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ドラゴンに首ったけ50【完結】

その50










先日、あわや殺されるかという死の恐怖と人間の恐ろしさを実感し、もう二度と油断しないようにしようと誓ったブラッドは今。


「……うん、うまい。ユメも腕を上げたな」
「ありがとうございます~」


サイト襲撃前と変わらず、生贄の少女といちゃいちゃしながら、飯を食っていた。
格好はほとんど全裸。バスローブのような羽織るだけの服を着て、髪も濡れている。
昨晩同時にベッドにはいり今も隣で侍っている少女は、料理をするためかきっちりとすでに服を着込んで再び戻ってきていたのに、今の今まで惰眠をむさぼっていたブラッドは、いまだにそんな格好だった。


「あ、口にソースがついてます。ちょっと待ってくださいね……はい、取れました」
「おお、すまんな」
「いいえ、私はブラッドさんの生贄ですから。あ、カップ、お注ぎしますね」


そのままの格好で飯を食い、あーだこーだとユメに世話を焼かれているその外見には、先日の反省などカケラも見られなかった。

はだけた肌、傍らに倒れた酒瓶、そしてその隣の潤んだ目をした少女。
どこに反省があるだろうか。


と、言うわけで、あれほど危険な目にあったにもかかわらず、ブラッドはなんら今までと変わらず、あいも変わらずニート竜生活を続けていた。
三十年以上続いた生活態度がそう一朝一夕に変わるはずもなかった。



今日の朝のような、昼のような時刻の食事のメニューは、ガリア風なので、トリステイン風とは違ってそこそこ簡素なものだ。勿論、ユメのアレンジは効いているが、サイトのいた世界で言うところのフランス風の甘味の多い朝食だ。

勿論、それなりに贅をよしとする竜にあわせて、量はたくさん用意されている。
クーが用意したフルーツ類やカフェオーレやコーヒー、紅茶にオレンジジュースなどが置かれている場所の隣にはバケットが置かれている。勿論、中にはクロワッサンやジャムとバターをたっぷり塗ったタルティーヌというパンとパンで挟まない乗せるだけのサンドイッチ、パン・オ・レもミルクをたっぷり使った甘いものが焼きたての状態で入れられている。


それに、これまたミルクをたっぷり入れた大き目のオムレツにソースをかけたものと、サラダがついて終わりだ。普段から考えると、実に質素なものだ。
これらのほとんどは、貢物によって得られた食材を使って作られている。
小麦も卵も、すべてふもとの村から届けられたものだ。

ユメを朝まで拘束していたために料理人がおらず、あまり時間をかけられなかったためそれほど品数が多いわけではないが、それでもユメの心のこもった料理をうまそうにブラッドは食べた。それなりに昨晩の運動で腹が減っていたらしい。


「もぐ……むご……むしゃ…」
「~♪~~♪~♪~~♪~」
「…………」
「きゃっ!」


そんなブラッドの姿に満足感を覚えているのか、機嫌のよさそうに傍らに控えながらも尻尾をパタパタさせているユメを見て、ブラッドは思わずそこに手を伸ばした。
無論、その尻尾の根元の尻の方にだ。


「い、いきなり何するんですか?」
「いや、うまかったから褒美をやろうと思って」
「やるんだったらぁ、前に言っておいてくださいね」


普通ここは頭をなでるところであろうに、尻に手を伸ばすところがブラッドらしいかった。
ユメも嫌がりもせずにすぐに撫でられるままとなるあたり、結構毒されている。
だから、ブラッドは逆にユメが尻尾で尻に手を押し付けるようにしてくるのを感じて、このまま後ろのベッドに押し倒すか、といつもどおり気楽に思ったが、昨日の行為で相当シーツが汚れていることもあって、一瞬躊躇する。
ブラッドの手を感じてユメの目つきも、昨晩と同じく再び潤んでいたが、そのブラッドの一瞬の躊躇によって彼女の望みは叶えられなかった。

そして僅かな時間の間に、いつも通り部屋にユメに続く第二の従者がやってきたからだ。


「御主人様、今回の収支結果です」
「お、もう片がついたのか」


ブラッドの巣の執事であり、ギュンギュスカー商会から買い取られて、正式にブラッドの持ち物となったクーが現れて、収支結果を報告する。先ほどまで彼女は昨晩遅くから侵入してきた侵入者の撃退を指揮していたはずだ。

多分寝てないであろう彼女の持つものは、いつも通りの、何も変わらぬ週末の収支報告だ。たった一人で竜を脅かした剣士がいてもいなくても、竜の巣作りは続くのだ。
今回は結構な買い物をしたことが収支結果の表の中に出るはずなので、やに下がっていた表情を改めてそれを受け取るブラッドを見て、ユメは残念そうなため息を吐いたが、結果は変わらなかった。


「とりあえず、迎撃部隊の配置と初撃退は終わりましたが、正直またも金庫が空っぽです」
「くそ、せっかくこつこつ貯めてきたのにな」
「迎撃部隊も、スキル持ってないのばっかりですしね」


とりあえず、今日巣に入ってきていた侵入者達に対して迎撃が成功したとの報を聞いて、安堵するが、直後に続いた報告には顔をしかめるブラッド。

ルイズとサイトによって迎撃部隊に出された被害は尋常なものではない。その補填のため、ブラッドたちは今までここハルケギニアで貯めた財宝のほとんどを放出することになってしまった。
正直、その詳細な報告を聞いたときは巣作りを辞めようかと思った、とフェイに語ったほどだ。

何せ迎撃モンスターの半分以上が死亡。当然、今までやっとの思いで集めた、入荷の時期が不定期なためなかなか購入することが出来ない上に非常に高価な部隊、レアモンスターたちもいなくなってしまったことは、ブラッドのコレクター魂を大いに傷つけた。

そして、再び燃え上がらせた。
もう一回稼いで、全種類集めてやる、と。


「まあまあ、少しずつですが貢物の量も、撃退によって得られる財宝も増えてきているんですから、前回ぐらいならすぐ集まりますって」
「……そうだといいがな」
「わりとギュンギュスカーの生活用品も売れてきてますしね」


あいも変わらず迎撃によって得られる収入が少ないことにブラッドはため息を漏らすが、それをクーが慰める。ブラッドに買われてから、微妙に彼らの距離は近くなっている。
それにユメも追従して頷く。
それをみたブラッドも、いつまでも落ち込んでいても仕方がない、と気合を入れなおした。そう、さらに自分もがんばればいいのだ、と。
まあ、基本的に彼の生業は略奪なので、あんまりがんばっても成果は上がらないのだが(あんまり頻繁に奪いに行くと、生産力が落ちて一回あたりの量が減る)、その辺のところは今は忘れることにしたらしい。


「よし、それじゃあ今日は久々に、見回りでもしてくるか」
「では、そのように」
「ブラッドさん、いってらっしゃい」


こうしてブラッドは、怪我が治ってからしばらくぶりに「仕事」に向かった。




とりあえずは、巣の見回り。
こんなこと主のやるべきことじゃないじゃないか、とクーに抗議したこともあるが、「部下達がサボらないように見回るのも主の役目です!」といわれてしまえば、反論などで気はしない。
それに、これはこれで結構な暇つぶしになる、とブラッドは最近ではこの作業に楽しみを見つけ出していた。今まで読書したり一人さびしく宝物庫で遊んだり、といったことが主な楽しみだっただけに、これはこれで楽しみを見出すと結構いいものだとが思うほどに。



牢屋にて。


「クソ、いい加減にここから出せ!」
「ずいぶんと威勢がいいな。そんなに起こるとシワが出来るぞ」
「き、貴様ぁーー!!」
「もう、そう若くもあるまい」
「黙れぇぇーー!!」


剣と、銃とか言う鉄の棒から何かを打ち出す妙な武器を使って挑んできた侵入者をからかってみる。こいつはなんとベトを五部隊も瞬殺したのだ、侵入者の中では新顔の癖に。

美人は美人なので抱こうかとも思ったのだが、微妙にトウがたってるような気がしてやめたこの女の名は、アニエス。トリステイン王国から身代金が届いたので明日にも開放する予定だ。
ただ、それを今言うのも面白くないので適当におちょくってみる。

抱かない、と最初っから決めていると気楽なもので、ドンだけ敵意を向けられてもむしろ可愛いらしい抵抗だと思えるほどの余裕を持って、面白いぐらいすべらかに口からおちょくりの言葉が出てくる。

この捕虜は、以前クーに聞いた情報に寄れば、平民だったのを貴族に取り立ててもらったというほど優秀な女らしいが、その経歴にふさわしいお堅い女らしく、どうやらからかうことには慣れていても、からかわれることには慣れていなかったらしい。
面白いぐらいにこっちの言葉の一言一言に顔を真っ赤にするところを見ると、微妙にいろいろな面で不器用なテファの姉を思い出す。

この間おもいっきりその姉に殴られた逆恨みもこめてさんざんからかっていたブラッドだったが、一日こんなことをしているわけにもいかないと、そろそろ切り上げる。


「ぜー、ぜー、ぜー、ぜー」
「ああ、そういえば、お前明日開放されるぞ」
「……は?」


あっけにとられるその整った顔に、おかしそうに説明するブラッド。

トリステイン王国とはこの間、非公式ではあるが捕虜と身代金の交換条約が草案の段階であるが取り交わされている。こいつはその第一号というわけだ。
なんか議会を通していない、宰相と姫が他の臣下達に内緒でこっそりやっているものらしくどうも動きが鈍いものだが、これさえきっちりと交わしておけば収入が随分と得やすくなる、と思ったブラッドは、どうも王女の側近らしい相手に簡単に説明だけはしてやった。


「アンリエッタとか言うトリステインの姫が金を出してくれたんだ、よかったな、部下思いの上司で」
「な、で、殿下がだと!」
「何でも、『彼女はわたくしの一番の臣下です』とかいってぽん、と出したそうだ」
「く~~、殿下、申し訳ございません」
「はっはっは、せいぜい残り一日の牢屋暮らしを楽しむんだな」
「おのれ~~~!!」


さんざんからかって気もすんだブラッドは、女王に頼りにされてここに向かったはずなのに、身代金を要求されて見逃されることとなってしまった屈辱に震える金の短髪の女騎士をそのままその場に置いて、次なる場所に向かった。




訓練場にて。


「え~い」
「とりゃ~~~」
「そこ、腰が引けてるぞ!」
「スパー……あの嬢ちゃん、相変わらず元気だねぇ」
(ガンジェット……煙草変えたのね)


チャンチャンバラバラと剣撃の音が響き渡る室内において、多数の迎撃部隊の魔物たちの傍らで、フェイが子供達に剣を教えているのが見えた。
ほとんど絶滅危惧種に近い竜の村には子供、という手足の小さい存在は数十年に一度ぐらいしか見かけないので、ここまで小さい子供が集まっているとちょっと不思議に感じる。
何せ、親友であるマイトとすら年齢が百年単位で違うのだ。子供が生まれにくい上に青年期の姿を長く保つ竜族であるブラッドにとって、ここまでうじゃうじゃといる子供をこんな近くで見るのは実に珍しい。

そのため、暇もあってかフェイの元へと近づく。


「ふむ、やっているな。頑張れよ」
「あ、ブラッド様……ありがとうございます、ってこら、お前達、無礼だぞ」


フェイがブラッドのほうに視線を向けることで注意が外れたとみるや否や、子供達はブラッドの周りに群がった。


「おい、テファねーちゃん泣かしてねえだろうな?」
「なーなー。ブラッド様よー、強いってほんとか?」
「竜になってみろよ」


呼び名こそ様付けだが、これはフェイを真似しているだけで、まったく持って敬意のカケラもない感じで呼びかける彼らにフェイは怒鳴るが、どうもこちらも親しみが先についてあまり尊敬はされていないフェイの言葉に彼らは耳を貸さない。

その彼らに、正直ブラッドは戸惑った。
こんな経験、あんまりなかったからだ。あえて言うなら、メイドたちと会話するのに近い気がするが、踏めば壊れそう、強く言えば泣きそうな彼らを頑丈極まりないメイドたちと同じ扱いにするわけにもいかんだろう、と思う。


「そうだ、フェイねーちゃんと勝負してくれよ」
「フェイねーちゃん、すっげー強えーんだぜ?」


敵対者にはそれなりの対応をするブラッドも、生贄には優しい。そして、夜の生活練習という名目上、この巣の生贄はある程度の年齢の女しかいない。
さらにいうならブラッド、一人っ子だし、村のなかでは彼が最年少の男だった。

正直言って、この敵でなくかつ夜の生活練習のための素材でもない少年達は、ブラッドにとって未知の生物だった。
ぶっちゃけ、人口比1:16という環境もあって男友達がマイトしかいないブラッドは、同性との付き合い方がさっぱりわからなかった。


「お前達、いい加減にしろーー!!」
「きゃーー」
「逃げろーー」
「じゃあまたなー」


とりあえず、テファが泣くだろうからいきなり「うざったい!!」とかいって振り払うわけにもいかないので、されるがままになっていると、やがてフェイが無理やり子供達を引き剥がし始めた。
正直助かった、と安堵の息を吐くブラッド。

ブラッドからすればフェイは随分な疲れているように見える。
が、彼らをブラッドに仕えるいっぱしの騎士にしようとしていたフェイにとっては、とんでもない失態だった。平謝りに謝る。


「なんというか……大変だな、フェイ」
「はっ! 申し訳ありません、ブラッド様。次おいでになるときまでにきっちりとしつけておきますので、どうかご容赦を!」
「まあ、ほどほどにな」


どうにもムズ痒い感じで、ブラッドは訓練室を後にした。
テファのおまけ程度の認識で引き取った子供達だったが、彼らとのふれあいも悪い気はしなかった。
それで人類社会全体への認識が変わるほどの影響力はなかったが。





そして、アルビオン大陸上空にて。

大地が爆ぜる。木々が燃える。人々の悲鳴が聞こえる。
上空4000メイルほど。
アルビオン貴族派が支配する土地における村のひとつで、またも竜の恐怖が現臨した。

放たれるは破壊のブレス。
望むのは生贄と財宝。

最近部下達が要求しても貢物をよこさなくなってきた村において、燃え上がる家々、焼き尽くされる田畑、というその光景を、巨大な羽ばたきによる轟音をBGMとしながら、その長い髪をなびかせながらいつもの眼差しでいつも通りの思いを込めて見つめていたクーを傍らにおいて、ブラッドは村を破壊していた。。


(ああ、御主人様が無事で本当によかった)


クーの内心どおり、あの怪我をして数日後にはリハビリがて空を飛んでいたが、今久々に略奪行為に手を出しても今見るともはや怪我したことをまるで感じさせない動きが出来ることに、ブラッドはひそかに安堵する。

彼のそばに飛行魔法で浮かんでいるクーからは、ブラッドの行っている一切合財の行為がよく見える。
たった一息竜がその力を放つだけで、まるで蟻のように見える人間達が大慌てする。

事前の通告は部下達が行っているために、今回のこの攻撃による死者はほとんど出ないだろう。そろそろ、こちらの世界においても圧倒的な存在である竜の恐怖が世界全体の共通認識として刻まれてきたころだ。竜に狙われれば、もはやあきらめるしかない、という現実も。
それでも、ブラッドの絶大なる力によってブレスが放たれるごとに、生活の糧を壊されることによる人間達からの悲鳴が聞こえるような気がする。

田畑も、家屋敷も、施設も、荒野も、一切合財すべて区別することなく、ブラッドのブレスは破壊しつくしていく。
あの侵入者に対してびびってはいたものの、トリステインという国を滅ぼそうと考えている様子も、さほど怒っている様子もないブラッドだったが、多少の八つ当たりが入っているのかいつもより多少力が入って破壊活動に出ているのは仕方がないだろう。

もっとも、完全に壊しつくしているわけでもなく、ある程度の手加減は出来ているのでクーも止めることもなくその光景を眺めているが。


その攻撃は、リュミスほど圧倒的ではない。マイトほど、精密でもない。
荒削りで、威力も足りず、いうなれば竜にしてはしょぼい攻撃であるが、確かにその攻撃は人間達のか弱い抵抗を無視した圧倒的なものだった。
そして、その隣にいつも控えるクーにとって、傍らを通り抜けて放たれる最愛の主の熱い吐息は、誰よりも心地のよいものだった。


気がつけば、ブラッドの攻撃は終わっていた。
後に残るは適度に焼け野原となった村だ。最近貢物を渋っていたこのあたりの村々にはいい薬になっただろう、と考えていると、ブラッドがクーに声をかける。


『さて、クー。これからどうする? 魔力もあまっていることだし、もう一つ二つ、村を崩しておくか?』


今日の彼は随分やる気らしい。
いつものやる気のなさとは違う、随分アグレッシブな発言にクーは顔をほころばせたものの、実利から考えてその言葉を否定した。


「いえ、それには及ばないでしょう……迎撃部隊の質が余りよくない現状で、それほど侵入者を呼び込んでも撃退できませんよ」
『そうか、じゃあ、帰るか』


これ以上戦うことはない、という言葉にブラッドも大きく頷いて同意を示し、今日はもうやめることに決定する。帰るか、と思って体勢を変えると羽ばたきの音が若干変わったことを合図に、クーも飛行魔法を制御して巣のある方向へと飛んでいく。ブラッドのほうが飛行速度がかなり速いので、スタートだけでも先に行かなければ追いつけなくなってしまうからだ。
一瞬遅れてあの場所を離れたブラッドが、悠々と自分に追いつき、追い越していくことで見えた大きな背中に規則正しく並ぶ鋼のごとき鱗に反射する夕日を、クーは眩しげに見つめた。

今日やけに恐縮していたフェイにお仕置きすることを楽しみにしているらしいブラッドは、こうして竜の巣に帰っていった。
後には、いつも通り半壊した村と、そろそろと戻ってきた人間だけが残っていた。







殺されかけた僅か数日後であったが、結局彼らにしてみればいつもどおりの日々だった。

確かにルイズは強かった。
巣の部隊の半数以上を壊滅させるほど、エクスプロージョンの威力は凄まじかった。
確かにサイトは強かった。
ほとんど不死といってもいい竜であるブラッドを後一歩のところまで追い詰めた、恐るべき敵だった。


しかし、所詮彼女らは人間だった。
ルイズやサイトにとっては、ブラッド一行は最大の敵だった。自らの人生を大いに狂わし、絶対に打倒しなければならない悪だったことは間違いない。彼女らが泣き、怒り、苦しんだすべての元凶にして、絶対に許せない、忘れられない相手だった。
だが、それはあくまで彼ら人間、小さきものたちからだけの視線によるものだったのだ。
ブラッドたち、竜や魔賊といった攻め込まれた側のものからすればまた違った側面が出てくる。

すなわち、巣の部隊を皆殺しにされたときは確かにびっくりした。フェイまで抜かれたときは、まさか、という思いが一番に来た。自らの脳天に竜殺しの剣が迫ってきたときは、死んだかと思ったということは確かな事実だ。
ただ、それすら彼らにはある意味よくあることなのだ。

フェイが来たときも破産したと思ったし、ドゥエルナの進入を聞いたときも、死ぬかと思った。早々、ルイズの両親が攻め込んできたときももう駄目かと思った。が、結局はすべて彼らだけで撃退できた。
そう、ブラッドにしてみれば、ルイズの最強戦力であったサイトといえど、あちらの巣でもたびたび遭遇することとなった竜狩り部隊や大英雄と名のついたAランクの侵入者達と同じ、一山いくらのいつもよく来る侵入者だった。
ルイズにおけるブラッドの存在のように人生が変わってしまうほどの強力な侵害者ではなく、喉もと過ぎればあんなに恐れ、反省したことも忘れてしまう、いつも通りの「ちょっと大変だった障害」に過ぎなかったのだ。


竜のやっていることは、人類全体に対する敵対行為であり、絶対に許すことが出来ないことだ、ということを、知識としてはブラッドは知っている。有り余るほどの時間をもてあましている彼の趣味は、人間族が書いた本を読むことでもあるのだから。
それゆえに、財宝を求めてもあるのだが、竜を何とか撤退させよう、と人間が必死になって竜の巣の攻略を目指すその心理も、十分理解している……理解していながら、そんな行為を無駄な抵抗だ、と不快に思っている。


だから、それをどれほど人間が訴えても、サイトのように命を賭して挑んでくるものがいても、ブラッドはその人間の論理を理解しようとしない、理解できない。

自らのエゴによって人類が数え切れぬほどの声なき声を上げる動植物を滅ぼしてきたように、人と竜では、あまりに存在が違いすぎるがゆえに、容易には分かり合えぬのだ。
数万年を生きる竜が、たかが一侵入者によって考え方を変えることはほとんどありえないのだ。

いや、巣作りを続ける、ということを決心したことについて多少はブラッドに影響を与えたか。
結局、サイトの命を賭けた戦いですら、ブラッドにとってはその程度のものだった。


彼が命がけで守ろうとした少女のことを、殺されかけた後でもブラッドは推し量ろうとはしなかった。守られていた少女がこの世界からいなくなった彼を思って、涙を流したことすらブラッドは知らなかった。
彼は絶対者なのだから。

おそらく、第二・第三のサイトが現れ、人に殺されるその日まで、ブラッドは自らに踏みにじられる人間のことを考えることはないだろう。


そして、彼の仲間にそれを不思議に思うものもほとんどいない。
それぞれの利害と思いによって、竜に付くものはいつの時代にも絶えない。それはかつての世界でも、ここハルケギニア世界でも同じ。
この巣にいるのはそんな者ばかりだ。
竜と人の双方に最も造詣の深い女王、リ・ルクル・エルブワードがいない以上、ここにはブラッドの論理を肯定するものしかいない。
いや、巣の中だけではない。マチルダやガンジェットなど巣の内部にて彼に協力する人間だけではなく、竜の巣の外にも波濤のモットのようなブラッドらの協力者はいくらでもいるのだから。


その代表格、今日の事務の終了の報告に来たクーが、フェイと共にベッドに眠るブラッドを見て軽く笑った。報告を明日にして退室しようとしたクーだったが、ふと思い出したかのようにブラッドに近づいてくる。
フェイもブラッドも精根尽きたかのように眠り込んでいるため、その行動にまったく気づかない。クーもことさら気付かれないように静かに近づいていく。

やがて、クーはブラッドの傍らにたどり着いた。
その場に立ったまま、クーは上体をそのままブラッドのほうへと倒していく。
重力にしたがって落ちていくほつれ髪を掻き上げて、耳元に戻しながらもクーはゆっくりとブラッドの顔に自らの顔を近づけていく。

ちゅ。
軽い音を立てて、クーがブラッドに口付けを落とした。
以前は出来なかった縛りなど、もはや彼女には存在しないからだ。


「ふふ、愛してますよ、御主人様」


愛しい男が他の少女と床を共にしていた現場を目にしてなお、うれしげに笑うクーの表情は、まさに少女のようだった。



ここでは人間の定めたルール、倫理は一切力を持たない。
何せここは、竜が、魔族が、獣人が、エルフが住まい、竜が定めたルールに則って、竜の論理に従う者だけが自由な行動を許される、そんな場所。



世界最強の存在、ドラゴンであるブラッドが支配する、彼の竜の巣なのだから。













サイトが彼女の前から消えた数日後、竜が健在であると知った後は、マリコルヌがおもわず引いてしまいそうになるほどルイズは冷静だった。
彼女は、一晩以前ルイズとサイトが泊まっていた離れで泥のように眠り込んだかと思いきや、次の日にはもう早出立の準備を行って、この村を出て行こうとしている。
あの洞窟前で取り乱した態度が嘘のようだ、とマリコルヌは思った。

そのあまりに冷徹な、しかし正しい態度に、思わず彼女のために命まで賭けたサイトのことについて一言言うべきではないか、と思ったマリコルヌだったが、馬車に荷物を積んだ後、竜の巣のほうへと視線をやったルイズをみて、それをやめて思わず息を呑んだ。


ルイズの瞳に移っていたもの、それは高々十数年しか生きていないマリコルヌにもはっきりとわかる、「憎悪」の感情だった。





(許さない、絶対に許さないんだから……)


サイトを失った悲しみすら凌駕する胸の奥の怒りを、どれほど押し殺そうとしても押し殺せない。
馬車に乗ったまま魔法学園に戻る最中も、ルイズのその内なる声は消えない。

ふと横を見ると、誰もいない空間。
外をみると、仲良く歩く二人の男女。
昼食にと元メイドに渡された食事。

それらすべてのことが、自らの愛しい人であり、最高の使い魔であったサイトを思い出させる。
それらすべてのことが、自らの名誉を地に落とし、サイトを自分の下から奪い去ったあの邪悪な竜への憎悪を掻き立てる。


(サイト、サイト、サイト……ああ、ごめんなさい、私のために)


謝罪の言葉を胸のうちで繰り返しはしても、涙は流さないでおこうと固く誓う。
そんな資格など、もはや己にはない。
自分のためにすべてを捧げ、そして散っていった使い魔のことを思えば、自らのできること、やるべきことはそんな単なる貴族の少女のように泣き、悲しむことではなく、一刻も早くあの竜を滅ぼすことのはずだ。

そのため、学園に着いたときもここまで付き合ってくれたマリコリヌに礼を一つ述べただけで休みもせずに、碇を維持したまますぐさま目的地に向かった。



まず着いた先は、学園長室。
まずは、サイトが残した力を。
サイトがオスマンやコルベールへの遠慮で持ち出せなかった、ルイズに教えられた破壊の象徴を自らの手に入れるのだ。


「なんですって、ミス・ロングビルが!」
「……土くれのフーケじゃったと?」


突然のルイズの訪問にオスマンらは驚いて、しかし教育者らしい包容力を持って彼女を受け入れた。彼らにしてみても、竜を召喚してしまった、召喚させてしまった生徒のことは常に心がけていたために、アポも取っていない状態でもあっさりと面会は叶った。
だが、そんな彼らの好意を踏みにじるかのように、ルイズは表面上は冷静に、しかし胸のうちには押さえられない熱を持って、オスマンたちを「脅迫」した。


「ええ、しかも、あのフーケは竜に協力しているものだということを、王宮に知られればどうなると思いますか?」


思わずオスマンらの顔がこわばる。

竜に対して自らと使い魔だけで戦いに挑んだ、ということを聞いて、そしてそれによって新たな使い魔を失ったと聞いたときは痛ましげに聞いていた彼らだったが、彼女が虚無であるということを聞いて(事実、ルイズはこの場で虚無の魔法を放って見せた)、彼女の使い魔がガンダールヴであったということも聞いた(サイトのルーンを書き写していた)時には、驚愕の表情を隠しきれなかった。
さらには、アルビオン貴族派の実情、虚無の力、数々の未知の魔法具の情報をルイズが述べたときには、もはやそれの裏づけをとるということすら忘れて、ルイズの語る話に引き込まれていた。

だからこそ、魔法学園の長であるオスマン自身が見出し、雇っていた秘書のミス・ロングビルが実は土くれのフーケだった、といわれれば、すぐに反論することは難しかった。
ワルドがもたらした情報すら使ってルイズの出した、いきなりの脅迫ともいえる願い、「これらの情報と引き換えに、宝物庫にある破壊の杖をくれ」ということに対して、搾り出すかのような声を出すことしか出来なかった。
何故、彼女がこんなことを言い出したのか理解できなかったからだ。


「……我々を、脅すつもりかね。そんなたかが一生徒の戯言で王宮が動くとでも?」
「私は、ヴァリエールの三女です」
「なるほど……」


アンリエッタとの関係を、自らの実家の力を、自身の持つ虚無の能力を材料に、徹底的にルイズは破壊の杖の引渡しを求めた。
その伝え聞く威力による実利と、それを自分に教えてくれたサイトの影を求めて。

ルイズの指摘した数々の事実の正当性を、少なくとも一定の論理的説得力を持つその今までの情報の真実性を感じてしまったオスマンには、フーケのことをでたらめだ、と言って切り捨てることはできなかった。
今現在、ミス・ロングビルがここにいないことも不利に働く。

自らの知る、頑張り屋だけれども報われない、短気で誇り高い少女の姿とまったく違うその冷徹な交渉家としての側面を知って、思わずコルベールも唸るような声を出す。
研究馬鹿とも言えるコルベールにとって、このような王宮で常々行われているような人間の闇のような交渉術は始めてみるものだったからだ。このあたり、彼は秘書には向いてない。


オスマンは長年の年季もあってそのような姿は見慣れたものであったが、自らの生徒が、となると話は別だ。
それほどまでに竜は彼女を傷つけたのか、ということは痛ましいことであり、トリステイン王国全体がもはや竜の脅威をあきらめつつある中、たった一人で竜に挑んだという事実は驚くべきものだった。

そして、その彼女がもたらした情報は、一国を容易に揺るがしかねない重大なものだった。

それらに対してルイズが求めたのはたったの一つ。
学園の長であるオスマンが個人的に集め、宝物庫に入れた「よくわからないもの」一つ。
たったそれだけだった。
学園の力を貸して欲しいでも、オスマンのメイジとしての力を借りるでもない、自分ひとりで解決してみせる、というものだった。



教育者である己を、彼女はまったく頼りにしていない。

その事実が、王宮にフーケのことをバラす、というルイズの脅し以上に彼を戦慄させた。
それほどまで自分たちが頼りにならないのか、ということに対するやるせない思いが募る。

だが、学園教師らが、彼女がさらわれるときに何の役にも立たなかった事実もある。実際に彼には、かつてルイズを見殺しにした、という例もある。その後の竜との戦いでも、直接的には何も役に立ってないともいえる。
何もいえなかった。いえるはずがなかった。


「よかろう……持っていきなさい」
「学園長っ!」
「……ありがとうございます」


だから彼は、ルイズに恩人の形見を渡すことに決めた。
教師たり得なかったオスマンは、最後に強大な敵に挑むこととなる自らの生徒に出来る限りの協力の約束として、学園に補完されていた宝、破壊の杖を渡すことをその僅かなりとも協力としたのだ。
ルイズが明確に求めてくる範囲を定めてきたように、実際には学園としては協力することが出来ないゆえに、それを誤魔化す自己欺瞞として。







次なる目的地は、この学園内でありながら今まで向かったこともない場所。
ほとんど会話したこともないクラスメートの元だった。
扉をノックするが、反応がないのでノックを続けながらドア越しに対話を試みる。


「失礼、ミス・タバサはいらっしゃるかしら……たびたび失礼ですけど、お尋ねしたいことが」
「あらぁ? ヴァリエールじゃないの?」
「なっ! ツェルプストー!」


韻竜を使い魔にしていると聞くメイジ、雪風のタバサに韻竜、という生物についての情報を聞くために向かった彼女の部屋の中からは、どういうわけか褐色の肌と燃えるような赤い髪を持つ自らの家系の宿敵、微熱のキュルケが現れた。
ここは間違いなく雪風のタバサの部屋だったはずだ、と思わず場所を確認してみるが、確かに場所は間違っていない。
それを肯定するかのように、キュルケがルイズに語りかける。


「あなた、タバサに何のようなの?」
「ツェルプストーこそ!」
「あたし達、友達だもの。今までろくに会話もしたこともないあなたがいきなり尋ねてくるよりも自然なはずよ」


そういって視線を向けた先には、手に持った本をそのままに感情という色のない瞳をこちらに向ける小柄な少女の姿があった。それを見て、彼女がタバサ、というのか、と今までクラスメートのことごとくと不仲だったルイズはようやくタバサの存在を知覚した。
確かに彼女なら、キュルケとたびたび一緒にいたところを見かけたような気がする、と思い、キュルケの言葉の正当性を認める。
彼女が極端に無口だったことも思い出し、キュルケを窓口にしたほうがいいか、とおもって自らが尋ねてきた目的をキュルケ越しにタバサに語る。


「韻竜について調べているの……協力をお願いできないかと思って」
「あら? あなたのご立派な使い魔さんはどうしたの?」
「っ!!」


キュルケとしてみれば、ごくごく普段どおりの会話の応酬の糸口のつもりだった。
だが、その言葉は彼女の想像以上にルイズの心を抉った。

突如、泣きだしそうな感情を必死でこらえるような表情となったルイズをみて、キュルケは面食らった。
そばにいない、ということは平民だということがばれて追い出されたのかも、と軽く思っていたのだが、どう考えてもそんな感じの表情ではないぞ、これは、ということが、人の心を推し量ることに長けている彼女には容易にわかったからだ。


「……私のために、あの竜に殺されたわ」


その予想通り、ルイズは悲しみを押し殺すかのような平坦な声音で、その使い魔のことを述べた。
彼女のそんな表情を見たのは、入学してからそれなりにルイズをみていたキュルケからしても初めてのことだった。てっきりルイズのことだからいつも通りムキになって反論してくると思っていただけなのに、ルイズのこんな面をいきなり見ることとなってしまってキュルケは内心慌てた。


「なっ! あなた、まさか自分の代わりにあの竜と戦わせたの!?」
「っ!!」


だから、思わず使い魔を使い捨てた様にも聞こえるその返事に対する非難するかのようなことを言ってしまったキュルケの声、それがまぎれもない事実だということを十分理解しているルイズは、何もいえずに俯く。そのため、『竜』という言葉を聞いてタバサがはじめてこちらに向けて明確な感情を向けたことにも気付かなかった。


「……そうよ、サイトは私が殺したようなものよ」
「………」


どうも自分が言った言葉が微妙に的を外していることを悟ったキュルケは、詳しい事情を聞いてみることにしてみた。基本的に彼女は情が深く、世話好きなのだ。


「なんか、複雑そうね……とりあえず、立ち話もなんだし、入りなさいよ。いいわよね、タバサ?」
コクリ


キュルケの言葉を肯定するように、タバサも頷きでルイズを部屋に招き入れることを承知したのを受けて、ルイズは竜の情報のためにタバサの部屋へと入っていった。






キュルケが、自らが趣味とするハーブの調合による気分の落ち着くお茶を三人分入れ終わったころに、ルイズも気持ちの整理がついたのか、自らの罪を告白するかのように、ぽつりぽつりとサイトとのことを語り始めた。


あるいは、ルイズは誰かに自分を断罪して欲しかったのかもしれない。


自身が召喚しなければ、竜のことなど彼に言わなければ、サイトは死ななくてもすんだかもしれない、ということは彼女の奥底に確実にわだかまっている思いなのだから。
竜への憎しみに転化しようとしてもしきれない自身への怒りは確実にルイズの中から消えない。


自分が虚無で、彼がガンダールヴだったこと。
彼が、未来から来たらしいこと。
婚約者が裏切り者だったこと。
彼を好きになっていったこと。
肌を交わしたこと。
……そして、その翌日に彼が竜に敗れたこと。


ルイズはすべてを彼女達に語った。
吐き出すように立て続けに述べてくるルイズに、情熱を是とするキュルケはいうに及ばず、普段は他人のことなど知らない、という態度をとっているタバサも、その彼女が好む物語の本に出てくるような劇的な展開に知らず知らず飲み込まれていった。

竜への怒り、自身への絶望、そして使い魔であり最愛のパートナーだったものへの想い。
それらが、ルイズの一言一言から痛いほど伝わってくる。

さして饒舌というわけでもないルイズの語り口だったが、生で体験したことを直接述べるその形式は、同じ年頃の少女である彼女達の共感を得ることに成功した。
信じがたいそれらのことを、真実だと認めるほどに。


「なるほど、事情はわかったわ」
「…………あなたは悪くないと思う」
「ありがとう、ずっと聞いてくれて。それで、韻竜の事を調べることに協力していただけないかしら」


時折タバサから彼女の望む情報が手に入らないか、ということに対する質問や、キュルケのサイトに対する質問が飛びながらではあったが、ルイズは何とかすべてを語り終え、その上で彼女達に協力を依頼した。
さしてタバサとはかかわっていない段階の未来から来たサイトからの情報ではタバサの本格的な事情などが理解できなかったがためにオスマンに対するような態度をとれず、彼女の善意にすがるような不確実な方法でタバサに協力を求めたルイズだったが、この場合はこれが良いほうへと転がった。

タバサにも、そしてついでに彼女に協力することを決めたキュルケにも、竜に挑まなければならない事情があったのだから。


「最終的に、あなたあの竜の巣にいくつもりなのよね?」
「ええ……サイトの敵は取らなくちゃ」


最終的な確認にルイズが頷いたことで、彼女らの利害は一致した。
キュルケが目配せを下すと、タバサが頷いてルイズに今度はこちらの事情の一端を語りかけた。


「私にも、あの竜と戦わなければならない事情がある……」
「え?」
「つーまーり、タバサもちょっとした事情で竜の持っているあるものが必要なのよ。だから、協力するってさ」
「ミス・タバサ……」


オスマンに対するようなカードを持たない状態で交渉のテーブルに着かざるを得ず、協力の対価にどんなものを求められるか、と思って覚悟を決めていたルイズにとって、彼女らの台詞は予想にもよらないものだった。


「……タバサでいい」
「で、わたしも宝探しとかは嫌いじゃないし、タバサとあなたに付き合ってあげるつもり」
「ツェルプストー……」
「そ、それに、ほら、あなたって公爵家の娘じゃない。きっと、トリステイン王国の上層部ともコネぐらいあるんでしょ? そこから何とか援助を引っ張り出しなさいよ」


確かに腕の立つ協力者は必要だった。一人であの巣は攻略できないことは重々思い知っていた。だが、まさか単なる韻竜に対する情報源であってくれさえいればいい、と思っていた彼女達が協力してくれるなどルイズは予想だにしていないことだった。


こちらは何も支払えないのに。
彼女達は自分の使い魔ではないのに。


トライアングルメイジの二人が、何の対価も必要とせずに命の危険すらありえる竜退治を目指すこちらに協力を申し出てくれるなんて。

今まで、散々な目にあってきたルイズの涙腺が、思わず緩む。誰も頼らず、独力で竜を倒そうとしていた自分は、サイトと同じ過ちを繰り返すところだった、ということにキュルケの言葉でようやく気付いた。
こういうふうに、サイトのように自ら自分を助けてくれる仲間を集めることこそが、きっとあの竜を倒すために必要なものだ、と思い直す。

だが、涙は誓いにかけて溢せない。
だから、そのあふれそうな感情をやる気にむりやり転化する。


「ほ~ら、そんな顔しないの! あなたは敵を、タバサは物を、そして私は宝を、見事な利害の一致じゃない、気にしないの、『ルイズ』!」
「…………ありがとう、『キュルケ』……」
「よし、じゃあどうせだからギーシュあたりも引っ張ってきて、さっそく作戦会議よ!」
「ええ、絶対にあの竜を倒すんだから」
「了解した」


こうして、サイトを失って、たった一人で一から竜と戦う集団を作り出そうとしていたルイズの手が、キュルケとタバサを初めとして、徐々に増えていった。
それは、その方針ゆえに竜に破れた己の最愛の使い魔と同じ方向に進もうとしていたルイズの方向性を、かなりの割合で修正した。





(見てなさい、サイトの敵は……絶対とるんだから)


強力な武器、協力者、情報、と次々とルイズはありとあらゆる方面へと手を伸ばし始めた。
ゆっくりと、しかし一歩一歩着実に竜と戦うときのための準備を整えていく。

それは、確かにもどかしい作業だ。
そして、やるのであればサイトのいたときにやるべきだった、と後悔を常に続けさせる作業だ。
サイトの思い出だけを募らせるそれは、何もかもなげうってやめたくなるほど、つらい作業だ。


そして何より、今このときも、こんなちんたらと自分がやっている間も竜は猛威を振るっている。あの竜は平然と生を謳歌している。
それはルイズにとっては耐え難いほど許せないことだ。

本当は今すぐにでもあの場所にいって、あの竜を滅ぼしてやりたい。
今この瞬間にあの竜が息をしている、ただそのことだけで殺してやりたいほどの憎悪が生まれる。
あるいは、勝ち目がなくてもこんなつらい思いをするぐらいならいっそ玉砕して散ってサイトの元に行きたくなる。


だが、それが、たった一人で向かってはあの強大な存在には勝ち目がない、ということははっきりとサイトが証明してのけた忠誠に、愛情に反する。
どれほど強かろうと、どれほど幸運があろうとも、一人では竜には勝てないのだ、ということを身をもってルイズに示したあの最愛の使い魔の行為にかけて、ルイズは死ぬわけにはいかないし、同じ過ちを繰り返すわけにもいかない。



サイトの存在とその存在の消滅は、確かな変革をルイズの精神にもたらせた。


ああ、確かにこの胸の痛みはきっと時と共に薄れていってしまうだろう。

時間は、幸福も不幸も問答無用で少しずつ、少しずつ削っていくのだから、きっといつかはルイズは、光を反射する漆黒の髪の美しさを、瞳の奥に浮かぶ感情を、その青年と少年の中間のような声を、その剣を振るってきたことで皮膚が堅くなりつつあった大きな手を、厚い熱を奥に秘めていた触れ合った肌の感触を、サイトを思い出させるすべてのことを忘れてしまうだろう。


それでも、あのときルイズ・フランソワーズ・ル・ラ・ヴァリエールが平賀才人を愛した、という事実だけはルイズの心に永久に残る。
そして、その愛した存在を他者によって奪われた、という事実は、胸の中の大部分を埋めていた存在がいなくなった、ということは、残ったルイズの「サイト以外」の部分を大きく歪めた。


やがては、サイトとの別れの痛みを忘れて、以前同様屈託のない笑みを浮かべることができるようになるだろう。
いずれは、サイトと交わした愛の言葉を忘れて、他の男と肌を交わすこともできるようになるだろう。
そのうちに、あの竜の巣にだって笑いながら入れるようになるかもしれない。


それでも、それらすべての行動に、サイトの存在は大きな影響を与えつづけるのだ。
ただゼロと蔑まれていた少女が、虚無の力を知って自信を取り戻したように、竜によって愛するものを失った、という事実はルイズを今までよりずっと慎重にさせた。


そして、キュルケ、両親、タバサ、姉達、アンリエッタ、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌ。

竜と戦う自分たちに、なんとか竜を交渉の場に引きずり出すことで解決を目指すアンリエッタたちも間接的には自分たちの力になっている。あるいはマリコルヌみたいに金銭的に自分たちを支援してくれると約してくれたものもいる。
キュルケの言葉によって、直接戦闘にかかわるものばかりではないにせよ、さまざまな人が自身に協力してくれていることに、自分に好意を持って付き合ってくれていることに、オスマンに対したときのようにつたない交渉とそれほどあるわけでもない力だけで、竜に対する部隊を作るつもりだったルイズはようやく気付いた。

力で相手を協力させる。
それでは、あの竜のやり方と変わらないではないか、という事実に。
それよりも自分は、サイトのように真に自分のための力になってくれる者を作るべきだ、ということをルイズはキュルケによって教えられた。


だからこそ、今度こそ、自分が耐え切れずにろくな準備もしないで挑んだばっかりに、かけがえのない人を失ってしまった轍を繰り返すわけにはいかないのだ。
今度こそ、誰も失わずに竜を倒すのだ。

サイトの一人で戦う、という選択肢から、ルイズの独力で力を集める、というもの。
そして、協力者と力をあわせて竜打倒を目指す、という結論まで。
ルイズの思考はさまざまな外的要因によって、目まぐるしく変わる。
それこそが、竜にはとり得ない人間の柔軟性だ。


(ゆっくりと、でも確実に…………たとえ何十年かかっても、あんただけは絶対に殺してやる)


あの竜の姿を思い出すだけで、今はまだルイズのうちから新鮮な憎悪が噴出してくる。
たとえあの竜にどんな事情があろうとも、その生存は間違いなく人類全体への害悪となりうる。幾千もの屍を生むに決まっているのだ。


きっと、竜には竜の正義があるのだろう。
エルフも、彼女らの信念に従って竜に仕えているのだろう。
自分たちと同じぐらい、彼らは彼ら自身が正しいという思いにのっとって、人と接しているのだろう。

ひょっとすると全知全能の神の視線から見れば、そちらのほうが自分の復讐よりも正しいのかもしれない。あるいは、人間が牛や豚を殺して食べている以上、竜に殺される立場になったとたんに文句を言うのは間違った行いかもしれない。もしくは、貴族制という人間間でも立場を明確に分け、君臨するものと統治されるもの、という立場をとっているトリステイン貴族が主張できることではないかもしれない。
その可能性があることは、きっと誰にも否定できないことだ。


だが、それでも竜の正義は人間にとっては絶対に受け入れられないものだ。

大多数を、弱者を踏みにじることで生まれる強者の幸福なんて、認めるわけにはいかない。
人という種族は、竜やエルフの家畜ではないのだから。
豚や牛に僅かなりとも抵抗する権利があるように、地球の歴史では身分制をひっくり返す権利というものが認められることもあったように。
竜の正義を人間側の都合だけで一方的に非難することがおかしいとしても、同時に人間の、ルイズの都合を一方的に非難するなんてたとえ神にだって出来ないはずなのだ。


ならば、戦うしかない。
どちらも間違っていないのなら、力が正義とぬかすのならば、その力でこの一方的な関係をひっくり返してやる。


(人間を……なめるんじゃないわよ!)


魔法を磨き、他者と協力して、人脈を作り、金銭を費やし、力を一点に研ぎ澄まして、絶対にあの竜を殺してやる、とルイズは固く誓った。

それは後に、今まで個人個人で戦っていた竜への抵抗勢力を冒険者やギルド、というある程度の人間の集団として新たなカテゴリーとするような流れを作り、いかに巣にこもる竜と戦うべきか、というかつてブラッドがいた世界が長年の経験によって手に入れていった竜との戦い方のノウハウをこのハルケギニア世界で作っていくことに成功することとなる第一歩でもあった。






竜の正義と、人の正義。
万年の安泰を持って決して変わらぬ不動の伝統に基づき活動するブラッド。
その寿命と比例して、目まぐるしく変わっていく感情を力として竜に挑むルイズ。

決して交じり合うことのない二つの信念の違いによる戦いが、ここハルケギニアにおける竜の巣でようやく本格的に繰り広げられることとなった。



たった一人の少女が呼び出した一匹の竜に起因する戦いが、やがて世界全土に波及していくこととなることを示す二箇所で上がった狼煙ともいえるそれぞれの光景を、今はただ二つの月だけが見つめていた。



                  【完】

Comment

更新お疲れ様です。完結まで追わせていただきましたが、かなり面白かったです
戦いに勝ったのはルイズらだけども、勝負に勝ったのは巣ドラメンバーって感じですねえ……

そのうちルクル王女みたいに歩み寄れたら、という感じのifストーリーも見てみたいなあと思います。最後のすりあわせ部分で多少無理というか、世界の違いからのが出てるみたいですし

完結お疲れ様です
楽しく読ませていただきました

0話では破壊の杖は盗まれたことになってましたがオスマンさんいったいどーいう処理したんでしょう
最終話でルイズさんがいろいろ決意していましたが、最終的に軍隊やギルド単位での攻略ではなく、たった5人で巣に挑むって何があったんでしょうかねー
少しつながりが見えません
たとえ竜が倒せたとしてもそのときにはリュミスによる滅びが約束されているのがにんともかんとも

完結お疲れ様でした
巣ドラのSSはめずらしいので読ませていただきました。
ゼロ魔世界にてリアル巣ドラという感じで原作みたいにあっさり歩み寄れない両種族の確執が面白いです。
ただ誰一人ゼロ魔側の人間で巣ドラサイドに本気でついた人がいないってのはちょっと悲しいですね(テファはだまされてるだけ)
原作風味のゆるゆるバーションも見てみたいです。
しかし上にもありますがまかり間違ってブラッドを殺しちゃったりなんかしたらリュミスによってトリスティンはおろかハルケギニア全体が滅びかねないので実質上ハルケギニアは詰んでるですよね、可哀想に

おつかれさまでした!
ドラ首のストックは、外伝数話を残すのみですね♪
ここからは完全新作の外伝になるのでしょうか、それとも秘密結社や鬼畜ま!のほうでしょうか?
楽しみにしてます♪

平民と貴族と竜、みたいな?
ナメるなとか言いながらも、実質はメイジの体制があるかぎり、負けているような
ルイズの局地的な……勝ちでもないような

人間ってのは不安定なんですねぇ
確実なことは、下層の人間は自己の益になるなら統治者は誰でも良いという
はいはいリュミスリュミス

ブラッド側から見れば強い一介の冒険者って程度だったし、特に特別な事ではなかったんだろうね
よくある出来事のひとつの物語って感じ、ゼロ魔側には可哀想な出来事だったが

それにしても面白かった、巣ドラのSSなんて滅多にないからなあ
完結まで見れて良かった

いやー面白かったです
こういう暗い展開?が書いてあるSSは少ないんでとても楽しめました

ありがとうございます

そしてオツカレサマでした!

某所で途中まで掲載されたたので飛んできました
なかなか面白かったので最後まで一気に読み終わりましたが、
なにか尻切れトンボというかこれから面白くなりそうな展開で終わったのが残念です
と言ってもブラッドが言ってるようにサイトは一山いくらの強い剣士ってことですが、ルイズの記憶までは消えてないから十分復帰可能だと思うんですが…もったいない
それに0話でルイズパーティーが50話後の話として位置づけておいて続きが無いとか…気になってしょうがないです
いつか機会があれば2章を期待してます
何にせよお疲れ様でした

面白かったです。
なにがって、結局ルイズの憎悪は自業自得の域をでなかったところ。滑稽です。
実際に自分が巣ドラをやっているときにやってくる人間ユニットに対する感情で作品を読めました。

大変面白かったです。
こんな時間まで読みふけってしまいました。
良い物を読ませて頂いて、ありがとうございました。

全部一気に読んでしまいました。面白かったです。
上に同じこと書いている人居ますがやっぱりルイズ達がブラッド倒せてもリュミスがハルケギニア
崩壊させるだろうなとか思ってしまいました。積んでるね。

最後まで読んで心に残ったのはブラッド(ドラゴン勢)とルイズ(人間達)が分かり合えない大きな事から
結局仲間のブラッドとクーやルイズとサイト、その他みんな真に分かり合うことは出来ないんだなということかな。
それぞれに思いがあり、大切な事があり、正義があってすべての行動が正しく間違っていて
最期に残るのは弱肉強食という事実だけだって感じた

あと最初はアンチルイズ物かなと思ってましたが、読んでみたらアンチ要素少なくて読みやすかった
いろいろな思惑が重なってルイズがブラッドを召喚したことがあまり知れ渡らなかったのかな
虚無再来のルイズは国としても英雄と持ち上げなければ国民の不満を抑えられなかったかも知れませんしね
むしろ虐められてたのはシルフィードだけだったし、シルフィードかわいそうに……

いっきに読ませてもらいました。
本当に面白かったです。
最後の終わり方も、ゼロ魔と巣ドラの両方に花を持たせているように感じられ、とても綺麗なラストだなと思いました。
この良作に出会えたことに感謝を。

No title

ぬるま湯のようにいちゃついたりしている巣作りサイドと、
氷水のように殺伐としているゼロ魔サイドとの温度差をいったりきたりする
不思議な面白さを味わわせていただきました、大変面白かったです。

No title

いやー、面白かった。文才ありますね。

No title

zeroのほうがシリアスな分
ドラゴンのほうが吐き気がするきもちわるさ
特にサイトを退けたのがティファとかゼロのファンを舐めてる
っぜんぱんてきに不愉快で気持ち悪さばかり出た

No title

ゼロ魔側の主役格のキャラは皆殺しくらいでもよかったと思う
というか魔法学院がまず最初に消滅すると思うんですが

No title

完結ss、本当にお疲れ様でした。
神ゲーである巣ドラのストーリーしか知りませんでしたが、
ゼロをググりながら楽しめました。

他の作品も楽しんでみます。
本当にありがとうございました!

No title

最後まで一気に読んでしまいました
テファが捕虜に対してどんな酷い扱い方をするようになったかを知りたかったです
非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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