飛ばす。
 現状でどう転ぶか解らない火種の元に火薬庫であるランスをつれてくることは非常にリスクが高い。
 未だはっきりとした実力はわからないものの、こちらの指示により暴発する危険が少なさそうなシィルにいざというときはどうにか頑張ってもらうことにしたい。

 思わずそう思ってしまい、未確認の情報を元に二十歳にもならぬ少女の力を当てにして計画を立てねばならぬ関東魔法協会の現状に、近右衛門は思わず口元で苦笑いする。
 それでも、近右衛門はこの半生を捧げた学園を、先代から受け継いだ協会を、愛すべきすべての生徒を、何よりも愛しい孫娘を守らなければならないのだ。
 そのためには弱音なぞ吐いてはいられない。

 装備を整え終わった近右衛門は、周りに集まった魔法教師達を見回すと一つ大きくうなずくと、エヴァのロッジに足を向けた。







「ふむ、そういえば」
「ほぇ? どうかしたんれすか、ご主人様」


 いつもの侵入者退治も終わり、完全に近右衛門にハブられているランス・カオス・あてな2号組が帰り道を歩いていると、唐突にランスが立ち止まった。
 急に止まったその大きな背中にアリを見ながら歩いていたあてながぶつかりながら突然の停止の本意を問う。


「うむ、ちょっと気になってな。と言うわけで、偉大なる俺様が呼び出す、ウィリス、出て来い」


 てぃりりっってぃってぃてぃりりってぃってぃちゃーんちゃーんちゃーん


 独特の音が突然鳴り響き、ランス担当のレベル神、ウィリスが現れる。
 異世界にもかかわらずいい加減な事にどうやら呼び出せるようだ。一応神様なことだけはあると言うことだろうか。
 が、さすがに遠い世界に来てしまったことが影響しているのかウィリスの姿は完全にいつもと同じと言うわけではなかった。
 ランスのレベルが尋常じゃ無いくらい高いので、当然のごとく一糸まとわぬ姿である………が、なんだかいつもと異なりウィリスの体自体が透けて見えているように思える。
 いつもの後光と音楽がなければ思わず幽霊と思ってしまうくらいの透けっぷりである。


「こんにちは、頑張る人の味方、偉大なるレベル神ウィリスです。って、あれ? ランスさんでしたか、なんだか声が遠かったですよ」
「声が遠いだけじゃなくて身体も透けているぞ」


 そういってウィリスの胸元に手を伸ばすランス。
 伸ばした手をウィリスの胸のある辺りでいやらしく揉むと、確かに感覚はあるのだがそれも以前触った感触に比べてずいぶんとぼんやりしており、いつもならばあるハリのある適度に手のひらを押し上げてくるはずの感覚がなく、まるで牛乳プリンを握り締めているかのように指があっさりと埋まっていった。


「きゃ、いきなり何するんですか………ってなんだかこちらの感覚も妙ですね。ランスさん、また何かしましたか?」


 そして、どうやらウィリスからも同様にランスたちが透けて見えているようだ。


「今回は俺様のせいじゃ無いぞ。ナナスとか言うひょろひょろ野郎が俺様を間違ってぜんぜん違う世界に飛ばしやがったのだ」
「ここにはきゃんきゃんも、うしうしバンバンもいないんれすよ」
「……結局またトラブルですか。本当にランスさんはよくもまあこんなにも次々と事件に巻き込まれますね……………って、いつまで揉んでいるんですか! 放しなさい!!」


 召喚される度にいきなり元魔王に空間ごと閉じられていたり、一級神にレベル1に戻されていたり、上空何千メートルにいきなり飛ばされていたり、悪魔のレベルアップを頼んできたり、いつのまにやらパーティが何十人、何百人にも膨れ上がっていたり、天使の蜜なぞというものを欲しがったりとランス担当のレベル神となってからは摩訶不思議な状況は日常茶飯事とも言えるため、もはや少々のことではあきれるだけとなっている。
 今回も、創造神ルドラサウム(もっともウィリス程度の下級神は存在すらほとんど知らないが)の創造していない世界に飛ばされると言ういわば前魔王ガイの異世界人召喚に匹敵するほどの一大事なのだが、まあ、ランスだし、いずれいつも通り勝手に帰ってくるだろうと言うことでそれほど大変なこととは考えていないようだ。



 もっとも、ウィリスとしてもそういったランスの適当さに合わせて後輩に仕事を押し付けて遊びに行ったりしているのだからそう悪いことばかりではないし、見かけによらず言動が子供っぽいランスはなんとなく女神の慈愛の心をくすぐる面白い存在である。
 しかし、このセクハラだけは何とかしてもらいたいと思っている。
 レベルがたくさん上がると一枚ずつ服を脱いでいかねばならないと言うレベル神の内部規定がランスの前ではひどく恨めしい。

 その胸を揉むのをやめろと言われたランスだが………


「ひょっとしたら、この状態でやったらすごく気持ちいいのでは?」


 新たなセクハラに燃えていた。彼はチャレンジャー精神が旺盛なのだ。
 しかし、もういい加減付き合いも長いのでランスへの対処法を覚えてきたウィリスは伝家の宝刀を抜き放った。


「……そんなことをいうなら、もうレベルアップの儀式をしませんよ?」
「うぅ、くそう、いつもいつも卑怯だぞ。たまには正々堂々脅しなんてやめろ」
「脅しではなく、神罰です。それに、あなたがそういった発言をやめればこんなことは言いませんよ……それでは、気を取り直して、レベルアップですか?」
「………くそ」
「用が無いなら帰りますよ?」
「お前を呼ぶのにレベルアップ以外の何の用があるっていうんだ。さっさとやれ」
「ほんとにもう………こほん、それでは、うーら、めーた ぱーら ほら ほら。らん らん ほろ ほろ ぴーはらら」


 ウィリスは謎の呪文を唱えた。


「ランスさんは経験値豊富とみなして、レベルが1上がります。残念ながらあてなさんは才能限界に達していますから、これ以上レベルは上がりません。………なんだか随分ペースが速いですね。一週間前にもレベルを上げたところですよ?」


 通常、レベルが上がれば上がるほど、必要な経験値の量が多くなり、また敵から得られる経験値も減少するためランスほどのレベルになれば一月以上経験値稼ぎに走らないとレベルアップなどしないはずであるため、ウィリスはまたランスが何か不正手段を使っているのかと疑いの目線を向ける。

 実際過去にはとある男が、よりにもよってウィリスの同類である天使を「喰う」ことによって収得経験値を二倍にする能力と必要経験値を二分の一にする能力を得ていたという事態もあり、通常で無い手段をとったのかとランスにたずねるとランスはあっさり答えた。


「ああ、なんかこの世界の敵は弱いくせにやたらと経験値を落とすんだ。多分それのせいだろ」
「そうれすね、バルキリーとかの何倍もへにゃへにゃなのに、いっぱいくれるんれすよ」
「ああ、なるほど、そういう理由だったんですか。では、頑張ってレベルアップに励んでください。私はこれで」
「ああ、ご苦労だった」


 レベル神の先輩から世界や時代によって経験値の収得値が変わることがあると聞いていたウィリスは、一応その答えで納得して帰って行ったが、実際にはそんな単純なことではなかった。


 前にも述べたように、ランスたちは本来であればルドラサウムに帰るべき魂の一部を経験値として収得し、それを利用してレベルアップしている。
 すなわち、ルドラサウム世界において魂の総量とは、そのままその生命体の力を意味するというシステムだ。
 魂という地上において絶対数が限られたものを、力を求める命あるもの同士で奪い合うことで、自然と力のピラミッド型階層が生じ、結果としてより苦しみを、より嘆きを起こすことを可能とする実にルドラサウムに都合よくできている仕組みである。

 そして、そのシステム下においては、ルドラサウムを超える力を持つ者が出ないように、一部はそのものの経験値となるものの魂の大部分はルドラサウムの元へと帰るようになっている。


 では、もし、その魂の大部分が何らかの原因によってルドラサウムの元には返らなかったとしたら。


 悪魔界などは地上の魂を丸ごと刈り込むことによって、ルドラサウムの元に行くべき魂を着服し全て己の物として、いずれ創造神に取って代わるために通常の人間とは比べ物にならないペースで力を蓄えている。その効力は、凡人の魂一つでも魔人に匹敵する力を持つ悪魔のレベルを1上げられるほどだ。
 それと同様に、ルドラサウムの元に返らなかった魂は、全て倒した者の元に経験値という形で吸収することが出来るのであるが……



 この世界には、当然創造神なぞ、明確な自意識を持って存在しない。



 仮にいたとしても有史以来人間に干渉してきたことなぞ無かった。
 魂、というものに対する思想としては輪廻転生といって、自然に巡り巡ることで魂が洗練されていったり、天国という国に安住したりするというものがこの世界ではオーソドックスな思想なのだが、ランスたちの持つ「レベル」システムはその途中で魂そのものを奪い取っているのである。
 これらはこの世界のシステムを根底から揺るがす重大なルール違反であるが、ランスもウィリスもそれに気づかず、「神」のいないこの世界にはペナルティなぞも存在しないため、実際にランスにとって不利益は無い。

 ……ただ、ランスに倒された者の魂は生まれ変わることや天国で安らぐ事すら出来ずに永遠に消滅するというだけだ。
 仮にあの世界の邪悪なる創造神が気付いたとしても、ルドラサウムからすればランスが自分の世界で死亡すれば奪い取った分だけ他の世界の魂が手に入る以上、おそらくくすくすくすと笑いながら放置するだろう。

 これとは逆に、ランスたちの世界に行ったこの世界と似た世界の住人である小川健太郎と来水美樹は、本来であればこのシステムそのものに組み込まれていないため、魂の一部すら取り込むことすら出来ず、レベルアップなど出来るはずも無い。
 しかし、超神プランナーがより魔王とその守護騎士対魔王の座を求める魔人との戦いを彩るために彼らに関してのシステムを調整したため、むしろ常人よりレベルアップしやすく、才能限界も高くなっているが、それはさておく。


 結果として、ランスたちは以前の世界ではルドラサウムに奪い取られていた分の魂すら吸収することで、驚異的な速度で経験値を修得していっていた。
 それは、ランスの制御を望む近右衛門の方針とは真逆であり………
 近右衛門がさまざまな策を巡らそうとしている間にも、魂を制御できる限界である才能限界を持たないランスは着実に力を蓄えていくし、これからもさらに強くなっていくだろう。

 放って置いても、関わらせてもランスが絡むと近右衛門にはろくなことがなかった。

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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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