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ドラゴンに首ったけ46

その46









目が覚めて、一時間がたった。
サイトと分かれてからもはや何時間たったのかなど、私にはわからなかった。ただ、随分周囲が明るくなってきたような気がする。これだけ時間がたってしまうと、もはやサイトを追うことなど出来ない、ということは十分わかった。私、たぶん単なるメイジとしてはそんなに強くないし。
仕方がないので、この場で待つことにした。
一番洞窟の入り口がよく見える場所に洞窟探索の際に使うかも、とサイトと相談して自分で持ってきていた野外用の敷物を敷いて座り込む。


まだサイトは帰らない。


山の端が段々白んでくる。もうすぐ朝が来るのだ。
火属性でもないのにマリコルヌが器用に火を起こして沸かした湯で、紅茶を入れてきてくれた。無駄に断るのも悪いと思って飲む。
その間に彼が語ったことによると、やはり同じ貴族でも男と女では随分違うらしい。小さいころはよく父に山野に連れて行ってもらった、そこでも同じようにこうして紅茶を入れてもらったものだ、と笑う彼を見て、そういえばこんな話をクラスメートとすることすら今まで私にはなかったのだ、と改めてサイトの存在の大きさを感じる。


まだサイトは帰らない。


その後軽く仮眠を取っていたマリコルヌだったが、周囲に自分たち以外の人間が入ってきそうになったとたんに目を覚ます。来たのは、どうやら冒険者の一団らしい。
明らかに貴族の子弟、という格好をしている私達にちょっと引いている。まあ、魔法学園の制服だし。
マリコルヌが起き上がって、彼のほうへと向かっていく。後で聞いたところ、眠っている間も風の魔法で周囲を索敵していたらしい。そういえば、かつて彼がギーシュのワルキューレを吹き飛ばしているのを見た覚えがある。結構優秀なメイジだったんだ、といまさら気付いてちょっと笑う。
そんなもの、スクウェアメイジであるワルドと、たとえ遍在の一体とはいえ互角に戦っていたことからもわかっていたことではないか、と。

二、三言マリコルヌが話すと、冒険者達は帰っていった。マリコルヌってあんなに簡単に他人、それも平民と話せるほど社交的だっけ? とも思うが、サイトが帰ってくるまで出来れば洞窟には役立たずは入れたくなかったので、正直助かった。あんなごろつきみたいな連中では、きっとサイトの楯にもならないと思うので。
あ…………マリコルヌの目を盗んで入っていった連中が、ほうほうの体で帰ってきた。なにやら異常に強力な骸骨が、入り口すぐの部屋で怒り狂っているらしい。
ラッキー、またひとつ、連中を中に入れないようにする理由が出来た。
正直、サイトの竜退治の邪魔はして欲しくない。


まだ、サイトは、帰らない。


その後も何回か同じようなことがあった。
一度だけ、冒険者達が無理に洞窟に入ろうとして諍いになりかけたが、マリコルヌが杖を出してすごんでみると、何とか引き返した。よく見ると、彼らの装備の金具がすべてマリコルヌの風で緩められていた。ちょっと脅したらしいが、どう考えても学校の成績からはマリコルヌが出来るはずがない、と思って帰ってきたとき聞いてみると、サイトのおかげで一皮剥けたみたいだ、とマリコルヌが軽く笑った。
自分が強いだけじゃなくて、人も成長させるなんて、サイトはやっぱりすごいと思った。


まだ、サイトは、帰らない。


お腹が鳴ったことで、自分がようやく空腹であったことに気付く。そういえば、昨日部屋を出る前にサイトと一緒に軽く食べた程度でもう半日ほど何も食べていない。サイトと一緒に洞窟の中で食べるつもりだったため、食べ物は持ってきている。
でも、ここを離れたくないし、調理する気も起きないので我慢する。そもそも私、料理なんて出来ないし。サイトは簡単なものならば料理できるといっていたし。
が、お腹は鳴り止まない。

最初のうちは腹筋に力を入れて抑えようとしていたが、そのうち、別にサイトがいないなら誰に聞かれてもいいか、と言うごくごく当たり前のことに気付いて放置する。
マリコルヌも空腹そうにしている。別に付き合ってくれなくても、もう一人で行く気は無いから大丈夫だ、といったが彼は笑うだけでこの場を離れようとしなかった。彼はもともと私たち三人の話し合いでは洞窟の中までは入らない予定だったので、食べ物を持ってきていないはずだから、村に帰らないと食事は無いのに。持ってきた食材を使っても良い、とも言ったのだが、断られた。

学園にいたときは自分に嫌味を言ってばっかりの奴で嫌いだったが、サイトへの友情もあるだろうが、それでもずっと私に付き合ってくれるマリコルヌは結構いいやつなのだ、と思い始める。
しかし、サイトにはやっぱり敵わない。


まだ サイトは 帰らない。


いい加減自分でも耳障りになるぐらい腹の虫がやかましくなったところで、なんとタルブ村の元メイドが食べ物をマリコルヌに渡していた。ああ、そういえばサイトとマリコルヌはグルだったのだな、と思い出し、彼が食事を事前に手配していたから帰らなかったのか、と理解する。マリコルヌが自分の空腹に無理に付き合っているわけではないのだ、と安心した。
別に二人してお腹を減らすことは無い。空腹は一人でいい、と小さいころ姉さまの部屋で見つけて読んだハードボイルドを気取っていたが、なんと私の分もあるらしい。
考えてみれば、私の分も頼んでくれていたとしても不思議ではない。

パンに野菜や肉やチーズを挟んだ、見たことも無い不思議な料理だったが、空腹にはとても美味しく思えた。
飲み物も飲む……別に平気だ。
美形はトイレなんていかないのだ。タマネギとかいう王宮に仕える従者だってそう言っていた。

携帯に向いた形状をしているので、結構合理的な料理だ、と思っていると、それを作ったらしい元学園のメイドで現村娘(シエスタ、というらしい)が、これは昨日サイトから作り方を教わった、と教えてくれた。結構気に入ったし、包丁をほとんど使わないほど簡単に作れるらしいので、後でメイドに作り方を教わることにする。
男は手料理が好きなのだ、とサイトが馬車の中で力説していたことを思い出したので、サイトが帰ってきたら作って食べさせてあげよう、と思う。


まだ サイトは 帰らない


他の入ろうとする人を追い返すのを手伝うことにした。昼ごろになると入ろうとする人が結構増えてきたからだ。
こちらが子供だと見ると居丈高に出るものも多かったが、別にたいしたことは無かった。私の倍ぐらいありそうな大きな人間もいたが、特に怖くは無かった。
今の私には、サイトが教えてくれた『虚無』があるのだし、実際私達の忠告を無視して入っていった人は、入り口付近に張っているらしい骸骨に大怪我とともに追い返されていたし。ひょっとすると、母様が言っていた、「ガンジェット」とかいうやつかもしれない。父様と母様が二人がかりでかからざるをえなかったほどの化け物らしい。サイト以外が敵うものか、と思う。

なんか、感情とともに精神力は貯まりやすいらしいから、サイトのことを考えていると、いつの間にやら結構精神力も回復していたようだ。流石に前回ほど巨大な爆発を起こせる気はしないが、それでも軽い爆発―――今までの失敗魔法程度なら起こせる。
魔法の失敗として見るとアレだが、これはこれで結構威力がある、ということに今気付いた。今まで何年もこの爆発を見ると嫌な気分になったものだが、今となってはこれはこれで悪くない、と思うようになって来た。
サイトのおかげだ。


まだ  サイトは  帰らない


そろそろ日も暮れてきた。
マリコルヌが頭を前後に動かして舟をこいでいる。よく考えれば私は昨日というか、今日というか、とにかく結構寝ているが、マリコルヌはその間もほとんどずっと起きていたのだ。さらに昨日はワルドとも戦っていた。仮眠を取ったとはいえ、それもごく僅かな時間だけのはずだった。もう限界であろう。
持ってきた毛布を差し出して、マリコルヌにいったん寝るように薦める。何度か断られたのだが、いくらなんでももう無理だ、と強く言ったことでようやく休むことに決めたらしい。それでも杖を握っていることから、きっとまた探査魔法を使いながら眠るつもりなのだろう。
きっとマリコルヌはすごいメイジになる、と思いながらちょっとだけ見ていれば、一瞬で眠りについた。ちょっと確認してみるが、完全に眠りについている。よっぽど疲れていたのであろう。

随分待ってみたが、ちょっとやそっとでは起きそうにない。洞窟は結構音が反響するようなので、もう夜で人の生活音もしない、ということでサイトが帰ってくればすぐにわかるだろうと思って、この間に体を拭くことにする。結構昨晩からいろいろ汗をかいてしまったし、疲れて帰ってくるであろうサイトに薄汚れた姿であうのはよろしくない。念のため、マリコルヌの目元に布を置いて目隠しするが、そんなことしなくでも大丈夫そうなぐらい眠り込んでいる。もっとも、一度近くにウサギが来たときは目を覚ましていたので、魔法はまだ有効らしいが。
先ほどのメイドが持ってきてくれた水差しの水で布を濡らして、ちょっとずつ服をずらして肌をぬぐっていく。流石にここで全裸になるわけにはいかない。淑女としてはこれでもいっぱいいっぱいなのだ。

結構な時間がかかってしまったが、それなりに満足がいくように仕上がる。
それでもやっぱり気になる部分はあるので香水をつけようかとも思ったが、持ってきたものは結構甘ったるい系だけなので疲れて眠るマリコルヌの眠りを刺激して起こしてしまいそうなので、あきらめる。大体サイトは今も戦っているかもしれないのだ。
これは、サイトの姿が見えたときにさっと着けて出迎えることにしよう。


まだ  サイトは  帰らない


やがて、マリコルヌが目を覚ましたので、今度は私も軽くだが眠っておくことにする。
睡眠不足はお肌の大敵だ。
大体、次にベッドを一緒にするときに、肌が荒れてるとかでサイトに嫌われてしまっては何にもならない……戦争とかでも、戦いが終わった後、男の人は…その、そういった場所に行くって聞いているし、きっとサイトも帰ってきたらすぐに……
と、とにかく、すぐ寝ることにする。サイトが帰ってきたらすぐに起こしてくれ、とマリコルヌに頼むのも忘れない。
サイトの夢を見たような気がした。


まだ   サイトは   帰らない





こうしてルイズはずっと、約二日間サイトの帰りを待っていた。
夜はビバークして森の中で眠り、朝日とともに目覚め、マリコルヌと一緒に他の侵入者を追い返し、地べたに座ったまま食事を取って。


彼女は信じていたからだ。
己の使い魔が、誰よりも強く、誰よりも愛しい少年が、きっと竜を退治して自分の元に戻ってきてくれる、ということを。

そして、その祈りは、幸か不幸か、何十日もルイズを外に放り出し続けることも無く、三日で結論を出させた。






一瞬が一秒に、一秒が一分、一分が一時間に思えるほどの激戦の末に。
サイトはもはや、勝利を確信していた。
全身に刻まれた傷の痛みも、たまりにたまった疲労による体のうめきも、その瞬間すべてが消え去った。

サイトはぼろぼろだった。一応、五体はちゃんとついている。それは間違いない。
だが、頬の肉は削げ、髪は自らの血でところどころ赤く染まり、片目はほとんど視力が無い。パーカーにはいくつもの岩が刺さって内部まで貫通している。靴もぼろぼろ、大腿部からは生地の上からもわかるほど血が吹き出ている。このまま放置していれば、確実に死にいたるだろう。

それでもサイトは、ブラッドに剣を突きつけた状態で生きていた。


最初はどうなることかと思った。先ほどの女性を倒す前に、途中で見つけた人間の捕虜達に大雑把な道を聞いたまではよかったが、ちょっとさわり心地がいいところもあるシルフィとは異なり、思いのほかこの竜の鱗は堅く、デルフですら刃筋が立っていないと跳ね返されることもあって苦戦していた。他の投擲系の武器なんか相手の注意を引くことも出来なかったし、手斧なんかは一撃で刃が欠けた。あの重戦士を倒すきっかけとなった、魔法毒すらも効かなかった。

だが、それも持ってきた武器だけだったらの話だ。
今の彼にはこの剣が、竜殺しの剣が手元にある。





「くそ、竜はどこだ!!」
「! 誰だ!」


サイトは、あのフェイとか言う戦士を倒してこちらに向かう途中で竜がどこにいるのかわからなくてこのままこの道を進んで良いものか、と迷っていたとき、一人の中年男性と出会った。

竜殺しの剣をユメの部屋から持ち出し、そのまま巣から逃走しようとしていたマルトーである。いくらなんでも通用口から逃げればバレる、と思ったマルトーは一か八か、侵入者達が入ってくる、迎撃部屋と居住空間、そして宝物庫をつなぐ通路から逃げようとしていたため、彼と逆の目的で進んできていたサイトと鉢合わせしたのだ。
基本的に侵入者が入ってくることを想定していないために、惑わすようなつくりにはなっていないので迎撃部屋と居住空間をつなぐ道は一本しかない。

血まみれの男がいきなり現れて、思わず動けなくなるマルトー。


「ま、マル……そこの人、ここは危ないから、早く逃げろ!」
「あんたこそ……いったいここで何を」
「俺は、竜を倒しに来たんだ」
「っ!! あんたが侵入者なのか……」


いきなりマルトーが現れて面食らっていたサイトであったが、すぐにその驚愕も切り捨てた。そんなことよりも一刻も早く竜の元にたどり着いて奴を倒さなければ、と思ったからだ。そのため、サイトはマルトーの身の安全より竜退治のほうを優先して、マルトーにはここから早く逃げるよう警告するだけにとどめて先に進もうとした。

だがマルトーは、まさかこんな子供が巣の人員を皆殺しにしたとは思いもよらず、思わず呟いてしまう。

まさかマルトーが敵サイドとは思ってもいなかったサイトだったが、そういって背を向けて走り出そうとした瞬間、マルトーの言葉の違和感に気付いた。

侵入者。今、マルトーは自分のことを侵入者といったのか。
侵入者、ということは……

思わず戦士の洞察力でマルトーを見ると、なにやら彼が布に包んだ何かを持っているのがわかった。反射的にマルトーから距離をとるサイト。

信じられなかった。まさか、「あの」マルトーが人類の敵であるはずの竜に与している、などということなど、信じたくなかった。
だが、不意打ちされてからでは遅い、とサイトはマルトーを警戒する。
だが、戦士ではないマルトーはそんなサイトの警戒にも気付かず、ちょうどいいとばかりにサイトに剣を差し出した。
その目には、いまだ複雑そうな感情が宿っていたが。


「竜を倒すんなら、この剣を使ってくれ。対竜用の武器らしい」
「……なぜそれをあんたが?」
「それは……とにかく、持っていくだけでも持っていってくれ」


そういって、覆っていた布を取り除いて、サイトに竜殺しの剣を渡そうとするマルトー。
どう見ても殺気のカケラも無いその彼の態度に、そろそろと警戒を解いていくサイト。そもそも、いくら心に鋼を偽装したとしても、サイトはやっぱりサイトだ。
ここでマルトーを怪しいといきなり切り捨て御免と言えるだけの冷酷さは持てなかった。

竜の巣にいる、ルイズの敵かもしれないマルトーをまだ完全には信用し切れないが、自分はガンダールヴだ。剣に細工があれば一瞬で見抜ける。
そう思ってサイトは剣を手に取った。


「っ!! これは!!」
「ど、どうかしたのか?」


ガンダールヴであるサイトには、瞬時にわかった。
これは、確かにこの剣は竜を殺せるかもしれない。竜の力を封じる、という効果についてはマジックアイテムじみた部分があるので完全には理解し切れなかったサイトだが、少なくともこの剣が鋼鉄のごとき竜の鱗を切り裂くために作られたのだ、ということはルーンから伝わってくる情報で十分理解できた。
デルフに愛着がある以上早々使うことはないかもしれないが、ガンダールヴにとって武器が増えるということは戦略が新たに一つ増える、ということと同意である。しかも、それが優れた選択肢ならば文句のいいようが無い。

一瞬にしてマルトーへの不審を拭い去って礼を言うサイト。


「ありがとう、マルトーさん! 絶対竜を倒して見せるぜ」
「あ、ああ……その……がんばって…いや、死なないでくれ」
「ああ! あと、あいつがどこにいるかも、わからないか?」
「たぶん、竜のいる場所は……」


いまだに吹っ切れていないマルトーの浮かぬ表情にも気付かず無邪気に笑って、竜のいると思われる場所を聞いたサイトは、一直線に駆けていった。

この遭遇が、サイトの運命を大きく変えた。
運良く、あるいは運悪くマルトーと出会い、竜にダメージを与えられる武器を手に入れ、そして竜までの最短距離を聞いてしまったことが。






そして、現在。


(いいものくれたぜ、ありがとう、マルトーさん!!)


ガンダールヴの力でその剣の特性を完全に理解したサイトは、眼前の竜を完全に翻弄していた。相手がブレスを吐いてきても、デルフなら防げる。尻尾や前足は危険だが、この狭い部屋の中では十分な行動範囲を持っているわけではないので、何とでもなる。致命傷だけ、五体がちぎれることだけ防げばいい。


(確かに俺は、出来る限り人殺しなんてしたくない。だけど……)


竜に使役されているだけの魔物には、殺すことに罪悪感は無くとも、高揚感も無かった。自身と信じるものとは違うものの、自分と同じく愛するものを守るために戦っていたあの女剣士と戦ったときは、今再び人を手に掛けることへの躊躇を押し殺し、ルイズへの想いだけで戦っていた。
感情を力に変える、ガンダールヴの力にはそれらは実に面倒な重石だった。
だが。


「てめえ相手には手加減なんてするか! ルイズの痛み、思い知れっ!!」


サイトは、テンションとともにその能力を上下させるルイズの従者は、今最高の状態で戦っていた。なんと言っても、相手はサイトにとって、100%の悪なのだ。
ルイズを裏切った、それでも何か自分にはわからぬ信念に則って戦っていたワルドでも、竜に協力する紛れもない敵でありながら男が守るべき女性であるフェイとも違って、ブラッドはサイトが憎むのも、傷つけるのも、殺すのも躊躇しなくて住む相手だ。

そのまっすぐで、だけどひときわ強い感情に、ルーンは答え、強大な力を与えた。
間合いや体裁きを、経験ではなく、身体能力だけで可能とするほどに。


相手の動きを単なる人と比べれば圧倒的なまでに上昇した身体能力でかわし、その筋力から放たれる剛剣を振るう。ブラッドと同じぐらいの体長と重量を誇るフーケのゴーレムの一撃を支えられるほどの力を与えるのがガンダールヴのルーンだ。もはやここまで来ると、フェイでも相手になるまい。

壁を駆け、柱に跳ね、相手の足元に潜り込み、視界の範囲外から相手の制御の効きにくい末端のみを攻撃する。
その分、持続時間も短いはずだが、どの道強力な攻撃手段を持つもの同士の戦いだ。
それほど時間はかからず、短期で戦いは決着するはずだ。
いや、着けねばならぬ、とサイトは思う。


(いや、一気に片をつけるしか、勝ち目はねえ!)
(くそ、時間さえ稼げれば……)


巨体ゆえサイトに気付きにくい、室内ゆえに全力を出せないブラッドを、サイトはゆっくりと緩慢に、しかし確実に削っていった。


そしてそれに、壁の向こうで倒れているかもしれないメイドらを気遣って反撃できないブラッドは、対抗するすべを持たなかった。
ただ、その爪で、その牙で、できるだけ周囲を壊さないように細心の注意を払いながら、自分よりも先にサイトが倒れるように攻撃するしかなかった。





サイトが倒れるのが先か、ブラッドが倒れるのが先か。
その戦いは、たとえ自らの体が損壊しても強制的に稼動させることが出来る剣にして唯一無二の相棒、デルフリンガーを持っていたサイトに軍配が上がった。


『やったぞ! これでその忌々しい剣も使えんだろ!』
「っ!」


サイトの左腕が、ブラッドの尾の一撃に、ほんの余波程度にかすっただけでバキッと音を立てて折れた。幸いなことに、複雑骨折のように肉の外から骨が見える、というほどではないが、どう見ても剣を振るえるほどのひびが入った程度の軽傷ではない。半ば変な方向に折れ曲がってすらいる。

初めてまともに相手に目に見える傷を与えたことで、ブラッドが心の中でガッツポーズをとって喝采を叫ぶ。これで、相手はあの魔法障壁を持つ剣は使えない、これでようやくブレスがまともに当たる、と。

だが、サイトは一瞬たりともためらわなかった。不自然に曲がった腕の力が抜けそうになるのを必死で我慢して、デルフにその握り締めた手だけは離さないよう筋肉を、神経を支配しろ、と命を下す。


「があああああ」
『何っ!』


そうしておいて、折れてはいても砕けてはいない左腕をサイトは、無理やり右腕を使って力ずくでつなぎなおす。本来であれば激痛の走る、狂気じみた行為すら行って、デルフの能力によって無理やり戦闘可能状態にするサイトは、明らかに周囲と自身の身を気遣うブラッドの戦い方とは違うものだった。
デルフの「蓄積された魔法の力によって使用者の体を乗っ取る」能力の応用で痛みを消して無理やり動かしているとはいえ、そんなことをしてしまえばこの戦いが終わった後どのような目にあうか、分からないはずがないのにサイトはそれを行った。
水の指輪、という確実にその身を癒す手段がもはやこの世界にはないことすら、考えもしなかった。

それは、絶対者として君臨してきたブラッドには理解できない『覚悟』だった。


そんなブラッドの一瞬の驚愕に乗じて、建造物の陰に隠れながらも、投げ捨てていた袋から短鞭じみた棍棒を取り出して、それをさらしで左腕に固定することで折れてもろくなった骨の変わりとし、サイトは再びデルフを振るえるように自分の体を調整した。
吐き気を催すほどの覚悟がそこにあった。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
『貴様……本当に人間か?』
「へっ…………つ、使い魔だよ。最高の主のな」


疲労も、苦痛も、出血も、すべてこれ以上動かすと体がまずい、という生存本能が送るシグナルだ。
にもかかわらず、それらすべての信号を送る脳の一部すらデルフにジャックさせて自分の体を動かさせ、サイトは自らの体が壊れることもいとわず、いかなる打撃を受けようと、いかなる高温にさらされようと、いかなる裂傷に見舞われようと、まったく意に介さずに無理やり意志の力で体を動かし続けた。


『相棒…………ええい、クソ、この腐れ竜、とっとと死にゃーがれ』
『剣なんぞに言われる筋合いはない!』


そして、魔法の力を吸収して、死者をも動かす魔剣デルフリンガーは、こういった鉄砲玉じみた戦い方と異常に相性がいい。

どれほどサイトの体が壊れようと、はっきり言ってサイトの左腕が本体から切り離されない限り、たとえサイトが死のうともデルフは目的を果たす。
無論、デルフ自身は自身の最適な使い方など振るわれる側ゆえにわかるはずも無いが、そこはガンダールヴの力を付与されたサイトが見事に補っていた。


「まだまだ俺は、戦える!」
『それはこちらも同じだ、人間風情がーー!!』


戦っているのは、剣士か、武器か。
それすらわからないまま、サイトはデルフを使って最も効率のよい戦い方を常に続けた。
彼らは友でも、恋人でも、家族でもなく、二つでひとつ、ただ一振りの刃だった。
そしてそこに、竜殺しの剣が無言で付き従っていた。


常に全力で、自らの体が壊れることも厭わず全力で戦うことが出来た、戦ってしまったサイトに対して、ブラッドの守るべきものは多すぎた…………サイトはそれらをすべて置いてきたのに。

これがラスボスであるとして、すべての力をブラッドにたたきつけたサイトに対して、ブラッドにとって見ればサイトは単なる一侵入者、こいつを倒せればあとは何を犠牲にしてもいい、と思えるはずが無い。
この巣を破棄してでも、ユメやフェイを巻き込んででもこいつを殺してやる、なんて仲間を手に入れたことで足手まといを切り捨てられなくなった現代の竜であるブラッドに覚悟できるはずが無かった……たとえそのために自らの命が危険にさらされていても。



ブラッドの全力で振るわれた爪を、サイトはその剛力で受け止めながらも、自らを空中に逃がすことで受け流す。僅かに当たった爪の先端だけで、サイトの右胸からは半ば肋骨が見えるまで一瞬で抉れるが、そんなことなどまったく意に介した様子も無くサイトは、左で受けたデルフをそのままに、右の竜殺しでブラッドの手を傷つける。

またひとつ、ブラッドとサイトのお互いに刻まれた傷が増えた。


相対的に見れば、明らかにサイトのほうが重症である。
当たり前だ。なにせ、体の大きさが違いすぎる。

今この状態で、二人を放置すれば、ブラッドは確実に全快し、サイトは確実に死に至るだろう。
いや、いくらできるだけデルフが体内の血管等をある程度操作しているとはいえ、出血量からしてももはやあと十分も戦えまい。

だが、それでもなお、一瞬一瞬の戦いはサイトの優勢で進んでいく。
覚悟の違いゆえか、想いの違いゆえか、それとも自己犠牲の方向の違いゆえか。


(俺が死んでも、ルイズのためにこいつだけは殺す!)
(死にたくなどない、だが、ここで戦うわけには!)


どうしても頭の中から削ぎきれない今後のことを考えてしまうブラッドのそれは、必死になっているとはいえ、やはり油断だったのだろう。

そして、それが人が竜に勝てる唯一の方法だった。
頭部に迫る竜殺しの剣を見つめながら、最後の足掻きとブラッドはブレスをサイトにたたきつけた。たとえそれが、今までと同じくすべて相手の剣の持つ魔法障壁に阻まれると知っていても、ブラッドも死にたくは無かった。


だが、それでもサイトは強かった。
あっさりとブレスを剣圧と魔法障壁による左腕の一閃で弾き飛ばし、竜殺しの剣を持った右腕をたたきつける。自身の被害を無視して、ただ相手が倒れる一瞬後までだけ自分の体が持てば良い、という捨て身の攻撃防御。
それによってブラッドは思わず膝をつく。

そして、あと一撃、これで、これでルイズのためにこの竜を倒せる、と確信してその眉間に剣をつきたてようとした瞬間に……二人の少女の声が同時に聞こえた。


「ブラッドさんっ!」
「御主人様っ!」


一瞬その声がルイズのように聞こえて、思わずサイトの思考がとまり、剣を止めそうになる。
が、考えてみればルイズがこんな場所にいるはずが無いし、言っている内容とてルイズらしさのカケラも無い。
視線を外しそうになって、あわてて剣を振り下ろすことに集中する。

一瞬この竜にも死んだら悲しむやつがいるのか、とも思うが、そんな感情はすぐに消え去った。
もうガンダールヴの効果時間も少ない。

これが最後のチャンスだ。


(これでようやくルイズがこいつから解放される! メイジとして、貴族としてトリステインに認められる!!)


自分の知るものより遥かに辛そうに、常に何かから怯えていたような、何にも悪くないのに突然世界の悪意に晒されることとなった少女が未来を歩めるようになるのだ、という喜びのほうが見ず知らずの少女たちの悲しみなどよりはるかに大きかった。

まだ、この竜を殺した後のことなど考えられないが、きっと二人で楽しい未来が待っているはずだ。
竜を倒した俺とルイズなら、きっと二人でアルビオンとも戦える。一人孤独で戦うのはこれで最後だ、と。

ああ、きっとルイズは喜んでくれるだろう。笑ってくれるだろう。
戦いのあと自分に向けてくれるだろうルイズの笑顔を思い浮かべるだけで、爆発的な歓喜がサイトを包む。




喜びに満ちた感情に捕らえながら竜の堅い頭骨を割る勢いで思いっきり力を込めて剣を振り下ろしてブラッドの表皮を切り裂いたサイトは…………


「ぐぅああ!」
『相棒っ!』


その剣を脳天に食い込ませきる前に、クーとテファの魔法に捕らわれた。







ブラッドが危ない、と感じた瞬間、クーとテファ、二人の少女は同時に魔法を放った。
クーは、サイトをその場から何処かへと吹き飛ばすための、転移魔法を。
テファは、サイトから攻撃の意思を全て奪い取るための、忘却魔法を。
そしてブラッドも、自らのもつ血の中で最大の破壊力を誇る魔王竜に偏ったブレスを可能な限り方向を制御してサイトのほうへと吐き出していた。


転移魔法陣が放っていた青白い光がブラッドを避けてサイトのみに集中して当たり、かげろうのように空気がそよいでサイトを包む大気が歪み、そして漆黒の雷がサイトに襲い掛かった。

どれかひとつであれば、何とかデルフで受けるなり、ブラッドの巨体の陰に隠れてよけるなり出来たかもしれないが、今まさにとどめ、という瞬間に三つの異なる魔法にさらされたサイトは、何とか自分をかばう形でかざしたデルフに、ブラッドのブレスを吸収させるだけで精一杯だった。
攻撃魔法ではないクーの転移魔法も、虚無ゆえにデルフではレジスト出来ないテファの魔法もまともに食らってしまう。


「ぐぅああ!」
『相棒っ!』
「当たった!! えっと、竜に関すること、全部忘れてっ!!」
「この場から吹き飛びなさいっ!」
「…クー………テファ……」


テファが忘却の範囲を決めた瞬間に、クーが強制的に歪めて起動させた座標を定めない転移魔法陣が発動し、サイトが苦痛の声を上げる。その瞬間、ガンダールヴの力によって振るわれていた竜殺しの剣に込められていた力が反射的に緩んでしまい、剣はブラッドの眉間を僅かに傷つけるだけで止まってしまった。
デルフが必死で両方の魔法を無効化しようと抵抗するため今だ転移は発動していないが、そもそもデルフでは吸収できない虚無魔法と、ブラッドのように魔力そのものを圧倒的な力に変換して叩きつけるのではなく高度に組み上げて運用される、転移する魔法、転移されてくる魔法を補助する魔法陣全体を使ったクーの儀式魔法は、こんな短時間では解除できなかった。
それは、魔力を集めることは出来ても、それを攻撃に転化することは商会との制約魔法によって出来なかったクーが必死で考えた相手の排除方法と、攻撃などそもそも知らぬテファによる忘却、といった致命的な『攻撃』だった。


『くそ、ダメだ相棒、多分どっかに飛ばされる!!』
「後ちょっとだったのに! 後五秒、時間があれば! 畜生…ルイズ、ルイズっ!!」


焦燥の声をデルフが、絶望の呻きをサイトが発する中、テファの忘却の魔法がサイトの記憶を犯す。
一番最初に見たやつれた顔をしたルイズとの出会いが、竜の恐怖におびえる彼女の表情が、震えながら竜の脅威を語る彼女の背中が、ここに来る前に抱きしめたルイズの感触が、すべてサイトの中から流れて消えていく。


ルイズの破壊とは方向性が違うものの、間違いなく虚無、忘却の魔女の呪いだった。

あとちょっとで彼女を苦しめる元凶を排除できたのに、諸悪の根源を抹殺できたのに、竜の額にちょっとだけ食い込んで止まった竜殺しの剣に込められた力が、竜を殺さなければ、という動機とともに抜けていく。
もう、ガンダールヴの効果時間も限界だった。

抵抗の力を徐々になくしていくサイトに、ブラッドの危機にいつものような精密な制御などとても望めず、あわてて放ったテファの虚無の魔法は、必要以上にサイトの記憶を奪い去っていく。


「くそっ! 何だこれ、ちくしょーー!!」
『相棒、しっかりしろ、相棒!!』


相手の記憶の一部を忘れさせる、というその魔法の正確な効果はわからなくても、これが自らの存在にとって、ルイズへの想いのみで生き延びてきた自分にとって、致命的な魔法だ、ということは十分サイトには理解できた。
自分が今どうなっているのかも忘れていく。何を忘れていっているのか、ということもわからなくなっていく。

だが、ルイズへの想いで埋まっていた心の隙間がどんどん広がっていくことだけは理解できる。
体は限界を迎えていても、心と頭部だけは活動し続けていた。


(私が呼んでしまった竜を倒すために、協力して……お願い!)
(ねえ、サイト……何か私にして欲しいこと、無い?)
(私に勇気を頂戴……)
(絶対二人で生きて帰るんだからね、明日死んだら承知しないんだから!)


「ルイズ、ルイズーーー!!」


段々薄れていく記憶の中、それでも最後まで残ったルイズへの思い、自らが死ぬことではなく、自分が死ぬより先にルイズを苦しめる竜を倒せなかったことだけを悔やみながらサイトは、燐光の中、ルイズの名を叫びながら、どことも知れぬ場所に強制的に転移させられた。




虚無の、ゼロの使い魔はこうして竜に敗れた。




彼の力を持ってすれば、運さえよければ、竜を十分倒せた。
たとえ魔法によって竜と戦えない者でも、ルイズとマリコルヌがここにいてクーとテファの邪魔さえすれば、サイトは確実に今回ブラッドに止めをさせた。
彼らは戦闘に参加しなくても良かった。ただ、ブラッドとサイトの決闘を部屋の外で見届けることだけでも出来れば、こんな事態を招くことはなかった。

あるいはもっと大人数で、仲間と共に、主と心をひとつにして、協力して竜に挑めば、竜殺しの剣がなくても彼は勝利できたかもしれない………だが、やはり、いかにガンダールヴとはいえ、単騎は無理がありすぎた。
一人では手が届かなすぎた。

ルイズへの愛情ゆえに、古代の竜と同じ選択をしたサイトは、彼らと同じく、自らが足手まといと切り捨てた自分以外の力によって敗れ去ったのだ。



後には、


「御主人様、傷は浅いですよ!」
「ブラッドさん、しっかりして!!」
『クー……テファ……もし俺が死んだら……』
「そんなこと言わないで!」
「…………あの~」
『……宝物庫の東角にある本棚の中身だけは………見ないで破棄してくれ………がくっ』
「ブラッドさん、ブラッドさーんっ!!」
「はいはい、そんなこと気にする余裕があるなら大丈夫ですね」


殺されかけたことすらも日常の一ページとして、結構重症のブラッドと、その場で彼の怪我を心配(?)する二人の少女の姿と。





「なあ、ルイズ……」
「もうちょっとだもん、きっともうちょっとでサイトは帰ってくるんだから」
「ルイズ………気持ちはわかるし、僕だってそう思いたい。けど……もう、三日もたっているんだ。残念だけど……」
「きっと竜の首がおっきくて持ってくるのに苦労しているだけだもん。もう入り口の近くまできっと来てるんだから!」
「でも…………………………っ!!!! ルイズ!」
「サイトは、サイトは帰ってくる!! もうちょっとなんだから!」
「違う! 見ろ、空を見るんだ、竜だっ!!」
「!!!         サイトーーーーーー!!」


その数日後、竜の巣前で泣き崩れる、一人の少女の姿が残った。



その47へ

Comment

 巣作りサイドは原作どおりのんびり巣作り、ゼロ魔サイドはシリアスに――――それがドラ首クオリティ。

>『……宝物庫の東角にある本棚の中身だけは………見ないで破棄してくれ………がくっ』
 さっきまでシリアスだったのにこのギャップに吹きました。その後で泣き崩れるルイズ……何というか……。
 ところで、ルイズがサイトの死を知って泣き崩れるシーンを、別の場所に置いてみたらどうでしょうか。この場でサイトが負けるのはプロローグの段階で確定してしまっているわけですし、巣作りサイドのまったりシーンを挟んだ後にシリアスなテンションを保つのは難しいです。

 個人的には、条件次第ではドラゴンをガンダールヴが圧倒しても、別に違和感は感じないと思いますよ。ナノマシン吐いて文明リセットするモビルスーツのパイロットも、乗ってなければただの人です。竜殺しの剣を持っているなら、獣人レベルの身体能力があればブラッドと戦えるわけですし、なら、それがガンダールヴでも問題はないかと。
 この調子で完結期待してます。飛ばされた後のサイトは一体どうなるのか。あの状態で元の世界に戻ったりしたら、かなり悲惨なことになるでしょうね。これから先の展開を期待しています。
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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