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梟森4

七年後
 ワンワンワン  

 近くで近づいてくるものがいることを示すわんわんの鳴き声がする。そのことに、このわんわんの主が腰を浮かしかけるが、月光は誰が来たのかわかっているようで、無言で落ち着けと訴える。
 そのことに、自分と月光の力量の差を自覚しているのか、その忍びは落ち着きを取り戻して座りなおした。その後しばらくすると、そのわんわんを沸かせたものであろう一人の影が、伊賀頭領の屋敷の中の一室に音も無く降り立った。


「月光、帰ってきた」
「ああ、しのぶ。首尾は?」
「これだ」


 全身を粘性の朱色の液体に染め上げて、里に戻ってきた忍者であるしのぶは、一直線に次の忍務について話し合っていた月光のところに突っ込むと、帰宅の報告をし、手に持っていた今川家武将、玄広恵探の首を見せた。

 ここ数年でぐんぐんと伸びた手足は、完全に黒装束で覆われており、格好だけは忍者といえなくも無かったが、その姿は事情を知らないものが見れば背伸びしたコスプレにしか見えない。後数年もすれば女らしさも徐々に出てくるであろうその肢体も、今の段階では幼さしか感じさせず、それが一層哀れを誘う。
 本来であれば、同世代の子供たちと明日の事すら考えずに微笑みだけを貼り付けているはずの顔は、生来の鋭い目つきと無表情があいまって、感情の無い昆虫類のような印象を与える。

 ここ数年、月光は拾った赤子を生まれてすぐから忍者として仕込んでいた。
主君の命ゆえ、それしか知らぬがゆえに。

 それでも、きちんと言われた任務を無事にこなしたようだと、無傷で帰ってきたしのぶを見て、月光は内心安堵の息を吐く。数年で月光には、頭領としてと同じぐらい保護者気分が染み付いていた。

しかし、それをみて、月光の隣で控えていた者が顔をしかめ、口を出した。


「これは……月光頭領、まさかこのような未熟者を任に就けたというのですか!」
「未熟者といえばお前も未熟だがな、犬飼」
「そ、それはそうですが……その俺にも劣る未熟者を任に出すなどと、失敗すれば伊賀の恥となります」


 犬飼が月光に食って掛かる。通常伊賀の里では、大規模な戦闘があるならばさておき、通常の忍務であれば上忍や中忍の指揮の下、必要とされる下忍がたまに人手として借り出される程度でおこなわれる事が基本だったからである。このような下忍単独で、しかもそれがいかに月光のお気に入りだとしても、たかが十にも満たぬ子供など、伊賀の歴史を取ってみてもよほどの非常事態にしかありえなかった。
もっとも、頭領に食って掛かる未熟者がここに出入りを許されるということもあまり無かった事であるが。

しかし、数年前であれば犬飼の無礼を許さなかったであろう月光は、里でも最近丸くなったとの評判に違わずその行為に対して笑って答えた。


「なあに、どの道今の今川なぞ、それなりの腕があれば下忍でも十分いけるぞ。しのぶの練習相手としてはちょうどいい」
「そのような事を言っているのではありません。このものに、忍務を任せる事こそが間違いだと……」
「わかったわかった。今度の忍務はお前に任せよう」
「月光頭領っ!」


 だが、どれほど進言を行ったとしても月光は受け入れる様子が無く、あっさり会話を打ち切った。それを見て、思わずしのぶのほうへと憎憎しげな視線をやって、歯軋りをする犬飼。

 彼にとって、歴代伊賀頭領の中でも有数の使い手と呼ばれている月光は憧れの存在だった。
自分より僅かに年長なだけにもかかわらず、技は冴え、全てに聡く、敵には冷酷無比。感情を表に出す事も無く、そのくせ相手の感情を読みきって的確な指示を出して出し抜く。まさに忍びの鏡だと思っていた。彼から術を学ぶときなぞ、年甲斐も無く緊張でからだが震えたものだった。

その里のものの尊敬を一身に集めていた頭領が、このガキが来てから堕落してしまったのだ。自ら片腕を落とし、残酷さは鳴りを潜め、武家に媚びへつらう始末。技が鈍ったというわけではないが、それでも片腕であれば以前よりも劣っている事は確かである。こんな、並みの下忍ぐらいの力量しか持たないガキのせいで……

 そういった感情を表に出してしまう事が犬飼も忍びとして未熟なのだがな、と月光はため息を一つはいて、しのぶに忍務でしばらく帰ってこないと告げた後、犬飼を引き連れて瞬身でこの場を去った。
その犬飼が残した憎憎しげな視線を受けたしのぶはつい、と視線をずらして、それを見送った。その顔に浮かぶ僅かな罪悪感を感づけるほど、犬飼はその薄い表情の変化に慣れ親しんでいなかった。
 そのため、舌打ち一つを残してそのまま消え去った。




 拾われて七年。しのぶは伊賀の里において、孤立しつつあった。




 犬飼とつれたって月光が忍務に出てから、しのぶは血塗られた自分のからだと衣服を水で洗った後に、自分と月光の寝室で座り込んで無表情に顔を伏せていた。求めるのはただただ月光の帰宅のみ。しなければ成らないとわかってはいても、鍛錬をする気にはなれなかった。
 犬飼の怒りが感じられないほど、しのぶは愚かな子供でい続けられる七年間を過ごしてきたのではなかった。尊敬する頭領が下した愚かな決断と、その原因となった少女。

何故、何故このようなどこにでもいるような子供のために歴代最強とも謳われる月光様の片腕をうしなわしめねばならなかったのか。

皆に混じって訓練を受けさせる教師の目にも、それを迎えに来た村の大人たちがふとした瞬間に見せる表情にも、遊ぶ子供達を遠くでうらやましげに見つめているときにこちらを監視する教育役の物言わぬ目にも。
心を刃で殺さなければならぬ忍びであるがために、又無意味な八つ当たりだと心の一部では自覚しているがために、直接的に里のものがしのぶに対して何らかの行為に出るということは無かった。
それでも、そんな憎しみとも悲しみとも計れぬやりきれない思いをしのぶの姿を見て移し続ける忍び里の住人を常に見続ける生活は、しのぶを年齢以上に大人へと無理やり押し上げる事となった。


 何故自分なぞを月光はお館様から助命したのか。


 ふらふらと中身を伴わずゆれる月光のしのび装束の左袖を見るにつれて、未だ第一線の戦場に出れぬ自分の技を自覚するにつれて、しのぶ自身の心のうちにもそういった思いが芽生えてくる。
 生まれたときより月光の片腕となるべく育てられてきた自分が、年齢のわりには上達著しいとはいえ、未だ並みの下忍ほどの力しか持たぬことにしのぶは深く悩んでいた。

そもそも、この世界において才能は絶対である。
当たり前だ、上半身のみで2トン近い重量のストーンガーディアンや強力と剛体を併せ持ったドラゴンナイトなぞに人類という種族が立ち向かうには、10や20のレベルアップでは足りはしない。
 大陸に比べても四六時中戦争を行っているこのJapanにおいて、高い才能限界や技能レベルを持たない忍びなぞ、絶対に一流には成れない。

 そして、しのぶは、才能限界こそそこそこの数字を天より与えられたが、肝心な忍者の技能レベルが無かった。そのことを知っている月光は、複雑そうな顔はしたものの、才能限界の高さのために眼を瞑ったのかさほど問題のように思っていなかったようであるが、月光の片腕としてやっていくには、現状のままではだめだということは里のものの目線に教えられなくてもしのぶ自らが一番よく知っていた。


 月光は優しい。しのぶが生まれてすぐに大きな、取り返しのつかない迷惑をかけたにもかかわらず、自分を育ててくれて、愛しんでくれている。

 だからこそ怖いのだ。

 片腕としての役目を期待され、片腕として育てられた自分が、その任を果たせないということが知れたときに、月光にまであの、この程度か、この者を助けるのではなかった、という目で見られることが。どれほど訓練しても徐々に近づいてくる才能限界の壁というものによって見えてくる自らの伸びしろを見ると、捨てられる恐怖が常に付きまとう。
 いや、もはやその時期は見えているのだ。才能限界までLvが達したときが、自らが月光の誓いに答えられるだけの力が無いのだと悟られたときが、月光との最後だということを理解している。出来る限りその時期を引き延ばそうとしても、そろそろと別れのときは近づいてきている。

 しのぶはきゅっと膝を抱えたままの状態でねっころがった。
床に敷いてある布団に月光のにおいが残っているような気がして、それだけが今の不安を少しでも忘れさせてくれるような気がして。




 気がつけば、あたりは真っ赤な夕日に染まっていた。どうやら結構な時間を眠ってしまっていたらしい。最近は先ほどの不安によってなかなか眠りにつけなくて、一晩中月光のからだに抱きついたまま布団の中でもやもやとする気持ちを抱えながら過ごすことも多く、又忍務を終えて疲労していたということもあったのだろう。
 そう自分に言い聞かせ、眠気を飛ばすためにプルプルと顔を子犬のように左右に振って、長い髪を舞わせる。一応忍者であるしのぶにとって、眠気を払うにはそれで十分だった。

 月光は他国に出ていると聞き及んで入るが、万が一早く終わって自分が寝ている間に月光が帰宅していないだろうかと屋敷の気配を探ると………なにやら覚えの無い気配がうっすらとであるが存在する。

 侵入者だ。

 直感的にそう思う。伊賀頭領である月光の住むこの屋敷は、それなりの規模を誇っているものの、使用人や護衛の類なぞはいない。月光としのぶの二人暮しである。里最強の忍びである月光がいるこの屋敷に護衛なぞ必要ないし、雑事をやるのであればしのぶでも月光でもが好きなだけ分身して人手を増やせばいいだけだからだ。
日中はしのぶの監視というか面倒見役がいることもあるが、日が落ちてからは完全に二人っきりである。慣れ親しんだ月光の気配ではないということは誰かがよからぬことをたくらんで入り込んできたのだとしのぶは思った。

 チャンスだ

 技はそこそこ身についてきているものの、他の下忍に比べても圧倒的に幼いしのぶは、忍者の頭領の屋敷にわざわざ入り込んできている人間に対して、恐怖ではなく好機であると感じた。たまに入り込んできている甲賀の残党(伊賀忍襲撃時には他国に潜入等をしていたらしい)や、最近急成長をしている織田を探りに来た北条の風魔忍などにも何度かしのぶは気付いたこともあったが、その次の瞬間には月光によってたやすく切り捨てられていたため、しのぶ一人でこれらの気配と退治したのは始めてであったからだ。
 実戦経験がほとんどないしのぶは、他国の忍びがこの忍び里に侵入するということがどれほどの力量を必要とするのかということを正確には理解しておらず、その人間に対して思ったのはただただ獲物が来たという分不相応の思いのみ。

 先日初めて一人で行った忍務が思いのほかうまくいったこともそれに拍車をかけた。無用心に屋敷で一人で眠っていたところを一撃でしとめたということは、しのぶに自らの腕前にそれなりの自信を持たせてしまっていた。国力が落ち、ろくに仕官もさせられないためにがらがらの屋敷で一人眠るそれなりの才能しかない武士を倒したとしても、それは一流の忍びにしてみれば物の数にもならない、ということを理解できるほどの月光以外の里の者との交流がしのぶには無かった。

 そのため、しのぶに危機感なぞ欠片も無かった。
胸にあったのは、

 こいつを倒せば、月光にほめられる。捨てられない。里の役に立てる。

 というただただ孤独になることへの焦りを打ち消すための思いのみ。

 つい先ほどまで里のものの白い目にへこんでいた十にも満たない少女にとって、それは魅力的な誘惑だった。自分を悩ます事項の全てが、このことによって全て取り除かれるような錯覚を覚えたのだ。
 どれほど努力しても超えられない才能限界の壁は不変だとしても、功績は積み上げる事が出来る。月光とともに暮らすためであれば、どんな辛いことだって耐えられる。

 そう固く信じていたしのぶは急いで自分の装備を確認すると、そのからだにあっていないほどの大降りの苦無を逆手に構えると、速さよりも無音を重視して、ゆっくりと屋敷の中を前進する。
 目標は、どうやら土間の方にいるらしいとその気配からあたりをつける。こちらが進行を開始してもまったく気配に揺らぎを感じさせないことから、未だこちらには気付いていないのだろう。ますますチャンスである。
 月光に教えられたように、感情を完全に制御して、特殊な歩法で可能な限りからだが空気と接触する面積を減らす。呼吸を整え、一足一足を慎重極まりなく送り出してほとんど音を立てずに疾走する。

 なるほど、確かに下忍にしては優れた動きだった。月光の指導としのぶの努力の賜物だろう。

 そして、相手を視界の中に収める事が出来る距離まできて、一旦停止するしのぶ。相手もどうやら忍びのようだった。その黒装束から判断して、さらに体格からこの里で今まで見たことが無いとして完全に敵であると認識する。
 こちらにまったく注意を払わないで、土間にある棚を探っている事から、月光のいない間に何かを探りに来た他国の忍びであろう。尻を向けて無防備に探し回っているそのものを見て、殺しても大丈夫だと判断する。

 ゆっくり、ゆっくり、せりあがりそうに激しく打っている心臓の鼓動を抑え、心の刃を研ぎ澄ませていく。ゆっくりと腰を落とし、一気に駆け出す準備をする。
月光の帰宅は十時間以上も後。相手の一流のしのびに取ってはあまりに長いその時間に、心で一本の鋭い刃を形作ったしのぶは一気に駆け出して、苦無を相手の背中に向かって振り下ろした。



 その一瞬後の出来事が、これからの自らと月光の関係を完全に一方向に固定するなど思いもせずに…………


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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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