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ドラゴンに首ったけ47

その47










割とミイラ男チックな格好をして自室で寝込んでいる竜、ブラッドの前に彼の執事が現れた。
つい先ほどまで彼の看病をしていた二人の少女は今、食堂で皆の食事を作っているはずなので、ここにはいない。

そのため、何かの世話役用にと置いていた部下を下がらせると、二人きりであったが、二人の会話にはほとんど甘さなど無かった。


「とりあえず、ご無事で何よりです。御主人様」
「これのどこが無事に見えるんだ……」
「そのくらいのかすり傷、五秒で治してくださいよ、竜なんですから」
「無茶言うな!」


お互いいつもどおりのやり取りを行う。ここには甘さは無いが、冷たさも無い。
実に柔らかな空気だ。


ああ、この距離感がクーには心地よい。
これも、お互い命があってのものだ。ブラッドの脳天に剣が突きつけられていたあの時、感じた絶望は、本当に世界から色を失わしめるかと思った。
あの瞬間の絶望は、ブラッドと言う存在がクーという存在にどれほど必要なものなのか、と言うことをはっきりと刻み込んだ。
手放してなるものか、と思う。

そのため、いつも通りの距離感でのやり取りを終えた後、不意にクーは真面目な顔をして、ブラッドに新たな声をかけた。この関係を続けるために。


「まあ、それはさておき、ご報告しておきたいことがあります」
「まさか、また何かあったのか?」
「いえ、どちらかといえば、事務処理の範囲なのですが」
「? 珍しいな。そんな細かなことまで聞いてくるなんて」
「ちょっと私の権限を逸脱するぐらいのことになるかもしれませんので」
「?」


ブラッドの脳裏が「?」マークで埋まる。

事務処理。
主と呼ばれてはいても、「君臨すれども統治せず」タイプが多い竜であるブラッドにとっては、あまり縁の無い言葉である。

結構な権限を出会って早々クーに与えていたため、町を襲撃するか否か、新たな設備やモンスターを購入するかどうか、などといった非常に大雑把なこと以外の物事についてはほとんど自分がかかわることが無かったにもかかわらず、クーの権限で処理できないそれらに並ぶほどの事務仕事などあったか、と首をひねるブラッド。
そんな反応は勿論わかっていたクーであったが、とりあえずそれには触れず、まずは先制パンチをブラッドに叩きつける。


「そのまえに、とりあえず。御主人様、リュミス様とのご結婚おめでとうございます」
「なっ!!」


あまりにいきなりすぎる台詞に、ブラッドが間抜けに口を開けたまま固まる。
そんなブラッドを、クーは表情が読めない笑顔で見つめ続ける。
すぐに我に返ったブラッドは、あわててクーを問い詰める。


「ちょ、ちょっと待てぃ! 何でそんなことになってるんだ!!」
「いえ、あっちの巣で財宝がそれなりに貯まった、と報告したとき乗り気だったように見えたので」
「まだ何も言ってなかっただろうがっ!」


いきなり結婚させられてはたまらない、とばかりにブラッドは声を張るが、クーの追及は緩まない。
なんとなく、笑顔が怖い。


「ですが、怪我が治ったあたりにでも結婚を申し込まれるのでしょう?」
「いや…………あの時は、まだはっきりとは固まっていなかったが、少なくとも今はまだ早い、と思っている」


その返答を聞いたクーの表情が、それを聞いてひそかに緩んだが、ここで安心するわけにもいかない。



「…………なぜですか? あれほどの財宝を積み上げれば、リュミス様とて御主人様のことを見直すでしょうに」
「いや、まだリュミスと一生添い遂げ続ける覚悟が出来ていない、ということもあるんだが…………それ以上に今回の件が堪えた」


さらに追求を続けるが、ブラッドの返答は思いのほか真面目な話だった。
先日の襲撃は、それほどまでにブラッドの心身を脅かしたのだ、と知って思わず脳裏に浮かんだ今はもうこの場にいない敵の姿を思って、ぎしり、とクーの奥歯が軋む。


「…………」
「たかが人間ごときに殺されることも十分ありえる、とまさに証明されたようなもんだからな」


自らの包帯にまみれた体を指差して、自嘲気味にそういう。
今回の件は、いろいろな意味でブラッドの身に堪えた。

今まで、ブラッドは巣作りを行っていて命の危険を感じたことはほとんど無かった。
フェイが迫ってきたときは後で殺すつもりだったと聞いてちょっとぞっとしたが、攻められていたときは単なる財宝狙いだと思っていたし、唯一ドゥエルナのときは大変だ、とは思ったが、そのころにはそれなりに巣の防備が調っていたこともあって、まさか命の危険がすぐそこまで迫ってきていた、とは思いもよらなかった。

だが、今回の侵入者は桁が違った。
ブラッドに、竜に対する憎悪だけをむき出しにしてただただその命を狙ってきていたのだ。

人間と言う生き物の恐ろしさを、竜であるブラッドが始めて思い知った事件だった。


「竜殺しの効きにくい俺ですら、巣の中ではアレほどまでに追い詰められる。いかに人間と言う存在が恐ろしいのか、いかに巣と言うものが竜族にとって大切なのか思い知った」


そう述べるブラッドの横顔を、色の読めない笑顔で見つめるクー。


「だから、もう少し巣作りを通じて、人と竜、というものを見つめなおす時間が欲しい…………妻を殺させないためにもな」
「そうですか」


無論、あんなことが起こるなどとは今まで数千年間生きてきても聞いたことが無い例外的なことだとはわかっているが、少なくとも起こりえる可能性自体はあるのだ、とブラッドは続ける。
虚無と言う魔法が存在する世界であるここを出て行けばそんな危険など無いのだ、と言うことは、ここが単なる一地方だといまだに思っているブラッドにとっては考え付かないことだった。

ようやくブラッドから結婚しない、という確約を得て僅かにクーの表情が緩む。
途中、妻、と言う台詞が出たときは僅かに顔を歪めたが、ブラッドは気付かなかったので、それをいいことにクーはブラッドのせりふにそのまま予定通りの言葉をつないだ。


「私が言いたかったのも、その今回の襲撃に関してのことです」
「新しい設備でも買え、と言うことか?」
「いえ、そういうわけでは…………いえ、結局はそうなるのかもしれませんが」
「?」


てっきり、今回迷惑をかけたことに対する侘び代わりにでも、新しい商品を買ってくれ、見たいな願いだと思っていたブラッドは意表を突かれてちょっと頭をひねる。
そのブラッドに、クーは徐々に追い込みをかけていく。


「まずはじめに、竜殺しの剣ですが…………見つかりませんでした」
「おい!」
「ふふ、冗談ですよ」


あの武器さえあれば、己の身が再び危険になる可能性が飛躍的に高まるのだ。何が何でも発見せねば怖くて夜も寝られない。
そんな表情のブラッドに、いたずらっぽく笑って、現在竜殺しの剣があると思われる場所をブラッドに述べた。


「と、いうか、どうも瓦礫の中に埋まっちゃったみたいです」
「何? 巣にあることはあるのか?」
「あの後御主人様を運び出す前に額に刺さってた竜殺しの剣を抜いたんですけど、後で見たらそのあたり場所に瓦礫が落ちてきてまして。場所的には間違いなくその下ですし、ユメ様もなんとなくこの下にあるような気がする、ともおっしゃってました」
「何だ、それなら問題ない。結局巣の中にあるんだからな」


またあの侵入者が剣を持って攻撃してくることを想像してぞっとしていたブラッドだったが、巣の中にある、というのであればその危険性は無いので安心していた。
その思考を誘導するようにクーが更なる言葉を続ける。


「いっそのこと部屋ごと埋めてしまいますか?」
「うん?」
「転移魔法陣室は結構損傷が激しかったので、別の場所に新たに作ったほうが修理するより安上がりなんですよ」
「そうだな…………それもいいか。きちんと誰も入れないようにはしろよ」
「はい。では、そのように。で、次の話ですが」
「? まだ何かあるのか」


別に今すぐ必要なわけでもなし、誰かの手に渡らなければ問題のないものだ。いざとなったらまた取り出せばいいのだし、封印もかねて部屋ごと封鎖するのも悪くないかもしれない、とブラッドは言う。
その言葉を聴いて、クーは頭を一度深く下げたまま軽く笑って、次の話題へと自ら転換していった。

そのことに、クーに全幅の信頼を与えているブラッドは気付かなかった。


「こっちが本題です。今回、メイドたちに被害が及びました」
「そうだな………まったく持って忌々しい」
「とりあえず、転移魔法陣室など一部を除いて完全に魔法使用そのものを無効にする措置をとりましたから、二度目は無いでしょうが」
「まあ、あんなことが起こる世の中だ。多少の不便は仕方がないか」
「それも今回の件の術者を捕らえるまでの措置ですから、そちらはまあ解決済みとも言えなくもないのですが」


今回の襲撃後に新たに備えた対魔法対策用の設備についての説明も行うが、そちらはメインでない、とクーは言う。
実際には必殺系攻撃に近い虚無魔法はそんなもので防げるほど生易しいものではないのであるが、まあ溜め込みに溜め込んだ精神力が無い限り二度目の攻撃はこないのだから、今後この地で巣作りを続けても同じような襲撃を受けることは数十年間ひたすらルイズが我慢し続ける、といったことがない限り大丈夫だろう。


「ですが、メイドたちが傷物にされたのは事実です…………商会員にまで被害を及ばすような巣作りをした御主人様に責任を取っていただかねば」
「はぁ!?」


いきなりの台詞に思わず傷の痛みも忘れてブラッドは叫び声をあげてしまう。
確かに、商会員は戦闘行為を禁止されている。
迎撃部隊ではないし、そもそも商品のひとつとしてメイドたちの身柄があるのだから、それを勝手に傷つけられては困る、とは最初に出会ったときにクーから言われている。


よって、竜族が例えば気まぐれでメイドを殺したとしても、種族的な地位が天と地ほど違うので、日本で言うところの刑事罰を受けることは無いが、民事では罪を問われる。
すなわち、それなりの賠償金が商会から要求される。無論、力の差に物を言わせてそんなもの無視することも可能であるが、商会と竜の関係を考えると得策ではない。


「ついでに言うと、私も直接の攻撃魔法は使っていないものの、戦闘行為に加わったともいえなくも無いので、商会の制裁を受けかねません」
「何ぃ!!」
「ここで御主人様が巣作りをやめる、と言うことであれば商会としては最後のその商会への損害の清算をしていただきたかったのですが」


一番最初に聞いた規則違反に対する罰則を思い出してか、顔を青くするブラッドを見て、クーはにっこりと笑顔で言葉を続けた。


「ですが、今後も御主人様は巣作りを続ける、と言うことなので商会としてはご主人様との関係を悪化させたくはありません。そこで、提案なのですが…………」


ついにクーは、自分の決心を主に打ち明けた。
その心が、ブラッドには完全には伝わらないことを十分理解した上で。









あの後クーは、もともとあった巣のほうへと戻っていた。が、二、三の事務処理を部下のメイドに命じただけで足早に巣から出て行くクー。
向かった先には…………竜族最強の女が待っていた。


「聞いたわ……私の言いたいこと、解っているわね」
「ええ」


もともとあった巣のすぐ近くの森にクーを呼び出したリュミスは、挨拶する時間ももったいないといわんばかりに、いきなり本題を切り出した。
彼女とクーの間には、初めからひとつの契約じみたものが成り立っている。
一番初めであったときにリュミスが、ギュンギュスカーの中でもっとも優秀だったクーにブラッドの元へと向かうよう商会に物理的な圧力をかけたときから、ブラッドの安全を最大限守るように、と言う密名がクーには下されている。
それを破った場合は、死を持って償ってもらう、と言うリュミスの脅しとともに。


「そう……覚悟が出来てるんだったら、いいわ。苦しんで、苦しんで、ブラッドの万分の一でも苦しんで、死になさい」
「ひとつだけ、よろしいですか?」


その約束が履行されようとしたまさにそのとき。
今まさに自分の命を刈り取ろうとしていた絶対者に、クーは大胆にも言葉を返した。


「何? ……そうね、それなりにあなたは働いたから、一言だけ許してやるわ」
「では、一言だけ」


そして、珍しくもその願いが聞き入れられた。

本来であればブラッドを傷つけた、その要因を作ったものに対して、リュミスが問答無用に攻撃を仕掛けないだけでもまだやさしいのだ。
大抵はリュミスの気に障った瞬間に消滅している。

それをまだ生かしている、というだけでもおかしいのに、リュミスが発言まで許すとは……あれほど言っておいたにもかかわらず、自分の言に反し、ブラッドを傷つけた自分とはいえ、彼女の働きによってブラッドへのアピールが随分楽になった、ということは不快ながら認めざるをえないのか。

そこまで考察を一瞬で終えたクーは、改めてリュミスのブラッドに対する執着心を確認したことで、リュミスに対して今まで秘めていた切り札を切った。


「私、御主人様のものになりました」
「何ですって!」
「正確には、メイド達共々商会から買い取っていただきました」
「お前っ!」


あの後クーがブラッドに持ちかけた取引、それはメイドと自分の買取だった。あちらの巣はさておき、こちらの巣には宝物庫に入りきらないほどの財宝がうなっている。それを使って、自分たちを買い取ってくれるように頼んだのだ。

そして、ブラッドはそれに快く応じた。
彼だって今回の件にはそれなりに責任を感じているのだ。


リュミスがそのクーの言葉を理解して、瞬時に激昂した。
反射的に放たれたリュミスの力の一端が、大地を吹き飛ばしかける。
だが、その物理的効果すら含んだリュミスの殺気の前に、クーは一歩も引かなかった。
もはや完全に主導権はこちらが握ったのだから。


「そういうわけで、私を殺される、ということはかまいませんが……」


自分を殺すのはかまわないが…………その場合、ブラッドのものを勝手にリュミスが殺した、ということになる、と口には出さないもののはっきりとクーはリュミスを脅した。

まだ、クーが商会所属のものであれば、クーの命など何とでも出来た。
商会に圧力をかければ、たとえ彼らが内心どう思っていようと、たかが一魔族の処遇なんてどうにでもなる。殺してしまったとしても、自由にもみ消して、新たな人員がブラッドの元に送られるだけだ。
力ずくでリュミスにかなうものなどいないのだから。


「………やってくれるじゃない。でも、私が舐められて、はいそうですか、って引き下がるとでも思ったの?」
「はい、思っています。このことは、御主人様自らが申し出てくれたことですから」
「くっ」


だが、ブラッドにだけは、リュミスは強く出られない。
偽りをその表情に浮かべ、虚言を並べ、位置を取り、クーはその僅かな可能性に賭けた。
ただ、ブラッドのそばにいるために。


彼に嫌われる可能性があるから、アレほどまで自分にとっていろんな意味で不快な竜殺しの女すら殺せなかった。
照れ隠しで何度殺してしまいそうになっても、それがどうか致命的な失敗でありませんように、いつかはブラッドが自分に振り向いてくれるのではないか、という僅かな可能性に駆けているリュミスにとって、これ以上彼に嫌われる可能性は出来るだけ避けたい。

自分に一刻も早く財宝を貯めるように脅されていると思っているはずのブラッドが、わざわざ安くない金額を使って買い取るほどこの執事(お気に入りの道具、という意味であり断じて「女」ではない)に執着しているということを理解してしまったのなら。

リュミスベルンという女は、おそらくクーを殺せない。



随分危険な賭けではあったが……クーはその賭けに勝った。


「……いいわ。今回だけは見逃してあげる」
「ありがとうございます」


ゆえに、クーはあの三界で最も恐れられている暴君の一人、最強竜リュミスベルンから譲歩を引き出すことに成功した。

ベクトルは微妙に違うが、両者のどちらも持っていた感情によって。





リュミスは不機嫌そうに腕の一振りで近くの木々を力任せになぎ倒すのを見ても、クーはこの場を動けなかった。おそらく、自分にしてやられた怒りから落ち着いたリュミスベルンが己に尋ねるであろう事柄に予想がついたからだ。

そして、クーがまだいるという事実にうっとうしげに目線をやったリュミスは、その瞬間ふとそのことに思いついたのか、勢い込んでクーにあることを尋ねた。
いや、尋問した、のほうが正しいか。


「で……その、ブラッドを傷つけたやつはどこ?」


瞬時に、クーへの怒りでわずかばかり上昇していたかのようだった気温が、瞬時に凍りついた。クーに向けていたような、迸るような怒気が鳴りを潜め、周囲には冷たい殺気が一瞬で張り詰める。
それに対してクーも負けないほど冷たい表情をとって、そのまま答えた。


「死にました」
「じゃあ、そいつの出身国は?」
「滅びます」


竜を傷つけた下手人が生き延びている、とはいくらブラッドの弱さを知っているリュミスでもそう大きくは思っていなかったのだろう。ゆえに、すでに死んでいる、ということを聞いても自分が手を下せなかったことについては怒りを見せることはなかった。

が、瞬時に、その次の質問が相手ではなく、相手の親類縁者でもなく、国にまで及ぶところがリュミスがリュミスたる由縁だ。
人一人殺すのも、国ひとつ滅ぼすのも、リュミスにしてみれば一息が十息になるだけだ。
それをクーはよく知っている。なんだかんだで、三十年来の付き合いになるのだから。

そのため、言葉を微妙に選んだ。
滅びた、では無く、滅びる。


「私がやるわ」
「いえ、それは御主人様が」
「そう…………」


先ほどとは微妙に違うニュアンスの違いを聞き取って、瞬時にリュミスは気炎を上げたが、それをクーは止める。
それは、ブラッド自身が行うべきことだ、と思ったのだ。

リュミスの苛立ちがいっそう募るが、確かにそれは正論だ、とも思ったのだろう。
クーがこういう以上、ブラッド自身が復讐にやる気を見せているのだ、と勘違いした。それは彼女が望むブラッドの変化だった。

それを認めてしまったがゆえに、その言葉がクー自身の感情によって言われた言葉だということにも気付かずに、苛立ちだけがいっそう募る。
だが、こうなってしまうと現時点で彼女に出来ることは何もない。



彼が怪我している今の現状で見舞いに行ったとしても、ブラッドを怖がらせるだけだ、ということは自分が重々承知している。何せ自分は彼にとって恐怖の対象だ。
つくづく素直になれない自分の性質をリュミスは恨んだ。
そしてその苛立ちは、すぐさま近くにいたもっとも手っ取り早い八つ当たり対象に向かった。


「ぐっ!」
「わかっていると思うけど、あなたを生かしておくのは、ブラッドのためよ」
「うぅっ!!」


一瞬で間合いを殺してクーの首を掴み上げ、近くの木にそのまま押し付けるリュミス。

このあたりが彼女とブラッドの違いだ。
リュミスベルンは、ブラッド同様武術の心得など欠片たりともないが、その人の姿をとっていてもなお圧倒的なその能力は、魔族であるクーの知覚すらもあっさりと凌駕する。
何人たりともその行動を阻むことなど出来ない。
竜族最強、の四文字は決して伊達ではないのだ。

ぎりぎりと喉元にリュミスの指が食い込む。
殺すつもりは無い、と言っていることから真実リュミスはそんな気はもう無いのであろうが、彼女は致命的に手加減とかいった言葉と無縁なので、いつ首の骨を折られるかわからない。いや、受けている側のクーからすれば折りにかかっているようにしか思えない。
無詠唱の防御魔法を必死で最大出力で稼動させてかろうじて防いでいるが、いまだに呼吸は出来ない。

そのままの状態で、リュミスは最後に一言述べたあと、ようやくクーを開放した。


「だから………今度ブラッドに傷ひとつでもつけて御覧なさい」




そのときは、たとえブラッドがなんと言おうと、魔界全土が火の海に沈むと知りなさい






これ以上、ブラッドが死と言う形で自分の前からいなくなってしまう可能性が高いと言うのであれば、たとえブラッドに嫌われても容赦しない。彼に危害を加えるものすべてを破壊してやる。
それこそが、最強竜リュミスベルンの決意。

それを最後にクーにたたきつけた後は、リュミスは崩れ落ちるクーに微塵も注意を払わず、瞬時に竜の姿をとって翼を羽ばたかせてその場から消え去った。


「げぇっほ………げほ……けほ」


浮き上がってくるえずきをこらえて呼吸を取り戻した後、クーはもうほとんど見えないほどの大きさになったリュミスの背中を無言で見つめる。

もうほとんどリュミスの姿は見えない。
おそらく、このどうしようもない怒りのやり場を探しにいったのだろう。果たして、この八つ当たりで国がいくつ消えるやら、とかつてリュミスの怒りを買ったものの末路を知っているクーは思うが、どの道そんなことは己には何の関係も無い。

しばらく、思いをめぐらすように呼吸を整えながら地面を見つめていたクーだったが、すぐに腰につけていた通信機を起動させる。受信用の小型魔法陣を巣の内部に事前に己の血で書いておいたから、たとえどれほど距離が離れていても通信程度なら可能だ。
それを使って、ハルケギニアにある巣の留守役である中佐位にあるメイドに命令を下す。


「閉鎖していたチャンネルを再び起動させなさい」
『あ、よかった。無事だったんですね。了解しました、起動命令出しておきます』


転移魔法、というのは行き先の座標がしっかりしていないと、どこに飛んでしまうのかわからない。クーのような上位の魔族であっても、自らの支配地に巨大な転移魔法を補助する用の魔法陣を書いてようやく発動させられるような高度な魔法だからだ。
もし、その補助無しに発動させれば、運良く目的地に着く可能性など真っ直ぐに放った矢が突如空中で反転して自分に襲いかかって来るぐらいに等しい。この間どこかわからぬ場所に消えた侵入者と同じ運命をたどるだろう。


「運がよかったのは………はたして、どちらにとってでしょうね、リュミス様」


クーはリュミスの飛び去っていった方向へもう一度深々と頭を下げ、そのままの姿勢で小さく呟く。その声には、敬意と敵意と嘲りと恐怖が複雑に混じっていた。

あちら側からの位置情報を送る役目を果たす魔法陣さえ破壊してしまえば、リュミスは絶対にブラッドの元に向かえない。リュミスが万が一、クーを殺してしまっていれば彼女の配下がそのまま魔法陣を破壊することになっていた。

リュミスの性格からすれば、クーを殺してしまった気まずさと、心配していた、ということに対する照れ隠しでブラッドが死に掛けないとも限らない、と判断したからだ。
そこに彼女の「女」としての感情が含まれていたことは否定しないが。


「御主人様が私を買い取ってくださった以上、もう商会を恐れて小銭目当てにリュミス様に義理立てする理由もありません。今回だけは、御主人様を立てて見逃しますけどね」


無論、そうなった場合商会とのつながりも絶たれることとなるブラッドの巣は補給が途絶え、それなりに危機的状況に立たされるであろうが、そのあたりは後に任せてきたメイドたちがいれば、どうとでもなるといえばどうとでもなる。彼女達も自分同様、真実ブラッドのものとなった以上、主のためだけに働くことになるのだから、元の古巣とは言え、たかが一商会とつながりが絶たれたからといってやっていけないことなどありえない。

誰の手も届かない辺境地方に巣を構えることに成功した以上、リュミスと敵対する覚悟さえ己に出来れば、そんな程度などどうとでもなるのだ。


ああ、もっと早くブラッドのものにしてもらればよかった、とクーは思った。
結局自分とリュミスの希望が交わることはないのだから、もっと早く、リュミスと彼女の圧力を受けることになるであろう商会と敵対する覚悟さえ出来れば、こんなに長く無駄なことで悩むことはなかったのに、と。

自分が殺されるのなら、永遠にブラッドをリュミスの手に届かないところにやる覚悟で、クーはこの会談に臨んでいたのだから。
覚悟さえ出来れば、なんだって出来るのだ、ということをブラッド同様クーもあの侵入者の姿から突きつけられていた。

ましてや、今の竜の巣には…………



「あちらの巣には今、竜殺しの剣と、竜の吐息を無効とする剣があるんですよ………知ってましたか、リュミス様?」



竜殺しの獣人、ユメ=サイオンがそれを振るうことを彼女はまだ想像も出来ないだろう。

竜の巣の財宝を一手に引き受けて管理する魔族、今回の事件で図らずともブラッドから竜殺しの剣の管理を委託されたのみならず、侵入者が使っていたものと同等のブレス殺しの剣を一本所有していることで、リュミスに対するもう一枚の切り札を手に入れたクーは、そう呟いて、もう一度だけリュミスの立ち去った方向に向けて、深々とお辞儀をした。



その48へ

Comment

No title

ティファがドラゴン側助けるとかきも い
si ne yo

No title

俺個人的には凄く面白いと思うけどなぁ
他の作品ともども、よく作られてるよ

No title

管理人さんの巣作りドラゴンに対する愛情の深さが凄い
非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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