スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ドラゴンに首ったけ43

その43











時間は、ルイズがエクスプロージョンを唱えるほんの少し前に遡る。

テファ、マチルダ、孤児たちらアルビオン組みは、そろそろいい時間なので店も閉め、夕食後のまったりとした家族の団欒を楽しんでいた。


「これは俺んだぞ」
「あたしが先に遊んでたのに~」
「ほらほら、喧嘩なんてするんじゃないよ、仲良く遊ばないんだったら、没収するよ」
「「は~い」」
「テファねーちゃん、ここ教えて」
「え? ああ、ここはね、こうするの」


玩具の取り合いをしたり、その仲裁をしたり、編み物をしたり、みんなに飲み物を入れてきたり。平和を象徴するかのような光景がそこにはあった。
実にまったりした気配が流れているそんな中、テファだけが時計をしきりに気にしていた。
それを見て、なんとも言いがたい表情を浮かべるマチルダ。


テファが待っているのは、間違いなくここの主の帰宅時間だろう。
あの竜のにやけた顔を思い出して、苦虫を噛み潰すような表情をマチルダは思わず浮かべてしまう。

ブラッド=ライン、いや、ただのブラッド。
種族、竜。もっとも彼らの種族の始祖みたいなものは例外なく人間を伴侶にしていたらしいため、正確には竜と人間の混血の種族らしい。
己の境遇と重ねるところを見ているのか、あの男に対する妹の反応はすこぶる良い。
それがマチルダには気に喰わない。

いや、たしかに竜ということを抜きにしてみれば、そう悪いやつではない。
自分の上司に当たるクーとか言う魔族を見てもわかるように、自分を盗賊まで陥れたアルビオン貴族たちとは違って、性根から歪んでいるわけでもなく基本的にはまっすぐなやつである。
トリステインでえらいことやってるらしいというのは聞いているが、所詮は他国のことだ。あいも変わらず引きこもり気味なテファに気付かれないようにするというなら問題あるまい。それを理由にテファの前から排除するというのなら、何より先に自分自体がテファの前に出れないし。
アルビオン王室から財宝を巻き上げていることについては、むしろ喝采を叫んでやる。

自身の力にコンプレックスがあるらしいが、それでも種族特有の己の能力に対する自負があるのだろう、時折こっちを下に見るようなことを抜かすのは気に喰わないが、自分にはさておきテファに対する態度はそう力関係を強調した嫌なものでもなく、ごくごく対等な友人関係を築けているように思われる。
実際噂に聞いた竜の力を持っているなら、あの程度の増長で済んでいるのはましなほうだと、気に食わない王侯貴族を山ほど見てきたマチルダはそう判断する。

今までエルフ、というだけで偏見の目にあい、自分たち家族以外からは排斥され続け、さびしい思いをしてきたテファにとって、初めての「家族」ではない友人、であり、同時に自分をあんな境遇から救い出してくれた恩人である、というのであれば、テファの妙にあの男にこだわっている態度も頷ける。
そこに自分が茶々を入れることで、せっかく喜んでいるテファの気持ちに水をさす必要もあるまい、とは思う。
思うのだが。


とにかく、あの目線が気に入らない。
今まで男の目というのを意識したことがないからテファが気付かなくても仕方がないのだろうが、どう見てもアレはテファの胸ばっかを見ているだろうっ!

テファと会話しているときのあの男の視線のやり場としてはテファの顔三割胸六割その他一割ぐらいの割合ではないだろうか。女性を胸だけで判断するなんて、失礼極まりない……別に、一番最初に挨拶に言ったときに自分の胸への視線を速攻外された恨みなどではなく、ごくごく当たり前の感情のはずだ。
確かに同性である自分から見ても、「ちょっとどうなんだ、何喰ってきたんだよ」といいたくなるほどご立派なものを見て釘付けになるのはわからないでもないが、だからといって胸目当てでテファと付き合う男なんて姉として許せるわけがないではないか。


と、そこまで考えたところで、テファが子供達を寝かしつけてこちらに戻ってくる途中で時計を見て、やつの帰宅時間まであと少しだ、と気付いてニマ、とほほを緩めるのを見て、そのマチルダの怒りは急激に落ち着いていった。


まあ、とにかくテファの幸せこそが第一なのだ。
彼女が満足しているなら何も言うまい。
それに、あのヒヒ爺みたいにセクハラまで至っていない以上、あそこまで目立つものに目がいってしまうことまで目くじらを立てるのも、あの男に酷というものだろう。
聞けば許婚がいるとのことであるし、この地方に永住するつもりもないらしい。そうである以上、これ以上直接的な意味でテファと結ばれることもあるまい。


今だにテファとブラッドの関係に気付いていないマチルダは、そう思って自らに納得するよう語りかけながらテファのほうを見て…………なんとも言いがたい悪寒を感じて彼女の元に駆け寄る。
彼女をそこから連れて離脱する時間はない、と瞬時に判断したマチルダは、必死で胸元に入れた杖を手で探りながら、その上にかぶさった。
その直近には、小さな炎が発現していた。


「え? 姉さ……」


テファが何事か、と不審に思って問いかける前に、ルイズの攻撃である爆発が二人を巻き込んで響き渡った。





うぇ~ん うぇ~ん
「泣いてないで! 誰か大人の人呼んでくるから、それまでテファ姉ちゃんとマチルダ姉ちゃんのことしっかり見てて!!」
「ほ、包帯、包帯は!!」
「それよりまず、消毒だろ、この馬鹿!」
「言い争ってる場合じゃないでしょ!!」
ぎゃーぎゃー
「ね~ちゃ~ん!!!!」
「っ……!」


年長組みの混乱しきった中ながらも、何とか周りを慰め、現状を収めようと必死で張り上げる声と、悲しみの中で感情を思いっきり外へと吐き出し続けている年少組みの泣き声で、テファは目を覚ました。
即座に子供達が反応する。


「っ!! テファね~ちゃ~ん!! ~~よがっだ~~」
「ダメ! 姉ちゃんに触っちゃダメ! 傷口が開く!」
「え? ……なんで…私……」


テファが目を開けたことですがり付いて喜びをあらわにしようとする子供達を、その彼らよりもほんの少しだけ年を重ねた子供達が、喜びはそのままに、だけど今もってテファが大怪我をしていることは代わりがない、と目に涙をためながら、このままテファが永遠の眠りについてしまわないように必死で声を張る。
その声に囲まれて、ゆっくりと周囲を見渡したテファは、自身の全身を覆う真っ赤な色した液体と、激痛に気がついた。


「いたっ! え……なんで? どうしてこんな……」
「ねーちゃん、いいから、魔法魔法!! 早くっ!」


比較的怪我の少ない手をとって、タニアがティファニアを促す。その手には、母より譲られた水魔法のこめられた指輪があることにようやく気付いたティファニアは、確かに痛いなあ、などと現実感を喪失した状態で、ゆっくりと呪文を唱えていった。
指輪からにじむ出るような感じで出てきた光が、ゆっくりとテファの体を包み、癒していく。


「痛、いたたたたたた」
「だ、大丈夫、お姉ちゃん?」
「しっかり!!」
「がんばって~~」


傷口がふさがっていく瞬間瞬間に、ようやくティファニアの体は痛みを思い出したかのようにテファに痛みの信号を送っていく。それに悶えながらも、何とかテファは体の傷をすべて塞ぐことに成功した。
自ら呪文を唱えられるほど怪我が軽くてよかったというものである。


「……痛かった…」
「姉さん! 治ったばっかりで悪いんだけど、マチルダ姉さんも!」
「えっ!?」


何でこんな怪我したんだろう、などと記憶を呼び戻そうと頭を捻っていたテファだったが、そのタニアの声で慌てて周囲を見渡す。

すると、自らが寝ていた場所とそう離れていないところに、見るからに自らよりも重症な姉の横たわる姿があった。とりあえず四肢はついているし、何処かにでかい穴が開いているわけでもない。
ただ……火傷が酷い。一部はもはや炭化しているといってもおかしくないほどの重症だ。
荒い呼吸とともにその手には今もきつく杖が握られているから生きているのは確かなのだが、その顔色は青く、どう見ても楽そうな状態ではない。


「ね、姉さん! どうしてこんなことにっ!」
「そんなことよりも、早く!!」
「う、うん!!」


慌てて己の指輪の力を最大限引き出そうとするテファ。
残り少ない込められた力が搾り出されていくことで、指輪が僅かにきしむが、そんなことにはかまっていられなかった。
姉が、マチルダが!

必死で呪文を紡ぐ中、テファはようやくなんで己と姉がこんな怪我をしたのかを思い出してきていた。

空中に突如生じた爆発から、姉は自分をかばってくれたのだ!
姉が自身をマントで包み、それに全力で固定化を掛けながら自分が覆いかぶさることで、身を持って楯になったことを思い出したテファは、姉の生死を思って指先が震えるのを感じながら、必死で呪文を唱えた。


無論、テファが助かったのはそれだけではない。
ハーフエルフ=半分は人間であるがゆえに、『人外』を対象とした虚無魔法の効果がわずかばかりに減少したこと。ブラッドの精をそれなりの回数受け続けたため元よりかなり体が丈夫となっていたこともその一因ではあるが、マチルダがかばったことが大きな原因となったのは紛れもない事実だ。

だからこそ、彼女は今こうして立っていられる。
元気に呪文を唱えることが出来ている。

指輪についた石が徐々に力を失い、溶けていくのを祈るような気持ちで見つめる。



(もう少し、もう少しだけ力を貸して、母さん。私の家族を守るために、もうちょっとだけだから……)



天国にいる母にその祈りが通じたのか、マチルダの外傷をほとんど塞ぎ終わった瞬間に、母よりもらったエルフの秘宝、先住の水魔法がこめられていた宝石は解けるように消えていき、後には台座だけが残った。


「やった、なおった!」
「マチルダ姉ちゃん、生き返った!」
「起きろよ、おい!」
「こ~ら、止めな! 顔色もよくなったとはいえまだ何があるかわからないんだから」


子供達の声どおり、マチルダの意識はまだ戻っていないものの、顔色はずいぶん良い。心臓の鼓動も落ち着いてきたし、体温も戻ってきている。
油断は禁物だが、この状態であればきっと大丈夫だ、と自身の魔法の効力に確信を抱いて、ほっと吐いたため息とともにテファは呟いた。


「ありがとう、母さん……」


だが、その部屋全体に流れるほっとした雰囲気も、つい先ほど部屋を飛び出して助けを呼びに行っていた子供が帰ってきたことで一変した。


「みんなが、みんなが!」
「えっ!」


子供の体力ながらもずっと走り続けてきたのだろう。
荒い息を吐きながら同じ言葉を繰り返す少年が何を意味しているのか正確に把握していたものは誰もいなかったであろうが、彼が伝えたかったであろう異常事態が生じた、ということはすぐに皆に伝わった。

その彼の言葉を補足するかのようにメイドの一人が部屋に滑り込んできた。


「テファ様、無事ですか?」
「え……あ、はい」
「! あ~よかった。今、ここがどうなっているかご存知ですか?」
「いえ、よくは……」
「なんか、人間以外を憎んでいる人間が外から魔法を掛けたらしく、そこらじゅうで爆発が起こっているんで心配したんですよ……エルフは除外されたのかなあ?」
「っ!!」


戦闘に関わらないメイドにもかかわらず、たまたま趣味の通信教育(テキストはバインダー式で使いやすい)によってとった必殺無効スキルを持つメイド5号の声に、テファがびくりと体をすくませる。
人間以外、ということは……


「ブラッドさんは? ブラッドさんは無事なの!?」
「え? あ……そういえば、そろそろ帰ってくる時間だったような気が……」
「!! 姉さんをお願いします!」
「え? あ? ちょっと、 テファ様?」


メイドの暢気な声を聞いて、一瞬テファはマチルダのほうを見たが、その息が安定していることからもはや危険はないと見るや否や、慌ててブラッドの帰ってくる場所である転移魔法陣のところまでダッシュで掛けていった。




「ご主人様も必殺無効能力持ってるからそんなに心配しないでも大丈夫ですよ~……って、いっちゃった……」
「テファ姉ちゃん……」


メイドと子供達が背に掛ける声にも気付かず、テファは一直線にブラッドの元へと駆け出していった。
どうしよっか、と声を出した子供と目と目を合わせるメイドの前に、メイドが入ってくる直前に部屋に戻ってきた子供がおずおずと声を掛けた。


「あの……メイドの姉ちゃん…」
「? どうかした?」
「その……姉ちゃんの友達があっちで……」
「あ~~~!! 忘れてた~~~」


彼女は必殺無効スキルを持っているから無事だったが、そもそも基本的に彼女らは非戦闘員なので、そんなの持っているほうが少数派である。当然、大多数のメイドたちはあの爆発の直撃を受けているはずだ、と子供達よりメイド5号のほうが後に気付いた。薄情な女である。
そんな薄情な声を受けて弾けるように駆け出した子供達が見たものは………


「いたいいたいいたいいたい」
「きゅ~~」
「もう……駄目…」
「あちゃ~、やっぱりこうなってたか……」


服や髪の端が焦げてぼろぼろになりながらも何処か余裕のある言葉を呟くメイド少女の集団だった。基本的には全員コメディ担当なので、命中する瞬間に「やられたー」とか喋って無効化したのだろうか?

無論、そんなわけはない。

真実はこうだ。
彼女らはギュンギュスカー商会の社員であるが、同時に客の要望があれば売り渡される商品のひとつでもある。
そのため、情に負けて商会にとって不利益な行動をとられないよう派遣先のものとの性交渉は禁止されているし、商品価値が下がるようなことを商会が許さないがために体に大きな傷がつくような戦闘行為は出来ないよう攻撃系魔法は許可なしでは封じられている。
そういった、商品保護の一環として彼女らの身に着けているメイド服や執事服は即死を阻むよう簡易結界が張られている。
無論量産品ゆえ性能はそれほどたいしたものではないが、基本的に彼女たちは全員魔族なので素の生命力もそこそこある上に、ほぼ全員ブラッドのお手つきでもある。
竜の精によって強化された魔族の体力で結界によって減じられた虚無を何とか耐え切ったのか、グロッキー、モンスターたちで言うなら戦闘不能にはなってはいても、全員死亡まではしていないようである。
慌てて駆け寄った子供たちも、見た目とは裏腹に割りと元気そうな彼女らを見て気が抜けたように座り込んだ。
彼女達を見て、メイド5号は呟く。


「ひょっとして、明日の仕事私たちだけでやるの?」


侵入者が一人である、と言うことを入り口に仕掛けられたセンサーで知っている、「生き残った」メイド達には結構な余裕があった。

どうせ今回も単なる普通の侵入者だろう。こんな魔法があることにはびっくりしたが、それでもテファや捕虜たちが無事なら特に問題はない、という思いが頭にあるからだ。
いくら今巣の財政状況が厳しいとはいえ、一人でなら持ち帰れる財産にも限りがあるし、アルビオンなどから巻き上げた財産だってまだ残っているはずなのだから、痛いとはいえ別に特に問題はないはずだ。モンスターが大勢死んじゃったのはちょっと心が痛むけど、とその程度。商会としては売り上げが上がるからひょっとしたら連隊長なんか喜んでるかもしれないな、と所詮はいつもの日常だった。

今だ唯一の侵入者であるサイトの狙いがブラッドの命である、ということを知らない彼女達は、早々と宝物庫を守ることをあきらめて、事後処理のために動き出した。


そしてそのことが、フェイを突破したサイトをやすやすとブラッドのいる転移魔法陣の上まで導くことになってしまった。






そして、マチルダがテファをかばって倒れたときとほぼ同時刻。


「っ、今のはなんだったんだ?」


突如厨房全体に響き渡った轟音と激光に思わず座り込んでしまい、包丁を取り落としそうになったマルトーが慌てて包丁を握りなおして調理台の下から出てくる。
今日はここの主が帰ってくるのが遅くなる、ということで夕食の時間帯もずれ込んでいたため、こんな時間にも晩餐の仕込を行っていたところをこの衝撃である。こんな時間帯にまさか侵入者でもあるまいし、と思ってあたりを見渡してみると。

同じく調理を行っていたはずの獣人の少女、ユメ=サイオンの姿が見えない。そして、彼女のいた辺りの調理器具が焼け焦げて、吹き飛んでいる。
慌てて駆け寄るマルトー。
自らすら認める料理の腕を持つユメがまさかこんな冗談のような事態を引き起こしたとは考えにくいが、状況から察するに、彼女の料理がまさか爆発したのか……とおもって顔を引きつらせながら近づいたマルトーの目線の先には、外傷がまったくない状態で目を回したユメの姿があった。
まさか彼女がメイドたちのような失敗をするなんてな、とあきれた表情を見せてしまうのも、今まで何人ものメイドが料理に失敗して鍋を爆発させてくるのを見た彼からすれば仕方があるまい。

と、そこに、またしても一人のメイドが駆け込んできた。


「マルトーさん、ユメ様、無事ですか?」


必殺、という名前の技をどうしても持ちたくて練習してたら必殺無効をいつの間にやら覚えていたメイド22号が、厨房の中に駆け込んでくる。


「おー、ユメ嬢が鍋ぶっ壊しただけだぁ」
「はい? 鍋? 侵入者の魔法攻撃じゃなくて?」
「はぁ?」


侵入者と鍋に一体どのような因果関係があるのか、今の時点のマルトーではまったくもって理解できていなかった。





事情を聞いてマルトーは顔を青ざめさせた。
なんと、ユメ=サイオンは料理の失敗によってこうなったのではなく、何者かの攻撃によってこうなったというのだ。

改めて、ここが全トリステイン住民から敵意をぶつけられる悪の竜の住処である、ということをマルトーは実感する。それと同時に、つい先ほどまで己が作っていた料理を食べる対象であるブラッドのやってきた所業についての噂がフラッシュバックする。


「ユメ様は、見た感じは無事みたいですね。まあ、御主人様の攻撃食らっても二、三日で治るぐらいだし、問題ないか……」


そういえば、彼女は竜に敵対する血族の一員であり、初対面時には以前見せてもらった剣を使って今の主と殺しあったのだったな、と肩を並べて厨房を担当するうちに聞き及んだユメの経歴について思いをはせる。
特にフェイみたいに常日頃から鍛えているわけでもないが、それでも獣人という異種族。やたらと頑丈な彼女だったからこんな爆発を受けてもほとんど外傷は見られない程度で済んでいるのであろうが、これが自分だったら、と思うとマルトーは背筋の凍る思いを感じる。

これほどのことをやりたいほど竜を憎んでいる相手がおり、また怨まれても仕方がないことをしているのだと改めて肌で感じたマルトーは、思わず自らの体をそのぶっとい腕で抱きしめてしまう。ユメ=サイオンのように竜を殺すためだけの種族が作られた事だって、結局はそれほどまでの恨みを買うようなことを竜がしたからということの証明ではないか。
竜殺しの一族が神族、魔族との勢力争いによって作られた、ということを知らぬマルトーにはいかにもその考えが正しいように思えた。


そんな彼を置き去りにして、メイド22号がよいしょ、っとユメとメイド達二、三人(厨房とは別の下ごしらえ用の部屋でこちらも目を回して倒れていた)を背負って、マルトーに一声掛ける。


「なんか、侵入者、結構近くまで来ているらしいのでマルトーさんも気をつけてくださいね」
「あ…ああ」
「それでは、私はユメ様たちを治療室に連れて行きま~す……あ~いそがしいそがし。明日だったら私魔界に報告に戻ってたのに、何で侵入者さんも今日来るんだか」


彼女が去っていったのを見て、改めてマルトーは周囲を見渡す。
古今東西の調理器具に、ありとあらゆる野菜に肉、魚介に果実という新鮮な食材、百とも千とも言い切れぬ日々増え行く調味料の数々。
自らの誇らしい職場の品々が、マルトー以外誰一人いなくなった厨房で静かに「料理」という名の芸術に仕上げられる時を待っている。



しかし、自らの耳にはまだあの竜の行ってきた数々の非道の声がこびりついている。
自らと同じトリステイン国民の上げた、怨嗟の声が胸に残っている。



基本的にあの竜は人間の姿をしてマルトーの前に現れた場合、そう悪行を働いているわけではない。自らに直接的な危害という形で手を出されることは、少なくともここで料理を続けている限りないであろう。
魔族、エルフと呼ばれるこの職場でともに働く少女達も、気のいいものばかりだ。
異種族だから、といって隣人を拒むことなど間違いであった、と思わせられるほどに。


だが、彼らは間違いなく人類の敵なのだ。
自らの暮らしてきた社会と国家を破壊する、侵略者なのだ。
所詮、エルフはやっぱりエルフであり、あの幼いころから聞いていた人間の敵なのだ。

その彼らから、今なら逃げれる。誰にも気付かれずに、逃げ出すことが出来る。ことによっては竜の暴虐に苦しむトリステイン王国を、そこに住む平民達を、自らが助けられるかもしれない。
自らの理想の職場と、絶対に許せぬ侵略者がともに存在する竜の巣。
そのことを、自らの目の前に直接的に突きつけられたことで、改めてマルトーは選択を迫られることとなる。


これでいいのか? 自らだけ安穏と暮らして国を見捨てるのか?
これでいいのだ! 料理人としてこれ以上なにを望むものがある?


相反する二つの感情が互い違いにマルトーの耳元で怒鳴りつける。
以前先延ばしにしてからもずっと頭の何処か一部には居座っていた結論、料理人として竜とともに生きられるのか、ということについて、マルトーは学のない頭なりに必死に考えた。






考えに考えた挙句……マルトーは吹っ切れたかのように料理を作り出した。

ものすごい勢いで野菜を切り分け、泡だて器で卵白を混ぜ、一週間ほど前に絞めて熟成させていた豚肉をオーブンで野菜ともどもブロックごとローストする。鍋に下ごしらえの済んだ魚介類をぶち込み、酒と調味料を入れて蒸し焼きにしていく。
ユメと二人で試行錯誤して作ったプディングを保存庫へと入れて冷やし固め、メイドの意見を聞いて新たに考案したドレッシングを混ぜ、野菜へと彩っていく。
メイドたちが好きだといった料理は多めに作り、ブラッドが好んだ料理は火にさえかければ熱々の状態で届けられるほどに仕上げる。
ここに来るまでに習い覚えたトリステイン流とユメの料理を組み合わせて作られた、まったく新しい料理が次々と完成していく。どれもここの従業員と主が好んだレシピだ。

すべての食材、調味料、調理器具を使い潰しかねない勢いでマルトーはたった一人で厨房をにおいと味で埋めていく。
トリステイン学園時代でも出さなかった高級料理から、労働者階級ぐらいしか食べない庶民料理まで、そこにはマルトーの知りうるありとあらゆる知識と経験がつまった料理が次々と並べられていった。すべてに共通するのは、手早く出来る、または後は誰かが火にかけるだけまで調理過程が進んでいる、といった条件だけで、猛スピードでマルトーは料理を作っていく。

やがて、すべての皿という皿に料理が載せられ、すべての鍋という鍋にまでも自らの技術が詰め込まれたところで、マルトーの動きはようやく止まった。

あたり一面においしそうな匂いの料理が並ぶ現状に、マルトーは満足げに微笑む。
これこそ、自分の生きがいだ、と。


そして、ふう、と額に上った汗を拭って、ほんの一瞬だけ休憩をとった後、マルトーはこの厨房の総料理長の証であるコック帽を脱いだ。エプロンも畳む。
すでに洗って置かれている、自分が持ち込んだ愛用の料理器具に一瞬だけ目を向けるが、マルトーは決心するかのようにそこから目を離す。




結局マルトーは、自らが育った国を、人間としての立場を見捨てられなかった。
料理人として最高の環境を捨ててでも、祖国のために、竜の暴虐に苦しむ同胞達のために何かをしたかった。
だからマルトーは、脱いだコック帽とエプロンをその場において、厨房を出て行った。
後ろはもう、振り向かない。


目指すは、ユメ=サイオンの部屋。
彼女自身が語った対竜用の切り札、竜殺しの剣がそこにある。


後ろに自らが知る限りのありとあらゆる料理を残して、マルトーは自らの理想郷を走って出て行った。



その44へ

Comment

非公開コメント

プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。