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ドラゴンに首ったけ49

その49








「ねえ、ブラッドさん……」
「何だ?」
「マチルダ姉さんが傷ついたり、ブラッドさんに怪我させた奴を見たとき思ったの」


寝物語に、竜に向かってエルフの少女が語る。


「人間って……脆いのね」
「まあな」


その声音に含まれたものはわずかであっても、本来の歴史であれば絶対にありえなかった、人間に対する「毒」を。









「う……あ…」


深い霧に覆われた、森の中。
サイトは、自分の頬に夜露が落ちたことで覚醒した。


「ここは……どこだ…」


呟いた瞬間、全身を痛みが襲ってくる。痛みに思わずうめき声を上げてしまうが、そんなことなど何の解決にもならない。起き抜けの頭には正確な自身の体の把握など望むべくもないが、傷を負っていない場所のほうが少ない、ということぐらいは理解できた。

頭が割れるように痛い、乾いた風が髪を揺らすたびに、そこにあるであろう傷跡に激痛が走る。少なくとも確実に左腕は折れている。
どうにか重要な血管だけは避けたであろう大腿部からの出血は、今ではほとんど見られないが、それは止血できているからではなく、全身からもう吹き出るだけの血が失われているからだ、ということぐらいはサイトにも理解できた。

適切な処置を施さなければいずれ自分が死に至る、という事実は明らかだ。


「そ…そうだ!」


だが、そんなことなどすべて放り投げて、サイトは無理やり上半身を僅かに起こし、慌てて何かを探すように左右に視線をめぐらせる。
体が軋む、さらに新たな血が流れる、激痛がさらに走る。

だが、それがどうしたというのだ!

探さなければいけないものが、有るはずなのだ。
この手から零れ落ちた感触が、確かに残っているのだ。
それを探し終える前にこの自分が倒れるはずがないではないか。



だが、見当たらない。
あたりには、ただの木々と、岩と、土しかない。
サイトが失ったと思われるものなど、陰も形もない。

そもそも、サイトは何をなくしたのか、ということすら覚えていないのだ。


「俺は一体……何を……」


いや、それ以前に何故ここにいるのか、という記憶がない。
どこで意識を失ったのか、という大体のところは覚えている。
自分は、「ルイズ」の、自分の「主」のために戦っていたはずだ。
……そう、あの「意地っ張りで素直じゃない」「自分を振った、それでも好きな」彼女のために、たった一人で「余りにも強大な敵」へと挑みかかったはずだ。
それは間違いない。ぼんやりとだが、あの絶望感も覚えている。
あの戦場の光景では、その目的はある程度は果たしたはずだ。だから、戦場に程近いと思われるここに倒れている理由もまあ理解できないほどではない。


なのに。


なのに、この胸にあいた空虚感はなんだろうか。
何か大切なものを失ったかのような胸の痛みはなんだろうか。
その戸惑いを、サイトは悲鳴にも似た声で表現した。


「あ……無い…何かを……何かを…探さなきゃいけないのに!!」


やらねばならぬ「行い」があったはずだ。
告げねばならぬ「言葉」があったはずだ。
会わねばならぬ「彼女」がいたはずだ。
なのに!


「うわああぁぁぁぁぁ!!」


それが、探し物が、見つからない。
ぼろぼろ、ぼろぼろと瞳から涙があふれてくる。
視界が滲み、混乱がいっそうひどくなる。

生き残った。あの、七万の、否、強敵との戦いで目的を果たした上で生き残ったはずだ。
喜ぶべきなのだ。
なのに!


自分が何故泣いているのかがわからない。
自分の心がこんなにも悲鳴を上げている意味が、忘却の呪いに蝕まれた今のサイトには理解できない。

ただ、ひたすらに悲しい。
思い出せないことが、大切な何かを失ってしまったはずなのに、そのことについて自覚すら出来ない己がひたすらに悲しい。
告げられないことが、いわなければならなかったはずの言葉の内容も、それを言うべき相手のことも思い出せないことが、ひたすらに胸を疼かせる。

己の一部ともいえるものの大部分が突如なくなったような感覚に襲われたサイトは、涙をこらえ切れない。こらえる気もない。



ここには、このぽっかりと空いた心の穴には、確かに何かがあったはずなのだ。
誰かのために、誰かと共に過ごした日々が、運命が、幸福が確かにあったはずなのだ。
それらすべてが、当事者であるはずの己に思い出せないなんて!

七万に挑む前のルイズへの想いすら霞む、何かが、誰かへの激しく荒れ狂う感情が何故か消え去っていることを、心でも、脳細胞でも、体でもないどこかで覚えていたサイトは、かろうじて残っている体力の消耗にすら気にも留めず、絶叫にも似た泣き声を続けた。

ただ、その自身すら理解できぬ悲しみを世界に刻み付けるために。



そして……


「あああああぁぁぁぁぁ!!!」

『…………相棒』


そこから少し離れた位置で、木々のさざめきに飲み込まれていくその嗚咽を無言で、何も言えずに聞く一本の剣だけが、すべてを聞いていた。









「ダー、ちっくしょう」
「また勝てなかったーー」


大きな音と声と共に、扉が開かれることで、一気に室内が賑やかになったことで、マチルダはどうも自分がここにいるのはふさわしくないのではないか、と思い始めた。


「フェイねーちゃん、マジつえー」
「何であんなに細いのに腕力あるんだよー」
「最強じゃね?」


今日も今日とて、騒がしく鍛錬場から帰ってきた子供達をマチルダはなんともいえない目で見つめた。口々に彼らが叫ぶのは、彼らの教官役となっている、フェイとかいう騎士のことだ。何度かあったことの有るその容貌を思い出しながら、マチルダはため息を吐いた。
だが、そんなことなど気にも留めずに、彼らはぎゃーぎゃーと大声で語り合う。
そんな彼らを、少女達も笑って見ている。


「つうか、ブラッド様のほうが強いらしいぜ」
「……マジで? っていうか、どこが?」
「なんと、なんかこないだ、トリステイン軍一人で蹴散らしたらしい」
「うおぉぉぉーーー!! かっけーーー」
「竜強ぇー! マジ強ぇー!」


女の子連中が作ったクッキーを食べながら、彼らが語るのは、竜の強さ。その子供達の瞳と表情は、貴族に生まれながらももはや完全にどこかアウトローのマチルダをためらわせた。
一度訓練用にと乞われて作り出したゴーレムを、たった一本の剣だけで切り崩していったあの剣士の、竜への忠誠に満ちた瞳を思い出したからだ。

人でありながら竜を守る剣士と、その後を確実に追っている弟たち。
世間的に見れば正義といえないその行動を、盲目的に信じてしまっていることは、まるで自分の盗賊家業に彼らがついてきたかのような錯覚を受ける。

だが、子供達のその目が悪いとまではマチルダはいえなかった。ここでずっと暮らしていくなら、間違いなく竜に絶対の忠誠を誓うあの剣士の行為は正しいのだから。
人目から隠れるように暮らしたり、親も庇護者もいないがために物乞いをしたり、盗賊に身を落としたり、あるいは街中で袖を引きながら春を売ったりするよりかは明らかにここでの生活は恵まれたものだから。

だからマチルダは、彼らを守るために盗賊家業を行い、無辜の民を多数傷つけたマチルダは何も言えなかった。自分には、何かを言う資格がないのだ。自分だって、あのことに対して後悔してはいないのだから。


「せっかく作ったのに、あんなふうに適当に食べられたらなんか作りがいがないな……」
「大丈夫、タバスコ入りを下のほうに入れておいたから、そろそろ……」
「辛ぇーー!!」
「し、舌がっ! 何これ、何これーー!!」
「あーあ、テファ姉ちゃん早く帰ってこないかな」
「……最初っから仕込んでたなんて、姉ちゃん結構酷いね」


まったくもって穏やかなる日常。
それに、なんとも部屋に居つきづらい雰囲気を感じたマチルダは、用もないのに巣の中で歩き回ることにした。

脳裏には、マチルダほど自身のことについて割り切っているわけでもない、彼らと同じような瞳で竜を見つめていたハーフエルフの少女が、先日見せたちょっと暗い表情が焼きついていた。






巣の中を散策していると、その途中で進行方向側にある休憩室に一体の骸骨が座り込んでタバコをふかしているを見て顔を引きつらせる。が、流石に慣れてきたのか悲鳴を上げることはなかった。
と、そこでこの骸骨がやけに代表的な骸骨モンスターである暗黒騎士に比べて黒いことと、額に十字傷があることから、そういえばこいつは言葉の通じるレアモンスターだったと思い出す。


「…………あんたは」
「ああ、確か……マチルダだっけ?」
「こんなとこで何してんだい、え~っと……そう、ガンジェット」


そう、この骸骨の名はガンジェットである。
珍しく一人だ。

基本的に内勤のマチルダと、迎撃部屋にこもっている戦闘部隊であるガンジェットはほとんど交流がない。そのため、名前を思い出すにも一苦労な時間が必要であったがそれなりに顔だけは見知っていた。

そのため、せっかくあったのだから、と一応挨拶を交わした。
が、それを聞いたガンジェットは、マチルダの顔を見て心なしか眉をひそめた(眉、ないけど)。


「ハニーが野暮用らしいんでな。男らしく葉巻タイムでダンディ気取ってたんだよ。そっちはどした? なんか明らかに顔色悪いぞ」
「……ちょっとテファのことでね」


あまり交流のないガンジェットにすら悟られたことで、そんなに自分の顔色は悪いのか、と顔をしかめながら、マチルダはガンジェットの向かいの椅子に座りながらそう呟いた。
そういえば、それなりに最近体調が悪いかもしれない、といまさら自分の状態を自覚した。


「テファ? ああ、あの胸のくそでっけえ嬢ちゃんのことか」
「テファをそういう目で見たら承知しないよ!」
「なにいってんだか。あの嬢ちゃんがもうちょっとくすんだ髪の色で、きつめの顔立ちで、胸がもうちょい小さくて、ブルーの瞳で、おでこが広くなってから言えよ」


反射的に立ち上がって怒鳴りつけるが、ガンジェットは取り合わない。
彼の愛はただの一人にのみ注がれているのだから、やましいところなどカケラもない、と。
それを思い出したマチルダも気勢をそがれたかのように再び座り込む。と、その衝撃でふとあることを思い出したマチルダは、今の問題の解決に少しでも役に立つか、とガンジェットに問いかける。どっかの組織によって製造されてるらしい魔物が大多数を占めるこの巣において、この骸骨は確か………


「まあ、人の好みには何も言わないよ…………そういや、あんた元人間なんだって?」
「ああ。どした? いきなり」
「…………ひとつ、聞いてもいいかい?」
「何だ、藪から棒に」
「あんた…………元同属相手に戦うことに、躊躇はないかい」



元盗賊である自分のことを棚に上げてのことではあるが、大虐殺をしている竜に協力するのと、自分でも人間を殺すのでは随分違う、と思って聞いてみる。
厳密に言えば魔物を殺してそれを生活の糧とする冒険者、という職業のものはここハルケギニアにはいないので、そのあたりの認識が微妙に二人では異なっている。

人間だろうと魔物だろうとそれを殺すことを職業とするようなものが日常的に隣にいる世界のガンジェットは、そんな質問に何をいまさら、という感じで躊躇なく答えた。


「ないな、別に」
「…………まさかもともと犯罪者だったのかい?」
「馬鹿いえ。一応まっとうな人間だったさ、どっちかって言うと、英雄って呼ばれてた人間だったんだぜ」
「はっ、どーだか」


今はものすごくその身を持ち崩してはいるが、確かにガンジェットは大英雄とまで呼ばれるほどの優れた冒険者であった。人々に仇名す盗賊を倒し、生贄を求める魔物を倒し、そして竜に挑めるほどに。

が、それに費やされたのは、並大抵の努力ではなかった。
魔法ではなく、技術によって力を蓄えているガンジェットは、この位置に到達するまでに、さまざまなものを対価にしている。時間や恋人との蜜月、人間としての文化的な生活に…………他人の命。


無論、ここまで費やしてもガンジェットと同じ高みまで到達できるもののほうが少ない。
他人と同じだけ努力をしても、必ずしも同じだけの成果を得られるとは限らない。否、むしろそんなことのほうが少ない。
そのため、どのような分野であっても持って生まれた才能が物を言う時がある、ということをここにいたるまで無数の敗者を見てきたガンジェットにとって、自分に負けたものが死ぬことなど、別に考えるほどのことでもなかった。

弱いから、竜にやられるのだ、と割り切れるほどガンジェットは強いのだ。


「好きな子が望むんなら、人間だって倒すし、竜だって殺すさ」
「それをあんたがいうのはどうかと思うけど……まあ、わかった」


竜が悪である、というわけではない。結局は人でありながら弱かったから、強くなれなかったから傷つけられるのだ、というガンジェットの哲学。
竜や魔族という人間と比べてあまりに圧倒的な、生まれながらの絶対者がいる世界では、それは確かに一般的とまではいえないまでもある程度の支持を得るごくごく普通な考え方だった。
実際にガンジェットとて、ここまでの技量を手に入れるために百や二百では利かない数の魔物を殺している。


「つうか、そういうなんはあの騎士の嬢ちゃんに聞けよ」
「どうにもああいった忠誠って言葉が凝り固まったような人間ってのは苦手でね」
「ま、わからなくもないな。で、なんでいきなりこんなことを?」


それを聞いて、有る程度の納得をマチルダは示した。弱肉強食こそが真理、とまで思っているわけではないが、結局のところ自身の今の身の上も、テファがあんな人目を避けるような暮らしを強いられていたのも、自分が弱かったせいのだ、という程度の達観は盗賊家業を続けていくうちに身につけている。
そうでもしないとやっていけなかった、という面もあるが、とにかくマチルダはそのガンジェットの考えをすぐさま否定するほどまっとうな道を歩んでいたわけではなかった。


(ま、あの竜による財宝の略奪がだめってんなら、あたしのゴーレムによる略奪だって一緒だしね)


他種族が人間のものを奪うよりも、同族同士で奪い合うほうがブリミル的には罪深いだろう、とおもうが、そんな信仰心などもはや磨り減ってしまっている。

そのため、マチルダはガンジェットの言葉を否定することはなかったが、さりとてそれをすぐさま肯定するわけにもいかない事情はあった。
己はさておき、テファにまでその定理を適用していいのか、ということだ。


「……テファがね……悩んでんだよ」
「へ~、派手な見た目とは裏腹に、妹想いのお姉ちゃんだねぇ」
「茶化すな!」
「わりいわりい、それで?」
「…………テファはね、こないだ始めて人を傷つけたんだよ」
「ほ~」


それがどうした、といわんばかりの軽い口調で生返事をするガンジェットをにらみつけながらも、マチルダの言葉はとまらない。
自ら口にしてはじめて自分が何を悩んでいたのか、ということの具体的な形を得れたようにマチルダはその自分の中のわだかまりを吐き出していく。

森の中ですべてにおびえながら暮らしていたテファが、ようやくそんなことから開放されたかと思ったとたんに、ここはそれ以上に惨い彼女自身を戦わせる戦場だった、ということに起因する後悔は、流れるように愚痴としてマチルダの口から滑り出た。

ほとんど初対面の相手に何を話しているんだろう、と思わないでもなかったが、周囲すべてが敵だった土くれのフーケとしてほとんどこんな話を誰かに話したことなどなかったことをも思い出し、予想以上に自分は人との会話に飢えていたのだ、と自覚させられる。
テファにはこんな話が出来ないのだし。


「あたしなんかはいいんだよ、どうせ芯まで汚れきってんだ。あのくらいの怪我なんてどうってことないし、汚れ仕事だってやってやるさ。だけどあのやさしい子が戦っちまったんだ……あたしには見せないけど、けっこうへこんでるみたいでね」
「…………過保護だねぇ。そんなんほっとけばいいだろ~が」
「そんなこと、できるもんか!」


からかうような口調でテファに対するマチルダの態度を気に入らない、と述べたガンジェットに対して、すぐさまマチルダは噛み付く。
彼女は、ある意味自分が汚れることをテファがきれいでいる、という条件の元肯定していたのだ。テファが幸せに暮らせるのであれば、自分はどうなってもかまわない、という自己犠牲の精神の元、盗賊家業を行っていたし、竜のやっている行為を黙認していた。


その前提条件が崩れた今、マチルダはある意味テファ以上に彼女が人を傷つけたことに動揺していた。テファ自身が、ブラッドと共にすごすことで随分変わっていっていることを理解しないまま、ただただマチルダは姉として彼女を守りたがった。

だが、ガンジェットはそんな彼女に至極簡単で、それでいて明快な原理を自身の経験に基づいて言ってのけた。


「あの嬢ちゃんだって、あんたといっしょだったんだろ」
「え?」
「自分が汚れても、守りたいものが出来たんだろ。その選択で最初は戸惑うだろうが、最後はあんたみたいに納得するさ」
「それは……」


テファがやったことは、別に汚れたことじゃない。自分の守りたいものを守るための、正義の行いだった、と自分のことを通じて肯定するガンジェット。それは確かに今のマチルダに必要な考え方だった。


「別にあんただって、あの嬢ちゃんのために戦ったことを後悔なんてしてないんだろ? そりゃ、戦わなくてすむんだったらそっちに越したことがなかったんだろーが、俺たちみたいに戦わなけりゃ得られない幸せだってあるさ」
「……そうかもね」


俺の場合は戦い続けてたからハニーと会えたし、と満足げに笑うガンジェットを見て、マチルダの心の中にあったわだかまりは随分と薄くなった。
半分は人間である優しいハーフエルフが人間と敵対することも許されるのだ、ということも、それでもなお竜の巣にいるのも悪くないかな、と思うほどに。

彼女は、彼女とテファは、平和な日本に住んでいたサイトとは違う。
油断すれば国ごと滅び、王国貴族といえど弱きもの、時流に乗れなかったものは容赦なく敗者の側へと叩き落される、群雄割拠の時代の敗者だった。


テファが引き取った孤児たちだってそうだ。
そのかつての自身と、自身の妹を見て、自分が勝者の側に立ったときに敗者側を気遣えるほど彼女は強くもなかったし、その余裕もなかった。

自分たちをこんな身に貶めた連中を恨みながらも、それをある意味仕方がない、当然のことだと認めていたマチルダにとって、自身も、ティファニアも、強者の側に立ったんだから、弱者の立場を気に病むことはないと語りかけるガンジェットの論理は心地よかったのだ。


「あのエルフの嬢ちゃんが人を傷つけたって言うんなら、それは嬢ちゃんのせいじゃねえ。その程度で傷ついて倒れたそいつが、『弱かった』から悪いんだよ」


それを、非難する人間とているかもしれない。


「はっ、あんたは悩みがなさそうなぐらい単純でいいねえ」
「俺の体は愛だけで出来てるからな」
「……骨しかないくせに」


竜のやっていることは多種族に対する一方的な虐殺であり、それに同じ人間であるマチルダが従うことは絶対的に許せないことだ、と。実際、竜によって身内などを失ったもののそれらの言葉は、確かにそのものたちにとっては紛れもない正義である。
だからこそ、かつてここで働いていたらしいマルトーとか言うオヤジはここを出て行ったんだろう、ぐらいはガンジェットにだって分かっている。


だが、その非難する人間の正義が万人にとって正しいと、誰が言えるだろうか。
すべての人類に対して、一方的な正義の押し付けではないと、誰が証明できるだろうか、と無言に語る。

人が人を殺す戦争行為に騎士として、メイジとして忠実に仕えるのは良くて、竜が人を殺す巣作りに仕えることは許せない、などというのもまた一方的なその者の価値観を押し付けているだけだ、と思うぐらいには、マチルダはもはや清廉潔白な義士とはいえなくなっていた。

強大な力を持ち、人類すべてと共に破滅のダンスを踊ることを目的とするジョセフにそれを知ってなお従う人間がいるように、任務だからとただただ盲目的に狂気の司教に従う軍人がいるように、マチルダにはマチルダの正義があった。

六千年の昔より、エルフと人間、トリステインとアルビオン、アルビオンとガリアはそれらの個々人の正義に従って、争い、殺しあってきた。

そこに、今、竜という勢力が加わった。
ただ、それだけだ、とマチルダは自身に言い聞かせる。


少なくとも、この間竜を裏切って粛清されたと聞く料理人みたいな立場にテファをおくことなんて論外だ、とその竜側の正義にしたがって、妹達を孤独から救い出した以上は、竜に従うことを肯定するマチルダだった。


が、そんな地獄の中で小さな幸せを探すような薄い満足感も、ガンジェットの次の一言で一気に吹き飛んだ。


「しっかし、ボスも愛されてんなあ~」
「…………なんだって?」
「いや、あの嬢ちゃんに加え、ユメ嬢にフェイ嬢、あと許婚とかお姫さんとかもいるらしいし、俺はあの連隊長も怪しいと思うね」
「ちょ、ちょっと待ちな! テファが、何だって!」


てっきり、テファが自分が傷つけられたがために侵入者を退治しようと思い立ったと思っていたマチルダにとって、その言葉はまさに青天の霹靂だった。
テファが守るために戦ったのは、自分のためもあるだろうが、あの竜のため、ということになるのか? と疑問符を思いっきり頭上に浮かべるマチルダに向かって、何をいまさら言ってるんだ、とガンジェットは更なる爆弾を投下する。
それは、テファの平和=竜の行為の正義として理解していたマチルダにとって、看破し得ない内容だった。


「あん? だから毎日、ボスのベッドの上がいっぱいなのは、有る意味男の夢だよなって話。まあ、俺は別にハニーがいるからいらんけど」
「なっ!! あ、あの男め!」
「あっ、おい、ちょっと…………って、いっちまった。まずったかな?」


マチルダの変容にも気付かずガンジェットは言葉を続けるが、彼女はもはやそんなどころの話ではなかった。あわててその元凶の元へと怒鳴り込みにいった。
その健脚を如何なく発揮して、あっという間に目的地に到達したようである。


『この腐れ竜!』
『ね、姉さん! どうしたっていうの?』
『わ、いきなりなんだ、お前!』
『な、な、な、な…………そんな格好で何をぬけぬけと!!! よくもテファを毒牙にかけたねっ!!』
『毒牙って、これは双方同意の上…』
『黙れ!』
『ぎゃ~~!』
『姉さん、お願いだから落ち着いて』


いきなり走っていったマチルダの向かった方向から、やがて喧騒が聞こえてくる。どうもタイミング悪く、ちょうどテファとブラッドの逢瀬の最中だったらしい。
上司を敬う気などさらさらないガンジェットだったが、それでもいくらなんでもあれは自分が言うべきではなかったかもしれない、とちょっとだけ反省する。


「…………すまん、ボス。強く生きろよ」
「余計なこと、言い過ぎ」


思わず合掌してその方角を拝むガンジェットの後頭部が、結構な勢いでたたかれる。
が、そんなことなどものともせずに声を聞いて反射的にガンジェットは満面の笑みで振り返る(骸骨なのでよくわからないけど)。


「ハニー! 会いたかったぜ」
「主に対してああいった物言いをするものじゃないわ」
「大丈夫、ボスは主じゃない。だって、俺の忠誠はハニーだけに捧げられてるから」


そこには、彼の最愛の少女が憮然とした表情で立っていた。


「……はあ、相変わらず馬鹿ね」
「愛してるよ」
「はいはい、わかったから守備部屋に行くわよ」
「へ~い」


少なくともガンジェットは、ここでの暮らしで確かに幸せを感じていた。



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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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