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悪徳の宴・14










どこまでも、どこまでも青い空だけが、同じだった。






空を見上げていた青年が立つのはミッドチルダの一角。
ロアでの荒野や石畳からアスファルトに、周囲を囲うのは木々や石造りの砦ではなくガラスとコンクリートのビル群に変わっていた。


己をメッツァー・ハインケルではなく、メッツと呼んでいた路地裏の兄弟たち。そして、それさえ呼べずに舌足らずにメッと呼ぶあの少女の声の響きも、今の彼はもうほとんど覚えていない。
寒くなると体調を崩していたほどからだが弱かった、ある日高熱を出したが最後、薬さえ手に入らぬ環境で骸となったあの少女。その苦痛へのせめてもの慰めにと赤い果実を盗みに行ったまさにそのとき、亡くなってしまったがために死に目にも合えなかったあの少女の眠った場所。
霙が交じりつつあった冷たい澄み切った空を見上げるしか出来なかったあのころ。
あの街の生活廃水の垂れ流された臭く汚い小川にかかる石造りの水道橋。暑くなれば虫が沸き、寒くなれば霜が立つ。孤児だったころに逃げ込むように隠れ住んでいたそんな劣悪な環境はもはや彼とは縁遠いところにある。


あの時、どれほど願っても叶わなかった自由に生きる力をついに手にしたのだ。
橋の下にいたときに出来なかったこと、やりたかったことをすべて試した。
不可能など、何一つ無かった。
それはきっと、魔法を手に入れ、女を犯し、世界を支配したこれからも変わらない。


今の彼が望むのであれば、天蓋つきの絹の布団に包まって過ごす事も、豪奢な絨毯の上に女体で作った椅子に座りふんぞり返る事も出来る。それこそが、複数の次元世界に渡り侵略を繰り返した上で築き上げてきた彼の力の結果である。
だが、横から来る腐った風さえ防げずにただ雨を凌ぐことしか出来なかったかつての住処から睨むように見上げていたのと同じ眩しい空の色だけは、今も変わらず彼の頭上にあった。
それはまるであのときの空のようで、彼に「まだ足りぬ」「もっと奪え」と囁く。
そしてそれを自重する気など、その必要など、欠片も無い。


「メッツァー様」


それを祈るように、歌うように、後押しするように、穏やかな音色の中にもひたすらの忠誠が乗った声が銀髪の青年の耳元に届いた。
かつて、どうしても欲しかったものの一つ。
振り返ると、そこには彼の無二の忠臣の姿が当然のようにあった。


「ココノか……整ったのか?」
「はい、メッツァー様。プロダクト部隊、下魔部隊共に準備できました。また、『彼女』の調整も十分です」


彼の目が己を注視したことで深く深く頭を下げた少女は、やがてさらりと流れる金髪をかき上げる事もせずに頭を起こしまっすぐに彼を見つめて、彼に命ぜられたことの準備がすべて終わった事を告げた。
その瞳には一切の迷いはなく、口元には僅かばかりの媚態を示す笑みさえ浮かんでいた。

そんなココノを見て、ふとあることを思い出したメッツァーは、唐突に彼女に顔を寄せる。
広げた腕の片方で彼女の腰を抱きしめ、もう片方ではその豊かな胸に押し当てて弾力を楽しむ。

だが、その突然の行動に見開かれていた青い瞳は、すぐさま長いまつげに縁取られたまぶたによって覆い隠される。
それを当然のように受け取って、メッツァーはココノの唇を奪った。

突然に行われた口付け。
手のひらにはその柳腰の繊細さとともに、肉感的な女体の重さ、そして唇をふさぐ何物にも耐え難い柔らかさが残り、それら全てを嬲るも壊すも己の自由に出来るということの素晴らしさを全力で主張してくる。
それは彼女を手に入れたあの日の興奮、それがそのまま蘇ったかのようにまさに貪るという表現に相応しいほど荒々しいもので、ともすればがっついているようにも見えたが、それさえもココノはうれしげに受け入れる。

やがて、唇を離す。
それでもなおうっとりとまぶたを閉じたままの少女のおとがいを指で己の方に向けながら、メッツァーは囁いた。


「目を開けろ」
「はい」


ゆっくりと開かれるまぶた。
そこに秘められていた、紫水晶とも瑠璃とも違う瞳が、まっすぐにメッツァーを見つめる。
それを覆うかんばせは、あまりに白い傷一つない肌。血の通わぬ大理石とはまるで違った柔らかさとぬくもりを持ったその肌の色は、なんとも官能をかき寄せる。
流れる金の髪はある程度纏められているものの、それでもそのしなやかさを忘れることは出来なかったのか、一筋だけ乱れ、頬にかかっている。

どこまでも、どこまでも美しい少女だった。
女神が力を貸し、悪魔が狙うに相応しいだけの美貌を十分持つ少女の姿は、彼女が彼と行動を過ごすようになってしばらくの時がたった今となってもなお衰えを見せていない。

その美しさを見てメッツァーは満足げに唇の端をあげたあと、再びこの「己のもの」である少女に命を下す。


「俺を見ろ」
「……メッツァー様」


一声をかけるごとにうっとりと彼を見つめる少女こそが、彼の積み上げてきた成果。
功績を重ね力を手に入れたことで、ドブ川の香りが薔薇となり、毛羽立ったたった一枚の毛布が幾重にも重なりしかし重さを感じさせない絹のシーツとなり、蛆のわいた腐ったパン屑が最上級の素質と手間をかけられた肉に変わったこと以上に、その彼女の存在こそが彼に自分の今の立ち位置を痛感させる。

この眼前の少女こそが、己の力の結晶。
この乙女の忠誠こそが、己の成果の証。

孤児であり、何一つ持たず、暑さに苦しみ寒さに震え、飢えと憎しみだけしか与えられなかった己の惨めな幼少とは対照的に、望まれ、祝福され、銀のスプーンと絹の肌着にくるまれて育ってきたであろう優しく美しく愛されるべき少女。
虐げられ、疎まれ、蔑まれた己が、全てを手に入れた己が、今度は虐げ、疎み、蔑むことが出来るようになったという象徴。
プリンセスティアに奪われ、奪い返し、彼女たちさえも己の玩具へと変えることに成功したことを示す、異世界ロアにて手に入れた、彼の栄光の証にして、最愛の少女。


「お前は、俺のものだ」
「はい。ココノは、お帰りを心よりお待ちいたしております……御武運を」


その彼女に一声かけて、彼は踵を返して歩き去る。
深々と敬意を示すように頭を下げる彼女を尻目にその脇を通り過ぎ、向かったその先の転移魔法陣の隣には。
おびただしいほどの下魔に上魔、ディラックの分身体にココノのクローンであるプロダクトとともに。

緑がかった金の髪色を持つココノとはまた違う金髪の少女の姿があった。


「父さん……次は何をすればいいの?」


彼を父と呼ぶその少女は、しかし彼の実の子供でもなければ、彼が作り出したクローンでもない。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンその人だ。


「そろそろ、連中も待ちくたびれているだろう。ここらで一つ首輪を締めなおしてやろうと思ってな。辛いならば、ここで待っていてもかまわんぞ?」
「ううん……父さんの役に立ちたいから、平気」


白々しいメッツァーの気遣いの言葉に、しかしフェイトはまったく躊躇することなく己を戦場に投入してくれと頼む……まるで、十年前になのはと戦ったときに時間を逆戻りさせたように。
その体の成長振りとは裏腹に、フェイトの語る言葉には幼児退行したような拙さが見え隠れする。

ココノの告げたとおり「調整」が完全に終了したのだろう。
その瞳を潤ませ、肌を赤らませた少女のその瞳の奥には、いまだココノの持つそれのような完璧な忠誠の色は宿っていない。
だが、男に化け物に多数に一人に犯され、偽りとはいえ求め続けた家族を与えられ、どこまでも甘くなまぬるく穏やかでよどんだ幸せに沈められ、心を信念を過去を思い出を嬲られ、親友を義娘を義母を義兄を義弟妹を忘れてしまうほどに癒され、そして多数の守るべき市民にその身を嬲られる事によりその正義さえをも剥ぎ取られた今となっては、当初の敵意の色はほとんど完全に見えなくなっていた。
ならば、そんなものなどもはや時間の問題でしかない。

メッツァーの悪辣な「侵略」により、フェイトはついに堕ちた。
家族を取り戻す為に狂気に染まったプレシア・テスタロッサとまるで形を同じにするように、砕かれた心とそれに無理やり割り込んだ男の存在を、むりやり家族というキーワードで繋ぎ合わせて、正義の執政官からまたも「敵の魔法少女」へと転生したのだ。
人外の快楽を与えることで数多の魔法戦士たちを堕としてきたメッツァーの手腕によって、その心はほぼ完全に絡め取られてしまっている。

熱に浮かされたかのように曇った瞳とともに浮かべられた曖昧な笑みには、もはや大規模テロリストたるメッツァー・ハインケルに敵意を表す正義の執政官の面影は欠片たりとも残っていなかった。


「フッ、ならばいくぞ。フェイト」
「うん……」


踏みにじられ、失った少年は、やがて己の才覚と努力により力を手に入れた。
ならば今度は、その力により踏みにじり奪う番なのだ。
望むがままに振る舞い、欲するがままに奪い、願うがままに貪るべきだ。

そう、メッツァーは固く信じている。

だから心を壊し配下へと加えたこの少女もまた、この異世界ミッドチルダを支配したときに誇る勲章の一つとなることを確信して、黙って媚とも愛想とも夢の中とも区別のつかぬ曖昧な笑みを浮かべ続ける少女の腰をかき抱き、メッツァー・ハインケルはその唇をも強引に奪いながら転移の術式をくみ上げることで侵略の仕上げの開始の合図とすることとなった。











天空に座するは、白のバリアジャケットに身を包んだ一人の少女
上空の風の音と、僅かに視界に映る流れ行く雲だけが見つめるその場には、彼女以外の誰もいない。
誰よりも強く、誰よりも正しい正義の魔法少女。

そんな彼女はしかし、そのまっすぐな瞳を悲しげに、悔しげにゆがめて地上に唐突に生まれた結界を見つめていた。


「やあ、高町なのは。どこにもいないと思ったら、こんなところにいたのかい」
「っ、ファルケ……」


上空数百メートル。リンカーコアを持たぬ人間の生身では到底到達できぬはずのその高さに、しかしファルケは平然とたどり着き、なのはの横に足場用の魔法陣を作成して、並び立つ。
れっきとした管理局に対するテロリストであるにもかかわらず、障害物も何もない中空において致死の魔砲を放つ事が出来る管理局員の横に立ってもその口元に浮かぶシニカルな笑みは消える事はなかった。

なのはが言葉をなくしている地上の光景さえも、この男には喜びでしかないようである。


「やれやれ、凄い数だ。到底地上部隊の戦力だけで対応出来るようには見えないね」


なのはのアクセスコードを無理やり奪い取って管理局の情報を相当の深度で理解している男による半ばあきれたような声音とともに、空間閉鎖現象により区切られた空間の中に浮かび上がる桃色の魔法陣。
色だけならばなのはの魔力光にも似たそれらは、しかしどこか腐敗と退廃の印象を持った発光とともに下魔と上魔を呼び出していた。

ただ、それだけならばもはや珍しくもない光景になってしまった感が拭えないが、しかし今回のこれは今までのものと目に見えて明らかに違う。
あれらの異形を操る者達の本気を示しているのか、魔法陣の発光は消滅することなく、いつものように四匹出したからと止まることがない。
初めは一匹二匹と数えられるほどだった下魔は、やがて片手では足りなくなり、瞬く間にもはや数えるのが難しいほどの群れにまで膨れ上がった。
その様はもはや黒い海と表現する方が正しいほど。
今までの侵略で送り込まれてきたのが偵察部隊だとするならば、今回はまさに軍勢である。たとえ一体一体の力は弱くとも、それでも数は力だ。
リンカーコアを持たぬ者では対応することが出来ない程度の力を持つ化け物があれほどの数を、というその光景は、いつぞや見たガジェットの群れをなのはに思い起こさせた。


「かといって、こちらの召喚装置も自壊させられた今となっては、アレだけの下魔をそろえることは俺には出来そうにないよ」
「……」


ファルケも保有しているはずの下魔の召喚装置は、もともとメッツァー・ハインケルが作り出したものを譲り受け、複製しているが故に、彼の合図によってすべて破壊されてしまった。
科学者であり、強化スキンという魔道技術の開発者であるファルケであるが、生まれと経験と持つ才の方向性の違いのせいか、魔界や魔法への技術の造詣までは足りず短時間で再び下魔を召喚して戦力を作る事は難しい、と彼は言う。

その言葉が本当か、嘘か。
それさえも判別がつくだけの情報を保有していないなのはにしてみれば、召喚魔法と転移魔法を使って大々的な侵略を行い始めたメッツァーを止める手段も持たずに、ファルケを今この場で打ち倒して全てを終わりとすることなど出来はしない。


「その代わりにセラフィから各地に飛ばしていたヴァンダーをこっちにまわしてもらうようにしたがね」
「っ、辞めて! ……お願いだから、彼らを解放して」
「おいおい、まだそんなこといっているのかい? それも本気で」


何せ、己の前でかつての教え子や同僚を駒として意のままに操って下魔に当てるという紛れもない脅迫が幾度となく繰り返されており、それを止める手段がいまだに見つかっていないのだから。
ミッドチルダにばら撒かれた「新型バリアジャケット」はファルケの仕掛けが判明した時点で徹底的に刈り取られたが、それでもその通達がいきわたるまでに相当の被害が出た。
低ランクを中心にとはいえ、およそ一割の局員とそれの数十倍の市民がファルケの手に落ちていることは、今まさに空間閉鎖の殻を破って暴れまわろうとする下魔に対する備えとしては確かに十分なものであったが、同時にその意思さえも奪われて無理やり戦いへと駆り立てられている事を考えるとあまりに残酷なもの。

未だにファルケを再起不能なまでに傷つけることさえ躊躇ってしまう高町なのはにとって、たとえ悪魔の誘惑に負け強化スキンなんていう規則違反の手法に手を染めてしまった末路だとはいえ、利用されているだけでしかない彼らを無理やりに戦場に立たせるなんて許せる事ではない。


「俺の強化スキンを使わずに彼らが生き残れると思っているわけじゃないんだろ? それとも、君があいつら全部をお得意の魔砲でぶちのめしてくれるかい?」
「それは……」


だが、そのなのはの必死の哀願を、黒色の鷹は皮肉気に笑う。
今まで幾度も繰り返されたその反応に、しかし今回もなのはは有効な反論を返すことが出来なかった。

メッツァー・ハインケルが持ち出した戦力は実に強力なもの。
そのあまりにも膨大な戦力を持ちながらも己の技術の誇示のためか限定的にしかそれらを使わなかったスカリエッティとは異なり、メッツァーは実に悪辣に己しか持たぬ戦力を効率的に活用してきた。
そもそも、テロ組織が転移魔法と膨大な数の戦力を持った時点で、まともな手法でその野望を挫くのは並大抵な事ではない。
何せ、その二つがなかったとしてもレジアスは地上の平和を回していけなかったのだから。

ならば、それを防ぐにはこちらも外法に頼らざるを得ない。この目の前の狂科学者と組み、道を外れた「僅かな」仲間を代償によりひどい被害を防ぐ、という。
その幾度となく繰り返された男の主張は、目の前の現実と照らし合わせるとあまりにも説得力を有しており、なのはにはそれを超えるだけの代替案を出す事がいまだ出来ていない。


「それならそれでかまわないよ、俺は。君がそのエース・オブ・エースの力を使ってメッツァーたちを『殺』してくれるなら、彼らに無駄な戦いをさせる必要なんて無い」
「っ!!」


そして、ファルケが言うようにそれを否定する為に敵も味方も無辜の市民も潜在的テロリストもまとめて一切合財を無に返すことが出来るのであれば、今そもそも彼の脅迫に屈する事もなかったはずなのだ。
それをわかった上でいやらしい言葉攻めを繰り返してくる男には、反感しか抱きようがない。

この手にあるのは、優しい魔法のはずだった。

悪い人がいて、その人が正義の味方に倒されれば平和になり、みんなが笑顔になる。
そんな事態もあることはあるのだろうが、 現実のほとんどはそんな簡単なものではないということをなのはは理解している。
理想だけで世界が回っていけると信じるには、彼女は聡明すぎたのだ。何度も任務を繰り返すうちに、それをなのはは知ってしまった。

だが、それでも彼女の周りには善意が溢れていた。
フェイト、はやて、ユーノ、クロノ、スバル、ティエナ、エリオ、キャロ。
彼女の仲間には一片の悪意もなく、むしろ潔癖すぎるほどに純粋なものばかりが集まった。
だからこそ、なのはは冷たい現実をあるものであると理解していながらも、どこかそれを実感として受けることなく、ここまでキャリアを歩んでこれた。


それでも、一歩一歩であってもその理想の平和を目指していたはずの彼女に残ったのは、いまや冷たい現実でしかない。
スカリエッティによって彼女の心に刻まれた更正の余地の無い犯罪者、という存在はファルケによってさらに深い傷となる。
そして、自身も正義を貫く為、そんな彼らの要求する優しくない現実に染まらざるを得ない。
幾度となく男の精液に汚された体以上に、こびりついた現実という名の汚泥に心が悲鳴を上げる。

慈愛に満ちた正義の魔法少女は、しかしそのあり方にはまるで似合わない恨みとも憎しみとも言い切りがたい暗い目でファルケを睨みつけるが、男はどこ吹く風、という感じで嘯き続ける。


「何せ強化スキンだってタダじゃないわけだしね。君らと戦う前に少しでも戦力を残しておきたいのはこっちも同意だ」
「それは……」
「だが……そんなこと出来ないだろ? 連中だって流石にただの的じゃない。だから、ここは俺に頼っておきなよ」


なにせ、彼にとってはこれこそが狙っていたものだったのだ。

単独では対抗できず、それどころかシルヴァと組んでさえ倒せなかったメッツァー・ハインケル。
この天才たる己に対して、「魔道技術を開示し、その手ほどきを施す」などということをした。
それだけでも許しがたいのに、一時的にとはいえ己の女さえも奪った男。
それらの事実は、雨塚の際限なく高いプライドをこれ以上なく傷つけ、その冷徹な笑顔の奥に凄まじいまでの憎しみをかきたてていた。

天才たる彼に対して上から目線で与え、奪い、踏みにじった。
これ以上の屈辱はありえず、それを彼が与え、奪い、踏みにじるという正しい形に直すための行動をためらう理由もまたありえない。

だからこそ、策略と謀略と肉色の鎖、劣等感の罠でそれをひっくり返せるかもしれない戦術兵器「魔法砲台・高町なのは」と、戦略兵器・「量産型強化スキン」および「管理局の一部権限」を手に入れた今となっては、少女の悲痛を慮って彼への敵意を緩めることなど考えもしないものだった。


そしてそれを阻めなかった正義の魔法少女の末路は、もはや定まっていた。
ぽん、と気楽に肩を叩いてくる潜在的な敵に対して、なのははうつむいて視線をそらせることしか出来なかった―――かつてのレジアスと同じように。


「さあ、今日も頑張ろうか、高町なのは。君の正義を貫く為に、そして俺の研究をさらに昇華するために!」


管理局のエース・オブ・エースは、悪と手を結ぶ事を選ばざるを得ず、その獰猛に笑う最強の猛禽の隣で今日も傀儡を続けることとなったのだ。















空間変容に飲み込まれた区画にあるとあるビルの一角。
ファルケの手により厳重に異界化されたそこは、しかしガラスに切り取られた景色だけは管理局の事務所だったころそのままだった。
同じような建物と、森の木々と、空が覗く透明な壁。
その光景だけは平和だったあの時と同じままで。

しかし、まるでそのときとは意味をたがえていた。


「……シグナムは南駐屯地だ。残っている下魔を何匹かつけるから、適当に暴れて来い」
「承知」
「よし……いけ」


目線を窓にやったまま、背後に佇む将に命を下す男。
彼女が守ってきたものに対して破壊を促すその声に、忠誠を書き換えられた烈火の将はいささかのためらいもなく頷き、即座に行動に写るために出て行った。
それが、今彼が動かせる大概の駒に対しての最後の命令だった。
それを頭の中でもう一度復習し、己のシミュレートどおりの配置ができたことでひとまずシルヴァ・ラドクリフは安堵の息を吐いた。
これで、今まさに入ってきた情報に対する対応はほぼすべて終わった、と。

ならば、あとは……

ヴォルケンリッターのそれぞれに命を下し、その元主であった八神はやてもすでにクラナガンのある位置に配置し終わったことで次の場所での行動に移ろう、と振り向いたシルヴァの目先の先には。


「さて、と」
「……どこにいくつもりなのです?」


まるでドアをふさぐかのような位置で立ちふさがる一人のメイドの姿があった。

生来のものと加えて感情を表すかのようにいつも以上にきつい眼差しで主を見つめるフィエナの姿に、思わずシルヴァが舌打ちをする。


「ちっ、小言はゴメンだ」
「私とて言いたくはないのですが、あなたが野良犬のようにのたれ死ぬのは気分的にはさておき実利的には止めざるを得ないので」


その態度に、予想通り本来であれば司令官であるはずの男が一人で戦場に赴こうとしていたことを感じ取ったフィエナは淡々と、しかし付き合いが長くなったことでわかるものにはわかる程度にいらだたしそうな表情を見せていた。
理屈としてはまさに正しい、しかしこの場で無駄な時間を費やすことを良しとしないシルヴァは乱暴にそれを無視した言葉を並べる。


「どけ。空間変容の『リバース』には、俺が行かざるを得ない」


フィエナの述べる危険性に対しては否定せずに、しかしそれよりも優先されることがある、と。
それは、彼の配下たる彼女が否定していい段階の決定ではないのだ。

味方に強化を、敵に弱体を。
彼しか持たぬ希少技能である変容魔法は、この世界においても絶大な効果をもたらした。
特にリンカーコアによる魔力結合を阻害するAMF技術を参考にした「魔法殺し」は、法則が違うが故にロアやパレキシアの魔法まで完全に禁じることが出来るとは思わないが、それでもその知識自体彼の力そのものの底上げとなった。
今ならば、僅かとはいえ上魔の魔法を阻害することも、不可能ではあるまい。
ちゃくちゃくとここミッドチルダを空間変容で書き換え続けることで侵略を続ける中、彼はそう自信を深めていた。

がその彼をしても、仕掛けておいた空間変容の維持管理ぐらいならばさておきそこに込めた効果そのものを一斉に変更するのであれば、遠方から魔法を飛ばすだけではなかなかに難しいといわざるを得ない。
もともと、己の魔力によって物体を歪めるというのが変容魔法だ。
管理局員の魔法を禁じたのと同じように、今まで強化をかけていたメッツァー・ハインケルとその下僕達の力を弱体させる、という効果を表に出すには、やはりどうしても現場において彼が出ざるを得ない。


「上魔連中はさておき、最近ではファルケもジャミングに対応してきている節がある。出力を上げるには現場で俺自身がかけるのが一番だ」
「それが連中の罠である可能性は考えないのですか?」


突然変容をほどこし、それに応じてどのような対策をメッツァーとファルケと管理局が施すのかをその場で見極め、その上でさらに変容を重ねる。
それを行うためにはどうしても己自身の出撃が必要だ、と強く語るシルヴァに、しかしフィエナはそれでも道を譲ろうとしない。
彼女にとって彼は理想の主などではない。むしろ、極めて気位の高いフィエナにとって潜入工作の一環としての扮装ならばさておき、このような下僕の衣装を着せられ、誰かに対して跪かせられるなどというのは屈辱でしかない。

だが、それでも己が唯一誰かに傅かなければならないとすれば、それはメッツァー・ハインケルでも管理局の看守でもなく、この目の前の男でなければならない。
だからこそ、彼がみすみす死地に追いやることは出来ぬと彼女は思う。
そう、己が自由を取り戻す為にこの男を殺すならばさておき、他の誰かに「シルヴァ様」が殺されるなど許されることではないのだ、と。

この問答が終わるまでは、彼を外に出すつもりはない、そんな断固とした態度を見せ、己の危惧を語る侍女だったが、それに対してシルヴァはいらだたしげに答えた。
それは彼にとっては語るまでも無い当たり前のことだったのだ。


「罠の可能性? 馬鹿なことをいうな……罠に決まっているだろう。メッツァーとファルケが俺を潰す為に組んだ可能性は流石に低いとはいえそれさえもゼロではない、そんなレベルだ」


シルヴァは己の中にあったそのごくごく当然のことを若干苦労しながら言語化することに頭をひねった。
彼は説明が得意ではないのだ。

万人に等しく学ばせる―――広く、浅く魔道の真髄を求める意味など何一つ無い。
己と同じ技を再現できる後継を育てる事に注ぐ時間が有れば、己の技をさらに磨きをかけることが出来るではないか。
自分が死んだ後に残るものなど、今を生きる自分にはまるで関係が無いではないか。
全ては己だけのワンオフだけであればいい。
己が欲するところは全て奪い取り、取り込んで。
シルヴァだけが、誰にも届かない頂へと達することが出来るようにするためには、他者の為の理論などまったく必要が無いのだ。

ゆえにシルヴァは己に理論などの必要性を認めておらず、また他者が作った理論に関してもその天才性で中央の一番濃いところだけを自分で汲み取るのみで理解しており、それを凡人にもわかりやすく噛み砕くための論理系統についてはまるで意味を感じていなかった。

しかし、フィエナに対して説明することで、己の中で改めて一つの思いが結集していくことを彼は感じていた。

思い出すのは、アザハイド帝国の特務猟兵に追われていたときのこと。
メッツァーに嵌められ、皇帝の出生の秘密を知ったことで追い詰められたあの日々。
己よりも遥かに劣る魔導師たちが数だけを頼りにこちらに対して息つくまもなく命を奪わんと襲い掛かってくるあの日々は、フィエナがいたから乗り越えられたとはいえ、シルヴァの人生における最大の危機だった。
アザハイド帝国で周りの理解不足で腐っていたころの扱いもひどかったが、それ以上にあの埃と血と汗にまみれた逃走を繰り返すしか出来なかった屈辱は、紛れもなくメッツァーに作られたもの。
そして、それのみならずメッツァーは己を配下として従わせる、などということまでしでかしてくれたのだ。いや、アザハイド皇帝 ピエナの秘密を知ったことさえも、己を配下に加えんとするメッツァーの策謀によるものだった。

許せない。許せるはずが無かった。

己を嵌めたメッツァーに対する憎しみと、それを晴らすには今しかない、という絶好の機会を目の前にした押さえきれない歓喜を、必死になって胸の内に押し込め、それを闘争心の燃料としたシルヴァは不敵に笑い、牙をむき出しにして自分と同じ野心を持っているであろう侍女に対して語った。


「……それがわかっていながら行くというのですか?」
「結局早いか遅いかの違いだけだ。メッツァーとファルケが潰しあった後に、とも考えたが今の戦力的に高町なのはが使い物にならなかった場合一方的にファルケが喰われて終わるだけになる」


悔しいが、一致団結して己の命を狙うほど相手がこちらを脅威と見ているとは思えない。むしろ、軽んじられているだろう。
しかし、だからといって潰しあいのあとの漁夫の利を狙うには、一方が強大すぎる。ならば、結局戦わなければならない相手の戦力の総量が今後それほどまで減少するとは思えない。

だから、今なのだ。
こちらの仕掛けがほぼ完璧に終わり、相手の準備が完璧には整っていない今こそが、千載一遇の好機。
それを相手も分かっているからこそ、こうも急速に同盟を破棄していきなりのアクションを起こしたのだ、と。


「ならば、私たちだけで単独でメッツァーを相手にするよりも、多少なりともファルケに手を取られている隙を狙うべきだ、と」
「ああ……奴の魔道クローン技術は確実に進歩している。リンカーコアの複製が出来ない今の段階で潰しておかないと、もはや追いつけなくなる」


それを理解しているから、ファルケも「今」を狙っている。
そう、真実に一番近いところを嘯く男の顔を見て、フィエナは溜息一つ吐いて体をずらし、道を空ける。
この男のやることだ。目に見える大きな手抜かりはないとは思うが、それでも一応側近である己に対してもその胸襟を開かずに勝手に物事を進められるのが気に喰わないから遮っただけで、先ほど述べたように彼女だってこのままメッツァーの下働きのままでいいなどとは微塵も考えていない。
倒せるならば、さっさと倒してしまうに越したことはない。


「さっさとそうしていればいいんだ。いくぞ、フィエナ」
「はい、シルヴァ様。さっさと片付けてきましょう」


だからこそ、その道を進んだ主たるの後ろに三歩下がって、戦闘侍女は続いて歩き出す。憎まれ口を交し合う間柄にもかかわらず、その歩む足取りはぴったりと一致していた。







そして。




ミッドチルダの空の色は今も変わらない。
そこに、白と、黒と、蒼。


三人の魔法少女が、そこにはいた。
その手に掲げるデバイスは杖に鎌、そして本。
三方に散るそれぞれの座す天からは、それぞれ自分の足元で三つ巴になって争っている魔物と人と魔導師のすがたがよく見える。

しかし、彼女たちはその闘争を止めようと一致団結して介入しようとはしなかった。


「なのは、ゴメンね。父さんの命令なんだ……」
「フェイトちゃん!!」


いや、それどころかフェイトは手に持ったバルディッシュを振りかざし、なのはに肉薄する。
かつての機動六課最速を誇ったフェイトの一撃を、しかしなのはは予想していたかのような三次元の軌道を描くことで回避する。
その背をおって飛ばされてきたハーケンセイバーは複数のディバインシューターに撃墜の命を下すことで防ぎ、それと平行して再度接近してきたフェイトの更なる魔力刃は、フラッシュムーブで回避し、さらにその場にレストリクトロックを設置することで捕縛を狙う。

判断能力が落ちているのか、回避しそこね捕らえられかけたフェイト。そのあまりの好機に、なのはの顔が一瞬ほころびかける。


「遠き地にて、闇に沈め」


だが、それははやての詠唱が聞こえてきたことでなのはが慌ててバインドを解除したことで不発となった。
死にはしないとはいえ、いまのはやての魔法がフェイトを避けて撃たれる、と考えるのはあまりに都合のよすぎる考えだということを、なのはは今までの戦いで十分知っていた。

輝く魔力光とともに少女達の破壊の光線が飛び交い、ところどころに発生した魔法陣によりまたも異形の怪物が生まれ、降下していき、空間そのものに掛けられた魔法の効果が時の経過とともにめまぐるしく変化していく。

フェイトが何とかバインドの拘束から抜け出し、効果範囲から逃げ出すだけの余裕があったことを確認したなのはは、詠唱に続けて放たれたデアボリック・エミッションを十分に距離を取ることで回避する。


「くっ!!」
「っ!! ……まだや!」
「ふふっ」


だが、その回避で抜けた先にまるで置くようにこちらに対して一直線で向かってくる金の魔力光はかわせなかった。
肩に当たった射撃魔法による魔力ダメージに、思わずなのはの口から苦痛の声が漏れ、それを聞いたはやてが辛そうに顔をしかめ、フェイトがまるでかまいつけられた子猫のように歓喜で目を細める。

だが、三人ともそれだけで止まれるはずもない。
なのはは痛みを押し殺し、歯を食いしばって、再びレイジングハートを握り締めた。
それをみて、残り二人も同じく再びデバイスを構え、魔法を紡ぐ。


空の色は変わっていない……その、色だけは。

群青の空。
今も、魔法少女たちが流れる雲をお供に自在に飛ぶ青いキャンパスだ。


だがそこは、もはやかつてのものとは同じものではない。
ロアの、パレキシアの、エクセリウムの空がもはや自由と正義の名の下に無いように、この世界の空にももはや自由は失われつつあった。

だからこそ、その下で飛ぶ魔法少女も外見は同じでも、その心もまたかつてとは同じではない。
肉欲と、諦念と、打算と。
悪の魔導師たちによって徹底して踏みにじられた彼女達の心は、本来のそれからは歪にゆがんだものとなってしまっている。

傷つけぬように、傷つかぬように、非殺傷設定により身が守られていたとしていてもその魔法が放たれる意味というものも、根本から変わってしまっていた。
その体を傷つけたくない、命を奪いたくない優しい魔法から、捕獲して戦力に組み込むためにできるかぎり傷つけたくなく、また相手がいざとなれば殺傷をためらわないならば己の体に無効化する術式を組み込んでも意味がない、と命じられた結果として。

かつては仲間と呼び合った少女たちがトライアングルを描きながら、それぞれ互いにその身を気遣って、しかしその心を致命敵にまで傷つけあう。
小さな選択の一つ一つの積み重ねだけではない、大きな大きな流れに従って、もはやそれは誰にも止めることは出来ない。

正義は通じず、勇気は残らず、友情は守れなかった。



だから。



互いに喰いあう魔王達の手のひらで弄ばれるそのままに。



「フェイトちゃん!」
「はやて」
「……なのはちゃん」



一つのバッドエンドへと至る道を終わりまで紡ぐ為に、少女たちは今日も群青の空を飛ぶのだ。





【GAMEOVER】

Comment

No title

堕落したフェイト、妥協したなのは、駄目になったはやて。
それぞれの主犯の色がよく出ていますね。
魔法戦士同士が激突するラストはある意味魔法戦士シリーズのお家芸ですな。
違うのは、全員堕ちてるってことですが。シュガー&ローズポジションはいなかったんや!

そういえばカリムとかキャロとかどうなったんだろう。このあたりの面子は結構技能的にレアだし有用だと思うのですが。
更生施設やらに散らばってるナンバーズもかなり使えるでしょうし。

No title

ああ、管理局の三女神、仲良し三人娘の理想の果てがこうなったかあ…
魔法戦士シリーズのお家芸であると同時に個人的に純粋すぎるゆえにいつかは破局すると思っていました
三人の夢や理想が破綻する二次創作が多いのはあまりにも彼女らが綺麗過ぎるからでしょうか
物悲しくてここから更にどれだけ汚れて行くか見てみたい気もしますがこれ以上は蛇足ですね
お互いに喰いあう魔王達の手駒として挽回する機会も与えられずボロボロになるまで潰し合うだけ…先が見えている
後、気になるのは上で言われている登場しなかった面々がどうなっているかですかね
出来れば変わってしまった彼女らを見て絶望する彼女らの知人らも見てみたいですがw

No title

リリカルなのはを叩きたいだけのアホの書く作品なんてこの程度さねw
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プロフィール

基森

Author:基森
蚕鳴や円禍と名乗ってたこともあります。

主に小説・ssなどを置いているブログです。

自前の本棚を持つのは初めてなので手探りでやっている程度のものですが、わずかばかりの暇つぶしにでもなれば幸いです。


メールは「kulukku106☆yahoo.co.jp」まで、☆を@に変えた上でお願いいたします。

そろそろ、非営利にならトップへのリンクフリーとか言ってみたり。

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