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梟森3

二刻後




「ならぬ」
「殿………」


 任務を終え、その報告を終えてもなお、立ち去らぬ月光が当代織田信長に願った事に対する当代の答えである。そしてそのことに、居並ぶ武将達もむしろ当然といった表情を変えることはなかった。織田家の万能世話役妖怪である3Gは痛ましげに月光を見て、当代に声をかけるが、その政治家としての心の内を長い人(?)生経験で理解したのか、実際にその非難を口に出す事はなかった。
 月光の願いはそれほど実現が難しい事ではなかった。ただ単に、任務中に拾った赤子を自分の手で育てたい、というだけのものであり、特に織田家への不忠や困難を感じさせるものではないものであった。赤子にほだされるなどと、いつもの月光らしくは無いものの、里の新生児だけでは補充が難しいくのいちが増える事は里のプラスになる事も考えれば、それほどおかしなことではない。
 
 つい先ほどその危険性を認めて排除した甲賀忍を、抹殺もせずにのうのうと生かしておくという事は確かに将来の禍根になる可能性が無きにしも非ずだが、何せ赤子。
今後の教育しだいで如何様にもできる上に、個人戦闘を得意とする伊賀忍に比べて、甲賀忍の真骨頂は集団戦における連携といえる。たとえ真実を知ったとしても、血統から言って高坂のような例外でない限り月光ほどの才能限界と技能レベルは持ち得ないだろう。たかだか赤子一人という事で軽視する事は確かに危険ではあるが、同じ忍びである月光がそういった手抜かりをするといったことは考えにくい。
で、あればこの大任を果たした忍びが珍しく自ら願いという弱みをさらしたのだ、犬につける鎖の意味でもたまには餌をやったほうが良いのではないかと思った家臣も列席する中にはいた。


 だが、それ以外の家臣の頭の中にあったのは、忍び風情が付け上がるな、という一点だった。
忍びは狗、忍びは道具、忍びは影、忍びは消耗品。
武家に対して公然と餌をねだるなどと身の程を知れ、という事があり、提案の内容以外の面で月光の願いは大多数の家臣からは非好意的な目で見られた。
 そして、その家臣団を束ねる当代織田信長は、さすがにここ数年ですざまじい勢いで領地を拡大しているほど優秀なだけあって、忍びをそれほどまでに消耗品としてみることはなかったが、同時に家臣団の冷たい感情を無視して月光に将来の禍根を育てさせる事に利は感じなかった。優秀な政治家でもあるからこそ、家臣たちとは違った意味で反対の言を述べたのだ。


「将来の禍根をわざわざ残しておく必要なぞない。この場にて首を刎ねい」


 その言葉に下座にて頭を地に擦り付けながらも、月光は一向に動こうとしない。視線を移すと、その腕の中にはきゃらきゃらと笑う赤子。
 改めてその愛らしい姿をみて、そこまでする必要はないのではないかと思い始めるものもこの場に少数ではあるがいたのだが、当代信長はそんな感傷なぞには動かされない。


「早ようやれ」
「………………」
「あの、……父上…………いや、なんでもありません」


 本人も何故ここまで主の言葉に従えなかったのかわからなかった。しかし、それでも刃を振り落とさなかった月光と、その腕の中で笑う赤子を見て、口を挟んだものがいた。
織田上総介、後に魔人殺しの英雄、鬼畜戦士ランスと出合うこととなる次期織田家当主の声だった。元服を済ませたばかりであった上総介は、いかに敵の子とはいえこのような赤子を殺すまでしなくてもと、父の決定に口を挟んだのであるが、その鋭い眼光を見て黙り込む。

 そのことがさらにこのからだの弱い息子が自分の跡を継ぐことになるということに危惧感を抱いていた当代織田信長の感情をさらに刺激した。確固たる信念があるのであれば、きちんと言えばいいのだ。言えないのであれば、最初からこの大勢の配下がいるところで口を開くべきではなかった。
剣の腕こそ立つものの、この戦乱の世でそのようなたわけた態度でいるから尾張の大うつけなぞと各国で言われるのだと上総介に対する苛立ちも交えて重ねて月光に命じる。
 それに促されるかのように月光が口を開いた。信長は、月光が自分の命を果たすであろうと確信していたし、その確信に足るだけの歴史が月光と信長の間にはあった。
が、月光は予想外の行動に出た。


「……信長様」
「何だ」
「御前にて、しばしのご無礼をお許しください」


 そう一声かけると、月光はいきなり腰に差された忍刀を抜き放った。
子を殺すならば懐刀だけで十分なはず。そのいきなりの兇状に一気に諸侯はいきり立った。自らも刀を抜き、主君の前に立ちふさがり、その身を張って守ろうとする。その中には元服時に上総介の側近として取り立てられた若き勝家や乱丸もいた(ちなみに、キンカ頭はびびって震えていた)。


 何やらこの赤子に思い入れのあるらしい月光が、信長の決定を不服として謀反をたくらんだのかと思われたのだ。
 忍びとはいえ、月光は技能レベル2。当代の伊賀忍軍頭領は才能限界も、現在レベルもかなり高い。ひょっとすると、信長や勝家をもしのぐほどに。

つまり、この場にいるものの大半よりもそうとう強い。その月光が暗殺を目的に信長たちに向かってきた場合、止める事は困難だと大半の武士は知っていながら、それでも主君への忠誠を示すため、信長や上総介を守るために席を立った。


「月光殿、いったい何を!」
「月光! 貴様狂ったか!」
「狗風情が何をする」


 いっせいに諸侯が非難の声と殺気をたたきつける中、月光は平然と当代を見ていた。その視線を受けて、すっと手を上げて諸侯を抑えた信長は、月光と並んで冷静な表情でその暴挙とも言える月光の動作を許可した。


「かまわん」
「はっ……では、失礼いたします」


 そう一声信長にかけると………………月光は、忍刀を左手に抱く赤子の方へと向ける。その様子を見て、諸侯がほっと息を吐く。信長の意を受けて、ここで派手に殺して見せようということだろう。その行為に3Gのように良識あるものは眉をひそめたが、ここ数年の平穏を受けて、そういった娯楽に餓えていたものも織田家の中にもいたのは事実だった。
 思わず上総介を含む何人かは信長のほうを見たが、その視線を向けられた当人は、そのことに対して満足も、不快も示さなかった。
主の許しを受けたと感じたのか、眼前で起こるであろうショーに笑っていたものがなおも笑みを強くする。

 自らの方へと刃を向けられた赤子は、そんな己の状態を理解していないのか、そんな状態でも満面の笑みを月光に向ける。絶対の信頼を示すその表情を受けても、月光の顔色は変わらない。
 そんな冷酷な忍びに、無垢な命が今まさに無残に刈り取られる様を思って、何人かが目をそむけ、何人かが楽しみの笑みを浮かべた後に、その刃は勢いよく振りあげられる。かすり傷でもつければ何の抵抗力も持たない赤子の命なぞ、一瞬で奪い去る事の出来る毒刀をもってして、傷つけるなど生ぬるい、相手を切り落としてみせようという意思をはらんだ勢いだった。


 ざしゅ

 肉を切り裂くにぶい音によって、おもわず眼を瞑っていた何人かが、その直前からあたりで生まれた驚愕を含んだ息をのむ音に、恐る恐る目を開く。


その先にいたのは、その毒をはらんだ忍刀を…………赤子にではなく己の腕へと振り下ろした月光だった。
かなりの勢いで振り下ろされたそれは、その勢いを保持したままあっさりと自らの主の左腕を切り飛ばす。

くるくると、くるくると、血で出来た粘性の糸を引きながら、月光の左腕がいまだに赤子を抱いたままで、何も無い空間を舞う。
その、唐突で、衝撃で、戻りえぬ行為に、謁見の場で一切の音が消える。
きゃらきゃらと声を上げて笑っていた赤子すら、いきなり空中に放り出されたことに驚きを感じたのか、笑い声まで途絶える。

 今の世は足利の天下の下、各国が暗躍していながらも戦争自体は起こっていない。
それなりに動乱は生みつつも表面上は平穏を見せているこの世は、戦の機会が少なく、あったとしても巫女の働きもあって死なない限りは片腕がなくなるといった重傷は戦争においてすらめったに無い。実際に現在の大国においてもそれなりの実力で身体に不虞があるものは、ただの一人、リーザス王国の将の一人、バレス=プロヴァンスのみである。

 そんな世界でわざわざ巫女ですら回復できぬ文字通り一生ものの障害を自らに与えた月光は、自らの腕はそのままに、左腕に抱かれていたがために勢いに乗って宙をさまよっていた赤子だけを残った右腕で抱きとめる。
急にぬくもりが無くなり、泣き出しそうだった顔から、再び笑い声が生まれた。
 切り落とされ、宙を舞った肩から先の左腕が、主に受け止められもせずぼとりと畳の上に落ちて再び赤子の笑い声が響くまで、誰一人、当代信長すらも動く事ができなかった。


「頭領!」
「月光様っ!!」
「……下がれ」
「「! ……はっ」」


 と、次の瞬間、部屋の上で控えていたお庭番衆が月光を気遣って飛び降りてきた。彼らにとってみれば主こそ織田家であるが、実際に織田家の中で低い立場にある自分達を保護しようとしているのは、頭である月光なのだ。
ましてや、月光はその卓越した才能と技術により、今まで敵に一撃たりとも与えた事がないその腕を、自ら失わしたのだ。あわてて治療をしようと道具を持って駆け寄ってくるものもいた。それが自らの現在における主の不興を買うかもしれないと知ってもなお、彼らは月光の身を気遣った。

だが、それら配下の気遣いの声を受けてもなお苦痛を耐え、低い落ち着いた声で返した月光の命に反射的にしたがって、忍びの本分を思い出した彼らは影へと潜みなおす。意味は理解できないが、ここで自分たちが騒ぎ立てる事はなにやら頭領の思惑の邪魔をすることだと瞬時に察知してのことである。

 そんな月光を頭に忍びたちの影とも思えぬ、気狂いともいえるような騒乱振りに対しての諸侯の驚愕といぶかしげが混じった視線と、当代信長の厳しい目を受けてなお、月光は苦痛に耐え、自分の言を搾り出す。
 早く治療をしなければ、訓練を受けている忍びといえど忍刀に仕込まれた毒がからだに回るとわかっていながら、その平伏姿勢を崩さない。


「これより、この子は……我が左腕にございます」
「「「!!………」」」


 そう一言述べて、再び深々と地に擦り付けんばかりの頭を下げる。出血は、いまだ収まらない。赤子のぬくもりだけが失ったものの痛みをやわらげてくれるように思えて、月光はぎゅっと抱きしめる。


 笑い声は、消えない。


その小さな指が、月光に残された唯一の腕の忍び装束を、きゅっと握り締める。


その月光の覚悟と姿に、諸侯の中でざわめきが起こる。
 狗だ、道具だ、と思っていた忍び風情が、敵だった赤子一人の命を嘆願するために、今まで敵に傷一つつけさせなかった自らの片腕を切り飛ばしたのだ。ある意味命よりも名誉、自らよりも主君を重視する武士道に通じるところがある。狗と軽んじる気持ちまでは早々変わることは無くとも、ある程度は忍びを認める気持ちの萌芽が武士達の胸のうちに生まれ始めてきていた。
その気迫を受けて、月光に免じてこの赤子を生かしておくべきではないか、というように感じ出すものも出てきた。腕一本と見知らぬ赤子一人を引き換えにする、他国に喧伝できるほどの美談ではないか。
その雰囲気は普段自分たちが勝手に蔑んでいる忍びのことを一時的にだけ棚に上げて忘れた武士の、この場における一時の感傷でしかないのかもしれないが、徐々に広がりつつあった。

 月光の行為を受けて、謁見の間の空気が微妙に変わったことを敏感に感じ取った当代信長は、月光の行為を受けても眉ひとつ動かさなかった顔を破顔し、その血なまぐさい匂いを吹き飛ばすかのような勢いで不敵に笑って言った。


「ふわっはっはっはっは………ならば、最強の腕として育ててみよ」


 ここまでの覚悟を見せた忍びの願いを聞いたとしてもこの場にいる誰も文句を言わないであろう。ましてや、やる前ならばさておきすでに切り落としてしまった以上、月光が弱体化したことは間違いない。織田家としては伊賀忍軍の戦力低下はこれからのことを考えると何としても避けなければならない。これで聞き入れなければ表向きは何も言わないであろうが、先ほど降りてきた伊賀忍び達にもいい感情を与えないだろう。
ならば、ここで月光の言を退けて諸侯の反感と伊賀忍軍に反目の目を生みながら僅かな危険性の目を摘むよりも、受け入れて度量の広さを見せたほうが領主としては得である。そう瞬時に判断しての発言だったが、それを理解しているのかしていないのか、とにかく自分の願いが聞き届けられた事に月光は再び深々と頭を下げる。
 いや、しているのだろうと信長は思う。自分とこの男との長きに渡る信頼関係は、この程度のことで揺らぐはずも無いとわかっているのだから。


「御意」
「うむ、下がれ」


 その声を聞くと、月光は赤子を救うために信長に捧げた、切り飛ばした左腕をそのままに、残った片腕で赤子をしっかりと抱いてその場から消え去った。天井裏に潜んでいた何人かの忍びがそのまま月光を追っていくのを感知しながら、当代の織田信長は、「治政とはこういうことだ、理解しろ」という意味を視線に込めて、月光の覚悟に当てられて未だ青い顔をしている次代の織田信長の顔をため息を交えながらも見つめた。



 世は動乱。
こうして、後に月光の唯一無二の片腕となるくのいち、しのぶはこの世に生を受けた。





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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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